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No.11810の一覧
[0] ミルク多めのブラックコーヒー(似非中世ファンタジー・ハーレム系)[かおらて](2009/11/21 06:17)
[1] 初心者訓練場の戦い1[かおらて](2009/10/16 08:45)
[2] 初心者訓練場の戦い2[かおらて](2009/10/28 01:07)
[3] 初心者訓練場の戦い3(完結)[かおらて](2009/11/19 02:30)
[4] 魔法使いカナリー見参1[かおらて](2009/09/29 05:55)
[5] 魔法使いカナリー見参2[かおらて](2009/11/14 04:34)
[6] 魔法使いカナリー見参3[かおらて](2009/10/27 00:58)
[7] 魔法使いカナリー見参4(完結)[かおらて](2009/10/16 08:47)
[8] とあるパーティーの憂鬱[かおらて](2009/11/21 06:33)
[9] 学習院の白い先生[かおらて](2009/12/06 02:00)
[10] 精霊事件1[かおらて](2009/11/05 09:25)
[11] 精霊事件2[かおらて](2009/11/05 09:26)
[12] 精霊事件3(完結)[かおらて](2010/04/08 20:47)
[13] セルビィ多元領域[かおらて](2009/11/21 06:34)
[14] メンバー強化[かおらて](2010/01/09 12:37)
[15] カナリーの問題[かおらて](2009/11/21 06:31)
[16] 共食いの第三層[かおらて](2009/11/25 05:21)
[17] リタイヤPT救出行[かおらて](2010/01/10 21:02)
[18] ノワ達を追え![かおらて](2010/01/10 21:03)
[19] ご飯を食べに行こう1[かおらて](2010/01/10 21:08)
[20] ご飯を食べに行こう2[かおらて](2010/01/10 21:11)
[21] ご飯を食べに行こう3[かおらて](2010/05/20 12:08)
[22] 神様は修行中[かおらて](2010/01/10 21:04)
[23] 守護神達の休み時間[かおらて](2010/01/10 21:05)
[24] 洞窟温泉探索行[かおらて](2010/01/10 21:05)
[25] 魔術師バサンズの試練[かおらて](2010/09/24 21:50)
[26] VSノワ戦 1[かおらて](2010/05/25 16:36)
[27] VSノワ戦 2[かおらて](2010/05/25 16:20)
[28] VSノワ戦 3[かおらて](2010/05/25 16:26)
[29] カーヴ・ハマーと第六層探索[かおらて](2010/05/25 01:21)
[30] シルバの封印と今後の話[かおらて](2010/05/25 01:22)
[31] 長い旅の始まり[かおらて](2010/05/25 01:24)
[32] 野菜の村の冒険[かおらて](2010/05/25 01:25)
[33] 札(カード)のある生活[かおらて](2010/05/28 08:00)
[34] スターレイのとある館にて[かおらて](2010/08/26 20:55)
[35] ロメロとアリエッタ[かおらて](2010/09/20 14:10)
[36] 七女の力[かおらて](2010/07/28 23:53)
[37] 薬草の採取[かおらて](2010/07/30 19:45)
[38] 魔弾の射手[かおらて](2010/08/01 01:20)
[39] ウェスレフト峡谷[かおらて](2010/08/03 12:34)
[40] 夜間飛行[かおらて](2010/08/06 02:05)
[41] 闇の中の会話[かおらて](2010/08/06 01:56)
[42] 洞窟1[かおらて](2010/08/07 16:37)
[43] 洞窟2[かおらて](2010/08/10 15:56)
[44] 洞窟3[かおらて](2010/08/26 21:11)
[86] 洞窟4[かおらて](2010/08/26 21:12)
[87] 洞窟5[かおらて](2010/08/26 21:12)
[88] 洞窟6[かおらて](2010/08/26 21:13)
[89] 洞窟7[かおらて](2010/08/26 21:14)
[90] ふりだしに戻る[かおらて](2010/08/26 21:14)
[91] 川辺のたき火[かおらて](2010/09/07 23:42)
[92] タイランと助っ人[かおらて](2010/08/26 21:15)
[93] 螺旋獣[かおらて](2010/08/26 21:17)
[94] 水上を駆け抜ける者[かおらて](2010/08/27 07:42)
[95] 空の上から[かおらて](2010/08/28 05:07)
[96] 堅牢なる鉄巨人[かおらて](2010/08/31 17:31)
[97] 子虎と鬼の反撃準備[かおらて](2010/08/31 17:30)
[98] 空と水の中[かおらて](2010/09/01 20:33)
[99] 墜ちる怪鳥[かおらて](2010/09/02 22:26)
[100] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(上)[かおらて](2010/09/07 23:40)
[101] 崩れる巨人、暗躍する享楽者達(下)[かおらて](2010/09/07 23:28)
[102] 暴食の戦い[かおらて](2010/09/12 02:12)
[103] 練気炉[かおらて](2010/09/12 02:13)
[104] 浮遊車[かおらて](2010/09/16 06:55)
[105] 気配のない男[かおらて](2010/09/16 06:56)
[106] 研究者現る[かおらて](2010/09/17 18:34)
[107] 甦る重き戦士[かおらて](2010/09/18 11:35)
[108] 謎の魔女(?)[かおらて](2010/09/20 19:15)
[242] 死なない女[かおらて](2010/09/22 22:05)
[243] 拓かれる道[かおらて](2010/09/22 22:06)
[244] 砂漠の宮殿フォンダン[かおらて](2010/09/24 21:49)
