【習作&ネタ?】真・恋姫†無双 ~~陥陣営・高順伝~~ 第62話 劉備来る。その3。「・・・本当か?」政務室で仕事をこなしていた高順は、報告のためにやって来た陳羣の言葉に、思わずそう言っていた。陳羣は、ごく普通に「事実です」と言うのみであった。陳羣。彼女は広陵の政治を一手に引き受けているといってもいい存在だ。物資輸送やら資金管理やら、多くのことを任されている上に、高順の秘書・・・まあ、取次ぎなども含めて多くの仕事を精力的にこなしている。この頃は闞沢に勉学・政治学などを教えているし、闞沢が連れて来た仏教信者への土地の割り振り、家屋の建設なども進めていて大変に忙しい。そうなると、彼女の下で働く官吏も忙しいのだが不思議と不満が出てこない。高順が彼女達の仕事ぶりを高く評価しているのもあるし、それに見合うだけの給金も保証されている。それ以上に、自分達の力量を思う存分に奮える場がある、ということを喜んでいたのかもしれない。前政権ではそれほど重要視されない陳羣だったが、現・・・というより、高順は陳羣の能力を信じて政治的なことを殆ど任せている。政治能力はあまり無いからこそ、陳羣に頼るしかない状況だったが、それだけ自分を高く買ってくれていることに、陳羣は満足していた。それに、政治力が無いとは言っても農・商に高い関心と理解を示す高順と言う人は陳羣にとっても仕えやすい人であった。離散した農民を呼び集め、農具と牛馬を貸し与え、本来徴収する税率「農具を貸し与えられた場合は3割、道具を元から所持しているものは5割を本人の取り分」という前提を覆し、少しずつ税率を下げている。陶謙は更に重税を課していたが、高順はそういった税を安く抑えて民衆に配慮・・・悪く言えば媚を売った。戦火で焼け出された者は暫く税を免除しているし、農業に従事し始めた元難民も同じ扱い。税収は減ってしまうのだが・・・。こういった噂を「影」に流させて、もっと多くの民を集めれば、長い目で見て税収は増加する。人が増えれば下がった分の収益を補えるはずだし、人も増えていくし、食糧の生産力も上がっていく。高順の治める広陵は近くに水源があるし、人を増やして治水と灌漑を行えば・・・とも思っている。初期は辛くても時間が経てば必ず良い方向へ向かうはずなのだ。高順は広陵という都市を下邳・小沛に負けない大都市にするつもりでいる。例えば、広陵だけで一地方を攻めるだけの軍備が出来るよう地力を高めれば。呂布が敗亡して、他勢力に頭を下げるときが来れば。少なくとも、それだけの力ある都市と、発展に寄与して人々をどの勢力の長も無碍には扱えまい。曹操や劉備のために働くのは割りと本気で嫌がっている高順だが、部下や仲間のためならそれも仕方ない事だと思っている。ともかくも、陳羣の報告である。「・・・。もう一度、聞いてもいい?」陳羣は頷いて、もう1度先ほどと同じ報告をした。「劉備殿が広陵へ向かっているようです。僅かな軍勢と共に。影である楊醜の報告とも一致しています。」「何のために・・・。」「簡単に言えば親睦を深めるためではないでしょうか。」最初、この報告を聞いた陳羣も大いに驚いたものだ。というよりきっちりとした手続きを経て、劉備側からそういった話が舞い込んできたのだ。陳羣はそういった取次ぎも自分の仕事の内なので、最初に知ったと言うことに過ぎない。流石に自分の一存では決めかねる話ではあるが、正規の話し合いであれば別段断る必要の無い話でもある。何より、先方は既にこちらに向かっているのだから、今更来るなともいえないのかもしれない。だが、高順は何か嫌な匂いを感じていた。何故に自分と親睦を深める必要があるのか、そのメリットは・・・。(ふん、俺と呂布・・・賈詡の仲が悪い事を知って取り込みを図ろうとしているのか・・・そうでなくても、間違いなく呂布勢力の内部からの切り崩しを狙っているだろうな。)ここで抹殺すれば良いのかもしれないが、それをやれば曹操が出てくるだろう。劉備が前触れも無く州牧に任命される訳が無いのだし曹操と繋がっていると見るのが妥当だ。会いたくは無いが、来てしまえば出迎えなくてはならないだろう。仕方が無い、と思いつつも高順は陳羣に「用意をしておいて」とだけ言った。