女子用テントの中は熱気に包まれていた。
六人分の寝床となるそこは決して狭くはない――が、カナリーが用意していたポーション精製用の機材を広げたとなると、どうしても手様になる。
中で作業出来るのは、せいぜいが三人が限界だ。
それ以上の人数となると、何らかの機材を引っ繰り返したり、壊したりしかねない。
という訳で、中で作業しているのは、カナリー、シルバ、リフの三人であった。
フラスコの液体に、ビーカーの中身を混ぜ合わせ終えたカナリーは振り返った。
「シルバ、そっち砕けたかい?」
「完全に粉末にしちゃ駄目だったんだな」
ゴリゴリと乳鉢の中身をすり潰していたシルバは、顔を上げないまま答える。
「うん。こっちのフィルターでろ過するんだけど、細かすぎると効果が強すぎるんだ。さて、リフの方はあと一分煮込んだら、薬草を湯から出すように」
「にぅ……暑い」
帽子もコートも脱ぎ、シャツ一枚に短パンという姿になったリフは、耳をペタンと倒していた。
彼女の前には、グツグツと沸騰する薬草の入った手鍋があった。
「……ま、しょーがないんじゃないか。テントん中だし」
かくいうシルバも、司祭服を脱いで薄着である。
カナリーの場合は、マントは脱いでいるのは当然として、それ以上脱ぐ訳にもいかなかった(おそらくシルバは脱いでも気にしないだろうが、それはそれでカナリーなりのプライドというモノがある)ので、シャツの袖をまくるのに留めていた。
「かといって、外だと風で作業がやりにくいしねぇ」
カナリーは顔を手で扇いだ。
そんな様子を天井近くで眺めていたちびネイトは、うむ、と頷いた。
「何という新婚家庭」
危うく、カナリーがフラスコの中身をぶちまけそうになる。
「な!? ぼ、ぼぼぼ、僕は真面目に薬品作りをしているだけであってだね!」
「シルバ。二人のエプロンを作るんだ。なるべく早急に」
「……ネイト、お前は何をさせたいんだ」
シルバは作業の手を休めて、頭上のネイトをうんざりと見上げた。
「まずは、形からと言うのが大切だと、私は思う。このように布きれ一枚で、ほら新妻の出来上がり!」
黒服の上から、ネイトはひよこマークの入ったエプロンを装着した。
「って、人の魔力をわざわざ消費して、そういう演出をするなよ!?」
「……惜しむらくは、リフ君が新妻というより二人の娘という感じが否めないという点か」
「リフ、精霊砲ぶっ放していいぞ。俺が許可する」
反射的に手を掲げようとするリフを、カナリーは慌てて下ろした。
「うぉい!? テントの中だ、シルバ! 落ち着こう!」
「に。えぷろん、自分で作る」
ぐ、と小さい拳を作るリフに、ネイトは嬉しそうに唇の端を釣り上げた。
「うむうむ、向上心があるのは真に結構」
そして、そんなテントの入り口が少しだけ開き、覗く者がいた。
女子テントには、何故か一本矢が突き立っていた。
「ううううう……うらやましい」
こっそりと、テントの中を身を屈めて眺めていたキキョウは、しょんぼりと尻尾を垂らしていた。
その尻尾の先をつまみ、軽く上下に振りながら、ヒイロが苦笑いを浮かべる。
「キキョウさん、作業の盗み見は、ちょっとどうかと思うよ?」
「うむぅ、しかしあれではポーション作りと言うよりも、ほのぼの新婚さん家庭だ。某も参加したい」
立ち上がり、キキョウが答える。
「お父さんポジションで?」
「何気に失礼だぞ、ヒイロ!? しかもシルバ殿とダブルお父さんか!?」
「んんー、一妻多夫制とかも、地域によってはあるよ? 女戦士の村とか」
「ま、まあまあ、それより私達も飛び道具の方、確認しないと駄目じゃないですか」
間に割って入ったタイランが、木の幹に立てられた的を指差した。
何本か矢の突き立っているそれを、キキョウは睨んだ。
「ぬうぅー……仕方あるまい」
軽く唸り、何本か立てかけていたヒイロ作の弓を手に取る。
シルバ達が手に入れた弓は、弓幹はともかく弦がほとんど使い物にならなかったので、それはキキョウらが狩った鹿の腱を利用している。
長銃の方は、無事な部品をカナリーが寄せ集めて、組み立て直したモノが一挺、同じように立てかけられていた。
キキョウは矢をつがえると、的目がけて弓を引き絞った。
「とはいえ、某弓術はともかく、鉛玉を飛ばす鉄砲術はどうにも好かぬ。……もっとも、鉄砲自体、故郷ではほとんどなかったが」
矢が放たれ、的の中心近くに命中する。
「お、お見事です」
鈍い鉄の音を立てて、タイランが拍手した。
