ディッツのその巨体は、当然歩幅も大きいことを意味している。
一見鈍重に見えるその身体からは想像も付かない速度で、彼は川を渡り、カナリーらに迫りつつあった。
ここは逃げるしかない。
けれど、間に合うだろうか。
爆発の規模がどれぐらいのものか分からないのが、恐ろしい。
いや、そんな事を考える暇すら惜しかった。
まずは逃げるのが先決――と考えるカナリーらの前に、何者かの背中が立ちはだかった。
「ガガ……サセナイ!! 我、皆ヲ守ル!」
モンブラン十六号は勇敢を突き抜けて、蛮勇であった。
ハッキリ言って、思いっきりやる気である。
「ちょ、や、やめるんだ、モンブラン! ここは退いた方がいい!」
「ガガガ……何故カ我ニハ分カル……奴ハ逃ゲテモ追イカケテクル!! ココデ倒サナケレバ、全員ヤラレル!!」
スカートの下から蒸気を吐き出すその姿を見て、カナリーはふと思い出した。
「まさか、モンブラン、アレをやる気かい?」
「ア、アレってもしかして……」
恐る恐る尋ねるタイランに、カナリーは自分の腕を指差してみせた。
「ああ、切り札として組み込んでおいた、アレだ。しかしそれでも、一か八かだぞ……」
「ガガ、勝機ガアルダケ充分……」
モンブランは、刃状のモノが付いた太くなった腕を振り回す。
「しかし、壊れたらどうするんだ」
「ガ……修理頼ム」
そして、モンブラン十六号は川に向かって走り出した。
「いや、僕にも技術的限界があってだね……って、聞いていきたまえよ!?」
「ガ! 議論ノ余地無シ! 我ガ名ハ、もんぶらん十六号! 偉大ナル錬金術師てゅぽん・くろっぷニ造ラレシ強キ自動鎧ナリ!!」
重い足音を響かせながら、モンブランは目前の川を目指す。
今のモンブランがその本領を発揮するのは、水中である。
川岸に辿り着こうとする半壊状態のディッツに、巨大な雷撃が直撃した。
ディッツがわずかに怯むのを確認し、指先から紫色の火花を散らしたカナリーは小さく息を吐いた。
「ま、やらないよりはマシだろうね。むしろ、頼みの綱はタイランの方だ」
「す、水流を操ってみます」
精霊体のタイランが細い両腕を突き出す。
「うん、悪くないアイデアだと思う。ここは倒すよりも、足を止めることが大切だからね」
「は、はい」
タイランの川に宿る水の精霊への干渉で、川の水が揺らぎ始める。
流れが次第に早くなり、ダメージの大きい巨人は倒れこそしないモノの、それ以上進む事が出来ないでいた。
そしてモンブラン十六号は、川の中に飛び込んでいた。
下半身に装備されたスカートの中でスクリューが動き、潜水泳のような動きでディッツの足下まで泳ぎ着く。
そして、左膝に拳を叩き付けた。
ガクリ、と膝を屈するディッツは、頭まで水中に沈む。
そしてモンブランは相手から距離を置き、水底に踏ん張った。
「ガガ……ユクゾ! かなりーノ組ミ込ンダ必殺技!」
両腕を合わせると、尖っていた二つの刃状の装備が内蔵されていた発条仕掛で繋がり、一つに合わさる。
鋭利な突起のような武装。
それは、巨大な角――衝角だった。
この武装の為、重甲冑の鈍重さは増したが、その分当たった時の威力は通常時の数倍となる。
モンブラン十六号の狙いは、膝をついた事で水中に没したディッツの胸部。ミサイルと雷撃で大破した部分だ。
スクリューを稼働させ、モンブラン十六号は水底から勢いよく飛び出した。
その様は、さながら水中を突き進む一本の槍のようであった。
「コレデモ喰ラエ!!」
そしてその槍の先端は、確実にディッツの胸を貫いた。
徐々に仰向けに傾きつつ、一瞬、ディッツの瞳が赤く輝いたかと思うと、巨大な爆発が巻き起こった。
水柱と共に空中に跳ね上げられたモンブラン十六号は、そのまま川岸に墜落した。
瓦礫の地面に少なからぬダメージを追ったが、勝利を誇るモンブランは気にしなかった。
「ガガ、ヤッタ! 我、デカイ敵ヲ倒シタ! 快挙!」
大の字に倒れたまま、快哉を上げる。
青空からは、豪雨のような大量の水滴が降り注ぐ。
そしてその中から、軽い感じの声が聞こえた。
「いやぁ、それはおめでとさんです」
「ガ? 誰ダ?」
そちらを向こうとしたが、首が動かない。
モンブランのダメージは深刻だ。
そして雨……いや、もはや霧と言ってもいいだろう。
一時的だったはずのそれがいまだに続いているのは、何者かの魔術によるモノか。
絶魔コーティングの施された重甲冑の周囲だけがわずかに明るかったが、声の人物はまだ姿を現わさない。
