風を感じて、シルバは目を覚ました。
空はまだ暗く、眠気が頭を薄ぼんやりとさせていた。体内時計が、普段起きる時間より早い事を示している証拠だ。
そして、そのシルバを見下ろす、猫耳猫目の幼女。帽子は取られ、白金髪は後ろで束ねられている。
「にぃ」
「…………」
さて、どう突っ込もう。
そう考えていると、壮年の男が反対方向からシルバの顔を覗き込んだ。
「姫が起こしに来たのだ。起きろ、シルバ・ロックール」
「ぬおうっ!?」
たまらずシルバはベッドから転がり落ちた。
「にぃ……お兄、父上の声で起きた」
猫耳幼女――リフは無表情だが、どこか残念そうだった。
「おのれ……貴様」
そして拳を握りしめる壮年の男は、リフの父親、フィリオだ。精霊砲を放つ気なのか、手の平をシルバに向けようとする。
朝っぱらから、命の危機だった。
「ち、違う……! そういう意味で起きたんじゃない!」
別に、フィリオの声に応えた訳ではなく、単に驚いただけだという事を、シルバは懸命にリフに説明した。
落ち着き、シルバは椅子に座った。
「というか、どこから入ってきたんだ、二人とも」
ちなみにアパートのこの部屋は、三階である。
「「窓」」
モース霊山の親娘は声を揃え、開けっ放しになった窓を指差した。
鍵の部分に何やら細い蔓が巻き付いている。おそらくそれが、親娘の不法侵入を許した原因なのだろう。
「……うん、盗賊らしくて素敵だけど、この社会では基本的に扉が出入り口なんだ。覚えておこう」
「に、おぼえた」
「つまりだ、姫。コイツは更なる解錠技術を覚えろと言っているのだ」
「に、がんばる」
ぐ、と拳を握りしめるリフであった。
「……言ってないから。それに、いくら何でも早起き過ぎるから」
「にぃ……今度から、もっと遅い方がいい?」
「んんー……そうだなぁ、起こしに来てくれるなら、あと一時間欲しいかも」
「に。ならお兄、もう少し寝る」
リフは乱れたベッドの毛布を整え始める。
「いやいや、いいって。せっかく起きたんだし、出掛ける準備するよ」
「に」
「そうか」
しかし、リフとフィリオはその場から動こうとしなかった。
…………。
「あの、着替えたいんですが」
おずおずと切り出すと、フィリオは怪訝な顔をした。
「着替えればよいだろう。何故、躊躇っている」
「着替えを見られたくないんですよ!?」
寝室から親娘を追い出し、司祭服に着替えを済ませる。
書物だらけのリビングに出ると、リフは興味深げに部屋を見渡し、フィリオは椅子に腰掛けて分厚い書物を開いていた。
「何読んでるんですか?」
ふん、とフィリオは応えた。
「精霊に関してだ。人間も、なかなかよく勉強しているようだな」
ああ、それかとシルバは思い当たった。
教会で昏睡から目覚めて、図書館から取り寄せた本だ。
「タイランの好物とかも、それで調べたんですけど」
「まあ、間違いではないな。水の気が強い精霊は、水そのモノや植物を好む。味つけは無しかあっても薄味。料理人にとってはあまり、腕が振えない相手だ」
「……普通の料理人はあんまり精霊相手に料理振るったりしませんよね」
「うむ。ともあれ、この本は悪くない。目を通しておいて損はないぞ」
「……著者も霊獣から褒められたと知ったら、狂喜乱舞してたでしょうね。もう死んでますけど」
「ふん、人の寿命は儚いモノだ。それで今日の、神殿に行くという約束だが」
そもそも、フィリオ達が朝駆けで訪れたのは、それが理由だった。
前の事件で、シルバ達は龍魚の霊獣を助ける事となった。
その龍魚を崇める精霊信仰の一団が、一言礼を言いたいという事で招待を受けていたのだ。
パーティーのリーダーであるシルバが昏睡状態に合った為、保留になっていたがようやく、という話になっていた。
とはいえ、なるべくシルバも普段の生活ペースを崩したくない。
「まずは、教会のお務めを済ませてからですね」
朝食を食べて、それからみんなと向かうつもりだった。
