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No.11810の一覧
[0] ミルク多めのブラックコーヒー(似非中世ファンタジー・ハーレム系)[かおらて](2009/11/21 06:17)
[1] 初心者訓練場の戦い1[かおらて](2009/10/16 08:45)
[2] 初心者訓練場の戦い2[かおらて](2009/10/28 01:07)
[3] 初心者訓練場の戦い3(完結)[かおらて](2009/11/19 02:30)
[4] 魔法使いカナリー見参1[かおらて](2009/09/29 05:55)
[5] 魔法使いカナリー見参2[かおらて](2009/11/14 04:34)
[6] 魔法使いカナリー見参3[かおらて](2009/10/27 00:58)
[7] 魔法使いカナリー見参4(完結)[かおらて](2009/10/16 08:47)
[8] とあるパーティーの憂鬱[かおらて](2009/11/21 06:33)
[9] 学習院の白い先生[かおらて](2009/12/06 02:00)
[10] 精霊事件1[かおらて](2009/11/05 09:25)
[11] 精霊事件2[かおらて](2009/11/05 09:26)
[12] 精霊事件3(完結)[かおらて](2010/04/08 20:47)
[13] セルビィ多元領域[かおらて](2009/11/21 06:34)
[14] メンバー強化[かおらて](2010/01/09 12:37)
[15] カナリーの問題[かおらて](2009/11/21 06:31)
[16] 共食いの第三層[かおらて](2009/11/25 05:21)
[17] リタイヤPT救出行[かおらて](2010/01/10 21:02)
[18] ノワ達を追え![かおらて](2010/01/10 21:03)
[19] ご飯を食べに行こう1[かおらて](2010/01/10 21:08)
[20] ご飯を食べに行こう2[かおらて](2010/01/10 21:11)
[21] ご飯を食べに行こう3[かおらて](2010/05/20 12:08)
[22] 神様は修行中[かおらて](2010/01/10 21:04)
[23] 守護神達の休み時間[かおらて](2010/01/10 21:05)
[24] 洞窟温泉探索行[かおらて](2010/01/10 21:05)
[25] 魔術師バサンズの試練[かおらて](2010/09/24 21:50)
[26] VSノワ戦 1[かおらて](2010/05/25 16:36)
[27] VSノワ戦 2[かおらて](2010/05/25 16:20)
[28] VSノワ戦 3[かおらて](2010/05/25 16:26)
[29] カーヴ・ハマーと第六層探索[かおらて](2010/05/25 01:21)
[30] シルバの封印と今後の話[かおらて](2010/05/25 01:22)
[31] 長い旅の始まり[かおらて](2010/05/25 01:24)
[32] 野菜の村の冒険[かおらて](2010/05/25 01:25)
[33] 札(カード)のある生活[かおらて](2010/05/28 08:00)
[34] スターレイのとある館にて[かおらて](2010/08/26 20:55)
[35] ロメロとアリエッタ[かおらて](2010/09/20 14:10)
[36] 七女の力[かおらて](2010/07/28 23:53)
[37] 薬草の採取[かおらて](2010/07/30 19:45)
[38] 魔弾の射手[かおらて](2010/08/01 01:20)
[39] ウェスレフト峡谷[かおらて](2010/08/03 12:34)
[40] 夜間飛行[かおらて](2010/08/06 02:05)
[41] 闇の中の会話[かおらて](2010/08/06 01:56)
[42] 洞窟1[かおらて](2010/08/07 16:37)
[43] 洞窟2[かおらて](2010/08/10 15:56)
[44] 洞窟3[かおらて](2010/08/26 21:11)
[86] 洞窟4[かおらて](2010/08/26 21:12)
[87] 洞窟5[かおらて](2010/08/26 21:12)
[88] 洞窟6[かおらて](2010/08/26 21:13)
[89] 洞窟7[かおらて](2010/08/26 21:14)
[90] ふりだしに戻る[かおらて](2010/08/26 21:14)
[91] 川辺のたき火[かおらて](2010/09/07 23:42)
[92] タイランと助っ人[かおらて](2010/08/26 21:15)
[93] 螺旋獣[かおらて](2010/08/26 21:17)
[94] 水上を駆け抜ける者[かおらて](2010/08/27 07:42)
[95] 空の上から[かおらて](2010/08/28 05:07)
[96] 堅牢なる鉄巨人[かおらて](2010/08/31 17:31)
[97] 子虎と鬼の反撃準備[かおらて](2010/08/31 17:30)
[98] 空と水の中[かおらて](2010/09/01 20:33)
[99] 墜ちる怪鳥[かおらて](2010/09/02 22:26)
[100] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(上)[かおらて](2010/09/07 23:40)
[101] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(下)[かおらて](2010/09/07 23:28)
[102] 暴食の戦い[かおらて](2010/09/12 02:12)
[103] 練気炉[かおらて](2010/09/12 02:13)
[104] 浮遊車[かおらて](2010/09/16 06:55)
[105] 気配のない男[かおらて](2010/09/16 06:56)
[106] 研究者現る[かおらて](2010/09/17 18:34)
[107] 甦る重き戦士[かおらて](2010/09/18 11:35)
[108] 謎の魔女(?)[かおらて](2010/09/20 19:15)
[242] 死なない女[かおらて](2010/09/22 22:05)
[243] 拓かれる道[かおらて](2010/09/22 22:06)
[244] 砂漠の宮殿フォンダン[かおらて](2010/09/24 21:49)
[245] 施設の理由[かおらて](2010/09/28 18:11)
[246] ラグドールへの尋問[かおらて](2010/10/01 01:42)
[248] 討伐軍の秘密[かおらて](2010/10/01 14:35)
[249] 大浴場の雑談[かおらて](2010/10/02 19:06)
[250] ゾディアックス[かおらて](2010/10/06 13:42)
[251] 初心者訓練場の怪鳥[かおらて](2010/10/06 13:43)
[252] アーミゼストへの帰還[かおらて](2010/10/08 04:12)
[254] 鍼灸院にて[かおらて](2010/10/10 01:41)
[255] 三匹の蝙蝠と、一匹の蛸[かおらて](2010/10/14 09:13)
[256] 2人はクロップ[かおらて](2010/10/14 10:38)
[257] ルシタルノ邸の留守番[かおらて](2010/10/15 03:31)
[258] 再集合[かおらて](2010/10/19 14:15)
[259] 異物[かおらて](2010/10/20 14:12)
[260] 出発進行[かおらて](2010/10/21 16:10)
[261] 中枢[かおらて](2010/10/26 20:41)
[262] 不審者の動き[かおらて](2010/11/01 07:34)
[263] 逆転の提案[かおらて](2010/11/04 00:56)
[264] 太陽に背を背けて[かおらて](2010/11/05 07:51)
[265] 尋問開始[かおらて](2010/11/09 08:15)
[266] 彼女に足りないモノ[かおらて](2010/11/11 02:36)
[267] チシャ解放[かおらて](2010/11/30 02:39)
[268] パーティーの秘密に関して[かおらて](2010/11/30 02:39)
[269] 滋養強壮[かおらて](2010/12/01 22:45)
[270] (番外編)シルバ達の平和な日常[かおらて](2010/09/22 22:11)
[271] (番外編)補給部隊がいく[かおらて](2010/09/22 22:11)
[272] (番外編)ストア先生の世界講義[かおらて](2010/09/22 22:14)
[273] (番外編)鬼が来たりて [かおらて](2010/10/01 14:34)
[274] (場外乱闘編)六田柴と名無しの手紙[かおらて](2010/09/22 22:17)
[275] キャラクター紹介(超簡易・ネタバレ有) 101020更新[かおらて](2010/10/20 14:16)
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[11810] 野菜の村の冒険
Name: かおらて◆6028f421 ID:8cb17698 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/25 01:25
 三時間ほど馬車を進め、一行は朝食を取る為、とある小さな村に着いた。
 村の外れにあった大木に馬車を留め、シルバ達は農道を歩む。
 左右にのどかな田園風景が広がる……と言いたいところだったが。
「荒れてるなあ」
 シルバは感想を漏らした。もちろん畑の全ては荒れている訳ではない。
 しかし、農作物のいくつかが乱暴に踏みにじられていたり、土がグチャグチャにされていたりする場所が目についてしまう。
 畑全体を眺め回すと、何だか結構なダメージがあるようだ。
「にぅ……畑がかわいそう」
 リフが悲しそうに帽子を目深に被り、目を伏せていた。
 しかし、これは……と、シルバは思う。
 この荒れ方は、覚えがあった。
「先輩、これ、荒れてるんじゃなくて、荒らされてるね」
 シルバの内心を代弁するように、ヒイロが言った。
 そして、荒れている地面に残っている、小さな足跡を指差した。
「ほら、ここ足跡。雑鬼のだよね」
「……ああ」
 雑鬼退治は、冒険者の基本中の基本とも言われる依頼だ。
 シルバも、初心者の頃、この手の依頼を受けた事があった。
「もしかして、仕事になるのかな?」
「んんー」
 シルバは、考えた。
 雑鬼は弱いとは言え、危険なモンスターだ。
 他の冒険者に既に依頼をしているという事は充分に考えられる。あるいは腕っ節に自信がある若い衆が自警団を結成して、自力で何とかしようとしているかも知れない。
 ただ、そうでない場合。
 村を訪れた冒険者(つまりシルバ達)が依頼される可能性はある。
 その時が問題だ。今のシルバ達にはやるべき事があり、その主役はといえばシルバともう一人……。
 後ろを歩いているタイランに振り返った。
「わ、私は、困っている人がいるなら……助けるのは当然かと」
 視線を受け、シルバの言いたい事が分かったのか、遠慮がちにタイランは言った。
 思わずシルバは苦笑してしまう。
「……お前の方が、聖職者っぽいなぁ、タイラン」
「あ、い、いえ、そんなつもりじゃなかったんですけど……」
「ま、見過ごすのもアレだし、酒場で話だけ聞いてみよう。もう冒険者を雇っている可能性は普通にあるだろし、それならそれで俺達は用無しだ」
「で、ですね」
 村はもうすぐそこだ。
 先に進みながら、シルバはふと隣を見る。
「……それと、キキョウは何で凹んでるんだ?」
 キキョウはどんよりと暗く落ち込んでいた。その方をポンポンとカナリーは叩き、同情の笑みを浮かべていた。
「いやぁ、意識がなくなるぐらいグッスリ眠ってたからねぇ」
「記憶が……全然、隣に座った記憶がないのだ……」
「はいはい、よしよし」


 幸い、その酒場は開いていた。
 どうやら、村の人間達の食堂も兼ねているらしく、朝の支度を終えた住民達で、それなりに席は埋まっていた。
 ただ、どこか沈んだ空気が酒場全体を包み込んでいた。
 そんな中、シルバ達は大きなテーブルで、遅い朝食を食べる事にした。パンとシチューの簡素なモノだ。
「主、わたし達に酒場の人間全ての視線が集中している」
 パンをちぎりながら、シーラが言う。
 なるほど、村の人間達は声少なげに何やら囁きあいながら、こちらの様子を伺っているようだった。
 ……シルバは彼らに対しどこか違和感を感じたが、それが何かは分からなかった。
「ま、俺達よそ者だからな。何より目立つし」
「むぅ……」
 パンを熱いシチューに浸して食べるシルバの視線を受け、キキョウが唸る。
 もっとも、目立つのは彼女だけに限らない。いつもと同じ赤金の刺繍の織り込まれた白いマントを羽織ったカナリーや、メイド服のシーラも充分に人目を引く。
 何より、2メルトほどある背丈で肩身狭そうに水を飲んでいる重甲冑モードのタイランは、ほとんど『私達は冒険者です』と宣伝の看板を掲げているようなものだ。
 不安そうな村人達の視線は、よそ者に対するモノとしては妥当なモノだろう、とシルバは思った。
 もっとも、その程度で食欲を失う、このパーティーではなかったが。
「ああ、ちなみにキキョウ。馬車の座席、次は僕の番なのでお忘れなく」
「ううぅ……」
 カナリーの非情な宣言に、再びキキョウは落ち込んでいた。
 そしてヒイロは元気いっぱいに、空になった皿を給仕のオバサンに向けて掲げていた。
「おかわり!」
「ヒイロ、あんまり食い過ぎると馬車の中で気分悪くなるぞ」
「大丈夫だよ先輩! 満腹になるまでは食べないから!」
「……相変わらずよく食うなぁ」
「に。お野菜おいしい」
 リフはシチューに集中しているようだった。
 このまま何事もなく、村を出る事になればいいけど……とシルバは思っていたが。
「……おいでなすったか」
 勢いよく酒場の扉が開かれ、口ひげを生やした恰幅のいい初老の男が息せき切って飛び込んできた。
 シルバ達を見て、安堵の吐息を漏らす。
 何となくその雰囲気から、村長さんかな、とシルバは思った。


