【習作&ネタ?】真・恋姫†無双 ~~陥陣営・高順伝~~ 第94話~~~寿春~~~大広間で椅子に座っている孫策は、高順からの贈り物、という大量の宝物に唖然としながらも、その高順・・・いや、高順の部下である劉巴からの状況説明の書類に目を通していた。内容は「孟獲と同盟。劉璋との衝突は不可避だが、こちらから仕掛けなければ当面は問題なし。」という事であった。毎日のように忙しい彼女達ではあるが、高順の扱い方と言うのも1つの悩みである訳で・・・。「ふぅん。つまり、上手くやってのけた、か。はい。」すぐ隣にいる周喩に書状を手渡して、目を瞑った孫策は腕組みして何事かを考えている。「ほぉ。独断専行は考え物だが、それ以上の成果を出したという事か。・・・しかし、だからといってこれか。」あらかた内容を読み終えた周喩は、書状を折りたたみつつ宝物へと目を向けた。孫策は瞼を開けて、周喩の方へと顔だけを向ける。「我が優秀な軍師殿はこれをどうお思いかしら?」「言うまでも無く。悪い言い方をすればゴマすり、だな。」「あ、やっぱし?」「ああ。独断専行はしたが、結果は出したしこれで勘弁して欲しい、というところか。」「全権委任したから文句は言えないのよねぇ・・・しっかし、こんなに贈ってくる? 普通」「そうだな。それだけ高順にとっては大きな意味があったということなのだろう。それに、私達にとっても僥倖。これで兵を養うための糧食、新しい武具の購入資金に充てられる・・・ネコババしたらお灸を据えるわよ?」「うっ」「・・・。するつもりだったのね」本気でネコババしようとしていたのかどうかは解らないが、孫策はそっぽを向いて周喩から視線を外す。その様子に、これまで何度したのかわからない溜息を吐きつつ、周喩は続ける。「雪蓮の言う通り、責める理由は少ないのだがね。独断専行とは言うものの、急がせたのも権利を与えたのもこちらだ。それで? 我が英邁なる主君は何をお考えかな?」「え、ちょっ・・・何よぅ、嫌味なお返ししないでよね」「そんなつもりは無いぞ。しかし、軍師としても宰相としても主君の御尊意は正しく知っておかねばならんのでな。腕組みをして何を考えていたのだ?」「ぶー。めーりんのいじわるー。」「で?」「・・・強引だなー。」「あなたにだけは言われたくないわ。」「ご尤も。・・・ま、高順の事なんだけどね。ヤバイかなー、って。」孫策は、自分の頭をカリカリと掻く。「やばい?」「んー・・・簡単に言うと、やってる仕事とあの子の立場が噛み合ってない、って感じかなァ・・・ね、冥琳。孫家で一番重きを成す武将というと自分以外で誰を想像する?」「ふむ? そうだな、先代から孫家にお仕えし幾多の戦場で武勲を挙げた四将。程普殿、黄蓋殿、韓当殿、そして亡くなってはいるが祖茂殿だな。」「だよね。そーいう人々が高順と似たような仕事をすれば、回りは「さすが先代からお仕えしている孫家の宿将だ」となる。でも、新参の高順であればどう?」「成程。言いたいことは解ったわ。立場はそこそこ・・・中堅どころか、もしかしたらそれ以下の武官。にも拘らずやらせている事は譜代の重臣級、か。」「それにねぇ。一部のお馬鹿さん達は「もっと信頼できる者を交州に据えるべきです」とか言ってくるのよね。」これに対しては、孫策はあっさりと拒否した。お前達の言う「信頼できる者」は、私にとって信頼が出来る者か。それとも、お前達にとって都合の良い信頼できる者なのか、と。大方、交州での権益に目が眩んでの事だろうが、そんな程度の連中に山越や武凌蛮やら南蛮を任せることは到底できない。あんたらが高順と同じだけの金を稼いで、同じように異民族の統治が出来るなら任命してもいいけど? と言うと、全員が引き下がるのだから、その程度の考えでしかないのだろう。「全く。呂壱の件など自分たちには関係が無いと思っているのかな」「さぁ? 馬鹿の相手をするつもりは無いわよ。年齢とか仕えてる年数が長けりゃそれだけで敬われると思ってんだから。