それは空前絶後などと言う言葉でも表し切れないほどの状況だった。
世界の中心に厳然とそびえ立つ裁判所において、世界政府の旗が燃え落ち、世界に対し宣戦布告がなされた。
それを為したのは十人にも届かぬ少数海賊団。
騒がしい戦闘音は宴のように鳴り響き、世界を侵食していく。
海賊達は止まる事を知らない。
いや、止まる気などハナからないのだ。
なぜならば己を突き動かす衝動が消えるのは"死"意外にありえないと知っているから。
全世界が敵だとか、歴史的大犯罪だとか、実のところそんなややこしい話はどうでもいいのだ。
単純な話。
彼らの行動理念はただ一つ、奪われた仲間を取り返す。
ただそれだけだったのだから。
第十六話 「開戦」
「さて、ここは礼の一つでも言ってもいい場面なんだろうな」
世界政府と海賊。
裁く者と裁かれる者。
相反する両者は、エニエスロビーの最深部にて海を挟んで睨み合っていた。
ガレーラとフランキー一家の奮闘もあり裁判所と司法の塔を繋ぐ"跳ね橋"が徐々に架かり始め、戦端が開くのも時間の問題となった時。
強い風が吹きつける中、クレスは並び立った一味に向け口を開いた。
「なに殊勝な事言ってやがる」
サンジの言葉に、それもそうかとクレスは呟く。
「だが、そんな殊勝な言葉も浮かんでくるさ。
おれ達はずっと逃げ回って来た。それがこうして立ち向かえる日が来るなんて思っても見なかったからな」
クレスの言葉に仲間達は何も言わない。
それは小さな告白であり、後悔ともまた違った回顧だった。
クレスはロビンの隣に立つ男へと視線を映した。
「ロビンの隣に立ってる海兵がいるだろ?
アウグスト・リベル。おれの師匠だ。
正直な話、アイツだけは規格外だ。まともにやり合って勝てる可能性は分からん。
勝てるか、それとも負けるか。どこまで食い下がれるすらも、何もかも分からねェ」
リベルの強さはまさに規格外の一言に尽きた。
語り継がれる伝説はどれも本物で、例え嘘だとしてもリベルならば現実に為し得るだろう。
今この瞬間においてもクレスの中で思い描かれる最強の男、それがリベルであった。
言ってしまえばクレスが修め鍛え上げて来た六式もこの男の模倣から始まり、常に目指し続けた姿でもあった。
「冷静に考えれば馬鹿なことやってんだとも思ってるが、そんな馬鹿なことに今は意味があるんだろうな。
だから言っとく、───アイツは、おれが倒す」
その言葉に仲間達はクレスを鼓舞するように肯定の意を示した。
そしてクレスの言葉を聞き取ったのか、司法の塔でリベルが昂然と笑みを浮かべたのが見えた。
「だからまだ礼は言わん。
それはロビンと二人帰ってきて初めてお前ら全員に言えるものだからな」
クレスの視線とロビンの視線が交差した。
ロビンは強い意志の篭った瞳でクレスを見つめ、クレスは必ず助けると頷いた。
もう言葉は必要はない。後は行動に移すのみだった。
「さて、じゃあ悪いが先に行かせてもらうぞ」
静かにクレスは船長に対し一番槍の許可を問う。
ルフィは力強く告げた。
「行け、クレス!」
「───アイ、キャプテン」
その時、一瞬だけクレスの瞳が紅く瞬いた。
◆ ◆ ◆
海賊達が司法の塔へと乗り込んでくるのを待ちわびているのはCP9の面々も同じであった。
永きに渡り暗い戦いの中に身を置いて来た彼らは確実に戦いの始まりを感じ取り、その心を昂ぶらせて行く。
血に飢えた獣のように、戦いの瞬間を待ち続けていた。
「構えろ。来るぞ、エル・クレスが」
そんな時、裁判所の屋上に立つクレスの姿を捉え続けていたルッチが警告を発した。
クレスの強さを知るカクが戦闘態勢を取り、他の面々が訝しげにクレスに注目した瞬間だった。
何の前触れもなく裁判所の屋上よりクレスの姿が消失した。
「さて、おれの女を返してもらおうか?」
『─── !!? ───』
声を紡いだのはクレス。それは声がはっきりと聞き取れるほど近い。
CP9の面々は突如目の前に現れた男に瞠目する。