[245] 施設の理由[かおらて](2010/09/28 18:11)
[246] ラグドールへの尋問[かおらて](2010/10/01 01:42)
[248] 討伐軍の秘密[かおらて](2010/10/01 14:35)
[249] 大浴場の雑談[かおらて](2010/10/02 19:06)
[250] ゾディアックス[かおらて](2010/10/06 13:42)
[251] 初心者訓練場の怪鳥[かおらて](2010/10/06 13:43)
[252] アーミゼストへの帰還[かおらて](2010/10/08 04:12)
[254] 鍼灸院にて[かおらて](2010/10/10 01:41)
[255] 三匹の蝙蝠と、一匹の蛸[かおらて](2010/10/14 09:13)
[256] 2人はクロップ[かおらて](2010/10/14 10:38)
[257] ルシタルノ邸の留守番[かおらて](2010/10/15 03:31)
[258] 再集合[かおらて](2010/10/19 14:15)
[259] 異物[かおらて](2010/10/20 14:12)
[260] 出発進行[かおらて](2010/10/21 16:10)
[261] 中枢[かおらて](2010/10/26 20:41)
[262] 不審者の動き[かおらて](2010/11/01 07:34)
[263] 逆転の提案[かおらて](2010/11/04 00:56)
[264] 太陽に背を背けて[かおらて](2010/11/05 07:51)
[265] 尋問開始[かおらて](2010/11/09 08:15)
[266] 彼女に足りないモノ[かおらて](2010/11/11 02:36)
[267] チシャ解放[かおらて](2010/11/30 02:39)
[268] パーティーの秘密に関して[かおらて](2010/11/30 02:39)
[269] 滋養強壮[かおらて](2010/12/01 22:45)
[270] (番外編)シルバ達の平和な日常[かおらて](2010/09/22 22:11)
[271] (番外編)補給部隊がいく[かおらて](2010/09/22 22:11)
[272] (番外編)ストア先生の世界講義[かおらて](2010/09/22 22:14)
[273] (番外編)鬼が来たりて [かおらて](2010/10/01 14:34)
[274] (場外乱闘編)六田柴と名無しの手紙[かおらて](2010/09/22 22:17)
[275] キャラクター紹介(超簡易・ネタバレ有) 101020更新[かおらて](2010/10/20 14:16)
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[11810] リタイヤPT救出行
Name: かおらて◆6028f421 ID:656fb580 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/10 21:02
リタイヤPT救出行
 酒場『弥勒亭』の個室は熱気に包まれていた。
 いつものように集まったパーティーに、シルバの知人の冒険者にして何でも屋、クロエ・シュテルンが依頼を持ってきた。
 黒髪黒衣の麗人である。
「戦闘不能になったパーティーの救出?」
「はい」
 場所は第三層。
 何でも、多数のパーティーが隠されていた古代の遺跡を巡って仲間割れを起こしたらしく、たまたま全滅した彼らを発見した冒険者達が、救援を求めてきたのだという。
 必要なのは、ある程度の回復要員。
 となると、元々第三層に潜る予定だったシルバ達には、渡りに船の依頼でもあった。
「私達だけではさすがに心許ないので、お手伝いお願い出来ますか」
「俺は別に構わないけど……」
 シルバは、大きな海鮮鍋をつつく仲間達に視線をやった。
「人助けならば、某に反対する理由はないな」
 米酒の杯を傾けながら、キキョウ。
「ボク達は力仕事になりそうだねー。んんー、お魚ないよー」
「そ、そうですね……むしろ大変なのは、後衛の人達かと……」
 鍋の底をお玉で掬うヒイロに、だし汁をストローで飲むタイラン。
「に、やる」
 リフはひたすら、器の中の魚が冷めるのを待っていた。
「……ま、たまにはそういう仕事もいいんじゃないかな」
 カナリーも、赤ワインを手酌で飲みながら反対する様子はない。
 という事で。
「反対者無しで可決になった」
「相変わらず、シルバのパーティーは仲がいいですね」
 そろそろ材料の少なくなってきた鍋に野菜を放り込みながら、クロエは微笑んだ。
「んー、まあ、喧嘩はあんまりないけどな。というか、このパーティーがそんな事になったら、えらい事になるぞ」
 一方、シルバは魚を投入する。すぐにでもそれを鍋の中から奪おうとするヒイロを、キキョウが牽制していた。
「確かに。このお店程度なら、軽く潰れますねぇ」
「いや、そんなに軽く言われても、困るのだが」
 自分のスプーンを駆使し、ヒイロのスプーンを凄まじい勢いで迎撃しながら、キキョウが弱った顔をした。
 シルバはその隙に、自分のスプーンで鍋を漁る。
「で、シルバ」
「何だよ、クロエ」
「誰が本命なんですか?」
 シルバのスプーンが鍋の底の魚を砕いた。
 キキョウとヒイロのスプーンが砕け散る。
 タイランとカナリーは小さく飲み物をむせた。
 リフは、キョトンと首を傾げていた。
「……クロエ」
「はい」
「ウチのパーティーは、一応全員男なんだが……それも前に一度、説明したはずなんだが」
「ああ、そうでしたね。ついうっかり忘れてしまいます」
「あと、一部からすげえ視線が痛いのは、何でだ?」
「いや、何でもないぞ、シルバ殿」
「心配しなくても追求する気はないから、安心していいよシルバ」
 キキョウとカナリーの視線がぶつかり合う。
「む」
「何だい、キキョウ?」
 何だか無言の緊張感が生じていた。
 朝帰りの一件から、少々この二人の間には微妙な空気が流れている。
「にぃ……おさかなおいしい」
 そして、リフは相変わらずのんきに、ようやく冷めた魚を食べていた。
「それよりもクロエよ」
 シルバはリフの器の端に野菜を投入しながら、話題の転換を図った。
「何でしょうか」
「そこでへこんでるちっこいのに見覚えがあるんだが、一体何があったんだ?」
 シルバは、机に突っ伏す金髪の少年をアゴでしゃくった。
 年齢はリフと同じぐらいだろうか。
「ああ、彼ですか」