「しかし……」
むぅ、とフィリオは唸った。
「何でしょう?」
「お前は教会の人間だろう。余所の神殿に赴いてよいのか?」
なるほど、それはもっともな疑問だった。
「その為の折り合いを付ける為の施設がこの都市にはありますからね」
シルバは説明した。
この世界には、シルバ達が信仰する一大宗派・ゴドー聖教の他にも、死生観を重んじるウメ教や、東方に多い精霊宗教のムゼン信仰、その他数多の民間信仰が存在する。
国によって、重んじられる宗教は違うのだが、ここ辺境都市アーミゼストでは、種族と同様に宗教も混然としている。
特にゴドー聖教のような一神教は、他の神を受け入れがたい部分もある。
そこで、セルビィという宗教家がこの地に作ったのが、セルビィ多元領域、通称セルビィ神殿である。
この領域は、神の作ったこの世界と別の世界が重複しており、つまり『どんな神もいる領域』というお題目が成立している。
よって、この神殿ではゴドー聖教やその他神々の存在が、すべて許されているのだ。よって、異教同士の交渉の場として重宝され、また様々な宗教の信者が出入りするこの施設は、聖職者ギルドとしても機能している。
「……何ともデタラメな施設だな」
自身崇められる対象である山の霊獣フィリオとしては、呆れるしかないと言った所だろう。
しかし、シルバは多元領域がそれほど嫌いではない。
「いいんじゃないですか? 宗教同士で喧嘩するより、ずっとマシです」
「人間とはまったく、妙な事を考える」
構ってもらえないのが寂しいのかいつの間にか、リフがシルバの裾を掴んでいた。
「ところでリフ」
「に?」
「気になってたんだけど、変わったベルトしてるよな」
頭を撫でながら、聞いてみた。
何だかやたらバックルが大きいベルトだった。
「に、せんせえにもらった」
「…………」
シルバは微妙な表情で、フィリオを見た。
「事実だ」
仕方ないという風に、フィリオは頷いた。
何となく二人とも、こと相手がストア・カプリスとなると心が通じ合っている部分があった。
「変な呪いとか、なかったですよね?」
「君はもう少し、師匠に敬意を払うべきだな。かなり難しいと思うが。第一、姫にそのような事をされたら、さすがに我も黙っておらん」
「ま、そりゃそうですね」
危険はないだろう、とシルバも判断した。
「で、先生が作ったって事は普通のベルトじゃないよな、それ」
「に、すごいの」
ちょっと得意げに、リフは言った。
「具体的には?」
「へんしん出来る」
「……へんしん?」
「に」
リフは少し後ろに下がると、ポーズを取った。
「へんしん」
言うと同時に、リフの体は光に包まれた。
「な……!? リ、リフ!?」
パサ、とリフは服を残して消失した。
「にぃ……」
服の中から、鳴き声が漏れる。
モソモソと蠢き、中から出てきたのは白い仔猫だった。
「こ、仔猫になった……!?」
にぃ、と鳴くリフを、シルバは持ち上げた。
「シルバ・ロックール。仮にも剣牙虎の姫を、猫呼ばわりするな」
「に、リフはかまわない。小さいから、あちこち侵入できる。盗賊、そういうのだってせんせえ言ってた」
精神共有のお陰で、会話に支障はない。
「な、なるほど……」
ただ一番の動機は、面白がっただけのような気がするシルバだった。
「そういえば、フィリオさん」
リフを見て、ふとシルバは思い出した。
「何だ?」
「リフのお兄さん達って、どうしたんですか? 山に置き去り?」
手の中で、リフを撫でながら、シルバは訊ねた。
フィリオはうむ、と頷く。
「言い方が悪いが、そういう事になるな。正確には、我に無断で山を下りた罰として、100日ほど強制修練の刑に処している。我を崇める森妖精達の監視付きだ。今度はそうは簡単に、逃げられん」
「に。たまには会いに行く」
「……うむ」
その後どうするかは明言しなかったが、おそらく一緒に暮らすのだろう。
「なるほど。で、リフはその姿から元に戻れるのか?」