陳羣も「畏まりました」と頭を下げ部屋を退出していく。用意、というのは宴の用意である。仮にも州牧を迎えるのだからみみっちい事はできない。この話を聞いた高順一党は「え~~・・・」と、露骨に嫌そうであった。賈詡の事でも頭が痛いというのに、また厄介ごとが増える、ということだっただろう。闞沢は劉備がどういう人物なのか、と言うことは知らないので釈然としない表情。劉備には好意的な趙雲でさえ「何もこんな時に来なくても良いだろうに・・・」とか言っている。「はいはい、文句があるのは解るけど来るって言ってる以上仕方ないでしょ。 皆も宴の準備を手伝ってくださいね。」高順はパンパンと手を叩きつつ言った。「せやけどなぁ、兄さん。劉備って、うちらにとっては敵対勢力やんか。なんで誼を通じる必要があるん?」「俺も誼を通じたい訳じゃないよ。でもね、立場としては向こうが上。無茶な話ならともかく、ただ会いたいってやって来るんだから会わないわけにも行かないの。」劉備が正式な徐州牧となり、それを呂布が受け入れた事には立腹しているが、判断として間違っているとは思わない。自分も色々と言いたい事はあったし、故意的に省かれた事に腹を立ててもいるが。「う~~~、めんどいなぁ・・・。」「こっちもめんどいけど、早く動く。・・・陳羣さん、こちらの手の内を見られないようにね。軍の訓練とか装備とか見せないように。」「はい、既に沙摩柯殿と蹋頓殿にお願いして街の警備兵だけにしております。城中の親衛兵だけはそうもいきませんが・・・。」「構いませんよ、こちらの実情を見せてやるつもりはありません。向こうが見せてくれと言っても絶対言う事聞かないように。」「ははっ。」「城の造りや街を見られるのは仕方ないだろうけどね・・・ったく、面倒な事ばかり起きるよ。」城壁の造り、地形確認、攻めるに易いか難いか・・・そういった事も見て行くはずだ。あっさりと情報を提示などしてやるつもりは欠片もない。なんで一介の武将がここまでせにゃならんのか、と思わず嘆息する高順であった。数日後、劉備達は本当に僅かな供回りと兵のみを連れて広陵へとやって来た。高順も仲間を連れて、わざわざ城の外まで行って賓客として受け入れた。劉備の供をしているのは関羽・張飛・鳳統。諸葛亮は留守居だという。「えっと、お久しぶりです、高順さん。元気そうで何よりです!」劉備はにこにこと笑って挨拶をした。「お久しぶりですね、劉備さん。・・・虎牢関以来ですか。あの時は敵、今は・・・仲間とは言いがたいですが。」高順も、特に嫌悪感などは出さずに対応をしている。楽進・李典なども一応は頭を下げているが、嫌々やっている事は解っている。関羽は趙雲を一瞥したが、彼女は高順達の遣り取りに集中して、何かあれば直ぐに動けるように警戒をしているようだ。和やかに話をしている高順と劉備だったが、側にいた陳羣が「太守様、そろそろ・・・」という言葉に「ああ」と返事をした。「話の続きは城中で。些細ながら宴の準備もしておりますので・・・ご案内いたします。・・・皆、行こう。」「あ、はい。皆、ついていこ」先導をするように城へ向かう高順。彼は劉備たちに背中を向けていて、一応の敵意が無い事を示している。劉備一行も手出しをするつもりはないし、それ以上に街の賑わいのほうに目を向けている。鳳統も「凄いでひゅ・・・」と噛みつつ感嘆していた。農地開拓なども進んでいて近頃は城砦規模を広げる計画まで出ていたりするのだが、それを劉備達に教える義理も無い。関羽や劉備は店に並べられた珍しい南方の小物(アクセサリー)を見て目を輝かせ、張飛は・・・お腹が空いているのだろう、あちこちの食事処を見て「おおー。凄いのだー・・・」とか言っている。これでは、そこら辺の少女と変わらないな・・・と、高順は思わず笑ってしまう。「なー、高順にーちゃん! 飯! 飯食べたいー!」後ろにいたはずの張飛が高順の隣まで走ってきて、食事の催促を始めた。「こ、こら、鈴々! やめないか、失礼だろう!?」思わず張飛を真名で呼んでしまう関羽。妹分の発言に真っ赤になって怒っている。高順は気にもせず、隣で歩いている張飛の頭をぐりぐりと撫でた。