「……んん? 何だありゃ?」
まず気がついたのはゾロだった。
ロングリングロングランドを出航し、順調に海を進んでいたメリー号の遠方に何かが見えた。
「か、カエル……?」
続いてその姿を見たのはルフィ。
食べかけのパイユをぽとりと取り落とし、ルフィは呆然とその様子を眺め続ける。
視線の先に居たのは、傷だらけの巨大カエルだった。目算で普通の人間の倍はある。
ただの巨大カエルならば珍しい訳でもないのだが、今回は訳が違った。
そのカエルは猛烈なクロールで海を渡っていたのだ。
「オイ、ウソップっ! 見てみろよ、巨大ガエルがクロールで海を渡ってるッ!!」
「ルフィ、馬鹿も休み休み言え。カエルがクロールなんか……───しとるー!?」
「ナミッ、進路変更っ! 追うぞ野郎共、オール出せッ!!」
追うしかない、との答えに達したルフィは船の針路を変え、カエルを追跡することにした。
興味を持ったチョッパーとゾロを引張り出し、オールで海を漕ぎまくる。
「こら、アンタ達! なに勝手に進路変えてんのよ!」
突然の進路変更に、ナミが文句を言いに来た。
そんなナミに必死にオールを漕ぎながらルフィが、
「体中ケガをしたでっけェをカエルを見つけたんだ。おれ達は是非それを丸焼きにして食いてェんだよ!!」
「食うのかよっ!?」
そんなつもりはなかったゾロ達が叫ぶ。
一味は必死にカエルに追い付こうとするも、カエルは思った以上に速く、だんだんと突き放されていく。
距離がかなり開いた時、ナミが前方に何かを見つけた。
それは灯台だった。
だが、それは余りにも不自然だ。
辺りを見渡しても島などはなく、とても灯台を作る意味があるとは思えない。
「どうした、島が見えたのか?」
「ううん、灯台があっただけ」
「カエルは? カエルの方向示してくれよ!」
「イヤ」
カエルを追う意味が分からないナミは当然のように拒否。
だがそんなナミの前に、銛とロープを担いだクレスが現れる。
「おい、カエルはどこだ?」
狩る気満々だった。
「アンタもか!?」
続いてラウンジからロビンとサンジが顔を出した。
海を泳ぐカエルを見て、
「カエルも灯台を目指しているみたいね」
「カエルは白ワインでぬめりを消し、小麦粉をまぶしカラッとフリート。おい、あんまり食材に傷をつけんなよ」
「ちょっと、ロビン、サンジ君!?」
「うるせ、分かってるっての。へぇ……なかなか身が締まってて美味そうなカエルだな」
「やめんかァ!!」
食卓にカエル肉が並ぶ事が現実味を帯び、焦るナミ。
何故かナミ以外の心は一つだった。
「おっしゃ、全速前進ッ!!」
「お───!!」
「その団結力は何なのよ!?」
カエルを追い一味はしばらく船を進め灯台付近へと近づいた時、突如カエルが大きくジャンプした。
灯台は二つの長方形が向かい合うように出来ていて、カエルはその間へと入り込んだ。
よく見れば灯台はブイのように海の上に浮いており、人が立ち寄りそうにもないのに清潔な印象を受ける。
一味はこれをチャンスと見て更にスピードを上げるも、ふと妙な音が聞こえてきた。
「待って、皆ストップっ! 変な音がする!」
カンカンカン……と規則正しくも警戒心をかきたてるような音。
その音にナミが静止を呼び掛ける。
オールを握るルフィ達もさすがに危険だと思いブレーキを掛けるも、突如船体が何かに乗り上げた。
焦る一味に、なお鳴り続ける警戒音。
その時、横方から蒸気が吹き上がる大音量と、接近を知らせる“汽笛”が鳴り響いた。
「バックバックッ!! 180度旋回~~ッ!!」
瞬間、巨大な鉄の塊がメリー号の傍を駆け抜けた。
もうもうと煙を吐きながら進む、巨大なヘビのように細長い"車体"を持つ巨大な鉄の塊。
帆は無く、蒸気の力によって車輪が高速で回転し、それのみを動力として海の上を進んでいるものの、船としてはありえない形をしていた。
一味はその姿に度肝を抜かれるも、何とか衝突を避ける事に成功する。衝突したならばメリー号ならば粉々になっていただろう。
