───水の都に激震!!───
市長アイスバーグ氏に暗殺の魔の手。一番ドック職長カク氏に襲撃も。
昨日未明、ウォータセブン市長のアイスバーグ氏が自宅で倒れているのを発見された。
アイスバーグ氏は直ぐに医師の処置を受け一命を取り留めたものの、未だ昏睡状態が続いている。
犯行時刻は深夜と見られ、犯人は就寝中であったアイスバーグ氏の自宅に押し入り重傷を負わせた。手術の際摘出された弾丸から凶器は銃だと言う事が判明している。
部屋は荒らされた形跡はあるものの金品などが盗まれた様子はなく、捜査当局はアイスバーグ氏に恨みを抱いた何者かによる犯行ではないかと見て捜査を進めている。
犯人は海賊<麦わらの一味>との疑いも。
また同刻。ガレーラカンパニーが所有する倉庫裏の路地にて、帰宅途中であった一番ドック大工職職長カク氏が襲撃を受ける事件が起こった。
犯人はカク氏の証言より、海賊<麦わらの一味>のエル・クレス(懸賞金6200万ベリー)と判明。
カク氏は異変を感じ駆けつけた同僚のロブ・ルッチ氏と共に町の一角が全壊する程の激闘を制し、見事犯人の撃退に成功。犯人は重傷を負い水路にて逃走を図り、現在も逃走中である。
動機などは不明であるが、海賊<麦わらの一味>は先日ガレーラカンパニーとの間に契約上のトラブルがあり、その逆恨みではないかとの懸念も持たれている。
この同時期に起こった二つの事件は関連性が強いとの見方がされており、捜査当局は更なる捜査を進めると共に、近隣住民に警戒と情報提供を呼び掛けている。
───ウォーターセブンタイムズ号外より。
第七話 「隠された真実」
風の強い夜が明けた。
それが義務だとでも言うように、今日もまた定められたように日は昇る。
照りつける光は、引き潮のように覆っていた闇を連れ去ってゆく。
表れたのは、僅かばかりの真実の断片。
ウォーターセブンに住まう人々にとって昨日の事件はまさに晴天の霹靂とでも言うべき事態だ。
人々は事件から一夜明けた今日。その話題で持ち切りであった。
「そっちに逃げた筈だぞ、追え!」
「襲撃犯の仲間を逃がすな!」
人々の怒号と騒がしい足音が町中に響く。
声を荒げる人々の手には今朝発行された号外が握られている。
そこには町を騒がせている二つの事件の詳細と犯人と思われる海賊団の手配書写真が掲載されていた。
「……もう大丈夫、行ったみたい」
走り去って行った人々を屋根の上より見下ろし、息をひそめていたナミがやれやれといった様子で口を開く。
ナミの言葉にゾロが頷き、ナミに口元を押さえられ息が止まっていたルフィが、
「ぷはッ! 死ぬところだったぞ、ナミ!」
「うるさい! 追われてるんだから静かにしなさい!」
「……てめェもだよ」
ゾロの言葉を黙殺し、ナミは先程手に入れた号外を広げた。
そして困惑にも似たどこか納得できない感情を持って、ルフィとゾロに記事へと目を通すように促す。
メリー号を賭けたルフィとウソップとの決闘を経て一夜。眠れぬ夜を過ごした一味が突如町中から追われる身となった原因がそこには書かれていた。
「……市長の暗殺に、昨日の船大工の闇打ちか。しかも犯人はクレスの野郎と来たか」
「こんなのいくらなんでもメチャクチャよ! クレスがいきなり指名手配されて、私達が共犯なんて!」
「仕方ねぇだろ。おれ達は海賊なんだ。何かがあったら真っ先に疑われても文句は言えねェ」
理不尽な新聞の記事に怒りを見せるナミに、ゾロが冷静に言う。
ゾロの言葉はもっともだ。
<生死問わず(デッドオアアライブ)>。
世界の法は海賊を守らない。どう取り繕うとも一味は海賊。無法者である以上、身に覚えがない事件であっても真っ先に疑われるのは当然なのだ。
不幸中の幸いと言うべきは、顔が割れているのは手配書のある四人だけである事だろう。
ロビンとクレスを探しに行くと別れたサンジとチョッパー、そしてメリー号に残ったウソップは追われることはない筈だ。
「この記事の事どう思う? まさか記事の通りクレスやったって訳ないわよね」
不安を押し殺したナミの問いかけに、ゾロは僅かに時間を置いた。