「はいはい、さっきも言ったけど城で宴の用意してるんだからそれまで待ちなさい。関羽さんも子供のやることを一々目くじら立てて怒らない。」「むー、鈴々を子ども扱いするななのだ、立派な大人なのだっ!」「そうやって背伸びをしたがるのは子供の証。あと5年くらいしたら大人になるんだから「高順殿! 子供だろうと何であろうと礼儀に反する行いを見過ごす訳には・・・」・・・はぁ、あいも変わらず騒がしい人々だ。」この言葉に「どこが騒がしいのです!」と怒鳴る関羽だったが、実際に騒がしいのだから仕方がない。これで敵じゃなければねぇ・・・と思う高順だった。城での宴は・・・まあ、一言で言って凄まじい騒ぎであった。魚を使った料理、肉を使った料理・・・色々とあったが、張飛の食欲は凄まじかったし、酒を飲んだりして周りに止められたり。そのまま高順に抱きついて眠りこけ、関羽に「変なことをしないでくださいね!」と怒鳴られたり。高順も思わず「・・・こんなお子ちゃまに手を出す人は普通に性犯罪者だと思うけど。」と言い返してしまった。何故か田豫と劉備が呑み比べをして同時KOというか撃沈したりという一幕もあった。鳳統は高順の読み通りに城の縄張りなどを気にしていたが、陳羣の質問攻めにあってそれどころではなかったようだ。陳羣は、高順に「鳳統か諸葛亮は政治に詳しい人々だ。話が合うんじゃないかな?」と言い含められていたのだが、それとは関係無しに政治の話が出来る人がいる事に満足していた。鳳統も普段は諸葛亮以外に政治の話をする相手もいないので、つい熱が入ってあれこれと議論を重ねている。反面、陳羣は劉備に近づこうとはしない。初対面から「どうも気に入らないお人だ」と思ったらしい。初めて会ったのに、この嫌悪感は何だろう? と本人も思っている。関羽も、蹋頓の「えろす話」を聞かされ「ななななななっ!?」と狼狽。その反応を面白がって更にあること無い事を吹き込んで・・・とか、凄まじくカオスな宴であった。カオスが頂点に達しないうちに・・・と、高順は断りを入れて宴を中座。後は好きにやってくれ、とばかりに城を出た。何も考えずに出てきただけで、どこに行こうとかそういうものではない。強いて言えば少し散歩がしたかった、程度だ。あと、カオスに巻き込まれたくないし。ふらふらと城壁の上を歩き回っていると、趙雲の姿があった。槍を持ち、静かに城壁内の街を見下ろしている。そういえば、宴が始まってすぐにいなくなっていたような? と思いつつ、高順は声をかけた。「趙雲殿。」「ん? ・・・ああ、高順殿。如何なされました?」「それはこっちの台詞ですよ。こんなところで何をしているのです? ・・・あ、俺は散歩ですよ。」「ふふ。何を、というわけではありませぬよ。ただ、ここで風に当たって街を見ていた、というだけのこと。」「街を、ねぇ。」高順は趙雲の隣に立って同じように街を見下ろした。互いに、じっとしていたが、少しして趙雲が口を開いた。「ここから見える景色は如何です。」「景色?」「左様。高順殿が作ったと言えなくも無いこの街。お好きですかな?」「・・・あー。はは、何とも言いかねるな。丁原様の気持ちは解ったけどね。」「丁原殿?」ん、と高順は頷く。「あのお人は、上党という街を愛していた。この街は私の誇りだ、ってね。そりゃ、自分の力で大きくして尽力し続けたんだ。愛着も沸くってものさ。」「ほぅ・・・。」「けど、何故かな。俺はそれほどの愛着を感じないかもしれない。・・・んー、上手く言い表せないけどさ、俺ってそれほどの苦労をせずに太守にされたでしょ?」「は?」いや、凄まじい苦労をしていると思うが・・・まあ、勉学とかはせずに武功のみで太守になったのだから・・・いや、それでも随分と苦労をしているような。「だからかもね。幸い、俺には仲間がいるし、政治では陳羣さんがいるし。丁原様と違って恵まれているよ、本当に。」「・・・ふむ。」確かに陳羣の手腕は大きいと思うが、政策を打ち出しているのは高順も同じだ。最初は新たな太守に懐疑的だった民も、今では高順を好意的に見ている。加えてこの都市の生産力。他の都市に引けを取るとは思えない。趙雲は意を決して、前から言おうとしていた事を口にした。