「まァ、オレの勝ちだったな」
ハリスに勝利し、役目を果たしたクレスは強がりを言いながら観客席の一味の元へと帰った。
外から見れば相当心臓に悪い戦いだったらしく、大怪我人にも関わらすクレスは手荒い歓迎を受けた。
「お疲れ様」
ロビンからの言葉にクレスは余裕ぶって小さく笑って見せた。
「心配したか?」
「……ええ」
「そうか、……悪かったな」
しばらく見つめ合ったその時、不意にクレスの視界が霞んだ。
表面上はどれだけ取りつくってもクレスの身体はボロボロだった。
勝利し、仲間のところに帰ったことにより気が緩んだのだ。
「あ」
クレスはそのまま前方に倒れ込んでしまった。
そして前に居たロビンがクレスを受け止め、丁度抱きつくような格好になってしまった。
周りが「おぉ……」と微妙に沸き立ち、
「死ねコラァアアアアアア!!」
鬼と化したサンジが飛んで来た。
サンジ渾身の蹴りがクレスを襲い、クレスは咄嗟に紙絵で回避。怪我人だが一切容赦がない。
「てめェは今罪を犯したッ!!
よくも貴様このオレの前で今すぐおれに代われ羨ま死ねェええええっ!!」
「無茶苦茶かお前っ!」
全力で挑みかかってくるサンジ。
クレスは本気で応戦する羽目になるも、全身に渡る怪我のせいでヤバい感じになっていた。
こんなところでトドメを刺されてはたまらないと、助けを求めるも周りは何故か楽しげに囃し立てている。
ナミが一喝してサンジの暴走が止まるまで、クレスは応戦し続けたのだった。
第二回戦の勝利により、一味は「デービバック」のチャンスを得た。
これにより、フォクシー海賊団から好きな船員、もしくは海賊旗を剥奪することが出来る。
決着の付き方は<ゲーム>として見れば異様そのものだったが、一味の勝利には変わりない。
難癖をつけようと思えばいくらでもつけられるだろうが、クレスとハリスの激闘を目にしてそれを言う事は海賊以前に男として憚れた。
フォクシー海賊団としても、引きさがらざるをえない状況であった。
早速、奪われたチョッパーを指名しようとするルフィだったが、ナミが待ったをかけた。
「三回戦は一対一の決闘よね。出場選手はルフィとオヤビンだけ。
じゃあ今オヤビンを取っちゃえば、三回戦は不戦勝になって、これ以上戦う事も無くチョッパーを取り返せるんじゃない?」
『ピ、ピーナッツ戦法だァ~~~~~~~~っ!!』
ナミの提案は海賊の美学に反するらしく、物凄い勢いでブーイングを浴びた。
しかし、ルール上は問題ないので賢い方法ではあった。
だが、一つだけ問題点があり、ロビンが指摘する。
「ねぇ、航海士さん。あなたの提案、確かにここで決着がつけられるけど、同時にオヤビンが仲間になっちゃうわよ?」
「……え」
「「「「「あれはいらねェ」」」」」
満場一致で却下された。
オヤビンは半泣きだった。
「チョッパー、帰ってこいっ!!」
結局ルフィはチョッパーを指名し、無事にチョッパーが一味に戻ったのであった。
ゲームは振り出しに戻る。
決着は最終戦「コンバット」に持ち越された。
最終話 「過去の足音」
「ありがとうな、クレス。カッコよかったぞー! おかげで、おれ戻って来る事ができた」
「ああ、まァ気にすんな」
クレスに治療をしながらチョッパーは嬉しそうにクレスに言う。
多少ぶっきらぼうにな答えだが、余計にチョッパーからカッコイイ……と尊敬の視線を受けていた。
実のところクレスは、ハリスに「勝てばロビンを指名する」と言われた瞬間からチョッパーの事はすっかりと忘れていたりする。
「ったく、ひやひやさせやがって。負けちまうかと思ったぞ」
「まったくだ。こんなことならおれが中に入ればよかったぜ」
出来る事が少なかったので不完全燃焼気味のサンジとゾロがクレスに話しかける。
クレスはそんな二人を一瞥し、
「なんだ、役立たず共」