「別に記事を鵜呑みにするつもりはないが、全てが嘘だとは思っていない」
「……どういう事よ」
「少なくとも、船大工の襲撃はクレスがやった可能性が高い。
昨日の船大工が犯人はクレスだと断定している以上、否定しがたいのも確かだ。顔も割れてるしな。
それにアイツにはそれができる力がある。この記事の現場写真を見ろ。町をここまで壊せるのはアイツ以外にそういるもんじゃねェ」
「でも、それがクレスだなんて!」
納得がいかないのか、ナミは思わず声を荒げた。
「昨日、クレスがこの船大工を見て胸騒ぎがするって言ってやがった。
今更だが、あの時はいつもと様子が違ったようにも思える。……過ぎた事だがな」
「そんな……!」
だが、ナミも全てを否定できずにいた。
ナミも昨日ロビンを探し回るクレスと遭遇している。
あの時のクレスは見た目こそ冷静であったが、普段ではありえないほどの焦燥に駆られているようにも思えた。
「だが、問題はそこじゃねェ。
襲われた船大工には悪いが、おれ達にとって重要なのは、クレスとロビンが未だに帰らない事とその原因だ」
ロビンの失踪。後を追うように消えたクレス。そして昨夜の事件。
これらを偶然と言うにはタイミングが出来過ぎている。
「もしも……もしもの話よ。
クレスがこの事件を起こしたとすれば、その理由ってやっぱりロビンの事よね」
あくまでクレスの無罪を信じるナミにゾロは何も言わず、問いかけに答える。
「だろうな。アイツの行動原理にはだいたいあの女が絡んでいる。
それに昨日のことを考えると、手がかりを追っての行動かもしれないな」
「……いなくなったロビンと船大工になにかあるってこと?」
「もしくは、既に合流を果たした後の示し合わせた行動かもな」
「ちょっと、ゾロ!」
「あくまで可能性の話だ。
いずれにしろ理由を知ることが解決の道だろうな」
ゾロは口を閉ざした。これ以上話しても推測の域を出ないと思ったのだろう。
別にゾロもクレスが悪いと考えている訳では無い。今持つ情報より推測される事態を読み解いただけである。
大切なのは物事の善悪では無く、真実なのだ。見定めなければ動くに動けない。
そんな時、黙り込んでいたルフィが立ち上がった。
「造船所に行って話を聞いてくる」
「ちょっと待ってルフィ! 気持ちは分かるけど、今動くのは危険よ! それにこっちの話を聞いてくれるかすらわからないわ!」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「話聞けッ!」
ナミは止めたが、ルフィは能力によって腕を伸ばし造船ドックへと向かってしまった。
この後の事を考えるとナミは頭が痛かったが、打つ手がないのは確かなのだ。ルフィのとった行動以外に一味が出来ることは少ない。
後出来るとすればクレスかロビンを見つけ、直接事情を聴く事であるが、この案は町の状況と世界政府からも逃げ抜いている二人の事を考えるとあまり現実的では無かった。
「今はまだ成り行きを見るしかないか」
ルフィの姿を見送りながら、ゾロは呟いた。
真実を見定めるにしても何にもまして情報が少なすぎた。
しかし、これより僅か数分後。事態は新たな局面を迎える。
昏睡状態であったアイスバーグが目を覚まし、襲撃犯についての証言を為したのだ。
アイスバーグの証言よると犯人は二人。
一人は仮面を被った正体不明の大男。
そしてもう一人は───ニコ・ロビンであった。
◆ ◆ ◆
ガレーラカンパニー本社。
つい先程、昏睡状態にあったアイスバーグが目を覚まし喜びに沸いたものつかの間、辺りには未だに騒然とした空気が漂っていた。
入り口付近には情報を欲する報道陣ら野次馬達が殺到し、武器を手にした職人達が険しい顔で辺りの警戒を行っている。
水の都で起こった事件は未だ終息の糸口すら見せる事なく、アクア・ラグナの到来とともに、混乱は更に拡大する事が予測された。
「まだ見つからぬようじゃの」
「だろうな、ここで見つかるようなマヌケではあるまい」
その本社にカクとルッチの姿はあった。
