翼は駆ける。
砂塵舞う狂乱の戦場を、己の全てを賭けて、全速力で。
反乱軍は既に市街地のほとんどを占拠し、最後の砦である宮殿へと向かいつつあった。
もう間もなく、宮殿前の広場において反乱軍と国王軍の本隊とが最後の戦いを始めるだろう。
既に、数えきれないほどの人々が倒れ、美しい王都を血で染めた。
翼は駆ける。
その大きな両翼に、祖国を救う希望を乗せて───
第十九話 「希望」
「怯むな!! 門をこじ開けろ!! ビビ様をお助けするんだ!!」
宮殿への扉が全て閉ざされ、宮殿を守護していた兵士たちは王女と指揮官を残して全員外へと締め出される形となった。
当然兵士たちは長い階段の先にある入口へと殺到する。だが、殺到した兵士たちは門をこじ開けようとして、突如現れた<能力者>であろう無数の腕に阻まれ振り落とされた。
門から転げ落ち全身を打ちつけるも、兵士たちは諦めるわけにはいかない。宮殿の中には囚われる形となった王女と指揮官。閉じ込めたのは王国の乗っ取りを推し進めたクロコダイルだ。
兵士たちに冷たい汗が流れる。クロコダイルが王女と指揮官を生かす理由は無い。一刻も早く助け出さなければ、命が危ぶまれる。
故に、彼らは多少の犠牲は厭わず数にものをいわせて、門扉へと殺到した。
「残念だが、ココから先は通行止めだ」
そんな彼らの前に、ストンと上空から軽やかに一人の男が舞い降りた。
機械のような洗練された細身の、パサついた黒髪の男だ。
男は無表情のまま、兵士たちの前に立ち塞がり、不意に真上へと跳び上がると、雷のような勢いで門扉へと続く巨大な階段を蹴り砕いた。
直後、兵士達の全身にまるで地震のような衝撃が走る。
男が蹴り砕いた箇所を中心として蜘蛛の巣のようなヒビが爆発的に広がって、階段が轟音と共に砕けていく。
階段に殺到した兵士たちは悲鳴を上げ、それを眺めていた者達は現実感の無いその光景をただ見つめているしかなかった。
王女と指揮官が囚われた宮殿へと続く巨大な階段はガラガラと崩れ落ちる。そこにあるものは崖のように削ぎ落とされた階段と砕け散った石材だけだ。
兵士たちは宮殿へと向かう道を失い、為す術もなく立ちつくすしかなかった。
宮殿へと続く巨大な階段の崩落音は当然宮殿内の者たちにも聞きとることが出来た。
「フフフ……何やら門の外が騒がしいわね」
不気味に笑うロビンの隣に、クレスは着地する。
「だが、これで多少は静かになった」
入り口を力ずくで封鎖して“月歩”によって再び宮殿へと戻ったクレスは、唇をかみしめるビビへと視線を向けた。
宮殿を爆破し、反乱軍達の目を引きつけ、呆気にとられたその隙に説得をおこなう。
ビビの策を称えるならば「惜しかった」と評価するべきか。始めから宮殿は占拠する手筈となっていた。大胆な奇策に出たものだが、クロコダイルの掌からは逃げだせない。
「国王様を離せ、クロコダイル!!」
チャカは噛みつくように要求するが、クロコダイルはうすら笑いを浮かべるだけだ。
「……すまん、ビビ。
せっかくお前が命を賭して作ってくれた救国の機会を生かすことが出来なかった……」
両腕を打ちつけられ、身動きの取れないコブラは悔やむように言う。
「クク……国王の言う通りだ。
てめェはよくやったよ、ミス・ウェンズデー。ここまでたどり着けたことに例の海賊共にでも感謝するんだな」
「どうしてあんたがココにいるのよ!! ルフィさんは何処!?」
ルフィが食い止めると約束しにも関わらず、この場所へと現れたクロコダイルをビビはウソだと否定する。
「奴なら死んだ」
「嘘よ!! ルフィさんがお前なんかに殺される筈ないわ!!」
ビビがいくら言葉で否定しようとも、この場にクロコダイルがいる事実は変わらない。
「フン……そんな話はどうでもいい。
最初に言っておこう。おれはお前たち親子を生かす気は無い。王国が滅ぶ時は王族も共に滅ぶのが自然の流れってもんだ」
十二代に渡って続いたネフェルタリ家の尊き血脈は途絶え、砂の王国はクロコダイルを新たな皇帝として迎えるだろう。
クロコダイルにアラバスタの民を導く気など毛頭もない。すなわちそれはアラバスタの終焉を意味していた。
「Mr.コブラ……玉座交代の前に一つ質問をしなければならん。それがおれの最大の狙いだからだ」
そしてクロコダイルは問いかける。
自身の野望の足掛かりを。
「───『プルトン』は何処にある?」
クロコダイルの問いにコブラの顔が蒼白に変わり、絞り出すように言葉を為した。
「貴様……!! 何故……その名を……」
コブラの反応にクロコダイルの顔から肉食獣のような笑みが浮かんだ。
しらばっくれられる可能性もあったが、『プルトン』の名はその余裕さえコブラから奪い去った。
「『プルトン』……一発放てば島一つ跡形もなく消し飛ばすと聞く。神の名を持つ世界最悪の『古代兵器』」
「………!!」
「おれの目的は最初からソレさ。そいつがあればこの地に最高の“軍事国家”を築くことができる」
クロコダイルの野望。それは自身が皇帝となる軍事国家を打ち立てる事だった。
当然、その野望を世界政府は許しはしない。世界中の戦力をかき集めてでも阻止するだろう。
<七武海>として世界の武力バランスの頂点に立つクロコダイルだが、自身の力を過信している訳ではない。世界政府の介入は彼にとってもかなりの面倒事だ。
だが、世界最悪と謳われる圧倒的な殺戮兵器『プルトン』さえあれば、彼に楯突く愚かな勢力の全て黙らせることができる。
クロコダイルが王となれば、そこいらの海賊達は挙ってその傘下に付くだろう。そうなればクロコダイルは盤石の体制のもとで強大な大帝国を作り上げるとこが出来るのだ。
「勢力を増し、いずれは政府をも凌ぐ力を得る理想郷!! まさに夢のような国だ……」
「一体どこでその名を聞いたか知らんが、その在処は私にもわからんし、この国にそんなモノが存在するかも確かではない」
王としての鉄面皮を被り、コブラはクロコダイルの意気を削ぐように反論する。
「成程、その可能性もあると思っていたさ。───ところでミス・オールサンデー、今一体何時だ?」
「午後四時丁度ね」