「「ぶっ殺すぞてめェ!!」」
沸点の低い二人は一瞬でキレた。
クレスはそんな二人を邪魔だから向う行ってろと、犬でも追い払うように手をヒラヒラさせる。
別にバカにしているだわけでは無く、この二人には下手な励ましは屈辱に感じると感じたクレスなりのフォローだったりする。
一言お礼を言ってもいいのだろうが、クレス的には憚れた。
だが、そのためにゾロとサンジは余計に頭に血を昇らせた。
「……なんでアイツ等は大人しく出来ないのよ」
「いいんじゃないかしら、楽しそうだもの」
騒ぎ始めたクレス達を見てロビンは優しげな笑顔を浮かべた。
ロビンの記憶にあるクレスはどこか張りつめていて、それを悟られまいと必死で隠すような表情が多い。
長い長い逃亡生活の中で、こうやって自然な顔が浮かべられる瞬間は少なかった。
「変わったのね……」
「えっ? ロビン何か言った?」
「ふふ……何でもないわ」
疑問符を浮かべたナミにロビンは笑みを見せる。
二人は変わった。
いや、変えられた。
どこまでも、太陽のように明るく騒がしい海賊達によって。
ロビンにはその変化が悪いものには思えなかった。
◆ ◆ ◆
第三回戦「コンバット」。
船長同士で行われることになった<決闘>は、回転させた大砲により“偶然”セクシーフォクシー号の上で行われる事となった。
雌雄を決する最終決戦ともなり、会場はこれまで以上の盛り上がりを見せていた。
クレス達も設置された観客席に移動し、手に汗握る戦いを見守った。
「おれの仲間は誰一人……死んでもやらんッ!!」
決闘は最終局面を迎えていた。
フォクシーの<ノロノロの実>の能力に苦戦するも、不屈の闘志で立ち上がったアフロルフィ。
幾度痛めつけられようともファイティングポーズを取り、苛立たしげに歯がみするフォクシーへと立ち向かう。
戦いは拳と拳がぶつかり合う激しい打撃戦となり、闘志を燃え上がらせたルフィがフォクシーを押した。
「これで終わりだッ!! ノロノロビ……ッ!!」
フォクシーが放った一発逆転のノロノロビーム。
だが、それを受け、先に動いたのはルフィだった。
フォクシーのノロノロビームは鏡で反射する。ルフィはアフロに引っ掛かっていた鏡の破片を使いビームを跳ね返したのだ。
「ゴムゴムの……ッ!!」
ビームを受け、ノロくなったフォクシーにルフィのフィニッシュブローが突き刺さる。
「連接鎚矛(フレイル)ッ!!」
直撃を受けたフォクシーがゆっくりとスロー映像のように歪んで行き、30秒のカウントの後、衝撃と共に吹き飛ばされた。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
雄叫びを上げるルフィ。
フォクシーはノックダウンと共にリングアウト。
第三回戦は不屈のブラザーソウルを見せつけたルフィの勝利だった。
三回戦が終わり、全ての<ゲーム>が終了した。
ルフィはそのまま気を失ってしまったが、しばらくすると元気に目を覚ました。
二勝1敗。一味はゲームに勝利し、ホッと一安心する。
一味は誰もがルフィと出会い、船に乗った。
この船でなければ海賊をやる意味が無いのだ。
「───おお、いたいた、探したぜ」
そんな時、一味に近づいてくる姿があった。
見るからに重体で全身を包帯で巻いた男、ある意味この場の中で一番の危険人物であるハリスだった。
その姿を見てナミがロビンの後ろに隠れ、ウソップ、チョッパーが叫び声を上げ、ゾロとサンジが警戒の視線を送る。ルフィの表情は変わらなかった。
「ハリス、あなたもういいの?」
「もう立つのかお前は……」
クレスとロビンは多少は身構えつつも自然な様子で言葉をかけた。
ハリスは軽い様子で答える。どうやら交戦の意志は無いようだ。
「いやいや、さすがに死ぬとこだったぜ。
こんなに大怪我負ったのホントに久しぶりだぜ、旦那以来か?