 シルバの見立て通り、初老の男はこの村の村長で、名をハンクスと名乗った。
 冒険者の皆さんに話がある、という事で、ハンクスはほぼ食事の終えた(約一名除く。誰の事かは言うまでもない)シルバ達のテーブルに入ってきた。
 給仕のオバサンが水を置き、彼は話し始めた。
「……この村は雑鬼どもに悩まされております」
 ハンクスは最初、キキョウとカナリー、どちらに話をすべきか迷っていたようだが、結局キキョウに落ち着いたようだった。
 いつもの事なので、本来のリーダーであるシルバは黙っている事にした。
 こういう場合、キキョウも必要がない限り、敢えて訂正しないようにしていた。
 ハンクスは気付かず、頷くキキョウに話を続ける。
「もっともこの村は、元はここから歩いて一時間ほどの距離にある遺跡を探索する冒険者達と、彼らと商売をする商人達で作ったものなのです。遺跡が枯れて冒険者達が去っても、何人かはこの村に残りました。腕に覚えのある者もおりまして、これまでは雑鬼相手もどうにかなっておりました」
「……これまでは、か」
 シルバの肩の上で、ボソッとちびネイトが呟く。
 シルバ以外に聞こえた様子はなく、キキョウは村長の話に耳を傾けていた。
「ふぅむ、なるほど。しかし、あの荒れた畑を見た限り、そうは見えぬようだが」
「……それなのです」
 ハンクスの話ではこうだ。
 雑鬼達は毎年、この収穫の時期になるとどこからともかくちょくちょく出現する。
 大抵、もう何も出なくなった遺跡に棲み着いており、元冒険者や彼らに訓練された若い者達で結成された十人ほどの自警団が彼らを退治しに行く。
 今年もいつものように出発したのだが、もう二日経っても戻ってきていない。
 雑鬼達はその間も、夜を狙って野菜を奪っていく。
 何人かが遺跡に様子を見に行こうと村会議で提案したが、残っている村人の中に戦える者はほとんどおらず、危険だという事で却下された。
 なるほど、とシルバは納得した。
 酒場の客達に抱いていた違和感の正体は、年齢層だ。若い男がいないのだ。
「都市の方に、急ぎ冒険者を雇うよう人をやっているのですが……」
 沈み込む村長に、キキョウも得心がいったようだ。
「事態の解決は、多少金が掛かってもとにかく早い方がよい。そこで某達を雇いたいと」
「はい。依頼料の方は、使いにやった者にほとんど預けてしまった為、あまりありませんが……」
 申し訳なさそうに村長が言い、シルバ達は顔を見合わせた。
 すると、客の一人がシルバ達のテーブルに近付いてきた。それを皮切りに、あちこちの客が立ち上がる。
「俺の倅がいるんだ」
「うちの孫娘の婿もじゃ……」
「自警団の団長は、あたしの旦那なんだよ。頼むよ」
 片腕のない中年男、ヨボヨボの老人、農作業を終えたばかりらしい中年の女……。
 小さな革袋が、次々にテーブルに積まれていく。中には、自分のお小遣いを置いていった子供までいた。
「むぅ……」
 キキョウが唸る。
 村人達に囲まれ、とても断れる雰囲気ではなかった。いや、元々事前の打ち合わせ通り、こういう事になったら受けるつもりではあったが、ちょっと怖いシルバである。
「家族の無事が確認出来れば、それでいいのです。どうかお願い出来ませんでしょうか」
 ハンクスが、ガバッと頭を下げる。
 ちょっと考え、シルバは手を挙げた。
「村長さん、質問があるんですけど、いいですか」
「あ、はい。司祭様、何でしょうか」
「これまでは、その雑鬼対策で特に問題はなかったんですよね」
「ええ……数もせいぜいが数体、多い時でも十数体程度。武器も持っている奴はいましたが、錆びてたり脆かったりと、ほとんどロクなモノではありませんでしたし……」
「でもそれが今回は、戻って来ない」
「……そうなのです」
「じゃあ、これまでと何か違ってた事とかありますか? 雑鬼とは関係なくても、いいんですけど」
 シルバの問いに、ハンクスは意表を突かれたようだ。
「関係なくても?」
「はい。こういうのは、一見無関係のように見えて、実は繋がってるなんて事はよくありますから」
 村長は戸惑いながら、後ろにいた客達に振り返った。
「おい、みんな、そんなの何かあったか?」
 酒場のマスターも含め、村人達がざわざわと話し込む。
「あ。そういえば、一つだけある」
 その中で一人、思いついたように片腕の中年男が手を挙げた。
「何だ、マイル。言ってくれ」
 村長が促すと、マイルと呼ばれた男は話し始めた。
「十日ほど前の、地震だよ。割と大きくって、みんなパニックになったじゃないか。トム爺さんちの屋根が落っこちたとか、村長んちの壺が割れたとか。もしかしたら……遺跡の方で脆くなった部分に巻き込まれたとか、そういうトラブルがあったのかもしれない」
 最後は少し言いにくそうにしていた男に、シルバは頷いた。
 遺跡の構造は、地上部分と地下に一層という形になっているらしい。
「なるほど。ありがとうございます」
 冒険者を雇いに都市の方へ既に使いを出した件に関しては、村長達が自分達で何とかするという事だった。
 ひとまず報酬は後払い、という事にしてもらい、シルバ達は立ち上がった。ヒイロも、腹拵えに満足したようだ。
 偽りのリーダー、キキョウが村長に問う。
「それでは早速、これから遺跡の方に確認に行こうと思う。最優先は村民の安否の確認。雑鬼退治はもし出来れば。それでよろしいか」
「あ、はい。なにとぞ、よろしくお願いします」
 村長他、村人達が一斉にシルバ達に頭を下げた。


 馬車に乗って遺跡に向かうと、物の十分ほどで到着した。
 古ぼけた石造りの遺跡である。
 畑を調べた時点では、雑鬼以外のモンスターはおらず、一応はその線で進める事となっていた。
 もっとも、『雑鬼退治』という依頼は、『常に迷宮の奥で「実は○○でした(例:魔法使いが雑鬼達を使役していました、ボスに大鬼が控えてました等)がある』、という都市伝説があるほどだ。
 油断は出来ない。


 地上部分の探索は、それほど難しい事ではなかった。
 タイランに重甲冑から出てもらい、シルバと同化して、軽く上空を飛んで全景を確認したのだ。
 時刻はまだ、昼にも達しておらず、残念ながら夜の眷属であるカナリーは飛ぶ事出来ない。浮遊装置はベクトルを下向きに固定する為、平たい板があれば理想的だったのだが、なかったのである。
(地上には雑鬼も村人もいる様子はありませんね……)
「……だな。そろそろ降りよう。魔力が尽きる」
(は、はい)
 スウッと青白い燐光に身を包んだシルバが、地上に下降する。
 {飛翔/フライン}が使えれば一番楽だったのだが、シルバが祝福魔法を封じられていて、それも適わない。
 地味に、封印が効いているシルバであった。
 現在、シルバ達のパーティーは、遺跡の入り口で待機状態を取っていた。車座になってそれぞれ、探索の準備を始めている。
 シルバはタイランとの同化を解除すると、頭を掻いた。
「やっぱ敵は地下か。雑鬼連中は暗いところが好きだし、屋根付きの方が住みやすいから予想はしてたけどな」
「それはいいけどさ、シルバ。この迷宮、かなり広いぞ」
 カナリーは、村長からもらった遺跡の地図を広げていた。
 さすがに探索し尽くした遺跡だけに、地上部分も地下部分も、ちゃんと地図が村長の屋敷の蔵に残っていたのだ。
 シルバも、その地図を覗き込む。
「まがりなりにも小さい村が拠点になるぐらいだしな」
「手分けをした方がいいかな」
「だな」
 カナリーの意見にシルバも賛成だった。
「ふむ……全員分かれて、村人を捜すという事か」
 刀を鞘に戻しながら、キキョウが言う。
「いやいや、いくら雑鬼だからって、侮っちゃ駄目だ。自慢じゃないが、俺はやられる自信があるぞ」
「……シルバ殿、そんな自信はいらぬよ。な、何なら某が護衛するから安心して欲しい」
「に!」
 ちょっと恥ずかしそうに言うキキョウに続き、リフも勢いよく手を挙げる。
「気持ちは有り難いけど、人数的には基本2パーティーってトコだな。村で聞いた地震の件は気になるけど、地下迷宮をこの大所帯が固まって動いても、味方同士の動きの妨げになる。で、耳と鼻の利くキキョウとリフは、どちらかに分かれて欲しい」
 当たり前だがシルバは一人しかおらず、二手に分かれた内の一つを指揮する事になるだろう。
 つまり、キキョウとリフ、どちらか一人しか、シルバと一緒には行動出来ないという事になる。
「む……」
「にぅ……」
 無言の牽制をしあう、二人であった。
「ボクはー?」
「保留」
 ヒイロの問いを、シルバは一言で片付けた。
「保留!?」
「戦力的にバランス取らなきゃならないから難しいんだよ。ウチはほら、前衛が多いから」
 シルバは、自分の背後に控えるシーラや、遺跡の石壁にもたれて座り込んでいるタイランの重甲冑を指差した。
「僕はその気になれば単独でも可能だが」
「うん、カナリーと、ヴァーミィ、セルシアはセットだな」
 シーラに対抗するように、従者二人もカナリーの背後に控え、会釈をした。
「私の方は……鎧と分かれてモンブランちゃんに使ってもらえば、二人分になれますけど」
 精霊体のタイランは、重甲冑に戻らず、そのまま考えを述べた。
 なるほど、とシルバは頷いた。
 それから少し考え込み、タイランを見た。
「……ちゃん?」
「はい?」
 タイランは小首を傾げる。
 シルバは眉に指を当て、しかめっ面を作った。
「……いや、いい。深く考えない事にするとして、タイランは俺と組んでもらう」
「わ、私でいいんですか?」
 透明に近い青の頬を、少し赤く染めるタイラン。
「というか、出発する前に練習したの、実戦でもやってみたいからさ。相手を侮る訳じゃないけど、雑鬼相手ならちょうどいいだろう」
「あ、あれですか……分かりました」
 タイランは、グッと両手で握り拳を作った。
 そんな二人のやり取りを聞き咎め、キキョウは身を乗り出してきた。
「……! シ、シルバ殿、タイランと何かやっていたのか?」
「ふっふっふー、それはまだ秘密。んで、ネイトはアイテム扱いだから俺と一緒だとして――」
「所有物だから当然だな」
 うんうん、とシルバの肩の上で、ちびネイトは満足そうだ。
 シルバは後ろに控えていたシーラを振り返った。
「……わたしは、主以外の命令に従うつもりはない」
「もう一つのパーティーの前衛として戦ってもらうって、俺が命令した場合は?」
「その命令に従う」
 そう言うも、ジッとシーラは、シルバを見下ろしていた。
「……微妙に不満そうに見えるんだが」
「わたしは命令に従うだけ」
 うーむ、とシルバは自分の頭をボリボリと掻いた。
「もうちょっと自分ってモンを持て……とか偉そうに説教したいところだけど、多分それがお前の『自分』なんだろなぁ」
「そう」
「それで……パーティーの方は、結局どう組むんですか?」
 タイランの質問に、シルバは再び考え込んだ。
 ヒイロにも言った通り、なるべくバランスよく行きたい所だ。
「それなんだなぁ……とりあえず俺の方は、俺、タイラン、それにシーラで確定だとして。モンブランはどうなんだ?」
 すると、座り込んでいた重甲冑から声が響いた。
「ドコデモイイ。ソコノ人造物ト違イ、我ハ独立シテイル」
「…………」
 シーラが、首を向けると、重甲冑――モンブラン十六号は立ち上がった。
「ヤルカ」
「命令があるなら」
 シーラが許可を、とシルバを見る。
「やめいっ!」
「わ、分けた方が良さそうですね」
「だな」
 慌てた様子のタイランの意見を、全面的に採用する事にしたシルバだった。
 はいはい、とヒイロがまたしても、手を元気よく挙げる。
「じゃあボクも先輩のパーティー希望! 空きはまだ全然余裕でしょ?」
「ま、そうだな。んじゃ前衛はひとまずシーラとヒイロの二人確定、と。……で、こっちはこっちで」
 シルバは、チラッとキキョウとリフの方を見た。
「ぬううぅぅ……」
「にぅ……」
 二人はまだ、にらみ合いを続けていた。どちらの尻尾も、緊張感でゆらゆらと揺れている。シルバの目には、背景に狐と仔猫がにらみ合う姿が見えたような気がした。
「どうしたものかなぁ……」
 ほとほと弱るシルバであった。
「……あの、シルバさんが決めた方がいいと思いますよ、これ。喧嘩になられても困りますし」
 タイランの言葉は、ごく真っ当な物だった。
 ただ、シルバとしても悩んでしまう。
 前衛に一番付き合いの長いキキョウを配置しても心強いし、後衛にリフが参戦してくれると回復薬などの材料に困らない。
 どちらも捨てがたいのである。
「そうだねぇ」
 うん、とカナリーも頷いている。
「いや、他人事みたいに言ってんなよ、カナリー。お前かキキョウのどっちかに、もう一つのパーティーのリーダーやってもらうんだから」
「!!」
 自分を指差しながら、赤い目を剥くカナリーであった。
 この瞬間、カナリーも静かな修羅場に参戦する事となった。


