シルバやネイトが部屋で話をしていた頃、カナリーらは宮殿内の大浴場に案内されていた。
白を基調とした滑らかな床の浴場だ。
大きな柱が並び、プールのような湯船が広がっている。
壁の高い場所からも、湯が溢れ出ていた。
「おおぉ~、広い大きい格好いい!」
「にぅ……金獅子のお湯口」
ヒイロが駆け出し、リフがその後を追う。
そして順番に湯船に飛び込んだ。
「……元気だねぇ、ちびっ子勢は」
「ご飯食べたからじゃないでしょうか」
長い金髪をまとめ、身体にタオルを巻いたカナリーと、全裸(といっても普段からほとんど変わらない)精霊体のタイランが、のんびりとその後に続く。
キキョウは一人、眠たそうに彼女らの後をついてきていた。
カナリーは興味深げに、壁から流れる大量の湯を眺めた。
「しかし、周辺が砂漠だというのに、この水の量は大したモノだな。どういうシステムなんだろう」
「表面上は少ないとは言え、大気中にはそれなりに水分はある」
キキョウよりも更に後ろ、低い位置から声がした。
カナリーと同じようにタオルを身体に巻いた、ナクリーであった。
眼鏡を外し、代わりに洗面器の中にゴーレムのオモチャを入れている。
「っと、貴方も入るのか」
「久しぶりに、生身での入浴というのも悪くはない。それに色々知りたい事もあるしの。ちなみに、それらの水分の他、地中の地下水を汲み上げたりもしておる。ま、無駄遣いは禁物じゃがの」
「……これは、無駄遣いにはならないのかい?」
「お主、女子がの風呂を無駄遣いというのか?」
「む……そう言われると、反論しにくいけど……」
あるととても有り難い施設ではある。
「ともあれ、突っ立っとらんと、湯に浸かるがよい。怪我や病にもよく効く成分も入れておるのじゃ」
湯を浴びると、一行は湯船に浸かった。
カナリーは小さく吐息を漏らした。
「それで今後の予定じゃが、儂の方は当面、世界の情勢の見聞に回ろうと思っておる。ま、時間は幾らでもあるし、のんびりとじゃがな」
ぶーん、とゴーレムのオモチャを水面スレスレに飛ばしながら、ナクリーが言う。
「世界の情勢……まあ、大雑把に言えば、世界規模の戦争みたいな感じになってるけど」
カナリーの言葉に、ナクリーは仰天した。
「何と!? お主らを見ている限りでは、えらく呑気な感じがしておったのじゃが!?」
「せ、戦争と言っても、魔王軍と魔王討伐軍の戦いが主で、他はそれほどでもありませんから……」
タイランがフォローを入れる。
「魔王軍……?」
「ああ、魔王軍というのはだね……」
眼をぱちくりさせるナクリーに、カナリーは大陸の中心にいる魔王と、それに対抗する人類勢力について説明した。
ナクリーは、特に魔王領に興味を示したようだった。
「……ふむ、やっぱり儂の読み通りになったか。だから言うたのに……」
「何か知っているのかい?」
だが、ナクリーは答えなかった。
「ここには小僧がおらぬし……何、近い内に話す事になろう。同じ話を二度するのは手間というモノ。今はやめておこう」
「焦らすね」
「クックック、焦れるじゃろう……にしても国を回るで思い出したがお主ら、聞いたところ国がバラバラとかいう話ではないか。そういうのが、この時代では普通なのかえ?」
カナリーは、周りを見渡した。
遠くでバタ足で泳ぐヒイロは、ドラマリン森林領。確かシルバも同じだ。
そのヒイロを、犬掻きならぬ猫掻きで追うリフは、サフィーン北部にあるモース霊山出身。
泡風呂で思いっきり緩んでいるキキョウは、ジェントの出。
タイランは、サフォイア連合国を父親と共に追われた身。
そしてカナリーは、パル帝国の貴族である。
「……いや、ここまでバラけるのは、割と珍しいかな」
タイランが同意する。
「ですね……ウチでいないのは、ルベラントとシトランの人だけ、ですよね……?」
「うん。ルベラントにしても、シルバのお母さんはそっちの人みたいだし」
「ならば、ついでに里帰りも兼ねてみてはどうかのう。どうせ、そんなに時間は掛からぬし、迷宮探索の方は、まだまだ最後まで遠いのじゃろう?」
手に持ったゴーレムを水中からザブッと出現させながら、ナクリーは言う。
「うーん、それはどうだろう。確かに第六層の突破すら、まだ先が見えないけど、全部回るとなると、一年近くなるんじゃないか?」
カナリーが首を捻る。
浮遊車ガトーに代わる乗り物について、実はまだ明かされていないのだ。
空を飛ぶ、という事だけはナクリーから聞いているのだが、それがどういうモノかはもったいぶって、教えてくれないでいた。
「大陸の大きさが変わっておらぬのなら、一カ所一泊としても一週間で足りると思うが?」
「たった、一週間!?」
「通り過ぎるだけなら、二日程度じゃな」