手の平に乗せたリフに、シルバが聞いてみると、フィリオがすかさず突っ込んだ。
「元という意味では、その姿が本来の姿なのだが」
確かにその通りである。
「獣人系という意味で」
「もんだいない」
「……そういえば、ふと疑問に思ったのですが、何でリフは獣人で、フィリオさんは人間なんですか?」
「お前の師匠である白い魔女の話では、盗賊ならば感性や敏捷性を重視して、そちらの方が良いという話なのだ。その点は、我にも異存はない」
「はー」
一応考えてはいるんだな、と思うシルバだった。
「もっとも、一番の理由はむしろ、我がこの状態で耳や尻尾があっても気持ちが悪いからだ。ドン引きだ」
「……た、確かに」
想像してみた。
街を歩いていたら、確実に警吏に職務質問されそうだ。
「じゃあ、そろそろリフ。元の格好に戻ってくれるか?」
手の上のリフが、申し訳なさそうに身動ぎした。
「にぃ……それが、このへんしんの悩み所。リフ一人じゃ無理。ベルト、も一回巻かないと」
「ベルトって……」
リフは、自分の服を振り返った。
「その服の中」
「我が取る」
フィリオが疾風の勢いで椅子から立ち上がり、リフの服の中からベルトを取りだした。
それを預かり、床に置いたリフの小さな胴に巻き付けた。かなり帯が余るが、これはこれで問題ないらしい。
「これでいいのか?」
「に。も一回、へんしん」
一瞬光が迸り、リフは元の獣人の姿に戻った。
一糸まとわぬスレンダーな肢体が露わな姿――すなわち全裸で。
「なっ……!?」
一瞬身体が強張る、シルバ。
「見るな、ロックール!」
「ちょっ!?」
フィリオが手を突き出すのを見て、とっさにシルバは身を屈めた。
直後、上半身のあった部分を強烈な精霊砲が貫いた。
精霊砲はそのまま窓を突き破り、夜空へと消えていく。
「姫、早く服を着ろ!」
フィリオは慌てて、リフにコートを羽織らせた。
「に?」
リフはまるで分かっていなかった。
「あ、あんた、俺の着替えの時と言ってる事が全然違うじゃないか!?」
「当たり前だ!」
尻餅をついたまま抗議するシルバを、フィリオは怒鳴りつけた。
直後、ノックの音が響き、合鍵を使ってキキョウが入ってきた。
「シルバ殿、今日は神殿に赴くという事で起こしに……」
全裸のリフ。
何とかコートを着せようとするフィリオ。
そして尻餅をつくシルバ。
――一瞬、部屋の空気が硬直し、キキョウの悲鳴が早朝のアパートに響き渡った。
セルヴィ多元領域。
無数の世界が重なり合っている領域……とされている巨大な神殿は、聖職者ギルドを兼ねている。
神殿自体は、どこの宗教にも重ならないように、一切の浮き彫りが禁じられている。造りも飾り気がほとんど無い。
ただ、行き来する人間の服装が、多彩な宗教衣装なのが、特徴的だ。
そんな建物をフィリオを加えたシルバ達一行は、訪れていた。
龍魚の霊獣を助けた一件で、その礼をしたいと霊獣を崇める団体からお呼ばれされたのだ。精霊宗教として大きいムゼン信仰の一派だという。
「はー、神殿ってこんな風になってるんだ……」
物珍しげに、ヒイロは神殿を眺め回していた。
石造りの通路は数十メルトほどの幅があり、天井は呆れるほど高い。
「……ここは一般的な神殿じゃないから、あんまり参考にはならないぞ」
「どの宗教にも当たらない宗教施設っていうのも、珍しいですよね……」
タイランが、そんな感想を漏らす。
「カナリーも来ればよかったのに……」
ヒイロは少し残念そうだった。
「宗教チャンポンといえど、神の住む場所だろう? 特に害はないと思うけど、気分的にあまり入りたくないね」
という理由で、カナリーだけは、今回の招待に参加しなかった。
「……ま、こればっかりはしょうがないだろ。キキョウ、龍魚の団体って、どの部屋か分かるか」
シルバは肩を竦め、キキョウに訪ねた。
「うむ、以前訪ねた時と、同じ部屋だ」
キキョウの足取りに迷いはない。