「クハハハ……あと、三十分か」
クロコダイルは不意にロビンに時間を聞き、コブラに向け凄惨な笑みを浮かべる。その様子にコブラは困惑した。
「教えて欲しいか? Mr.コブラ。
実はな、今国王軍が群がっているそこの宮殿前広場。今日午後四時半───つまり後三十分で強力な砲弾を打ち込む手筈となっている」
「何だと!?」
「直径五キロを吹き飛ばす特別製だ。ここから見える景色も一変するだろうなァ……?」
雄弁に語るクロコダイルの様子から、コブラを始め、ビビとチャカもそれが虚言では無いと悟った。
「三十分後に五キロ……!? そんなことをしたら……!!」
「嬉しいだろう? ミス・ウェンズデー、お前は散々反乱を止めたがっていたからな。
おれの計算によるとあと二十分もすりゃ反乱軍は広場に殺到し、国王軍と戦いを始めるだろう。宮殿を破壊するなんて遠回しな事をするより、本人達を吹き飛ばしてやった方が手っ取り早い」
「どうしてそんな事が出来るのよ!! あの人たちがあなたに何をしたっていうの!?」
詰め寄ろうとしてチャカに抑えられるビビを、クロコダイルは「くだらん」とうるさげに吐き捨てる。
クレスとロビンはそんな王女たちを意識の片隅に追いやった。二人が興味があるのは、今からクロコダイルがコブラに交渉することによってもたらされるその答えだ。
「さて、Mr.コブラ。さっきとは質問を変えよう」
そしてクロコダイルはその言葉を口にする。
ロビンが探し求め、クレスが望んだその存在を。
「───『歴史の本文』を記した場所は何処にある?」
コブラは目を閉じ、深い皺を刻む。
つまりは全てが計算ずくの上での行動。万に一つもその計画から逃れる術は無かった。
クレスとロビンがクロコダイルに従った最大の理由がこれだ。
歴史の本文の存在を突き止めても、その場所までは分からなかった。
その場所を知るのは、おそらく国王コブラただ一人。おそらく王位の継承と共に国家における最重要機密として受け継がれてきている筈だ。
そうなればコブラが口を割らない限りその場所は分からない。コブラを誘拐し、尋問し、たとえ拷問しても、コブラがその場所を告げるのを拒めばそれで終わりなのだ。
だが、クロコダイルならばその条件をクリアできる。如何なる非道な手を用いてもその場所を吐き出させる。それも万全を期し、確実で、安全に。
如何なる名君であれど、砂漠の魔物からは逃れられはしない。
「私がその場所を教えれば……」
コブラは条件をつけようとし、直ぐに無駄だと悟ったのか、口を噤んだ。
「いや……案内しよう」
コブラは陥落する。
「クハハハハ……!! さすがは名君コブラ、利口な男だ!!」
クロコダイルの高笑いが響き渡る。
これで、アラバスタという国は完全にクロコダイルの手に落ちたのだ。
「……ビビ様」
それまで沈黙を保っていたチャカが凄まじい怒気を発し、帯刀した剣の柄を砕きそうなほどに強く握りしめた。
王国を飲み込もうとする魔物。ここで動けなければ全てが手遅れであった。
「私はもう、我慢なりません……!!」
「チャカ!!」
「よせ、チャカ!! お前まで死んではならん!!」
チャカが大地を踏み砕くかのように蹴りつけ、瞬く間にクロコダイルへと向けて抜刀する。
いつの間にかその姿は自身の<イヌイヌの実>の能力によって鋭い容貌の<黒犬>へと変わっていた。
「ほう……<動物系>」
クロコダイルが感心したように呟きを漏らす。
「鳴り牙───!!」
黒犬としての身体能力を如何なく発揮し、チャカは風斬り音さえ置き去りにして、余裕の表情で葉巻をふかすクロコダイルの真横をすり抜けた。
直後、クロコダイルの身体が、巨大な牙に食い千切られたように消しとんだ。
「まったく……」
呆れ声と共に、飛び散った砂粒がクロコダイルへと吸い寄せられ欠けた体を修復していった。
目を見開くチャカ、クロコダイルは彼に向かってまるで虫でも払うかのように腕を振るった。
「てめェも他人の為に死ぬクチか」
クロコダイルの渇きの魔手が砂の波となってチャカを襲う。
砂漠の宝刀。砂漠をも両断する切れ味をもつ凶悪な刃だ。チャカは黒犬の脚力で飛び上がりそれを避けた。
チャカもまたクロコダイルの<スナスナの実>の能力については知っていた。こうして闇雲に攻撃しても無駄なのは分かっていたが、それでも戦わなければ彼の君主を守れない。
故に、死力を尽くし攻撃を重ね、命を賭して強大なその力に対抗する糸口を見つけ出さなければならなかった。
だが、クロコダイルはチャカの意地を圧倒的な実力で踏みにじる。
「……っ!!」
チャカが飛び上がり避けたその先に、体中を砂へと変化させたクロコダイルが待ち構えていた。
咄嗟にチャカが刃を振るう。だが、振るった刃はクロコダイルの身体を斬り裂きすり抜けるも、傷口は直ぐに砂となって修復される。
「……フン」
クロコダイルはつまらなさげに鉤手を振るい、チャカを貫いた。
空中で宙づりにするようにチャカを持ち上げ、クロコダイルはゴミでも捨てるかのように振り払った。
ドサリと、芝生の上にチャカは落ち、辺りを貫かれた傷からあふれ出た血で染めた。
「弱ェってのは……罪なもんだ」
鉤手に着いた血を振り払う。
その様子にコブラは奥歯を噛みしめ、ビビは悲痛な叫びを上げた。
クレスは目を細めその結果だけを確認し、突如現れた新たな気配に、意識を向けた。
運命というのは時に残酷な巡り合わせを引き起こす。
「───おれの目はどうかしちまったのか……?」
新たに表れた人影にビビが驚きの声を上げた。
「コーザ!?」
その人影は反乱軍の若きリーダー。
おそらく正面からでは無く、抜け道のようなものから入って来たのだろう。激戦を潜り抜けて来たからか、砂や血で汚れた姿だった。
彼の目に映るのは、壁に打ち付けられた国王、行方不明の王女、倒れ伏すチャカを始めとした兵士達、そして高慢な笑みを浮かべそれらを見下す国の英雄。
「国王軍を説得しに来た筈だが……国王が国の英雄に殺されかけている。……信じがたい光景だ」
コーザは茫然と状況を口に出した。
「クハハハ……!! 面白ェ事になったな!!
