シルバらが、鳥籠に荷物を積んでいると、ようやくリフとフィリオが現れた。
待ち合わせ時間から、少し遅刻している。
リフが半ば駆け足なのに対し、追ってくる大柄な壮年の男、フィリオは歩幅の差かゆっくりとした足取りだ。
「前にも言ったが、ルベラントの聖職者達には気を付けなければならない。奴らの中には人間至上主義者が潜んでいて、亜人を敵視している。スターレイという街で出会った司祭長とやらも、その一人だろう。だから、我が安全の為についていこう」
「……にぅ、さいごの台詞とぜんぜんつながってない」
おそらく、ずっと父親の非論理的な説得の相手をしていたのだろう、どこか疲れたようなリフの台詞だった。
「我は姫の安全を第一に考えている。それだけだ」
「おしごと」
「う」
リフが言うと、フィリオは目に見えて怯んだ。
リフは続ける。
「学院のこうぎ」
「うぅ……」
「じゅこうしぇ……うまく言えない。時期的に、受講生のしけんに、さしさわり」
「むうぅ……ますます妻に似てきたぞ、姫」
などと、仲がいいのか一方的に父親の方が困惑しているのかよく分からない話をしながら、ようやく二人はシルバの前に到着した。
「やっと来たか」
「に。父上、ついてきたいって言ってる」
「……いや、リフも言ってる通り、講義途中でしょ、フィリオさん」
「ぬうぅ……人間社会のしがらみという奴はこれだから嫌いなのだ……!」
自覚はあるのか、フィリオは天を仰いだ。
それからふと、何かに気付いたらしく真顔になり、視線を脇に向けた。
「む?」
「ん?」
フィリオと目が合ったのは、ふよふよと漂いながら荷物の運搬を手伝っていたサキュバスの、ノインだった。
いや、ノインとその姉妹、というべきか。
長女のカモネはリンゴの詰められた袋を抱え、三女のナイアルは軟体生物ハッポンアシの触手を操って木箱を持ち上げている。
「ずいぶんと、懐かしい顔がいるな」
フィリオが話し掛けたのは、サキュバスの長女、カモネであった。
「カモ姉、知り合い?」
「いエ、存じないけド……どちら様でしょウ」
おっとりとした笑顔を崩さないまま、カモネは袋を胸元に抱いたまま首を傾げる。
「我はフィリオ。モース霊山の霊獣。剣牙虎フィリオである」
フィリオの宣言に、ノインは空中で転がりながら爆笑した。
「はっはっは、ナイスジョーク! 本人が聞いたら精霊砲でぶち殺される騙りだぞ、オッサン! ……カモ姉?」
長女のノーリアクションに、次女はキョトンとする。
カモネは微笑みを顔にへばりつかせたまま、蒼白になっていた。
そのまま、ノインの足を掴むと、地面に引きずり下ろす。
「妹ガ、大変失礼な口を利きましタ。お許し下さイ」
「うあっ!?」
ノインは姉に強引に後頭部を掴まれ、そのまま土下座に近い形を取らされる。
「……よい。そうか、我が姫が旅路で世話になったのはお前の血族であったか。礼を言うぞ、娘」
「いえいえいエ! こちらこソ、アリエッタちゃんがお世話になったと聞きまス! あの……いつかラ、こちらの土地ニ?」
ダラダラダラと汗を流しながら、カモネはフィリオに尋ねた。
ふむ、とフィリオは隣にいたシルバを見下ろした。
「言われてみれば、ずいぶんと経つな?」
「ですね」
なるほど、知っている人(?)から見れば、やはり剣牙虎の霊獣フィリオは相当な権威であるらしい。
シルバは時々忘れそうになるが……などと考えていると、じろりと当人から睨まれた。
「……小僧、今失礼な事を考えただろう」
「い、いやいや」
一方、鳥打ち帽を目深に被ったリフと、ハッポンアシの頭上から色白のサキュバス少女ナイアルは、無言で見つめ合っていた。
「に」
「…………」
それで通じたのか、ナイアルは小さく頷いた。
リフはハッポンアシの足と胴体を伝って、頭に登る。
そしてリフが差し出した両手の平と、ナイアルの両手の平が合わさった。
「……な、何か、通じ合ってるのか?」
「初対面のはずだけど……ナイアルが、人見知りをしないなんて、珍しいぞ」
「そうなのか」
まあ、血の繋がった姉が言うのだから間違いないのだろう。
「きゅるきゅる」
ハッポンアシのハッちゃんは嬉しそうだった。
「で、だ。小僧」
ポン、とフィリオの大きな手の平が、シルバの肩に置かれた。
「は、はいな」
地味に痛い。
そして、その痛みは少しずつ増してきていた。
真顔のまま、フィリオはプレッシャーを掛けてくる。
「……例によって、姫に何かあったら、即座に報復の精霊砲が飛ぶという事は、しっかりと肝に銘じておくのだ」
「はぁ……まあ、憶えてはおくし、パーティーの責任者として出来る限りの事はしますけど」
「何が言いたい」
「いや、アイツも自分で判断出来ると思うんでと。それよりちょっと荷物運び、手伝ってもらえます?」
雑談しすぎて、作業が止まっている事の方が、シルバにとっては大事だった。
「我を顎で使うのか!?」
「霊獣の長ですヨ!?」
怒鳴るフィリオに、愕然とするサキュバス長女のカモネ。
ただ、シルバにしてみれば、要するにリフの父親である。
「いや、別にしてくれなくてもいいですけど。とりあえずこれが片付かないと、出発も出来ないんで」
「ぬぅ……手伝え、カモネ」
「は、はイ」