現れた位置は錠で繋がれたロビンに手を伸ばせば届く程の距離だったのだ。
先程ロビンの下へと駆けた時と明らかに違う。
速い、などと言う悠長なレベルではない。
尋常ならざる速度。いや、速度で表す事自体が正しいとも思えない。
速度と言う観点ではCP9の誰もが"剃"と呼ばれる移動術を習得しているが、そんな彼らから見てもクレスの動きは異常にとれた。
その動きは正しく"消失"であり、"出現"であった。
なぜならば誰一人してクレスが動いた形跡を見てとれなかったのだから。
「クレス……!」
目の前に現れたクレスにロビンが手を伸ばそうとする。
だが、その両腕は錠につながれ上手く動く事が出来ないでいた。
代わりにクレスがロビンへと手を伸ばし、その身をさらおうとする。
だがその腕は万力のような手によって固定された。
「素晴らしい身のこなしだ。
幻のようでありながら、圧倒的に早い。
神的……いや"魔的"とでも言うのが正しいのかな?」
快活にだが凄惨に、リベルはクレスに語りかける。
「だが、そう易々とこの子を奪われては我々の面子が立たないな」
クレスを掴む腕は尋常ではない程の力がこめられ、そう簡単に振りほどけない。
「オイオイその手を離せよ、おっさん。
ロビンがそこにいんだよ、人の恋路を邪魔すると碌なこと無いぞ」
「おやおや私とした事が。とんだ失敬を犯していたようだ。
だが、嫌だと言えばどうするかね?」
「蹴り飛ばす」
答えを発すると同時に、クレスの肉体が躍動する。
リベルに腕を掴まれた状態より無理やりに身体を捻り、切り裂くような襲脚を繰り出した。
クレスが狙うはリベルの胴。間合いの差より如何にリベルといえどもクレスの腕を掴んだままではまともに攻撃に晒される。
「賢しいね」
案の定リベルはクレスの腕を離し、その身を躍らせた。
クレスは改めてロビンを奪いにかかろうとするも、クレスの狙いを察していたリベルにより庇われ迂闊に手を伸ばすことすらできない。
やはりリベルを相手にしながらロビンを奪う事は困難を極めた。
息を短く吐き、再びロビンの下へと向かおうとして、クレスは急速にその身を躍らせた。
「貴様、さっきの動きはなんだ……!」
背後より指銃を放って来たのは能力によって巨大化したルッチ。
その顔に浮かぶのは激し苛立ちだった。
「さて何の事だ?」
「とぼけるな、エル・クレス。
まさかおれと殺り合った時は手を抜いていたとでも言うのか?」
「まさか、アホな事言うな。
ついさっき、正確にはお前等がウォーターセブンを出たその後に"出来るようになった"んだよ」
「戯言をッ!」
クレスに向け再度ルッチが魔弾と化した凶爪を振るう。
だが、放たれた指先はクレスを貫くその寸前で標的を見失う。
ルッチの目が再び見開かれる。
「指銃───ッ」
自らの懐、ルッチはそこに今まさに拳を引き絞ったクレスを見つけた。
ルッチを始めとしたCP9の面々が当然のように扱う"剃"とは異なる技。
まるで幻術にでも掛けられたかのような異質な移動術。
ルッチはクレスの見せた動きに完全に虚を突かれた。
「───"剛砲"!!」
渾身の力を込めて放たれた一撃は無防備なルッチに直撃する。
鉄塊を掛けようとも間に合わず、重すぎる一撃が炸裂しルッチを後方まで吹き飛ばした。
だがルッチとて一撃のもとに沈むつもりも無い。
「まァいいだろう、その方がおれも楽しめる」
疼くダメージを無視して吹き飛ばされた状況から無理やりに反転。
それと同時に剃と月歩をハイレベルで複合させた技"剃刀"でクレスに肉迫する。
「血の気の多い奴だ」
間合いは一瞬でゼロに。
その瞬間、クレスとルッチ、互いに突き出された拳が交錯する。
互いに放たれた一撃は拮抗。生まれた衝撃は圧力となって周囲に拡散する。
間髪入れずルッチが新たな拳を振るった。
振るわれた一撃に対し、クレスは大きく距離を取ることで回避する。
クレスが先行して攻撃を仕掛けた目的はロビンの身柄の奪取。
このままルッチとまともに殺り合い続ければ、クレスも消耗するだけと踏んだのだろう。