今まさに反乱の最中だってのに、ココに反乱軍と国王軍のトップが顔を合わせちまうとは!! もはやこりゃ首をもがれたトカゲの殺し合いだ!!」
クロコダイルが混沌と化した状況に哄笑し、立ちつくすコーザにクレスとロビンが助言する。
「困惑する必要はない。よく見てみろ、目の前に“敵”はいる」
「あなたがイメージできる『最悪のシナリオ』を思い浮かべればいいわ」
二人の言葉を皮切りに、停止していたコーザの思考が点滅するように過去の情景を描き出していく。
それはコーザが幼き日に見た国王コブラのやさしさであり、父親のトトの「疑うな」という言葉であり、幼なじみの王女と交わした約束であった。
「あのね……コーザ」
ビビがコーザを傷付けないように説明しようとするが、コーザは率直な結論を求めた。
「ビビ……この国の雨を奪ったのは誰なんだ……!!」
「───おれさ、コーザ」
その残酷な答えをクロコダイルは肯定する。
「お前達が国王の仕業だと思っていたこと全て、我が社が仕掛けた"罠"だ。
お前たちはこの二年間面白いように躍ってくれた。王族や国王軍が必死でおれ達の事を嗅ぎまわってたってのにな。お前はこの事実を知らねェ方が幸せに死ねただろうに……!!」
アラバスタの崩壊を目論んだ張本人からその事実を聞かされ、コーザの全身から血の気が引いて行く。
今まで、アラバスタのために戦ってきたこと全てが、間違いだったのだ。
「聞くなコーザ!! お前には今やれることがある。一人でも多くの国民を救え。後半時もせず宮殿広場が吹き飛ばされるのだ!!」
「何だと!?」
コブラの言葉に、コーザは泡を食ったように走り出す。
絶望を叩きつけられ、コーザは自らの過ちを取り返そうと必死で駆けた。
「ダメよ!!」
そんなコーザをビビは引きとめる。
「どけ、ビビ!! 何のつもりだ!! これから戦場になる広場が本当に破壊されたら……!!」
「戦場にはさせない!! あなたはまだ気が動転しているのよ!!
広場が爆破される事を今、国王軍が知ったら広場は大パニックになるわ!! そうしたらもう戦争は止まらない!! だれも助からない!!」
コーザはハッとしたように動きを止めた。
「やるべきことは始めから決まってるの!!
この仕組まれた反乱を止める事、それはもうあなたにしか出来ないのよ!!」
国王軍は完全にクロコダイルに抑え込まれた。
反乱を止めるにはもう、直接攻め込んでくる反乱軍を止めるしか方法がない。そしてそれはコーザにしか出来ないことだ。
「それをおれが黙って見ているとでも思ったか?」
ゆらりと全身を砂に変え、クロコダイルはビビの背後に忍び寄る。
コーザが咄嗟に背負った剣を引き抜こうとするが、それよりも早く黒い影がその間に飛び込み、王女を守るように構えられた剣にクロコダイルの鉤手がぶつかった。
「我、アラバスタの守護神ジャッカル。王家の敵を打ち滅ぼすものなり……!!」
<黒犬のチャカ>
アラバスタの守護神たる彼は、湧き出る血を止めようともせず、立ちはだかる敵に牙をむく。
「命寸分でもある限り私は戦う!!」
「……そう言うのをバカってんだ」
呆れたように目を細めて、クロコダイルは立ち塞がったチャカに腕を振るった。
◆ ◆ ◆
チャカの稼いだ僅かな時間の間にビビとコーザは抜け道から宮殿を抜け、国王軍達に降伏を要求した。
当然、怒り狂う相手に対してその行為は無意味に近い。だがココに反乱軍のリーダーのコーザがいれば話は別だ。
コーザが先頭に立ち国王軍が降伏した事を宣言すれば、反乱軍は止まらざるをえない。これは現状で最も効果があり、そして取れるであろう最期の手段だった。
だが、ビビとコーザは知らない。
その瞬間において、二人を阻めた筈の二人組が一切手を出さなかった事を。それを砂漠の魔人が咎めることをしなかったことを。
クロコダイルの計画はあまりに周到で、狡猾であり、如何なる手段を用いても既に手遅れだった。
「───戦いは終わった!! 全隊怒りを治め武器を捨てろ!! 国王軍にはもう戦意は無い!!」
国王軍の先頭に立ち、白旗を振るコーザ。ビビはその様子を宮殿の欄干から見守る。
宮殿前へ集結した反乱軍は、戸惑いつつも、コーザの言葉に従い武器を彷徨わせ───
───銃声が全てを遮った。
一発では無い。
コーザが背を向けた国王軍の各所から、白旗を投げ捨て踏みつけて、いくつもの弾丸が放たれた。
無防備に背中を晒したコーザはその全てを体に受け、反乱軍の目の前で崩れ落ちる。
ビビはそれを茫然と見つめ、息をのんだ。
自分たちのリーダーが騙し打ちをされたことに、反乱軍は怒り狂う。
その時、両軍がにらみ合う戦場に塵旋風が吹き荒れた。突如視界を塞がれた両軍は恐慌し、それと同時に国王軍から反乱軍に向けて発砲がおこなわれた。
弾丸は確実に、反乱軍を傷つけ、今度は反乱軍から国王軍に向けて発砲がおこなわれる。
バロックワークスのエージェント達は両軍に潜入していた。両軍の中に無数の火種がある状況では反乱は止めようにも止まらない。
怒りと混乱が渦巻き、もうどうしようもない程に高まって行った。
必死で叫ぶビビの声も届きはしない。
そして、戦いの火ぶたが切って落とされる。
両軍は致命的な、最終決戦に突入した。
「やめて……お願い」
ビビの声はもう誰にも届かない。
◆ ◆ ◆
「お姫様はよく戦ったわ。だけどもう声なんて届かない」
「……残念だったな。この反乱はもう止まることは無いだろう」
残酷な結果をクレスとロビンはコブラに告げる。
コブラも、もはやこれ以上に打てる手がない事を理解し、歯を食いしばり、せめてもの思いで娘に叫んだ。
「逃げなさいビビ!! その男から逃げるんだ!!」
「……いやよ」
ビビは握りしめた拳を更に握り締めて、全ての元凶に向き合った。
「まだ……!! 15分後の“砲撃”を止めれば犠牲者を減らせる!!」
クロコダイルはそんなビビをあざ笑う。
「あ―すれば反乱は止まる。こ―すれば反乱は止まる。
目ェ覚ませお姫様。見苦しくてかなわねェぜ、お前の理想論は」
健気にもまだ反乱を止めようとするビビの喉元をクロコダイルはつかみ上げた。
「“理想”ってのはな、実力の伴う者のみが口に出来る“現実”だ」
「……見苦しくたって構わない!! 理想だって捨てない!!