だが、駆け抜けた鉄の塊により、風が吹き抜けるとともに波が荒れ、しばらく船が揺られた。
「おい、あのカエル何やってんだ!? 逃げろ、轢かれるぞ!!」
メリー号の向こうには、疾走する鉄の塊に対して逃げることなく真正面から立ち向かうカエルの姿があった。
「ゲロォ!!」
カエルは気合と共に四肢を踏ん張り、勢いよく鉄の塊へと張り手を繰り出す。
勝負を挑んだカエルだったが、超重量を持つ鉄の塊には敵わず、大きく弾き飛ばされ、海の中へと落ちた。
死んだかとも思ったが、カエルは水上に顔を出すと悔しそうに一鳴きして、どこかへと去っていく。
鉄の塊は迷惑そうに汽笛を鳴らし、蒸気を吐きながら海の向こうへと去っていったのだった。
第二話 「水の都 ウォーターセブン」
「蒸気船……にしては、初めて見る船だったな」
鉄の塊が去った方向を眺めながらクレスは呟いた。
蒸気機関を持つ船は珍しい。技術自体は確立されているが、現在も主流は帆船だ。
ただでさえ珍しい蒸気船に加え、独特の形を持っていた先程の“船”は世界にそう何艘もあるものではないだろう。
「ロビン、何か知ってるか?」
クレスはロビンへと質問を投げかける。
「……おそらく、<海列車>じゃないかしら?」
ロビンは自然な様子で答えた。
先日の会話以降、少し溝のようなものが出来てしまったものの、徐々に歩み寄りは続いていた。
このまま時間が経てば、おそらく何事もなかったように関係は修復されるのかもしれない。
そもそも二人ともが露骨な態度を見せるほど子供では無く、何より長い時間を共に過ごした仲だ。
気にしなければ分からないようなしこりは残っていはいたが、それでも普段の関係が失われることは無かった。
「なるほど、聞いた事がある」
クレスはロビンの推測に成程と納得する。<海列車>という言葉には聞き覚えがあった。
聞いた話では、海上を蒸気機関によって“走る”乗り物。
海の中を見てみると、先程の鉄の塊が走っていたところにレールが敷かれている。
メリー号が先程乗り上げてしまったのは線路への侵入防ぐための"仕切い"だろう。
知識とでしか知らなかったが、どうやら<海列車>で間違いないようだ。
「あ、大変だ! ばーちゃん、ばーちゃん、海賊だ!!」
「本当かいチムニー! よーひ、ちょっと待ってりゃ」
そんな時、灯台の中に人影がメリー号の姿を見て騒ぎ始めた。
ばーちゃんと呼ばれた、怪獣のような顔をした小太りの老婆が電々虫を取り出し、海軍へと通報する。
一味としては海兵を呼ばれると面倒なのだが、
「あー……もひもひ、え~~と、なんらっけ? 忘れましたウィ~~~~ッ!」
幸運なことに老婆は酔っ払いだった。
べろんべろんの頭と舌では情報が正しく伝わることはなく、海軍を呼ばれることはなかった。
一味はホッと胸をなでおろし、情報収集と老婆たちの警戒を解く為にルフィ、ナミ、ウソップが灯台へと向かう事にした。
「うわ~~おーいーしー」
「パイユ? ふんふん、酒の肴にいいねー。
なんだい、おめェら列車強盗じゃね~~のか、んがががががが」
差し出したパイユは好評だったようで、老婆と猫っぽいウサギを連れた少女はルフィ達に対し気軽に話すようになった。
老婆の名はココロ。この<シフト駅(ターミナル)>の駅長をしていた。
三つ編みの少女はココロの孫で、チムニー。猫っぽいウサギは、ゴンベと言った。
「ねぇ、チムニー。さっきのあれって蒸気船? 私達の仲間は海列車って言ってたんだけど?」
先程の海列車が気になったナミがチムニーへ問う。
チムニーは嬉しそうな様子で答えた。
海列車<パッフィング・トム>。
“煙吹きトム”の名を持つ、海を走る列車。それが先程の鉄の塊の正体だ。
蒸気機関で外輪を回して海に敷かれた線路を走り、島から島へと毎日同じところを走りながらお客、荷物、郵便などを運んでいる。
この駅から行けるのは、<“春の女王の町”セント・ポプラ>、<“美食の町”プッチ>、<“カーニバルの町”サン・ファルド>などの島々。政府関係者ならばもう一本線路があるらしい。