「ええタイミングやったみたいですなぁ、ラグはん」
「いいから早く済ませろ。この煙幕、長くは持たん」
砂利を踏む音と共に、丸い笠を被った黒眼鏡の青年と赤い羽根付き帽子の女がモンブランの顔を覗き込んだ。
そう、確かキムリック・ウェルズとラグドール・ベイカーという名前だったか。
「はいはいっと。ほな、大人しくしといてくんなはれな。痛うせんから」
しゃがみ込む青年――キムリックの手には、工具が握られていた。
それを見て、モンブランは絡繰仕掛の身体だというのに、寒気のようなモノを覚えていた。
「ガガ! ヤ、ヤメロ! 我ノ身体ヲ弄ルナ!」
「やー、お願い事聞いたげたいんはやまやまなんどすが、ウチらにも事情ありましてな。それにそもそも、精霊炉開発の調達資金やら実験用動物のお取り寄せやら、それなりの投資をさせて頂いとりましたから、そろそろ回収させてもらお思うんどす」
「ガ! ガ! ヤメ、ヤメロ! ブッ飛バスゾ!」
声を張り上げるが、今のモンブランは指一本動かす事が出来ない。
遠くで、タイランやカナリーが、モンブランを探す声が響いていた。
「あっはっは、その身体では無理でおます」
バカン、と胸部装甲を広げながら笑うキムリック。
彼は胸の中に手を入れると、重い塊を引っこ抜いた。
この重甲冑の心臓たる部分、精霊炉である。
それを無理矢理奪われ、モンブランの意識が徐々に暗くなっていく。
「ガ、ガガ……助ケテ、たいらん……かなりー……」
か細い声を上げながら、モンブラン十六号は動きを停止した。
赤ん坊の拳ぐらいの精霊炉を持ったキムリックは立ち上がり、もう動かなくなった重甲冑に軽く会釈をする。
「ほな、回収完了どす。これまでご苦労さんでした」
「おい……本当に死なないんだろうな、それ」
赤い羽根付き帽の女、ラグドール・ベイカーは表情を変えないまま、キムリックに尋ねた。
「大丈夫どす。この通り、予備の精霊炉も組み込んどりますんで」
キムリックが指差した先には、やや錆び付いてはいるものの、同じようなモノがはまり込んでいた。
「ならばいい」
ただ、ならばどうして動かないのだろうとも思ったが。
……まあ、再起動に時間がいるのかもしれない、とラグドールは納得する事にした。
ふと、キムリックと目が合った。いや、向こうは黒眼鏡越しだけれど。
「情け深い事どすなぁ」
「無益な殺生を好まないだけだ。目的は達した。行くぞ」
「はいはい」
そして、乳白色の霧の中、トゥスケルの二人はその場を去った。
残ったのは、動かなくなった重甲冑だけであった。
――そして現在に至る。
「ど、ど、どうしましょう、シルバさん!」
タイランは突っ伏していた訳ではなかった。
胸部装甲の開かれた部分に両手を当てている。その手は、ゆっくりと柔らかい光の明滅を繰り返していた。
「お、落ち着け。中に古いタイプの精霊炉あるんだろ?」
シルバは、胸の中にある古びた精霊炉らしきモノを指差した。
「そ、それがこれ、ダミーなんです!」
「何!?」
「これを嵌め込んだ誰かですけど……そこらのガラクタをかき集めて、それっぽく見せただけの偽物なんです。当然、精霊炉の機能なんてなくて……く、う……!」
タイランの淡い青の身体がわずかに揺らいだかと思うと、不意に透明度が増した。
「タイラン!?」
「モ、モンブランの意識が消えかけているんです……それを、維持する為に……その、どう説明すればいいのか……」
割り込んだのは、カナリーだ。
「僕が言おう。つまりタイラン自身が、臨時の精霊炉になってるって訳」
「出来るのか、そんな事!?」
「精霊の力を増幅し、純粋なエネルギーに変換するのが精霊炉なんだ。だから、モンブランの頭脳部分を素のままで維持してるタイランも、相当無理してる」
「停止しただけなら、大丈夫なんじゃないのか? 活動停止状態って、今のモンブランは眠ってるような物とは違うのか?」
けれど、カナリーは頭を振った。
「……それは、手順を踏めばの話だよ。稼働中だったモノを無理矢理止めるとどうなるかなんて、ちょっと想像すれば分かるだろう?」
黙って聞いていたキキョウが、それを聞き顔を引きつらせた。
「つ、つまり、このままではモンブランは……」
カナリーは頷いた。
「うん、最悪存在が消滅する。このまま続けてたら、タイランもね」
※そして、こんな状況で次回、久しぶりにヒイロとリフのいる洞窟になります。