治療してくれた船医の奴が、何で生きてんだって言ってたしな、ハハハッ」
「……死んどけよお前」
「そう言うなって、死んじまったら楽しくねェだろうが。
それにしても……いいねェてめェの仲間も、最後の戦いを見てたらまた昂ぶってきやがったよ。
一億と六千万、それに骨のありそうな奴らがゴロゴロと……もったいねェ事したよ。てめェらとはもっと別の出会い方がしたかった」
もったいなさそうに一味に視線を向け、ハリスは一度後ろ頭をかくと、めんどくさそうに切り出した。
「ハァ……まァ、いいか。
エル・クレスとニコ・ロビン。てめェら二人に話があるんだが、聞く気あるか?」
「話だと……どういうことだ?」
クレスが眉をひそめる。
「どうもこうもねェよ。聞く気があったら着いて来い、今は聞くな」
そう言い残し、ハリスは早々に去っていった。
ここで話さない事はそれなりに機密性が高いのだろうか。
そして、聞くか聞かないかを選択させた事も気になった。
「……クレス」
「ああ、オレも少し興味がある」
どうであれ、話を聞かなければ始まりはしない。
クレスとロビンは心配げな視線を向ける一味に、心配するなと伝え、ハリスの後を追った。
ハリスは会場の裏手にある誰もいない物置場まで移動した。
適当な木箱を見つけ、ハリスはそこに気だるげに腰を降ろす。
背負った鉄筒を外し地面に転がしたのは戦う意志が無い事を示すためだろう。
「……来やがったか」
「あんな言い方をされれば、気になるに決まってるだろうが」
「それもそうか」
クレスとロビンは座る事無く、立ったままの状態でハリスと向き合う。
ハリスは脚を組み、頬杖をついた。
「さて、何から話すかね……やっぱこういのは面倒だわ。
オレとしちゃ、てめェをブッ倒して、ネェちゃんを貰ってから適当に話そうと思ってたからよ。
ネェちゃんがこっちに来れば、てめェもどうせついてくんだろ?」
「それは残念だったな。
聞かなかったことにしてやるから、とっとと話せ。ぶん殴るぞ」
ハリスは軽くため息をつくと、クレスとロビンの姿を鋭いその眼に納めた。
「<革命軍>って聞いた事あるか?」
「なに……?」
ハリスの言葉にクレスとロビンは共に眉をひそめた。
革命軍。
<世界最悪の犯罪者>と呼ばれる革命家ドラゴンが率いる、世界政府を直接倒そうと画策する巨大組織だ。
今、全世界で行われる政府への抵抗運動の裏にはこの革命軍の暗躍があるとも言われている。
世界政府は当然この組織を危険視するも、今だ全容をつかめていない。
「オレはそこのメンバーだ。
面倒なこった。旦那について行きゃ存分に戦えると思って気楽にやってりゃ、いつの間にか幹部になってやがったしよ。
まァ、オレの身の上はどうでもいいか。とにかくオレは革命軍の一員として、てめェら<オハラの悪魔達>に話があるんだよ」
オハラの悪魔達。
その忌名に二人は反応した。
ロビンが怜悧な視線をハリスに向けた。
「それはどう言うことかしら?」
「さァ、組織の詳しい意向は知らねェよ。
戦いがあって、そこに行けと命じられる。オレにとっちゃそれが全てだ。
オレは幹部つっても戦闘員だしな。詳しい事は聞いてねェし、どうでもいい。
だが、一つだけ。これだけはオレだけじゃなく、末端のメンバーにも伝えられている。───ニコ・ロビン、エル・クレスを見つければ早急に“保護”しろとな」
「そうは見えなかったが?」
「何言ってんだ、オレが勝ってもトドメを刺すのは勘弁してやってたぜ。
十年前も帰ったらかなり詰め寄られたしな。旦那には殺されるかと思ったぜ」
肩をすくめるハリス。
様子から見てもどうやら嘘ではないらしい。
「つまりは、私達を革命軍に引き入れようってこと?」
「言っただろ? オレは知らねェって。
だが、まァ……ネェちゃんの言う通りなんじゃねェのか?」
ハリスは一端言葉を切ると、静かな様子で言葉を為した。
「で? どうするよ。
来るか、来ないか。オレとしちゃお前らを保護しねェといけねェんだが、お前らの自由にすりゃいい。
場合によっちゃ、今日オレはお前達に会わなかった事にしてもいいしよ」
そしてハリスは、後はお前らの問題だと口を閉ざした。
行くか、行かないか。
全ては推測にすぎないが、革命軍にはクレスとロビンを受け入れるメリットがあるのだろう。
組織の規模も申し分ない。
昔の二人ならば、悩んだ末に接触を試みたかもしれない。
だが、今は……。
「やめておくわ」
「オレもそれに賛成だ」
「……そうかい、分かった」
ハリスはあっさりと立ち上がると地面に転がしていた鉄筒を背負い直した。
そしてそのまま、二人に背を向け歩きだした。
「ああ、一つだけ言っとく」
ハリスはふと立ち止まると二人へと振り返った。
「お前らがこの海を進み続けるなら、<赤い土の大陸(レッドライン)>を越えて、その向うにある<新世界>へと到達する。