「んじゃあよ、さっきのカエルは何なんだ?」
「あいつはヨコヅナ、このシフト駅の悩みの種なのよ。
力比べが大好きでいつも海列車に勝とうとすんの。あいつのせいでこっちは大迷惑よ!」
「へぇ~だから逃げなかったのか、根性あんなぁ。
よーし、おれはあいつ食わねェ。あ、でもどうしよう? クレスは食ったらうまいって言ってたし……」
「迷うな」
チムニーの説明にカエルに対する認識を改めるも、食欲との間に揺れるルフィ。
そんなルフィをナミが叱咤し、そう言えば、と方位指針を一度見てココロに尋ねた。
「ここから北にある島って?」
「んがががが、そうかそりゃ、<ウォーターセブン>だね。
“水の都”っつーくらいでいい場所だわ。何より造船業でのし上がった都市で、その技術は世界一ら!!」
「へーそりゃすげぇな! ってことはすげぇ船大工もいるな!」
「いるなんてもんじゃないよ! 世界最高の船大工達の溜まり場ら!」
「うほぉーっ! 聞いたかウソップ!」
「ああ!」
次なる島<ウォータセブン>。
そこではメリー号の修繕と船大工の勧誘、そのどちらもがおこえる。
決めた、と決意を新たにルフィは麦わら帽子を被り直す。
「そこ行って、必ず<船大工>を仲間にするぞ!!」
◆ ◆ ◆
麦わらの一味が駅長のココロから市長あての紹介状を貰い、ターミナル駅から出航して暫くの時間が経った頃。
目的地であるウォーターセブンではちょっとした騒ぎが起こっていた。
───ウォーターセブン、造船所一番ドック。
「よーく考えたんだ。よーく考えたんだぜ?
そりゃまー船は修理してもらったものの、どう考えても値段が高ェと思ったんだ」
造船ドックの周りに人だかりができ、騒然とした空気が漂い始める。
黙々と作業する職人たちの元に、兜を被った強面の男がやって来ていた。
<大兜海賊団>船長、ミカヅキ。懸賞金3600万の賞金首だ。
ミカヅキの後ろにはニタニタとした笑みを浮かべた大勢の部下達がいる。その誰もが周囲を威圧するように武器を担いでいた。
つまるところ、脅迫である。
「作業の邪魔です」
職人の一人が木材に鉋をかけながら告げる。遮光ゴーグルを額にかけ、葉巻をくわえた男だった。
ミカヅキは腰元に刺した長い太刀を抜くと、その職人の首筋にピタリと押し当てた。
「そ・こ・で! 1ベリーも払わない事にしたんだ。ウハハハハハ!!」
「ギャハハハ! 完璧な修理ありがとよ!!」
世界屈指の造船業を誇るウォーターセブンでは、様々な顧客からの仕事を受注する。
無法者の海賊達からでもそれは例外ではない。修繕や造船を求めるならば等しく応じる。
海賊であるミカヅキもその顧客の一人だった。
本来ならば、海賊である彼らの船の修理を引き受ける企業は少ないのだが、ウォーターセブンの職人たちはその例外と言える。
彼らにとっては、“誰の船”なのかなど二の次だ。目の前にある傷ついた船、または図面に描かれた船。それらを相手取る事こそが彼らの仕事なのだ。
「ンマー! カリファ、あれァ何だ?」
「はい、アイスバーグさん。
一番ドックのお客で、今になって金は払えないと───セクハラですね」
「ンマー! セクハラだな」
海賊達から離れた人ごみの中から呆れ声が上がる。
青い髪を撫でつけ胸元に入ったネズミを可愛がる男と、髪を結い上げ眼鏡をかけた秘書然とした女だった。
周りに集まった野次馬達の中でその二人を見つけたものは目を輝かせている。
よく見てみると、集まって来た人々に浮かぶ表情には海賊に対する怯えというものは感じられない。それどころか、海賊達にはほとんど目をくれていない。
「お客さん……あんまり職人をからかうもんじゃありませんよ」
遮光ゴーグルの職人がミカヅキに対し、再度“警告”する。
冗談ならばここまでにしておけ、おれ達は忙しいんだ、そんな苛立ちにも似た言い草だった。
ミカヅキは表情を怪訝に歪めた。
彼は知らなければならなかった。先程の言葉は、職人たちから客ではなくなった海賊へ向けての最後通牒であったことを。
