───ウォーターセブン、造船所一番ドック。
「いや~~、すげぇ奴らだな、コイツら!」
「ンマー、ウチの職人たちを甘く見てくれるな。
より速く、より頑丈な船を作り上げるには、並の身体能力では間に合わねェ。
特にこの二人とさっきのカクは、一つのドックに5人しかいない<職長>を務めるほどの優れた技術者だ」
感心するルフィに、アイスバーグは当然だと告げる。
この場にいる人間は、更に2人増えて7人となっていた。
一人は、遮光ゴーグルに葉巻をくわえた男、パウリー。
もう一人は、シルクハットにハトを連れた男、ロブ・ルッチ。
共に一番ドックの<職長>だった。
「いや、ホントに助かったぜ。危うく金を奪われるところだった」
「『気にするなポッポー。この辺りで騒ぎを起こされて困るのはおれ達も同じだ』」
礼を言うウソップに、ルッチの肩に乗ったハト、ハットリが答える。
このルッチという男は、何故か腹話術で会話をするらしい。
そんなルッチをパウリーが笑う。
「コイツは、人とまともに口が利けねェ変人なんだ。気にしてくれんな。
ってオイ! てめェ、この海賊女! 足を隠せ、足を! ここは男の職場だぞハレンチな!」
パウリーがナミのミニスカートを見て騒ぎ出す。この男、極度のウブである。
どちらも、かなりの変人であるが、その力は確かなモノがあった。
数分前の事である。
運よくアイスバーグとの邂逅を果たし、メリー号の修理を要請したルフィ達だったが、持って来ていた金をフランキー一家に奪われてしまった。
そこに現れたのが、借金取りに追われていたパウリーで、彼はフランキー一家からルフィ達の金を奪い返し、そのまま持ち逃げしそうになったところを、新たにやって来たルッチに捕まえられた。
この二人、折り合いが悪いのか、その時の口論から喧嘩へと発展してしまう。
パウリーはロープを自在に操ってルッチを地面へと叩きつけ、ルッチはその衝撃を片腕、しかも指を地面へとめり込ませるといった荒業で受けとめた。
それは異常としか言いようがない光景だったが、アイスバーグの話によると、このやり取りはほぼ毎日行われているらしい。
「ホントすごい人ばっかなのね。変人だけど」
「ンマー、ここは職人の腕一本の世界。性格は妙でも気にするな」
呆れ交じりのナミにアイスバーグは気にしないように言い、ルフィ達を一番ドックへと案内した。
ルフィ達が見たのは、世界一の造船ドックと、そこで働く職人たちからアイスバーグへと向けられる尊敬の視線だった。
<ガレーラカンパニー>社長、アイスバーグ。
彼の造船に対する熱意と腕はずっと変わらず、職人たちは彼への尊敬を忘れない。
職人たちはその腕に誇りがあるから、海賊にも権力にも屈しない。
秘書のカリファーはそう語った。
「───ところで、お前達の船には、“ニコ・ロビン”と“エル・クレス”という男女がいるらしいが?」
造船所を一通り案内し終わり、手ごろな角材置き場で査定待ちをしていた時。
アイスバーグがふとした様子でルフィへと問いかけた。
「ああ、コイツ等がすげぇ奴でよ!