諌言なんかしてる暇あったら自分の仕事きっちりやれっつーの。」それを言えば黄蓋なども当てはまってしまうが、彼女らはそれだけの仕事をして、敬われて当然の立場。実力と役職がきっちりと見合っているということになる。「全くだな・・・ふ、内も外も苦労が多い。」周喩は苦笑しつつ、文官連中との軋轢に疲れて孫家首脳陣に背を向けた高順を思い遣った。成果を挙げれば挙げるほど一部の者には嫌がられる、というのはどこの社会でもあるものだが・・・この乱世では、人格もだが仕事のできる者が重要なのだ。己の仕事をきっちりこなして嫌われた高順と、それを妬んだ人々。残念ながら周喩にはこの軋轢を解決できなかった。「つまり、そーいうこと。立場・・・ま、太守って事にはなってるけど、高順達は孫家ではどちらかと言えば武力を期待されている立場。つまり武将としての働きが必要でもあるのよね。」「それは袁術の時に証明済みだろう。対劉璋戦でも発揮してもらうがな。こちらの戦局如何では呼び戻す必要もある。」「うん。ま、重臣連中と比べればどうしても軽んじられるけどねぇ。南蛮と友好的に同盟を結び、金銭面でも貢献・・・ほんと、立場以上の働きをしてくれるもんだわ」だからこそ、困ることになるとは思いもしなかった。さて、どうしたもんかしらねー、と孫策は呟く。「ふぅむ・・・ならば、正式に漢王朝に認めさせるのはどうだ。上手くやれば、雪蓮にも恩恵がある。」「へ?」周喩の提案に、孫策は不思議そうな表情を見せた。「まず、漢王朝にもう一度朝貢する。」「はぁ? そんな余裕・・・」「無くてもやる。そして「交州を平定、南蛮と盟を結び南方の脅威を取り除きました」とする。」前回は江南を平定し、玉璽を袁術から取り戻したという名目での事で、交州を平定したという話は出していないのだ。実際には平定したばかりだったという話でもあるが、そこに武凌蛮や山越も服従させたと加えれば資金力だけではなく軍事力もあると喧伝できる。そこに、漢王朝とは距離がある南蛮をも同盟相手として平和裏に収めたと報告すれば、漢王朝としても動かない訳には行かない。「一番手っ取り早い手段としては、高順本人に朝貢をさせるという手もある。」交州は漢王朝にとっては手が届きにくい、統治のしにくい場所だ。先代の交州支配者は士燮で、この人は毎年漢王朝に朝貢を行っていた。漢王朝もその功績を認め、また手の届きにくい交州をそれなりに平和に治めてくれるなら・・・と、安遠将軍と龍度侯を与えている。「じゃあさぁ、高順に士燮が与えられた位を継いでもらうってのはどう? 「俺は士燮の政治を踏襲しますよー」って風にして、交州の統治者である事を内外に示す、っての」「ほぅ・・・?」「あ・・・でもさぁ。向こうには曹操がいるでしょ?」「ああ。しかし、奴は魏公となり今は西の馬騰へと向かっている。まだ証細は不明だが・・・留守役は置いているとして、少なくとも許都にはいないだろう。曹操の部下は皆すすんで魏の位を受けている。一部は密偵のような形で漢王朝の臣として残しているのだろうな。」「じゃあさ、その隙に徐州を奪うのは? 曹操がいないのならいけるんじゃない?」「許都を窺うには良い話だが、あの曹操が武将を配置していない訳はない。確か、徐州には張遼や陳登を始めとしたやり手が配置されている。」落とせんではないだろうが、その後に攻めてくるであろう曹操の軍勢を防ぐのが難しいところだな。と周喩は肩を竦めた。「劉表が動く可能性は少ないが、蜀戦線がどうなるかは全くわからない。使者を派遣して「まだ事を荒立てるな」と高順には釘を指すが、防衛拠点が増えたことで戦線が長くなりすぎている。攻勢限界を超えかけているんだよ」「むぅぅぅ・・・」馬騰のほうが上手くやる可能性だってあるし、もし馬騰が負けても曹操の戦力はある程度削られる。こちらの不利益とはならないというのが周喩の読みだ。「蜀はまだしも、本隊であるこちらが保たんさ。