以前も同じ用で呼ばれたのだが、パーティーのリーダーであるシルバが昏睡状態に合った為、これまで保留にしてもらっていたのだ。
「に、おさかな」
何となく嬉しそうなリフの頭に、シルバは手を置いた。
「……変な方向に興味持っちゃダメ」
「にぃ」
まあ、食べないとは思うが、それでもちょっと心配なシルバだった。
シルバ達は、大きな部屋に入った。
龍魚を信奉する一派達の、神殿だ。
どこからか陽光が入り込んでおり、側面と奥の壁からは緩やかに水が流れ、周囲の壕をたたえている。
何となく、晴れた日の川をイメージさせる部屋だった。
彼ら本来の神殿はこの建物とは別の場所にあるはずだが、ここも充分に立派と言っていい規模だろう。
神殿には、二人の若い巫女がいた。左右に五人ほどの信者が、正座で控えている。
「お待ちしておりました」
「主様がお待ちかねです」
二人は口を揃えた。
「「我が主、龍魚の霊獣、リンド様です」」
奥の壕に魚影が浮かび、やがて緩やかに甲冑のような鱗に包まれた魚が出現した。
大きさは一抱えほど。
その瞳は、シルバ達の知る魚類とは異なり、知性の輝きを宿していた。
緩やかに空中を泳ぎ、龍魚リンドはシルバ達の前で滞空する。
「パーティー『守護神』のリーダー。ゴドー聖教の司祭、シルバです」
リンドは無言。
どうやら、巫女二人が精神共有で、リンドの言葉を代弁するらしい。
「ねえねえ、喋れないの?」
シルバの背後に控えていたヒイロが、タイランの鎧を軽く叩いた。
「はい?」
「霊獣って、喋れるモノだと思ってたんだけど」
その視線が、フィリオに向けられていた。
フィリオは正面を向いたまま、ヒイロに応える。
「霊獣も様々でな。彼女はまだ若い。もう少し年を経れば、全体念話が使えるようになるが、まだ足りん」
言って、袖から手を出した。
「我が手を貸してやろう」
フィリオの掲げた手が輝き、シルバ達の頭に直接声が響き渡る。
『あ……え……?』
戸惑ったような声は、龍魚リンドのモノだ。
「これで代弁者の必要はないだろう」
フィリオは表情を変えないまま、そう呟いた。
だが、収まらないのは、リンドの信奉者達だった。
「わ、我が主に何と不遜な!」
「礼儀を弁えぬ奴!」
彼らが崇める存在に、問答無用で怪しげな術を掛けられたのだ。憤るに決まっている。
二人の巫女が声を上げ、周囲の信者達が槍を手にシルバ達を取り囲んだ。
フィリオは、リンドを見据えた。
「……何とか言ってやれ、娘」
「よいのです。お下がりなさい、ティー、ヘレン。皆も同様です」
落ち着いた声で、リンドは命じた。
「……リンド様!?」
ティーとヘレンと呼ばれた二人の巫女が、動揺する。
しかし、龍魚は微動だにしないまま、彼女の信奉者達に説き続ける。
「その方は私などより遙かに徳を積まれている方です。決して手出しはなりません」
「は、はい……」
ティーが手を上げるとフィリオ達を囲んでいた槍の穂先は引っ込み、信者達も元の場所に戻っていった。
「すまんな」
申し訳ないなど欠片も思ってない風情で、フィリオが言う。
「いえ……お初にお目にかかります。水龍ミサクの娘、リンドと申します」
「フィリオ・モース。今は、そう名乗っている」
ざわ……と、周囲の空気が騒然となった。
「フィリオ……」
「モースって……」
ティーとヘレンも顔を見合わせる。
だが。
「探るな」
フィリオの一言で、部屋は即座に沈黙した。
「そして語るな」
「「は、はい!!」」
二人の巫女は直立不動で、返事をした。
「それに我は今回の主役ではない。構わず話を進めよ」
「はい。ありがとうございます」
リンドは、シルバを見た。
「この度の件、皆さんには大変お世話になりました」
「いや……その、それは単なる偶然だったんですけどね。別の目的で動いていて、たまたまだっただけで」
その辺の事情は既に、リンドを巫女達に返す際、キキョウが説明を済ませていた。