アイスバーグが意識を取り戻したという知らせを受け、外に出ていた職長達は一度本社へと呼びもどされた為だ。
職人達は総出で各所の警備に回っており、二人が歩く廊下には人影はない。
二人は対象のみに声が届くという特殊な発声法を用いて会話を交わす。
「少し面倒なことになったの。
計画の範囲内とはいえ、障害は無い事にこしたことはないんじゃが」
強さこそ計算外だったものの、クレスが何らかの動きを取ることはある程度予測されていた。
その上で行動を狭める為、CP9はあえて手がかりを与え、罠を張った。数少ない手がかりの中ではそれが罠と分かっていても飛びこむしかない。
その結果、作戦は見事成功したと言っていい。表向きは。
「問題はエル・クレスの状態。このまま引っこんでいれば楽なのじゃがな」
「あの男を甘く見るな。
可能性は低いが、足を掬われては話にならん」
「ワシには致命傷を与えたように見えたがの。あの傷で海に落ちれば、生きている方が疑わしい」
「確かに当分は動けない程の傷は与えたが、それで引き下がるわけでもないだろう」
フム、とカクは一度だけ自身の顎を撫でた。
ルッチにしては珍しく相手の事を買っているが、それだけの男という事だろう。
「まァ、今更あの男に何が出来るとも思わんがの」
楽観とも取れるカクの言葉であったが、それは実に的を得ていた。
一筋の希望を辿りついた先にあったのは手痛い敗北。それも最も信頼していた人間からの裏切りという形によって。
クレスは間違いなく肉体と精神に深いダメージを負った。これを癒すには長い時間が必要だ。
それに加え、この地に潜入し二人が5年もの歳月をかけ勝ち取った信頼は完璧である。
実際、昨日の襲撃の際もこの島の住人は二人の言葉を鵜呑みにし、その情報を大々的に報道した。
歪曲され脚色された情報は町中を巡り、CP9の望む今の状況へと導かれている。
だがそれ以前に、世界の法はCP9の味方なのだ。いかなる禁忌を犯そうとも、ルッチ達が裁かれることは無い。
例えクレスが何かを引き起こせたとしても、所詮"やりづらくなる"程度の話なのである。
衆人環視の中で戦ったとしても、隠蔽は可能だ。極端な話、邪魔になりそうならば目撃者を全員消せばいいのだから。
「じゃが、今夜ばかりは邪魔される訳にはいかん」
CP9側として、もっとも恐れるのは直接的な危害を与えられる事である。
彼らは今夜アクア・ラグナの混乱に乗じ、最終手段としての計画を実行するつもりであった。この際に邪魔が入れば、計画に確実な支障をきたす。
「それも織り込み済みだ。問題は無いさ。飼い犬の始末は飼い主に付けさせる」
「上手くいくかの? 正直なところワシは半信半疑なのじゃが」
カクの懸念にルッチは表情を変えず答えた。
カクとしては不安の残るものであったが、ルッチはそうは思っていないらしい。
「任務の成功には、障害は何を持ってしても排除しなければならない。
昨夜の一件で、我々は奴に対してその脅威を抱いた。あの女はそれを理解している。必ず動くさ」
「成程の……敵ながらに同情するわい。じゃが、動かなければどうするつもりじゃ?」
問いかけたカクに対し、ルッチは獰猛な笑みを見せた。
能力を発動していないにも関わらず、鋭い牙を幻視させる笑みを。
「その時は、今度こそおれが始末するだけの話だ。必要ならば二人ともな」
カクはそれ以上なにも言う事は無かった。
懸念される状況はあるものの、結局のところ任務に対し最善を尽くすのが全てである。
そんな時、廊下の向こうから職人の一人が慌てた様子で駆けつけてきた。同時に辺りの喧騒が大きさを増した。
「ルッチさん! カクさん! 大変です!」
「『どうした、なにがあったポッポー?』」
ルッチは船大工としての顔で問いかける。
カクもまた一瞬において仮面を被った。
「それが……! 麦わらのルフィが一番ドックに侵入し、解体屋のフランキーと共に暴れています!!」
「何じゃと!?」
予測される一つの事態にカクは驚愕してみせた。
所詮は計画のうちだ。海賊達が真相を知ることなどありえない事であった。
◆ ◆ ◆
