『世界は、……そうだ!!
自由を求め、選ぶべき世界が目の前に広々と横たわっている。
終わらぬ夢がお前たちの導き手ならば、───越えて行け。己が信念の旗の下に』
<海賊王>ゴールド・ロジャー
大海賊時代。
<海賊王>ゴールド・ロジャーが残した、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を巡って幾多もの海賊達が鎬を削った時代。
各々に抱いた誇りを胸に、海に夢を見た者たちは戦う。
夢と力。ゆるぎない意志が進むべき道を決めた、そんな時代。
第四部 プロローグ 「密航者二人」
偉大なる航路(グランドライン)のとある海域に二本のマストからなるキャラベル船があった。
メインマストに描かれたのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。海賊<麦わらのルフィ>の船だ。
緩やかな海風が船の帆を膨らませる。
天候は快晴。風向きは北西。気温から予測するに季節は夏。
波も小さく穏やかで澄んだ海上を流れゆく雲と共にゆったりと進んでいた。
「もう追ってこねェな……海軍の奴ら」
後方を確認しながら、緑の髪をした剣士が問いかける。
腰元に下げられた刀は三本。かつて『東の海』でその名を轟かせた賞金稼ぎであり、現在は麦わらの一味のメンバーの<海賊狩り>ロロノア・ゾロ。
「んー」
問いかけたゾロに気の無い返事が帰った。
覇気の欠片も感じられないぐずついた声だった。
「……突き放したんだな?」
「んー」
「おい、進路はこっちであってんのか?」
「んー」
「船の損傷具合はどうなんだよ?」
「んー」
「……あのな」
ゾロがややイラついた様子で、
「何だよその気のねェ返事は」
「だって……」
ゾロ以外の船員は全員船の欄干にふにゃりと突っ伏していた。皆一様にやる気が感じられない。
「「「「「さみしー……」」」」」
ぐずつきながら拗ねるように声を合わせた。
一味はアラバスタでかけがえのない仲間だったビビと別れた。
海兵に追われ、悲しむ暇もなかったのだが、海兵達を突き放して一段落したときに忘れていた寂しさがよみがえった。
「ビビ」と、名前を呼んでも返ることのない返事。その事が一味に現実感を与える。胸にぽっかりと空いてしまった悲しみに一味は沈み込んでいた。
「めそめそすんな!! そんなに別れたくなけりゃ力づくで連れてこればよかったんだ」
ゾロはへこたれる一味に強引な物言いで喝を入れる。
「うわあ、野蛮人」 と、喋る青鼻トナカイ。船医のトニートニー・チョッパー。
「最低」 と、オレンジの髪の女。航海士のナミ。
「マリモ」 と、何故かクルリと丸まった眉毛の男。コックのサンジ。
「三刀流」 と、麦わら帽子を被った男。船長のモンキー・D・ルフィ。
「待てルフィ。三刀流は悪口じゃねェ」 と、長い鼻が特徴的な男。狙撃手のウソップ。
野蛮なゾロのもの言いは一味の大ブーイングを呼んだ。
いじけた一味は一様に武骨な剣士を白眼視する。
「わかったよ、好きなだけ泣いてろ」
ため息をつきながらゾロはマストに手を突いた。
ゾロとて寂しさを感じていない訳ではない。だが、それを他の一味と同じように外に出していないだけだ。
この様子では一味が立ち直るまでもう少し時間がかかりそうだった。
「まったく……」
「……大変そうだな」
「ああ」
「無事に島からは出たのね。御苦労さま」
「ああ……あ?」
感じた違和感。
聞きなれない声。
ゾロが視線を向け、他の一味もまた同じように声の主へと目を向け、絶句する。
現れたのは、二人。
干し草のようにパサついた髪で機械のような細身の男。
艶やかな黒髪で、妖艶な色気を放つスラリとした長身の女。
「久しぶりだな」