消極的だが後の先を取り、反撃戦で曹操の戦力を削りつつ勢力を広げる。現状で取りうる最良とは言わないが最善であると考えている。多方に敵を抱えているのは両者変わらずだが、そこは上手く使わせてもらおう。」曹操が劉璋と劉表を動かすことは出来ないだろう。劉璋は中央から離れているし、劉表はそもそも外敵にだけにしか反応しない。「今のところは軍政とも充実を図り、外にも良い顔をする、さ。」「今まで付いて来てくれた皆の昇進も考えなきゃいけないけどね」孫策のぼやきに、周喩は苦笑しつつ「ただし」と言い加えた。「覚えておけよ、雪蓮。厚遇すればいいというものではない。取り立て厚遇するということがその人を重んじる、ということには繋がらない時もあるとな。」「はぁーい・・・」「それとな。さっきの士燮の後を継ぐ云々だが。」「へ?」「それをやると、呉侯・討逆将軍より龍度侯・安遠将軍が高位になるぞ。」「・・・え」即却下された。~~~同時期、南中~~~同じ頃、高順が手配した交州からの後続隊が南中に到着。この中には華陀も混じっており、到着すると同時に負傷者に対しての治療活動を開始している。「うふぅぅううんっ! こぉのぉ、麗しい踊り娘(?)ちょうぉぉぉぉせんのぉぉ、治療を受けたいのはぁ何処の誰かしらぁぁぁん?」「おお、なかなか良いオノコがおるのぅ・・・ぐっふっふ・・・」・・・不必要な方々も混じっていたようです。負傷した(男性限定)人々の阿鼻叫喚蠢く天幕の側を、(うわぁ・・・)と思いつつ通り過ぎていく高順。彼は、後続隊が到着したという報告を受けてその様子を見に来ていた。到着と同時に救護活動を開始したという報告も受けており、さすが華陀だなぁ・・・とも思っている。先発隊でも、応急処置を行っていた人々に声をかけて手伝って貰っているらしく、天幕の数も多い。どこで治療してるのかねぇ? と華陀を探す高順だが、すぐにそれらしき場所は解った。1つの天幕に、長蛇の列。あそこかな、と覗きこむ高順だが「横入りは禁止です!」と自軍の兵に追い返されてしまった。「あ、あるぇー?」となって「いや、華陀に会いに来ただけですよ!? ていうかこう見えて一応隊長なんd「よく解りませんが、怪我人の治療が第一です! 華陀先生の邪魔をしないようにお願いします!!」「・・・はい。」よく解らんって。一応隊長の顔くらい知っておいてください。と涙目になる高順だが、その兵は交州で加わったようで高順の顔を良く知らないらしい。兵の前では頑張ってあの鎧とか兜を着用していたので、高順の顔を知らない人もいるようだ。兵の言う「怪我人の治療が優先」という事も理解できるし、考えてみれば今会って華陀の邪魔をすることも無い。結局、その場で会うことは諦めた高順は、届いた資材で城門補修を行っている李典らの様子を見に行く事にした。そして、夜。華陀は、まだ負傷者は多いもののある程度のところで見切りをつけてその日の活動を終えた。診きれなかった人々には「明日早朝から再開するから」と、南中までの道中に作っていた薬や痛み止めを配ってある。明日も大変そうだな・・・と、おかしなマッシヴポーズを決めている貂蝉と卑弥呼を放置して、華陀は寝泊りする為に割り当てられた部屋へと向かっていった。高順と出会ったのは、その道すがらの事。「よお。」「ん、高順か。」「良く来てくれたよ。・・・すまないな、俺の勝手で引きずり回して。」「ああ、別に構わないぞ。戦争が起こるのはお前のせいじゃない。それに、この状況で呼ばれないほうが頭にくるからな。」医術は仁術、仁術に貴賎なし。というのが基本方針である華陀にとっては、負傷者を放って置く様な状況こそが我慢ならない。ソレを考えたら、高順の都合で呼び出されたと言うことにも不満があるわけではない。「まぁ・・・一部の人は体の傷が癒えた以上に心に傷を負ったようだったけど。」「・・・あの二人だからな」貂蝉と卑弥呼に治療をされる人々の阿鼻叫喚地獄絵図を思い返して、二人とも表情がげんなりとなる。