お前なんかに分かるもんか!! 私はこの国の王女よ!! お前なんかに屈しない!!」
「可愛げのねェ女だ……」
それがビビという人間だった。
どんなに敵が強大であろうとも、どんなに絶望的な状況であっても、決して屈しない。
砂漠に咲く一輪の花は何処までも強い。
「広場の砲撃まであと十五分。まだまだ反乱軍の援軍達はココに集まって来る。てめェらの運命も知らずにな」
うんざりしたようにクロコダイルは吐き捨てる。
「さっき、国王軍に広場の爆破を知らせていれば、たとえパニックになろうとも何千人、何万人の命は救えたかもしれねェ」
クロコダイルが示したのもまた事実だ。
たとえ混乱に陥ろうとも、それによって救えた人間がいる事も確かだった。
だが、それに関しても姦計を巡らせ対策を立ててあった事をクロコダイルは語らない。
「全てを救おうなんて甘っちょろい考えが、結局お前の大好きな国民共を皆殺しにする結果を招いた」
ビビの絶望を楽しむように言葉を重ね、クロコダイルはビビを掴み上げ城壁の端まで移動する。
高い城壁の下では塵旋風に覆われた中で国王軍と反乱軍が戦っている。ビビの足の下には何もない。ただ、奈落のような戦場が広がっていた。
「最初から最後までどいつもこいつも笑わせてくれたぜ、この国の人間は。
我が社への二年間ものスパイ活動。ご苦労だったな。だが、結局お前達には何も止められなかった。
反乱を止めるだの、王国を救うだの、お前のくだらない理想に振り回されて、無駄な犠牲者が増えただけだ」
それは如何なる責め苦か、圧倒的に上の立場から見下され、殺される寸前に今までの積み重ねの全てを否定される。
ビビの瞳には悔しさか涙がこみ上げていた。不屈の王女のその涙を渇きの魔物は愉悦と共に糧とする。
「教えてやろうか?」
砂漠の魔物は告げる。
「───お前に国は救えない」
その絶望と共に、ビビを掴んでいた腕が砂と変わり、ビビは奈落へと突き落とされる。
コブラが叫び、クロコダイルが笑い、ロビンが目を閉じ僅かに顔を伏せた。
ただ一人、クレスだけは空を見上げ、呟いた。
「やはり来たのか……何て奴だよ、お前は」
翼は駆ける。
王女の危機に、空を駆け、風よりも早く。
───そして、その背に希望を乗せて。
「クロコダイル~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
駆け抜けた翼は、希望をもたらした。
驚愕に震えるクロコダイル。その両眼が映すのは殺した筈の新米海賊だ。
麦わら帽子を被った少年───モンキー・D・ルフィ。
◆ ◆ ◆
「ふぅ、間に合った」
間一髪でルフィとぺルは突き落とされたビビを抱きとめた。
「ルフィさん……!! ぺル……!!」
クロコダイルとクレスの手にかかった筈の二人の姿にビビは安堵の表情を浮かべ、泣き崩れルフィの胸にしがみついた。
塵旋風が吹き荒れる狂乱の戦場で、国王軍と反乱軍が最期の戦いを始めてしまった。
ビビがいくら懸命に反乱を止めようと動いても、クロコダイルは笑いながらそれを踏み砕く。
「私の声はもう……誰にも届かない」
クロコダイルの手により広場がもう直ぐに爆破されてしまう。
反乱を止め、国民達を守りたいのにビビの声はあまりに無力だった。
「心配すんな」
泣き崩れる王女にルフィはいつものような頼もしい笑みを見せる。
「お前の声なら、おれ達に聞こえてる」
海賊達にはそれだけで十分だった。
彼らは、仲間の為に戦うのだから。
ぺルはルフィとビビを乗せ、広場へと舞い降りる。
その背から降り、ビビの目に飛び込んできたのは、
「あああああああ!! ルフィが生きてるぞ~~!!」
全身で喜びを表現するのは<船医>のチョッパー。
「だから言っただろ!! おれにはわがっでだっっ!!」
声を震わせ涙を浮かべたのは<狙撃手>のウソップ。
「オイオイ、それがわかってた奴の顔かよ」
呆れながら煙を吐き出したのは<コック>のサンジ。
「ウソップ!! アンタ後で死刑よ!!」
いきなりウソップを殴りつけ、仁王立ちするのは<航海士>のナミ。
「てめェフザけんな!! 何が『けが人だし運んで』だ!! 全然元気じゃねェか!!」
怒声を上げたのは<剣士>のゾロ。
「みんな……」
駆けつけて来た仲間たちはみんな傷だらけでボロボロだ。
彼らは皆、バロックワークスのエージェント達との激戦を潜り抜けてココまでやって来たのだ。
ビビはこうしてまた元気な仲間たちの姿を見れたことに安堵する。
「終わりにするぞ、全部!!」
ゴムの腕を伸ばし、宮殿のクロコダイルに狙いを定めた<船長>のルフィは仲間達に告げる。
「「「「「─── おォし!! ───」」」」」
仲間たちは船長の言葉に勢いよく応じた。
ビビは涙を拭った。まだビビには希望が残されている。何よりも強いその光が。
その様子にぺルはやさしく微笑んだ。
「いくぞ!! クロコダイル~~~~~~ッ!!」
ゴムの弾力でロケットのように飛び出して、ルフィは宮殿の上で待つクロコダイルへと拳を振り上げる。
ルフィの拳は、余裕の笑みを浮かべたクロコダイルを、砂に溶け始めたその横っ面を───
───全力で殴り飛ばした。
◆ ◆ ◆
その瞬間の衝撃は宮殿の人物全てに駆け巡った。
殴り飛ばされ、宙を舞うクロコダイル。その姿を誰が予想出来ようか。
「やるな……麦わら」
クレスは隣にいるロビンにだけ聞こえる大きさで呟いた。
クロコダイルを殴り飛ばしたそのトリック、それはルフィを観察すればおのずと導ける。
「てめェ……“水”をッ!!」
「しっしっし!!」
クロコダイルが憎々しげにルフィを睨めつけ、ルフィは晴れ晴れと笑った。
ルフィの背には大きな水樽が背負われている。
クロコダイルの<スナスナの実>の弱点。それは水に触れると砂が固まってしまい攻撃が受け流せない事だった。
だからクロコダイルはアラバスタから雨を奪った。天の恵みは己の力を阻む何よりの天敵だったのだ。
クレスはその弱点をこの短期間で見抜いたルフィを称賛する。
