浮遊城フォンダンに到着したサキュバス三姉妹は、宮殿の建つ広い敷地と敷地の向こうにある白い雲霞に呆然としていた。
「おいおいおい……聞いてないぞ」
「大きな乗り物だとは聞いてましたけド……まさカ、空に浮くお城なんテ……」
「…………」
「に、ナイアルも驚いてる」
リフの通訳に頷きながら、シルバは苦笑する。
「まあ、普通にビックリするわな」
ストアには話しておいたが、飛び入り参加に近いノイン達には話していなかったのだ。
「へぇ……なかなかいいお城じゃないか。おお、アレは古式ゴーレム」
一方、子供っぽく興奮しているダンディリオンは、庭園の手入れをしている茶色のゴーレムに近付こうとしていた。
「これこれ、ホルスティン殿。迂闊に駆け寄っては危険じゃぞ」
「おっとっと」
ナクリーの分厚い本で行く手を遮られ、ダンディリオンは足を止める。
それを見て、ヒイロが素朴な疑問を抱いたようだ。
「ん? 攻撃されるの?」
「うむ、まだ防犯登録を済ませておらぬ。そこなサキュバス姉妹も同様じゃ。それが済むまで、下手に動き回ると不審者として扱われ、ゴーレムが捕まえようとするのじゃ」
「俺達、そんなの受けてないぞ?」
いつの間に、そんな登録を受けたんだろうと、シルバは首を傾げた。
「儂がお主らに接触してから、フォンダンに到着するまでにこちらで済ませておったのじゃ。ま、すぐに済むからそれまでの辛抱じゃよ」
「あのゴーレムって、強いの?」
ヒイロの質問に、ナクリーは得意げに胸を張った。
「むふぅ……この辺におるのは、環境管理用じゃからまあまあじゃ。警備専門には及ばぬが、戦闘ならば小僧一人に遅れは取らぬのじゃ。ビームも出すぞ」
「おい、環境管理用」
「ゴーレムには必須の装備じゃ」
「そうだよ、シルバ君」
当たり前じゃないか、とダンディリオンが同意していた。
「いやいやいや!」
「父さんも、間違った知識だから」
カナリーも、頭痛を堪えていた。
「え、自爆装置と一緒で、ゴーレム作りの基本だよ?」
「ふむ、良きモノは古から変わらぬという事か」
知己を得たり、と邪悪なちびっ子学者二人が握手をしていた。
「……おい、ヤバイのが二人に増えたぞ、カナリー」
「……うん、ここに連れてきたのは、失敗だったかも知れない」
「まあ、何はともあれ立ち話も何であるし、ひとまず中に入っては如何であろうか」
キキョウが促し、一行は宮殿に入る事になった。
「ゴーレムが警備をしているっていうけど……」
つまり、召使いゴーレムもすべて、そういう要素があるという事なのだろうか。
「うん、統括はディッツじゃ。脳味噌が筋肉で出来ている上、融通も利かぬが、優秀じゃぞ」
「悪口にしか聞こえないんだが……」
屋内でぶっ放されたら嫌だなぁ、と思うシルバであった。
「にぅ……ゴーレムだけじゃない」
「ほう、分かるか、猫」
「に、罠」
さすが盗賊らしく、リフは気付いたようだった。
「防犯用トラップだね。落とし穴は基本だ」
うんうん、とダンディリオンも頷く。
「……カナリー、お前んちにもあるのか?」
カナリーは、気まずげにシルバから目を逸らした。
「……父さんが休日大工で作ったのが、わんさと……」
「……何て傍迷惑な趣味だ」
「大丈夫。君がもし来る事になったら、僕の名誉にかけて全部撤去させるから」
断言する娘に、父親が抗議した。
「あ! カナリー、君、僕の趣味に対して理解がなさ過ぎる! 鉄球トラップや吊天井、催眠ガスに電撃床! アレは罠であると同時に、芸術でもあるんだよ!?」
「お主とはいい酒が飲めそうじゃ……」
「うん!」
ナクリーとダンディリオンが、再び固い握手を交わした。
それを見て、カナリーは疲れたようなため息を漏らしていた。
「気をつけた方がいいよ、ナクリー。その人と下手に付き合うと、妊娠させられるからね」
「お、お前、アレでも一応、実の父親だろ……」
シルバもドン引く、酷い言いようであった。
「罠など、馬で駆け抜ければ問題ないだろうに……」
「それはそれで男前すぎるだろう、おい!?」
ボソリと呟くラグドールに、シルバはツッコミを入れた。
応接間の大テーブルに、ナクリーはアーミゼストで購入した世界地図を広げた。
「さて、これからまず南下して、このドラマリン森林領に南下し、それからルベラントに向かうのじゃ。そして帰りまでに、魔王領に潜り込む何らかの手立てが用意出来れば、そちらにも寄る。よいな」
「文句はない」
ラグドールが頷く。
「うむ。シルバ達は時間に余裕があるので、休むなり談話を楽しむなりするとよいのじゃ」
そして、ノイン達サキュバス組の方を向く。
「サキュバス達は、ドラマリンには数時間で到着するので、寝たりはしないように。一応、目覚し時計ならあるが」
「時間通りに起きなかったら、爆発したりするんじゃないだろうな」
シルバの冗談に、ナクリーはキョトンとした。
「ぬ? この時代の時計はせぬのか」
「古代怖ぇ!?」
「真に受けちゃ駄目だ、シルバ! 多分、クロップ一族だけの特殊な時計だ!」
「――全部が、そうではない」
ボソリと呟いたのは、シルバの後ろに控えていたシーラだった。
「たまにあるのかよ!?」
そして、ある意味自由時間となった訳だが、何をするかの相談となった。
別に何をしてもいいのだが、建物の中が広いので、一応全員の意思を確認しておいた方がいい、という事になったのだ。
その中で、ダンディリオンが真っ先に手を挙げた。
「ま、僕としてはまず、動力部を見学したいかな。ゾディアックスなるモノには興味がある。これにはカナリーも、当然ついて来てもらうよ」
「それに関しては、反対する理由がないね」
「なら、俺も行きますよ。無関係って訳じゃないし」
シルバもカナリーに続く。
「ぬ、う……な、ならば、某も」
「あたしも興味がある」
特に何をする事もないキキョウ、純粋に好奇心からラグドールもついてくる事にしたようだ。
「あ、ボクはパス。えへへ、そういう説明されても、どうせ眠っちゃうだろうしね」
「割り切ってるなぁ」
ヒイロは建物の中を見て回るらしい。
タイランはしばらく迷っていたようだが、やがて決断したようだ。
「……え、ええと、でしたら私もヒイロについておきます。その、危ない所に踏み込まないように、見ておかないと」
「むー、大丈夫だってば」
「で、でもヒイロ、面白そうなモノには普通に突っ込んでいくじゃないですか」
「もちろん!」
「やっぱり不安です……」
考えてみれば、ヒイロと一番付き合いの長いタイランである。
ここは彼女に任せておくのがいいだろう、とシルバは思った。
残るは……と周りを見渡し、一人足りない事に気がついた。
「あれ、リフは?」
「あの子なラ、ナイアルと一緒にもう探検に出掛けましたヨ? 多分、ハッちゃんに会いニ、倉庫の方だと思いまス」
「早っ!?」
※何気にカモ姉の喋りの変換が面倒くさかったり。
次回、フォンダン中枢部。