 そして数分後。
「……今度から、ジャンケンも鍛えよう」
「にぃ……お兄、がんばって……」
 ガックリと崩れ落ちるカナリーとリフの姿がそこにあった。
「では参ろうか、シルバ殿!!」
 対照的にキキョウは、非常にテンションが上がっていた。
 シルバパーティーは、前衛にヒイロ、キキョウ、シーラ。後衛にシルバ(&ネイト)とタイラン。
 カナリーパーティーは、前衛にヴァーミィ、セルシア、モンブラン十六号。後衛にカナリー、リフ。
 このような構成で、彼らは迷宮に潜る事になった。


 迷宮の中に入って十五分ほど経過しただろうか。
 ネイトの心術を通して、カナリーからの念波がシルバ達のパーティーに伝わってきた。
(……こちらカナリー。雑鬼が出た。現在交戦中)
 どこかだるそうなその声に、シルバ達の間に緊張が走る。
「合流した方がいいか」
(いや、その必要はないよ……こっちに雑鬼が現れたからって、そっちに出ないとは限らないし。あ、もう戦闘終わった)
「早いな、おい!?」
 一分も掛からない内に片付いてしまったようだ。
(そりゃ雑鬼だからねぇ……ウチの前衛三体が袋叩きにした上に、リフの精霊砲と僕の雷撃だ。ひとたまりもないよ)
 確かに言われてみれば、向こうも相当にえげつないパーティーである。
 圧倒的な火力の前に、おそらく雑鬼達も為す術がなかったのだろう。
「そうか。けどカナリー」
 シルバは、自分達のいる通路を見渡した。
 地下の迷宮だというのに、地面には青々とした雑草が生い茂っており、通路全体がどこかボンヤリと明るい。
 何より、相当に気温が高かった。不快な湿気はほとんどないが、まるで直射日光の下にでもいるかのような感覚を、シルバは受けていた。
 そして、シルバのパーティーには太陽を弱点とする者が一人いる訳で。
「お前、大丈夫か?」
(……あんまり、大丈夫じゃないかも)
 うんざりとした深い溜め息のような念波が、伝わってきていた。


 大きな部屋に入り、シルバは天井を見上げる。敵も村人もいなさそうだ。
「それにしても、何だってこんなに暑いんだ? まるで真夏じゃないか」
 呟き、手で顔を扇いだ。
 これならまだ、外の方が涼しいのではないだろうか。
 それぐらいに暑く、シルバの額にも汗が滲んでいた。
「暑さの原因は分かりません。でもこれは……」
(にぅ……強いおひさまの感じ)
「やっぱりそうですよねぇ……初夏ぐらいでしょうか」
(に……)
 タイランとリフ、精霊系の二人の意見は一致していた。
「某達はまだしも、カナリーには実にきついであろうな」
 襟一つ乱さず、キキョウが言う。
 しかしそれでも暑い事には変わりないのか、キキョウの尻尾はどこか元気がなく垂れていた。
「ボクもきついし脱ぐー」
 ヒイロはブレストアーマーの金具を外すと、下のシャツを脱ぎ始めた。
 その下は肌着のみだ。
「ってヒイロ! はしたない真似はやめるのだ! シルバ殿が見ているであろう!」
 キキョウが慌てて、ヒイロを制する。
「むむ、これは凝視するべきなのか?」
「シルバ殿がボケたら、ツッコミが困るので、やめていただきたい!」
「先輩のエッチー♪」
 迷宮の中だというのに、場はどんどん混沌と化しつつあった。
「よし、私も脱ぐ!」
「ネイト、明らかに対抗意識だよな、それ」
「うむ。私の裸体なら、言ってくれればいくらでも見放題だぞ、シルバ。何なら下も脱ぐか」
「仕事中だ。ふざけるのは、その辺にしとけ」
「分かった。仕事が終わってからにしよう。それにしても……」
 ネイトは、シルバの後ろに控える、精霊体のタイランを見る。
 キキョウ、ヒイロ、シルバ、さらにシーラまでも、彼女の『とある一点』に視線を集中させていた。
「あ、あ、あの!? どうして私の胸に、みんな集中しているんですか……!?」
 自身の構成物質で作った薄衣を纏ったタイランは、恥ずかしそうに自分の胸元を両腕で隠した。
「何となくだ」
 キキョウの言葉に、女性陣は一斉に頷いた。
 シルバはグッと、タイランに親指を立てて見せた。
「ま、大きいのも小さいのも胸は胸だ!」
「いい笑顔で親指立てないで下さいよ!?」
(……そっちは楽しそうだねぇ)
(にぅ……うらやましい)
 カナリーとリフ、二人の羨望混じりの念波が、シルバの意識に流れ込んで来る。
(リ、リフも僕の胸に集中しない! こ、このマントと肌着を着けている限り、僕の胸はぺたんこなんだから! 見るのなら、ウチの従者達のを見たまえ!)
「……そっちはそっちで、よく分からん事になってるな。本当に大丈夫か、カナリー? 暑さで倒れたとかなったら、シャレにならないぞ」
(あー……その点は心配無用さ、シルバ。若干不愉快ではあるが、雑鬼やこの程度の暑さに遅れは取らないよ。それに、僕の分までリフが元気になっているようだし……)
(に。何匹か奥ににげたの、追う)
「了解。無理するなよ」
(承知。シルバもね)
 次第に、念波が遠ざかっていく。ネイトの心術も、シルバの精神共有と同じく、距離が開くと感度が悪くなるのだ。
「けどこー暑いと、しゅーちゅーりょくも切れそうになるよねー」
 ポーションをドリンク代わりにし、瓶の中身を飲むヒイロ。
「あ、まさかこれが敵の攻撃!?」
 衝撃の新事実に気付いた、という感じのヒイロに、シルバはないないと手を振った。
「……雑鬼が原因じゃなくて、単純に何らかの異常現象だろ。アイツらが、こんな大規模な術を使えるなんて、聞いた事がない」
 言いはしたものの、シルバは直後に頭を振って、自分の台詞を否定する。
「ま、聞いた事がないだけで使うのかもしれないけどな」
 それから少し考えた。
 これまで無言で迷宮を眺めていたシーラを見ると、彼女は壁に刻まれている文様だか文字だかを撫でていた。
「何か分かるか、シーラ」
「分かる。ここは、祭壇」
「祭壇? 古代の宗教施設か?」
「正しいが、少し違う。わたしも詳しい事は知らない」
「知っている限りでいいんで教えてくれ。情報があるのとないのとでは大違いだ。カナリー達にも伝える」
 みんなの視線もシーラに集中する。カナリー達と心術で繋がっているネイトが言う。
「もうじき、届かなくなるぞ、シルバ。早めにしてくれ」
「了解」
 シーラは迷宮の天井を見上げた。
「二十二種類ある大祭壇の一つ。ここは太陽の祭壇。その効果でここは温かく、明るい。農作物がおいしいのにも影響している」
「二十二種類の大祭壇に……太陽……?」
 何だかシルバは自分の記憶に、妙に引っ掛かるモノを感じた。そして何となくヒイロを見た。
「そりゃ、カナリーさんが弱る訳だ」
「その分、森の姫であるリフは強まる訳だな」
 ヒイロとキキョウも納得顔だ。
「村の人間はこの遺跡を枯れていると言った。しかし、遺跡は稼働している。矛盾」
「……そうだな。明らかにこの遺跡は『生きて』いる。冒険者なら調べないはずはない」
 シルバは壁に手をついた。
 ほんのりと熱を帯びていた。
「つまり、まだ何かあるな、この遺跡」


