幻想郷の外れにある博麗神社。
そこに住む巫女である少女も日課の掃除を行いながら、そこはかとなく気分が高揚していた。
博麗霊夢(はくれい・れいむ)
艶やかな黒髪を赤いリボンで両サイドに結び、えらく通気性の良い巫女服?を着た少女である。
一見、ただの少女であるが霊的な力がとても強く、さらに『空を飛ぶ程度の能力』を所有しており、今まで数々の異変を解決した実績を持っている。
見た目通りのか弱い少女では断じてない。
その日はいつにも増して晴れ晴れとした日だった。
相変わらず賽銭箱が空なので、朝っぱらからむなしい気持ちになったがそれを和らげてくれる、思わず身体を動かしたくなるようなそんな陽気だった。
なんとなく何かが起こるような気がする。
そんな予感を感じながら彼女は掃除を続けた。
そしてそれはうららかな午後の気持ちのよい日和の中、あっさり訪れる事になる。
本人が想定した物とはまた違った形だったが。
「霊夢、いるか?」
「あら、珍しいわね。慧音、何かあったの?」
縁側で日に当たりながら茶を啜っている所に現れたのは人里の守護者である慧音だった。
上白沢慧音(かみしらさわ・けいね)
陽光を受けて輝くような銀の長髪を背中に流し、特徴的な帽子に青を基調にしたゆったりめの服を着た女性。
人里で寺子屋の教師をしている事から非常に生真面目且つ実直で規律を重んじる人物である。
普段、あまり人里から動かない彼女が飛行しても着くまでに時間のかかるこの場所へ来るのは霊夢の言うとおり、珍しい。
宴会にしても参加する事が少ない方であるし。
「うむ。用件というのはこちらの男性の事でな。紹介しよう。田村福太郎さんだ」
「あ~、どうも~~」
慧音の後ろから彼女に視線で促されて現れたのは全身を黒っぽい服装でまとめた男性だった。
年の頃二十代後半。背は慧音よりも高く、余り手入れなどはされていないだろう長めの髪を無造作に背中に流している。
だが霊夢が気にしたのは彼の外見ではなく、その服装だった。
幻想郷の人里では一般的に着物が流通している。
一部では洋風な服装、表現しづらい奇妙な服装をしている者もいるが人間であるならば大概はそうだ。
だが目の前の男性は黒一色の身体の線が浮き出るような『Tシャツ』と深く生い茂った森林のような色合いの、この世界では余り馴染みのない『ズボン』を履いていた。
「その人……もしかして外来人なの?」
「ご明察だ。すぐにでも元の世界に帰りたいとおっしゃってな。お前の都合も考えずに連れてきてしまったのだが頼めないだろうか?」
霊夢としてはうららかな午後の陽気をめんどくさそうな話で壊されたくはなかった。
勿論、口には出さなかったが。
しかし男性は彼女の不満をどうやったのか敏感に察知し、自分の荷物を砂利の上に降ろすとあろうことか。
「俺はどうしても帰らなあかんねん。そっちの都合考えないで来たのはほんとに済まん思てる。やけど、どうかお願いします」
頭を地面にこすり付ける勢いで土下座をした。
慧音も驚いたのか息を飲むような仕草をしたのがわかる。
霊夢自身も正直なところ、驚いていた。
博麗の巫女という幻想郷に置いてとても重要な立場にあるとはいえ、彼は『幻想郷の理』の外の人間。
ましてや男性で彼女より大体一回り程度、年上だろう。
今までも外来人が迷い込んでくる事はあったが、靈夢がこの幻想郷に置いて色々な事に精通しているだなんて信じない輩が多かった。
こんな小娘に何が出来ると隠しもせずに見下すような人間すらいたのだ。
それに何か恨み言があったわけではない。
ただ気に食わないと感じていた事も事実だった。
だから彼のこの行動に霊夢は戸惑いを感じた。
「別に、構いませんよ。そういうのもアタシの仕事ですから」
飲んでいた湯飲みを脇に避け、立ち上がる。
霊夢はなるべく無愛想に答えたつもりだったが動揺が口調に出ていないか無性に気になった。