「「嵐脚」」
だがそんなクレスの都合などCP9の立場から見れば知った事ではない。
後ろに引いたクレスに対しカクとジャブラが追撃する。
放たれた斬撃はバルコニーの一部をいとも容易く切り裂くも、標的であるクレスには触れることは無い。
誰にも動きを悟らせる事なく、クレスはその場から掻き消え、別の場所に現れた。
「オイオイてめェ等、エル・クレスばっかに気を取られてんじゃねェよ」
クレスの動きに戸惑うCP9に向け、嘲るような声が掛けられる。
CP9が注意を向ける。そこに立っていたのは無力化したと思っていたフランキーだった。
「呆れた男じゃ、まだ立つ力があるとわの」
「あいにくと頑丈に造ってあんのよ」
カクが再び鎮静化させようと動くも、フランキーはギャングのような笑みを浮かべ、左腕を突きつけた。
すると手首がスライドしそこから凶悪な銃口が覗く。
フランキーは自らに改造を施した人造人間(サイボーグ)。その身体には幾多もの兵器が内蔵されていた。
「ウェポンズレフトッ!!」
覗いた銃口より轟音と共に幾多もの弾丸が放たれた。
一部悲鳴と共に身を伏せたスパンダムを掠ったが、弾丸は尽くが空を切る。
「懲りん男じゃ!」
弾幕を全てかわしたカクがフランキーへと肉迫する。
そしてそこから再起不能になる程の攻撃を仕掛けようとするも、唐突に目の前にクレスが現れた。
咄嗟に指銃を繰り出すカク。対しクレスはカクの指銃を鉄塊で受けとめた。
「お前さんがニコ・ロビン以外を守るとは意外じゃな」
「残念だが、こいつには"借り"があんだよ」
カクの一撃防いだクレスは流れるような動作でカクに鋭い襲脚を繰り出す。
クレスの蹴りは斬撃を纏いながらカクを襲うも、カクは寸前のところで紙絵で回避。そのまま無理に戦うことはせずに距離を取った。
「邪魔してくれんじゃねェよ、エル・クレス。
おれは守られるほど弱かはねェんだよ。……だが、てめェには感謝するべきなんだろうな」
クレスの背後でフランキーが振り上げていた鋼鉄の拳を降ろす。
そして、何かを決心したような表情で口を開いた。
「ニコ・ロビン、エル・クレス。
てめェ等が世間の噂通り兵器を悪用する悪魔じゃねェと分かった。
それどころか、互いを思いあうスーパーなカップルだと知った」
おもむろにフランキーは自らの腹部を開き、中から古びた用紙の束を取り出した。
それはフランキーが師から託されたもの。
ウォーターセブンの船大工が代々に渡り秘密裏に守り抜いてきたもの。
「カク、ルッチ、おめェらこれが何か分かるんじゃねェのか?」
フランキーはルッチとカクに向け、徐に用紙の数枚を捲る。
5年もの間、その存在の為に船大工となって任務につき続けた二人は即座にそれが何なのかを理解した。
それはその昔ウォーターセブンで生まれたと言う、世界最悪の兵器。
「≪古代兵器プルトン≫の設計図だ」
ニヤリとフランキーは笑う。
その事実を知ったスパンダムがどす黒い目で、よこせと声を張り上げる。
だが、フランキーはスパンダムに目をくれる事なく言葉を続けた。
「ウォーターセブンの船大工が代々受け継いできたのは"兵器の作り方"なんかじゃねェんだ。
トムさんやアイスバーグが命がけで守ってきたものは、古代兵器がスパンダみてェな馬鹿に渡り暴れ出しちまった時、その暴走を阻止して欲しいと言う"設計者の願い"だ」
生み出された兵器には世界を滅ぼすことも可能なほどの凶悪な力があった。
だからプルトンを設計した人間はその兵器が再び暴れ出した時、抵抗勢力となるように設計図を残す事を決めた。
兵器を止める為に、兵器を生みだす術を残す。この選択には矛盾があった。
しかし、この設計図を託した者は幾代にも渡り設計図を継いでいく船大工達の"善意"を信じたのだ。
「ニコ・ロビンを利用すれば確かに兵器を呼び起こす事が出来る。危険な女だ。
だが、20年もの間この女を守り続けた男がいる! そしてこの女を守ろうとする仲間がいる!