それは片隅において、「そういえば」と華陀は話題を逸らした。「麗羽たちも呼んでいたみたいだが良かったのか? 軍政には介入させないのだろう?」「ん? ああ、孫策殿にはそう言ったけどな。この状況じゃ、誰の手であっても借りたいんだ。それに、孫家の政策に口を出させるわけじゃないし?」「それで良いのか?」「良いんだよ。あの人達が嫌がるのはそういう意味で動かれる事だ。俺たちはここで仕事しているが、あの人たちの損益になるようなことをしてるわけじゃない。」あまり勝手に動くと何言われるかわからんけどね、と高順は肩を竦めた。黄蓋にもシバかれたし。高順がやる事と期待されている事は、蜀攻略の足がかり、そして蜀攻略大将(となる筈)の孫権を迎えるための下準備だ。その為に一応同格の同盟という手段を取り…でもって、攻撃をできる準備を整えつつも、基本は守備に徹する。その前に、曹操が北から攻めてきてそちらの防衛で呼び出されそうな気もするのだが…。麗羽らを呼んだのも、そんな状況になった場合の為だ。麗羽や田豫らと共に大量の物資、特に篭城用の食料や城壁・住宅修理用の資材などを手配していたが、輜重車に山積みされたそれらの物資を見て、孟節は絶句していたりする。物資食料の山、山、山…。それらを見た孟節は困り弱音を吐いていて、そのときのやり取り。「あの、高順様・・・あんなに沢山の物資、保管できる場所が・・・」「じゃあ、倉庫増設してください」「えっ」「えっ」こんなもんであった。「あ、それと。」「ん?」「趙雲と楽進が「なんで自分たちは呼ばれないんだー!」って叫んでたぞ。」華陀が思い出したように言う。「あの二人がいるからこそ、安心してこっちにいられるんだけどね。」「嫌がらせで叫んだんじゃないか? 特に趙雲。」「普通にそんな気がしてくるから怖いよ・・・。」ここから、高順達のてこ入れで南中の防備がエラい事になる。糧食はともかく、李典らの作成した砦と、その造りがどう見ても「殺し間」っぽく・・・引き込んで包囲殲滅を想定しているのだろうか。それを見た高順、思わず「何この「歓迎しよう、盛大にな!」な造り・・・」と発言している。それと、兀突骨の率いてきた藤甲兵を配置して奇襲に使うという手段も用意した。高順は知識的に藤甲が火に弱い事を知っていたし、火矢など使う余裕のない乱戦に持ち込ませればいい。騎馬隊の突撃と共に、歩兵部隊に混じって攻撃、攻撃を受け止めつつ味方の道を開く、等。火を使わせない、という前提条件をクリアしないといけないが、用途は多い。また、高順は兀突骨に頼み込んで藤甲鎧を一丁譲り受け、試験的にだが周倉に装備させることにした。城攻めでは相手が火矢を使うだろうから、そこでは使用できない。敵陣に突撃して、敵陣の中で軽業師のような身のこなしで暴れ周るというのが彼女の戦い方だ。徒歩で馬と同等の走破力を持つ周倉。騎馬隊の突撃に平気な顔して随伴できる彼女なら使えるだろう、と判断したのだ。・・・親衛隊らしいので、自分から離れて戦うのもどうかと思うが。その高順にしても敵兵のど真ん中で暴れていることが多く、気付いたら周倉も傍で戦っている。突撃隊としての仕事もこなしつつ、きっちり自分の役目をこなしているのだから仕方ないか、と容認されていたり。こんな感じで、蜀が攻めてきても迎え撃てるように彼是と働いている高順達。そこから2・3ヶ月ほど。蜀陣営も、孫家が孟獲と結んで防御態勢を整えていることを理解した。当初こそ、宣戦布告もせず攻め込んだため優勢だった劉璋だが、高順が介入してからは攻めあぐねており、状況を打破する手段がなかった。そこで、使者を送り込んできたのだ。高順と孟節は、城に入れて手の内を見せる必要はないと、城外に建築された砦付近で使者(出っ歯で背の低いおじさん)に会うことにした。使者が言うには「これは劉璋と孟獲の戦で、孫家には関係のない話だから手を引くように」ということだ。