「あぁ?」
凄みを利かせて再度脅しを行うミカヅキ。
そんな彼の傍を削り出したばかりの太く長い丸太を担いだ職人が通り過ぎる。
その職人が持っていた丸太が、ふと障害物を避けながら鮮やかな曲線を描き、ミカヅキの後頭部に叩きつけられた。
「ぐああぁ!?」
「あァ、失礼」
遠心力の篭った“不慮”の一撃により、被っていた兜ごと頭を砕かれミカヅキは倒れ伏す。
突然の暴挙にミカヅキの部下達が慌て、その中の一人が職人へと持っていた銃を向けようとして、
「あァ、失礼」
と、手が滑ったとでも言うように、長く四角い鼻にキャップを被った男に鋸で切り捨てられた。
「て、てめェら! おれ達を誰だと思ったやがるんだッ!?」
我慢ならないと海賊達が職人たちに襲いかかろうとする。
それに対して職人たちから「あァ、失礼」と鑿が、錐が、釘抜きが、レンチが、鋸が、次々と投げつけられ海賊達を倒していく。
中には海賊達の中に直接切り込み、彼らを軽くあしらう者までいる始末だ。
海賊達は職人たちの余りの強さに泡を食った。
彼らは知らない。この場に居るのはただの職人たちではなく、この程度の光景など日常茶飯事だと言う事を。
「畜生ォオオ!! 何なんだてめェらァ!!」
そんな海賊の声も、トドメとばかりに試し打ちされたガレオン砲の轟音にかき消された。
立ち込めた煙塵が消え、そこに立ち上がる海賊達はいない。
遮光ゴーグルをかけた職人がため息交じりに呟く。
「職人の縄張りで、海賊の道理がまかり通るわきゃァねェでしょう」
全世界に名を轟かす、世界最高峰の職人たちの職場。
それまで在った7つの造船会社を統合し、5年前に新たに発足した造船会社。
“世界政府御用達”造船会社、<ガレーラカンパニー>。
“水の都”ウォーターセブンが誇る、最高最強の職人集団である。
◆ ◆ ◆
シフト駅を出航し、一味は次の目的地である<ウォーターセブン>へと船を進めた。
次の島の気候区に入ったのだろう。気候が安定し始め、波も穏やかになりつつある。
もう少し進めば、マスト上の見張り台で双眼鏡を覗きこんでいるクレスからも島の影が確認できるだろう。
「まだ島の姿はなし……か」
クレスは一端双眼鏡を覗き込むのを止め、たらいのような作りである見張り台の縁に座り込んだ。
なんとなく視線を下へと向けると、ルフィ達が仲間に引き入れる予定の<船大工>について語り合っている。
もうすぐ次の島に着くとあって、期待で胸を膨らませているようだ。
「次の島、ね」
クレスも海を旅してきた人間だ。
新たな島へと辿り着くことは心が躍るものだ。
だが、今日にいたってはその限りでは無かった。
───これからどうする。
そんな思いがクレスの中にある。
潮風に吹かれながら、よく働こうとしない頭で考えるも漠然とした答えしか出ない。
燻る苛立ち。己の立ち位置。身の振り方。
それらがクレスの思考を拘束するように縫いとめている。
先日の一件以来、その話をロビンと話すことはなかった。
一味の目を盗んで時間を取るも、どちらも言葉として発せられない。
どんな道を選ぼうとも、それは重く、辛い選択になるのだろう。
だが、それ以上にクレスにはロビンの言葉が深く突き刺さっていた。
『─── もう、私を守らないで ───』
どんな気持ちでロビンがその言葉を発したかをクレスは察しているつもりだ。
それでも正直その言葉は堪えた。
ロビンが見せた意志に対し、自分はどう答えればいいのか。どうすればいいのか。
「……」
辛うじて、ため息を吐くのは止められた。
代償として、口元までやって来た不快な感覚を無理やりに飲み込むはめになった。
「おい、クレス! 島は見えたか?」
楽しげなルフィからの言葉に、クレスは鬱憤を晴らすように軽く反動をつけて立ち上がる。
双眼鏡に手を伸ばし、前方を眺め見ようとして、
───バキャ
妙に嫌な音がした。
「……は?」
心なしか強めに踏んでしまった足元から聞こえてきた不穏な音に、クレスはそっと視線を向けた。
