空における戦いは終結する。
“神”という恐怖が去り、人々は歓喜にわいた。
戦士たちは訪れた平和に武器を置き、逃げ惑っていた人々は次々に帰還する。
人という力は強い。無残に破壊された空島であったが、もう既に復興の未来を描き始めている者もいた。
よい未来を。
人々の願いは一つだ。だが、また問題が起こる可能性はある。
エネルの手によって空の者たちの居住区であったエンジェル島は破壊されており、同じくシャンディアも“雲隠れの村”を壊された。
暫くは共に“神の島”で暮らす事となるだろう。
400年にも及ぶ諍いの亀裂は深い。また争いが起こるかもしれない。
だが、きっと大丈夫。
人々は“大地”の偉大さを知り、“島の歌声”をその耳で聞いた。
そんな彼らならば、きっと手を取り合い生きていける筈だった。
そして“大地”はそんな彼らを歓迎し、祝福するだろう。
大地は誰も拒むことはない。ただ等しくそこにあるのだから。
第十五話 「鐘を鳴らして」
「……一件落着だな」
チョッパーによる処置を受け、包帯を巻いた姿でクレスは呟く。
時刻は宵。澄んだ夜空に見事な満月が浮かんでいる。
“神の島”での死闘を終え、しばらくの時間が経った。
ルフィの手によってエネルは倒され、神の軍団はシャンディア達の手により“雲流し”となった。
シャンディアと天使達もひとまず休戦となり、今は負傷者の手当てに奔走している。
一味は全員が眼を覚まし、現在夕食を楽しんでいる。基本的に気楽な連中だ。戦いの傷はまだ癒えないが、それでも変わらず騒がしく楽しげだ。
クレスは軽く息を吐いて自身の状態をもう一度確認する。
ウワバミとの戦いの際に受けた全身打撲。
カマキリとの戦いの際の焼傷。
そして三度にも渡るエネルからの雷撃。
はっきり言って全身ボロボロだった。ほかの一味も皆少なからず怪我を負っていたが、クレスの状態が一番ひどい。
だが、傷はやがて癒える。大切なのは生き残る事だ。
生きている限り歩み続けられるのだから。
「ふ~~~食った食った」
「もうすっかり夜だな」
夕食を終え、満腹のルフィとウソップが腹をさする。
今晩は怪我人に配慮された胃にやさしいあっさりとしたメニューが中心だったが、基本的にサンジの料理は何でも美味しかった。
「どうする? 舟に戻る?」
ナミの提案に、ルフィはため息をついた。
「ウソップ、あんなこと言ってるぞ」
「人間失格だな」
「なんなのよッ!!」
失礼なもの言いのルフィとウソップ。ナミは当然憤慨する。
だがそんなナミの後ろではゾロとサンジが立ちあがっており、何故か準備運動を始めてる。
「おい、クレス、チョッパー、いつまで座ってんだ」
ゾロの言葉を受けクレスは、
「たっく……お前らもモノ好きだな。
そんなんじゃいつまでもガキのままだぞ。大人になれっての。───さて、久々に本気出すか」
「なんでッ!?」
意味不明だとナミの叫ぶ。
対し、男衆は悠々と広場へと進んで行く。
「何なのよあいつ等!」
「ふふ……クレス、楽しそう」
「う~~ロビン、あんたは私の味方よね」
「男の子ってそういうものよ、航海士さん」
“神の島”にあるシャンディアの遺跡に、芸術とも取れる巨大な組み木が築かれ、厳かな雰囲気で火が灯された。
小さな火種は組まれた木々を伝い、一気に燃え上がる。
その瞬間、大きな歓声が上がった。
煌々と妖精が歌い踊る様に神秘的に揺らめく炎は、空に住む人々の目を引いた。
楽しげに騒ぐ青海人に触発され、一人また一人と、その輪が広がる。
青海人が、空の者が、シャンディアが、ウワバミが、雲ウルフが……。
一切の垣根はなく。
気がつけば誰もかれもがその輪に加わり、騒ぎ、歌い、躍る。
「宴だァ~~~~ッ!!」
楽しげなルフィの声が大地に響く。
笑い声が木霊し、燃え上がる炎を囲み、打楽器によるビートが人々と共に躍る。
