二つ目の洞窟に、リフの姿はなかった。
代わりに、広い洞窟内には目を回して気絶しているドリルホーンとバッドバットで満たされていた。
「いない……?」
「もしかしてやられちゃった?」
ヒイロが特に危機感なく呟く。
「怖い事言うなよ!? っつっても、こんな惨状じゃ……」
下手すれば、下敷きになっている可能性がある。
そんな事を考えていると、不意にシーラが動いた。
壁の隅に移動すると、そこに屈み込む。
「主、ここにリフの書き置きらしきモノがある」
シーラの手元を覗き込むと、そこには小石を並べて作られた、メッセージがあった。
主に盗賊が使う、連絡用暗号だ。
「んん? 全部やっつけたから、先に進む……全部!?」
ふむ、と気絶しているモンスターを検分していたキキョウが、唸った。
「決め技は全て、某が伝授した投げ技のようであるな。見渡す限り、まともに動ける敵の気配はないようだ」
洞窟のモンスターは、どうやら全滅らしい。
「ほうリフ君、投げを極めたか。これで昼の寝技を憶えれば万全と言う訳だ。よし、あとは私が夜の寝技の伝授を――」
「札をへし折るぞ、ネイト」
「おお、SMとはちょっとレベルが高いな、シルバ」
「死んでいない。しばらくすれば、復活する。――主、トドメを刺す?」
シーラの振るう金棒が、風を切る。
「い、いや、いい。これ全部やるのも、それはそれで大変そうだし」
「では先に進もうか、皆の衆」
そして三つ目の洞窟。
湖の畔で眼鏡を掛けたカナリーが、ゴーレムの残骸に囲まれていた。
どこで用意したのか、木製の椅子に座り、ペンで図面を確かめている。
さながら、臨時の工房である。
赤と青の従者と共にリフも大きな部品の運搬を手伝っていたが、シルバ達の気配に気付き、足を止めた。
「に」
「やあ、来たようだね、シルバ」
「こっちはこっちで妙な事になってるなぁ。リフは身体の方、大丈夫なのか?」
見た所、怪我はないようだ。
「平気。がんばった。カナリーのお陰」
「カナリーの?」
「ふふふ、ちょっとしたアドバイスさ。シンプルだが、実に効果的だったようだ」
キラリ、とカナリーの眼鏡がハイライトになっていた。
「……変な事、教えてないだろな」
妙に不安になるシルバであった。
「大した事じゃない。ちょっと野性に返れと教えただけだよ」
「……そこはかとなく、不吉なモノを感じるんだが」
「だいじょぶ」
ぐ、と両手で拳を作るリフを、信用する事にした。
「よし、リフが言うんなら、大丈夫」
「……シルバ、それはちょっと贔屓という奴じゃないかなぁ」
「その辺はこう、色々な積み重ねだと思う」
こういう時のカナリーにはどこか、クロップ一族と同じ臭いを感じるシルバであった。
そうそう、クロップ一族と言えば……。
「み、皆さん、お揃いでどうしたんですか?」
ザバリ、と湖から重甲冑が出現した。
「ゴーレム!? ……違った、タイランか。おお、またずいぶんと女の子らしくなっちゃって」
「そ、そうですか……?」
タイランとフォルムが違うので、思わずシルバは身構えたが――よく見ると、やはりタイランだった。
両腕にリフのブレードに似たようなモノが生え、下半身が鉄のスカートになっているので、見間違えたのだ。
「シルバ、君ね、スカート履いてりゃ誰でも女の子扱いなのかい?」
ちょっと呆れた風にカナリーに言われ、シルバはキキョウの履く袴に視線を向けた。
「よく似合ってるぞ、キキョウ」
「そ、そそそ、そうであろうか!? い、いつもと変わらぬ袴なのだが……」
「君はシルバに褒められるなら何でもいいのかキキョウ!? あとシルバがボケに回ったら僕が正直辛いから、その辺にしておくんだ!」
カナリーをからかうのは面白いが、話が進まないので、シルバは気を取り直した。
「だな。それであれが、水中仕様のタイラン装備?」
「あ、ああ、うん、ゴーレムから回収した部品で作り上げてみた。中に推進装置を組み込んである」
「こ、股間がモゾモゾしますけどね」