「ふふふ……お邪魔してるわ」
その男女は驚く一味を気にした様子も無く言葉を為した。
時間が止まったかのように停止していた一味がそれぞれに反応する。
「組織の仇打ちか!? 相手になるぞ!!」
ゾロが素早く刀に手をかける。
「何であんた達がココに居んのよ!!」
ナミは頭を抱えた。
「キレーなお姉様~~~~っ!!」
サンジは男を視界から消して、現れた美女に熱烈な視線を送る。
「敵襲!! 敵襲~~~~~!!」
ウソップは錯乱し、柱に隠れながら、取り出した拡声器で叫びまくった。
「ああああああっ!! ……誰? ってああああああああああああああああ!!」
チョッパーは女を見て疑問符を浮かべたが、男を見て叫び声を上げた。
「あ!! ……なんだ、おめェらか」
ルフィは思い出したようにポンと手を打った。
一味の視線を釘づけにした二人は微笑し、直後、フワリと花の香りと共に武器を構えたゾロとナミに腕が咲いた。腕は素早くゾロとナミが構えた武器を叩き落とす。
「うわっ!! 手!?」
「───そういう物騒なモノ私たちに向けないでって、前にも言ったわよね」
混乱する船内を二人は慣れた様子で進み、立てかけてあった折り畳み式の椅子をそれぞれに手にすると組み立てた。
レディファーストなのか男が椅子を引き女に席を譲る。女は柔らかく微笑んだ。そして男も腰かける。
「あんた達いつからこの船に!? Mr.ジョーカー!! ミス・オールサンデー!!」
「ずっとよ。下の部屋で読書したり、シャワー浴びたり。これあなたの服でしょ? 借りてるわ」
「後、オレ達はもうバロックワークスの社員じゃないよ。だからそのコードネーム(呼び方)は止めてくれ。ちなみにオレの名前はクレスで、こっちはロビンだ」
「聞いてないわよ!! 何のつもりよ!!」
ナミが叫び声を上げたが二人は気にすることなく船長へと向き合った。
「モンキー・D・ルフィ」
澄んだ声でロビンが名前を呼び、
「さて、確認をしたいんだがいいか?」
クレスが続けた。
「確認?」
ルフィは首をひねった。
「忘れたとは言わせねェぞ」
「葬祭殿で私たちに言ったこと覚えてるかしら? ……あの時は少し驚いたわ」
首をひねり続けるルフィに怒りの炎を燃やしたサンジが掴みかかった。
「おいルフィ!! パサ毛野郎はともかくあのキレーなお姉さまに何を言ったんだ!?」
「……酷い言い草だなオイ」
ルフィは首をひねり続け、
「ああ!!」
得心がいったのか大きな声を上げた。
クレスは椅子の背もたれに寄りかかり、ロビンは足を組んだ。
「あの時の確認をしに来た。───オレ達には行くあても帰る場所ない」
「だから、この船に乗り込んだ。あなたのせいよ。……麦わらの船長さん」
「あ~そりゃしょうがねェな」
ルフィはクルリと今だ混乱する一味に向き直り宣言する。
「コイツ等仲間にするから」
一味はルフィが言っている意味がわからなかったのか一瞬停止し、
「「「「「何ィいいいいいいいいいいいいいいい!!?」」」」」
困惑の叫びを上げた。
◆ ◆ ◆
仲間として一味に加わることを取り合えず船長のルフィから了承を得たクレスとロビン。
だが、いくらルフィの決定だといっても、他の面々が納得した訳ではない。
現在、甲板にはデスクライトを乗せた四角いテーブルが置かれ、ウソップがクレスとロビンと対面するように座っている。
テーブルの上には要点をまとめるためのレポート用紙。先程からウソップによる取り調べがおこなわれていた。
「八歳で考古学者……そしてクレスと二人で賞金首に」
「考古学者?」
「そういう家系なの」
「まぁ、家系で言えばオレも当てはまるんだろうが、コイツは特別だよ」