福太郎は彼女が色好い返事をしてくれた事にホッとしたらしく、立ち上がると霊夢と慧音にまた頭を下げた。
「ありがとなぁ、巫女さん。慧音さんも無理言ってすみませんでした」
「いや気にしなくていい。故郷に帰りたいという気持ちは誰でも持っているものだしな。まして君は来たくて来たわけではないのだから気が焦るのも仕方ないさ」
「私の場合、こういう事を解決するのが役割ですから。それと私の名前は博麗霊夢です。巫女さんって一括りで呼ばれるのはなんか嫌だから名前で呼んでください」
言うだけ言ってさっさと歩き去っていく霊夢。
無愛想な顔で、特に感じる事などないと言わんばかりの態度だ。
彼女が無関心なのはいつもの事だがここまで徹底的に愛想がないのは珍しい。
慧音はその事を感じ取り、困惑した視線を彼女の後ろ姿に向けていた。
「慧音さん。俺、なんかあの子を怒らせるような事言ったんですかね?」
「いや……正直なところ、今まで私が関わった外来人の中では非常に好感の持てる態度だったと思うが……礼儀正しかったしな」
「なんや虫の居所が悪いところに声、かけてしもたんかなぁ?」
二人が首をかしげて唸り声を上げているなど露知らず。
霊夢は淡々と外来人を帰す術の準備を始めていた。
準備と言ってもそれほど時間のかかる作業ではない。
ただ普段は隔たれている外と幻想郷を繋げるための門を開くだけだ。
門の基点となるのは博麗神社の大鳥居。
石階段を登り切った所にあるこの鳥居こそが外と中を繋ぐ門なのである。
普段は停止させている機能を札と術式、博麗の巫女の霊力を持って起動させる。
札さえ切れていなければ、十分程度で終わる作業だ。
そして今回の場合、札はしっかりと補充してあり、まだまだ余裕があったので想定通りの時間で作業は完了。
福太郎はその説明を受け、ぱぁっと顔を明るくして喜んだ。
「あとはあなたが自分の世界を思い描きながら鳥居をくぐれば外に帰れます」
「わかったわ! ほんっとありがとな。霊夢ちゃん!!」
「はいはい。わかったから早く行ってください」
屈託のない、年の割に子供っぽい笑顔で礼を言われ、内心で霊夢はまたも戸惑う。
博麗の巫女として『当然の事をしている』彼女は実のところ、感謝される事に慣れていなかった。
異変が起これば博麗の巫女が解決する。
それはこの幻想郷におけるルールの一つ。
最近では彼女とは別口の人間が首を突っ込む事も多いが。
原則として異変に際して博麗の巫女は動かなければならないのだ。
それが当たり前である以上、彼女に対してわざわざお礼を言いに来る者はいない。
彼女が人里を訪ねれば、お礼を言う者も少なからずいる。
だがそれは『当たり前の事をした労い』に過ぎない。
そして普通の人間である彼らからすれば異変に立ち向かえるだけの力を持つ霊夢の存在は妖怪たちとさして変わらないようで。
その態度もどこか遠慮がちで、一歩引いた物だ。
友人であるところの霧雨魔理沙やアリス・マーガトロイドたちのような、彼女と対等である事が出来るだけの能力を持っていない人間ならばそれも仕方のない事。
対抗する術がなければ、どうあっても対等ではいられないという事を霊夢は理解し、諦めていた。
故に彼女は普通の人間であるはずの福太郎の態度と言葉に。
自分に対して何の遠慮呵責無しに伝えられる想いに困惑していた。
緊張した面持ちで鳥居の前に立つ福太郎を見つめる。
この僅か一時間に満たない時間で彼女のペースをかき乱した男は、ゆっくりと鳥居をくぐるべく足を踏み出す。
鳥居を潜り抜ければ彼の存在は蜃気楼のようにこの幻想郷から消える。
そのはずだった。
「……あれ?」
「あれ~~?」
鳥居をくぐり終えた彼がそこにいた。
くぐる前とまったく変わらずに。
キョトンとした顔で首を傾げながら。
想定していなかった事態に霊夢も釣られて首を傾げる。
「戻れなかった、のか?」
「ウソ……」
慧音の端的な結論に霊夢は思わず駆け出す。
鳥居に貼り付けた札とそこから漂う自身の霊力を視る。