クロコダイルは周到な男だ。自身の能力を晒すようなヘマはしない。クレスとロビンでさえ、その弱点を見出すのにかなりの時間がかかったのだ。
「これでお前をブッ飛ばせる。こっからがケンカだ!!」
ルフィの腕から水が滴る。
まるで虐げられたアラバスタの牙のように。
「……ロビン」
「ええ、分かってる」
ロビンがクレスの言葉に頷き、腕を咲かせ、門扉にコブラを打ち付けられた太釘を引き抜いた。
刺さっていた太釘をいきなり抜かれた痛みに、コブラが苦悶を漏らした。
「もう少し見ていたい気持ちもあるが、残念ながら時間が無い」
クレスは膝をつくコブラの腕を捻り上げ、強制的に立たせた。
「さァ、行くぞ。オレ達を『歴史の本文』のある場所まで案内しろ」
「……あんなもの見て、何をしようと言うのだ」
クレスはコブラを拘束する腕に力を込め、黙らせた。
「質問は無しだ」
「……私達を怒らせないで。あなたはただ案内をすればいい」
「くっ……!!」
クレスはふと視線を逸らし、こちらを見つめていたルフィに忠告する。
「精々、気をつけろ。あの男はそう甘くない」
「頑張って、麦わらの船長さん。その類稀なる命運が尽きないように」
ルフィの攻撃によって吹き飛ばされたクロコダイルが壮絶な笑みを浮かべながら起きあがり、二人を促す。
「さっさと行け、オハラの悪魔共。
てめェらも干上がりたく無ければな……。おれァ相当キてるぜ……!!」
クロコダイルの放った“忌み名”にコブラが目を剥いた。
クレスとロビンは静かに了承し、宮殿から立ち去った。
「あまり調子に乗るなよ、麦わらァ……!!」
背後でクロコダイルの不気味な声が反響し、砂塵が舞った。
◆ ◆ ◆
宮殿を後にし、クレスとロビンはコブラを引き連れ、宮殿から西の方角にある『葬祭殿』へと向かった。
今戦場は宮殿前広場に集中していて、葬祭殿へと続く道には人影が無い。だが、二人は肌にピリピリとした戦場の緊張感を感じ取っていた。
耳を澄ませば遥か向こうに怒声や悲鳴が上がっているの分かる。距離は離れている筈なのに、何処までもついて来ているようだった。
「……もうすぐね」
「ああ」
澱のようにくすぶる感情を隠すように二人は表情を仮面のように無表情で覆った。
この戦いは二人が望んだものの筈であった。夢に手を伸ばすため、そのために必要だった戦い。この地で失われる命の上にその道が続いて行く。
それは苛立ちか、自嘲か、あるいは後悔か。その感情の正体を二人はあえて探るつもりはなかった。今はただ何も考えずに前だけを見ていたかった。
クレスとロビンはコブラを引き連れ、閑散とした路地を僅かに早足で進む。
誰もいない、その筈だった。
だが、二人の前に立ち塞がる者達がいた。
二人が大嫌いな、政府の人間だった。
「道を開けなさい。急いでるの」
「出来ません!! 今このアルバーナで起こっていることは全て聞きました。その人を誰だと思っているのですか!!」
「さァ……誰でもいいわ。私たちは政府の人間が大嫌いなの」
立ち塞がった海兵たちにロビンが苛立たしげに告げ、メガネをかけた女性海兵が厳しい視線を二人に投げかける。
海兵達が道を開ける事はない。当然だ。二人は国王であるコブラを引き連れ歩いているのだ。
「待て海軍!! 私の事はいい!! 今反乱が起きている広場が、午後四時半に砲撃予告を受けている!! 何とかそっちを止めてくれ!!」
女性海兵は腕時計で時刻を確認する。
そして、その直ぐそこにまで迫りくるリミットに青ざめた。
「……ならば、あなたを助けて、砲撃も止めます!!」
「いいから早くそこをどけ。邪魔をするな」
「譲る気なんてもうとうありません!!」
海兵達は各自背負っていた銃を構え始めた。
それを見て、ロビンに殺気が灯る。
「だったら殺しかねないわよ……!!」
フワリと甘い毒のような香りと共に、銃を構えようとした海兵全てに腕が咲き、その首の骨を極めた。
それと同時にクレスが空中に舞い上がり、爆発的な速度で脚を振り抜いた。直後放たれる無数の斬撃、それらは剣を構える海兵たちに殺到し、切り崩した。
突如おこなわれた襲撃に、海兵達は為す術もなく倒れ伏し、その戦力を半分以下まで削られた。
「た、たしぎ曹長!! 間違いありません!! この二人、<オハラの悪魔達>です!!」
運よく攻撃を逃れた一人が、たしぎに向かってまくし立てる。
「スモーカー大佐に言われ手配書を探しておいたのですが、この二人は当時世界中で話題となった賞金首で、私も当時の記事はよく覚えています。
この二人は、<バスターコール>によっておこなわれた制裁に対して、僅か8歳という年齢でその内6隻の軍艦を沈め逃げのびたというのです。
政府はこの者達を第一級の危険因子と定め、子供ながらに破格の懸賞金かけてその姿を探していたのですが、そのままぱったりと姿を消してしまったと聞きました……!!」
海兵は怯えた表情で続け、
「あの“悪魔の島”の生き残りが、この地にいるなんて……」
その口をクレスに万力のような力で塞がれた。
「黙れ。今、結構いらついてんだよ。
だからこれ以上オレをイライラさせんじゃねェ……!!」
クレスは海兵を掴んだ指に力を込め、その顎を砕いていく。
海兵は言葉にならない悲鳴を上げ、クレスの殺気に当てられ意識を飛ばした。
クレスは意識を失った海兵から手を離し、崩れ落ちた所に強烈な蹴りを叩きこんだ。海兵は後ろにいた仲間を巻き込んで近くの壁に埋まった。
「退け海兵共!! それとも全員殺されたいか!!」
クレスは怒気で覆われた殺気を海兵たちに発散させる。
海兵達はクレスの殺気と圧倒的な実力差に竦み上がった。
「軍曹さん、みんなを連れて広場へ向かい爆破を阻止してください!! この場は私が何とかします!!」
その様子にたしぎは部下達に指示を飛ばす。
軍曹はたしぎ一人を残すことに意義を申し立てるが、「急いで!!」とたしぎに促され、指示に従った。
たしぎはその時間を稼ぐためか、愛刀の<時雨>を手に、クレスに向かって斬りかかった。
「…………チッ」
クレスは小さく舌打ちを漏らすと、表情から怒気を消し去り、たしぎの放った横なぎの一閃を硬化させた腕で受け止めた。