「ここよりも、もっと高い景色を目指しては如何です。」「・・・・・・。謀反を起こせ、ってことかい?」暫く考えて、高順は応えた。「謀反ではございませぬ。自立してはどうか、というだけです。」「ふふ、それなら俺はすぐに死ぬ事になるね。」「何故です。」「民が付いてこない。兵も少ない。同盟をする相手もいない。」支援勢力も無いのに、一旗あげれると思う? と高順は聞き返した。兵はついて来てくれるだろう。しかし、民はそうは行かない。長い戦乱に倦んでいる人々は、出来れば戦争になって欲しくないと思っている・・・高順はそう考えている。「劉備がいれば、南に袁術もいます。ここに執着せずとも、南に勢力を伸ばし、荊州を得ればよいのです。」「そんなに簡単にいけば、天下統一を果たす人間はごまんといるね。」高順は全く取り合わない。「ならば、いつまでも賈詡の言いなりになって、ボロボロになるまでこき使われるのですかっ!? ・・・あ」失礼した、と趙雲は小さな声で呟いた。趙雲は心底悔しがり、怒っていた。これほど呂布に尽くしているというのに、それを全く認めない賈詡。その賈詡にいつまでも従っている高順にも。その気持ちは高順にも解るが、今袂を分かつ訳にも行かない。それをやれば、干禁も閻行もどうなるかわからないからだ。だが、高順は前にも言った通りにある程度腹を固めている。「いつまでも、あいつの言いなりになってやるつもりは無いよ。」「・・・?」「もしも動くとすれば、次にあの馬鹿が妙な動きをしてからだ。理由も無くこちらから動くことはできない。」「つまり・・・。」「結果次第では・・・って事。その時は、俺も覚悟をしないと。でもね・・・賈詡先生の気持ちがわからないでもないんだ、本当のところは。」「は? 賈詡の気持ち・・・?」「ん。俺には呂布に忠義を尽くす理由も、董卓の為に働く理由は無い。何より、丁原様・・・上党の皆は、あの2人の命と引き換えになったんだ。」「・・・そうですな。」「呂布、張遼さんだけじゃなくて、あの2人だって言わば仇さ。董卓は俺を疑っては無いようだし、俺だって背くつもりは無いけどね。」それは確かに、と趙雲は同意した。董卓は、あまりに人を恨む事ができない・・というか、人に悪意を向ける事ができない人だ。だが、賈詡は違う。「なまじ頭がいいから、一度不信感を抱くとそれがどんどん膨らんでいくんだろうな。ここまで事態がおかしくなるとは思っていなかった・・・俺も同罪さ」その上、劉備とつるんでいると思われても仕方が無いこの状況だ。更に賈詡は疑いを増すだろう。内部分裂を起こしているこの状況では・・・どう足掻いても曹操には勝てない。だが、賈詡に従えば、自分はともかく趙雲達ですら使い潰されるだろう。「何とか歩み寄る事が出来れば良いのだけどね・・・あの人、頑固で他人の話に聞く耳持ってくれないからな。・・・このまま終われば、丁原様が・・・皆が浮かばれない。」高順はそれだけを言って、口をつぐんだ。すぐ側に、誰かが近づいてきているのを察知したからだ。こつこつ、と靴音を響かせてきたのは関羽であった。「・・・関羽、か。」「久しいな、趙雲。」その場には高順もいたが、関羽はあまり考えないようにした。本人も多少気遣ってか、趙雲の隣を関羽に譲る。「何の用だ?」「冷たいな。挨拶をしていなかったので来ただけだ。酒好きのお前がすぐに宴を抜け出したのも気になっていたが。」趙雲は「ふっ」と笑う。暫くして、趙雲は関羽に「お主の道は見えたか」とだけ聞いた。「ああ、とうの昔に。そして、お前の言う真実とやらも垣間見た。」「そうか、それは何よりだ。他者の言葉に踊らされず、自身の信念を以って進むといい。あの時のお主はそれをも見失いかけていたように思えたのでな。」「ああ。」関羽は強く頷いた。そして、もう1つの本題に入ろうとする。「・・・趙雲。」「む?」「桃香様(劉備の真名)の元へ、来るつもりはないか。」「・・・ふ、いきなりな話だな。私の仕えるお人がいる前でそんな話を切り出すとは思いもしなかったぞ。」高順は黙って話を聞いている。まあ、そういう話も来るだろうな、とは思っていたので驚き半分と言った程度か。「そうだな、言い方が悪いのかもしれない。高順殿、貴方にも来て欲しい。」