そうなれば、てめェらはオレ達と再び出会う事もあるだろう。その時は、オレの名前を出しな。ある程度は融通が効く。
そしててめェらは知るべき事がある。今はまだ言えねェが、それは悪い話では無い筈だ。
んじゃ、そう言う事で、また会おうぜ。次は負けねェからよ」
ハリスは再び歩き出し、フォクシー海賊団の中へと消えていく。
その途中で、ハリスは口元を愉快げに歪めるとくつくつと笑いだした。
「……アイツ等はもう自分達の道を進んでいる、か。旦那の言うとおりだったな。
やっぱりそっくりだねェ、誰かの為に身を捧げるところなんかが特に。さァて、いつになるんだろうな───アイツ等が再会すんのは」
その呟きは誰にも届くことは無かった。
◆ ◆ ◆
クレスとロビンが一味の元に戻ると、デービーバックファイト全ての決着がついていた。
全ての<ゲーム>が終了し、残るは一味によるデービバックを残すのみ。
そして勝者であるルフィが選んだのは、相手の船員ではなく、海賊旗だった。
船大工が必要な一味だったが、それを選んでしまえば決闘を受けた意味が無くなる。ルフィはそう言った。
航海に必要な帆を奪う事はせずに、海賊旗のマークだけを上塗りすると言う寛大な処置だが、上塗りした印が下手くそなルフィの絵の為、フォクシー海賊団は一様に絶望した。
そうしてフォクシー海賊団は捨て台詞と共に去っていった。
ハリスは一度だけ甲板に顔を出し、黒串を掲げた。
10年ぶりの再会は嵐のように吹き荒れ、あっけなく去ったのだった。
「いや~~最後までアイツ等面白かったな」
「何が面白かっただ、ボロボロじゃねェかてめェ」
楽しげに笑うルフィにゾロが釘をさす。
戦いを終え、一味はトンジットの下へと向かっていた。
どうやらルフィが決闘を受けた理由はトンジットの為だったらしい。
「そう言えば、何の話だったんだ?」
「何がだ?」
「とぼけんなって、あのヤバい男とだよ」
ウソップがクレスに問う。
それは疑わしいと言うよりも、単純な興味のようだ。
その他の一味もまた同じように聞き耳を立てていた。やはり気になるのだろう。
クレスはロビンと一瞬だけ視線をかわし、フッと口元に笑みを作った。
「まぁ、アレだ。感謝しろよ」
「ふふっ」
「……いや、訳わかんねェって」
冗談めかしたクレスの態度にロビンが笑い、ウソップが怪訝な視線を向ける。
大したことじゃ無いとクレスは話を打ち切り、ウソップがロビンへと問いかけるも、ロビンもまた微笑むだけだった。
「いいじゃねェか、クレスとロビンはおれ達の仲間だ。そうだろ?」
ルフィがいつもの調子で笑う。
何も知らない筈なのに、どこか核心を突くような言葉だった。
その言葉は一味全員に伝わり、不思議と胸に落ちた。
「それよりも腹減った、サンジ、メシにしよう」
「……たっく、てめェは」
再び能天気に笑うルフィに、サンジだけでなく一味全員が笑みを作った。
クレスとロビンにとって、それはまるで夢のような日々だった。
刺激的な毎日と、信頼できる仲間。
長くはない日々だが、それはまたたく間に過ぎ去り、今へと続く。
欠けた心を満たすように日々は連なり、そして光を見出した。
永遠などない。
そんな事は分かっていたが、それでもそんな日々がずっと続くものだと思っていた。
「……えっ」
それはクレスとロビンどちらの呟きか。
一味が向かったトンジットという老人の家の前に、立木のようにひょろ長い男が居た。
白のスーツの上着を抱え、目元にアイマスクをつけて立ったまま眠りこけている。
男は人の気配を察したのか、いびきをかくのを止めるとアイマスクを額へと押し上げる。
一瞬だけ、凍てつくような瞳が覗いた。
「……どうして……!?」
立っていられなくなったロビンが崩れ落ちるように地面に座り込む。
一味が驚き駆け寄ろうとした瞬間、その隣から濃密な呪詛の如き殺気が漏れ出した。
「てめェ、何でここにいんだよ……」
微かに震えたその声はクレスのものだった。
傷だらけの身体にも関わらず歪を上げそうなほど全身に力を込める。
その圧力に彼の立つ地面が軋んだ。
「クザァアアアンッッ!!」
クレスの怨嗟の声が響き渡る。
その言葉にクザンと呼ばれた男は僅かに頬を緩めた。
「あらららら。
こりゃ、随分と嫌われたもんじゃないの。
<オハラの悪魔達>エル・クレス、ニコ・ロビン」
海軍本部<大将>青雉。
かつて、クレスとロビンの故郷において決して消えない記憶を刻んだ男。
そして日々は終わりを迎える。
置き去りにした過去。
それは破滅を知らせる足音のように忍び寄り、そして辿り着いた。
第四部 完結
あとがき
いよいよここまで来ました。
長いようで短いように感じます。
第五部は予想通りウォーターセブン~エニエスロビー編です。
ここはずっと書きたかった所なので気合を入れたいです。
ありがとうございました。次も頑張りたいです。