……なんとなく傾いているような気がした。
「うぉい! 今何か変な音したぞ!!」
「何言ってんだ長鼻、聞き間違いだろ?」
「何が聞き間違いだ! クレス、てめェ今絶対何かやっただろ!!」
「何もやってねェよ、馬鹿!」
「あら、何だか傾いてない? メインマスト」
「いや、見間違いだって、ロビン。たとえ傾いていてもオレのせいではないからな。……あ、お前ら喜べ! 島が見えたぞ」
「喜べるかァ!!」
僅かに傾いた(ように見えると、クレスは主張)マストを突貫工事で何とか補強し、姿が見え始めた島へと向かい船を進めた。
強めの風を受ける度にギチギチと不穏な音が鳴るのは気にしてはいけない。
メリー号は順調に波を乗り切り、島全体を見渡せる場所まで進む。
「へぇ……」
船から覗いた新たな島の景色に、クレスを始め一味全員は感嘆の声を上げた。
“水の都”と評されるウォーターセブンは、その言葉に劣らぬ壮観な姿だった。
まず目に留まったのは、島の中央部にそびえる三段構造の巨大な噴水。
汲み上げられた大量の海水は上層部で一端受けとめられ、器からあふれ出た水が下の階層へと落ちて、島中の水路を巡り、最後に島の端から海へと還される。
島は所狭しと建物が立ち並び、数多くの橋が建物同士を繋いでいる。産業都市ともあってか、建築技術の高さも窺えた。
「おーい、君たち。海賊が堂々と正面にいちゃマズイぞ。向うの裏町に回りなさい」
「わかった、ありがとう!」
相当治安が良いのか、この町の住人は妙に海賊慣れしていた。
メインマストに掲げられた海賊旗を見ても臆するどころか、気軽に話しかけてくる。
一味は小舟に乗った親切な釣り人の助言に従い、裏町へと向かう。すると町の様子が良く見て取れた。
覗いた街並みはまさに水上都市だった。海沿いに民家が並び、玄関先には船が浮かんでいる。
建築物の下を見てみれば、水中へと沈んだ礎が見える。この町は水没した地盤に立てられ、独自の発展を遂げたのだ。
技術力の高さも、元をたどればこの土地に住まう人々が編み出した生き抜く為の術なのだろう。
「うほー! 早く船着けろ!」
特等席である船首に座り込んだルフィが待ち切れず歓声を上げる。
一味は裏町の先に海賊が停泊するには丁度いい岬がある事を聞き、教えられた人目につかない岬に船を停泊させることにした。
「よーし、帆を畳め!」
船長の指示に、ゾロがいつものようにロープを引いた。
───ボキ
だがその瞬間、ゾロの馬鹿力に耐えきれず、メインマストが完全にへし折れた。
「うぁああ───っ! 何やってんだゾロ!!」
「違っ、おれはただロープを引いただけで……!!」
さすがにマストがへし折れたのは洒落にならなので焦るゾロ。
「そういう事もあるさ、ロロノア」
「黙れやてめェ!!」
妙にやさしげにゾロの肩に手を置いたクレスの手をゾロが強引に振り払う。
全てお前が悪いと、言外にほのめかしているのに気がついたのだろう。
「それにしても、ここまで酷かったとはな」
クレスはは改めてメリー号の損傷の酷さを思い知った。
甲板の軋みや、船底の浸水などの問題は前からあった。
この島で修繕してもらわないと、この先の航海は難しいどころか、不可能に近い。
錨を降ろして、折れたマストを何とか真っ直ぐに戻し、これからの事についての方針をナミが話す。
「まずは、ココロさんに貰った紹介状を頼りに、アイスバーグって言う人を探さなきゃ。
その人に船の修理の手配を頼んで、あと黄金を換金するところを見つけないと。ルフィ、ウソップ、アンタ達は私について来て」
「このブリキの継ぎ接ぎも綺麗に直っちまうのかぁ……何か感慨深くもあるぜ」
一味の中で一番メリー号に思い入れのあるウソップが、ブリキの継ぎ接ぎに触れる。
刻まれた傷は戦いと冒険の日々の思い出だ。それが無くなると思うと寂しくもあるのだろう。
「よし! んじゃまぁ行こう、水の都!!」
目的はメリー号の修繕と、船大工の勧誘。
ルフィ達は意気揚々と上陸を果たし、水の都の中心街へと向かったのだった。