敵も味方も無く。
くだらない諍いなども無く。だれも戦いを望まない。
そこにいるのはただ、宴を楽しむ人々だけだ。
ルフィは肉を両手に躍りまわり、
ゾロはシャンディアの戦士と飲み比べ、
しぶっていたナミは“天国の門”のアマゾンとさえ打ち解け、
ウソップは得意の一発芸で場を沸かし、
サンジは片っ端から女性を口説きまわり、
チョッパーははしゃぎまわり、
クレスは対峙したカマキリと杯をぶつけ合い、
ロビンは柔らかい笑みを浮かべて楽しげに騒ぐ人々を見守った。
空の宴はかつてないほどに盛り上がり、人々は疲れて眠るまで騒ぎ続けた。
◆ ◆ ◆
夜は更け、宴の火は消えた。
騒ぎ疲れ眠りこける人々の中、珍しく起き出したルフィは息をひそめてナミを揺り起こす。
「おい、ナミ、みんなを起こせ」
「…ん………なに?」
眠たげに眼をこすりながらナミは身体を起こす。
ルフィは静かにと口元に指を当て、悪戯小僧のような表情を浮かべる。
「黄金奪って逃げるぞ……」
「えっ!? 黄金!?」
「ばかっ!! 声がでかいッ!!」
「あんたの方がでかいわよ!!」
思わず声を張り上げたルフィとナミ。
そんな二人の声にウソップが起きてしまう。
「うるせェな!! 眠れやしねェ!!」
不快げに拳を降ろすウソップ。
「グヘ~~~ッ!! ウソップが殴ったァ!!」
拳は運悪くチョッパーに直撃。すやすやと気持ちよく眠っていたのを叩き起こされ、鳩が豆鉄砲を喰らったように悲鳴と共に跳び起きる。
「お! ……もう朝か?」
「ナミさん、おはよー!! あれ!? 朝じゃねェ!!」
ゾロとサンジも起き出し、まだ空が暗い事に首を捻る。
「なぁに?」
「……うるさいぞ、お前ら」
そしてロビンとクレスも起きあがり、騒ぎ出した一味に眠たげな眼を向ける。
一味はまた騒ぎ出し、そのせいで目を覚ました空島の人間に「青海人は宴好き」という認識を植え付けたのだった。
「───じゃ、そういうわけだ」
一味は落ち着いた後、声をひそめて作戦会議をおこなった。
ルフィはウワバミの腹の中で黄金を見つけた事を話し、それを“奪って”空から逃げることを提案する。
ウワバミの中へと入るのは、ルフィ、ナミ、サンジ、チョッパー。
ゾロは方向音痴の為留守番。ウソップは“ダイアル”を手に入れるそうだ。
クレスは黄金探索に誘われたが、辞退した。
一味の中では一番探索に長け、ウワバミの中にも入ったクレスだが、明日はロビンと共に遺跡を見て回るつもりであった。
明日で空島は最期になる。
めったに来る事の出来ない空島だ。思い残すことが無いようにと、一味は互いに頷き合った。
朝日が登り空島に新たな一日を知らせた。
人々は次々と起きあがり、精力的に動き始める。
「そういや……悪かったな昨日は。遺跡の探索に付き合えなくて」
「いいのよ、そんな事。クレスが無事でよかったわ」
クレスとロビンの二人は朝早くから遺跡の調査をおこなっていた。
海円暦402年。今から1100年以上も前に栄え、800年前に滅んだ都。シャンドラ。
改めてその雄大さに圧倒される。
石材を用いての建築術。町のインフラも整っており、当時にしては驚くべき水準の技術を誇っていた。
栄枯盛衰とは言ったものだが、これほどの技術を持った都市が滅びたと言うのは俄かには信じがたいものだ。
誇り高きシャンドラの戦士達は、この都市に眠る“歴史”の為に戦い続けたという。
寂れた都市からはかつての名残を感じられるも、やはりどこか物悲しいものだ。
「……残念だったな、大鐘楼は」
「仕方ないわ。……なくなったのならそれで納得がいくわ。
クレスこそよかったの? 黄金、興味あったんでしょ?」
「"ない"と言ったらウソになんだけどな、お前との約束の方が大事だよ」
ロビンの言葉にクレスは答えた。
「まぁ、今回ばかりは初めから行くつもりはなかったけどな」