 20メルト四方もあろうかというその大部屋に入った瞬間、カナリーとリフはホッとした。
「……助かった」
「にぅ……涼しい」
 ここまでの暑い通路と異なり、その部屋は涼しかったのだ。
 外の気温とも違う、まるで何かに管理されているかのような温度に、カナリーは違和感を抱いた。
 見ると、亀裂の入った石造りの壁がボォッと強く光っていた。
 その、部屋を一周する太い線のような古代文字の羅列。
 何となくそれが、この適温の元なのではないかとカナリーは感じた。
 根拠はない。
 いわゆる魔術師の勘だ。
 部屋の明るさも、これまでとは段違いであり、これはもしかすると人が住んでいた場所なのではないか……と、カナリーは考える。その証拠に部屋の奥には家具の名残と思われる残骸が、積まれている。
 ザッと部屋を見回したカナリーの思考は、そこまででほんの数秒。
 ヒュッと風を切る音と、自分の視界の端で何かが動いたのに感づいたのは、その直後だった。
「っ……!?」
 部屋の奥から何か丸いモノが飛んできた。
「ガガ……ッ!!」
 それはモンブラン十六号にぶつかり、砕け散った。
「にゃ……モンブラン!」
 リフが悲鳴を上げる。
 地面にぶち巻かれたその残骸に、カナリーは見覚えがあった。
 緑色の分厚い皮に黄色い中身。かぼちゃである。
「ぶつけられたのは、かぼちゃのようだね」
 キシシシといやらしい笑い声に視線を向けると、部屋の奥のガラクタの上に、雑鬼達が数匹立っていた。
 どうやら、そのガラクタで原始的な遠投器のようなモノを造り、それを使ってかぼちゃをぶつけてきたらしい。
 二投目のかぼちゃが風を切って飛来してくるが、今度は狙いを外して、地面に砕け散った。
「にぅ……許さない。かぼちゃさん、かわいそう」
 ピーンと尻尾を立てて、リフが殺気立つ。
「リフ、落ち着け」
 リフを抑えるカナリーに、ヴァーミィとセルシアが振り返った。
 もっと気を付けるべき相手がいる、と主に伝える。
「何?」
「ガ……ヨクモヤッテクレタナ。全員ヤッツケル!」
 見ると、重甲冑の胸部を黄色に染めたモンブラン十六号が怒りに震えていた。
 足の無限軌道が起動し、斧槍を構えて、重甲冑は突進を開始する。
「ま、待て、モンブラン! 勝手に動いちゃ駄目だ!」
 ヴァーミィとセルシアの腕が突き出るが、構わず前進するモンブラン。
 その戦闘力は、カナリーもこの迷宮に入って一度見ている。単体でも、雑鬼程度なら軽く蹴散らせるだろう。
 しかし、カナリーは雑鬼達に違和感を感じていた。敵が激怒しているというのに、あの落ち着き具合は何なのか。
「モンブランだめ! おとしあな!」
「ガ――!?」
 ズボッとモンブランの身体が床にめり込んだかと思うと、そのまま何かを引きずるようにしながら、カナリー達の視界から消えてしまった。
 それに続くようにして、ガチャゴチャンと鈍い音がする。
「……遅かったか」
「にぃ……土の気がないからおかしいと思ってた」
 引きずるような音の正体は、床に偽装した布であり、土埃をばらまいて、本来の地面との境目を偽装したのだろう。
 落とし穴そのモノは、部屋中央に大きく出来ていた。
 その出来から見て、おそらくは村の人が言っていた地震で出来た、崩落ではないかとカナリーは考える。
 カナリー達は、モンブランを心配して穴を覗き込んだ。
 穴の深さは5メルトほどだろうか。
 カナリー達のいる埃っぽい迷宮とは比べモノにならないぐらい、綺麗な素材で出来た広い通路がそこにあった。
「ウウウ……油断シタ」
 重甲冑が起き上がる。
 ……どうやら、故障はないようだ。
 もしかすると。
 雑鬼退治にこの遺跡に潜った村人達も、モンブランと同じ手に掛かったと考えられる事は、充分に考えられる。
 ならばまずは、雑鬼達を倒すのが先決だ。そうでないと、下の調査もままならない。
「君達」
 調子に乗って、かぼちゃ以外にニンジンやら茄子やらまで投げつけ始めた雑鬼達にカナリーは言う。ガラクタの影から現れたその数は全部で十三匹なのも、確認する。
「楽しそうに笑っているが、分かっているのかな?」
「?」
 ピタッと、雑鬼達の動きが止まる。
「こちらはまだ四人残っているんだが」
 言って、カナリーは雷撃を放った。
 ガラクタが破壊され、巻き添えを食った雑鬼が悲鳴を上げる。
 同時にそのガラクタによって、奥への通路は塞がれてしまった。
 残った雑鬼達が慌て、困ったような悲鳴を上げる。
「逃がさないよ。そこまでお人好しじゃない」
「村の人達、どこ?」
 身構えるリフの問いが理解出来たのか、雑鬼達の視線が穴の方に向けられる。
「なるほど、やはりか。ではまず君達を片付けてから、ゆっくりと下を調べるとしよう。ヴァーミィ、セルシア、左右に展開。挟撃しろ」
 カナリーが指を鳴らすと、二人の従者は素早く左右に分かれた。
 逃げ場はないと悟った雑鬼達もガラクタを乗り越え、錆だらけの武器や角材やかぼちゃを手に、左右に散る。
 内一匹はガラクタを乗り越える時に勢いがつきすぎたのか、そのまま短い悲鳴を上げながら、大穴に落ちた。
 左のヴァーミィ、右のセルシアが、雑鬼を次々と叩き倒していく。
 しばらくはその様子を伺っていたカナリーだったが、軽く息を吐いて手に持っていた回復薬を、懐にしまった。
「……回復の必要はないな。リフ、掩護射撃に移ろう。僕はヴァーミィを手伝うから、君はセルシアの方に精霊砲で頼む」
「に!」
 雷撃と精霊砲が、それぞれ雑鬼達を吹き飛ばした。


 戦闘はモノの数分で片がついた。
 従者達がガラクタを撤去し、奥の部屋を調べたところ、どうやらそこは雑鬼達の食料庫だったらしい。野菜や酒類が貯蔵されていたという。
「リフ、回復は必要かい」
「だいじょうぶ。それよりモンブランが心配」
「うん。壊れてはなかったみたいだけど、一応後で身体の方は調べた方がいいだろうね」
「にぅ……なにか聞こえる」
 なるほど、リフの言う通り、穴の底から激しい打ち合いの音が響いていた。
 嫌な予感がして、カナリーは再び穴を覗き込んだ。
 下の層で、モンブラン十六号は、水晶体で出来た石人形――クリスタルゴーレムと交戦の真っ最中だった。
「ガガ……! 厄介! 強イ!」
 クリスタルゴーレムはモンブランよりもさらに大きく、3メルト程の背丈があり、その拳の一撃は、モンブランが防御しても押し負けるほどに威力があるようだ。
「ずいぶん派手だな」
 敢えて声に出してみる。
 虹色に輝くクリスタルゴーレムはほぼ、カナリー達の真下。
 気付いてもおかしくないのに、一瞥すらしないのは、おそらく下に踏み込んだ者にだけ反応するタイプなのだろうと、カナリーは推測する。
 とはいえ、このままモンブランを放っておく訳にもいかない。
 引き上げるのは、この状況では無理だろう。
「……リフ、行こうか」
「に。お兄呼ばなくていい?」
「呼びたいけどその前に、モンブランが潰されるかも知れない。こういう時、シルバなら迷いなく助けに入るだろう?」
「に」
 カナリーの問いに、リフはコクンと頷いた。
「何、勝てればそれに越した事はないが、いざとなれば逃げてもいい。僕達への依頼は村人達の捜索だからね」
 軽く言いながら、カナリーは大穴に飛び込んだ。


「む……」
 ピクリ、と先頭を歩いていたキキョウの耳が動いた。
「どうしたキキョウ」
「人の声がする」
 シルバの問いにキキョウは振り返らず、足早に進み始める。
 他の面々もやや駆け足になりながら、キキョウを追った。
 前から順番に、キキョウ、ヒイロ・シーラ、シルバ、タイランという編成だ。
 タイランは激しい運動が出来ないので、シルバの両肩にしがみつく形となっている。
「ホント? でもボクには、全然聞こえないよ?」
「わ、私もです」
 戸惑うヒイロやタイランに構わず、キキョウは曲がり角を折れる。
「ふ、獣の耳を侮るな。どうやら敵の存在でも恐れているのか、小声で話しているようだ。こちらのようだな」
「さすがキキョウ。連れてきて正解だったな」
 シルバが褒めると、キキョウの二本の尾がぶわっと膨らんだ。ほぼ真後ろにくっついていたヒイロが驚いて、思わず飛び退く。
「や、やや! 某はただ、命じられた役割を果たしているのみだ。そのように褒められるほどの事はしておらぬぞ、シルバ殿」
 さらに早足になりながら、尻尾がぶわさぶわさと嬉しげに左右に揺れる。ヒイロはその尻尾を興味深げに指でつついていた。
「照れるな照れるな。んで、人の声ってのは遠いのか?」
「否。割と近い」
 そして、着いた先は行き止まりだった。
「ここだ」
「ここ?」
 シルバ達も周囲を見た。
 やはりどこからどう見ても行き止まりだ。
 しかしキキョウは動じず、足元を見た。
 床には細い亀裂が伸びていた。
「うむ、この下から話し声が聞こえた。複数の人の臭いもする」
「わ、私、入りましょうか?」
 精霊体であるタイランが、おずおずと手を上げる。
「そんな必要はないよ。それならボクが――」
「わたしも」
 ヒイロの骨剣とシーラの金棒が、亀裂の入った床を粉砕した。
 ガラガラガラと石の床が崩れ、落下していく。
「うわぁっ!?」
 真下から、短い悲鳴が聞こえた。
「……お前ら、下に人がいるんだから、もうちょっと気を付けろ」
 シルバは「しまった」という表情をするヒイロとシーラの後頭部にチョップを入れた。
「ごめんなさい」
「反省」
 シルバの肩に上に乗っている、ちびネイトが下を覗き込む。
「シルバ、どうやら何人かは怪我を負っているようだぞ」
 いたのは、剣や槍と持ってへたり込んでいる男達だ。
 といっても、装備はそれほどよろしくない。
 雑鬼程度にならば充分だろうが、農民なのは明らかだ。
「村の人?」
 シルバが尋ねると、見上げていた男の一人が頷いた。
「あ、ああ、アンタ達は?」
「村で雇われた冒険者です。今、そっちに降りますから」


 高さは5メルト程。
 ロープを使って下りた小部屋は、それまでシルバ達がいた迷宮とは異なり、ずいぶんと綺麗な材質で出来ていた。
 うっかりすると、滑ってしまいそうだ。
 壁には古代文字のような文様が光るラインとなって、部屋を一周している。
 不思議と上の迷宮よりも、ずいぶんと涼しかった。
「ネイト」
「この壁の文字を、憶えるんだな」
 肩の上のちびネイトが、シルバに応える
「よく分かるな」
「ふふふ、シルバの考える事など、私にはお見通しだ。任せておけ」
 そちらをネイトに任せ、シルバは村人に向き直った。
「怪我をしている人には回復薬を。非常食も村の人達から預かってます。後は、適当な板があれば浮遊装置で昇れるんだけど……」
「……すまない。感謝する」
 シルバは預かっていた回復薬と非常食を村人の一人に渡し、天井を見上げた。
 腕や足に怪我を負った者もおり、ロープで登るのは難しそうだ。
 考え込むシルバに代わり、キキョウが村人に問う。
「お主達は上から墜落したのか?」
「いや、違う。水晶の化物が向こうにいて、襲われたんだ」
「落ち着けよ、事実は正確に伝えないと。上から墜落したのは確かだけど、ここじゃない。向こうの方で雑鬼の落とし穴に掛かっちまって……」
「水晶の化物に襲われたのも事実だろう?」
「でもとっさに攻撃したのは俺達だ。何もしなければ、襲ってこなかったかも知れない」
「とにかく、この暑さもしのげる小部屋に逃れたんだ。どうやらアイツ、ここまでは来られないようだし」
「それより腹減った……早く飯を……」
 好き勝手に話し出す村人達に、キキョウは慌てて手を振った。
「ああ、け、喧嘩はならぬ! もしも敵がいるのならば、ここで大声を出すのは得策ではない! 小声であったのも、そういう事情ではなかったのか?」
「そ、そうだった」
 村人達は慌てて、自分の口を手で塞いだ。
 シルバは床に落ちていた大きな盾を手に取りながら、肩の上のネイトに尋ねた。
「ネイト、カナリー達に連絡を取れるか?」
「ああ、それなら――」
 直後、勢いよく扉が開いた。
「ぬ、曲者か!」
 キキョウが一気に扉との距離を詰め、抜刀する。
 侵入者に向けて刃を放つが――。
「……ご、ご挨拶だね、キキョウ」
「カ、カナリーであったか。すまぬ」
 カナリーの眼前で止まった刃を、キキョウは慌てて鞘に納めた。
「――すぐそこにいる」
 ネイトの指摘に、シルバは渋い顔をした。
「見りゃ分かるよ。っていうかキキョウも、耳や鼻がいいんだから、カナリーの臭いぐらい見分けつけてやれよ」
「うぅ、面目ない」
 しょんぼりと、尻尾を垂らすキキョウであった。
「ま、そっちも無事で何よりだ。……いや、あまり無事でない奴もいるか」
 カナリーに続いて、リフ、ヴァーミィとセルシア、そして身体のあちこちを凹ませたモンブラン十六号が部屋に入ってくる。
「にぅ……涼しい……」
 ペタンとその場に横たわり、床の冷たさを味わうリフであった。
「モ、モンブランちゃん、大丈夫ですか……!?」
 宙を浮いていた精霊体のタイランが、モンブラン十六号に近付く。
「ガガ……次ハ勝ツ!」
「外装は派手にやられたが、中身は無事だよ。多少無茶をしたから後で診ないと駄目だけど。その時はよろしく頼む、シルバ」
 そう言うカナリーも、かなり疲れているようだ。
「ああ。何か水晶の化物が現れたって村の人から聞いたけど」
「まさしくそれだ。クリスタルゴーレムだよ。物理攻撃も魔法攻撃も効きやしない。反則だね、あれは」
「ありゃ、先輩いつの間に錬金術習ったの?」
「正式には習ってないけど、こういうのは出来る人間が多い方がいいだろ。前衛は戦闘。後方はこういう裏方のお仕事」
「よ、よろしくお願いします」
「あいよう」
 ヒイロやタイランに答えながら、シルバは大きい盾を壁に立てかけた。
 シーラを呼び、荷物袋から浮遊装置を取り出させる。
「後は、村人を上げる方法だけど、これでいこうか」
 シルバは、浮遊装置を盾の裏に取り付けた。


