そして食事の時間となった。
給仕ゴーレム達が様々な料理を並べ、その中で最も食欲を発揮したのは……。
「すごいね、キキョウさん……」
「……お前が言うんだから、相当だよな」
呆れた顔をしながら骨付き肉を囓るヒイロではなく、10枚目の皿を平らげたキキョウであった。
「ぬ、うぅ……いや、皆すまぬ。何というか、いくらでも入ってしまうのだ……」
口元をナプキンで拭いながらも、キキョウの箸は休まらない。
ドレッシングの掛かった生ハムサラダを、取り皿に盛っていく。
ふむ、とカナリーは赤ワインのグラスを揺らしながら、頷く。
「竜面の副作用と考えるのが妥当だろうね。エネルギー消費がいかにも、激しそうな力だった事だし」
「……あの力は、自重しようと思う」
「食費が大変だもんね!」
「だから、お前が」
とはいえ、本当にテーブルの上の料理が全部無くなりそうな勢いなのは、確かであった。
「くっくっく、心配はいらぬ。肉は土中の動物共から造った人工肉じゃ。いくらでもあるぞ」
結局、白衣を羽織った(本人曰くこれが正装らしい)ナクリーが、鶏の唐揚げをぱくつきながら笑う。
「に、このおさかなは?」
リフは、フォークに刺した白身魚の切り身を持ち上げた。
「それも同じ材料の人工肉じゃ。歯ごたえや味は魚風味じゃがの。野菜や果物も材料は違うが、人工である事には変わりない」
「にぅ……ふしぎ」
シルバも食べてみたが、味覚も歯ごたえも魚そのモノだ。
「お、お酒とかも造られてるんですか?」
今度はタイランが、グラスの水を飲みながらナクリーに質問する。
「昔、何となく造ってみての。一時期ハマって、酒蔵も外にあるのじゃ」
「実に興味深い」
シルバ達とはわずかに距離を置いて、同じように食事をしていたラグドール・ベイカーが、表情を変えないまま陶器製のワインボトルを眺めていた。
シルバは、彼女に視線をやった。
「ま、アンタの処遇は食事の後にさせてもらう。と言うか俺もアンタも、それどころじゃないだろう」
「確かに」
どちらも腹が減っていたのである。
そして食事が済み、ひとまず休憩を取る事となった。
外は既に暗く、翌日からの、今後について話し合う事になったのだ。
「一人ずつ個室なのは分かるが……」
シルバはあてがわれた部屋を眺めた。
自分のアパートよりも遥かに広く、家具も高そうだ。
ベッドにテーブル、クローゼットは分かるが、ソファに暖炉、簡易キッチン、トイレに風呂まで備え付けてある。
もっとも、風呂に関しては大きな浴場が別の場所にあるそうで、シルバ以外の『守護神』メンバーは皆、そちらに入っているらしい。
ただ、部屋の造りとは別に、シルバが最も気になる点があった。
「……何故、お前らがここにいる」
ちびネイトとシーラである。
「私はシルバの所有物だからだ」
「――同じく」
「ずいぶんと気を利かせてくれるな。ダブルベッドとか」
うむ、とネイトはやる気満々だった。何をだ。
「変な気を回しすぎだ! 一つのベッドで寝ろってのか!?」
シルバが部屋の中で、一つだけ納得のいかない点だった。
「――わたしは別に、床でも構わない」
「そう言う訳にいくか!」
それなら、自分がまだソファで寝た方がマシだと思うシルバだった。
「シーラ、夜伽もメイドも仕事の一つだ。私の代わりに頑張ってくれ」
「――頑張る」
「頑張らなくていいし、お前も間違った知識を与えるな!」
「あながち間違ってないと思うが。貴族の屋敷では、使用人へのお手つきはよくある事だぞ」
「俺は一般人だし、それを常識だと思わせるな! っていうかツッコミばかりで疲れるからそろそろ本当に休ませろ!」
「分かった。シーラ、添い寝の準備を――」
「分かってねーっ!!」
ネイトに促され、ベッドに向かうシーラをシルバは食い止めた。
……ともかく落ち着き、シルバはベッドに腰掛けた。
「はぁ……」
自然ため息が出る。
原因は、今のやり取りで疲れたせいだけではない。
「――水」
「いや、シーラ、別にシルバは調子が悪い訳じゃない」
キッチンに向かおうとするシーラを、ネイトは留めた。
「まるで全部分かっているような言い方だな」
「夫婦とは以心伝心」
「誰が夫婦だ」
「何? 言わせたいのか?」
「言わなくていい! シーラも考え込むな!」
「ま、とにかく健気である事は確かだな」
シルバと二人だけしか分からないであろう発言に、シーラが首を傾げていた。
そんな彼女に、ネイトは説明する。
「幻影は、食事を取らない。風呂に入らない。何よりこんな客室も必要ない。なら、何故そんな準備が出来ていたのか」
シーラは答えない。
「誰が来ても出迎えられるようにだ。いつ来るか分からない客人を待って、万全の準備を整えていたのだよ」
「一体、どれぐらい待ってたのやら」
シルバが、再び溜め息をつく。
だが、シーラは違う考えがあったようだ。
「――意識を睡眠状態にして待機していた可能性がある」
なるほど、意識がこのフォンダンにあるとして、ずっと目覚めっぱなしでいる理由はない。
が、シルバはそれに反論する。
「人造人間が人間並の寿命しかないから開発やめたって言ってたろ。って事は最低でも、その時間分は起きてたって考えられる。それでも何十年レベル。開発をやめたのは、仲良くなっても先に逝くってのもあったんじゃないかなーって思うんだ。……まあ、この辺全部推測だけどな。で、そう考えると、俺達が来るまでアイツ、三魔獣とも切り離されてずーっと一人だったんじゃないかと」
ボリボリと、シルバは頭を掻いた。
「つまりシルバが気が重い理由は、こういう歓待を受けると、ここを非常に去りづらいという事だ。去った後、あの外見幼子が寂しがるんじゃないかと。お人好しだからな」
「悪かったな。俺自身、大きなお世話だとは思ってるんだよ。今回の件で、まあ、ナクリーも動けるようになったはずだし、別に俺達がいなくなった所でどうって事ないかもしれない。こんなのは本人に聞いてみないと分からないし、まさか『一人で寂しかったのか?』とか実際、聞ける訳ないだろ。だから単に俺が一人でモヤモヤしてるだけなんだよ」
「私も含めて、二人だ」
「別にお前はモヤモヤしてないだろが」
「いやいや、態度に出ないだけで、私はずっと気に病んでいたぞ。もっとも私が心配していたのはシルバであって、あのロリババアではないが」
などと、話し合っていると、扉の向こうから声が響いた。
「……どちらにしても、貴方方の目的の為、しばらくは同行する事になると思いますが」
「待て、シーラ! 敵じゃないって!」
手から衝撃波を生み出そうとするシーラを、シルバは慌てて押さえた。
「盗み聞きをするつもりはなかったのですが、ノック前に聞こえてしまいましたので」
スルリ、と扉の下から潜り込み、若い巫女のような姿を取ったのは、三魔獣の一体、ヤパンであった。
※同行せざるをえない理由とは。
次回……と行きたい所ですが、多分これ、話すよりも実際見せた方が早いし、そう考えると次回はラグさんの処遇になります。