クレスは強くて狩りがうめェし、ロビンはメチャクチャ頭がいいんだ!」
嬉しそうにルフィは仲間の事を自慢する。
アイスバーグは、そうかと、どこか淡白様子で呟いた。
「そろそろカクも帰って来るだろう。
この辺で適当に時間を潰してくれ。カリファー、何か飲みものでも」
「手配済みです、アイスバーグさん」
「ンマー! さすがだなカリファー」
「恐れ入ります」
常に先を行くカリファー。かなりの敏腕秘書である。
ルフィとナミは腰を降ろし、カリファーの手配したお茶菓子とドリンクを手に取る。
そこで二人はウソップの姿が無い事に気がついた。
「あれ? ウソップは?」
「分かんない。どこか見学してるんじゃない? お金はここに置いてあるし、大丈夫よ」
ナミはお金の入ったスーツケースがあるのを確認し、ひらひらと手を振る。
工場内は船に必要な装飾や武器など、様々なモノが制作されている。
ウソップの興味が引かれそうなものも多く、おそらくそれらを見に行ったのだろう。
ルフィとナミの二人は、その内帰って来るだろうと気にすることなく、メリー号の修繕プランを相談しながら時間を潰すのだった。
第四話 「異変」
───岩場の岬、ゴーイングメリー号。
岬に停泊するメリー号にやっていたカクは、<ガレーラカンパニー>の船大工である事を告げ、査定許可をクレスとゾロへと求めた。
クレスとゾロは、突如やって来たカクに多少訝しむところはあったものの、それを承諾する。
許可を受けたカクは、手際良く船の損傷具合を見て回った。
その真剣な様子を見るに、どうやら船大工というのはウソではないらしい。
テキパキと査定を続けるカクを細めた眼で眺めながら、クレスは口を開いた。
「ガレーラカンパニーの船大工……ね」
「どうかしたか?」
「いや、よかったなと思ってな。これで船が直るだろ?」
「たしかにな。これで船底の水漏れ修理からもおさらば出来るぜ」
「ホント実際、よく沈まなかったもんだよ」
「まったくだ」
軽く談笑しながら待っていると、やがて査定を終えたカクは甲板上にやって来て、査定の結果を話し始めた。
「お前達の船は戦いの傷が深すぎるな。
この傷でよくもここまで辿りつけたもんだと、感心するほどじゃ」
「その自覚はあるよ。まともな船旅じゃなかった気もするからな」
カクの言葉に同意するクレス。
一味が通って来た旅路は、航海者として稀に見るような悪路だった。
ロビンと共に“一般的な”航路を進んだクレスにはそれが身にしみている。
「やっぱり、修理には時間がかかりそうか?」
そう聞くクレスに、カクはしばし黙りこみ、淡々とした声で言った。
「結果を言えば、お主らの船は、ワシらの力でももう直せん」
「なに? どういう事だそれは」
突然の宣告にクレスは眉をひそめた。
船の傷が深いのは、自覚していた。
厳しい船旅の中で、様々な損傷を重ねつつも、何とかここまで旅してきたのだ。
いきなりそう言われても納得できるものではない。
「随分と豪快な旅を重ねて来たんじゃろ。
受けた傷の蓄積もそうじゃし、何より“竜骨”の損傷が酷い。あの損傷具合じゃ、ワシらでももう手出しは出来ん」
「……竜骨がやられてたのか。修復は本当に無理なのか?」
「ああ、こればかりは代用も利かんしの。換わりの船を買うしかなかろう」
竜骨というのは、船において最も重要な木材だ。
船造りは、まずは竜骨を据えることから始まる。言わば、船の全骨格、船の“命”だった。
「残念じゃとは思うが、お前達の船はもう動かん。いずれは必ず沈むじゃろう」
「それは本当なのか?」
「ああ、ワシは船大工じゃ。嘘は言わん」
信じがたいのか、傍で聞いていたゾロが問い返すも、カクの言葉は無情であった。
船大工として、船の寿命を伝えるのも仕事の一つだ。
彼らはプロであり、現実主義者である。仕事に関して下手な希望や期待を挟むことはない。
特に<ガレーラカンパニー>の船大工達はその仕事に誇りを持っている。打算や嘘が入り込むこともありえない。
メリー号はもう海を走ることは出来ないのだ。
「ワシはこれで失礼する。この結果をお主らの船長に伝えんとならん」
「そうか、わざわざご苦労だったな」
「礼には及ばん、これが仕事じゃ」
カクは本社へと戻る為に踵を返す。
軽やかに飛び立とうとするその背に、クレスは今までと同じ調子で問いかけた。
「ガレーラカンパニーの船大工ってのは、戦闘もこなすのか?」
カクのピタリと動きが止まった。
そして静かな様子でクレスへと振り向いた。
「なぜそう思ったのじゃ?」
「いや、単なる勘だよ。
海賊船にこうしてやって来て物怖じしないのも一つだし、身のこなしも無駄がない。実際大したもんだと思ってな」
「フム……まァ、あながち間違いでもなかろう。
造船所や町で海賊共に暴れられてはワシらも困るんでな。おっと、気を悪くせんくれ。暴れる輩もいると言うだけじゃ」
分かってるさと、カクに対しクレスはにこやかに笑みを作った。
ただ、その眼だけは鋭い光を放っている。
「何か、秘訣でもあんのか? 例えば、何か“特殊な武術”をやっていたとか。
アンタの姿にオレはどうしようもなく既知感を抱いたんだが、何故だろうな?」
「ワシに聞かれても困るのう。
だが、ワシも含めて、この島の船大工は厳しい仕事に耐えるために並の身体能力で無い者が多い。別にワシだけが特別という訳ではない。
もうよいか? これでも忙しい身なんじゃ、この後もお主らの船長との交渉もある」
「ああ、悪かったな」
去りゆくカクの背を、クレスは厳しい視線を送り続ける。
カクは地面を蹴り、風のように駆け造船所へと戻って行った。
「オイ、あの男がどうかしたのか?」
クレスの様子が気になったのか、ゾロが訝しげに問いかける。
確かにカクは船大工にしては強いと感じたが、そういった人間が居ない訳ではないだろう。
「どうかしたと言う訳じゃない。ただ、妙な胸騒ぎを感じただけだ」
「胸騒ぎだ?」
「自分でもわからん。
何かボロが出るかと思ったが、上手くかわされたしな」
「気にしすぎじゃねェのか?
