第十七話 「男の意地と小さな友情」
────アルバーナ南東門。
砂のグラウンドを削り爆弾ボールは回る。
爆弾ボールは油断したウソップの背中に迫り、無防備な背後で爆発を引き起こした。
「ほう……<動物系>かい」
だが、ウソップは間一髪で<獣型>に変形したチョッパーに助けられた。
チョッパーはそのまま<犬銃>が更に追加した爆弾ボールを待ちうけるMr.4へと走った。
途中で<人型>に変形し、顔を出したMr.4を殴りつけようとする。
「お前さえ吹き飛ばせば!!」
「待ちな、バッターがいなきゃ試合が盛り上がらねェだろ」
チョッパーは新たな穴を掘り進んできたミス・メリークリスマスに足を掴まれ動きを止められる。
動きの止まったチョッパーにMr.4が容赦なく爆弾ボールを打ち込んだ。
「うわあああああ!!」
だが、チョッパーはとっさの判断で小型の<人獣型>へと変形し、攻撃を避けた。
一安心し、足を掴むミス・メリークリスマスを殴りつける。だが、地面に引っ込んで当たらない。
ならばと、<人型>に変形してMr.4を殴りつけるが、また地面に引っ込んで隠れられた。
地下通路を自由に行き交う二人。この調子で攻撃を避けられ続ければ隠し玉の<ランブルボール>を使っても直ぐに三分しか無い効力が切れてしまうだろう。
「言っとくがな、この地下トンネル。移動できるのはお前らだけじゃないんだぜ!!」
その時、姿を消していたウソップがその姿を見せた。
ウソップが消えた事を不審に思い周囲を見渡していたMr.4の頭上に地下トンネルを利用して移動したのだ。
「ウソップ“粉砕(パウンド)”!!」
ウソップは怪力のMr.4が振るう“4t”の更に上をいく、“5t”と書かれた鉄槌をMr.4の頭上に振り落としていた。
不意打ちを食らったMr.4はその痛みに悶絶してか声を出さない。
ウソップは5tハンマーを軽々と指先で回す。
「────沈めた船は数知れず。
人はおれをこう呼ぶよ……<破壊の王>」
「て、てめェは一体ッ!!」
ウソップにのまれ、ミス・メリークリスマスは驚愕の声を上げる。
そんなミス・メリークリスマスにウソップは不敵な笑みと共に名乗りを上げた。
「────キャプテン・ウソップ」
その雄姿にチョッパーが声援を送った。
「スゲェ!! ウソップ!! スゲェ~~~~」
「おお、センキューベイビーサインなら後にしろ」
と、返したが、ウソップの内心はドキドキだった。
実はこの“5tハンマー”はまったくの嘘っぱちで、いつものハッタリの一種なのだ。
総重量二キロ。フライパンをつなぎ合わせた完全な張りぼてであっが、それでも全力で叩かれれば痛いことには間違いない。
Mr.4に何処まで効いているのかは甚だ疑問であったが、もしかしたら予想以上に効いているのかもしれない。
なんにせよ、これはチャンスだった。
「次はお前だモグラ!! 5tの鉄槌を喰らえェ!!」
「ぎゃあああああああ!!」
ウソップはミス・メリークリスマスを叩きつぶそうと攻勢に出る。
だが、ミス・メリークリスマスも5tの鉄槌を喰らうのは当然ゴメンだ。
ハンマーを振り下ろすウソップを、地面に空いた穴を使い巧みに逃げていく。
数分後。
両者が息を切らして、モグラ叩きは一時休戦となった。
「くそ……ちょこまかと……」
「このバッ、当たらなきゃ……そんなもん……意味ねェんだ!!」
「フハハハハ……そうやって余裕をかましてるといいぜ。
教えてやろうか? ここまで随分バロックワークスの社員達がおれ達に消されてきたと聞いている筈だが、実は全部おれの仕業だ!!」
「な、何ィ!?」
5tものハンマーを軽々と振り回す男。
この男なら、バロックワークスの刺客達を次々と倒してきたというのも頷ける。
ミス・メリークリスマスの反応が気に入ったのか、ウソップはたたみかけるように続けた。
「しかもおれには8千人の部下がいる!!」
「えっ!! 本当!?」
チョッパーが初めて知ったと尊敬の眼差しでウソップを見つめた。
ウソップはチョッパーの食い付きっぷりに、ちょっと調子に乗った。
「いぃ~~~~たぁ~~~~~いぃ~~~~~~」