何で上から目線なんだ? そっちの都合なぞ知らん、と思いつつも茫洋とした表情で「そんな事言われてもな」と言葉を濁した。「そっちが断りなく攻めてきた上に捕虜にして連れて行った人々もいるしなぁ・・・それを返して貰わないとねえ?」乱世だから何でも許されるとは思わないし、劉璋が律儀に宣戦布告するとも思わないが、高順はわざとそんな事を言った。「いや、しかし・・・」「それにさぁ、俺って派遣されてきただけで上の思惑なんて知らないんだよ。言いたい事があれば俺の上に掛け合ってほしいね。」「むうぅ・・・」使者は困りきった表情である。後に知ったことだが、この使者の名は張松だったとか。実は上からのお使いが黄蓋で、その黄蓋は南中にいる。いるが、劉璋の都合など知ったこっちゃないし、掛け合ったところで「馬鹿かお前は」と返されるのが目に見えている。孫家の西側に対しての方針がはっきりしている以上、劉璋がどれだけ文句を言おうと前述どおり知ったことではないのである。話の中身が食い違って・・・というか、そもそも前提から話を合わせる気がない孫・孟陣営。きっちりとした話し合いになる訳もなく、ただ時間稼ぎをされただけで張松はすごすごと引き下がるしかなかった。潼関。公孫賛が援軍として参加して以降、3ヶ月。馬騰軍は不利な状況へと追い込まれていた。それまでの戦いで減らした以上の兵が加わってしまって、戦力・兵力共に完全に呑まれる形となっている。南北に築いた砦も落ち、後方の砦からも戦力を出さねばままならない状況だ。そして、この2ヶ月ほどの戦いの中で、西涼10軍閥のほとんどが戦死していた。成宜(せいぎ)・李堪(りたん)・梁興(りょうこう)・程銀(ていぎん)・馬玩(ばがん)・張横(ちょうおう)が戦死。砦を再占領したり、また奪われたりする中で、撤退に失敗して壊滅させられた部隊もいれば、落とし穴にかかって壊滅させられた部隊もある。将だけではなく兵も半数以上が失われ、すでに馬騰軍の敗北は動かないだろう。ただし、曹操軍も相当に疲弊している。公孫賛が来援してからは持ち直したが、やはり五胡式戦闘術に慣れていない者が多く、そのせいで被害も大きい。この被害の大きさを見た曹操は仕方なく、洛陽・弘農・河内などの守備部隊を一部動員して、更に兵数を増やした。数で質を押し込んだ、とは言うが・・・兵力的に見ても曹操側の死傷者は多かったのだ。そして、今。「・・・それは、本当なのですか。」「うむ。・・・信じたくはありませんが。」「・・・。そう」韓遂の報告に、馬騰は肩を落とした。彼女の陣幕には馬超・鉄・休姉妹に、馬岱。龐徳や成公英もいる。西涼の主要都市の陥落。それは蜂起した西羌族の王の一人、徹利吉(てつりきつ)によって、である。反抗的であった彼の押さえに、同じく王の一人である迷当大王(めいとうだいおう)を残したのだが・・・それが負けてしまったのだと言う。それが一ヶ月以上も前の話。ここまで情報伝達が遅れたのは、急を知らせようとした早馬が全て捕らわれてしまったからだ。韓遂が知ったのもつい先ほどのことだ。多くの密偵を放っていたがそれもあらかた討たれたようで、帰ってきたのは10人もいなかった。それらの情報を整理した結果が、西涼失陥というものだった。どうも、長安に残した楊阜(ようふ)という男が裏で糸を引いていたらしい。この楊阜、長安を陥落させたときに最後まで抵抗していた曹操軍の将で、その忠義・戦いぶりを認められ、命を助けられた男である。「じゃあ・・・長安もすでに」「そう、お前の思うとおりだ、馬超。すでに曹操陣営に戻っている。楊阜は復讐の機会を狙っていたということだな」「くそっ、あいつめ。助けられた恩を仇で返しやがって・・・だから、どれだけ押し返しても曹操は強気で攻めてきたんだな」右の拳を、左掌に叩きつけて馬超は悔しそうに歯噛みした。「私に見る目がなかった、それだけです。しかし・・・帰る場所もありませんか。」