「へ? 俺?」「ああ。わが主は貴方を、貴方の部下達を高く評価している。この都市の経営手腕に、鳳統も驚いていた。」「へぇ・・・そりゃ、ありがたいお言葉だね。」「茶化さないで頂きたい。・・・貴方が、呂布に冷遇されている事も掴んでいる。貴方ほどの将を冷遇するなど、ありえぬ話だ」趙雲は何も言わないが、心中で大きくその言葉を肯定していた。(冷遇をしているのは賈詡だが。賈詡の性格に問題があり、高順に原因があるのも本人の弁で理解したが・・・賈詡のやり方は一方的に過ぎる。「この話は、桃香様も思っていることだが・・・今回に限っていえば私の独断に過ぎない。あの人は呂布勢力と仲良くしたいと仰っているが、それは無理なような気がする。」「ふぅ・・・む。」「貴方を取り込むか、少なくとも敵には回さない。これは我々の一致している考えだ。できる事であれば、共に働きたい」「成る程ね。けど、俺は危ないよ? いつどんな状況で暴走するか解らないしね。劉備さんはこれから当て所も無く彷徨う気がするし。」「そうか・・・?貴方は、手綱などせずに、ある程度好きにやらせるほうが余程いい働きをすると思う。下手に手綱をつけるとそれこそ暴発する気がします。」「どうかなぁ・・・考えてもみなよ? 俺の下で戦略に通じている人がどれだけいる?」「戦略、だと?」「好きにやらせる、ってことは戦争の時に、自分の意思で敵を攻めろって事でもあるんだぜ? 俺は大した才能は無いけど、部下は頼りになる人ばかりさ。」「・・・はぁ・・・また始まりましたな。謙遜もそこまでくると嫌味を通り過ぎていっそ清清しいと言うか。」高順の言葉に趙雲は溜息をついた。どうしてこの人は自分自身の能力を認めないのだろう。人の才能を見抜くのは得意なくせに、自分の事になるとてんで駄目だ。闞沢の輜重や治世の才能を見抜けるのに、どうしてこうなのだ?贔屓目を抜いたとしても高順の才覚は中々のものだというのに。「最後まで話を聞こうよ・・・。でもね、俺の周りにいる人は殆どが「戦術が得意でも戦略が無い、解らない人」ばかりさ。趙雲殿と蹋頓さんはあるかもしれないけどねえ。」「ふむ? 私・・・?」「そ、趙雲殿。孫家には周喩、曹家には曹操自身、夏候淵とか荀彧・・・呂布にも陳宮、賈詡。劉備さんには鳳統、諸葛亮。他の陣営では当たり前にいる人材が俺には無い。」もっとも、諸葛亮は戦術が駄目っぽいし、賈詡も陳宮共に視野が狭いけど・・・と後半だけ心の中で留めて高順は笑った。「そして、それを補うのが関羽殿や張飛・・・ってわけだ。独立部隊として動けって言うなら戦略も無いとだめでしょ? だから、俺では務まらないって言うのさ。」「ほう・・・?」関羽は「やはりこの男は只者ではないな」と感心した。自分を卑下するのは悪い癖だが、それを抜かせば自分の側の実力・・・戦力と言ったほうがいいか。それをきっちり把握していている。自軍の良い点と悪い点を見分けて、戦略が無いというのは謙遜ではないのだろう。戦略と戦術の違いをきっちりと見分けている、というのもただの馬鹿ではないという証左。こういう、自分の分を相応に理解しているといながら強大という手合いは、敵に回すと厄介な事この上ない。「ふふ・・・まあ良いでしょう。そういう事にしておきますよ、高順殿。」「しておく、じゃなくて事実だよ。」それには応えず「返事は今すぐでなくても構いません。」とだけ言って関羽は踵を返した。彼女の後姿が見えなくなった頃に「随分と評価をされたものですな?」と趙雲が笑った。「過大評価だっての。盟を結ぶのはともかく、部下になるのは嫌だなぁ・・・。」げんなりとして言う高順だが、趙雲は「劉備殿がこのお人を上手く扱えるとは思わないな・・・」と考えている。どちらかと言えば、公孫賛のほうがまだ上手く扱えそうな気がする。孫策も悪くないかもしれない。曹操は・・・あの女色の空気が無ければ、とも思うが高順本人が凄まじく嫌がっているので無理なのかも。働かされすぎて死にそう、と高順は言っていたが、確かに曹操の下では過労で死ぬか倒れるくらいはありそうだ。有能であればあるほど働かされる、位は聞いたことはあるがそうなると自分達は休む暇がないのかもしれない。