……それよりも、船の事だ。こうなるとは正直思っていなかった」
「確かに……そうだな」
本職の船大工に廃船だと言い渡されたのだ。
メリー号で航海をすることは、もう二度と無いのかも知れない。
海賊にとっては、船は家であり仲間も同然だ。それを失うと言うのは、寂しさを感じざるを得ない。
クレスにとっても、メリー号は思い入れのある船となっていた。
「最終的には、造船所に向かったルフィ達がどう判断を下すかだ」
「……重い選択だな」
クレスはそのまま口を閉じた。
冷めた風が吹き、マスト上に掲げられた旗を揺らす。
ゾロが継ぎ接ぎ痕のある欄干に手を触れた。
「メリー、お前……もう本当に走れねェのか?」
傷だらけの船は何も語る事はなかった。
それからいくばくかの時が流れた。
酒を飲みかわす気分でも無くなり、僅かにに沈んだ心で適当に時間を潰していた時だった。
町に出た筈のチョッパーが慌てた様子で船へと戻ってきて、クレスとゾロに告げた。
───ロビンが突然姿を消したと。
クレスはその瞬間、呼びとめるゾロ達の声も聞かずに船から飛び出した。
◆ ◆ ◆
空を駆る猛禽のように、クレスはウォーターセブンの屋根の上を駆け抜けた。
月歩によって直接空を駆けてもよかったのだが、それは余りに目立ち過ぎる。
町中に目を凝らしてロビンの姿を探し続けるも、余りに広く複雑な町中からはその姿を見つけることは無かった。
「……クソッ!」
クレスは苛立ちを抑える事も無く、悪態と共に吐き出す。
何故だ。
そんな思いもあったが、同時に妙な予感もあった。
何も無ければいい、などと甘い見通しをする気分にはなれない。
幾多もの偶然の重なった結果か、はたまた必然か。
ロビンは何を思って姿を消したのかは分からなかったが、いずれにしろ、ロビンの行動にこの前の事件に端を発した感情が起因していることは間違いでない気がした。
クレスはそれらの思考を一端心の隅に追いやり、ロビンの捜索を続行する。
目ぼしいところを見ては地上へと降り、聴きこみを行うも、碌な成果は得られない。
クレスにとってもこの町は初めてだ。町の構造すら定かでは無いのに、成果が上がる筈はなかった。
そんな時、クレスは町中で話しあう仲間達の姿を発見する。
肩で息をするサンジと、焦った様子でヤガラに乗るナミだった。
「オイ、お前ら!」
クレスは屋根の上からサンジとナミの傍へと跳び下りる。
突然の登場に二人は驚いたようであったが、ナミは焦った様子で状況の説明を始めた。
それは、クレスがチョッパーから聞いたロビンの事に加えて、ウソップの身に起こった事態であった。
「長鼻の奴がか……?」
「ええ、それにロビンの事も」
ナミが不安な様子で言う。
ロビンは姿を消し、ウソップは大金と共に誘拐された。
ウソップの事に関しては今知ったのだが、予断を許す状況ではないだろう。
二人は丁度先程ここで出会ったようで、ナミはウソップを、サンジはロビンを探していたらしい。
ウソップの事も気になったが、クレスは一番の懸念事項であるロビンの事をサンジへと問いかける。
「コック、確認するが、ロビンは町中で突然消えたんだな?」
「ああ、おれとチョッパーが目を離した一瞬の隙に、姿が消えていた。
そこら中を探したが、怪しい奴は見かけなかったし、聞きこみをしても同じだった」
「……だろうな。自分の意志で姿を消した線が濃厚だろう。
アイツが連れ去られるなんて考えられないし、衆人環視の中ならなおさらだ」
クレスは静かな声でそう言うと、暫くの間考え込むように目を閉じた。
そしてサンジに告げる。
「コック、悪いがお前じゃ、いくら探してもアイツを見つけることは出来ないと思う。
ウソップの事もある、金を取り返すなら人手もいるだろう。ロビンの事はオレに任せろ」
「……わかった」
薄々とサンジも感じていたのだろう。
ロビンは自らの意志で姿を消した。ロビンが本気で身を隠せば、見つけられる者はいないとも言っていい。
ウソップの窮地に関われない事を詫び、クレスは直ぐにロビンを探そうと町中へと向かおうとする。
その背にナミが問いかけた。
「アンタは……アンタ達は帰って来るわよね?