その時、ウソップの5tハンマーを喰らったMr.4が頭をさすった。
チョッパーが愕然とする。5tハンマーを喰らってもコブ一つない。ありえない。
「オイ……」
「ぎくっ」
ミス・メリークリスマスの冷めた声にウソップが及び腰になる。
直後、<犬銃>のラッスーが爆弾でウソップの“5tハンマー”を吹き飛ばした。
露呈するウソップの嘘。
ミス・メリークリスマスがその顔を怒りで染めた。
「おめー、あたしを騙したね」
「うおっ!! やべェ……」
ミス・メリークリスマスが地面に潜り、姿を消す。
地中はモグラにとって自由なプールも同じ、魚のように掘り進み、腰を抜かしたウソップの後ろに飛び出した。
「土竜“平手撃ち”(モグラ・バナーナ)!!」
固いシャベルのようなモグラの手による平手打ち。
ウソップはたまらず吹き飛んだ。
「やるよ、Mr.4!! “四百本猛打ノック”!!」
「うぅ~~~~~~~~~~ん」
Mr.4の意志に応じ<犬銃>が連続で火を噴いた。
先程までの比では無い。地獄の“四百本ノック”は相手が倒れても止まらない。
無数の爆弾ボールがばら撒かれ、Mr.4が次々と打ち返す。
「ランブル!!」
チョッパーが隠し玉のランブルボールを噛み砕く。
もはや躊躇っていられる状況では無い。この場を切り抜けなければ、立ち上がることすら出来なくなる。
次々と迫りくる爆弾ボールを避けながら、チョッパーは打開策を考える。
「診断(スコープ)」
爆弾ボールが次々とチョッパーへと迫り、地獄のグラウンドに爆発の華を咲かせた。
「チョッパー!!」
「おめ―は人の心配してる場合か?」
地面から現れるモグラの手。
ミス・メリークリスマスは地中を進み、逃げるウソップを追いかける。
いつまでも続く爆弾ボールの嵐に、何処までも追いかけてくるモグラ。
ウソップは陥ったピンチに必死で逃げた。
「土竜バナーナ!!」
「うおっ!!」
追い付かれそうになり更にスピードを上げる。
するとウソップに転機は訪れた。
前方に遺跡の壁が見えた。遺跡は間違いなく砂の下まで埋まっていて、このままのスピードで進めば地中のミス・メリークリスマスは壁に激突する筈だ。
「頭カチ割りやがれ!!」
ウソップは遺跡の上に飛び乗った。
ミス・メリークリスマスがウソップの目算通り遅れて遺跡の壁に迫り、モグラの手の平手打ちが遺跡を捉えるように激突して、――――遺跡がその威力に耐えられず崩壊した。
「な……!?」
その光景にウソップは言葉を失った。
そして今になって相手の本当の実力に気付き、恐怖を覚えた。
おそるおそる周囲を警戒し、ミス・メリークリスマスの姿を探す。
しばしの静寂。
崩壊した遺跡にのみ込まれたのだとウソップが思いこもうとした瞬間、
「捕まえたよ」
がっしりとウソップの両足が掴まれた。
「モグラ塚ハイウェ~~~~イっ!!」
「は、離せ!! 止まれ!! スト~~~~ップ!!」
ウソップを掴んだままミス・メリークリスマスは勢いよく地面を泳ぐ。
前方には石壁。
容赦なくミス・メリークリスマスはウソップを石壁にブチ当て突き破った。
ミス・メリークリスマスが手を離し、ウソップは空中に投げだされる。
「ウソップ!! モグラから離れて!!」
その時、チョッパーがウソップに指示を飛ばす。
ウソップは痛む全身を押さえながら全力で逃げる。チョッパーの指示以前に震えた足が既に動いていた。
チョッパーは<犬銃>の元まで走ると、その銃口を穴の中に向けて爆弾ボールを吐き出させ、自身も地面に空いた穴の傍から脱出する。
「フォ?」
「バウ?」
「ん?」
疑問符を浮かべる三者。
直後、彼らの縄張りに異変が起こった。
一瞬穴の中が眩く光る。全ての穴から火山が噴火したかのような爆発の火柱が立ち上り、穴の中にいる三者を吹き飛ばした。
「モグラ塚の弱点は全部のトンネルがつながっていることなんだ」
「へぇ………そう……」
ボロボロのウソップは倒れ込みながらチョッパーが見出した弱点を聞き、願いを込めながら前方を見た。
(もう立ち上がって来んなよ……頼むから!!)