「その後20年、ずっと政府から姿を隠して生きてきたわ。いろんな"悪党"の庇護下に入ったり、無人島で暫くサバイバルしたり。後の方は遺跡の捜索も兼ねていたけれど」
「フンフン……なるほどな。……『意外と苦労人』と」
カリカリと隠すつもりはないのか、二人の前でウソップが用紙に要点と本人の感想を書き込んでいく。
クレスの見立てでは案外好感触のようだ。
「いろんな経験を積んできたから、裏で働くのは得意だよ。役に立つ筈だ」
「ほほう……自身満々だな。何が得意だ?」
ペンを耳にはさんでウソップが見定めるように顎に手を置いた。
ウソップの質問に、クレスとロビンは顔を見合わせ、同時に頬笑み、ウソップに向き合って、
「「暗殺」」
少し洒落にならない特技を口にした。
冗談なのだが、嘘では無いので質が悪い。
「ルフィ!! 取り調べの結果、危険過ぎると判明!!」
案の定ウソップは涙目でのけぞった。
その様子にロビンはクスクスと笑みを漏らして、クレスはやり過ぎたかもと苦笑した。
そして、クレスは視線を甲板に座り込むルフィをチョッパーへと向けた。
そこには甲板に咲いたロビンの腕を不思議そうに見つめる二人。ロビンはその様子に悪戯心が湧いたのか、二人の後ろにそっと腕を咲かせて、くすぐった。
「あはははははは!! くすぐった……はははは!!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 見ろよウソップおもしれェぞ!!」
「聞いてんのかお前らァ!!」
楽しげにロビンに遊ばれるルフィとチョッパーにウソップが叫ぶ。だが、まったく効果は無い。
ロビンはやさしげな笑みを浮かべ、クレスはそれを嬉しそうに見ていた。
「───まったく、軽くあしらわれちゃって情けない。
どうかしてるわ。今の今までそいつらは犯罪組織でクロコダイルの右腕として働いていたのよ。
ルフィの目はごまかせても私は騙されない。……妙な真似したら叩きだすからね!!」
船長の様子に、階段の上で脚と組んだナミが二人に忠告する。
だが、それでもクレスとロビンを船員として迎え入れる事を前程として話をしているあたり、彼女もまたお人よしだ。
「ふふふ……ええ、肝に銘じておくわ」
「ああ、オレも心に刻もう」
クレスもロビンもその事に気づいていて、穏やかに首肯した。
「ああ、そういえばロビン」
「何かしらクレス?」
わざとらしくクレスが問いかけ、ロビンが答えた。
「クロコダイルから頂戴してきたアレって何処に置いたっけ?」
その瞬間、ピクリとナミの耳が反応する。
「アレ? ふふ……宝石のこと? それならココに。売れば確実に100万ベリー以上になるわね」
「───いやん、大好きよお姉さまっ!!」
風よりも早く一瞬で宝石を取り出したロビンにナミがすり寄った。今にもごまをすりそうな様子である。
二人は船内に潜んでいた時、女部屋に慎重に保管された財宝類を見つけた。
定期的に手入れをしていたようで相当品質が良いそれらから察するに、間違いなく金の亡者がいると確信する。
結果、それは見事に的中した。
今のナミは完全に宝石を持つ二人の味方だった。
「何て奴らだ。ナミがやられた……!!」
「悪の手口だ」
ナミをも虜にしたその手際の良さに、ウソップとゾロが慄いた。
「ああ……恋よ。
漂う恋よ。
僕はただ漆黒に焦げた身体をその身に横たえる流木。
雷というあなたの美貌に打たれ、激流へと崩れ落ちる僕は流木……」
上機嫌な鼻歌と共に今にも躍り出しそうな様子でサンジがやって来る。
そして、ほれぼれするような給仕としての鮮やかな動作をもってロビンの前にスッとティーセットを置いた。
「おやつです」
「まぁ、ありがとう」
「いえいえ、あなたの為に厳選した極上の紅茶です。スイーツは生チョコのケーキとなっております」