……だから、おれは賭けをする。おれが今この状況で"設計者"の想いをくんでやれるとすりゃただ一つだ!」
フランキーはプルトンの設計図を高く掲げると、口から吐き出した炎によって火を放った。
古びた用紙は一瞬で炎に包まれ、灰となって燃え落ちる。
そこから情報を引き出すことは誰も出来やしない。
スパンダムは燃え落ちた設計図を何とかかき集めようとしていたが、触れたそばから塵となって消えて行った。
5年もの歳月をかけた任務を台無しにされたCP9はその様子を茫然と眺めるしか無かった。
「本来こんなもんは人知れずあるもので、明るみに出た時点で消さなきゃならねェんだ。
これで兵器に対抗する力は無くなった。ニコ・ロビンがこのままお前達の手に落ちれば絶望だ。
だが、麦わら達が勝てば、お前らに残るものは何一つねェ! おれはアイツ等の勝利に賭けた!!」
高らかとフランキーは言いきった。
そして鋼鉄の拳を鳴らすと、臆す事なくクレスの隣に並び立った。
「そう言う事だ。てめェ等の事は気に入った。
子分共が世話になったようだからな、今度は棟梁のフランキー様がスーパーな戦力になってやるよ」
「なるほど、それは心強そうだ。
まァ、実際アンタのことはどうでも良かったが」
「オイ!」
「だが、アンタの子分とは協力体制にあるからな」
クレスは裁判所を指した。
フランキーが目を向けるとそこにはフランキー一家の面々がエールを送っていた。
「まったく子分共め。誰が助けに来いなんて……。
……ごいなんで、頼んダンダヨォ~~~~ッ!!」
「泣くな気持ち悪い」
男泣きするフランキーに呆れつつも、クレスは油断なく周囲を見渡していた。
CP9の面々は血に飢えた獣のように闘争心を昂ぶらせており、隙を見せれば直ぐにでも襲いかかってくるだろう。
対し、ロビンをクレスから遠ざけるように立つリベルは今はまだ動く気は無いようで、静観の姿勢を見せ続けている。
「CP9ッ! 早くそいつ等を殺しちまえ!