どちらにせよ、高順は呂布の下で終わる人ではない。そんな確信が趙雲にはあった。宴が終わり、何日間かを過ごしてから劉備達は帰って行った。高順は護衛をつけて送ろうとしたが、その必要は無いと言われそのまま見送る事にした。関羽への返事はしていないが・・・まあ、何かあれば連絡をする、程度でいいと思っている。賈詡がこの話を知れば怒るだろうが、それは仕方の無い話だ。これとは別の話だが、そろそろ小沛への輸送が近づいていて、今回の件での言い訳と謝罪の書簡、それに加えて大量の物資を送るつもりである。輸送役は趙雲・李典・闞沢の三人。楽進・蹋頓・沙摩柯等は高順と共に留守番である。沙摩柯らが行かないのは、単純に彼女達が徐州で虐げられていた事に配慮して、だ。幸いにも、彼女達が異民族だからと差別をするような器の底が浅い者は、高順一党にはいなかった。そういった教育を受けていない者もいれば、異民族を配下にしている公孫賛のやり方を見ていた趙雲のような者もいる。教育を受けているであろう孫策や曹操も、能力があれば差別意識など持たずに用いただろう。賈詡によって送り込まれた胡車児は、劉備と高順が誼を通じている、ということを確認してから動き始めた。彼は、賈詡の配下であり今回は暗殺者として働く事になっている。賈詡は「高順と劉備が友好関係を結べば危険なことになる。高順の部下は五月蝿いかもしれないが」と前置きをしてから。「もしも私の懸念するような状況になれば高順を討て」と命じたのである。彼女の、高順への疑念はどうしようもない程に大きくなり、このままでは自分達が殺されるかも・・・という一種の強迫観念のようなものを感じてしまっている。賈詡は高順一党の要である高順を討てば後は大人しくなる、と思い込んでいた。だが、実際はその逆だ。彼が失われるような状況になれば、残った人々は暴走して取り返しがつかないことになる・・・それが賈詡にはイマイチ理解できていなかった。胡車児が動くのがあと少し遅ければ、小沛への輸送は完了し、大量の物資が届く事もあって、賈詡も何とか落ち着いたのだろう。ただし、賈詡には計算違いがあった。彼女は胡車児が動くのはもっと時間が経ってからと考えていた。派遣して、すぐに動く状況になるとは思っていなかったのだ。胡車児を派遣して暫く経ってから「高順が劉備と通じている」として、呂布と軍勢を動かし大規模戦闘になる前に高順を討つ。賈詡の計画はそんな感じだったが、大きな齟齬が生じて彼女の思い通りの流れにはならなかった。そして、その時が訪れる。輸送部隊が派遣される前夜の事。高順は政務室にある椅子に腰掛けてぼんやりとしていた。賈詡の命令を聞くのは嫌だが、呂布のとんでもない食欲で食料が足りなくなるとかは洒落にならない。自身の父母・張遼・華雄・干禁が腹を空かせる状況と言うのも嫌なものだ。影に命じて皆の逃げ道を確保するように命じているが、それも上手く行くかどうか。下邳に向かわせた楊醜も、現状では劉備が軍事的に動かないことを掴んだらしく一時的に帰還させている。陳登を始めとした豪族連中もあっさりと劉備に鞍替えをしたそうだが、それは当初の読みどおりであってそれほど気にするような事もない。高順からすれば、どちらかと言えば下邳よりも小沛のほうが気になるのだ。そんなことを考えていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。「ん・・・? どうぞ。」「夜分遅く、失礼致します。」扉を開けて、一人の兵士が入室してきた。見れば兵士・・・男性だが、竹簡を持って跪いている。これは、高順の悪い癖だった。ある程度の事とは言え、彼は城内で将兵に武器を持つことを容認していた。かつ、自分で使者やら何やらを引見してしまう。詰めが甘かったといえばそこまでだが、正直に言って油断をしすぎていたとしか言えない。その兵士は跪いたまま高順に竹簡を差し出した。「賈詡様よりお預かり致しました」とだけ言って畏まる。賈詡から? と、高順は竹簡を開いた。カラカラ、と音を立てて開かれていく竹簡に書かれているであろう文章をざっと読もうとしたが・・・おかしなことに何も書かれていない。「・・・? 何だ? 