サンジは極上の接客スマイルをロビンに送る。
そして表情を一変させ、
「てめェは茶でも飲んでろ」
唾ででも吐き捨てそうな表情でクレスの前にぞんざいに湯呑を置いた。
「オイコラ、さすがに露骨すぎんだろ」
「うるせェ!! 聞けばてめェこの美女とずっと二人旅をしてただと? そんな羨ま……不審な奴を信用できるかァ!!」
「下心透いてんだよ。……てめェ、次、ロビンに色目使ったら海に沈めるぞ」
「ああ? 恋はハリケーンなんだよ。オロして叩きにすんぞ、パサ毛野郎」
クレスは舌打ち交じりに湯呑を口に運ぶ。そして僅かに眉を動かした。
粗茶といってもサンジが料理人として抜かりなく淹れたもので、ぞんざいに湯呑をテーブルに置いてはいたが余り水面は揺れていない。このあたりはサンジが一流たる所以だろう。
「まぁ……いい。
オイ、クルマユ。頼みがある」
「あ? なんだ」
何かムカムカするものがあるのか煙草をふかしていたサンジにクレスは、
「砂糖くれ」
「砂糖って何に使うんだ?」
「お茶に入れる以外何があんだよ」
「蟻かてめェはァ!! 入れたら彼方まで吹き飛ばすぞ!!」
「入れるだろ普通?」
「入れねェよ普通!!」
軽く常識を砕かれ、キレるサンジ。
「……ダメよ、クレス。コックさんの言う通りよ」
「いや、だって、最近甘いもん食ってないし」
「それなら、ほら。少しケーキ上げるから」
ケーキを一口サイズに分けてフォークに突き刺しクレスの方へと伸ばした。
クレスは少し迷ってから口を開けて、
「フザケんなァ!!」
「うおッ!!」
いまだかつてないほどに怒り狂ったサンジの蹴りが飛んできた。
もう何もかも蹴り砕くんじゃないかという嫉妬の蹴りに、クレスは一瞬で“鉄塊”をかけ防御する。サンジの蹴りはかろうじて止められた。
「あぶねェだろコラ!! ケーキ食えなかっただろうが!!」
「誰がてめェに食わせるかァ!! むしろおれが食いた……じゃなくて、それはロビンちゃんのもんだ!!」
睨み合い火花を飛ばす二人。
その様子に、サンジがまったく役に立たないんじゃないかと思っていたウソップとゾロが唸る。以外にいい感じの警戒感(クレス限定)だ。
「ごめんなさい、コックさん。少しはしたなかったかしら」
その時、ロビンが目を伏せた。
サンジに物凄い罪悪感が駆け巡る。
「い、いや、全然そんなことは無いんだぜロビンちゃん」
「……そうかしら」
「いや、ほら、今のはこのパサ毛がむかついたというか羨ましいというか何というか……」
「そう? やさしいのね、コックさん」
「いやそんな……それほどでもないです」
でれりとだらしない表情になるサンジ。
「それなら、もう一つデザートを頼んでもいいかしら? このままクレスにお預けをするのは可哀相だから」
「もちろんだぜ、ロビンちゃん!!」
そして、ついさっきまで睨み合っていたクレスのケーキを取りにそそくさと厨房に戻るサンジ。完璧に骨抜きにされていた。
傍観していたゾロとウソップは戦慄した。恐ろしいまでの人身掌握術だった。
「まったく、世話の焼ける一味だぜ」
「おれ達が砦ってわけだ」
そう簡単には騙されないと、ゾロとウソップが鋭い視線でクレスとロビンを監視する。
能天気な一味だからこそ、誰かがしっかりとしなければいけない。
ゾロは腕を組み、ウソップは任せろとばかりに親指で自分を差した。
「おい、ウソップ───!!」
「あァ?」
楽しげに呼びかけたルフィに、ウソップはギロリと視線を向ける。
そこにいたのは、
「おれ、チョッパー」
頭から腕を生やしてトナカイの角に見立てたルフィ。
「ぷぷ───っ!!!」
ツボだった。ウソップもまた他と同じく籠絡される。
そんな一味にゾロが青筋を浮かべた。
「……やっぱり、怪しいか?」