「……もしかして、あのウワバミが原因?」
「まぁ、否定はしない」
憮然とクレスは肯定する。
今は大人しくなったウワバミだが、まだクレスに対しては敵意を持っている可能性は高い。
「昔から苦手だったものね」
「……動物の方がな」
昔から動物に好かれるロビンに対し、何故かクレスはとことん動物(特に小動物)に嫌われた。
嫌われたと言うより、天敵のように恐れられている。
クレスとしては別に嫌いじゃないのだが、まったくと言っていいほど動物がよってこないのだ。
昔、ロビンが傷ついた野ウサギを見つけ、クレスが様子を見ようとしたところ、逃げるらともかく死んだふりをされた。
地味に泣きそうになった。
「……可哀相だったわ、あのウサギさん」
「オレは丸焼きにしてやろうかと思ったぞ」
ロビンは軽く首を捻り、
「返り血のせいかしら。それとも怨念?」
「…………」
否定はできなかった。
ちなみに、今は“ヒト”であるチョッパーも本能的にクレスの事を恐れている節があった。
◆ ◆ ◆
遺跡を回り続け、クレスとロビンが短い休憩をはさんでいた時だった。
慌てた様子のシャンドラの戦士が、彼らの酋長の下へと駆けこんで来くのが見えた。
「酋長!! 黄金の鐘が見つかったんだ!!」
その知らせに、シャンディアの人々は大騒ぎとなった。
黄金の鐘はシャンドラの誇りだ。ルフィとエネル戦闘で青海に落ちてしまったと思われるそれが見つかったと言う事は大変喜ばしい事だ。
鐘は倒れた“巨大な豆蔓”に引っ掛かっていたようで、シャンドラは総員でその引き上げ作業に向かうらしい。
「鐘楼が……」
その事を聞き、ロビンは複雑な思いで呟いた。
求めなければ見つかる事の無い石“歴史の本文”。鐘楼にはそれがある可能性が高かった。
期待はあった。だが、同時に不安があった。
“歴史の本文”は今までにもいくつか見つけたが、その全てがロビンが欲するものでは無かったのだ。
全てを投げ捨てるつもりで探し求めたアラバスタでの≪古代兵器プルトン≫も記憶に新しい。
空島の“歴史の本文”に関しても同じ事が言えた。過剰な期待は後の絶望を大きくする。
「やっぱり不安か?」
そんなロビンの心情を読み取ったのか、クレスが口を開いた。
だが、それ以上は言葉を重ねる事はなかった。
“歴史の本文”に関してはロビンの問題だ。どのような選択を選ぶかもロビンが決めなければならない。
クレスはそれを見守り自身の力を持って答える。ロビンもそれは分かっていた。
「……行くわ。着いて来て、クレス」
「了解。なら、行こう」
ロビンは決断を下し、二人は歩を進めた。
“神の島”の西端。
倒れ込んだ“巨大な豆蔓”において偶然にも発見された“黄金の鐘”。
人々はこの引き上げ作業に奔走する。その重量故に難航するかに見えた作業であったが、シャンディアと空の者の協力により速やかに引き上げられた。
「見るからに誇らしい……」
シャンディアと空の者は大鐘楼を見上げ、感嘆の息を吐く。
転落の際に鐘楼の柱が一本が折れてしまったものの、眩く輝く黄金によって作られた巨大な鐘は圧倒的な存在感と共にそこに鎮座していた。
そこからは豪奢というよりもむしろ神秘的な雰囲気を抱かせる。それはこの鐘に刻まれた“歴史”がそうさせるのかもしれない。
人々は様々な思いの中、鐘楼を眺め、そしてそこに硬石に刻まれた精緻な文字を見つけた。
「これが“歴史の本文”……我らの先祖が都市の命をかけて守り抜いた石……!!」
人々は刻まれた“古代文字”を眺め、言葉を失う。
誰もこの文字が記す意味を知らない。だが、その厳粛な雰囲気は言葉なき重圧として人々を圧した。
「一体何が書かれているんです、酋長?」
「知らずともよい事だ。我々はただ───」
「『真意に口を閉ざせ、我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に』」