「二日!?」
それは、カナリーの常識を越えていた。
アーミゼストからこのウェスレフト峡谷まで三日(その割にやたら長かったような気がする)、更にこのフォンダンまでもかなり日数を費やした記憶がある。
と言うか全部合わせると、一週間を余裕で超える。
その時間で、世界を回るというのか。
「うむ。空には障害がないからのぅ」
「や、しかし某は故郷に帰る訳にはいかぬ……」
「む?」
泡風呂に全身浸かり、極楽の心地といった顔だけ水面から浮かせたキキョウが、呟くように言う。
なお、熱を持っていたナマズのお面は冷水を満たした洗面器に浸けられている。
「某は故郷ではお尋ね者となっている故、皆に迷惑が掛かる……ぬぅ……この心地は、このまま寝てしまいそうだ……」
「風邪を引くから、寝る前には出た方がいいよ、キキョウ」
カナリーは、冷静に突っ込んだ。
「にぅ……つかれた……」
「疲れた~……」
リフとヒイロが、平泳ぎでカナリーらの下に戻ってきた。
「……食べた分の体力まで消耗してどうするんですか、二人とも」
「ふぅむ、それにしても男1に女5……いや、あの召使いと使い魔を足すと7、従者2人にあの甲冑がとなると……」
ナクリーは、指折り数え、難しい顔をした。
「あのシルバという少年は、異常性欲者か何かなのか」
とんでもない結論に、カナリーは尻餅をついたままずっこけた。
勢いよく、水の中から顔を上げる。
「ど、どうしてそういう結論に達する!?」
「違うのか」
「違う! 多分!」
「あ、あの、カナリーさん、そこは、断言しておきましょうよ……」
この中では唯一、まともな会話が期待出来そうなタイランが、遠慮がちに口を挟む。
しかし、ナクリーは納得しないようだった。
「いやしかし、これだけの華を一つも落とさぬとは……となると、さては不能者か」
「違う!」
「何と! 確かめたのか!?」
「た、たた! 確かめてはいないけど!」
「試してもみずに、それでは分からぬじゃろう」
「試せるか!」
声を荒げるキキョウに、ナクリーは両耳を指で塞いだ。
「さすがに声が響くのう……試すのは難しいか」
「当たり前だ! 僕にだって恥じらいがある!」
む、とナクリーは、目の前にあるカナリーの豊かな二つの乳房を指差した。
「そのでかい乳は飾りではあるまいに。男なら大概イチコロじゃぞ」
「…………」
タイランが、自分の両胸に手を当て、カナリーのそれと見比べた。
ちょっと、タイランが沈んだ。
「……タイラン、ウチのパーティーの中だと、君が羨むのはちょっとどうかと思うんだ」
「よし、では儂も恥じらいがあるが、お主の代わりに確かめてやろう」
力一杯立候補するナクリーを、カナリーとタイランが同時に制した。
「却下!」
「だ、駄目です!」
「ん~? 確かめるって何を~……?」
何だかキキョウと同じように、ほとんど寝そべるように湯に浸かりながら、ヒイロが口を挟む。
「うう、ヒイロ。君の無邪気さが、今は羨ましい」
「クックック、あの小僧を夜襲うと言っておるのじゃ。主に性的な意味で」
「にぅ……だめ……」
ヒイロと並んで仰向けに寝転びながら、リフが言う。
「駄目か」
「駄目だ」
さして落胆もしていない風なナクリーに、カナリーがキッパリ言う。
「それは、儂だから駄目という事か」
「あの液体生物でも駄目だ」
カナリーは、ナクリーの言いそうな事を先回りした。
「ならば、やはりお主がやればよい。それで問題は解決じゃ」
「だ、だから、その試すっていう発想がまず問題なんだって言っているんだ!」
「そ、そそ、そうです! 本人の意思も確認せずにそんな事……」
「大丈夫じゃ」
湯船から立ち上がるカナリーとタイランに、ナクリーは動じない。
「な、何がですか……?」
「儂の読みでは、押し切ればあの小僧は拒み切れん。ヤッタモン勝ちじゃ」
「大問題じゃないですか!」
珍しく、タイランのツッコミがカナリーより早かった。
「ぬ~……のぼせそうなので、そろそろ某は上がるぞ」
「このタイミングで上がるのは何だか取っても危険な香りがするんですけどっ!?」
ゆっくりと泡風呂から出るキキョウを、タイランが止めようとする。
「では、公平に参加者を募るとしよう。小僧が不能かどうか、確かめたい者~」
ナクリーが煽ると、キキョウは足を止め、少し考えて手を挙げた。
「って、頭のぼせた状態で手を挙げちゃ駄目だ、キキョウ! 冷静になれ!」
……その後、カナリーとタイランの必死の説得により、シルバ本人の与り知らぬ所で、彼の貞操は守られたのであった。
※という訳で、残念ながら成人指定なお話はスルーされる事になりました。
太陽が昇って、翌日から次はスタートとなります。
何というか色々酷い話でした。