長安で篭城し時間を稼ぐという手段も取れなくなった。どころか、本拠地が陥落してしまってはどうしようもない。ここまで、ですか。と馬騰は立ち上がった。つい先ほどまで負傷した兵士を癒術で癒していた馬騰だが、体力・気力ともに限界だった。疲労が溜まりすぎて、まともに戦う事もできないだろうがそれは他の将兵も同じ。帰る場所がないという事実は精神的なダメージが大きいものだ。「義姉上。どうなさるおつもりか?」「私の首を差し出します。そうすれば将兵の命は助かるでしょう」下手をすれば馬超をはじめとした娘たち、それに韓遂の首も必要かもしれないが、それは本人たちも覚悟をしている事だ。しかし、韓遂は馬騰の首を差し出すという事に断固反対の立場だった。「馬鹿なことを仰せになる。義姉上や馬超らが死んでどうするのです。我らはまだ負けたわけではありませぬぞ!」「ですが」「ですが、ではござらぬ!」ぴしゃりと言い切る韓遂の迫力に、馬騰は気圧される。普段ならば弱気になるような性格ではないが、根拠地まで失った事が堪えたのだろう。「宜しいか、義姉上。我らは意地を通さねばなりませぬ。」「意地・・・」「さよう、意地です。義姉上は曹操に仕えるなど御免被る、と。曹操の良いように使われてやるものか、という意地で曹操に挑んだのですぞ?」ならばこそ、と韓遂は続けていく。「義姉上には逃げていただきます。再起を図ってもらわねばなりません。」「逃げる・・・? ですが、逃げてどうなると言うのです。張魯や劉璋、劉表を頼れと?」 「どれも頼りになりませぬな。・・・もう1つ、報告していないことがあります。高順の行方について。」『何ー!?』高順、という言葉に三姉妹が反応する。今まで何処にいるか判らず、姉妹は気を揉んでいたがそれが判ったのだという。「ここより南東・・・江南は孫家の厄介になっている、という話が舞い込んでおりましてな。」「ちょ、それどこ情報!? どこ情報だよそれー!?」「うるさいぞ馬超。ちなみに情報源は華陀な。頼んだのはお前だ。」「・・・あ。」交州まで高順にひっついて行った華陀が馬超の元に手紙を出していたが、それが戦中のことで伝わってくるのが遅かったらしい。この情報を拾ってこれたのは、ある意味で幸運だったと見るべきかもしれない。「じゃ、じゃあ高順を頼れってこと??」「高順を頼り、そこを窓口にして孫家に渡りをつける、というほうが正しかろうな。」「では、馬超を行かせれば良いでしょう。私もここに残り・・・」馬騰の言葉に、韓遂は首を横に振る。「いえ、行くのは義姉上に、娘たち。それと馬岱ですな。馬超らだけでは甘く見られましょう。それに、あれらだけでは何もかもが不安です。」「・・・・・・。」まあ、確かに・・・と思えるのが何と言うか。実際、馬超は政治とか駆け引きとかができる性格ではない。その点を見れば、姪の馬岱のほうがよほど世渡り上手。直情径行何も考えず突っ走る、という思い切りの良すぎる性格の馬超。親から見ても愛すべきお馬鹿ぶりで、そこはかわいいと思うが変に利用されたりしても困る。それは判っているが、やはり納得できるものではない。「私に生き恥を晒せと言うのですか・・・兵も何もかも見捨て、己の取るべき責を取りもせず生き延びろと。」「然り。義姉上と馬超らがおらねば馬家の復興も出来ますまい。馬援より続く血脈を絶やしてはなりませぬ。それに今の義姉上では、馬超らを逃がす為の盾にもなれませぬ。」確かに、馬騰は心身ともに疲労してまともな働きは期待できない。それに比べれば韓遂はまだまだ元気なほうで、少なくとも馬騰よりは戦える。「たとえ負け、生き恥を晒そうと、生きて曹操に逆らうことで意地を押し通す。一度決めた生き方を曲げるなど、それこそ貴方らしくない。・・・そういうわけだ。さ、もたついている暇はありませぬ。ここより南西にある上傭に抜け、国境沿いに南へと抜けるのです。」「ちょ・・・お、伯母上はどうするつもりなんだよ? 