「……うむ。腕はまあ、鈍ってはおらぬか。タイランはどうだ?」
タイランは、弦の切れた弓を申し訳なさそうに見せた。
「……ご覧の通りです」
「……う、うむ」
タイランの膂力では、弦を絞るには加減が難しいのだ。
「かと言って、鉄砲の方は引き金を引くには指が太すぎますし……」
そもそも、それなら甲冑に銃器を仕込む方を、調整係のカナリーは選ぶだろう。
中の人工精霊状態でも試してみたが、弓を引くには思ったよりも強い力がいる事が分かった上、精霊はあまり鉄を好まない。
乾いた音がした。
そちらを二人が向くと、的にあったキキョウが当てた矢の近くにもう一本、矢が刺さっていた。
射たのはヒイロだ。
「ヒイロも、なかなかの腕ではないか」
「狩猟はしてるからね。でも、ボクもキキョウさんと同じで剣がメインだからなぁ」
こっちをぶん回す方が楽だなあ、とヒイロは自分の骨剣をぶんと振るった。
「……狩猟って、弓の方が便利じゃないですか? その、相手に気取られない位置から射たり出来ますし……」
タイランの疑問はもっともだ、とキキョウは頷く。
「食用の草食動物などは、すばしっこくてそちらの方が有用であろう。しかし、体力のある獣などを狩る時は、弓よりも重い武器の方がよい場合があるのだ。前に相手をしたバレットボアなどは、よい例であろう?」
「あー……」
確かにあれは、弓の一本や二本程度で倒れるとは思えない。
急所を狙えば話は別だが、それには専門の知識と熟練した腕が必要だ。
「ああいう相手には威力のある銃などもよいのであろうが、なにぶん高価であるし、某達のような場合は修業も兼ねる故、慣れた武器がよいのだよ」
「な、なるほど……」
テントの中の三人は既に、腕試しは終わっている。
残っているのは、メイド服のシーラ、それに赤と青の従者二人である。
「シーラもやってみるか」
キキョウの勧めに、シーラは軽く首を振った。
「不要」
そして、右手に持った金棒をスッと的に向けた。
「『――{砲/カノン}』」
金棒の先端に集束した衝撃波が一気に解き放たれ、一直線に木の的へと迸る。
的どころか木の幹そのモノを粉砕し、ギギギ……と音を立てて、その木はゆっくりと倒れてしまった。
地響きに驚いたのだろう、テントからシルバが顔を出した。
金棒を構えたシーラと、その先に倒れた木を見て、一発で状況は分かったようだ。
「お、おい、シーラ、あまり揺らすな! ポーションがこぼれる」
「ごめん」
返事を聞くと、シルバは「よし」と頷き、テントの中に戻った。
「うっし、あと一息ー!!」
「冷却なんかは馬車に乗ってる時でも可能だから、この作業が終わったら片付けよう」
「に!」
「そしてここに仕込みを済ませた素材Aが先に用意されており」
「ねーよ!?」
テントの中からは騒々しい声が聞こえてきた。
「楽しそうであるなぁ……」
尻尾を弱々しく垂らし、指を咥えるキキョウであった。
「ま、まあまあキキョウさん。こっちはこっちで頑張ろうよ」
「あの、ヴァーミィさんとセルシアさんに装備してもらうというのはどうでしょう?」
テントの入り口左右に、警備よろしく立っている赤と青の二人を、タイランは見る。
「んんー、どうであろうな。悪くない案とは思うのだが、元来彼女らは魔術師であるカナリーの盾としての役割が大きいのではないだろうか」
「ですねぇ……」
タイランも一応提案はしてみたものの、同意見だったらしい。
「まあでも、シーラちゃんがいるなら、それで事足りるような気がする」
ぶんぶんと骨剣を振るいながら、ヒイロが言う。デタラメのようでどことなく様になっているのは、これはこれで型の一つなのだろう。
「主の助けになるのなら」
ヒイロに倣い、シーラも金棒を降り始める。
「なるよー。頑張ろうね、シーラちゃん」
「了解」
がつん、と骨剣と金棒がぶつかり合う。
カナリーやリフは元々、雷撃魔術や精霊砲があるし結局の所、弓と長銃を用意はしてみたモノの、あまり使い手がいないパーティーであった。
「それにしても、シルバ殿の弓の腕前は驚きであった……」
「ええ、あれには私もビックリでした……」
「……ああ、あれかぁ。まさか、真後ろに矢が飛ぶなんてね。あれはあれで一つの才能だと思う」
皆は振り返り、テントに刺さった矢を眺めた。
※ある意味、跳弾狙いならシルバはすごい事が出来そうですが、「半分ぐらいの確率で味方に当たる」という事で不採用になりました。
次回、ようやく峡谷。
ここまでくるのに……えーと、約二ヶ月。おいおい。