巻き上がる土煙。
爆弾ボールの威力はウソップとチョッパーが身をもって体験積みだ。
ウソップは今の一撃で敵が倒れてくれることを望んだ。
体中が痛くて思うように動いてくれないし、何よりももう怖くて仕方がなかった。
「……生きてる」
だが、その思いはチョッパーの言葉によって否定される。
土煙が晴れる。そこにはいまだ健在である、ウソップの想像を超えた怪物達が立っていた。
「う……うぅっ……いやだ」
ウソップの口から弱音が漏れ、続いて涙と鼻水も漏れた。
傷だらけ体で必死の思いで立ち上がり、ウソップは怪物達に背を向ける。
「もうイヤだ!! 殺されちまう!! 勝ち目なんてある訳ねェよあんな化け物達!!」
そして必死で逃げた。
拭いきれない恐怖から、立ちはだかる強大な敵から。
人はそれを臆病と蔑むだろう。だが全ての人間が立ちはだかる壁に臆せず立ち向かえる訳ではないのだ。
自身の矮小さを知り、敵わないと感じた敵から逃げる事の何が悪いというのか。そしてそれが戦場ならば尚更だ。誰だって命は惜しい。
「ダメだよ!! コイツ等からは逃げられやしないんだ!!」
「その通りだよ。小癪な真似をしやがって……」
逃げるウソップの足をミス・メリークリスマスがガッチリと掴んだ。
ウソップは足を急に掴まれ、受け身も取れず地面に転がった。
「うわっ!! うわああああああああ……っ!!」
ウソップは震えあがり、立ち上がって必死に逃げようとする。
そんなウソップを蔑むように、ミス・メリークリスマスが口を開いた。
「船長も貧弱なら船員も腰ぬけって訳かい」
ピクリとウソップが反応する。
「船長……!? ルフィが……何だって」
ミス・メリークリスマスは報告を受けた事実を告げる。
「<麦わらのルフィ>なら、もうとっくに始末されちまったさ。ボスの手でな」
「ルフィが……死んだ?」
茫然とチョッパーが呟きを洩らす。
「デタラメ言うんじゃねェよモグラババア!!
あいつが……!! ルフィが!! 死ぬわけなんかねェだろうが!! あんな砂ワニ野郎に負ける筈がねェ!!」
ウソップがチョッパーがハッとする程の声で言い返す。
ルフィは強い。誰よりも、想像がつかないほどに。
ウソップにはルフィが死んだことなんて信じられる筈がなかった。
「あいつはいずれ<海賊王>になる男だ!! こんなところでくたばるわけねェだろうが!!」
ウソップの言葉に、ミス・メリークリスマスは僅かな沈黙の後、大きな声で噴き出した。
「ア~~~~~~ッハハハハハ!! か、海賊王だ? 本気で言ってんのかい? ア~~~~ッハハハハハハ!!」
「フォ~~~~フォ~~~~フォ~~~~」
耳障りな嘲弄。
ミス・メリークリスマスだけでは無く、Mr.4までもが腹を抱え笑う。
「そんなクソみてェな話はこの<偉大なる航路>じゃ二度としねェこった。
まったく死んでよかったよ。そんな身の程を知らねェバカ野郎はよ……!!」
そしてまた夢を追うルフィを笑う。
友に降りかかる嘲弄の声にウソップは、強く、強く、壊れそうなぐらい拳を握りしめた。
ウソップは奮えた。怯えでは無い。怒りだ。
そして息を吸い、立ちつくすチョッパーに声を張り上げた。
「いいかチョッパー男には!!」
ミス・メリークリスマスはウソップを掴み再び地面を泳いだ。
地中を滑るように掘り進み、猛スピードでMr.4へと向かった。
「た、たとえ……!! し、死ぬほどおっかねェ敵でもよ!!」
「くたばりなァ!!」
前方には石壁。
ミス・メリークリスマスは容赦なくウソップを壁にブチ当て、ブチ抜いて、なおも前進する。
それでも、ウソップは叫びを止めない。震える喉で、声にならない意志を叫び続ける。
「たとえ……とうてい……!! 勝ち目のねェ相手でもよォ!!」
「構えなMr.4!!」
直線。
最終投球。
