最初の洞窟を抜けて30分ほどで、次の洞窟の入り口前に辿り着く事が出来た。
ふとシルバは足を止め、振り返った。
「ん? どうしたみんな?」
「あ、いや、何でもない……のだが」
「……何だろ。微妙に入りたくないって言うか」
何故か、キキョウらは巨大な口を開ける洞窟の入り口に躊躇をしているようだった。
「おいおい。ここに来て、何で……」
「なるほど、これはある種の心理障壁だな」
シルバの肩の上に腰掛けたちびネイトが、洞窟を振り返る。
「何?」
「ここに、彼女達に入りたくないと思わせる力場が働いているのだ、シルバ。実はさっきの洞窟にも微弱なモノだがあったんだが、ここはそれより強い。亜人や魔族である彼女達にはそれなりに効果があるようだ」
「特に何ともない人ー」
「あ、はい」
「問題ない」
シルバの問いに、その手の精神攻撃がまるで通じない重甲冑を身に着けたタイランと、人造人間のシーラだけが手を挙げていた。
「……まあ、入れない事はないんだけどね」
カナリーはいかにも気乗りしない風に肩を竦め、こちらに近付いてくる。
しかしこれでは、入った時の士気に関わるような気がするシルバだった。
「俺にはピンと来ないな」
困り髪を掻くシルバに、ネイトは例えを持ち出した。
「イメージ的には、不潔な台所で黒い油虫を発見したような感覚だ」
ゾワワワワ、とシルバの背筋に寒気が走った。
「や、やめろ!?」
「調理中に、背中にポトンと――待つのだシルバ。いくらこの札が頑丈と言っても、火は熱い」
火打ち石を持ち出したシルバを、ネイトは慌てず制する。
「ぬ、も、もしかしてシルバ殿は、虫が苦手か」
「ああ、昔からシルバはアレだけは駄目なのだ。だからリフ君、何かのお礼に鳥や葉っぱは持ってきてもいいが、虫はやめておくのだ」
「に……」
「く、蜘蛛は嫌いじゃないぞアイツらは益虫だしそれに蝶も問題ない芋虫だって掴めしでかいのだって相手に出来るともだがあの黒い悪魔は駄目だ」
グルグルと目を回しながら、シルバは錯乱したように口走る。
「落ち着くんだ、シルバ。喋り方がアリエッタになっている」
カナリーのツッコミに、かろうじてシルバは落ち着いた。
「お、おおおう」
「……非常に不謹慎なんですけど、こういうシルバさんは新鮮かもしれません」
「ま、まあね……」
ボソリと言うタイランに、ヒイロも同意していた。
「心配ないぞ、シルバ殿。某に言ってくれれば、我が草履で叩き潰してくれる」
「た、頼りにしてる」
コクコクと頷くが、現実の問題は何一つ解決していなかったりする。
「ともあれ、この程度なら私がどうにか出来るのだが」
ちびネイトが指を鳴らすと、空間そのモノが弾けるような感覚がシルバに伝わってきた。
「お」
「ぬ?」
どうやらキキョウらも同様だったようだ。
うん、とネイトは頷いた。
「今の状態ならば、全長10メルトの巨大黒油虫が相手でも平気だ」
「だからやーめーろーよーそれっ!? イメージさせるなぁっ!」
頭を抱えるシルバであった。
やや下り坂になっている洞窟の奥へと進む。
この辺りは敵の気配はないようだ。
シルバの肩の上で、ちびネイトは手を閉じたり開いたりを繰り返していた。
「私の力も大分、馴染んできたようだ。悪魔としての力はまだまだだが。アレが使えれば、非常に便利なのだがな」
「だからそれを、聖職者の俺に使わせようとするな」
そして、洞窟の奥に到達した。
そこは、巨大な空洞になっていた。
天井までの高さは10メルトを越えているのではないだろうか。
シルバは第六層を思い出していた。
幅も広く、まるで広場のようだ。
他の特徴はと言えば、地面にポツリポツリと青白い光の円が浮かんでいる事、そして壁には大きな穴が幾つも開いている事だろうか。
「……大きいねぇ」
ヒイロも、感心したように大口を開けている。
「洞窟と言うよりはドームみたいですね……あの光、何でしょうか?」
「分からないけど、それは罠の可能性があるから迂闊に触らない方がよさそうだな。それにこの壁に空いた穴……」
タイランに答えながら、シルバは壁の穴を観察した。
穴の直径は50セントメルト程度。
タイランの腕を突っ込めば、こんな感じになるだろうか。
円錐状になっており、奥に行くほど狭まっている。
少し考え、この特徴的な穴に、シルバは覚えがあった。
荒い鼻息と、こちらの戦力を計りながら少しずつ近付いてくる複数の足音。