 足を折った青年が、浮遊台となった盾に乗って上昇する。
 怪我人は、既に上に登った村人が回収すればいい。
「さすがに二人乗るにはサイズに無理があるから一人ずつだけど、充分だろう」
「面白そー」
 ヒイロは上昇していく盾を見上げ、目を輝かせていた。
「後で乗りゃいいだろ」
「いいの、先輩!?」
「駄目な理由も特にない。ひとまず仕事が先だけど……」
「よし、さっさと片付けちゃおう!」
 俄然張り切るヒイロであった。
 が、シルバは考える。
「受けた依頼は村人の捜索と雑鬼退治……よく考えたら、仕事自体は終わってるんだよなぁ」
 カナリーから雑鬼戦の顛末も聞いているので、後は村人達を村まで送れば終了である。
 すると、まだ残っていた村人の一人が、シルバに近付いてきた。
 確か、村の自警団のリーダーの男だ。特に手足に怪我を負っている様子もない。
「それなんだが……」
「はい」
「奥の方も調べてもらえないだろうか。流れてきた雑鬼達がまた棲み着いたら、再び同じような事になりかねない。もちろん、報酬は払う……あまり多いとは言えないが」
 シルバは再び考え込み、キキョウ達を見た。
「……そりゃま、さすがにここで帰るって手はないか」
 シルバの言葉に、皆も頷いた。


 小部屋の中心で、シルバ達は車座になった。
 ネイトだけは一人、壁の文字をゆっくりと眺め記憶している。
 そして、改めてクリスタルゴーレムと遭遇したカナリー達の話を纏めた。
 ・物理攻撃無効
 ・魔法攻撃無効(少なくともカナリーの雷撃とリフの精霊砲は効かなかった)
 ・動きはそれほど速くないが、かと言って遅くもない
 ・パワーは相当にある
 ・距離を詰めると拳で攻撃、離れるとレーザービーム攻撃
 ・頭はそれほどよくなさそう(命令に忠実に従っている様子)
 ふぅむ、とシルバは首を傾げ、隣に控えるキキョウに尋ねた。
「聞いた限りだと、倒す事自体はそれほど難しくなさそうだなぁ」
「であるな」
 頷き合う二人に、カナリーは慌てた様子で詰め寄った。
「いや、ちょっと待って二人とも。一体何を言っているんだい? 僕の話聞いてた?」
「言ったそのままだよ。倒すだけなら、簡単だって話」
 シルバは、滑らかな床を撫でた。明らかに上とは違う素材で出来ている。
「うむ。もっとも勝つとなると、話は変わってくるが」
「んー、そこはキキョウの言う通りだなぁ。その辺はやっぱり実際にやってみないと分からないか」
「勝つと倒すのとでは、違うのかい?」
 カナリーの問いに、シルバは頷いた。
「うん、勝つとなると相手を壊さなきゃならないからなぁ。でも、目的を達する為だけなら」
「倒すだけで充分」
 キキョウが、シルバの言葉を引き継ぐ。
 そしてカナリーは頭を悩ませていた。
「……聞いても、違いがよく分からない」
「キキョウ、相手の攻略法は?」
「おそらくシルバ殿と同じ考えだと思う」
「ま、状況から考えると多分、それだよな」
「うむ。キモはここの環境だと某は推測する。陸の生き物は海には棲めぬ。逆もまた然り」
「ええい、ツーと言えばカーな仲が羨ましいぞ君達! さっさとネタを割るんだ」
「ぶーぶー。カナリーさんと同じく! ボク達は説明をよーきゅーする!」
 カナリーやヒイロが抗議の声を上げた。
「いや、そんな大層な話じゃないんだけど……」
 シルバは皆に作戦を話した。


 話を聞き終え、カナリーは疲れたように溜め息をついた。
「倒すって、そういう意味か……」
「んで今話した理由で、勝てない時はそれはそれで別にオッケーなんだよ。モンブランは不満だろうけどな」
「ガガ……! 不満不満!」
 散々やられて、その仕返しも出来ないとなると、モンブランとしては納得がいかないのだろう。
 ……まあ、話を聞く限り、先に手を出したのは、モンブランの方なのだが。
 ひとまずシルバは説得を試みる事にした。
「でもさ、モンブラン。冒険者ってのはただ敵をやっつけりゃいいってだけじゃないんだよ。最終的な目的をこなせるかどうかって事だ」
「納得イカナイゾ!」
「じゃあ、言い方を変える。これは、アイツを出し抜くやり方なんだ。向こうの勝利条件は俺達の殲滅じゃなくて撤退だろ? その理屈でなら、俺達は今回充分『勝ち』な訳だ」
「ムム……」
 ともあれ、現状モンブラン十六号には無理はさせられないのが現状だ。
 何しろ身体はモンブラン一体だけの物ではなく、タイラン用の外装でもあるのだから。
「ま、相手が追ってくるとは限らないしな。奥に進むのは俺と文字が読めるシーラが最低限必要。うまく行くならそれだけでオッケーなんだけど、駄目な場合はキキョウが指揮」
「心得た。カナリーの班だった者で、疲れている者はいるか」
「疲れているって意味だと、みんなそれなりだけどね。今の話だと、僕は外れる訳にはいかないだろう。せっかくの、新しい術を使う機会だし」
 マジックポーションを飲みながら、カナリーは言う。その後ろに控えている従者二人も、小さく頷いていた。
 ふーむ、とキキョウはカナリーを見た。
「前に試しておいてくれれば、データが取れたのだがな」
「僕も動揺してたんだよ。とっさには出ないって」
「我モヤル! りべんじりべんじ!」
 ぶんぶんぶんと、モンブランは大きく手を振った。
 それを見て、シルバはヒイロに浮遊装置を設置した盾を渡した。
「じゃあま、モンブランはこれ持ったヒイロと一緒に別行動の方向で」
「やっほい!」
 盾を抱きかかえて喜ぶヒイロであった。
「で、リフは大丈夫か」
「に。復帰」
 もうすっかり暑さでダレた身体は、カナリーが新しく学んだ氷結魔法で冷やした回復薬を飲み、治ったようだ。以前のノワ達との戦いで、雷撃以外の魔法をと習ったのだが、今の所はこういう使い方しかしていないカナリーである。
「ひとまずリフも、牽制役よろしく」
「に」
 コクコクと頷くリフ。
 シルバは頭上を見上げた。
 村人達が心配そうに、シルバ達を穴の縁から見ていた。
「手持ちの装備じゃちょっと心許ないし、あの人達にも一つ頼んどこうかな」


 そしてシルバ達は小部屋を出た。
 先頭にシルバ(とネイト)とタイラン、それにシーラ。中盤にキキョウ、ヴァーミィとセルシア。後衛にカナリーとリフという編成になっている。
 そして通路の奥、20メルトほど向こうにクリスタルゴーレムは……二体いた。
「増えた!?」
 カナリーが叫ぶ。
 おまけに直線的な通路は狭いと言うほどではないが、それでも巨大なクリスタルゴーレム二体が並ぶと、ほぼ壁となって彼らの行く手を阻む形になっていた。
「ま、そもそも、一体だけとは誰も言ってないからなぁ。でも、やる事は変わらねーや。タイラン、いくぞ」
「は、はいっ! 精霊憑依、いきます!」
 シルバとタイランの手が合わさり、青白い光が迸る。
 次の瞬間、シルバは半精霊となっていた。
「うらやましいな。私もシルバと合体したいぞ」
 肩の上に乗っているちびネイトが言う。
「……聖職者に悪魔憑きさせんなっつってんだろが」
「残念だ」
「ま、本当に追い詰められた時には、なりふり構ってられないだろうけど」
「そういう聖職者らしからぬ所が、シルバのよい所だと私は思う」
「……褒められてるのか、それ?」
(あ、あの、そんな話をしている場合じゃないんじゃないでしょうか……)
 アホ話をしているシルバ達に構わず、ゆっくりとした足取りで距離を詰めていたクリスタルゴーレム達が足を止め、全身から虹色の光を生じさせる。
 やがて口に当たる部分が強い白光を集束し始める。
「シルバ、話していた遠距離攻撃が来るぞ!」
「さっそくか!」
 シルバは腰に手をやり、二つの水袋を両手に持った。
 そしてそれを勢いよく目の前にぶちまける。シーラとキキョウ、二人の従者も同じように水袋の口を切り、中身を放った。
 水は金属質な床には零れ落ちず、宙に浮いたまま巨大な水球と化していた。
 しかしクリスタルゴーレム達は意に介することなくさらに光を強め、それが極限まで達したところで一気に吐き出した。
 レーザービームの殺到より数瞬早く、シルバとタイランの術は完成していた。
(や、やります……{水盾/ウォルド}!!)
 水球が蠢いたかと思うと、円錐状に変化した。
 二つのレーザービームが直撃する……が、それらの光は水盾の効果によって屈折させられてしまっていた。
 左右に分かたれたレーザーは、通路に吸収されてしまう。
 なるほど、通路でまで反射してしまっては、本来ここに居たはずの、クリスタルゴーレムを使役する立場の人間にまで害が及んでしまう。
 そういう事なのだろう、とシルバは推測した。
 それとは別に、シルバは後ろにいた連中に尋ねた。
「……なあ、あの攻撃のエネルギー源は?」
「に……多分、おひさま」
「某も同じ意見だ」
(……で、ですね)
 リフ、キキョウ、タイランといった精霊組が同じ見解を示す。
「ならやっぱり」
 うん、とシルバは頷く。
「水との相性は割といい」
 クリスタルゴーレム達は、もう一度と同じ攻撃を行なってきた。
 しかし、水の盾に守られたシルバ達にまでは及ばない。このままだと、次は近接攻撃に移ってくるだろう。
 マジックポーションを飲みながら、シルバはしゃがみ込んでゴーレムの股間を覗き込み、通路の奥を見た。このタイランとの合体は、やたら魔力を食うのが悩みの種だ。
「太陽の光がエネルギーとなると、今のアイツらじゃ勝ち目は薄いな」
「この地下に通常陽光は届かない。この神殿の中心にあるエネルギーがその源と推測するのが妥当。それを操作すれば、彼らもおそらく機能を停止する」
「問題はあの壁のような連中を突破出来るかどうかだが……」
 んー、とシルバはしゃがみ込んだまま、少し唸った。
 ま、やるしかないだろうと立ち上がる。
「……念押しするけど、本気でやるのかい、シルバ?」
 心配そうな声を掛けてくるカナリーに、シルバはヒラヒラと手を振った。
「割と勝算は高い方だと思ってるよ。言っただろ。倒すのはそれほど難しくないって」
 そして、新たな水袋に手を伸ばした。