 少年の本名はテーストという。
 シルバが前に組んでいたパーティーで盗賊をしていた青年だ。
 ただ彼は、同じパーティーのメンバーだった商人の少女ノワに入れ込んでしまい、結構な額の借金をしてしまったのだという。
 色香から目が醒めた時には後の祭。
 パーティー自体が空中分解してしまい、いよいよ自転車操業で利子を返すだけでも必死だったテーストを拾ったのが、クロエだった。
 クロエはひょんな事から貸しのある借金取りからテーストの債権をもらう事となり、以来、テーストは彼女の仕事をほぼ、ただ働きに近い形で手伝っているのだという。
 ちなみに身体が縮んでいるのは、クロエに雇われる前、借金帳消しの為に錬金術師の作った試薬の投与を複数行った副作用なのだという。どの薬の効果か、相乗作用なのか、原因はまだ掴めていないらしい。

「……馬鹿だねー、お前」
 波瀾万丈な、悪友の数奇な人生を、シルバは一言で片付けた。
「……お前にオレの気持ちが分かってたまるかーちくしょー」
 テーブルに突っ伏したまま、幼い声でテーストは愚痴る。
「うん、絶対理解出来ないから。つーかアレに借金してまで貢いで、そんな身体になるなんて、どんだけクォリティ高いんだお前は」
「うるせーよ!?」
 いやぁ面白いと、シルバとしてはもはや笑うしかない。
「まあでも? これはこれで需要はあると思うんですよ。子供に見られるっていうのは、迷宮ならともかく街中でしたらそれなりに有用ですからね」
 クロエの説明に、なるほどなあと、シルバは思った。
 ただし当然。
「正体知られてない事前提だよな」
「一応、偽名は使ってるさ」
 テーストは今は、カートンと名乗っているらしい。似ているようで全然似ていない偽名だと、シルバは思った。
「ではまあ、依頼の方は受けてもらえて助かりました。こういうのは、馴染みの人間の方が楽ですからね。詳細は追って伝えますので、よろしくお願いします」
「ああ」

 食事を終え、シルバはクロエ達と酒場の前で別れる。
「またな、シルバ」
 小さい手を振るテースト、いやカートンにシルバも手を振り返した。
「今度、ゆっくり酒でも飲もうカートン」
「皮肉かそりゃ!?」
「はっはー」


 シルバ達は雑談しながら、帰りの夜道を歩いていた。
「ふむ……今回はクロエ殿と一緒か。楽が出来そうだな」
「同感だねぇ」
 キキョウの言葉に、ヒイロが頷く。
 そういえば、ヒイロは実益を兼ねた趣味の狩猟で、よくクロエと一緒だと言ってたっけかとシルバは思い出した。
 重量のある足音が響き、シルバの横にタイランが並ぶ。
「あ、あのー……よく、分からないんですけど、そんなにすごいんですか、クロエさんって?」
「タイランはクロエについてどれだけ、知ってるんだ?」
「はぁ……シルバさんの知人で、何度か組んだことがあって……後は、演奏が上手い人、でしょうか。酒場の演奏のお仕事で、時々ご一緒することがありますから……」
 なるほどなーと、これもシルバは納得する。
 とにかくやたら特技の守備範囲が広いのが、クロエなのだ。
 案の定、他の面々も口を挟んできた。
「に……? リフも、クロエしってた。盗賊ギルドで、手続き手伝ってもらったことがある」
「というか彼女、学習院にも出入りしていたが魔術師ではないのかい、シルバ?」
 ううむ、とシルバは唸った。
「……どう説明したものやら」
 強いて言うなら、クロエの職業は盗賊なのだが。
「多分、普通に言っても信じてもらえぬと思うぞ、シルバ殿」
「だよなぁ……」
 口で説明するよりも、実戦を見てもらった方が説得力があると思うシルバだった。


「今回の作戦は?」
 {墜落殿/フォーリウム}の入り口の一つで、シルバ達は最終の打ち合わせを始めた。
 メンバーはシルバ達六人に加え、クロエとカートンの八人だ。カナリーの従者二人は、影の中に引っ込んでいる(血を飲んで以来、昼間でも影に潜めることが出来るようになったらしい)。
「目的が救出なので、後方の人達の力は温存。可能な限り負担を減らす方向でいきたいですね」
 クロエの提案に、シルバは頷いた。
「うん、異論はないな。となると、キキョウ達に頑張ってもらう事になるけど、回復は必須だろ」
「それは当然。しかしそれも極力、節約したいので……」
 クロエは少し考え、それから結論を出した。


「――という訳で、ウチの後衛は出来るだけ動かない。その分、クロエ達に頑張ってもらう事になった。基本、こちらは前衛の三人。クロエ達はテースト……カートンとの二人が後衛として働く」
 そういう事になった。
 クロエは今回、双剣を使うつもりらしく、ワイヤーの手入れに余念のないカートンと一緒に少し離れた場所で準備している。
「あ、あのー……」
 遠慮がちに大きな鋼鉄の手を上げたのは、タイランだ。
「どうした、タイラン」
「クロエさんとカートンさんって、どれぐらい強いんでしょうか……? 私、ちょっとよく分かっていなくって……」
 そういえば、とシルバは思い出す。
 キキョウやヒイロはクロエの実戦を知っているが、タイランは知らないのだ。
 タイランの中では、酒場の演奏に時々参加する美人さん、という印象なのではないだろうか。
 ……演奏が上手いのは、呪歌をメインに使うならともかく、この際戦闘とはあまり関係ない。
「んー。強いというか……器用なんだよ、アイツは」
 シルバとしてはこう言うしかない。
「はぁ」
「ま、やってみれば分かるさ」
 口で言うより、実際、戦闘になった時の方が分かるというモノである。


 数時間後――{墜落殿/フォーリウム}第三層。
 ヒイロの目の前で、獰猛な巨大雄牛、アイアンオックスが後ろ足を蹴っていた。突進の前触れだ。
「ヒイロ君、後ろ脚の蹴り上げが三回目になったら左右に回避して下さい」
「うん!」
 三回目、と同時にヒイロは身を翻らせる。
 鋭い二本の角を持った黒い弾丸が、ヒイロのすぐ脇を駆け抜けていく。
 そして後方で、重い音が鳴り響いた。
 振り返ると、アイアンオックスの頭が壁にめり込んでいた。どうやら角が壁に突き刺さり、抜く事が出来ないでいるようだ。
「壁に激突したら、しばらくはお尻を向けた隙だらけになりますから、そこを確実に仕留めて下さい」
「らじゃっ」
 ヒイロは自分の骨剣を大きく振りかぶり、アイアンオックスの背中目がけて襲いかかった。


 一方、タイランは黒尽めの騎兵、デーモンナイトを相手取っていた。
 馬代わりの悪魔の動きも相当にはしっこいが、タイランも足の裏の無限軌道のお陰でかろうじてついていけている。
 何度目になるか分からない、重量級の衝突が生じた。
「タイランさん、大丈夫ですか」
「な、何とか……しのいでいます」
 デーモンナイトの大剣を斧槍で捌きながら、クロエの声に応える。どうやらヒイロの支援は終わったようだ。
「じゃ、回復薬投げますね」
 直後タイランの背で瓶が割れ、隙間から活力が流れ込んできた。
「た、助かります」
「タイランさんは、ひたすら防御に専念して下さい」