ウォーターセブン裏町には広範囲にわたり倉庫地帯が広がっている。
造船業が盛んなウォーターセブンであったが、島の造形が材料の生産には向いておらず、必要となる物資はもっぱら他の島からの輸入に頼っているからだ。
連日、この場所には海列車や商業船によって大量の物資が運ばれ、物資は水路によって街の隅々まで行き渡る。言わば物流の源泉でもあった。
だが、そんな交易の源泉も≪アクア・ラグナ≫の到来は例外だ。海列車も運行中止となり、商業事態が滞るので閑散とした空気に包まれる。
しかし現在、辺りは緊張とざわめきに包まれていた。
その原因は昨夜の事件だ。
町の一角が全壊すると言う異常な戦闘が繰り広げられた事件現場では、現在も職人達が鑑識と共に捜査を進め、少しでも情報を得ようと詰めかけた報道陣と野次馬達がその外へと追いやられている。
その現場は凄まじいの一言であり、犯人の凶悪さを肌で感じた人々の奥底には得体の知れない不穏さが漂いつつあった。
「すごい数だ……」
「こりゃ大変な騒ぎになってやがるな」
そんな中に、ロビンとクレスを探しに向かったサンジとチョッパーの姿はあった。
二人は船に一人残ったウソップに≪アクア・ラグナ≫の事を大声で"噂し"、その後に手がかりを求めて現場へとやって来ていたのだが、この様子では有効な手がかりを掴むことは難しいだろう。
「チョッパー、お前ニオイとかで分からねェのか?」
「ダメだよ。時間も経ってるし、いろんな匂いが混じり過ぎて判別がつかない」
「そうか」
望みを賭けたサンジであったが、チョッパーの嗅覚による捜索も手詰まりの状態だ。
気を落とすチョッパーに気にするなと声をかけ、サンジは先程手に入れた新聞記事へと再び目を移した。
そこには市長暗殺事件の新情報、犯人と断定されたロビンの名があった。当然、一味の事も大々的に掲載されている。特にクレスの事は酷い書かれようだ。
記事により、二人の一応の無事こそ確認できたものの、街の人間は更に一味に対し敵意を抱いた事だろう。
「ルフィ達は無事かな?」
「ルフィはいいよ……心配なのはナミさんだ」
行方知らずの二人を除けば、顔が割れているのは手配書のあるルフィとゾロであるので、サンジは余り心配はしていない。
ただ、ナミの事は一緒に居る二人が二人なだけに心配であった。
先程ルフィが造船ドック暴れていると言う話を聞いたため、その想いは更に強くなった。しかし、こっちはこっちでやるべき事がある。
「さて、次に行くか」
「ロビンもクレスも……どこ行っちゃたんだよぉ」
「泣きごと言うなチョッパー、それを今から探すんだよ」
サンジはくわえていた煙草を靴の踵ですり潰すと、事件現場に背を向けて歩きだす。その後を獣形態のチョッパーが追った。
ウォーターセブンは島全体で一つの巨大な産業都市だ。
ただでさえ広いウォーターセブンであるが、町中に張り巡らされた水路と陸路が組み合わさり迷路のように入り組んでいる。その為、人を探すとあれば困難を極めた。
サンジとチョッパーは行方知らずの二人を探して出来るだけ町中を見て回り、時折町人に聞きこみも行ったが、大した情報は得られないままであり、時間だけが闇雲に経過していた。
「海列車は運行中か。……昼の便と、夜にもう一本出るのか」
現在、サンジとチョッパーは海列車駅である<ブルーステーション>へとやって来ていた。
立てかけられた時刻表を見れば、今日の昼の便で一般の運航は終了となっている。アクアラグナの影響だ。
夜は臨時便で、政府関係者専用の<エニエスロビー行き>であった。
「……もしかして海列車に乗っちゃったのかな?」
「乗っていたら厄介さは最悪のレベルだな。
このウォーターセブンだけでも広すぎて手に追えねェってのに……」
「どこ行ったんだろうな……おれ何か怒らせるような事したかな。クレスのオヤツ食べちゃったからかな?」
「バカ、んなわけねェだろ。
それにしても、だいぶ人影が減って来たな」
「風も強くなってきたよ。皆避難を始めてるんだ」
ここでも手がかりを得られず、二人は当てもなく再び町へと向かう。