(き、霧化いきます)
 シルバの中で、タイランが囁く。
「あいよう!」
(やります……!)
 シルバ達の前にあった巨大な円錐状の水塊が先端から半ばまでで分離し、文字通り霧散した。
 白い霧が、シルバ達の前に展開する。
 底部だった水塊はそのまま、再び水球の形に還ってしまう。
 敵は諦めずに二度目のレーザービーム攻撃を放ってきたが、タイランの作った霧が、それを阻んでしまう。
「に……光線よわくなった」
 後ろでそれを眺めていたリフが、尻尾をピコピコと揺らす。
「なるほど、大気中の微粒子にレーザーがぶつかって、威力を弱めているんだな。それにこの霧は、いざとなれば敵を惑わすことも出来る。……でも、問題もある」
 カナリーの指摘は、当然ながら術師であるタイランも気付いていた。
(あ、あの、シルバさん……ここ暑いですから、この術、それほど持ちませんよ?)
「うん、分かってる。これはただの目眩ましだ。次行くぞ。シーラも足下に気を付けて、ついてこいよ」
「了解」
 シルバと、それに続いてメイド服のシーラが霧に向かって突撃する。
 その時にはもう、クリスタルゴーレム達は動き始めていた。
 いよいよ遠距離攻撃は埒が明かないと踏んだのだろう、接近戦に挑んでくる気だ。
 だが、シルバ達の動きにはまだ、気付いた様子はない。
「やれ、タイラン!」
(は、はい!)
 シルバの身体が一瞬青白く輝いたかと思うと、宙に浮いていた水球が泳ぐように動いて、前方の床で破裂する。
 シルバの視線は最初から一点に固定されている。
 二体の巨大なクリスタルゴーレム。
 だが、それでも穴はある。二足歩行のゴーレム達。ならば、移動中の股の間は開いている。
 シルバの狙いはそこだった。
「シーラ、一気に潜り抜けるぞ!」
(分かった)
 スピードを殺さず、シルバ達はそのまま足からクリスタルゴーレムに突っ込んだ。
 すっかり水浸しになった滑らかな床は、そのまま臨時のスケートリンクと化していた。
 クリスタルゴーレムも、シルバ達を捕まえようとするが、わずかに遅かった。
 シルバとシーラは水飛沫を上げながら、クリスタルゴーレムの股の間を潜り抜けることに成功していた。
 そしてゴーレムはといえば、急いで腕を伸ばした為、バランスを崩して足を滑らせ、そのまま重い音を響かせ、倒れ込んでしまっていた。
 もう一体が急いで振り返るが、こちらも水に足を取られ、硬い音を立てながら転んでしまう。
 水の撒かれたツルツルとした床に、水晶製の胴体の相性は最悪だ。容易に起き上がることは出来ないだろう。
「な、倒すのは簡単だったろ?」
(そ、そうですね)
 シルバは振り返りながら、立ち上がる。
 一方、シーラは、水の滴るスカートの端を摘んでいた。
「主、ずぶ濡れになった」
 スカートどころか髪の毛もメイド服も水浸しである。無表情だが、どこか不満そうだった。
「……ま、濡れた床をスライディングだからな。心配しなくても、この熱ならすぐに乾く」
 くい、とネイトがシルバの耳を引っ張った。
「シルバ。彼ら、後ろから追ってくるぞ」
 クリスタルゴーレムは床に這いつくばったまま、腕を使ってシルバ達に迫ろうとする。
「その点は予想してた。これでも食らえ、油玉!」
 自分達の装備や村人から譲ってもらったランタンの油を寄せ集めた水袋を、クリスタルゴーレム達目がけて投げつける。
 水の精霊の力で、油がまんべんなく床へと広がっていく。
 ゴーレム達はいっそ気の毒なほど見事に手を滑らせ、頭を床に打ち付けた。
 それを見送り、シルバとシーラは奥に向かって駆け出した。
「これでよし、と。タイラン、ご苦労さん。アイツらが遠距離攻撃をまた始めないうちに、急いで逃げよう」
「ど、どういたしましてです。でも……こんなのでよかったんでしょうか」
 タイランが憑依を解除し、スゥッとシルバの中から抜け出る。
「実戦投入としては充分だろ。あの水球はポーションでも使えるし。まとめて回復したり、まだまだ応用が効く」
「もっとも、シルバの魔力の底値を上げるのが必須条件となるがな」
 肩の上のちびネイトが言う事は間違っていない、とシルバは思った。
「……ま、そうだな。今のままじゃ、コストが掛かりすぎる。戦闘一回で息切れじゃ、使い所が難しい。とにかくスピード上げるぞ。タイラン、しっかりつかまってろ」
「は、はい……!」
 マジックポーションの栓を抜きながら、シルバはさらに足を速める。
 既に服は乾き始め、足下も滑ることはない。
 そのシルバの肩に、タイランは身体の大半を浮かせたまま、掴まった。
「タイラン君、遠慮はいらない。しっかり当てるぐらいの気合いでしがみついてもいいだろう」
「お前はこの状況で、何を言っているんだ、ネイト!?」
「そしてシーラは抱きつくことは難しいだろうから、手を握るぐらいで我慢をしておくように」
「了解。前方の敵の気配は無し。このまま進行可能」
 シーラはシルバと並走すると、左手を握ってきた。
「いや、了解じゃなくて何お前もネイトの言う事聞いちゃってるの? タイランもホント、ネイトの言う事を無理に聞く必要ないからな!? 第一、二人とも、それで戦闘ちゃんと出来るの!?」
「戦意30パーセントアップ。問題なし」
「あ、あの、ネイトさん、しがみつくのは……その、恥ずかしいんですけど……」
「はっはっは、実に羨ましいな、シルバ」
 ネイトはシルバの肩の上で胡座を掻き、どこで用意したのか扇子を仰いでいた。
「こ、この呪いの装備がーーーーーっ!!」


 もちろんそんな会話は、後方にいたキキョウにも聞こえていた。
「むぅ……微妙に納得いかない展開になっているが、どうやら無事に行ってくれたようだな。時にカナリー。お主、闇属性の魔法などは使えるか」
「残念ながら習得していない。いきなり何の話だい?」
 クリスタルゴーレムはもはや、キキョウやカナリーには興味を失ったようで、何とかシルバ達を追おうと立ち上がろうとしては転ぶを繰り返している。
 今ならどんな攻撃でも当て放題だ。もっともそれが通じるかどうかは別問題なのだが。
 キキョウは言葉を続ける。
「ここは太陽の神殿と、シーラは言っていたのだ。そしてかのクリスタルゴーレム達は、そのガーディアンであろう。ならば、日の光とは逆の、闇の属性に弱いと某は踏んだ」
「……なるほど、それは一理あるね」
「火山地帯や砂漠の敵には冷気を、氷山や雪原地帯の敵には熱を、川や海の敵には雷を。冒険者の定石だ。ここはある意味、灼熱の環境でもある。ならば彼らは冷気にも弱いのではないかな、というのが某とシルバ殿との一致した見解なのだ。確か、氷結魔法は先日、憶えたと聞く」
「効かなかったらどうするんだ」
 カナリーの指摘に、キキョウは腕を組んだまま肩を竦めた。
「その時は、シルバ殿を待てばよい。先程の戦いを見て分かる通り、タイランの『水』はかのクリスタルゴーレムとの相性がすこぶるいい。もはやこの戦、仮に勝ちはなくとも、負けもせぬよ」
「了解。ならば、やってみよう」
 言ってカナリーは呪文を紡いだ。
「氷結魔法――」
 すい、と突き出した細い指先を、クリスタルゴーレムの片割れに突きつける。
「――{氷波/アイザド}」
 指先に一瞬、銀色の光が灯ったかと思うと、直後、冷気の波が迸った。
 それまで高い熱の籠もっていた通路が、数度気温を下げる。
 直後、強烈な冷気の直撃を食らったクリスタルゴーレムの片腕が、白い霜に覆われた。
「……本当に効いた」
 術を使ったカナリー自身が、一番驚いているようだった。
「にぅ……でも凍っただけ。それにここだと長くは持たない」
 リフの指摘はもっともで、少しだけ下がった通路の熱もすぐに元に戻ってしまう。このままだと、すぐにゴーレムの腕を凍らせた冷気も融けてしまうだろう。
「そこで、次の攻撃だ。ヒイロ!」
 キキョウは、前に向かって声を放った。
 正確には、クリスタルゴーレムの真上に開いた大きな穴に向かってだ。


「そこで、次の攻撃だ。ヒイロ!」
 カナリー達が雑鬼達と戦い、降下した穴からキキョウの声が響いてきた。
 浮遊装置を搭載した、動く盾に乗ったヒイロは、クリスタルゴーレムの頭上に浮いていた。
「あいあい! 行っちゃえモンブラン!!」
「ガ!」
 穴の縁に立っていたモンブランが、斧槍をぶん回しながら5メルトの高さからクリスタルゴーレム目がけて飛び下りる。
 大上段から振り下ろしたモンブランの一撃が、凍った腕を両断した。分断された腕が飛び、通路に転がる。
「ガガ……ヨシ!!」
 そして着地、と同時にモンブランも転んだ。
「ヌウッ!?」
「あー、油で滑りやすいからね。気を付けて」
 見下ろしていたヒイロが、クリスタルゴーレムのレーザー攻撃に気を付けながら、ゆっくりと降下する。もっとも相手も今は、それどころではないようだが。
 そしてヌルヌルの床で、モンブランもまた立ち上がることすらおぼつかない状態になっていた。
「ガガ! 戻ッテキタラしるばヤッツケル!」
 重甲冑を油まみれにしながら、素っ転ぶモンブラン十六号は叫んだ。
「……これは、後でタイランが戻ってきたら泣くかも」
 テカテカになったモンブランを眺めながら、ヒイロは呟いた。さすがにこれを見て、油の広がった床に降りる勇気は彼女にもなかった。
「な、ならぬぞ、モンブラン! シルバ殿に八つ当たりはならぬ! 再び、お主とやり合う羽目になってしまうではないか!?」
 膝立ちになったモンブランは、遠くでキキョウが叫ぶのを無視していた。片腕を失ったクリスタルゴーレムに、ビシッと指を突きつける。
「ト、トニカク借リハ返シタゾ!!」
「二体いるから、どっちと戦ったのか分からないけどね」
「…………」
 ヒイロの指摘に、モンブランは沈黙する。
 そして、カナリーの方を向いた。
「モウ片方モ凍ラセルベキ」
「いやいやいや、もう充分だろう!?」
「にぃ……モンブラン掴まって」
 リフは手に豆を握ると、太い蔓を出現させた。
 投げ放たれたそれに、モンブランは掴まった。
「ガガガ……りふ、イイ奴ダ」
 油の滑りもあり、モンブランは重量の割にあっさりと、リフやキキョウの手によって、パーティーに戻ることが出来た。
「ねーねー、もう戦わなくていいの? ボク何もしなくていい?」
 ふわふわと浮遊板に乗ったまま、ヒイロが言う。
「うむ。この戦、既にシルバ殿が奥に進めた時点で目的は達している。これ以上の戦いは無用」
「だね。あ、リフちゃんもこれ乗る?」
「に。のる」
 リフも浮遊板によじ登る。
 小柄なリフのサイズなら、ギリギリで二人分、盾製の浮遊板に乗ることが出来るようだ。
 乗ると同時に、リフは何かに気付いたようだった。
「に……通路の熱さがってく」
「どうやら、シルバがやってくれたみたいだね」
 リフとカナリーが同じようにピコピコと耳を揺らしていた。
 ヒイロは後ろにリフを乗せたまま、板を反転させ、ゴーレム達の方を向く。
「んー、ゴーレムちゃん達も動き止まっちゃったっぽいねー」
「ヨシ、トドメ刺ス」
 油まみれのまま、モンブランは斧槍を構えようとしていた。
 それを見て、ヒラヒラとヒイロは手を振った。
「いやいやモンブラン、それウチのパーティーのノリじゃないからねー。大人しく先輩を待とうねー」