ロビンの行動って、青雉の言っていた事と関係あるんでしょ……?」
ナミはクレスの背中から目を離さなかった。
思いはサンジも同じだったのだろう。なにも言わず、真っ直ぐにクレスの背を見つめ続ける。
驚き、逡巡、打算。クレスは僅かに間を置いて答えた。
「まァ、あんまり心配してくれるな。
オレは……オレ達は、お前達の船に心地よさを感じていた。
色々思うところもあったと思うが、受け入れてくれた事にも感謝している。直ぐ戻るさ」
クレスは背を向けたままで、顔色はうかがえない。
「クレス、ロビンちゃんを見つけてとっとと帰ってこいよ。
今日はロビンちゃんの好きなモノを愛をこめて作るつもりなんだからな。だから絶対帰ってこい」
「なら、お前らは長鼻と奪われた金の事を何とかしとけ。デザートはつくんだろうな?」
クレスは振り向かないままサンジに言い、溶けるように町中に消えて行った。
「ナミさん、急ごう。
ロビンちゃんの事はひとまずアイツに任せた方が良い」
クレスの姿を追うナミを、サンジが促す。
ナミは頷き、サンジを乗せ、ヤガラを飛ばしてウソップを探すのだった。
◆ ◆ ◆
時の流れは過ぎ去り、一味にとっての転機が訪れる。
フランキー一家へと殴り込みをかけ、仲間に手を出したことへの片を付けたのだが、問題は残った。
もう走る事の出来ないメリーを前に、ルフィは決断を下す。だが、それは船を愛するウソップとの衝突を意味していた。
メリー号を懸け、誰も望まぬ決闘が行われる。
そこでルフィは、船長としての背負うべき"重さ"を知った。
楽しかった日々はウソのように消え去り、一味は誰もが不安に駆られた。
決別の果てに去った、ウソップ。
姿を消したままの、ロビン。
夜が更けても帰る気配の無い、クレス。
寂しげに佇む、ゴーイングメリー号。
島の気候も、異変に見舞われる。
丸い月の下を、南の風(カロック)に流された雲が通り過ぎた。
強い南風は、波を引き、そして寄せ返す。
そしてその中で、余りに巨大な闇が蠢きだした。
そんな風の強い夜。
ウォーターセブン上層にあるガレーラカンパニーの近くに、クレスはいた。
獲物を待つ狩人のように物陰に身を隠し、風に吹かれながら、明かりのついた造船ドックへ視線を向け続ける。
クレスは心の中で、一味に対し一度だけ詫びた。
───すまない。どうやら戻れそうにない。
そして時が経ち、目的の男が入り口から顔を出した。
昼間、メリー号に査定へとやって来た、カクという男だ。
この時間までで造船ドックにいる遠い事は、おそらく夜にまで及ぶ作業があったのだろう。
カクは入り口で仕事仲間と思しき職人たちと別れを交わし、そして帰宅する。
クレスはその後を追い、夜に溶け込むような黒い服装の中から、白く表情の無い仮面を取りだした。ロビンを探す中で、必要になりそうだったので購入した仮面だ。
それを被り、クレスはふと昔ロビンと劇場で見たミュージカルの一つを思い出す。
仮面を被ったその怪人は、身勝手で、そして残酷であった。
成程と、妙に得心のいった思いで、クレスは音も無く躍り出た。
無音の夜に、影が躍る。
舞う動きは優雅さとは程遠く、どこまでも機械的で、効率的に。
飛び立った影は、光を映さない、淀んだ仄暗い眼をしていた。
心無く、もしくは奪われた、狂信的な精神で。
そして、前を歩く標的に対し、人を殺して余りある───凶悪な拳を突き出した。