何も書かれて・・・」高順は、疑問の言葉を最後まで言う事ができなかった。兵士は所持していた剣で高順の腹から胸までを、下から斬り付けていたのだ。竹簡を読もうと開き、そこが高順にとっての死角となった。「く、がふっ・・・!」かなり深く斬りこまれた高順は、血をふき上げ、仰向けに倒れた。みるみるうちに血だまりは広がっていく。天井裏にいた2人の影・・・一人は楊醜だが、慌てて飛び降りて来て高順を斬った兵士に挑む。「ちっ!」二対一では分が悪く、兵士は楊醜では無い影の胸を切りつけて何とか逃亡しようとする。そのままでは、本当に逃げられていただろうが・・・斬られた影は、絶命する寸前に部屋の壁を思い切り叩いた。だぁんっ! という音が響き、近くにいた人々が「何事だ?」と高順の部屋まで近づいていく。その中には陳羣や、見回りをしていた沙摩柯といった人々も混じっていた。「くそっ、よけいな真似を・・・!」兵士・・・いや、胡車児は、舌打ちをしつつ楊醜へと斬りかかる。ところが、楊醜はわざと背を向け「ふっ・・・!」と上段からの一撃を受け止めた。・・・尻で。「何ぃ!?」「甘い、な・・・!」尻に挟まれた剣を引き抜こうとするも、凄まじい締め付けで動かない。こんな訳のわからない白刃取りをするのはこいつ位なものだろう。(できれば、見た奴全て始末したかったが・・・!)諦めたのだろう、兵士は剣を離して楊醜の尻に蹴りを見舞った。「っ、やるじゃないの・・・!」怯んだ隙に、胡車児は扉を開け放ち部屋を出ようとしたが、部屋の外には沙摩柯と陳羣がいた。「っ! 曲者!」「貴様、何者だ・・・暗殺かっ!?」「えぇい、こんな時に!」胡車児は陳羣を突き飛ばし人がいないほうの廊下を走っていく。「うっ・・・沙摩柯殿!」「承知!」陳羣の言葉よりも早く、沙摩柯は追跡を開始していた。途中で「本物の」兵が加わり、数十から百ほどの勢となって追いかけていく。「太守様、一体・・・太守様!?」執務室の中にはむせ返るような血の匂いが充満していた。「おい、しっかりしな、高順!」楊醜と陳羣に抱きかかえられた高順は、苦しそうに呻く。「ごほっ・・・! ぐ、うっ・・・よ、楊醜・・・その、影は・・・」「・・・駄目だ、既に死んでいる。」首を横に振る楊醜。「そう、か・・・ぐくっ・・・」高順は悪い事をしてしまった、と後悔した。あの兵士が何者で、どんな理由で自分を殺そうとしたかは解らないが・・・油断をしたせいで、1人の人間が死んだ。「あの、影に家族がいたら・・・う、せ、生活の保障、を・・・」「太守様、そのような事よりも自分のことを・・・楊醜、楽進殿を探してきなさい、早く!!」「お、おう!」楊醜はすっと部屋から出て行く。「陳羣さん・・・・・・ま、間に合わない、かな・・・」高順は、自分を抱えている陳羣の腕を掴んで必死に自分の遺志を残そうとしている。「太守様、気をしっかりお持ちに! 助からないなどと言ってはなりません!!」「俺が死んだ、ら・・・後は、ちょ、趙雲殿に、全て託し・・・曹操、か劉備を頼って・・・っ・・・!」高順は陳羣に抱きかかえられたまま、ゆっくりと目を閉じた。賈詡・・・どうしてそこまで急ぐ・・・!これでお互い後に引けなくなった。もう手のうちようがないぞ・・・、と絶望的な思いの中で高順の意識が途切れた。「た、太守様・・・太守様?!」胡車児は何とか城の外へと抜け出していた。後は街の中に潜んで、ほとぼりが冷めてから出れば良い。時間はかかるだろうが逃げおおせるだろう、と思っていた。本当は毒を使用したい所だったが、高順の食事に混ぜる事も、飲み水に混ぜる事も困難だった。水と食料の集積場所はきっちりと管理者他数名の兵士が配置されていて、入り込むことも難しい状況であった。持ち合わせは粉末状の毒のみで、液体状の毒があれば刃に塗って確実に仕留めることが出来たかもしれないが・・・。だが、アレだけの手傷を与えたのだ。すぐに傷口を塞げばともかくも、そんなことは出来まい。胡車児としてはこのような実力行使はあまり取りたくない手段であった。兵士を買収しようにも、殆どが異民族、かつ高順に心服している者ばかりでそんなものに応じようとはしない。この時代にモラルと言う言葉はないが、高順隊の兵士は主君に対してのモラルと言う物が異常な高さであった。