 おそらくクリスタルゴーレムにやられたのだろう、口から黒煙を吐いて気絶している一匹の雑鬼をやり過ごす。
「…………」
 ふと足を止めて振り返ると、ちびネイトが耳を軽く引っ張った。
「どうした、シルバ」
「いや、あの雑鬼、どっかで見たような……」
「知り合いか」
「……雑鬼に知り合いはいねーよ」
 気のせいだな、と放置して奥に向かう事にした。
 やがて、シルバ達は奥にあった大きな両開きの扉を開け、広間に到達した。
 四方の壁に文字のような金色に光る刻印が刻まれ、部屋の大きさは20メルト四方ほどだろうか。
 その部屋の大半が、中央に据え置かれた高さ3メルトほどの天蓋付きの祭壇に占められていた。
 それは一見すると、八角形のずんぐりした柱のような形をしており、祭壇の中心には、光の柱がそそり立っている。
 そして光の柱の中、天蓋近くで『太陽』の{札/ふだ}がゆっくりと回転しながら浮いている。
 村人が言っていた地震の影響か、天井の一部が崩落し、祭壇の一部を破壊していた。
「コイツが祭壇か……ま、何がこの暑さの原因かは一目瞭然だけど」
 シルバは、回転する札を見上げた。
 とはいえ、さすがに古い神の祭壇だ。土足で踏み込むのは躊躇してしまう。
「と、取りに行きましょうか……?」
 タイランが提案した。なるほど、宙に浮けるタイランならば、あの札にも手が届くだろう。
 しかし、それをシーラが制止した。
「やめておいた方がいい」
「え」
「直接触ると危険」
「は、はい」
「最悪、消滅する」
「き、気を付けます……!」
 タイランはシルバの後ろに戻った。
「っつってもアレをどうにかしなきゃ、多分クリスタルゴーレム連中も止まらないだろ。いや、そもそも何でコレが稼働してるんだか……」
 ボリボリと頭を掻きながら、シルバは唸る。
 その肩の上でちびネイトが、床に落ちた岩を眺めていた。
「ふむ、崩れた天井の瓦礫がぶつかっての誤作動ではないだろうか」
「起動そのものは、地震の影響と思われる。墜落殿の魂魄炉とのリンクも可能性としては高い。季節設定に異常。冬から初秋に変更する」
 シーラは八角柱の一端に近付くと、横置きに埋め込まれている太い円柱のようなモノを回転させた。何やら文字らしきモノが刻まれているところを見ると、操作に関係するモノなのだろう。
「分かるのか」
「分かる範囲で修正する。分からない所を触ると危険」
 そう言われると、シルバ達には何も触れることが出来ない。
 何しろ、何が危険かすら分からないのだから。
 仕方なく、シルバはシーラに尋ねた。
「俺達に出来る事は?」
「部屋の捜索。ただし、なるべく触らず」
「……難しい注文だな、おい」


 シルバとタイランは左右に分かれて部屋を半周した。
「こっちは{札/カード}みたいなモノ見つけた」
「私の方は、シルバさんの聖印……みたいな感じの首飾りを幾つかです」
 ふむ、とネイトは部屋を見回していた。
「他に金目の物はなさそうだな」
 一番のお宝である祭壇は、大きすぎて持ち帰れそうにない。
「超人聞き悪いな、お前」
「シルバは冒険者なのだから、まずお宝を求めるのは当然だろう。もっとも、とんでもないお宝を発見したようだが」
 言いながら、シルバはタイランを連れて、反時計回りにシーラの元へと戻ろうとする。
 途中、天蓋を支える柱の一つに、首飾りが幾つかぶら下がっているのを発見した。これが、タイランが見つけたという首飾りだろう。
 首飾りには金色のメダルがついていた。
「こりゃあどう見ても……」
 シルバは少し後退し、壁に背を預ける。
 天蓋の頂上に、丸く輝く金色の印があった。
 首飾りにある金メダルをそのまま大きくしたような感じだ。
「通行証だろうな。天井の紋章とも一致する。クリスタルゴーレムは、アレを所持しているモノは通す。違うか、シーラ」
 右を見ると、シーラが歩いてきていた。
「違わない。こちらも終わった」
 部屋の明るさが徐々に落ち、部屋中央の光の柱も光量を減らしていく。
「お……気温も下がった」
「一度、停止させた」
「おい、大丈夫なのかこれ」
 幸い、目が利かないほど暗い訳じゃないが、それでもさっきまでの明るさに比べれば、日が沈む直前ぐらいの暗さになっている。
 しかし、シーラは平然としていた。
「今回の起動開始から十日が経過していた。逆に言えばそれまではこの神殿は機能していなかった。本来の状態に戻しただけ」
「それでも、微妙に熱が伝わってくるのは、一体何なんだ……」
「札そのモノの力」
 光の柱は消滅し、その札は今は祭壇の中央に絵柄を上にして、倒れていた。
 それを見つめながら、ネイトが言う。
「札だけなら、何の力もないだろう。私がシルバの愛があってこそ動くのと同じだ」
「別にそんなモノ、俺は与えた憶えはないんだが」
「シルバはツンデレだな」
「誰がツンデレか!?」
 言い争う二人に遠慮するように、タイランが考えを述べた。
「え、えっと……た、例えば、村の人達のお祈りとか。ほら、農民の人って、太陽と大地をよく崇めるって聞きますし」
「おそらく、それ」
「ずいぶんとアバウトだな、おい!?」
 コクンと頷くシーラに、シルバが突っ込む。
「あくまで仮定の話。けれど、信仰が力になるという原理は、間違っていない」
「とりあえず今再起動させるのはまだやめとこう。まだ、キキョウ達がゴーレムと戦ってるかもしれないし」
「……ですね」
 タイランも同意する。
「そもそもこの土地に長居するつもりはないし、通行証とやらは村長に渡した方がいいだろ。シーラ、これの扱い方は、難しいのか?」
「わたしでも分かる」
「……難しくないって解釈でいい?」
「いい」
「なら、ネイトに説明してくれ。あとは村長の頭ん中にネイトが叩き込めばいい」
「ずいぶんと乱暴だな、シルバ」
 シルバは溜め息を掴み、腕を組んだ。
「マニュアル作ってたら、いつまで経っても出発できねーっつの」
 シーラは表情を変えないまま、祭壇上の札を見つめていた。
「この太陽の札は、持って行けばかなりの助けになると思う」
 だが、シルバは手をヒラヒラと振った。
「却下だ。今の話だと何だ、この土地にはその札のお陰で、太陽の恩恵があるんだろう? もしかしたら、その札がなくなったら村の作物の収穫が悪くなるかも知れないじゃないか。そういうのは、ちょっと気分が悪い」
「了解した」
 となると、残っているのはシルバが発見した、札だけだ。
 首飾りを回収したシルバ達は八角柱をグルリと回り、その縁にある浅いくぼみに置かれた透明な札の元に辿り着いた。
「……あの、この何も絵の入っていない札は、何なんでしょう?」
「不明。わたしの知識にはない。どこかに説明があるはず」
 そして、その説明は部屋に刻まれた文字の中にあるらしい。
 が。
「だけど、この中から探すのもなぁ……ま、いいや。これは手にとっても大丈夫だよな、シーラ」
「問題ないと思われる」
 という事は、安全かどうかはシーラも保証しないという事だ。
「特に力も感じないし、ただ触っただけで何か起こると言う事はないだろう」
 ネイトも言い、シルバはその札を手に取った。
 形や軽さ、弾力のある素材なのはネイトの『悪魔』の札とそっくりだ。
 けれど、完全に透明である点、そして中に何の絵柄がないのが、違いと言える。
 この祭壇の核があの札である事を考えると、おそらくは予備の札ではないだろうか。
「なら、村長と交渉して、もらえるようにしよう」
「不思議な素材ですね……」
 タイランが、シルバの背後から札を覗き込む。
「触ってみるか、タイラン?」
「え? あ、い、いいんですか?」
「危険もなさそうだし、いいんじゃないか?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
 タイランがシルバから札を預か……ろうとした時、札を持ったシルバの手に、何か力が流れ込んできた。
「え……」
 札の端を持ったタイランの姿が消失する。
「タイラン!?」
 そして。


 杯を持った女性の絵札の上に、小さくなったタイランが驚いた表情で正座していた。
「……あ、あれ?」
「ほう」
「…………」
 呆気にとられるシルバ、その肩の上で面白そうに経緯を見守るちびネイト、無表情なシーラは、手乗りタイランと化した彼女を見下ろしていた。