タイランは、足をモゾつかせる。
推進装置がどうなってるのか気になったが、まさか見せてくれとは頼みにくい。
カナリーは湖畔にある大きな筏を指差した。
「これで筏も向こうまで引っ張れるよ。代わりに陸戦じゃ、かなり動きが鈍るけどね。まあ、その辺は無限軌道で代用だ」
なるほど、陸の動きで歩くには少々重たそうな装備である。
「腕にも何か付いてるな。ありゃ何だ?」
タイランの両腕にある刃状のモノだが、リフの生やすモノと違うのは、尖っている部分は手首の方に伸びている。
それに刃自体もそれほど鋭くはなく、どちらかと言えば叩き付ける事に主を置いた『剣』的なイメージを、シルバは受けた。
「まあ、ヒレみたいなモノだよ。もう一つ役割があるけど、使わないに越した事はないだろうね」
「あの、そういう風に言われると、大抵あとで本当に使う羽目になるんですけど……これ、とても重いですし……」
いわゆるフラグという奴である。
「ならば、用意しておいて正解だったという事だね。やあ、熱したり冷やしたり、僕の術も何気に力が上がって有意義な改造だった」
カナリーに追従するように、赤と青の従者二人も小さく頷いていた。
「……しかし、一回外したら運搬は難しいだろうなぁ、それ」
タイランの装備を眺め、シルバは唸った。
腕もスカートも、とても重そうだ。
「せっかく作ったのに勿体ない……が、まあ僕の影の中に入れるぐらいしか、手はないだろうね。ひとまず慣らし運転は終わったよ」
ヴァーミィが用意した赤ワインを飲みながら、カナリーが言う。
「ちゃ、ちゃんと動きます」
タイランも頷く。
いつでも本番はいけるようだ。
「それじゃ準備はいいんだな。とりあえずまた一旦戻って作戦会議、そろそろ先に進もうか」
そして態勢を整えて翌日。
第三の洞窟を抜けて、シルバ達は新たな荒野に立った。
「……夜に来るのとは、やっぱり印象が違うな」
洞窟を抜ける時、随分な坂道を登ったと思ったら、出た先はやはり右側が切り立った崖になっていた。
恐る恐る覗き込んでみると、遥か下を川が流れている。
もっとも、下が水だからと言って落ちて助かる可能性は、かなり低いと見ていいだろう。
小さく息を吐き、背後の岩壁に背中を預ける。
「ふむ、足下注意といった所か。まずは、安定した場所に降りるべきではないかと思うのだが……っ!?」
キキョウの声が変わる。
リフも、キッと頭上を見上げた。
「にぅ、何か来る!」
シルバもその視線の先を追った。
太陽を背に、一羽の鳥が弧を描いて緩やかに飛んでいた。
「……鳥?」
その鳥が徐々に高度を下げてくる……のだが……。
「……にしては、ちょっと大きすぎないかな、先輩?」
「え、ええ、その……遠近感が……」
その姿はどんどんと大きくなってきて、しかしいまだにその姿は高みにいた。
バサリ、と大きな羽ばたきと共に、その巨大な鳥はようやく空中で停止する。
目測で全長は……30メルトを優に超えるのではないだろうか。
あまりの巨大さ、そしてその巨体が空を飛んでいるという事実に、皆ポカンと口を開けて絶句する。
そんな中、かろうじて、カナリーが呟いた。
「……どうやら間違いないな。アレが、ウェスレフト峡谷の三魔獣の1、怪鳥イタルラだ」
シルバも、まったく同感だった。
これに比べれば、第二の洞窟にいたバッドバット達など、蚊とんぼも同然だ。
そして、そのカナリーの呟きが聞こえたのか、怪鳥――イタルラは首をこちらに向けた。
そのクチバシが開き、息が吸い込まれる。
「来るぞ、みんな分散して――」
――ひゅう、と風が吹いた。
直後、景色が一変し、シルバは一人、湖の真ん前にいた。
「――え?」
後ろを見ると、ここ数日で見慣れた、人が一人通れるサイズの穴。
シルバがいたのは、自分達の拠点――スタート地点だった。
※いわゆる一つのバシルーラ。
他の皆さんは何処に? というのが次になります。
イタルラの大きさは、大体小型ジェット機クラスです。
エアフォースワンとか調べたら、でかすぎた。