住民たちが避難を始めた為、ウォーターセブンは時が経つ度に静まり返っていった。
街を行き交う人影も徐々に減り続け、建物と言う建物の入り口は閉じられ、鉄戸による補強が為されている。
今、町に居る人影のほとんどは一味を探し回る職人達であった。
そんな中を歩きまわるのは、巨大なジオラマの中に入り込んだような奇妙な錯覚を覚えた。
「おーい! ロビンちゃ~~ん! ついでにクレス」
サンジが声を出してロビンとクレスを呼ぶが、返事はない。
声は人影の無い町に寂しく響くだけであった。
クレスとロビンならば今の町の状況であっても一味と合流する事も可能の筈である。姿を見せない事には何らかの意図があるのか。
ならばその意図とは、一味との対話を拒絶しているとも考えられた。
記事の内容から察すれば、二人は共犯である可能性が高い。
もし昨日の事件が合流後に示し合わせた行動ならば、最悪の場合、このまま顔を見る事すらなく姿を暗ましてしまう可能性すら浮かび上がってしまう。
故に、サンジとチョッパーは一縷の望みをかけ二人を探す。
難しい話では無い。無事な姿を見て、仲間の下へと連れ帰れば全てが解決するのだ。
そんな時、チョッパーがクンクンと鼻を鳴らした。覚えのあるニオイに鋭い嗅覚が反応したのだ。
「あッ!!」
「どうしたチョッパー?」
サンジが問いかけるのと、チョッパーが喜びの声を上げるのは同時であった。
「───ロビン!!」
チョッパーの声に、サンジも弾かれるように視線を向ける。
そして探し回っていたその姿を見つける。
水路で隔てられた向う側の通路に、南風に艶やかな黒髪を揺らすその姿が見えた。
「ロビンちゃん!! どこにいたんだよ? 探したんだぜ、みんな心配してる!」
サンジは大きく手を振り、自身の姿をロビンへと知らせる。
安堵と喜びが混じったサンジの声に対し、ロビンは鋭い瞳に冷たさを湛えたままであった。
「一緒に宿へ帰ろう! いやァ、こっちはこっちで色々あってよ!
ゆっくり説明するけど……って、ああ、距離が遠いか。待ってなよ、今そっちに回るから!」
「いいえ。いいのよ、あなた達はそこにいて」
ロビンは冷たい声で拒絶する。
間に流れる水路が、決してまみえる事の無い隔たりだとでも言うような鋭さで。
「私はもうあなた達のところへは戻らないわ。ここでお別れよ」
ロビンは刺すような、硬質な声で言い放った。
その言葉にサンジとチョッパーは困惑する。
「何言い出すんだよロビンちゃん! あァ! そうか、この新聞記事の事だろ?
あんなの気にする事ねェよ! おれ達ァ誰一人信じちゃいねェし、事件の濡れ衣なんて海賊にはよくある事さ」
「そうね、あなた達には謂われのない罪を被せて悪かったわ。
だけど、私にとっては偽りのない記事よ。昨夜、市長の屋敷に侵入したのは確かに私」
「えっ……」
告げられた真実にサンジとチョッパーは息を飲む。
ロビンは二人の疑問を肯定するように、淡々と続けた。
「私はあなた達に罪を被せて逃げるつもりでいる。事態はもっと悪化するわ」
「何でそんな事……!?」
「その理由も、あなた達が知る必要はないわ」
もはや歩み寄る余地はないとロビンは決定的な意思を見せた。
「待ってくれ! じゃあ、クレスはどうなんだ!? アイツもロビンちゃんと一緒にいるのか!?」
「いいえ、彼はもういないわ」
機械的な様子でロビンは答えた。
どこか空寒くなるような声色だった。
「彼にもう用はないの。だから切り捨てたわ」
「それってどういう……」
「簡単な事よ。昨日の事件はもう知ってるわよね?
あれから姿を見せて無いのは、私が弱っている彼に止めを刺したからよ。運がよければ生きてるんじゃないかしら?
馬鹿な人……在りもしない手がかりを追って、無茶な事をして。でもおかげで助かったわ」
それが当然だとでも言うように、ロビンは表情一つ変えることはなかった。
ロビンの紡いだ言葉はクレスが姿を見せない事実と共に、重い響きとなってロビンを信じる二人を打ちのめす。
まるで別人のようなロビンの姿に耐えきれず、チョッパーが叫んだ。
「どうしちゃったんだよ、ロビン!