「くすっ……それでも、助けていただいた事には変わりありません。何かお礼がしたいのですが……」
「それですけど、先程の理由もあって特に何もないんですよ」
それについては、他のメンバーとも相談を済ませていた。
そもそも、どういう事が彼らの出来るのかも分からない以上、お金をせびるのも何だか下品な気がする。という訳で「ま、いいんじゃない?」というえらくアバウトな結論が、シルバ達の出した答えだった。
「では、こちらで用意させていただいたモノでよろしいでしょうか」
龍魚が促し、ヘレンが平たい箱を持ってきた。どことなく顔が強張っているのは、シルバ達の後ろにいる『フィリオ・モース』の存在が大きいのだろう。
「これは……」
シルバが声を上げる。
開かれた箱の中には、一塊の透明な石が置かれていた。
「精霊石ですね」
タイランは一目で見抜いた。フィリオも感心したようだ。
「……ほう、中々よいモノだな。娘、お前が精製したモノか」
「恐縮です」
「手に取ってみても、いいんですか?」
シルバの問いに、リンドは軽く尾を振った。
「どうぞ。それは貴方達のモノです」
シルバは精霊石を手に取ると、陽に透かしてみた。
「きれー」
ヒイロが感心したような声を上げる。
「……何か、動いてるのが見えるけど」
シルバは石を通して、何やら細くうっすらとした筋のようなモノが、何本も揺らめいているのを確認した。
フィリオはシルバと石を交互に見、ふむと頷いた。
「大気の精霊だな。純度の高い精霊石ならば、それぐらい透けて見えて当然だ」
「……仮面をつけてた時も、そういえば見えていたような気がする」
「ああ、例の仮面も精霊の力があるのならば、同じ力が備わっているのも道理。もっともあの力は強力すぎて、精霊の存在自体が『当然』過ぎるだろうが」
よく分からなかった。
シルバの表情が読めたのか、フィリオが補足する。
「……つまり今、お前は人の目を通して精霊を認識しているが、我や姫のように当たり前のように精霊を認識しているのとは違うという事だ」
それから唸り、
「例えるなら、異国の地にいきなり踏み込むようなモノだ。我らは精霊など珍しくもないが、お前達はあらゆるモノが新鮮であろう。そのような認識でよい」
かなり大雑把に説明を結論づけるフィリオだった。
「……まあ、こういうのはカナリーの分野だな」
さすがに、くれた人(?)を前に、どう扱うかを相談出来るほど、シルバの神経は太くなかった。
「ありがとうございます」
素直に礼を言う。
「いえ……当然の礼ですから。他に何か私達に出来る事はありますか?」
少し考え、シルバは頷いた。
「そうですね……じゃあせっかくなので、伺いたい事があります」
「何でしょう」
「貴方を掠った連中について、聞きたいかなと……」
フィリオは懐からコインを取り出した。トゥスケルという『知的好奇心の集団』の証だ。
「なるほど……しかし、私もよく憶えていないのですが……」
どことなく申し訳なさそうに、龍魚は頭を項垂れた。
「憶えている範囲で結構ですので」
「分かりました。この状態で話すよりも、文書でまとめた方がよいかと思います。それでよろしいですか?」
「助かります」
それから控えめに、巫女の一人、ティーが割って入った。
「リンド様、そろそろ……お体に触りますから」
「はい。それでは皆さん、ごきげんよう……」
こうして、龍魚リンドとの面会は終了した。
龍魚の神殿を出て、フィリオはヒイロがジッと、自分を見上げているのに気付いた。
「……何だ、娘?」
「いや、うん、すごくえらい人だったんだなーって、改めて思っただけ」
「……お前はもう少し、霊獣について勉強するべきだ」
「リフちゃんの相手をしてる時と、全然違うし」
「ぬう……」
唸るフィリオ。
二人の会話は、他のみんなには聞こえていなかったようだ。
なお、もらった精霊石をフィリオに加工してもらい、シルバがあるアイテムを得るのだが、それはまた別のお話。