 魔導師を片付けていたキキョウに、クロエが声を掛けてきた。
「キキョウさん、{豪拳/コングル}掛けますから、デーモンナイトの攻撃担当お願いします」
「あ、ああ」
 呪文が効果を発揮し、キキョウの全身に力が満ちてくる。
 今なら鉄でも斬れそうだ。
 馬ならぬ悪魔上の騎士に向けて跳躍を仕掛け、キキョウは気付いた。
 遠くで後ろ足を蹴り始めている、三匹の雄牛がいた。
「まずい! またアイアンオックスが――」
 だが、彼らは突進と同時に派手に転倒した。
「――え?」
 キキョウは、とっさにクロエを見た。
 そのクロエは、戦場の隙間を駆け抜ける仲間に手を挙げた。
「トラップの仕込み、お疲れ様です、カートンさん。その調子でお願いします」
「あいよう」
 また新たな罠を仕掛けるつもりなのか、カートンはワイヤーを引っ張り出しながら、倒れた敵の影に潜り込む。
 一方クロエは足を止め、二本の指で印を切った。
「さて――{爆砲/バンドー}」
 指先から放たれた爆風が、カートンの罠で転倒させられたアイアンオックス達を直撃する。死にこそしなかったモノの、彼らは軽く通路を吹っ飛ばされた。
「全滅とまではいかないまでも、多少は削っておくと楽になりますからね。カートンさん、私はキキョウさんのお手伝いに行ってきます。しばらくよろしくお願いします」
「りょーかい」
 双剣を抜きながら駆け出すクロエに、モンスターの陰から声が響いた。
「っつーか、前ん時より人数少ないのに、圧倒的に楽ってどうなんだよ実際……」
 クロエには届かない声量で、カートンはボヤいていた。


 クロエはキキョウと共に、デーモンナイトに攻撃を仕掛け始めた。
 その様子を少し離れた位置で、シルバ達後衛の三人が見守っていた。
 危ないようならすぐにでも出られるように準備はしていたが、どうやらその心配は杞憂のようだ。
「ふむ……今のは居合だな。聖職者や魔法使いに加え、サムライスキルまで持っているのか……」
 カナリーは顎に手を当て、クロエの華麗な剣捌きに唸っていた。
 リフも同様のようだ。
「にぃ……速い。無駄ない」
「うん、盗賊や狩猟者スキルも持ってるからな。リフも参考にするといい」
「に。ためになる」
 シルバが帽子の上から頭を撫でるが、リフは目の前の戦闘に集中しているようだ。
 ふーむ、とカナリーは息を漏らした。
「なるほど、シルバが器用だという訳だ。しかし……問題がない訳じゃないな」
「というと?」
 ぴ、とカナリーの細い指先が、クロエの爆風魔法を食らいながらもヨロヨロと起き始めたアイアンオックスを捉えた。
「どれも、決め手に欠ける。攻撃ではヒイロに劣り、魔法もそれなりに範囲攻撃が使えるが一掃という訳にはいっていない」
「うん」
 まったくその通り。
 シルバが頷き、カナリーは肩を竦めた。
「……にも関わらず、戦闘はこちらに有利に進んでいるっていうのが、不思議だね」
「まあ、前提として、一回の戦闘で全力を注いでたら身体が持たないので、クロエがある程度、力を温存している部分もあるんだけど」
「うん、それは分かる」
「そもそも全部、クロエがやったら、ヒイロやタイランが経験積めないしな。クロエの今回の務めはメインアタッカーじゃなくて、前衛三人の{支援/サポート}だからああいうスタイルな訳だ。これが逆で、クロエが前衛だった場合は近接戦で無双状態になる。もちろん、後衛から豪拳や鉄壁の支援は受けてな」
「なるほど……器用な人だ」
 カナリーは少し迷った。
 このままだと、アイアンオックスが復活する。
 しかしシルバは動かないし、どうするつもりかと思ったら、急に敵の周囲に白い煙が吹き出し始めた。
 クロエはキキョウと共にデーモンナイトを相手取りながら、壁にめり込んだアイアンオックスを仕留めたヒイロに声を掛ける。
「カートンさんの仕掛けた煙幕です。アイアンオックスの足並みが乱れている内に、ヒイロ君」
「おうさー!」
 ヒイロは大きく骨剣を持った腕を掲げると、煙の中に突進していった。
 戦闘が終わったのは、それから五分後のことだった。


 休憩を取ることになった。
「さて、お疲れ様でした。回復掛けますね」
 クロエが印を切り、淡い青光がキキョウとヒイロを包み込む。
「本当に何でも出来るな、クロエ殿は」
「いえいえ、どれもこれも中途半端ですよ。広く浅くが私のモットーでして。まあ、シルバとはまるで逆ですね」
「確かに」
 唸るキキョウの隣で、ヒイロとタイランも頷き合っていた。
「不思議な感じだよねー。結構戦ってるのに、あんまり疲れた気になんないの」
「そう、ですね……シルバさんとは全然スタイルが違いますけど、自分の仕事に専念できるというか」
 少し離れた場所で地図を確認していたシルバに、クロエは近付いていく。
「評判は上々のようだな」
 地図から目を離さないままシルバが言う。
「私はいつも通りやってるだけですけどね。それに、後衛の人達は、現場に着いてからが本番ですよ」
「もうそろそろか」
「そうですね。ま、少し休憩してからもう一踏ん張りって所でしょう」


 大きな広間は、中央に天幕が設置され、さながら野戦病院のようだった。
 床に敷かれたシートの上に、十数人の怪我人達が横たわっている。
 聖職者や治療師達が、せわしなくその間の行き来を繰り返し、屈み込んでは傷の手当てを行っている。

「さすがに回復一発で終了って訳にはいかないな……」
 シルバも範囲回復術である{回復/ヒルグン}を唱え終え、呟いた。
 青白い聖光に包まれ、怪我人達の表情は幾分和らいだが、起き上がれる者はごく少数だ。
「そりゃ、それだけで済むなら、こんな大人数の救助隊にはなりませんよ。何しろ揃いも揃って、まともに歩けないほどの重傷ばかりですしね」
 クロエの指摘通り、中にはミイラ男じゃないのかと言わんばかりに包帯まみれの男もいた。
「うん、ま、ここまで温存させてもらったことだし、仕事するとしよう」
「ええ、よろしくお願いします」
 シルバは、呻き声を上げる重傷者に近付いた。
 動けない状態にある戦闘不能者の意識と活力を引き上げる『{復活/ヤリナス}』は、基本的に一人ずつにしか使えないのだ。