分厚い皮に守られたサイのようなモンスターだ。ただし、その鼻先の角は螺旋状になっており、緩やかに回転している。
それが五頭。
距離が詰まると、彼らは足を止め、荒れた岩の地面を蹴り上げ、角の回転数を上げてくる。
「……やっぱりドリルホーンか! 来るぞ!」
シルバのかけ声とほぼ同時に、ドリルホーン達は突進してきた。
「らじゃ!」
「は、はい!」
まずはヒイロとタイランが前に出た。
ヒイロは骨剣で受けたかと思うと、そのままそれを支点にして側面に転がり込む。
一方タイランは斧槍で正面から受け止めた。
「ぐ、ううっ……!」
タイランのパワーも、ドリルホーンに負けてはいない。
だがドリルが間近に迫り、彼女の焦りがシルバにも伝わってきていた。
「タイラン、相手はパワーがある。真っ直ぐ防御するんじゃなくて、力をずらせ。ヒイロみたいに受け流すんだ」
「わ、分かりました!」
斧槍の角度を変えて、ドリルホーンの突進角度を変える。
そのままドリルホーンはシルバ達に突っ込んできた。
「うおっ!?」
慌ててシルバはそれを回避した。
ドリルホーンの角が、洞窟の岩壁に突き刺さり、削り取る音が響き渡る。
「ずいぶんと直線的な攻撃だ。これならば――」
キキョウはといえば刀を抜かず、両手を前に出した。
ドリルホーンの鼻先が彼女に触れたかと思うと、ふわっとその身体が浮き上がり、そのまま半回転して背中から地面に倒れ落ちた。
「にぅ!?」
その地響きに、リフは尻尾を逆立ててビックリした。
「ざっとこの程度である。リフもやってみるか」
「に」
リフは両手でギュッと拳を作った。
敵の突進力はパワーがあるが、それでもそのスピードはついていけないほどではない。
キキョウやリフならば、充分対応出来る速度だった。
「基本は教えるが、後は実戦で憶えた方がよいな。ヒイロとタイランにも以前、同じ教え方をした事であるし」
「にぅ、りょうかい」
この程度の相手ならば、まだ彼女達だけで何とかなる状況だった。
しかし、シルバの知覚は頭上からの羽ばたき気付いていた。
「上からも来るぞ!」
大きな黒い羽をバサバサと広げながら、巨大なコウモリ達が何匹も急降下を始めていた。
「バッドバットだ!」
「よし!」
カナリーが指を鳴らし、雷撃を放つ。
「空中戦ならボクも!」
ヒイロはドリルホーンの相手をやめると、背中に背負った浮遊装置のついた大盾を下ろした。
ヒイロの気を通じて浮遊装置が作動し、大盾――浮遊板が浮かび上がる。
骨剣を振るい、バッドバットに立ち向かう。
まずい、とシルバは思った。
「ヒイロ、真っ直ぐ向かっちゃ駄目だ!」
シルバの叫びは一手遅かった。
バッドバットの一匹が口を大きく開くと、不可視の超音波を発した。
その直撃を食らい、ヒイロの身体がグラリと揺れる。
「にゃわ!? と、ととと……!?」
そのまま、ヒイロはヨロヨロと高度を下げていく。
超音波自体の攻撃ダメージは低いはずだ。
しかしドリルホーンは、まだ奥に沢山いる。このまま落ちたら、踏み潰されかねない。
何より、ヒイロの落下地点にはあの、青白く光る得体の知れない円があった。
「ヒイロ!」
他の皆は、モンスターを相手にしていて、空いている手はない。
シルバは、ドリルホーンの間を駆け抜けた。
「シルバ!?」
驚くカナリーの声を背中に受けながら、シルバは円を踏む直前にジャンプした。
ヒイロを空中で受け止め、しかし同時に真下の青白い光が強まったのを感じていた。空中でも、円の効果はあったらしい。
「う、お……おおっと!?」
そして真下からの浮遊感を感じた。
次の瞬間には景色が変わっていた。
「せ、先輩ゴメン」
「いや、それはいい。それよりも、ここは……」
いや、洞窟である事には変わりない。
高い高い天井、バッドバットのキイキイという悲鳴、遙か向こうでの騒乱。微かにキキョウやカナリーの声が響いてきている。
――テレポーターか!?
どうやら青白い光の円は、同じ洞窟内の別地点に転送するモノだったらしい。
そんな風に冷静に考えられたのは、そこまでだった。
荒い鼻息の音に、シルバは周囲を見渡した。
シルバとヒイロは、ドリルホーンの群れに取り囲まれていた。
「うひゃあっ!?」
「おおおい!?」
※虫話が思ったより長くて、2つめの洞窟が終わらず。
タイランが微妙にSに目覚めそうとか思われるのは、多分気のせいです。
あとヒイロは攻撃は強いけど、初見の相手に弱いという。