まったくの正常である事を確認し、未だ事態を飲み込めていない福太郎を見る。
「なんで?」
「いや俺に言われても、なぁ? とりあえずもう一回やってみよか」
危機感に欠ける発言の後、鳥居をくぐってみる。
しかし何度やっても結果は変わらず。
彼の姿は未だに幻想郷に残ったままだ。
「札は正常。術式もちゃんと動いてる。……なんで戻らないの?」
「霊夢。術が正常ならば何か他に原因があるのではないのか?」
自身に問いかけるように顎に手を当てて考え込む霊夢と混乱している彼女を諌めるように意見する慧音。
しかしその意見が霊夢に届いているかどうかは微妙な所だ。
こういった事態は初めてなのだろう。
どうにかしようと必死になって思考している彼女の姿は彼女の性格を知る者たちからすれば驚愕モノだ。
慧音も彼女のこの様子には内心、とても驚いている。
「あ~、霊夢ちゃん霊夢ちゃん」
「っ!?」
思考に没頭している彼女を引き戻したのは当事者である福太郎だった。
霊夢の頭を軽く掌で叩いて正気に戻す。
随分、手馴れた様子の彼と霊夢の姿を見て、慧音は場違いにも二人が『年の離れた兄妹』のように思えてしまった。
何故、突然こんな事を考えたのか本人としても不思議だったが今の二人を表す言葉として自然と出てきたのだから仕方がない。
「とりあえず俺は帰れへんって事で、ええんかな?」
「……はい。今までこんな事なかったんですけど。いえ……言い訳はしません。すみません」
ため息をつくようにゆっくりと自分の置かれた状況を言葉にする福太郎。
そんな彼の言葉を悔しさを滲ませた口調で肯定し、謝罪する霊夢。
常に自分のペースを崩さず、ともすれば自分勝手と見なされる態度を取る彼女がこれほど真剣な態度で謝罪する所を慧音は見た事がなかった。
正確には霊夢が失敗するところを彼女は知らない。
だから自分の失態を全面的に謝罪する所を見たことがないのだ。
「ああ、ええよええよ。原因がわからんっちゅうんならしゃあない。たまたま今日は運気が悪かったとかそーいうのがあるかもしれんから。そんな気にせんといて」
霊夢ならば元の世界に帰せると彼が知った時の喜びようは慧音も見ている。
そんな彼が帰れないという事実にショックを受けていないはずはない。
だと言うのに彼はそんな事は些細な事だとでも言うように霊夢を気遣っていた。
「霊夢。当事者である彼がそう言っているんだ。あまり気に病むな(……しかし驚いたな。ここまで人間が出来ているとは)」
「でも失敗してそれで『はい終わり』だなんて出来ないわよ。スキマ以外で福太郎さんを還せるのは私だけなんだから」
霊夢は唇を噛み締めて、彼女から見れば気休めとしか思えない言葉をかけた慧音を睨みつける。
彼女も失敗するとは思っていなかっただけにショックを受けていた。
そうでなければここまで露骨な八つ当たりをするような人間ではないのだ。
「落ち着け、霊夢。私たちが怒鳴りあっても彼が現状、帰れないという事実に変わりはないんだぞ?」
「う……わかってるわよ」
慧音を睨んでいた顔を背けて、自分を落ち着けるように深呼吸をする霊夢。
実年齢に比べて達観している印象のある彼女の年相応の仕草に慧音は微笑ましげに口元を緩めた。
「あ~、霊夢ちゃん落ち着いた?」
「すみません、福太郎さん。見苦しい所を見せました」
頭を下げる霊夢に手をひらひら横に振って気にするなと言う福太郎。
こんなやり取りを十分ほど続けて彼は慧音に声をかけた。
「慧音さん。とりあえず帰れないようなんでまた人里まで連れてってもらえますか?」
「あ、ああ、わかった」
福太郎の元の世界への執着心の一端を知っているだけにあっさりと諦めたその様子に慧音は思わず目を瞬いた。
「霊夢ちゃん、何度も言うけどあんまり気にせんといて。俺はええから」
「それじゃ私の気が済みません。色々調べて、絶対に貴方を外へ帰してみせますから」
「ほんまに気にせんでええのになぁ」