朗々と女の声が響いた。
人々は声の方向へと振り向くと、どこか魔的な雰囲気すら漂わせながら一組の男女が歩み寄って来ていた。
「お主たちか……」
その場に居合わせていたガン・フォールが息を吐く。
男女───クレスとロビンは空の人々が見守る中、"歴史の本文"の前まで辿り着いた。
「何故その言葉を……」
「シャンドラの遺跡にそう刻んであったわ。あなた達が代々これを守る“番人”ね」
ロビンは静かに酋長に答えた。
先程の言葉はシャンディアのみに代々伝わる一文だ。それを知っていると言う事は驚くべき事なのだろう。
「ロビン……」
「ええ」
クレスの言葉にロビンは頷いた。
そして浅い息を吐いて“歴史の本文”へと眼を向ける。
「まさか……読めるのか!? その文字が!!」
酋長の言葉をロビンは無言のままに肯定する。
辺りに何かの儀式のように張りつめた緊張感が漂った。誰もが注目するその中で、ロビンは刻まれた文字を読み上げた。
「───神の名を持つ≪“古代兵器”ポセイドン≫とその在処」
ロビンの言葉に辺りに波紋のように動揺が広がった。
読み上げたロビンは口を閉じ、クレスもまた黙り込んだ。
“歴史の本文”に記された“古代兵器”。アラバスタの≪プルトン≫は記述によれば島一つを消し飛ばしたと言う。
ここに記された≪ポセイドン≫もまた同じような凶悪な力を有していた。
ロビンは震える手で拳を握りしめた。
こんなことが知りたいわけじゃない。知りたいのは“真の歴史”。世界中を探しても何故見つからないのだ。
「……船に戻ろうか」
クレスの大きな手がやさしくロビンの肩に置かれる。
慰めの言葉はなかったが、不器用なやさしさが好きだった。
ロビンは静かに頷き、踵を返した。
「おい、アンタ達ッ! その横に彫ってあるのは同じ文字じゃないのか?」
男の言葉にクレスとロビンは脚を止める。
ロビンは指差す方向を見て、そこに書かれた“古代文字”を読み、息をのんだ。
『我ここに至り、この文を最果てへと導く。
─── 海賊 ゴール・D・ロジャー』
「なッ……!? 海賊王だと!?」
クレスが驚きのあまり絶句する。
<海賊王>ゴールド・ロジャー。
富、名声、力、この世のすべてを手に入れた男にして、“偉大なる航路”の最果て『ラフテル』に“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を残した、<大海賊時代>の創始者。
その男がこの空島にやって来ていたことも驚きであるが、“古代文字”を操れると言うのは驚愕すらも通り越し異常ですらある。
そもそも"古代文字"を解読できるのは今や世界でただ一人、ロビンだけ。読み解こうとするならばオハラの考古学者のように深い知識が必要となる。
そんな文字を何故彼の海賊王が扱えるのか、疑問は次々と浮かんでいったが、全ては推測の域を出るものでは無かった。
「ぬぅ……ロジャーと書いてあるのか?」
「知ってるのか、ジーさん?」
ガン・フォールはクレスの問いかけに頷いた。
「20年以上前になるが、この空にやって来た青海の海賊である。……なるほど、その名が刻んであるのか」
「……どうやってここへ辿り着いたかは不明だが、消えない証拠はここにあるか」
そしてクレスは口を閉じ、その隣でロビンは思考を巡らせる。
新たに生じた“謎”は如何なる“真実”を生むのか。“歴史の本文”を追い世界中を巡ったが、このようなケースは始めてだと言っていい。
「……クレス、“歴史の本文”には二種類の石があるって、話した事あったかしら?」
「ああ、“情報を持つ石”と“その在処を示す石”だろ?」
「ええ、そしてこの石は“情報を示す石”」
ロビンは情報を整理するように呟きをくり返す。
「……我ここに至り、この文を最果てへと導く」
謎めいた文章だ。
