――シルバ達が、怪鳥イタルラを倒した時点から、少し時間は遡る。
巨大な水柱の正体がキキョウである事を確かめたカナリーは、正面の敵――砲撃の巨人ディッツ――に意識を戻した。
キキョウが水中から飛び出る際の大波に、敵はバランスを崩していた。
今が好機だ。
「いいかい、タイラン、モンブラン、奴の身体は硬い。だが、弱点はある。それはアイツが攻撃をする直前、砲台を出現させた時だ。その時を狙う」
「ガガ!」
「は、はい!」
外が駄目なら中から攻める、という作戦だ。
何しろ砲撃直前の砲台を叩くのだ。危険が大きいのは、充分に把握している。
だからこそ、タイミングが重要だった。
「この連携で決める……!」
彼女は、相手が攻めるのを待つ気など、さらさらなかった。
むしろ、こちらから動き、都合のいい時間を図る目論見でいた。
「{紫電/エレクト}!!」
紫色の雷がカナリーの手から迸り、何とかバランスを保とうとしていたディッツの胴体に直撃する。
微かにその巨体は揺れるものの、ダメージを受けた様子はない。
その代わり、首が傾き、その視線がカナリーを捉えた。
「今だ!」
殺気を感じながら、カナリーが叫ぶ。
岸辺に立っていた重甲冑――モンブラン十六号の背に残っていたもう一発のミサイルが、駆動音と共に持ち上がり、肩の上の発射台に載る。
それをモンブランは、大きな両手で抱え上げた。
「ガ! コレデモ喰ラエ!! じゃいあんとみさいる!!」
モンブランの投擲とほぼ同時に、カナリーの攻撃を受けたディッツの上半身からは反射的に無数の砲台が出現した。
放物線を描いた巨大ミサイルが、胸部の大きな砲台に吸い込まれたかと思うと、轟音と共に爆発する。
その衝撃にたまらず、ディッツは後ろに倒れていく。
だが、水に沈むその直前、身体に出現した砲台全てからミサイルが放たれた。
細い煙が尾を引き、それらがカナリーらへと迫る。
モンブランは決して早いとは言えぬ駆け足で、カナリーらの下へ戻ろうとする。
だが、ディッツの着弾の方が間違いなく速い上、もはや逃れる事は不可能だ。二人の従者、ヴァーミィとセルシアがカナリーの前を守るが、このままでは彼女らの守りごと破壊されてしまうだろう。
否、そもそもカナリーは、今回に関しては逃げる気がなかった。
「タイラン頼む!」
「い、いきます、{水盾/ウォルド}!!」
川の水が大きく持ち上がったかと思うと、平たい太板のような形に変化し、ディッツの砲撃とカナリーらの間に斜めに割り込んだ。
それはさながら、水のバリヤーのようであった。
水の壁にぶつかったミサイル達は威力を殺され、壁を滑り落ちるか、そのまま爆発してしまう。
「ガ!? たいらん力使ッテイイノカ!?」
「……モンブラン。君、今朝の出発間際、寝てただろう」
カナリーは、驚くモンブランに白い目を向けた。
「ガガ! 身体ノいにしあちぶハたいらん! 我ハ寝テテ問題ナシ!」
「優雅だな、うらやましい!」
「二人デ身体ヲ共有シテイル強ミ。エヘン!」
「えへんじゃない! とにかく、いいんだ。そもそも、タイランが力を制限しているのは、追っ手が来る可能性が怖いからだ。逆に言えば、来ない場合、もしくは来ても問題ないのなら、タイランが全力を使っても全く困らない」
「ガ?」
「この峡谷にこれ以上長居をするつもりはないし、ルベラントに着いたら、そこでも少し力を使うといい。もしも追っ手がいるならいい攪乱になって、勝手に混乱してくれるだろうさ」
「ガ! 我モ暴レル!」
「君が暴れる必要はないんだ! どうせなら、ここで力を振るってくれ!」
「ガガ! 任セロ!」
もっとも、モンブランの役目はさっきの投擲ミサイルでほぼ終わっていると言ってもいい。
嵐のようなディッツの砲撃が終了すると、タイランの青く輝く手がすいと滑るように動き、水の壁が今度は円柱状に変化する。
正確には先端が尖っているので、その形はむしろ柱というより槍に近い。
川と繋がっていた尾の部分が浮き上がり、水滴を滴らせる巨大な水の槍はゆっくりと起き上がろうとするディッツに向けられる。
「そ、そのまま{水槍/アクピア}――!!」
タイランが掲げていた両手を振り落とすと、水の槍は大きく開いたディッツの胸の穴――さきほど、モンブランの投擲ミサイルで破壊された砲身部分――に突き刺さる。
その途端、ディッツの全身から火花と黒煙が噴き出した。
ガクガクと起き上がろうとした斜めの姿勢のまま震えるディッツに、それでもまだカナリーは攻撃の手を緩めなかった。
「いいぞ、それじゃトドメの――{雷閃/エレダン}!!」
カナリーの指先に、紫電の小さな球が収束する。
高密度の光線が空間を迸り、ディッツの身体に直撃する。
その巨体の隅々にまで、水を伝って電気が駆け巡り、ディッツは一度大きく痙攣したかと思うと、その活動を停止した。
「さすがに、内部から水と電気を流されちゃ、たまらないだろう」
カナリーは小さく息を吐いた。
そしてほぼ同時に、空から悲痛な鳥の鳴き声が響き渡ってきた。
「上もどうやら、終わったようだな」
何をどうしたのかは知らないが、怪鳥イタルラはカナリー達のいる場所から少し離れた所に真っ逆さまに墜落しようとしていた。
……まあ、このままだと川のどこかに落ちそうだし、大丈夫かなとカナリーは思う。
ギギ……。
何だかとても嫌な音を聞き、ぶわっとカナリーは総毛立った。
「馬鹿な!?」
気のせいではなかった。
ゆっくりと、だが確実に、黒焦げになった砲撃の巨人、ディッツは動き始めていた。
おそらく内蔵されていた火器は、ほぼ全て全滅だろう。
けれど、カナリーは、嫌な予感がした。
そしてこの場合、大抵最悪の想像というのは、現実と直結している事が多い。
見ると、タイランも顔を引きつらせていた。
「カ、カナリーさん、もしかして彼……」
「……うん、僕も同じ事を考えていた」
目に当たる部分が、不吉な赤い光を点滅させている。
そして、その頭部からピコン、ピコン、と奇妙な音が鳴っている。
自爆。
そんな単語が、カナリーの頭を駆け巡った。
※ごめん、やっぱり最後までいけず中途半端なところで切ることになりました。
まあ、そんな訳で次回も、ここの続きと言う事で一つ、よろしくお願いします。