高順本人の無防備さに助けられる形であそこまで行けたというだけで、まともなやり方とは言いがたい。成功同然と言える結果だが「こんな危ない橋を渡るのは2度と御免だ」と胡車児は考えていた。走りに走り続け、何とか街へと抜ける城門まで到達した、と思ったところで、一人の女性がそこに立っている事に気がついた。暗殺者は舌打ちをして、もう一振り残していた長剣を抜いた。あの女さえ斬れば抜け出せる。ちらりと後ろを振り返ると、正規兵を連れた女(沙摩柯)が迫っている。その沙摩柯が、城門に立っている彼女に向かって大声でこう言った。「蹋頓っ! その男を逃がすなーーーー!!」「・・・はい?」呼ばれた蹋頓振り返るが意味も解らず、ハテナ顔をする。「その男は暗殺者だ! 高順がやられたっ! 殺さずに生け捕ってくれ!!」「・・・何ですって?」高順がやられた、という言葉と暗殺者、という言葉に蹋頓は反応し、普段の温厚な彼女からは想像できないほどの底冷えするような殺気が渦巻く。見れば、その暗殺者とやらは剣を振りかぶって斬りかかろうとしてくる。「どけ、女ぁぁ!!」蹋頓は動じる事も無く、持っている槍の穂先で胡車児の「剣を持っているほうの」手を薙いだ。「うがっ!?」先に斬り付けたのは胡車児だが、後出しの蹋頓の一撃のほうが速かった。胡車児の右肘から下が斬り飛ばされ血がふぶく。その隙を見逃す蹋頓ではなく、右腕を押さえて呻く胡車児の顔に踵蹴りを入れた。べきぃ、と音と同時に「べぐっ・・・!」と、胡車児は呻き口を押さえて蹲った。押さえている指の隙間からは血液がぼたぼたと流れ落ちていく。こうなれば、と舌をかんで自害しようとしたが、前歯が折れてそれもできない。瞬間。「くがっ・・・は!?」気付けば、蹋頓が目の前にいた。彼女は胡車児の手を払いのけて、血と折れた歯だらけの口に自分の指を突き入れた。いや、性格には布を、だ。口を開けさせ、猿轡のように絞った布を押し当てて舌を噛まないようにしたのだ。そうしてから、胡車児の残された手足を思いきり蹴り付け、へし折っていく。毒があれば、それを飲むかも知れないと言う事だ。「あっ、あああぁ・・・あああぁあぁっ!!!」「これで、自害はできなくなりましたね・・・もっとも、舌を噛もうと、そう簡単に死ねるはずも無いのですが。」蹋頓は、転げまわる胡車児の頭を掴み、左手で右の耳を引っ張る。「ぐぅぃいっ・・・」次第に、耳の付け根が「びちっ」と音を立てて少しずつ千切れていく。「あ、あがが・・・ひゃ、ひゃめ・・・」みぢぃっ!「あぎゃああああぁあぁ・・・!!!?」耳が千切れ、血が迸る。蹋頓は笑顔だったが、途方も無く冷たい笑顔だった。人の死など意にも介さない、と言うほどの。すぐそこまで走ってきた沙摩柯と兵士も呆然としてしまっている。兵士は当然だが、蹋頓とは長年の付き合いである沙摩柯でも、あそこまで冷酷な笑顔を見た事が無かった。底冷えのするような冷たい怒りと殺意・・・。あいつが、あんな表情を見せるだなんて。「簡単に死ねるとは思わないでくださいね。あなたの知ることを全部、洗いざらい吐いて頂きます。指を落とし、鼻を削いで、目を潰して・・・」「う、ああ、うううう・・・」胡車児は、彼女の殺意以外の感情が映らぬ瞳に、心底から恐怖を抱いていた。心を殺して冷徹に命令を実行する者が、その心をも握りつぶす殺意に負けている。「私から・・・私達から高順さんを奪うだなんて・・・ふふ。およそ、死んだほうがマシだと思う苦痛を与えて・・・苦しみの果てに、たっぷりと殺して差し上げますよ。ふ、ふふふ・・・」兄を、近しい人々を暗殺によって失い、今また暗殺で高順を失おうとしている蹋頓。そんな彼女のどこか壊れた笑みは、目の前にいる暗殺者に対しての明確な死の宣告であった。~~~楽屋裏~~~先週、1週間の更新が無かったのはここまでをある程度書き溜めていたからです。あいつです。気持ち悪い主人公ここに堕つ。(ぇ?さて、これで呂布陣営の崩壊は決定的となりました。賈詡の暴走を知る人が誰もいないというこの状況・・・袁術との同盟以前の問題になってしまいました。曹操も遠からず攻めて来るでしょうね(遠ではでは。