短くも力を持った言葉。一言で世界を変えた男らしいとでも言うべきだろうか。
<海賊王>がどうして“古代文字”を扱えるかどうかはひとまず置いておき、引っ掛かりを覚えたのは、何故ゴールド・ロジャーがここに“証”を残したのかだ。
自己顕示というものではないだろう。“古代文字”を刻みこんだ時点で、解読できる人間はほんの少数だと分かりきっている。
おそらく、彼の海賊王は正しくこの“歴史の本文”を読み取ったのだ。そしてここに文章を記した。
“偉大なる航路”を制した海賊王は、最果ての地で何を見たのか。
最果てへと至る過程において、何を見続けたのか。
おそらく海賊王は“歴史の本文”の解読に成功している。もしかしたらロビンが求める“真の歴史の本文”に関しても知っているかもしれない。
そしてそこに至る為に、かつて海賊王は───この“歴史の本文”に書かれた文を導いのだ。
「まさか、“真の歴史の本文”とは……!!」
ロビンは雲が晴れるように眼を見開いた。
自然と動悸が激しくなり、辿り着いた答えに心が震えた。
「ロビン……?」
心配げに声をかけるクレスに、思考よりも先に身体が動いた。
「お、おいっ!!」
気がつけばクレスに抱きついていた。
突然のロビンの行動にクレスはあたふたと視線を彷徨わせ、周りの面々が眼を白黒させる。
普段なら絶対に取らないような行動だが、今のロビンにはどうでもよかった。
「……無駄じゃなかった。私達の旅は無駄じゃなかったのよ」
嬉しさに涙が出そうだった。
辿り着いた答えはクレスと共に歩んだ道のりを肯定するものだったのだ。
「そうか……よかったな」
よくわからないままもクレスはロビンに祝福の言葉を贈った。
そしてそのまま抱きしめ合い辺りに微妙な雰囲気が漂い始めた時、ガン・フォールがわざとらしく咳払いをして二人を現実に戻した。
「……ごめんなさい、クレス。急に抱きついたりして……」
「あ~いや、気にすることはないぞ。……むしろよかった」
最期にぼそりと呟かれたクレスの呟きはロビンには聞こえなかった。
「オホン! お主たち少しは場所を選ばんかい。そりゃ、我輩も若いころは……」
ガン・フォールによる老人特有の自分語りが始まりそうになったが、ロビンは気にせず言葉を紡いだ。
この文章を理解したロビンには、代々に渡り“歴史”を守り続けた“番人”達に贈るべき言葉があった。
「この“歴史の本文”は役目を果たしているわ」
「役目を……?」
酋長はロビンに問い返した。
彼らに課せられてきたのはこの“歴史の本文”を守ることで、それ以外は知る由が無かったのだ。
「世界中に点在する情報を持ついくつかの“歴史の本文”は、きっとそれを繋げて読むことではじめて“空白の歴史”を埋める一つの文章になる。
繋げて完成する今だ存在しないテキスト。それが“真・歴史の本文”。<海賊王>ゴール・D・ロジャーは確かにこの文を目的地へと届けている───だからもう」
「では……我々はもう、戦わなくてよいのだな……?」
酋長のは万感の思いで言葉を絞り出す。
「先祖の願いは……果たされたんだな……?」
「ええ……」
ロビンはやさしげに酋長の言葉を肯定する。
海賊王の手によって、“歴史”を守り戦い続けた、誇り高いシャンディアの願いは報われたのだ。
「つまりはロビン、お前も今までに読んだ“歴史の本文”を導く必要があるんだな?」
説明を聞き、クレスは言葉を為した。
ロビンは力強く頷いた。
「着いて来てくれる?」
「もちろん。───最果ての地『ラフテル』まで」
ロビンとクレスは決意を新たにする。
進むべき道のりはこの世で最も険しいだろう。存在のみが確認されるその島に辿り着いたのは、海賊王の一団のみとされている。
だが、それでも臆することはなかった。
「……時にお前達。たしか、黄金を欲しがっていたんじゃないのか?