よくもおれの設計図を台無しにしてくれやがって! 絶対に許さねェぞチクショー!!」
スパンダムが恐慌状態で叫び散らす。
だが、CP9の面々は誰一人として動けないでいた。
その原因はクレスが見せた異質な移動術だ。クレスが行った移動術をルッチを含め、誰一人として看破できないでいたのだ。
故に闇雲に飛び込む事が出来ない。
もとよりルッチ以外のメンバーよりクレスは道力でも上回っている。飛び込めば倒れるのは己だと本能で察していた。
戦局は完全に膠着状態となっていた。
「し、CP9ッ! どうした早くしろ!! おれの命令が聞けないのかァ!?」
そんな状況を感じ取ることのできないスパンダムがヒステリックに叫び続ける。
だが、CP9とて永遠とこの状況を続ける訳にはいかないことぐらい理解していた。
跳ね橋の起動こそ遅れているものの、海賊達がこの場所まで攻め込んでくるのも時間の問題だろう。
海賊達に負けるつもりはなかったが、そうなれば罪人であるニコ・ロビンとカティ・フラムを正義の門まで連れ出す事に遅れが出る。
思えばこの状況こそがエル・クレスの狙いだったのだろう。
まるで未来まで見通すような戦術眼は見事としか言いようがなかった。
「CP9の諸君。ここは私が預かろうと思うが、如何かな?」
静観に徹していたリベルの声が響いたのはそんな時だった。
悠然と、膠着した状況などまるで気にせずにリベルはクレスに向かって歩を進める。
それだけで戦いの場に奇妙な静寂が生まれた。
クレスは小さく舌を打ち、最大限の注意をリベルに向ける。
「それは困りますな、リベル少将」
だが、下策と分かっていてもルッチだけはリベルの行動に異を唱えた。
闇の戦いに生きるルッチにとって己が倒すと決めた獲物を奪われることは誰であっても許せるものではない。
それに今ここでリベルに手を出されれば、闇の正義を遂行し続けたCP9の名に傷が付く。
しかしそんなルッチをどこ吹く風と柳のようにリベルはかわす。
「私が聞いている君たちの任務は、罪人二人の捕縛と護送であった筈だが?
今の状況は、任務遂行に著しい障害が立ち塞がっている状況だと思うがね」
「何を持って障害とするかですな。
海賊達がこの地を落とすことなどありえず。エル・クレスもまた私が始末する」
「それはどうかね?
君たちでも今のクレス君の相手は荷が重かろう。
彼が身に付けた技は、初見殺しとしてもこの上ないものだからね」
含むようなリベルの言葉にルッチが反応する。
「まるで先程の技が何か知っているかのようですね」
「ああ、知っているとも。
なにせあの技は私が教えたのだから」
リベルの答えにルッチの目が見開かれる。
「とは言っても、彼の前で一度だけ"似たようなもの"を見せただけなのだが。そうだね、クレス君」
問いかけられたクレスは、肯定の意を示す。
リベルはかつての弟子の成長に楽しげにに笑った。
「<剃"幻歩">それが先程の技の名だ。
彼の父親エル・タイラーが編み出した固有技法だよ。
この技は私であっても完全に扱い切る事は出来ない。出来るのは出来そこないの模倣だけだ。
正確に言えば先程のクレス君の技もオリジナルとはまた別のものだ。彼が自らの為に改良し、完成させたものと言えよう」
「……成程、それをこの短期間で身に付けたとは異常なまでの才覚だ。
だが、それでもこの男を始末するのは私だ。ふらりとこの地に来られたアナタに抹殺対象(ターゲット)を奪われる訳にはいかない」
「おやおや、それを言われてしまえば私は弱いね」
困ったようにリベルは肩をすくめる。
「ではこうさせてもらうよ」
その瞬間、リベルを中心として尋常ではない程の圧力が放たれる。
轟々と烈風が渦巻き、威圧が周囲を当然のように蹂躙する。
それは王者のみが許された風格。
それを当然のように纏いリベルは言を放った。
「スパンダム君! ニコ・ロビンを移送したまえ。
エル・クレスは私が相手をする。海賊達の始末は君に任せよう。よきにはからいたまえ」
リベルはルッチに向かい笑みを作った。
ルッチはその意味を悟る。
「し、CP9! 今すぐニコ・ロビンを移送する。エル・クレスはリベル殿に任せろ!!」
リベルの威圧に当てられ、半ば強制されたようにスパンダムが指示を出した。
ルッチは小さく無能な上官に舌打ちする。そして憎々しげにリベルを見た。