珍しくやる気を見せる霊夢と苦笑交じりに頬を掻く福太郎。
そんな二人のやり取りがまた『兄妹』のように見えて慧音は笑みを浮かべた。
「さ、福太郎。そろそろ行こう。それじゃまたな、霊夢」
「ええ。福太郎さんは人里でゆっくりしていてください。くれぐれも危ない真似はしないでくださいね。死なれたりしたら私がこれからやる事が無駄になっちゃいますから」
「あははは、肝に銘じとくわ。でも霊夢ちゃんも無理せんといてな」
術式を解いた鳥居を抜けて石階段を降りていく福太郎と慧音を見つめながら霊夢はさっそく神社の蔵へと向かった。
博麗神社からの帰り道。
慧音は隣を歩く青年に気になった事を聞いた。
「なぁ、福太郎。君は元の世界に帰れなかった事にショックを受けていないのか?」
愚問である。
ショックを受けていないわけがない。
慧音とてそれはわかっている。
だがわかっていながら聞かずにはいられなかった。
それほどに福太郎は自然体だったのだから。
まるで帰れなかった事を気にしていないような。
「……勿論、ショックは受けてますよ。正直、帰れへんかったんは痛いです。約束もあるし、勝手にいなくなって心配してくれる人もいるんで余計に」
博麗神社にいた時の危機感のなかった彼はそこにはいなかった。
顔の右半分を右手で隠すようにしながら呟く彼の顔は本当に辛そうで痛々しかった。
「……すまない。だがそう思っているなら何故、霊夢にもっと食い下がらなかったんだ?」
わざわざ帰れない事を気にしていない風に振舞ってまで、彼は霊夢に気を使った。
こういう事に対処する最も有力な存在である彼女に。
「俺を送り帰せなかった事で傷付いてるみたいでしたからね、あの子。あれ以上、何か言って泣かれたり怒鳴られたりしたくなかったんですよ」
基本、ヘタレな人間なんでとおどけて言う彼に、しかし慧音は納得できなかった。
「だが当事者である君ならもっと言いたい事を言っても罰は当たらないぞ。君が悪いわけではないんだからな」
「ん~~、責めるとか文句言うのは余り好きじゃないんですよ。ましてや頑張ってる人間にもっと頑張れなんて馬鹿な事も言えませんしね」
「……君は、人の気持ちに敏感なんだな」
「怒られたないから、人に嫌われるような事もしたないからって考えてたら自然にこうなったんですよ。別に偉そうに言えるような事じゃないです」
そう言って彼は自嘲するように笑う。
それから二人は無言のまま、人里への道を歩いていった。
「義鷹ぁ、ちょい戻るの時間かかりそうや。言うまでもない事やけどそっち頼むなぁ」
彼が小さく呟いた言葉は慧音の耳にも届いていたが、彼女はそれについて触れる事はなかった。
霊夢はこの二日後、人里に足を運んだ。
買出しと、あくまでその『ついで』に福太郎の様子を見るため。
慧音から彼が阿求の所で世話になっている事を聞いていたので、そちらに向かう為に大通りを歩いていると。
「こんちゃー、霊夢ちゃん」
「えっ?」
目的の男性の声が聞こえた。
声の方向に慌てて振り向くと妙に立派な看板の横に骨組みしかないような椅子に座って、細長い棒を指で回しながら笑っている福太郎がいた。
「福太郎さん……何してるんですか?」
「うん、帰れる方法が見つかるまでただダラダラ居候っていうのも人間としてアレやからね。自分に出来ることでお金稼ぐ事にしたんよ。ちょっと制限かけてるけど」
そう言って福太郎は何枚かの紙を霊夢に渡す。
紙に描かれた物を見て、彼女は驚いた。
それはこの大通りを描いた絵だった。
黒色の、筆とは違う細い線で人の往来までを細かく描かれた物。
吸血鬼が住まう紅魔館で似たような風景画を見た事があった。
別に彼女はその手の芸術に興味があるわけではないが、今手にある絵には生き生きとした何かが感じ取れる。
「これ……福太郎さんが?」
「うん。昔取った杵柄というかそんな感じやね。これやったら物珍しさに惹かれてお客さんも来てくれるし。俺の腕も鈍らない。一石二鳥や」