渋々木箱を抱えるフィリオに付き従い、カモネも改めてリンゴの入った籠を抱え直す。
先頭に立ち、大きな鳥籠に荷物を積んでいくシルバの肩に、ちびネイトが腰掛けた。
「シルバも、大分、霊獣の扱いになれてきたな」
「いや、人間とか霊獣とか普通に無視して話してるだけだから」
さて、こうなってくると荷物運搬をしていない、仲間二人が気になってくる。
というか、当の本人達、取り巻きに囲まれているキキョウと父親の相手をしているカナリーも何か言いたげな顔を時折、シルバに向けているのだった。
「そろそろ、三人も遊んでないで手伝ってくれないか」
「べ、別に遊んでいる訳ではないのであるが」
キキョウはこちらに近付こうとしているのだが、女性冒険者達がシルバに対抗意識を向けているのか、さりげなく連携を組んで間を阻んでいるようだった。
「特に、そっちの小さい保護者の方」
「やあ、それは僕に言ってるのかな」
付かず離れずの距離でカナリーをからかっていた父親、ダンディリオン・ホルスティンは娘から飛んできた紫電を難なく手の平で受け止め、ようやく動きを止めた。
「他に誰がいますか。大人しくしてたら、飴を上げます」
「なら、大人しくせざるをえないね!」
あっさりと娘に構うのをやめ、ヒイロの荷車から小さな酒樽を抱え上げた。
あっけなく小競り合いを止められ、カナリーが何とも言えない表情になっていた。
そして、父親に続いて、丸いチーズの塊を抱える。
「……シルバ、君、僕より父さんの扱い、上手くなってないか」
「単に、ダンディリオンさんが合わせてくれてるだけだから、それはない」
「将来の婿殿……息子のパートナーとは、良好な仲を築いておきたいんだよ」
うんうん、とダンディリオンはシルバの横に並んだ。
「わざわざ言い直さなくてもいいです。んで、カナリーとキキョウは、自分の取り巻きの人らにも手伝わせてくれよ。そっちの方が作業が早く済む」
「嫌です!」
反対したのは、女性冒険者達だった。
「積み込みが終わったら、カナリー様とお別れなんでしょう!?」
そーよそーよ、とあちこちから非難の声が響いてきた。
シルバは荷物を抱え直すと、小首を傾げた。
「……二人とも、残留する?」
「いや、それはないな」
「うむ。何を今更であるぞ、シルバ殿」
カナリーとキキョウは即答する。
「まあ、パーティーの問題なんだけど、本人達の意思も固い。仕事が早く済めば、こっち戻ってくるのも早くなるんだ」
シルバの言葉に、女性冒険者達はハッと気付いたようだった。
それから、彼女達は競い合うように、自分達の差し入れや荷台の荷物を抱えて、鳥籠に殺到した。
それを、呆れた目でカナリーが追っていた。
「……まるっきり、扇動者のやり方だね、シルバ」
「いやむしろ、お前らにやってもらった方が手っ取り早かったんだけど。俺より、二人の方がよっぽどカリスマがあるんだから。――ええと、野次馬も見てないで手伝え」
いきなり指名され、それまでまるっきり他人事だった野次馬達がざわめいた。
別にシルバは、彼らを驚かせるつもりで言った訳ではなかった。
ただ、目の前に『使えるモノ』があったから、呼びかけただけだった。
「やるやらないは自由だし、俺はコイツが何かを説明する気はない。けど、観察してるだけより、得られる情報量は多いと思うぞ。ただし、持ち逃げとかしようとしたら、怖いオッサンが見逃さないので気をつけた方がいいけど」
シルバの言葉に乗せられ、何人かが野次馬から出始める。
情報の重要性を知っている盗賊系の冒険者が多いようだ。
自分の荷物を鳥籠に積み終えたフィリオは、野次馬に後方に移動して持ち逃げの防止に睨みを利かせ始めていた。
何故か、一緒にダンディリオンもついてきていた。
「よし、楽になった」
上空約2000メルト。
周囲の雲と同化するようカモフラージュされた浮遊城フォンダンに、怪鳥の羽ばたきが轟き渡る。
待機していた幻影のちびナクリー達の案内で、氷か硝子のような石畳にイタルラは足に引っかけていた大きな鳥籠を下ろした。
重い音を立てて、鳥籠を床に下ろすと、イタルラ自身も着陸し、羽を休めた。
「ご苦労ご苦労じゃ」
幻影ナクリーの労いに、怪鳥は一声鳴いた。
ふむ、とナクリーはまだ開いていない鳥籠を見上げた。
「いちいち出し入れを待っておっては、日が暮れてしまう。新しい籠を持って、地上に降りるがよい。終わったら、旨い飯をやるのじゃ」
2メルトクラスのゴーレムが四体で、イタルラが運んできたのと同じ大鳥籠を運んできた。
イタルラは、もう一声鳴いた。
「ぬ? 飯はともかく{番/つがい}も欲しいとな? うむ、考えておこう」
巨大な鳥は歓喜の声を上げると、空の籠を足に引っかけ、再び地上に向かっていった。
「現金な奴じゃのう。……さ、ゴーレム共、この籠はひとまず倉庫に運ぶのじゃ」
宮殿の裏手に、荷物の積まれた鳥籠は運搬された。
そこにあった平たい長方形の『倉庫』の内部には左右に三重の棚があり、鳥籠はそのまま一番下の層の端に置かれた。
ゴーレム達が去ってしばらく。
――本当にほんの少しだけ籠が揺れたが、すぐにまた元に戻った。
※異物が混入しているようですが、次から保留にしてたゾディアックスとか魔王領とかその辺の話にしたいと思ってます。