『復活』で魔力を使い切ったシルバは、部屋の壁にもたれかかって座り、一人マジックポーションを飲んでいた。
 そこに、布の鞄を持ったカナリーが近付いてきた。
「シルバ。こっちの方が効率がいいよ」
 言って鞄から取り出した薬瓶の中身は、市販のモノとやや色が異なっていた。
「お前の手製か」
「うん、精製してみた。これから、本部に渡しに行くところだったから、丁度よかった」
「ありがたくもらっとく」
 シルバはカナリーから、マジックポーションを受け取った。
「念のため、あと二本ほど持っとくといい。復活は魔力の消耗が激しいだろ」
「だな。正直助かる」


「さて……」
 回復したシルバは、部屋の隅に向かった。
 その一帯の石畳は強引に剥がされ、土がむき出しになっていた。
 そしてその土には、緑色の薬草や穀物の穂が所々生えていた。
「……えらい事になってるな、ここは」
「お兄」
 土いじりをしていた猫獣人ならぬリフが立ち上がり、とてとてとシルバに駆け寄る。
 そのまま、ぼふ、とシルバの腰にしがみついた。
「いや、言ったのは俺だけどさ。ここだけ農園状態だから面白いよなって話」
「にぃ。おくすり出来るまで、もうちょっと」
 頭を撫でられくすぐったそうにするリフの言う通り、土に生えている草や穂は、少しずつ成長していっていた。
 少し、といっても普通の草や穂に比べれば、遙かに成長が早い。
「毒消しに麻痺の除去、粥用の穀物……うん、種が無駄にならなくてよかったな」
「に」
 さすがに目立つ為、聖職者達が何事かと足を止めては、臨時農園を見ていた。
 シルバは小さな農園の横にしゃがみ込んで休憩している、タイランに視線を向けた。
「タイランも、石畳引っぺがしたりの力仕事、ご苦労さん」
「い、いえ……この状態だと、これぐらいしかお手伝い出来ませんから」
「に……そんなことない。リフ、助かった」
「『中』の力を使えば、もうちょっと効率がよかったんですけど……」
 タイランの『中』、すなわち人工精霊の力だ。
「ま、それはもうしょうがないってレベルだろ。わざわざお前の正体を晒すリスクをおかす事はないよ。その分は、こっちが頑張ってるし」
「に。タイランの分もがんばる」
「それにタイランは、ここまで戦ってきたんだし、むしろ少し休んどいてくれていいと思う」
「は、はい」


 怪我人の治療に戻ったシルバは、冒険者の折れた足を診察していた。
「これは{回復/ヒルタン}かな」
 回復は基本の術だけに、多くの聖職者が使えるが、{復活/ヤリナス}となるとそんなにはいない。
 という訳で、復活の術が使えるシルバは、こういう場合は他の聖職者に任せて、自分の魔力を温存するように言われていた。
「……治るか? 痛ちちち……」
「治りますけど、担当が来るまでもうちょっと待って下さいね。それまでの痛み止めに、ちょっとこれ使いますよ」
 シルバは眼鏡を掛けると、袖から小さく細い針を取り出した。
「……針なんて、どうするつもりだ?」
 冒険者は不安そうだ。
「痛みを抑えるポイントがありまして。そこを突けば、今より楽になるんですよ。東方の医術です」
「だ、大丈夫なのか、それ?」
「ええ。ほら、こんな具合に」
 シルバは、自分の指に針を突き刺した。
 痛覚のないポイントだし、血が流れないように刺したので、冒険者も安心したようだ。
「……分かった。やってくれ」
「ええ」
 人間の肉体は地水火風の四つから成り、シルバの掛けている精霊眼鏡はそれを見抜くことが出来る。実戦でとっさに刺す事はまだまだ難しいが、こうして落ち着いた状態でなら、霊穴のポイントを刺激することぐらいは可能なのだ。


 どうやら、怪我人の数も大分落ち着いてきたらしい。
 シートの周囲をノンビリ歩いていると、何だか見覚えのある小柄な鬼っ子が早足で動いているのを見つけた。
「……つーか、お前は休んどけって言ったような気がするんだが、ヒイロ」
 粥の器の載ったお盆を運んでいるヒイロを、シルバは呼び止めた。
「だってさー、みんな働いてるのに、自分達だけ休憩って何だか落ち着かないんだもん」「ま、働きたいんなら助かるけどな」
 言って、シルバはヒイロの髪をガシガシと掻き混ぜた。
「うん。あははくすぐったい」
「ほんじゃま、しっかり仕事してこい」
「うん!」
 軽く背を叩くと、ヒイロは駆け出した。
 ……こけたりしないだろうな、とシルバはちょっと心配になる。
 そんなヒイロの背中を見送っていると、不意に後ろに気配を感じた。振り返ると、キキョウが少し弱った顔で立っていた。
「シルバ殿。某にも何か出来ることはないだろうか」
 不安そうに、尻尾をゆらゆら揺らしながら訊ねてくる。
「お前もか、キキョウ」
「うむ。実際、もう疲れもなくなっていてな。退屈だからと眠る訳にもいくまい」
「それはさすがにな……」
 シルバはキキョウに出来そうな仕事を考えた。
 それからふと、前にキキョウが言っていたことを思いだした。
「ちょっと思いついたんだけど、キキョウは確か、幻術って使えたよな」
「む? うむ、目眩ましのようなごく簡単なモノだがな」
「じゃあさ、痛みだけ誤魔化したりとか、出来ないか?」
 シルバの問いに、キキョウはその意を汲んだ。
「……ああ、なるほど、麻酔代わりという訳か」
「うん。で、どうだ? 回復要員が回るまでの短時間だと思うけど」
「その程度なら、おそらく可能だと思う。やってみよう」
「そうか、助かる」
 しかし、キキョウはその場を動かなかった。
「うん?」
「や、シルバ殿。その、某の頭も撫でてもらえると、さらにやる気が出るのだが……」
 赤い顔をして言うキキョウに、シルバは唸った。
 ……どうやら、ヒイロにしていたのを見ていたらしい。
「……ちょっとだけだぞ」
「う、うむ」
 キキョウと一緒に広間の隅に移動する。
「じゃあ、頑張って仕事行ってきてくれ」
「う、うむ」
 嬉しそうに耳と尻尾を揺らす、キキョウだった。
「……何やってるんだい、君達は」
「わひゃうっ!?」
 いつの間にか近付いていたカナリーが呆れたように言い、キキョウは文字通り跳びはねた。