何でそんな事言うんだよ。あんなにクレスと仲良がかったじゃないか!!」
「あなたがどう捉えようとそれは自由よ。
彼と私は違う。彼は純粋に私を守り続けた。でも、私は彼に付き入り利用しただけ。
私が彼と共にいたのは彼にその価値があったから。でも、その価値は無くなったの。だから私は切り捨てた。フフ……あなた達と同じよ」
「そんな……嘘だ。おれは信じないぞ!」
「嘘じゃないわ。もう直ぐに分かるわ。
私にはあなた達の知らない"闇"がある。その闇はいつか必ずあなた達を滅ぼすわ。
運が良かったわね。短い付き合いだったけど、今日限りでもう二度とあなた達と会う事はない」
サンジとチョッパーは言葉に打ちのめされ、茫然と立ち尽くす。
ロビンは小さな笑みを作った。
その笑みは変わらない。船にいた時と同じものだ。
だが、紡がれたのは別れの言葉であった。
「みんなにもよろしく伝えて。
こんな私に今までよくしてくれてありがとう。クレスの事よろしくね」
そして届かない位置にいるロビンはその言葉を最後に、二人に背を向け事もなく去ってゆく。
闇に溶け込むように消えていくその背中を二人は必死に追おうとしたが、立ちはだかる水路に阻まれ碌に進む事が出来ない。
サンジが水の中に飛び込み、チョッパーが迂回してロビンのいた場所に辿りつくも、もうそこにロビンの姿はなかった。
「……見失っちまったか」
「うん……」
びしょ濡れのシャツを絞るサンジの問いかけに、力無くチョッパーが答えた。
二人はあれからロビンを追い、辺りを探し回ったものの、その姿を見ることはなかった。
先程の邂逅は、短くも決定的にロビンが意思を示したと言っていい。
ロビンは一味を捨て、市長暗殺を目論む何者かの下へとその身を転じたのだ。長年連れ添ったクレスさえも捨てて。
それは真実か、それとも嘘か。
いずれにしろロビンは行動を起こした。この流れはもはや止める事が出来ないだろう。
「チョッパー、お前……ルフィ達と合流して、今あった事全部話して来い。一言一句漏らさずな」
「クレスの事は? もっと探した方がいいんじゃないのかな」
「……これは勘だがアイツは多分生きている気がする。探すよりは出てくるのを待った方が確実だろう」
続けてサンジはチョッパーに告げる。
「おれは少し別行動を取る。まァ心配すんな、無茶はしねェから。とにかくお前はルフィ達と合流しろ」
これから何か起こるであろう予感を感じながら、サンジは水にぬれた煙草をくわえた。
湿気ってしまってそれは、火を灯すことはなかった。
◆ ◆ ◆
おれの名を聞いてみな。
そそり立つリーゼント。鋭いサングラス。鉄の鼻。羽織ったアロハ。海パン一丁。
かくも見事なファンキースタイルで男がそう問いかければ、ある者は怯え、ある者は罵声を浴びせる。
島一番のチンピラであり、はみ出し者。男に貼られたレッテルはその扱いを受けるに充分だ。
だが、ある者はこう言う。『ウォーターセブンの裏の顔』。
または『アニキ』と。
ウォータセブンに住む者にとってその名は良くも悪くも有名であった。
光があれば影がある。表があれば裏がある。
表から溢れ、影に生きる荒れくれ者達をまとめる悪のカリスマ。ウォーターセブンで最もスーパーな男にして改造人間(サイボーグ)。
賞金稼ぎにして解体屋<フランキー一家>棟梁。その名は───
「フランキー、さっきから随分と荒れてんじゃらいかい」
すっかりと酔っ払ったシフト駅の駅長ココロが、隣に座るフランキーへと話しかける。
造船島、ブルーノの酒場。
そこに昼間造船ドックでルフィを相手に大暴れを繰り広げていたフランキーの姿があった。
「うるせーよ、ココロのババー。
ハァ、今週のおれダメだ。景気はいいのに、気分は最悪だぜ。
アジトは壊滅、おまけに子分共を痛めつけてくれた<麦わらのルフィ>をとっちめようと思ったら、ガレーラの職長共の邪魔が入りやがっるしよゥ!!」
フランキーは異様に太い腕を伸ばし、カウンター席の上に置かれたコーラを飲みほした。
空になったジョッキを打ち付け、店主であるブルーノにもう一杯と促す。
店に入りからつい先程までは、落ち着いた様子でコーラを飲んでいたものの、夜が更け始めた途端何故かフランキーは苛立ち始めていた。