「あ?」
腕を組むゾロに、ロビンに遊ばれる一味を見ながらクレスが話しかける。
「まぁ、当然だな。オレ達も直ぐに受け入れてもらえるなんて考えてはないさ。
……だが、この一味に害を与えようなんて考えてる訳じゃない事はわかってくれ」
「……フン」
「信用はそのうち勝ち取るさ」
鼻をならしたゾロにクレスは言った。
うららかな天気。
穏やかな水面。
だがその時、海が大きく揺れた。
「お、おい!! アレ!!」
ウソップが指さす。その先に大きな水音と上げた巨大な姿があった。
全長10メートル以上の巨体。その巨体には鱗と羽毛に包まれ、覗かせた顔には黄色い嘴と赤い鶏冠がある。
海の王者。海王類の一種だ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」
餌を求めやってきたであろう海王類に叫び声が上がった。
「チッ、海王類か!?」
「ん? なんだ、チキンフィッシュじゃねェか」
「知ってんのか?」
「まぁな」
ゾロの問いに、クレスが現れた海王類を見上げながら答える。
怯えたウソップ、チョッパー、ナミは逃げ回り、それと同時にルフィがニッと笑い拳を握った。
「ゴムゴムの銃(ピストル)!!」
唸りを上げ伸びるルフィの拳。
ゴムの拳は海王類を捉え、船を襲おうと大口を開けたその横っ面を思いっきり吹き飛ばす。
海王類は仰向けに海に倒れ、怯えたように海の中へと潜って行った。
「あ、逃げんな!! メシ!!」
海の中に逃げ込まれれば、いくらルフィが強くても追いかけられない。
「あ~……麦わら。アレ、食いたいか?」
「食えんのか!?」
「そうか……」
クレスは軽く肩をまわして上着を脱ぎ、靴を脱ぎ軽く屈伸する。
そして、サイドバックから鉄線とサバイバルナイフを取り出した。
「わかった。獲って来てやるよ」
一味が驚く中、クレスは一足飛びで海に向け理想的なフォームで飛び込んだ。
クレスの姿は直ぐに青く透き通った海の中に消えて行った。
「うわああっ!! 飛び込んだぞアイツ!!」
迷うことなく海の中に飛び込んだクレスに、チョッパーが驚愕した。
「おい!! 大丈夫なのか!?」
ウソップが慌てたようにロビンに問いかける。
「ふふ……心配ないわ。クレスは強いから」
「いや、それは知ってるけどよ。海ん中だぜ? ルフィが殴ったとはいえ海王類相手じゃやべェだろ!?」
「大丈夫よ。クレスは海の中で魚人とでも戦える位強いから」
「は? 魚人……?」
ウソップが茫然とした瞬間、背後で轟音と共に大きな水飛沫が上がった。
打ち上げられたのは先程の海王類。そして、拳を突き上げたクレス。
宙に舞った海王類はその巨体を水面に叩きつけられ、力無くその巨体を水の上に浮かべた。
それと同時に“月歩”で空中を蹴ってクレスが船上へと帰ってきた。
「お疲れ様」
「道具を使うまでも無かったな。あ~……タオルあるか?」
クレスは濡れた髪を水気を飛ばすようにかき上げる。
水中というのは人間の動きを阻害する。息は続かず、水の抵抗に遭い身体は重くなる。
だが、異常な体力と六式を扱う超人的な肉体を持つクレスにとってそれはあまり問題ではなく、後は海の様子を見定めれば、海中での狩りもそう難しいことでは無かった。
クレスは唖然としている一味に対して、
「こう見えても結構サバイバルとかもやってきたから、狩りも出来る。
完璧とは言わないが、海に潜って魚を獲る事も出来るし、無人島でも道を切り開いて食料を確保する自信もある。
オレがいればこの先、食料の確保で困ることはない筈だ。それに、ロビンがいれば情報において困ることはない。どうだ? 仲間にして損はさせない」
クレスの言葉に一味の間に衝撃が走る。
