「やっつける!」
目に炎の赤を宿し、ヒイロが突進する。
螺旋獣ヤパンは全身からあやしい紫の光を明滅させるが、ヒイロの爆走は止まらない。
「催眠は効かないようですね……が」
ヤパンは頭部のドリルの回転を休める。
その先端が大きく二つに分かれ、ハサミ状に変化した。
「どりゃああああっ!!」
ヒイロの跳躍からの振り下ろしが、ヤパンの頭部を捉える。
固い金属質の音が響き、火花が散ったかと思うと骨剣はヤパンの頭に食い込んだ。
骨剣の刃はそのままヤパンの身体に柔らかく呑み込まれ、ヒイロの身体が頭部のハサミに挟み込まれてしまう。
「こちらも、物理攻撃はあまり効かないのですよ」
液体状魔法生物の面目躍如であった。
「ぬううううぅぅっ!!」
だが、顔を真っ赤にしたヒイロは、そのハサミを両腕の力だけで開こうとする。
そして、ギギギ……と軋む音と共に、少しずつハサミが開いていく。恐るべき怪力であった。
今のヒイロは、敵の殲滅しか頭にない状態だった。
「っ……!? ですが、それならば……」
今度はヤパンの全体が軟体状に変化したかと思うと、ヒイロの頭部をまるごと呑み込んだ。
「むぐっ!?」
ヒイロの上半身が、鈍色の球体に包み込まれる。
「窒息させるまでです!」
「がうっ!!」
真っ暗の視界の中で、ヒイロは大きく口を開けたかと思うと、ヤパンの身体に噛みついた。肉を引き千切り、そのままヤパンを食べ始める。
「っ!? ちょっ、お、お腹壊しちゃいますよ!?」
「ボクの胃袋は頑丈なんだい! 全部消化してやるんだから!」
構わず、ヒイロはヤパンに齧り付き続ける。
これまでの長い年月、それなりの数の相手と戦ってきたヤパンであったが、自分を食おうとした敵は今回が初めてであった。
「くっ、は、離して下さい!」
「そっちから口に飛び込んできたんじゃないか!」
「口には飛び込んでませんよ!?」
上半身が球の人間が、ふらふらと足下をふらつかせながら怒鳴りあっている。
傍から見ていると、大変異様な光景であった。
「に! ヒイロ前進!」
「わんっ!!」
「犬ですか!? くっ……このままでは……」
リフの声に、ヒイロは足を動かした。
前に何があるのかは分からない。
が、頭を使うのは自分の仕事ではないと割り切り、とにかく前に進み続ける。
そして、その先にあるモノが何か、ヤパンは分かったらしく、ヒイロの身体から自分の一部を千切って獣形態で脱出した。
「あ、逃げるなぁ!」
ヒンヤリとした空気を吸い込みながら、距離を取ったヤパンをヒイロは追いかける。
武器は遠くに落ちていて、拾っている暇はない。
ならば、素手で殴り倒すだけだ。
「まずは態勢を整えて……!?」
跳び退ったヤパンは、思わず目を見張った。
跳躍先に、リフがいたのだ。
足を大きく開き、右手を天に、左手を地に構え、待ち構えていた。
「に。こっちに逃げると思ってた」
「しまっ……」
頭部を再びドリル状態に変えてヤパンは反撃を試みるが、その回転はリフの左手によって払われ、勢いはそのまま右手で投げ飛ばされる。
口から放たれた精霊砲が、ヤパンを洞窟のさらに奥へと誘う。
数回のバウンドの後、ヤパンは動かなくなった。
「ヒイロ、もういい」
リフはポケットから取り出した匂い袋を、ヒイロに投げつける。
「にゅわっ!? く、臭っ……!? あ、えと、勝負は?」
粉末がヒイロの顔に広がり、彼女は正気に戻った。
「着いた」
リフは、水たまりのようになったヤパンを指差した。
「え……終わってるの、これ?」
小さく蠢いてはいるが、攻撃してくる気配はない。いや、出来ないのか。
「にぅ……相手は魔力でうごいてる生物。魔法無効化されるところだと、力出ない」
リフはヤパンに近付き、手から精霊砲を放ってみせた。
しかし、緑色の光はわずかに輝いただけで、とても攻撃の体は成していなかった。
「……よく、分かりましたね」
「に……たたかってる最中、力出ない事あった。下見のときとおなじ。そっちに放りこめたら、リフたちの勝ちだと思った」