「大体終わったな」
「ええ、お疲れ様でした」
 広間の騒ぎも大分落ち着き、シルバはクロエと一緒にシートの外側を歩いていた。
「……にしても、妙に不自然な話だと思わないか? 今回の全滅の原因」
「そうですね。取り分を巡っての仲間割れ……らしいんですけどねぇ。どうも、その時の状況が酷く曖昧というか……」
「うん。一応はハッキリしてるんだけど、妙に不自然な感じがするんだよなぁ」
 冒険者達の話に、おかしな所はない。
 何かを隠している様子もない。
 ……が、どこか引っ掛かるモノをシルバは感じていた。
 んー、とシルバは唸った。
「女性冒険者達の失踪については?」
「おそらく無事だった女性達がパーティーを組んで、一足先に脱出したんじゃないかと」
「でも、それだと普通、ギルドに連絡が行くよな」
 シルバは、クロエの推測に一応、反論してみた。
「生きて脱出できていればの話ですけどね?」
「そりゃもっともだ」
 死んでたら、連絡もへったくれもない。
 冒険者なのだから、その可能性は当然ある。
「もしくは、人さらいが女性だけさらっていった線」
「それもありえるなぁ。何か聞いた話だとみんな美人だったらしいし」
「どんな美人か気になってます?」
「当然」
 シルバは正直に頷いた。
 男としては、美人と聞けば興味を抱くのは、そりゃ当たり前だ。
 というか、仲間割れを起こした冒険者のリーダーと一応、もし見かけたら……という名目で精神共有の契約は既に成立している。
 そして、記憶の一部を少々見せてもらった。
 実際、彼の記憶にある、いなくなった女性冒険者達は皆、そこそこの美人だった。
 ……まあ、タイランやカナリーには負けるけど。
「自分のパーティーで、あまりそういう事言っちゃ駄目ですよ、シルバ」
 笑顔のままのクロエの指摘に、ちょっとギクリとした。
「だーからー、一応ウチのパーティーは全員男だと」
「シルバがどう言おうと、不機嫌になる人がいるのは確かですからね」
「……う、うん?」
 何となく思いつく奴がいるにはいるが、深く考えるのはやめる事にした。
「……とぼけているのか、素で分かっていないのか微妙な所ですがさて。仲間割れを起こした彼ら、彼らを発見した冒険者、そして私達」
 クロエは一旦言葉を句切った。
「人さらいはありえます。つまり、救援を呼んだ冒険者が訪れる前に、誰かがこの広間に入り、取れるだけのモノを取っていった可能性」
「っていうか、高価な装備やアイテムが奪われている点からも、妥当だよな、それは」
「うん。自業自得ですけどね」
「確かに、取っていった連中の倫理観もどうかと思うけど、あまり同情は出来ないよなぁ……これ、被害届って出るの?」
「出ないでしょう。冒険は自己責任ですからね。彼らが犯人捜しに誰かを雇う線はあるかもしれませんが、それも含めて装備やアイテムの奪還は、自分達で落とし前を付けるはずです。今後の為にもね」
「だよなぁ……他の冒険者達に舐められるもんな」
 そういう意味では、積極的な犯人捜しなんて大きなお世話だろうし、そもそもシルバ達がそこまでしてやる義理もない。
 奪われたモノは、自力で取り戻す。
 でなければ、冒険者などやっていけない。
「――でも、俺達でも、その連中の目星は付けておいた方がいいと思う。あまり感心できる連中じゃないしな」
「しかし、どうやって? 装備やら何やら奪われてた時、彼らみんな気絶してたみたいですよ」
 そう言われると、頭を抱えてしまう。
「それなんだよなぁ……もし装備類を盗んだ連中を見つけたら連絡しますよって、あの冒険者連中のリーダーとは、精神共有の契約をしておいたんだけど」
「はい」
 地味に理由を変えたシルバだったが、特にクロエは何とも思わなかったようだ。
「……確かにその時の記憶はえらい曖昧で、よく分からん」
 美人冒険者の記憶と一緒に、仲間割れの時の記憶ももらってしまったのだが……。
「ちょっと私にも見せてもらえますか?」
「おけ」
 シルバは、クロエに情報を送り込む。
 諍いを起こす冒険者達。
 次々と倒れていく彼らを、斬り伏せていく剣士の一人。
 魔法使いの一人が紫電の魔法を放ち、さらにメンバーは減っていく。
「……うーん。何でしょう、このモヤモヤ感」
「だろ?」
 ちなみに手練れの剣士も雷撃使いの魔法使いも、ちゃんと冒険者達の仲には存在している。
 強いて言えば、妙にこの時の争いの時の、みんなの顔が薄ぼんやりと曖昧なのだ。この記憶はリーダーの主観であり、それも珍しくはない。
 だから、二人揃ってしっくりと来ないのだ。
 などと眉をしかめ合っていると、カートンが近付いてきていた。
「つーか、二人して何の話してるのさ」
「おう」
「えらく、そっちの剣士が気にしてたみたいだぞ」
 カートンは少し後ろで様子を伺っていた、キキョウを指差した。
 聞こえていたのか、ピンと尻尾を立てて、駆け寄ってくる。
「そ、そそそ、某はそんなつもりはなくてだな。ただ、二人して難しい顔をしていたから、何の相談をしているのかと……」
「それを、気にしてるって言うんじゃねーか」
 シルバは言い合う二人に、事情を説明した。
 すると何事かと、他の面子まで集まってきた。
「そういう事なら、オレとかこっちの子にも見せろよ。盗賊が三人もいたら、何か手掛かりが分かるかも知れない」
「に」
「そういう事なら、僕らも一緒させてもらうかな。ねえ、ヒイロ、タイラン」
「だねー。何も分からないかもしれないけど、もしかしたらって事もあるし」
「は、はい……何かお力になれるかもしれませんから……」
「んじゃまあ……」
 シルバは、全員と記憶を共有してもらう。
 基本的に精神共有は、人数と距離で送受信の情報量に違いが出て来る。
 とはいえ円陣が作れるほどの距離なら、七人程度なら特に過不足なく情報を共有する事は出来た。
 ……ただ、ほぼ結局全員が、同じように難しい顔になっただけに過ぎないが。
「……これ、認識偽装か?」
 ボソリ、とカナリーが呟いた。
「え?」
 シルバが訊ねると、カナリーは軽く首を振って苦笑した。
「いや、単なる思い付きなんだ。古い吸血鬼のお話なんだけど、合意じゃない吸血を同じ相手に行う時に、毎回記憶を奪っていたっていうのがよくあるんだよ。でないと、家の人間に警戒されるからね」
「夜這いみたいですね」
「夜這いそのモノだよ」
 クロエの言葉に、カナリーは即答した。
「そうか夜這いか」
「……夜這いだね」
 シルバがしみじみ言い、カナリーは白い頬をわずかに赤らめた。
 ジトーっとしたキキョウの視線をスルーし、小さく咳払いをする。
「でまあ、それがばれて、ハンターを呼ばれてしまう。ハンター対吸血鬼の戦い、と」
「それもまた、古典だねぇ……ただ、話の中心はそれじゃなくて認識偽装。僕ら吸血鬼や淫魔、夢魔のような魔族なら、よくやる手なんだ」
「彼らもそれを受けていると?」
「何か、そんな臭いを感じたんだけど……同族でもない限り、ちょっと分からない感覚だと思う。シルバ、ちょっといいかい」
「あ、ああ」
 シルバの額に、カナリーの指が当てられた。
「うん、この方がやりやすい。認識偽装にカウンターを当ててみる」
「何それ?」
「認識偽装は一瞬の催眠術だからね。それを解くって事。シルバ、僕の目を見て」
「りょ、了解」
 シルバは、カナリーと目を合わせた。
 ……やはり、相手が女性だと分かっていると、これは妙に緊張してしまう。
「何だか妖しい雰囲気ですねぇ」
「うぅー」
 ニコニコしながら言うクロエに、握り拳を作るキキョウ。
 次第に、記憶を共有していた全員の脳裏に、ある映像が浮かび上がってきた。
 自分を見下ろす、青年の姿だ。
「ん、誰か出てきた?」
「ちょっとボンヤリしてて、分からねーな」
 見下ろされているのは、冒険者のリーダーが床に這いつくばっているせいだろう。
 部屋が薄暗いせいか、顔も服装もやはり薄ぼんやりとしか分からない。
 柔和そうな……眼鏡を掛けているのだろうか。貴族的な身なりの青年……のようだ。
「にー……?」
「どうした、リフ」
「に……この人見覚え、ある、かも」
「え?」
「前、お仕事のとき、見た……と、思う」
「……ちょっと、それ、思い出してくれるか? 全員また、共有してもらうぞ」
 それは、リフが新米パーティー『ツーカ雑貨商隊』の手伝いをしていた時の記憶だった。店先でのやり取りだ。