食料。情報。特に食料。それは一味が喉から手が出るほど欲するものだった。
「「「「「「ま、マジでよろしくお願いします」」」」」」
先程まで難色を示していたゾロを含めて、全員に土下座張りの勢いで頭を下げられた。
「お、おお……まかせとけ」
その勢いにクレスは少し引いた。
こうして、クレスとロビンは一味と打ち解ける事に成功し、仲間として船に迎え入れられる事となった。
◆ ◆ ◆
海は相変わらず穏やかで、ポカポカとした穏やかな気候が続いている。
船の上にはクレスが獲ったチキンフィッシュをサンジが調理した香ばしい残り香が漂っていた。
巨大なチキンフィッシュを食べ、一味は大満足だった。
「航海士さん、ところで記録(ログ)は大丈夫?」
「西北西に真っ直ぐ。平気よロビンお姉さまっ!!」
「……お前絶対宝石貰っただろ」
「おい、サンジ!! さっきの魚まだあるか? アレかなり美味かったぞ!!」
「ちょっと待ってろ!!」
「まぁ、チキンフィッシュは高級魚だからな。その辺の魚よりも美味いだろうよ」
「へ~すごいんだな、クレス」
「フッ……チョッパー、おれだって本気出せばあれくらい余裕なんだぜ」
「ホントかウソップ!?」
船は風に乗って進んでいく。
静かな海に空。流れる雲は白く、空は広くて青い。
その時、コツンと硬質な何かが船の上に落ちて来た。
雹かと思いクレスは頭上を見上げた。グランドラインの気候は複雑怪奇だ。海は一瞬で表情を変える。
一味もそれぞれに空を見上げる。
そして、全員の顔が驚愕で染まる。
落ちて来たものは想像を絶するものだった。
───人が空想出来る全ての出来事は、起こりうる現実である。
物理学者 ウィリー=ガロン
ふと昔読んだ本の格言がよみがえった。
だが、それでも余りにもそれは衝撃的過ぎた。
何も無い空から落ちて来たもの、それは巨大なガレオン船だった。
「うわあああああああああああああ!!」
「掴まれ!! 船にしがみつけ!!」
「舵取って!! 舵!!」
「きくかよこの波で!!」
「まだなんか降ってくんぞ!! 気をつけろ!!」
「チッ……船を守れ!! 風穴が空くぞ!! あと、ロビンは絶対守れ!! 命をかけろ!! オレはかけた!!」
「よしわかった……ってオイ!!」
混乱に陥るも、一味は何とか危機を乗り越える。
どういう訳かわからないが、降り注いだガレオン船とその木片は海を荒らし今は難破船としてかろうじて海に浮かんでいる。だが、相当古い船の様で沈むのも時間の問題だろう。
「ああッ!!」
その時ナミが大きな声を上げた。
一味は皆、方位指針(ログポース)を見つめうろたえるナミに目を向けた。
「方位指針(ログポース)が壊れちゃった……!! 上を向いて動かない!!」
ナミの腕に付けられた方位指針はぴったりと何も無い空を差し続けていた。
方位指針は偉大なる航路を進む唯一の光だ。それが正しい方位を示さないならば、船旅はたちまち暗礁に乗り上げる。
「……違うわ。より強い磁力をもつ島によって、新しい記録(ログ)に書き換えられたのよ。指針が上に向いたなら空に島がある」
ロビンは航海士の狼狽を否定し、空を見上げ新しい可能性を示した。
「……“空島”に記録(ログ)を奪われたという事」
その一言が全てを決めた。
一味は皆、空を見上げ、クレスもまた空を見上げた。
空の上に島。
誰もが一度は夢見たようなそんな幻想。
『空島』を追う冒険が今、始まった。
あとがき
第四部スタートです。始めは仲間入りからですね。クレスが少し暴走を始めました。
第四部からは基本的に視点を絞って話を勧めて行こうと思います。
アラバスタ編より内容を省略すると思います。難しいですが何とか工夫して進めて行きたいです。
これからもがんばりたいです。よろしくお願いいたします。