海兵達はその間に撤退を済ませ、広場へと消えて行く。
「さァ!! その人を離しなさい!!」
たしぎが<時雨>を構えなおしながらクレスとロビンに宣告する。
クレスは腕を降ろすと後ろに向けて飛んだ。
一瞬疑問に思ったものの、たしぎはクレスを追い、踏み込み、刀を振り上げようとして───その刀を突如咲いた腕に奪い取られた。
余りに突然の出来事だった。たしぎは唯一の武器を失いその武器を喉元に付きつけられている。
たしぎはただ茫然とした。油断していた訳ではない。それ以上にロビンの力が巧みだった。
剣というのはいつも強く握るわけではない。普通は斬りつける瞬間のみに強く握りこむものだ。ロビンはたしぎが刀を握る力が緩んだ瞬間に、その腕を払い刀を取り上げたのだ。
「邪魔しないで」
氷のように冷たい瞳をしたロビンは、武装解除をさせたたしぎの膝の関節を容赦なく極めた。
悲鳴を上げて、たしぎは倒れ込む。
その隣をコブラを引き連れ、クレスとロビンは歩いた。
「待ちなさい……!! その人を……!!」
引きずるように体を動かして、たしぎが抵抗を見せる。
ロビンが地面に突き刺した剣を拾い上げ、二人を阻もうと動いた。
クレスは振り返りたしぎを一瞥し、弱々しく剣を握るその指から、直接刃を掴んで刀を引き抜いた。
「……もう少しなんだ。邪魔をしないでくれ」
クレスは刀を投げ捨て、ロビンに砕かれたたしぎの膝を蹴り飛ばした。
あまり力を入れたわけでないが、それでもたしぎの膝を折らせるには十分だった。
「待て……!!」
這うようにして進もうとするたしぎを置き去りにして、クレスはロビンの隣に並び、僅かに震えているその手をやさしく握った。
ロビンはその手を子供のようにぎゅっと握り返した。
◆ ◆ ◆
「砲撃手を探すって!?」
ビビは集結した一味にクロコダイルから告げられた砲撃予告を告げた。
クロコダイルの宣告ならば砲撃時間まであと10分。もう一刻の猶予もない。
おそらく、万全を期すために砲撃手は広場の近くにいる事が予測される。間違いなく砲撃手も巻き込まれる距離ではあるがクロコダイルならばそういう男だ。
「ビビ様……私に心当たりが」
「ぺル?」
一味がしらみつぶしに手分けして探そうと考えていた時、ぺルが胸で燻っていた考えを口に出した。
「実は、Mr.ジョーカーと名乗る男にこれを」
ぺルは意識を失っていた時にクレスに握らされたメモを取り出した。
ビビと一味はそのメモを覗きこむ。そこには走り書きされた文字で『16:30、時計台の片隅、選択はお前次第だ』と書かれていた。
「……ふざけたメモだな」
「ところでビビちゃん。時計台って何処にあるんだ?」
ビビはサンジの言葉に、時計台のある方向を指す。
街の中央区に位置する最も高い時計台。ビビは知っていた。そこは昔よく隠れた遊んだ場所だ。あそこからなら広場一望できる。
こうして指摘されるまで、浮かばないのが不思議なくらいだった。あそこは真っ先に思いつく筈の場所であった。
「なるほどな。確かにあそこなら広場に砲撃を打ち込むのにも申し分ねェ筈だ」
狙撃手のウソップが納得する。
「でも、大丈夫なの?
それってあのMr.ジョーカーとかいう奴が渡してきたんでしょ?」
「“罠”って可能性も考えられるな」
「う~ん。チョッパー、アンタ匂いで何とかなんないの?」
「無理だよ。火薬の臭いは町中からするんだ。こんな状況じゃ嗅ぎ分けられない」
時間は刻一刻と進んでいく。こうして議論を交わす時間さえもどかしい。
「ビビ様……あの男を信じるわけではありませんが、疑わしく、時間が無いのも確かです。一度誘いに乗るのも手だと思います」
ぺルがビビに助言を呈す。
ビビは僅かに迷い、頷いた。ぺルの言う通りだ。罠であったとしても逃げるわけにはいかなかった。
「結論は出たな。なら急げ」
「じゃあ、ビビちゃん。悪いけど取り合えずその鳥男と一緒にそこに向かってくれるか?」
ゾロとサンジは言い終わると同時に、ビビの背後に向けて蹴りと刀を見舞った。
ゾロの刀は今まさに剣を振り下ろそうとしていた男の受け止め、サンジの黒足はその男の顔を蹴り砕いた。
ぺルもビビを引き寄せ、剣を引き抜こうとして、ゾロとサンジの二人に制される。
「見つけたぜ王女様!! てめェを殺せば何処まで昇格出来る事やら!!」
「ヒャッハ!! 例の海賊共もいるじゃねェか!!」
「殺せ!! 殺せェ!!」
辺りから、ばらばらと<ビリオンズ>とおもしき兵士達がやって来た。
国王軍、または反乱軍の服装をした彼らは、戦場の狂気に取りつかれたのかどこか浮ついたような表情で王女と海賊達に狙いを定めた。
「10分引く何秒だ?」
「オイオイ、話している時間も持ったいねェぞ」
二人は同時に、迫りくるビリオンズ達に向け言い放つ。
「「二秒だ」」
一味はそれぞれに、砲台を探しに走り出す。
ゾロとサンジがビリオンズ達を打ち倒す光景を背後に、ビビはぺルと共に駆け、ぺルに促されその背に飛び乗った。
翼は駆ける。
狂乱の戦場を高く、高く。
◆ ◆ ◆
葬祭殿。
歴代の王族たちが祀られる巨大な墓。
葬祭殿へと続く道は石畳で綺麗に舗装され、手入れが為された南国植物が並んでいる。
その葬祭殿へと続く道を行き、入り口の巨大な門扉を正面に見ながら僅かに西にそれた片隅に、コブラの示した秘伝の場所はあった。
「この地下深くに『歴史の本文』はある」
「……隠し階段」
「成程、こりゃ見つからねェ筈だ」
地下へと続く隠し階段。知らなければまず見つけられないものだ。
階段はずっと下へと続いており、おそらくこの階段を抜ければ葬祭殿の地下へとたどり着くことになる。
地上の豪奢な墓はその秘密を暴こうとする者の目を欺く目的もあるのだろう。荘厳な王家の墓に『地下層』があるなど思いはしない。
「行きましょう」
「ああ」
クレスを先頭にして、コブラ、ロビンといった順で地下の階段を進んでいく。
階段は相当長く、何処まで続いているのか分からなかった。
「……この地下深くに『歴史の本文』はあるのね」