「わぁ、可愛い店員さん。二人もそう思わない?」
「いいえ、貴方の美しさには敵いませんよ、**さん」
 豪奢なマントを羽織った、金髪紅眼の眼鏡青年が柔和な笑みを浮かべる。
 リフには彼が、吸血鬼である事が分かった。
 一方**と呼ばれていた黒髪の青年も頷いていた。
 こちらも人間ではない、とリフは直感で感じた。見かけは人間だけど、ちょっと違う。
 登場人物は三人。
 リフの記憶が解けると、シルバとカートンは何か見覚えのある奴がいた事に、顔を見合わせた。
 カナリーは、苦虫を噛み締めたような顔になっていた。
「……クロスだ」
「クロス?」
「僕の腹違いの弟で{半吸血鬼/ヴァンピール}だ……なるほど。なるほど、女性の失踪……アイツならすごく、ありえる話だ」
 カナリーは、パーティーのメンバーに語り始めた。
「クロス・フェリーは、僕の父と人間の母親との間に生まれた子供だ。{半吸血鬼/ヴァンピール}という生まれだけに、家督を継ぐ事は難しいだろう。しかし、正直僕よりもよほど吸血鬼らしい」
「どういう意味で?」
 シルバの問いに、カナリーは軽く肩を竦めて自嘲した。
「悪い意味で。古い時代の吸血鬼タイプというか、大抵の人間を餌としか見ない点とかね……今の時代の吸血鬼は、人間の血を妄りに吸う事は許されないんだ。好き放題にしておくと、人間滅びるしね。吸血鬼には吸血鬼のルールが存在するんだ。最低でも相手の同意が必要だし……」
 シルバと目が合うと、カナリーは慌てて目を逸らした。
「……眷属にするならそれこそ、無責任な真似は許されない。使い捨てで人間の血を吸う事なんて、許されないんだ。そうした吸血鬼には、それなりの制裁が待っている」
「という事は」
「うん。知ってしまったからには、僕も本家の人間として報告せざるを得ない。流れとしては、本家から捕縛の為、誰かが派遣される」
 ふぅ……と、カナリーは重く息を吐き出した。
「もしくは、僕に捕縛命令が下される。むしろ、こっちの方が濃厚だね」
 話が終わると、シルバはカートンと顔を見合わせた。
「……そのクロスってのを捕まえるのは手伝うとして」
「……ノワちゃんが絡んでるのかぁ。何て因縁なんだか」 
 は、とカートンは今の子供の姿には相応しくない、力ない笑みを浮かべた。
「手伝うか、カートン」
「冗談。あの子と会ってからオレの運、ガタ落ちなんだぜ。もー、関わるのはゴメンだね」
「ま、こっちはそういう訳にはいかなさそうだけどな」
 当然、シルバはカナリーを手伝う気でいた。
 しかし、それを遮ったのはカナリー自身だった。
「いや、シルバ。これは僕の家の個人的な問題だ」
「お前とクロスって奴はな」
 シルバの言葉に、ヒイロが同調する。
「だよねー。一対一ならともかく、向こうにも仲間がいるんでしょ。こういう時は、助け合ってナンボだよ」
「いや、しかし……」
 カナリーは何か言いたげに、シルバに視線を送ってきた。
 どうやら、個人とかパーティーとか、そういう事とは別に何か、問題があるようだ。
 精神念波で話をしてもよかったが、何となく厄介そうな雰囲気をシルバは感じた。
「ま、その話は戻ってからにしよう。とにかくあちらのリーダーさんにも報告する必要はある」