 太陽はほぼ中天に達していた。
 迷宮に潜っていた時間は、長かったようで短かったらしい。
 畑で収穫の作業をしている村人達は、戻ってきたシルバ達に気付くと皆揃って頭を下げてきた。
 迷宮に潜っていた自警団の者達は、カナリーが馬車を往復させて既に帰還済みだ。バイコーンに思いっきりビビッていたようだが、ともあれ無事に全員が戻る事が出来た。
「……で、迷宮ん時からずっと気になってたんだが」
 シルバは懐を覗き込んだ。
「何でお前、小さくなってんの?」
「に」
 仔猫状態になったリフが、シルバの懐から頭だけを出していた。
 リフの代わりに応えたのは、右肩に乗ったちびネイトである。
「ふふふ……決まっているじゃないか」
「あ、もういい。話さなくていい」
 シルバは耳を塞いだ。
『『守護神』マスコットキャラクター対決頂上決戦だ!』
「わざわざ念話を使ってまで、叫ぶんじゃない! リフも煽られんなー!」
「にぅ」
 シルバのツッコミにも、ネイトもリフは、一向に堪えた様子はなかった。
「……まあ、なっちまったもんはしょうがないが」
 シルバは諦め、懐からリフを出すと、自分の頭に乗せた。
「に」
「……シルバ殿は、その形態のリフに甘すぎる」
「……同意見だよ、キキョウ」
 納得いかない顔をする、年長組二人であった。
「しょうがないだろ! じゃあキキョウは抗えるのか、この状態のリフに!?」
 ずい、とシルバは頭の上のリフを持つと、そのままずい、とキキョウの前に突き出した。
「にぁ」
 短く鳴くリフ(仔猫形態)に、キキョウは怯んだ。
「う、うぅ……シルバ殿、その攻撃は防御が難しいぞ……」
 シルバの左肩で休んでいたちびタイランが、ふわっと浮かび上がる。
「あ、あの、私は、その気になれば札から出られますよ? シルバさんの許可が必要ですけど……」
「いや、タイラン君はその状態をもっと続けるべきだ。とっても可愛いから! シルバの心をガッチリとハートキャッチ!」
 ググッと拳を握りしめて力説するネイトに、シルバは白い目を向けていた。
「……心をハートキャッチって何かおかしくないか? いや、これはこれでそりゃタイラン可愛いけどさ」
「え? あ、う、あ、ありがとうございます……」
 精霊体の頬を赤くするちびタイラン。
「……シルバ殿は、また、そうやって聞いている方が照れるような事を平然と言う」
「……頑張ろう、キキョウ。僕達も言われるように頑張ろう」
 そして、暗い顔をするキキョウとカナリーであった。
 後ろからどす黒いオーラを感じ、シルバは額の冷や汗を拭った。
「と、とにかく、しばらくはタイランこのままな。他にも色々面白い事が出来そうな札だけど、ひとまずは仕事が終わってからだ。それに……」
 チラッと横を見る。
 重い足音を立てて歩く重甲冑――モンブランの身体は、前のクリスタルゴーレム戦のまま、油にまみれていた。身体のあちこちから糸を引いている状態である。
「……この状態の身体に戻る訳にもいかないだろ」
「は、はい、そうですね」
 本人も、戻る事を躊躇っているようだった。
「ガガ……気持チ悪イ」
 その一方で、重甲冑の関節部分から駆動系に油が回り、動き自体は以前よりやけにスムーズになっていたりする。
「完全に油でヌトヌトだよね、モンブラン。馬車も大変だったし」
「うん、さすがにこの状態で座席に座らせる訳にもいかなかったし、完全に荷物扱いにせざるを得なかったからね」
 ヒイロとカナリーは、頷き合う。
「ガガガ! 早ク洗ウ! オ湯使ウ!」
 モンブラン十六号は、大声で己の不満を主張していた。
「ねーねー、先輩。そういえばこの鎧ってどうなるの?」
 シルバの横に並び、ヒイロが見上げてきた。
「どうなるって何が」
 シルバの疑問に応えたのは、今度はキキョウだった。
「ふむ、確かに戦力的には分けた方がよいし、タイランもその札の状態ならばより、シルバ殿の力にはなれる。モンブラン専用にしてもよいのかもしれぬが……」
「あ……」
 一理ある意見に、タイランは小さく口を開き、何かを躊躇っているようだった。
「えっと……その……」
「駄目」
 困っているタイランを見もせず、シルバは一蹴した。
「や、にべもない返事だな、シルバ殿」
「先輩、何でー?」
 シルバは前を向いたまま、答える。
「何でも何も、この甲冑はタイランがお父さんから預かった物だ」
 そして、ゴンと重甲冑の腕部分を軽く叩いた。
「そんな大切な物の扱い、俺達が決めていいモンじゃないだろ。うわ、油ついた」
 ねとーっと糸を引く手に、シルバは何とも言えない嫌な顔をする。
「ぬ……そ、そうであった。すまぬな、タイラン。重要な事実を失念していたようだ」
「んんー、そだねー。ボクもウッカリだったよ。ごめんね」
 頭を下げる二人に、逆にタイランはフルフルと首を振った。
「あ、い、いえ、いいんです。お役に立っているようですし……分かってもらえているようですから」
 宙に浮いていたタイランは嬉しそうにシルバに追いつき、その左肩の上に着地した。
 一方で、シルバは懐に手を伸ばしていた。
「……むぅ」
 取り出したのは、迷宮で手に入れた新たな札だ。
 絵柄は変わらず、杯を持った女性のままである。
「ど、どうかしたましたか、シルバさん」
 心配そうなタイランの声に、シルバは首を傾げて、札を撫でた。
「いや、何か札が熱持ってるみたいでな。今使ったら、ちょうどお湯が出せるんじゃないかと」
「……!?」
 シュボッとタイランの青く輝く肌が、赤く変化する。
「おい、大丈夫かタイラン」
「へ、へへへ、平気です!」
「そうか。あ、また熱が高くなった。燃えたりしないだろうな、この札」
「さ、さすがにそこまでには、ならないと思います」
「ガガ! 我ニ使エしるば! 早ク使エ!」
「ほう、タイランの感情と、直接リンクしているな、これは。出回っている札とは違う。いや、それともこちらがオリジナルなのか。どちらにしても実に興味深い」
 空気を読まずシルバに要請するモンブラン十六号に、ネイトも手元を覗き込んでくる。
「ネ、ネイトさん!」
「ええい、油まみれの身体で迫ってくるんじゃない! ちゃんと後で洗ってやるから!」
 阿呆なやり取りをしながらも、一行は一応、村へと近付きつつあった。


 酒場に戻ると、村長であるハンクスが出迎えた。
 キキョウをリーダーにし、全員がテーブルにつく。
「村の者を助けて頂き、本当にありがとうございました」
「いや、某達は依頼をこなしたにすぎぬ。彼らはゆっくりと休ませるとよい」
「はい、分かっております。ああ、皆無事で本当によかった。そうだ、礼と言っては何ですが、村の広場に皆さんの石像でも」
「また、ご冗談を」
「建てるのはいいけど、出来るだけ格好良く――」
「それより、遺跡のさらに下の層での話なのだが……」
 キキョウはカナリーの発言を受け流し、遺跡のさらに地下であった出来事を話した。
 シルバ達が奥の部屋で見た事に関しては、既に彼女に話してあるので、そちらも村長に伝える。
 報酬に関しては、積まれた金額では多すぎたので、本来ギルドで受けると思われる依頼料だけ受け取ることにした。
「件の祭壇を用いれば、来年からの収穫はさらに豊かになると思われる。貴重な遺跡故、ギルドへの報告を行なうかどうかは、そちらにお任せしたい」
「その辺は、村の会議で相談させて頂きたいと思います。しかし、報酬の方は本当によろしいのですか」
「うむ。この額で結構。残りは先に雇った冒険者のキャンセル料に使って頂きたい。ただ、この札はもらってゆきたいのだが、よろしいか」
 言って、キキョウは懐から出した札を、テーブルに置いた。
 タイランは酒場に入る前に抜け出ており、絵柄はない。今は一見、ただの透明な板にすぎないように見える。
 そして当のタイランは、こっそりとシルバの水袋の中に潜んでいたりする。
「ああ、はい。話を聞いた限りでは、予備のようですし。……しかし、黙って持っていけば、私どもには分からなかったのでは?」
 怪訝そうなハンクスに、キキョウは首を振った。
「そうすると、天罰が下りそうなのでな。それに欲をかくと、ロクな事にはならぬ」
 ハンクスの了承も得て、キキョウは再び札を手に取った。
「……それに、この一枚でおそらく、今回の危険手当としては充分お釣りが来ると思うしな。もう少しだけ図々しい事を言わせてもらえれば、消費したポーションの補充などが出来れば、ありがたい」
 テーブルに半ば突っ伏した状態で、ヒイロが手を上げた。
「あとお昼ご飯ー。ボク、お腹ぺこぺこー」
「そうですか! それぐらいでしたらお安いご用です! ウィリス、飯の用意を頼む!」

 昼食を終え、シルバ達は早速出発する事にした。
 一足先に昼食を食べ終えたヒイロが、腹ごなしに散歩してくると飛び出したので、それと合流しなければならない。まあ、シーラがお供をしているので、何も問題は起こらないと思うが。
 頭に微睡んでいる仔猫状態のリフを乗せ、手には村から礼としてもらった、かぼちゃや茄子といった野菜の入った籠を持って、のんびりと村の外れに向かうシルバ達に、ハンクスも同行する。
 一応、馬がただの馬ではない事は伝えているのだが、実際見て腰を抜かしたりしないかと、シルバはちょっと心配だったりする。
「そうですか……ウェスレフト峡谷とは、また遠いところへ向かわれるのですな」
 シルバから行き先を聞き、ハンクスは感心したようにしきりに頷いていた。
「何か、情報はありますか?」
「そうですな。西からの旅人の話では、野生の生物が多く危険とか」
「なるほど」
 ただでさえ辺境であるアーミゼストのさらに辺境なのだから、まだ分類すらされていないモンスターがいてもおかしくはない。
 それぐらいは、覚悟の上なので、シルバもさして驚きはしない。
「特に、三匹のモンスターが、あの辺りを支配しているのだとか言う話も聞きますな」
「それは初耳ですね」
「名前はそう……大空を支配する怪鳥イタルラ、地上を統べる変幻自在の螺旋獣ヤパン、水辺を治める砲撃の巨人ディッツ。これがウェスレフト渓谷の三魔獣。近くに住む者達は、そう呼んでいるそうですね」
 ずいぶんと記憶力に優れた村長である。
「……聞いただけで物騒っぽいですね。ま、モンスター退治が目的じゃないですから、いざとなれば尻尾を巻いて逃げますけど」
「はは、それも一つの方法ですな」
「ところでこの村の司祭はどこに?」
 ふと気になってシルバは聞いてみた。
 村には一応教会があったので、そこを管理している人間はいるはずである。
「は。都市の方に冒険者を雇いに赴かれたのが、この村の司祭様でして……」
「そうですか。それは残念」
 去る前に思いついた事を試してみたかったのだが、いないのではしょうがない。
「何かお話が?」
「話って程の事じゃないんですけどね。まあ、駄目なら駄目で……」
 この先にもまだ幾つか村はあるはずだ。その道中で、頼めばいい。
 シルバは背後を振り返った。
「しかし……」
「何ですかな、司祭様」
「いいんですか、あんなにもらっちゃって」
 ガションガションと重い足音を鳴らしながら、重甲冑モンブラン十六号は背中に野菜の詰まった巨大な籠を背負っていた。
 油もすっかり洗い落とし、鍛冶屋でメンテナンスを受けたその身体はピカピカだ。
「ガガ、モット持テル。我、頑丈ナリ」
「あんまり無茶しちゃ駄目だよー。モンブラン一人の身体じゃないんだから」
 野菜畑から聞き覚えのある声がしたと思ったら、ヒイロだった。
 甲冑を脱ぎ、代わりに頭に麦藁帽子、首にタオルを巻いていたので、一瞬誰だか分からなかった。
 そしてシーラもヒイロと同じ格好をしていた。
 しかも骨剣や金棒の代わりに、鍬を持っている。
「……ヒイロ、その台詞は。っていうか何をしているんだ、君達は」
「腹ごなしの運動!」
「その手伝い」
「……まあいいけど、そろそろ出発するから、着替えた方がいいよ」
「はーい。行こ、シーラ」
「了解」
 カナリーは、武器と甲冑を取りに向かう二人を見送った。
「……ともあれ、僕としても大量のトマトは実に嬉しいかな」
「にぅー……」
 そして仔猫状態のリフは、シルバの頭の上で少し悲しそうな声を上げていた。
「どうしたリフ? ああ、お前も畑が気になってるのか」
 見るとまだ、砕けた野菜や踏みにじられた土の場所が残っている。
「まあ、荒らされたと言っても、また耕せばいいだけですから」
 村長であるハンクスが宥めるように言うが、リフはすっくと立ち上がった。
「に!」
「どうやらリフ君はやる気になってるみたいだが、どうするシルバ? ただの仔猫ではない事がバレてしまうが」
 ネイトの囁きに、シルバも小声で応じる。
「……ま、いいんじゃないか? やる気を削ぐのもなんだし」
「という事だ。シルバの許可が出たぞ、リフ君」
「にゃ!」
 リフの鳴き声と共に、砕けた野菜達が地面に埋まっていく。
 それがエネルギーとなったのか、それまで荒れていた畑は見る見るうちに修復されていく。
「おお……畑が……」
「じゃ、ついでに俺もいいところを見せようかね」
 精霊眼鏡と篭手を装備したシルバは、地面を走る霊脈を見切ると、力の集中している箇所に針を投げ打ち込んだ。
 すると、リフのそれと同じように、畑は本来あるべき姿を取り戻しつつあった。
「か、変わった技をお使いになられる。いや、それもあるが、その小さな剣牙虎はもしや、霊獣なのですか?」
 その質問は予想していたので、とりあえずシルバ達は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すことにした。
「さあ」
「うむ、秘密だ」
「内緒でよろしく」
 同じようにキキョウとカナリーも、シレッとした顔で頷いた。
「……分かりました」
 ハンクスも、どうやら察してくれたらしい。
「ですが、せめてお祈りだけでも」
 そう言って、ハンクスは印を切った。


 ……なお数ヶ月後、石像は本当に村に建てられてしまい、村の恩人達として崇められるようになる事を、今のシルバ達はもちろん知る由もない。
 さらに、仔猫のマスコットフィギュアは、ツーカ雑貨商隊なる冒険者兼商人家族を経由して都市にまで広まり財政も潤ったりする事も。
 豊穣と幸運を呼ぶ招き猫として、村の新たな名産品となったそれを聞きつけた、やたら大柄な壮年の男が買い付けに訪れたりするのだが、それはまた別のお話。


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