楽しげに笑いながら余り見たことのない木製の台に乗せられた板に紙を乗せる。
先ほどまで指で回していた棒、外の世界で鉛筆と呼ばれるソレで彼はスラスラと紙に何かを描き始めた。
邪魔をしては悪いと思い、霊夢は彼が描いた絵を一枚ずつ見る事に集中する。
彼は真剣に自分の描いた絵を見ていく霊夢を照れくさそうに横目で見ると、また絵の作成に取り掛かった。
それからしばらく二人は無言でお互いの作業に没頭する。
主に街の中の風景が描かれたその絵は、本当にその風景をそのまま切り取ったようにリアルだった。
風景を切り取るという意味ではかの鴉天狗のカメラで取った写真もそうだ。
だが福太郎の描いた絵は描き手の想いが込められているように暖かく感じられる。
その暖かさに霊夢の表情は自然と綻んでいた。
「なぁ、霊夢ちゃん」
「あ……はい?」
絶えず動かしていた右手を止めて、福太郎は彼女を見つめる。
あの日、博麗神社で土下座した時のような真剣な表情に霊夢は同じく真剣な面持ちで向かい合う。
「君は俺よりも長く生きてな」
「え? あの、それってどういう」
突然の言葉に訳もわからず霊夢が聞き返す。
だが福太郎はその言葉には答えず、今さっき描き上がった絵を彼女に手渡した。
彼女の目が見開かれる。
「これ、私?」
「絶対に元の世界に戻してくれるって言うてくれたやろ? 俺に出来ることなんてこれぐらいやからね。安っぽくて悪いけど御礼や。気に入らんかったら捨ててもええよ」
柔らかく微笑む自分の胸像画に霊夢の胸が熱くなる。
こんな顔が自分に出来たのかと言う今更知った自分の事がおかしくて思わず笑ってしまった。
「こんな事されたら私も頑張らないといけないですね」
「程々にしてな? 君に助けて欲しい人間は何も俺だけやないんやから」
今まで所々で感じられた子供っぽさが抜けた静かな笑み。
彼女は福太郎のその言葉に自信に満ち溢れた表情で頷くと宣言した。
「大船に乗ったつもりでいてください。博麗の巫女の力、見せてやりますから!」
「ああ、うん。これからよろしくなぁ」
年相応の躍動感のある霊夢の表情は非常に魅力的だった。
意気揚々と去っていく霊夢の背中を見送り、彼はまた紙に鉛筆を走らせる。
「あの子なら俺より先に死ぬことはないやろな」
下書きを終え、筆を持つ自身の右手首を眺めながら静かに笑う。
まるで悟りを開いた老人のような、儚く脆い笑み。
自分の行き着く先を見据えたその顔は実年齢以上に大人びて見えた。
この日、最も時間をかけて描き上がった絵は最高の笑顔を浮かべた霊夢。
阿求邸を描いた時と同じように絵の具を使って鮮やかに彩られたその絵の出来に満足げに頷くと福太郎は今日の仕事を終了した。
完成した絵は阿求邸の彼の部屋の押入れに今もひっそりと置かれている。
幻想郷にとってはほんの小さな、語られる事もない歴史の一部。
しかし博麗の巫女と何の力も持たない絵描きにとっては忘れられない思い出。
これからも積み重なっていくだろう思いはやがて良くも悪くも人間を前へと進めていくだろう。
これは『楽園の素敵な巫女』と『迷い込んでしまった絵描き』の物語。
あとがき
誰だ、この巫女は?(挨拶)
作者の白光でございます。
霊夢に関しては年が一回りも離れていて男性が相手なのだから敬語かなぁ?と漠然と感じて書き進めました。香霖には敬語だったような気がしたというのもありますが。
今回は霊夢と福太郎の出会いと親しくなる切っ掛け部分になりました。
霊夢の在り方や境遇など多分にオリジナルっぽさが混じってしまったように思えますが違和感なく読んでいただければ幸いです。
次の話は下記の三名からのいずれかになります。
1 普通の魔法使い
2 完全で瀟洒な従者
3 宵闇の妖怪
誰の話かドキドキワクワクガクガクブルブルしていただければ幸いです。
この物語を読んでいただきありがとうございました。
また次の機会にお会いしましょう。