残るって言うのか?」「ん? ほぉ、馬超が他人を心配するとはなぁ・・・ははっ」「な、何がおかしいんだよ!? 馬鹿にすんなぁっ!」「馬鹿になどしておらぬさ。義姉上を頼むぞ、馬超。・・・成公英!」「え、あの。私の意志は・・・」馬超を慰めるかのように肩をぽん、と叩き、韓遂は腹心の少女へと向き直る。(馬騰は無視された「はい!」「各陣に伝達せよ、義姉上はこれより南へ抜ける。それを逃がすための戦いだ、残りたいやつは残れとな。急げっ! あ、それと・・・そぉいっ!」「はぐっ!?」思い出したかのように、馬騰の顎に一撃を決めて気絶させる韓遂。普段はともかく、疲れきっている状態の馬騰を気絶させるくらい簡単なことだ。こうでもしないと、頑固に「ここに残る!」と言い出しかねないし、それが原因で逃走が遅れても困る。昔に比べればこの頑固さも薄れたものだが・・・馬超は、その頑固を良くも悪くも受け継いでいる。血は争えんな、と思っているがそれは良しとして。韓遂に成公英・龐徳。そして生き残った10軍閥の楊秋、侯選と共に砦に立て篭もる。馬騰直轄の兵士数千に馬家姉妹・馬岱をつけて南方に脱出させる為の戦いである。将兵にはいつ降伏しても良いと言ってあるが、そんな気配はなさそうだ。韓遂は成公英にも脱出を勧めたが「絶対残ります!」と聞き入れず、結局残ることになった。まだ若いし、ここで死なせるのはいかにも勿体無い。そう思っての事だったが、いつも気弱なこの娘は、今回は絶対に退かなかった。逃亡する馬騰とそれを守るために同行する兵は7千強。馬騰を逃がすための盾となって残る韓遂以下、残存兵2万数千。それに対する曹操軍、10万以上。韓遂らは馬騰達を逃がすため、そして、馬騰と違う形で己の意地を押し通すため。開戦時と同程度、あるいはそれ以上の規模に膨れ上がった曹操軍に対し、最後の一戦を仕掛けようとしていた。~~~楽屋裏~~~あれ・・・西涼がやたらシリアスだよ・・・? あいつです。前に更新が滞るといったが・・・騙して悪いがあれは嘘だ(何・・・すいません、すぐに新PC買いました。年末のお金が必要なときにトンデモ出費痛いです;;次回、西涼編が「駄目だった」「逃げ切れなかった(・ω・)」「【ヤーン】」とかにならないよう頑張ります。頑張ります・・・で、久々に。~~~番外編、もし高順が北に行けばどうなった?~~~「高順殿」「何ですか、趙雲殿」「高順殿のお決めになったことゆえ、多くは申しませぬが・・・やめておいた方が良かったのでは?」「うーん・・・そうだよねぇ。」「仰りたい事は判ります。袁家に付いたほうが戦力的に優位な立ち位置。しかしながら・・・」趙雲はいささか疲れたような表情で、自分たちの前を進む袁紹の後ろ姿を見つめた。現在、高順隊は袁紹と共に鄴へと向かっている最中だ。袁紹が連れてきた一千ほどと、高順の五千が一緒になっている。高順は散々悩んだ挙句、今度は趙雲を連れてもう一度袁紹の陣幕を訪れた条件を突きつけた。公孫賛・張燕・烏丸を戦うのは仕方ないとしても、滅ぼさず傘下に加えること。自分や部下の身の安全、立場の安堵。約束を守りさえすれば、仕えてやっても良いが破ればすぐに離れる、とそういう事だ。これを聞いた袁紹は「えっ?」と耳を疑った。「それだけで構いませんの?」「えっ?」「どこぞの太守にしてくれとか、官位とか爵位を貰えるように上奏してくれとか、そういう要望が来るとばかり。」「・・・仕えてもないですし、働きも無いのに。いきなりそんなものを要求はしませんよ」「そもそも、私は彼女たちを死なせるつもりがありませんけど。」「はぁ。」しかし、これは袁紹から見て易い条件だった。今言われた3勢力と交戦する意思はあっても、滅ぼすつもりは無い。それは明言した通りだ。自分で戦ったわけではないのだが、防衛戦として有利であったことを見ても、孫策・曹操を敵に回して互角の奮闘を見せている部隊がそんな条件で仕えてくれるなら、本当に易くて安い。