そう、この先は徐々に魔法が無効化される領域。
戦いの最中、リフは自分の力が弱まる理由を考え、そちらが自分達の目指す峡谷の『奥』である事に気付いたのだ。
「駄目だった時は?」
「に……」
一応は、手は幾つか考えていた。
例えば精霊砲を、ヤパンが完全に蒸発させるまで叩き付けるとか。
もしくは尻尾を巻いて逃げる。
とりあえず一番有効な手段を考え、ヒイロを見た。
「ヒイロに食べさせる?」
「お腹壊しちゃうよ!?」
自分から食べようとしていた事は、忘れているようだ。
微妙に、狂化時の記憶はないようだった。
「にぅ……やっぱり、あのお薬はきけん」
「何の事?」
「……こっちの話」
「でも、そんな弱点のある場所で戦うなんて、おかしくない?」
「に……言われてみると……」
ヒイロのいう事ももっともだった。
戦うならば、別の場所……例えば、リフ達が拠点のキャンプを張った場所辺りならば、ちょうどよかったのではないだろうか。
いや、それを言うなら、リフやヒイロらが訓練していた洞窟で、一人ずつ倒していけばよかったのだ。
何故、それをしなかったのか。
「……ここから離れられない理由が、あるのかも」
「理由?」
「に……リフには分からないけど、お兄かカナリーなら何か分かるかも」
しかし、ここには二人はいない。
少し考え、リフは水たまり状になったヤパンにしゃがみ込んだ。
「……おしえてくれる?」
「リフちゃん、敵がそんな簡単に情報をくれるはずが……」
「いいでしょう」
反応が返ってきた、
この状態でも、ヤパンは喋られるらしい。
「えぇっ!?」
「ヒイロがツッコミ役は珍しい」
「させてる人の台詞じゃないよそれ!?」
「もしかしたら……貴方達が、私達を救ってくれるかもしれませんから……」
ヤパンが意味深な事を言う。
「に?」
「私達はある方に命じられて、この地に踏み込む者達を排除しています」
「に……」
「その方の力が強く伝わるのは、地下にあるとある鉱石のある場所のみ……」
「に。精霊砲が強くなったばしょ……」
根拠はない。
が、他の場所とこの土地で違う点で思いつくモノがあるとすれば、それぐらいしかなかった。
そして、それは間違っていなかったようだ。
「……そういう、事です。そして力の及ばない距離ならば、私達は無力です」
「ん、んんー、あんまりその仕事、乗り気じゃないみたいに見えるんだけど、やめられなかったの? 助けを求めるとか……」
ヒイロは腕組みをし、頭から知恵の湯気を立てていた。
「『排除』の命令は有効ですから。そして、その方の下までも、私達は辿り着く事が出来ないのです。私はこの魔力が……失われる力のせいで……残る二人は、先の狭い土地柄、その巨体のせいで……」
リフは頭の中で整理した。
命令を与える者がいて、その支配下に三魔獣がいる。
だが、同時に魔法の無効化が働き、ヤパンらは近づけない。
動ける距離は、特定の鉱石が埋まっている場所まで。
「にぅ……檻の中みたい」
「ふむぅ……どうする、リフちゃん」
リフは、洞窟の奥を指差した。
「に、先にすすむ。みんなも先に進むなら、そのうち合流する。だめだったら、戻ればいい」
引き返すというのも手だが、そうすると上の命令があるヤパンが復活して、追ってくる可能性が高い。
本人の意思とは別に再び戦うとなると、厄介だった。
「なるほど。それじゃ、行こっか」
「に」
リフは水たまり状になったヤパンをつまんだ。
ゴムのように伸びたヤパンの身体が、一つまみ分だけ千切れてしまう。
ちょうど一口サイズのそれを、口に入れる。
「ちょ、何してるのリフちゃん!?」
「口の中ならだいじょぶ?」
「……はぁ、何とか」
リフの口の中から、ヤパンの声が響いた。
平然と、リフはヒイロの方を向いた。
「案内、いた方がいい」
「な、なるほど」
「また敵になったらのみ込む」
恐ろしい脅迫であった。
「……ホントにお腹壊すよ、リフちゃん?」
※……川の方の深刻度とは何か全然空気が違う二人でした。