 自分達に掛けられていた認識偽装を解かれ、襲撃されたグループのリーダーは、悔しそうに頭を掻きむしった。
「……ああ、そうだ畜生。どうして今まで、思い出せなかったんだ」
「ウチの仲間に言わせると、吸血鬼の催眠は相当強力らしいですからね。弱っている時にやられると、たまらんそうです」
 カナリーは、他のメンバーに掛けられていた暗示を一つずつ解いていっている。
「……とにかく、礼を言うぜ」
 シルバとリーダーは力強い握手をした。


 手加減抜きで握られた手を振りながら、シルバは壁際に移動した。
「礼より、出来れば現金とかの方がよかったんだが」
「超俗物な発言ですね、シルバ」
 溜め息をつくシルバに、クロエは苦笑いを浮かべた。
「お前の見立てではどうなると思う? 俺ならギルドに報告してそっちに任せるけど」
「あの様子だと、むしろ私刑になりそうですね。……ギルドに言っても、何せ現状、証言だけですから、すっとぼけられるかも知れません」
「ま、吸血鬼のしきたりってのもあって、こっちはこっちの事情で動くって事だけは念のため、伝えておいたけどな」
 どちらが解決してもいいけど、かち合うのだけは避けたいなと思うシルバだった。


 それから、回復したグループの連中と一緒に、シルバ達は奥の施設の探索を行う事となった。
「見えないところよりも見えるところに気をつけろ。そういうところは警戒が薄れるから、むしろあからさまに罠が張ってあっても気付かなかったりするんだ」
「に」
 小さい金髪少年のアドバイスに、小さい獣人の子供は熱心に頷きながら、罠の確認を済ませていく。
「ま、遺跡ん中はほとんど空っぽいけどなー」
 トラップのチェックに余念のないリフを眺める金髪少年、カートンはボリボリと頭を掻いた。
「根こそぎか」
「いんや、シルバ。そもそも金になりそうなモノが少なそうな臭いっつーか……重要なモノは。数点。その数点がなくなったって感じ? ま、勘だが」
「お前の勘はこういう時、洒落にならないからなー。何かの工房か……」
 シルバは、石造りの施設を眺め回した。
 相当に広い……はずなのだが、今はもう『死』んでいる石製の実験装置の数々がとにかく雑然としていてどこか手狭な印象を受ける。
「シ、シルバ殿。そろそろ某達は動いてもよろしいか」
 後ろで待っていたキキョウが、遠慮がちに声を掛けてきた。
「ん、ああ、悪い。問題ない」
「お金になりそうなモノはホント、なさそうだなー。まああっても、あっちのリーダーが持っていっちゃうんだけど」
「にぃ……」
 ひょいひょい、とカートンとリフは軽い足取りで施設の奥へ奥へと進んでいく。
 その後ろをシルバ達はついていった。

 やがて、シルバ達は、何だか手術室をイメージさせる場所についた。
 石製の寝台に、照明だったとおぼしき装置群。
 傍らには文字の刻まれた大きな石板が設置されていた。
「……うん、何かの説明書か?」
「読めるのか、シルバ殿」
「魔法の師匠だった人が、古代の魔法使ってて、その関係で少しだけな。んー……」
 眉をしかめるシルバに、タイランも横から石板を覗き込んできた。
「……ちょっとまずいモノかもしれませんね、シルバさん」
「お。タイランも読めるのか」
「は、はい……父の研究にはそういうモノも含まれていましたから……」
「それで、まずいとは?」
 キキョウの問いに、シルバは難しい顔で頷いた。
「うん。人造人間の工房だったみたいだけど……その、何だ。問題があって、起動見合わせてるとかかんとか……駄目だな。こういうのは、素人が中途半端に解読しても、ロクな事にならない。学習院で古代語専門の人に解読してもらった方がいい」
「先輩。メモ取るより、直接持って行った方がいいんじゃない?」
 石板は、何かに固定されていた訳ではなかったらしく、あっさりとヒイロが持ち上げた。
「っておいヒイロ。お、重くないか?」
「へーきへーき」
 {鬼/オーガ}族の膂力では、ラージシールドほどある石板も、それほど大した重量には感じられないらしい。
 ただ、シルバとしては、割れないようには気をつけて欲しいなと思う。
「ま、持って帰れるかどうかは、リーダーさんの許可次第だな」
 一見するとそれほど価値もなさそうだし、大丈夫だろうと踏むシルバの背後で、何やら唸り声がしていた。
「むうぅ……」
 振り返ると、キキョウが腕を組みながら何か考え込んでいた。
「どうした、キキョウ」
「某の役に立てる仕事がない……」
 シルバが問うと、へにゃり、と耳と尻尾が垂れ下がった。
「いや、ここに来るまでで充分役に立ってるし、帰りもあるし」
「…………」
 シルバのフォローにも、納得がいっていないのか。やはりキキョウは元気がなかった。
 ……地上に戻ったら、ちょっとフォローがいるかな、とシルバは考えた。


 地上への帰還は、それほど難しくなかった。
 半日ほどで{墜落殿/フォーリウム}を出たシルバ達一行は、救助したグループの面々とも別れ、自分達の集会場所『弥勒亭』に戻った。
「報酬は微々たるモノですが……」
 クロエから、金袋をもらう。
 仕事が一段落し、既に部屋の中は宴会ムードだ。
「ま、あの石板次第だな」
 喧噪の中、シルバは自分のすぐ後ろの壁に立てかけられてある石板に視線を向けた。
「アレに、それほど価値があるようには思えませんけど」
「どうだろうな。案外、モノになるかもしれないぞ」
 コン、とシルバは石板を叩いた。
 その音は、鉱物に詳しい山妖精が聞けば「ほう」と頷くいい音がしていた。


※とりあえずリタイヤPT編終了。
 次は久しぶりに学習院で、先生の出番です。
 あと、何人かのフォローとか。
 ……三日も間隔が開くと、ずいぶん久しぶりという感じですね。


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