袁紹は高順の突きつけた条件を飲むとして、更に自分からこう切り出した。「戦功があれば、どこぞの太守に抜擢しても良いでしょう。新参であろうと何であろうと、働きには相応に報いますわ。」「はぁ。そうですか」「それともう1つ。もし私が貴方の意にそぐわない・・・たとえば、先ほどの条件に反する行いをしたなら」「したなら?」それまで座っていた袁紹は立ち上がり、高順の目の前まで歩き立ち止まる。彼女は高順の前で、腰に挿していた袁家の宝刀を鞘ごと引き抜いた。この宝刀、宝飾ばかりの刀で実用性は低いがそれなりに切れ味はある。その宝刀を高順に渡し、袁紹は背を向けた。「構うことはありません、それで私を後ろから斬りなさい。」「は!?」これは、同席していた趙雲だけでなく、その場にいた袁紹の兵や審配も予想していない事だった。彼ら全員の視線が袁紹の背に向けられる。「私は勿論、部下にも手出しはさせません。好きなときに殺りなさい。」それを思い出しながら、高順は渡された宝刀を見つめて握り締めた。「あそこまで啖呵きられちゃったら、ねぇ・・・」「むむむ。」「何が・・・いや、まあいいか。」その啖呵を間近で聞いていた趙雲は唸る。何より聞いていた感じとまるで違っていたのだ。聞くところではただの馬鹿とか頭の中が残念な人とか、良い印象を感じる話が無かった。ところが実際はどうか、と言えば・・・お人よしな部分はあるものの、少なくとも馬鹿ではないように見えた。いや、馬鹿なのだが、噂で聞いていた方向性とは違う馬鹿だ。(ふーむ・・・)ちょっと考えたが、まぁ良いか。と趙雲は半ば開き直った。楽進、李典、沙摩柯など、多くの人々が「本当に大丈夫なんだろうか・・・?」と思っているが、高順本人ですら少し不安である。蹋頓は文句は言わなかったが、その代わりに「対烏丸戦には出ない」と高順に言っているし、高順もそれを了承している。高順だって出たくないのだが、必要があればあれば部隊を率いる者として出なければならない。(公孫賛殿のところで勝つか負けるかわからん戦いをするよりも、多分勝つ側で助命運動したほうが成算は高いよな、多分・・・あれ?)だが、高順はすぐに思い出した。 このままだと、対曹操戦になる→官渡の戦い→敗北 な流れではあるまいか。しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっっ!!!?何もかも見通しの甘い高順の明日はどっちだ。・・・。結局、高順はそのまま鄴へと入っている。そのまま公孫賛との戦い、つまり界橋の戦いに参加。緒戦から公孫賛本人が率いる白馬陣が突撃。それを迎え撃つかのように袁紹軍先鋒となった高順、つまり陥陣営が激戦を繰り広げる。この界橋の戦いに於ける公孫賛・高順両隊の激突は凄まじく、それに引きずられた形で両軍は総力戦へと発展、僅か数日での決着となる。結果は袁紹軍の勝利、烏丸も張燕も参加する前に勝敗が決まってしまったのである。(この戦で、趙雲と張郃。高順と高覧。二組の一騎打ちが発生しているが・・・省く。)公孫賛側は、武将の損失こそほとんど無かったものの兵士を多数失い、また袁紹側も被害は小さくなかったものの、予想よりも早い終結となり曹操に備える時間が大幅に増えた。このような流れで、袁紹は入念に開戦準備を行い、万全の状態で曹操との決戦に挑むこととなる。~~~楽屋裏~~~短いですが番外編でした。一騎打ちは書きたかったですが・・・まぁいいや、面倒(は?この番外編は、けっこう状況を飛ばしていきます。官渡はそこそこにやりますが。補足しますと官渡発生時期でも田豊おじいちゃん元気ですし、あの3馬鹿も相変わらずです。高順一派は・・・顔・文コンビとかは当然、審配や麹義、他の人々ともけっこう上手くやってるんじゃないでしょうか?曹操とかの場所とは違って普通の人は多そうですから、やりやすい勢力なのかもしれません。公孫賛とかも仲間になるでしょうからねぇ・・・