彼にしては珍しく、何かを貯め込んでいる様子でもあった。
「アゥッ! どーなんってんだよ、チクショウ! あの麦わら、次見つけたらタダじゃ済まさねェ!」
「そんなにアイスバーグのとこに忍び込んだ奴らが気にらるのかい? んがが、落ち着いたらどうらいフランキー」
「これが落ち着いてられるかァ!!」
そこでフランキーが貯め込んだ怒りに限界が訪れる。
「アァッ!! ムシャクシャしてきたッ! もうひと暴れ始めるかァ!!」
怒りのままに振り下ろした腕が、カウンター席を粉々に破壊する。
店内は一瞬で静まり返り、その中で一人フランキーが立ち上がる。
フランキー一家のスクウェアシスターズ、キウィとモズが慌てて声をかけたが、それを無視して肩をいからせたままフランキー店の外へと出てしまった。
「どうしたんだ、ココロばあさん? フランキーは急に……」
「んがががががが! さァねぇ、わかららいねぇ。バカの考えてる事らんて」
ブルーノの問いかけに、フランキーに視線を向けながらココロは答えたのだった。
「麦わらァ! どこだァああ、出てこい!!」
フランキーは風の強い町をルフィの名を叫びながら、練り歩く。
怒りのボルテージを上げたフランキーはまるで時限爆弾のように、怒りを刻んで行く。
アクアラグナの到来ともあって、町に人影は無く、誰も姿を見せる様子は無い。
そんな時、アニキィ! とフランキーを呼ぶ声が聞こえた。見れば、子分たちであった。
「アニキ! アイツ等ブチのめしてくれましたか!?」
「いや、まだだ。とんでもねェ邪魔が入ってよ、逃げられた」
「えェ!? 怒り状態のアニキから逃げたなんて、何て運の良い奴等だ!
しかし、おれ達ぁあの昼間に来た弱っちい長っ鼻野郎が一人で船を修理していたから、他の奴はみんなアニキがやっちまったのかと」
「あン? いるのか一人」
子分の言葉にフランキーはサングラスを額へと跳ねあげ、凶悪な笑みを浮かべた。
丁度いい。今はどんな手を使っても、<麦わら>をブチのめしたい気分だったのだと。
◆ ◆ ◆
そして、ウォーターセブンに再び夜が訪れた。
アクア・ラグナの影響により、天候は悪化への一途をたどり続ける。
吹きつける強烈な南風は石造りの建物さえ軋ませるように吹きすさび、波は時を待ちわびるようにざわめき始めた。
そんな胸の内がかきたてられる夜に、人々の思惑は交差する。
ガレーラカンパニー本社では、暗殺犯に対抗し職人達が鼠一匹通る事も出来ないような万全の警備態勢を敷いている。その中には当然、何食わぬ顔のルッチとカクの姿もあった。
そんな時、職人達に守られるアイスバーグは、自室にて秘書のカリファーと会話を交わしていた。
カリファーは壁を指し尋ねた。品の良い家具で統一された部屋の中に、何故明らかな異物である手配書を置いているのかと。
その手配書は20年前に作られた古びたものだ。そこには凶悪犯には見えない幼い子供が二人映っている。
<オハラの悪魔達>ニコ・ロビンとエル・クレス。
この幼子二人の事を、アイスバーグは手配書通りに<悪魔>と呼び、関わらない方が良いと口を閉ざした。
また、本社より少し離れた場所に位置する街路樹の上に人影が四つ。
それは真相を確かめに来たルフィ、ゾロ、ナミ、チョッパーのものだ。
直接ガレーラカンパ二ーへと真実を聞き出しに行ったルフィであったが、返って来たのは報道通りの答えだった。
その為、一味は真実を確かめるべく、ロビンの言葉より今夜再び大きな事件が起こると、この場にやって来たのだ。
果たしてロビンは敵か、味方か。そして結局姿を見せることは無かったクレスの安否は。
これは一味にとっても運命の分かれ目であった。
秒針は確実に時を刻む。
夜の闇に、一際暗い影が二つ。
「準備はいいか? ニコ・ロビン」
「ええ」
クマの覆面を被った大男の問いかけに、ロビンが短く答える。
その瞳に映る感情を知る者はいない。
そして、新たな混乱の幕が開く。
あとがき
今回はかなり遅れてしまって申し訳ないです。
なるべく早く上げられるように努力したいです。次も頑張ります。ありがとうございました。