ギルド本部で、初心者訓練場に置いてきた怪鳥イタルラについて説明を終えたタイランは、そのままアーミゼストの刑務所、アンロック牢獄を訪れた。
同行者はウェスレフト峡谷で知り合ったナクリー・クロップと、そのお供であるヤパン(性別不明の人間形態)である。
ナクリーに、血の繋がりがある(と思われる)子孫を紹介しようという目論見であった。
面会室で呼び出してもらったテュポン・クロップは相変わらずの壮健であるようだった。
爆発したような白髪頭、鷲鼻の老人である。
そして、その姓からも分かる通り、ナクリーの子孫でもあった。
ナクリーとクロップ老はどちらもふてぶてしく、足のつかない椅子(椅子が高いのではなく、二人の背が低い)に座って網越しに向き合った
「あ、あの、こちらの方は……」
「説明せずとも分かるぞい、モンブラン十六号」
タイランの控えめな紹介を、クロップ老は遮った。
「い、いえ、タイランなんですけど……」
「これが、儂の子孫か、タイラン。しわしわのジジイではないか」
タイランの訂正は、完全に無視された。
ふん、とナクリーが鼻を鳴らす。
「ふん、ちびっ子に言われたくないわい。その言いようではお主、儂の先祖のような口ぶりじゃぞ」
「じゃから、そう言うとる」
まだ一言も言ってません。
そう、タイランは突っ込みたかったが、睨み合う二人の空気の前に、口出しが出来ない。
ヤパンはタイランの後ろに控え、ニコニコしているだけで、まるで頼りにならない。
「…………」
「…………」
しばし、無言で見つめ合う二人だったが、やがてクロップ老が口火を切った。
「儂のモンブラン十六号は強いぞ」
ナクリーも負けてはいない。
「儂のヤパンじゃって強いわい。後ろにいる、此奴じゃ」
クロップ老の目が、微笑みを絶やさないヤパンに向けられる。
そして怪訝な顔をした。
「ふん、タダの小僧……ん? 小娘……? いや、魔法生物か」
「一発で見抜くとはまあ、褒めてやろう。じゃが、性能面での優秀さまでは見抜けぬようじゃな」
ふふん、と椅子に座ったまま、ナクリーは自慢げに胸を反らせた。
それに対し、クロップ老は鼻息を荒くした。
「何を言っておる。どれだけ頭で計算しようが、そんなモノは無数の不確定要素が混在する現実の前には到底敵わぬ。勝つ負けるなぞ、実際戦わせてみねば分からぬわい」
「ほう、さすが我が子孫。よい事を言う」
「理に対しては素直に納得するか。さすが我が祖先と言う事にしておいてやろう」
ナクリーの方はともかく、クロップ老は普通、親戚とかじゃないかと疑うんじゃないかなぁ、と思うタイランである。
それよりも、血も汗も通わないはずの重甲冑の中で、何故かタイランはダラダラと脂汗が流れるような錯覚を覚えていた。
「あ、あの……何だか取っても話が不穏な方向に進んでいるような気がするんですけど……」
特に、クロップ老の『実際戦わせてみねば』の下りを否定しないナクリーが、何だか怖い。
「ですね」
「い、いえあの、落ち着いてないで止めて下さいよ、ヤパンさん……何だか二人の周囲に火花と一緒にどす黒い情念みたいなのが溢れ出してるみたいですし……」
「練気炉に吸収させると、いいエネルギーになりそうですね」
相変わらず和やかな、ヤパンである。
が、だからこそ、このギスギスした空気の中で彼(もしくは彼女)は異様であった。
「……このままだと私達、戦わされそうな流れなんですけど……」
タイランの呟きに、間が生じる。
そして、ヤパンはマジマジとタイランを見つめた。
「手強そうですね?」
「……そういう事じゃないんですよう」
タイランは泣きたくなった。
その一方、クロップ老とナクリーのやり取りはヒートアップしていた。
「第一聞いておるぞ。お主の造った人造人間は一度、儂のモンブラン十六号に負けておるではないか」
「ふん、調整すら済んでおらなんだ未完成に勝ったぐらいで自慢するでないわ。完成版ならば、此奴に遅れなぞ取らぬのじゃ」
「あ、あのー……その、前の戦いは半分、モンブランちゃんが頑張った訳で、私が倒した訳じゃ……」
タイランのささやかな抗議も、残念ながら二人には届かなかった。
「ここで言い合っても埒が明かぬのう」
「まったくじゃ。さっきも似たような事を言うたが、理屈では話は進まぬ。実際にやってみればよいのじゃ」
身を乗り出し睨み合う、二人のクロップ。
「こ、困ります!」
慌てて、タイランは二人の間に割り込もうとした。
その時、後ろの扉が開き、銀髪に浅黒い肌の巨漢が入ってきた。
「おれ、よばれた?」
古代の人造人間、ヴィクターだ。
目覚めさせたのはノワという女商人だが、制作者はナクリーである。
「最悪のタイミングで登場ですか!?」
「これは懐かしいですね」
ヤパンは、頬に手を当てて、ヴィクターを見上げる。
「ぬぅ……おい、こいつだれ?」
ヴィクターは、この中で唯一の知り合いといってもいいタイランに、尋ねてきた。
が、代わりに答えたのはヤパン自身だ。
「貴方の生みの親の助手ですよ。そう言えば、あの時の精霊炉はまだ試作モデルで、戦闘モードは危険だったはずですが……」
「あ、それは安定しました」
タイランが答える。
そう、戦い続けると、爆発する危険性のある精霊炉だったのだが、それは解消されたのだ。
「儂の手柄じゃ!」
自慢げに、クロップ老が手を挙げた。
もっとも、それを見てナクリーは不機嫌になる。
「威張るななのじゃ。知っておるぞ。この時代の精霊炉は既に完成されたモデルが存在しておる。儂は一から造ったのじゃぞ」
「どうせ造るなら、未完成ではなくちゃんと完成させんかい!」
「完成させる前に起動されたんじゃあっ!!」
互いに指を突き付け合い、怒鳴り声を上げるクロップ老とナクリー。
「あ、あ、あの、面接室ではお静かにお願いします……」
そろそろ、見張りの人も厳しい顔をし始めているので、タイランは抑えるように頼んだ。
「……おれ、なんでよばれた?」
「面白いので、もう少し観察していましょう」
一方、ヴィクターとヤパンは、完全に他人事だ。
「お、面白くないですから、ヤパンさんも二人を止めて下さいよう!」
「というか調整という意味なら、まだ終わっとらんのじゃ!」
「よし、いいじゃろう! ならば完全調整したそこな人造人間とモンブラン十六号、それにそこの液体生物、どれが一番優れているか勝負しようではないか! 場所はこの牢獄の中央広場でどうじゃ!」
「上等なのじゃ!」
ナクリーとクロップ老は、椅子から飛び下りた。もうすっかりやる気でいるようだ。
「ま、巻き込まれてますよ、二人とも……!」
「なかなか面白い試みですね」
「……また、たたかうのか? おれは、いいぞ」
「どうしてやる気になってるんですか!?」
ナクリーに、子孫を紹介するという目論見自体は大成功だったが、クロップ一族の有り余る元気を諫めるのに苦労したタイランであった。
※タイランは牢獄担当。
危うくもう一話、ここの分書く羽目になる所でしたが、タイランが頑張ったお陰で戦闘回避、次の話に移れます。