感慨深くロビンが呟いた。
「そういうものの存在すら普通は知らないものなのだが……」
「裏の世界は奥が深いの。世界政府加盟国の王といえど、あなた達が全て知っているとは限らない」
「……まさか、『歴史の本文』を読めるのか?」
コブラの問いをロビンは淡々と肯定した。
「クロコダイルが私たちと手を組んだのはその為よ。だから彼は私たちを殺せない。
あなたに罪はないわ。まさかあの文字を解読できる者がこの世にいるなんて知らなかったでしょうから」
だから、ロビンは世界政府に第一級危険因子と定められ、僅か8歳にして7900万ベリーという破格の賞金をかけた。
そしてクレスも唯一の共犯者でありロビンの手がかりを知るものとして6200万ベリーもの賞金をかけられた。
『古代文字』の解読とはそれほどに世界政府にとっては危険なものなのだ。そのために過去の悲劇が二人を襲った。
「おそらく、ここの『歴史の本文』には『プルトン』の在処が記してある。違うかしら?」
「……分からん」
それは偽りでは無く、本心からの言葉だ。
「アラバスタ王家は代々これを守ることが義務付けられている。私たちにとってはそれだけに過ぎない」
「“守る”? ……笑わせないで」
ロビンは怒りすら滲ませて吐き捨てた。
その意味が分からずコブラは沈黙するしかない。
クレスはその様子を辺りに気を配りながら黙って聞いていた。
階段は終わりに差し掛かり、やがて広々とした空間に出た。薄暗い空間だったが、人の気配を察すると自動的に明かりが灯った。
明かりに照らされ、空間の全容が見える。石材に囲まれた空間で大小いくつもの柱が奥へと続いて行く。壁には鮮やかな紋様とこの地独特の象形文字が刻まれていた。
「見えたぞ」
クレスは静かに到着を告げた。
空間の奥にどこか人間を拒絶するかのような巨大な扉があった。
「……その奥だ。そこに目的の物はある筈だ」
クレスはロビンに確認を取ってから、ゆっくりと開いた。
扉がゆっくりと開いてゆき、4年もの歳月をかけ求め続けたその姿を徐々に覗かせる。
一瞬、強い光が二人を包み込み、滑らかな正立方体で不朽なる石碑の『歴史の本文』が完全に姿を現した。
「クレス……」
「ああ、ゆっくりと調べたらいい」
クレスの言葉に応じ、ロビンは惹かれるように『歴史の本文』へと向かう。
その前に、どこか寂寞とした表情で立ち、直ぐに表情を真剣なものへと変化さる。
ロビンの白い手は、そこに刻まれたクレスには理解不能の文字をなぞっていった。
その姿はまるで、一枚の絵のように美しく。まるで、魔術の儀式のように背徳的だった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。時間にすればほんの数分間の出来ごとである筈なのに、クレスにはそれが永遠にも感じられた。
やがて、ロビンが『歴史の本文』から手を離して、声帯を震わせて声を為した。
「他にはもう無いの……?」
必死に隠していたが、クレスはそこから確かな悲しみを感じ取った。
「不満かね。私は約束を守ったぞ」
「……そうね……そうよね」
ロビンは俯き、そしてその様子を見守っていたクレスに向き合った。
今にも泣き出しそうなのを必死で取り作ったような表情だった。
その表情でクレスは全てを悟った。
クレスは小さく「……そうか」とかすれた声で呟いて、今にも折れそうなその細い体を抱きしめた。
「……ダメだったみたい」
果たしてロビンは泣いているのだろうか。
ロビンはどこか達観したように呟き、クレスに顔を見せないように俯いた。
クレスはそんなロビンをただ強く抱きしめた。かつて故郷で母のシルファーがそうしたように。
「……分からないの。もう、どうすればいいのか分からない。
直ぐそこに光があると思ったのに、つかんだ瞬間に消えてしまったわ。夢のためだなんて嘯いて、結局何もつかめなかった」
クレスは何も言わなかった。
今、慰めの言葉をかける事がロビンにとってどれだけ残酷か知っていた。
次から次。コレが壊れたからアレを。見境もなく生きるために必死で駆け抜けた。
そして、夢を求め希望を見つければ愚直なまでに突き進んだ。
それが僅かな光であっても、必ずと言っていいほどにそこへと赴いた。
二人で船を操り、波を乗り越え、島に上陸し、現地調査から始まり、最終的には遺跡に忍び込んだりもした。
結果が出ない事の方が多かった。時には危険な目にも遭った。
<真・歴史の本文>、その価値をクレスは知らない。
正直な話、遺跡よりもお宝の方が興味があるし。考古学もそれなりに覚えたがそれでも素人の域を出ない。
クレスが一人ならば興味すら持たなかっただろう。
けど、それでも…………楽しかった。
ロビンと二人、島々を飛び回り、手がかりに一喜一憂する。
助け合い、励ましあい、力を合わせ、何かを成し遂げようとする。
胸の奥が熱く焦がれるように燃え、身体を前へと突き動かす。
クレスは自身の願いをロビンの夢に重ねていた。一緒に何かが出来る。ロビンとなら何でも楽しかった。
だが、それもグランドラインの島々を探るうちに変化していく。
手がかりが尽きていくのだ。探しても探しても見つからない。
表にこそ出さなかったがロビンも焦っていたのだろう。
クレスはそれを感じる事も出来たし、時折フォローもした。だが、結果が出なければどうにもならないのだ。
だからこそロビンはクロコダイルの要請に応じ、バロックワークスに所属した。
そんな二人にとってアラバスタは最後のチャンスだった。
ロビンにとって、裏組織に所属し誰かを傷つけるよりも、許されるのならば、日のあたる中で遺跡を飛び回る方が良いに決まっている。
止めるべきだったのかもしれない。そんな事は百も承知だ。
だが、そんなクレスの勝手な都合だけでどうしてロビンの夢を妨げられようか。
手がかりが潰え、希望すら残らなかったロビンにクレスはなんと声をかければいいのか……分からなかった。
だが今この瞬間に、間違いだったのだと、その結果を叩きつけられた。