青海では“大地”よりも価値のあるものだと聞いたが、……この折れた鐘楼の柱をどうだ? 鐘の方はやれんが、せめてもの礼として受け取ってくれ」
酋長の言葉に、周りから次々に賛成の言葉が上がる。
それはロビンとクレスにも、一味にとっても思ってもみない提案だった。
「いいの? それはみんな喜ぶわ」
「ハハッ……そりゃ、豪気なことだな」
ロビンは空の者達が贈ろうとしている黄金で出来た柱を見上げた。
想像もつかないような量の黄金だ。大国の金保有量にも匹敵し、もしくは凌駕するだろう。もし売りさばいたとすれば、莫大な額となる。
これを見た一味がはしゃぎまわるのが眼に浮かび、口元をほころばせた。
「お主らよ……あの麦わらの少年だが、かつてのロジャーと似た空気を感じてならぬ。我輩の気のせいか?」
かつてロジャーと会った事もあるガン・フォールの言葉に、ロビンは笑みを作った。
「彼の名は、モンキー・D・ルフィ。私達も興味が尽きないわ」
「“D”……? 成程、名が一文字似ておるな!! ははははッ」
「そう……それがきっと歴史に関わる大問題なの」
穏やかな表情で言葉を為した。
ロビンの呟きは温かな風に流れていく。
クレスと共に乗り込んだのは、どんな荒波も越えていく夢の船。
そんな予感がしてならなかった。
◆ ◆ ◆
クレスとロビンは空の住人の好意を受け取り、大量の黄金と共に集合場所へと向かった。
黄金を運んでもらった為、多少約束の時間からは遅れてしまったが問題はないだろう。
暫くするとクレスとロビンを待つ一味の姿が見えた。
「お~~~~い!! クレス!! ロビン!! 急げ、急げ!!」
船長のルフィの楽しげな声が聞こえて来た。
ルフィをはじめとして他の面々も背中に大きな袋を背負っていて、サンタの持つ袋のようにパンパンに膨らんでいる。
眼を輝かせながらルフィが背中の荷物を二人に見せる。
そこには袋いっぱいの黄金があった。
「ほら見ろ、大漁っ!! 金持ちになったぞ!! 船に乗れ!! 黄金奪ったから逃げるぞ~~!!」
楽しげに声を張り上げ、背中の黄金を自慢するルフィ。どうやらウワバミの中での黄金探索は成功したようだ。
帰り支度を澄ませた一味を見て、空の人間達が慌て出す。
「ん? おい、まさかあいつ等もうここを出る気じゃないだろうな!?」
「おい待て!! お前ら待ってくれ!!」
騒ぎ出した空の人間に一味もまた慌て出す。
「ほら見ろバレた!! ルフィ、てめェのせいだぞ!!
ロビンちゃ~~~ん!! 早く、早く!! クレス、てめェはそこで足止めでもしてろ!!」
サンジが叫び、
「待て待てと呼ぶのがてめェらッ!!
命をかけて遥々来た空島の!! 世に伝説の“黄金郷”!! 誇り高き海賊様が、手ぶらでおちおち帰れるってんだァ!!」
ウソップが見栄を張る。
一味は荷物を担いだまま、早く早くとクレスとロビンを手招きする。
「はははっ!!」
クレスはバカらしさで笑いがこみあげて来た。
こんなに清々しい気分になったのは何時以来か。この一味に入ってから自分の中で何かが変わった。
言葉にはできないけれど、それはとても重要な変化だ。
失っていた何かを見つけたように、足りない何かが満たされたように、温かい充足感と共にそこにある。
「おい、あんた達っ!! このオーゴンを受け取ってくれるんじゃ!?」
「ふふっ、いらないみたい」
クスリと笑みをこぼしロビンは答えた。
クレスはロビンと目線を合わせる。どうやらロビンも同じ気持ちだったようだ。
「行くか」
「ええ」
そして二人は同時に走りだした。
それを見て一味も一目散に走り出した。後ろでは空の人間が戸惑いの声を上げているのが聞こえる。
「逃げろォ~~~~!!」
「ま、待ってくれ!!」
心地よい風が頬を撫でた。
逃げると言う事がこれほど楽しいと感じたのは始めてだった。
心が躍る。今はとても楽しかった。
嵐のように歓喜を撒き散らし、騒がしさと共に青海の海賊たちは去っていく。
空に住む人々は、空島から去っていく彼らにせめてもの礼として、鐘の音を届けた。
どこまでも響く鐘の音は、海賊達を祝福と共に見送った。
ふと見上げると、目に映る空。
夢か現か、空の上の神の国。
遥か上空1万メートル。耳を澄ますと聞こえる鐘の音。
今日も鳴る。
明日も鳴る。
空高だかに鳴る鐘の音が、さまよう大地を誇り歌う。
第四部 空島編 完結
あとがき
空島編完結です。
最終的には強引に持って行きましたが、ちゃんと終われてよかったです。
最期にクレスがいい目を見ましたが、許してやってください。
実は今回は二本立てです。よければどうぞ。