「やってくれましたな」
「何を言うかね? 私は何もしていない。
そう悲観することは無いだろう。宴はまだ始まったばかりだ、楽しみたまえ」
老獪にリベルは笑った。
リベルの思惑通り、スパンダムはCP9に海賊達の抹殺、更に自身の護衛としてルッチを指名した。
こうなればスパンダムが上官である限り、その指示に従わなければならない。
スパンダムは無理やりにロビンの腕を掴むと強引に正義の門まで連行しようとする。
膠着状態は崩れた。
リベルの参戦により、状況は一気にCP9側に傾いていた。
「不味いな」
クレスは連行されるロビンの下に駆け寄れないもどかしさに苦しみながら、状況の悪さに舌を打つ。
リベルとクレスが戦闘になれば、どう考えても周りの事を気にする余裕など無い。
そうなれば一味がまだこちらに来れない状況では、一対一ならともかく多勢に無勢でフランキーが倒される可能性が出て来る。
今の状況では戦力は一人でも多い方が良いに決まっている。それをみすみす失う訳にはいかなかった。
クレスが先行した目的は、ロビンの救出、または一味がこちらに攻め込むまでの時間稼ぎだ。
見ればまだ跳ね橋が完全に降り切るには時間がかかりそうで、ここでCP9に動かれるのは不味い。しかし、もう打つ手は無い。
だがそんな時、高らかに汽笛の音が鳴り響いた。
続いて蒸気機関の力強い駆動音が聞こえてくる。
法の番人を関するエニエスロビーの役人たちの意地により降下途中で止まっていた跳ね橋の向うから、汽車はやって来た。
『海賊共、海へ飛びな。向う岸まで送り届けてやるよ!』
車掌のココロの声が電伝虫から響いた。
こちらから、海を渡り、向うまで。
伝説の船大工が作った船は必ず約束を果たす。
そこに線路は無くともロケットマンは一直線に突き進んだ。
ココロの意図を察したルフィは腕を伸ばし、仲間たちを無理やりに連れ奈落へと続く海へと跳び込んだ。
その直後、暴走列車と化したロケットマンが轟音と共に裁判所を突き破り、半分ほど降りた跳ね橋をジャンプ台に駆け抜け、飛んだ。
ルフィに連れられた一味は飛び込んで来たロケットマンに着地。
「すまん、許せ!」
それを見たクレスは、隣に立つフランキーの腰元に脚を添える。
フランキーが疑問符を浮かべた。だが、構う事なくクレスはその足を海列車に向け振り抜いた。
「"焔管(えんかん)"!」
「は? どわあああああああッッ!?」
クレスによって吹き飛ばされたフランキーは無理やりに海列車の上に着地させられる。
始末しようとしていた標的の一つを予想外の方法で逃され、CP9も流石に動く事が出来ないでいた。
強引な方法だったが、CP9の包囲からフランキーを抜けさせるには唯一と言ってもいい方法でもあった。
おまけに一味と合流させられれば、何かと作戦も立てやすい筈だ。
海賊達を乗せた海列車は勢いのままに前方の司法の塔へと向け豪快に突き進んだ。
いつだってそうだ、いつも無茶苦茶な方法で困難に立ち向かった。
「───ロビン!」
油断なくリベルに視線を向けながらも、クレスはロビンの名を読んだ。
ロビンと再び視線が交わる。クレスは安心させるように笑みを作った。
「少しだけ我慢してくれ。必ず迎えに行く」
「ええ、待ってるわ」
力強くロビンは頷いた。
海賊達がやって来たというショックから立ち直ったスパンダムによってロビンは連行されていく。
スパンダムの守りはルッチが固め、その他の面々は海賊達との交戦に入るように命令された。
ロビンを奪い返すのは一筋縄ではいかないだろう。
だが、クレスは共に闘う仲間達の力を信じた。
「さて、どうやら舞台は整った様だね」
クレスが集中すべき相手はただ一人、<武帝>アウグスト・リベル。
己が思い描き続けた最強の男相手にどこまでやれるかは未知数だ。
だが、この男を倒さなければロビンと仲間たちと笑いあう未来は無い。
「死ぬ気でかかってきなさい。彼女達と共に生きる未来を掴み取りたければね」
「当然だ。あれだけ大見得切ったんだ、ここでお前に勝てなきゃ嘘になる」
息を吐きクレスは気持ちを落ち着かせる。
戦い、勝つ。
答えはいつだってシンプルなものだ。
「かかってこいよ、リベル。
年寄だからって、手加減はしてやらねェからな」
「よかろう。ならばまずは小手調べだな、小童」