巨大な怪鳥が吠えたかと思うと、ヒイロの景色は一変していた。
ここ数日でずいぶんと馴染んだ感のある、空気の冷えた洞窟だ。
広いドーム状の造りは、二番目の洞窟によく似ているが、ドリルホーンやバッドバットの姿はない。
幸い、ヒカリゴケのお陰か、暗くはなかった。
周りに仲間はいない……と思ったら。
「ヒイロ、無事か!」
聞き慣れた声がした方を向くと、シルバがこちらに駆け寄ってくるところだった。
「あ、先輩! よかったぁ、ボクだけかと思ったよ」
シルバは息を整えると、ヒイロを見て、心底ホッとしたようだった。
「どうやらみんな、飛ばされたようだな。怪我はないか? お前が無事で良かった……心配したんだぞ?」
「う、うん? あ、あの、先輩どしたの?」
「どうしたって、何が?」
キョトンとするシルバに、逆にヒイロが戸惑ってしまう。
「いや、何がって……」
「お前を心配するのは、当然だろう?」
「そ、そうかもしれないけど……」
何かがおかしい。
そう考えるも、それが何か思いつかないヒイロだった。
「うん、外傷もないようだな。足とか挫いてないか? 何なら背負って行くけど」
「いやいやいや、いいよ歩けるよ!? だ、第一、出来るだけボクが前の方がいいでしょ?」
実際、敵の気配もないし、本当に足を挫いていたならそうしてもらうのも有りかなと思うヒイロだったが、残念な事に捻挫はしていない。
ならば、本来の仕事を全うするのが筋であると考えるヒイロだった。
「そうか、それもそうだな……それじゃ、前は任せた。俺は後ろを警戒しておく」
「う、うん……」
妙に心強い事を言うシルバに、ヒイロの戸惑いはますます大きくなる。
(何か変だなぁ、先輩……)
ともあれ、出発する事にした。
方角はどっちか分からないので、とりあえずそのまま真っ直ぐ進む事にした。
――その為、ヒイロは気付かなかった。
真後ろで、シルバの牙だらけの口が非常識なほどに大きく裂け、ヒイロを丸呑みしようとしている事に。
「にぅっ!」
短い鳴き声と共に、緑色の光が横から放たれた。
直撃したシルバの頭の上半分が、蒸発して溶けてしまう。
「がっ!?」
慌てて横に飛び退くシルバだった存在。
振り向いたヒイロも、慌てて跳び退った。
「せ、先輩の頭がすごい事に!? え、リフちゃん!?」
少し離れたところで、右手を掲げるリフに、ヒイロは気付いた。
「に……ヒイロ、はなれる。それ、偽もの」
「……よく、分かりましたね。リフさん、でしたか」
欠けていた頭が液体のように蠢き、若い女性のモノに変化する。
黒髪が自動的に後ろで束ねられ、服装も司祭服から白を基調とした古めかしい神に仕える巫女のような装束になった。
「話、途中からきいてた。お兄はあんな甘い言い方しない。もっと素っ気ないし、最低限の無事がわかったらまず他のみんなの心配する」
相手は苦笑いを浮かべた。
「……随分な評価ですねぇ」
「……その通りなんだけど、それはそれで悲しいけどね」
「にぅ……リフも」
何とも言えない空気になってしまった。
が、本分を思い出したのか、ヒイロは大慌てで骨剣を構えた。
「と、とと、とにかく、よくも騙してくれたな! よりにもよって、先輩の姿を真似て!」
「一番効果的な姿に変化しただけですよ。こう見えても、貴方達のキャンプはそれなりに観察していましたから」
全然気がつかなかった事に、ヒイロは驚愕する。
だが、リフは驚きとは別に、何か引っかかりを憶えたようだった。
「に……?」
「疑問があるようですね、リフさん」
「にぅ。だったら何で、キャンプでおそわなかったの?」
「答えると思いますか?」
「気になるけど、答えないなら、いい」
「別に損にはならないからいいですよ。あの距離なら襲わない、というルールがあるんです」
「に……」
一応の答えはもらったが、どういう事かヒイロにはサッパリだった。
でも今は、こうやって襲われている。
という事は、距離が問題なんだろうか。
そんな事を考えているヒイロに、女性は顔を向けた。
「……ともあれ、もう少しで上手く行くところだったのですが。実際、ヒイロさんは騙され掛かったでしょう?」
「ひ、卑怯だよ!」
「そこは策と呼んで欲しいですね……いい仲だと思ったのですが、もうちょっと調査するべきでした」
ほう、と残念そうに、女性は小さなため息を漏らした。
「だったらいいなあとは思うけど、残念ながらそうじゃないからね! みんなをどこにやったの!?」
「今頃、別の場所で私の同胞、イタルラ、ディッツと戦闘中でしょう。貴方達の相手は、私、螺旋獣のヤパンがお相手させて頂きます」
小さくお辞儀をすると、女性は再びドロリと液体っぽく姿を変えた。
一見すると、白銀色の大型の肉食獣だ。
だが、首から先の頭部が普通ではない。
「にぅ……ドリル」
なるほど、これが『螺旋獣』の謂われか。
そう、鋭く尖った円錐状のそれは、高速で回転していた。ドリルホーンは『角』だったが、この獣は頭そのモノがドリル状なのだ。
「男の浪漫!」
グッとヒイロが拳を握る。
「にぅ?」
「って、先輩が言ってた! ボクも何となく分かる」
「格好いいでしょう」
どこが声帯になっているのか、異形の獣になっても彼女――ヤパンは落ち着いた女性の声音を使っていた。
「うん!」
「……に。ヒイロ、話術にのせられちゃ、ダメ」
「う、うう、相手が巧みなの!」
「序の口以前の問題なんですけど……ともあれ、ここから先に通す訳にはいきません。お引き取り――願います!」
低い回転音を鳴らしながら、獣が駆ける。
あっという間に距離を詰めてきたそれに、ヒイロは目を剥いた。
(速い――!!)
「に!」
何か手を出す余裕もない。
ヒイロとリフは左右に分かれて跳んだ。
背後から、岩盤を削るドリルの音が鳴り響く。
ヒイロが振り返ると、螺旋獣ヤパンはそのまま穴を開けて奥へと消えてしまった。
「逃げた?」
リフは足下に視線をやっていた。
「にぅ……にげてない。まだいる」
「……だよねぇ」
どこからか、岩を削る音が響き、微かに洞窟は揺れていた。
(さて、どこから来るか)
骨剣を構え直し、ヒイロはリフと背中合せで敵の襲撃に備える。
そして、来た。
前後、上下、左右。
大小様々な鋭いドリルが、全方位から襲ってきたのだ。
「うわあっ!?」
「にぁっ!?」
※螺旋獣の回。
何かリフが毒吐いてるッぽいですがシルバへの評価は多分、間違ってないと思います。