余りにも呆気ないものだった。感情を消し去りながら積み上げた道は一瞬で崩れてしまった。こんなにも簡単に。
簡単な話だ。苦難を乗り越えつかんだものは絶望だった。それだけの話だった。
悔やむのはクレスもまた同じだ。過ちは大きく、過去には戻ることはできない。
クレスはただ、ロビンを抱きしめる腕の力を強め、ロビンは小さく肩を震わせた。
だが、そんな時間も長くは続かない。
クレスとロビンにコツ、コツという硬質な足音が聞こえて来た。
「ロビン」
「ええ」
打って変わり、表情を硬化させ、二人は足音の方へと視線を向ける。
隠し階段の長い道を抜け、その先の厳かな空間を闇を纏いながら抜け、その姿を現した。
「さすがは国家機密だ……知らなきゃこりゃ見つからねェな」
「早かったのね……Mr.0」
姿を見せたのは麦わらと激戦を繰り広げたのか、うんざりした様子のクロコダイルだ。
口元には自身の血であろう汚れと打撲跡があり、服にも同等の汚れがあった。オールバックに撫でつけられた髪も気だるげに前へと垂れている。
クロコダイルがこの場所に姿を見せたということは麦わらは敗北したのだろう。だがそれにしても弱点を見出しただけでココまでこの男に傷をつけたことには驚嘆すら覚えた。
「……御託はいい。解読は出来たのか?」
「ええ」
「さァ、読んで見せろ。『歴史の本文』とやらを……」
ロビンは『歴史の本文』の前に立ち、静かに目を閉じた。
「カヒラによるアラバスタ征服、これが天歴239年。
260年、テイマーのビテイン朝支配。
306年、エルマルにタフ大聖堂完成。
325年、オルテアの英雄マムディンが──────」
朗々と、どこか神秘的な雰囲気すら漂わせロビンは“歴史”を語った。
「オイ、オイオイ、待て、待て!!
おれが知りてェのはそんな事じゃねェ!! 歴史なんざ知ったことか!! この地に眠る世界最強の“軍事力”の在処をさっさと教えろ!!」
クロコダイルは焦らすようなロビンにまくしたてる。
ロビンは淡々と、それが事実であるかのように言い放った。
「記されていないわ」
「何……?」
「ここには『歴史』しか記されていない。『プルトン』何て言葉一言も出てこなかった」
急速にクロコダイルの瞳から熱が引いて行く。
「……そうか、残念だ」
あっさりと引き下がり、
「てめェらは優秀な駒だったが、ココで殺すことにしよう」
クレスとロビンをまるでゴミでも見るように見下して、殺意すらなくその宣告を下した。
ロビンは息をのみ、クレスは目を細めた。
「まったく……くだらねェ話だ。
4年前に結んだおれ達の協定はここで達成された。今、この瞬間にな。
多少の反抗的な態度はあったものの、てめェらのバロックワークス社における働きは実に優秀だったと言っていい。それだけでも十分に利用価値はあった。
だが、てめェらは最後に口約を破った。この国の『歴史の本文』は『プルトン』の在処さえ示さねェとなァ……!!」
不意にクロコダイルがロビンに向けて、鈍く光る鉤手を振りかぶる。
その瞬間、クロコダイルとロビンの間にクレスが飛び込んで、クロコダイルの鉤手を受け止めた。
「……随分と乱暴な理由だな」
「てめェらを殺すのにこれ以上の理由が必要か?」
「成程……」
クレスは鉤手を受け止めたまま、バネの様に脚を振り上げた。
脚は“嵐脚”を引き起こし、打撃と斬撃を同時にクロコダイルに与えるも、クロコダイルは砂となって四散し、再び元の姿に戻った。
「てめェらを見てると、うすうすそんな気はしていたさ。
だが、やはりこうやって実際に手を下す段階になっても何も感じない。何故だかわかるか?」
「さァな、知らねェよ。
だけど、こうなると予想していたのはお前だけじゃない」
「4年も手を組んでいたもの。あなたがこういった行動に出るのは分かっていたわ」
ロビンがクレスの後ろで構え、クレスはゆったりとサイドバックへと手を伸ばした。
「まさかおれと殺り合うつもりか、臆病者のエル・クレス?」
「……責任くらいとらねェとな」
クレスはサイドバックの中から、黒い手袋を取り出し、それを手にはめ、軽く引張って皺を伸ばした。
黒手袋は鉄糸が織り込まれていて少し重いが、驚くほどにクレスに馴染んだ。
手袋は拳のプロテクトを目的としたもので、よく海兵たちに好まれる。
この手袋はクレスが幼いころに師であるリベルから受け取った、父、元海軍本部大佐<亡霊>エル・タイラーの遺品だった。
クレスは拳を"鉄塊"で自在に硬化出来るため、今まで使うことは無かったのだが、受け取った日から持ってると母が喜んだのでいつも捨てられずに持っていた。
「責任だァ? まさか、この国にか!?」
今にでも吹き出しそうな声でクロコダイルがクレスに言う。
散々アラバスタを壊してきたクレスが責任というのもおかしな話だ。
クレスは苦笑し、クロコダイルの言葉を否定する。
「違ェよ……」
指を鳴らして、準備を整え、軽く息を吸った。
ロビンの選択に賛成した責任。その選択を選んだ責任。
クレスが責任を果たすべきモノ、それは───
「───自分(てめェ)だよ」
クレスの姿は一瞬にして掻き消え、クロコダイルに向け、硬化させた拳を振りかぶった。
あとがき
まずはお詫びを申し上げます。
前回の投稿の際は申し訳ございませんでした。
原作模造しただけの劣化品しか書かれていない状況では皆さんの反応を考えてしかるべきでした。申し訳ございません。
感想版でもあったように、省略するか、前々回までと同じように二話投稿にするべきでした。
今後は今回の反省を胸に刻み、軽率な行動は慎んで、この作品を続けて行こうと思います。
お詫びの後で申し訳ないですが、あとがきです。
今回は山場の回ですね。次回はクレス、ロビンVSクロコダイルです。何とか上手く書きたいところですね。
原作通りの場面も多々とありますが、今回はいくつか場面を削りました。ツメゲリ部隊が好きな方、ルフィVSクロコダイル第二ラウンドが好きな方は申し訳ございません。
アラバスタ編ももう少しですね。反省すべき点も多いですが、何とかやっていきたいです。