ミス・メリークリスマスは4tバットを構えたMr.4へとウソップを運ぶ。
絶好球のど真ん中。殺し屋集団の四番が狙うはウソップの頭蓋骨だった。
「モグラ塚四番交差点!!」
唸りを上げるバット。
骨を砕く快音と共に、ウソップが地上高く打ち上げられた。
「ウソップ!!」
チョッパーが悲痛な声を上げる。Mr.4ペアは次なる標的をチョッパーへと定めた。
ウソップが立ち上がれる筈がなかった。Mr.4ペアが感じた感触はホームラン級の手応えだった。
だが、ウソップは立ち上がった。
ウソップの額からは大量の血が流れ、脳みそが爆発でも起こしてるのではと錯覚する位の頭痛がし、視界は血霞みに沈む。
だが、どうしてもこの思いだけは曲げられない。
「男には、どうしても戦いを避けちゃならねェ時がある。────仲間の夢を笑われた時だ……!!」
その意地に、夢を笑った者達は驚愕し、恐怖すら覚えた。
ウソップは荒い息で、一瞬でも気を抜けば崩れそうな体で、魂から叫んだ。
「ルフィは死なねェ……あいつはいずれ<海賊王>にきっとなるから。────そいづだげは笑わせねェ!!」
ミス・メリークリスマスがもう一度だとMr.4を促す。
どれだけ吠えようとも、死にかけの雑魚だと。もう一撃喰らわせれば確実に沈黙すると。
「どれだけ意気込んでも所詮その体じゃ何もできめェ!!」
「そんなことさせるか!! 見せてやる。とっておきの変形点!!」
チョッパーが大地を踏みしめる。
変形点とはチョッパーが独自の研究によって見出した悪魔の実の可能性だ。
チョッパーの<ランブルボール>は悪魔の実の波長を狂わせ、通常三段階の<動物系>の変形を七段階まで引き延ばした。
「角強化(ホーンポイント)」
チョッパーの角が普通のトナカイではありえない程に伸び、固く、鋭く強化されていく。
後脚は大地を蹴り出す蹄に、前脚は大地を掴む腕へと変わった。
「チョッパー!! おれの後ろにつけ!! 合図したら来い!!」
「わかった!!」
ウソップはミス・メリークリスマスによって再びマウンドから打ち出される。
再びの直線。
またもの絶好球ど真ん中。
振りかぶるバッターは怪力の四番。
「必殺“煙星”!!」
ウソップがパチンコで煙幕をMr.4へと放つ。
突然の目くらましに、バッターはたじろいた。
「頼んだチョッパー!!」
そしてウソップは靴を脱ぎ捨て、ミス・メリークリスマスから逃れた。
モグラの投手はボールが消えたことに気付き、顔を出す。
「あのガキ靴を脱いで……!! うわっ、何だ!?」
顔を出したミス・メリークリスマスをウソップの後ろについていたチョッパーが掬いあげ、四番打者の元まで運ぶ。
絶好球だった。
「モグラ塚四番交差点!!」
ウソップが声を真似て打者に知らせる。
Mr.4は打者の性か、煙の向うから現れた絶好球に4tバットを振り抜いてしまった。
「バッ!! 止め……ッ」
快音と共にミス・メリークリスマスが吹き飛んだ。
ボールはグラウンドを超えホームラン。外野席の遺跡の屋根へと突っ込んだ。
「フォ?」
茫然とするMr.4。
だが、彼には打球を見送る暇すら与えられなかった。
「おい、てめェこっち向け!!」
いつの間にかウソップがチョッパーの角をカタパルトにしてMr.4へと狙いを定めていた。
ゴムの限界まで引き絞られたのは、本物の鉄槌(ハンマー)。
解放される瞬間を待ち望むかのように、ギリギリと音を立てている。
「必殺ウソチョ“ハンマー彗星”!!」
狙撃手は弾丸を発射させる。
解き放たれたゴムは勢いよくハンマーを弾きだした。
唸りを上げ、風を切り裂きながら飛ぶハンマーは四番バッターへと迫り、致命的な死球(デットボール)となった。
ハンマーはMr.4にめり込んで、その巨体を吹き飛ばし、後ろで暢気な声を上げた<犬銃>ごと遺跡の石柱に叩きつけた。
叩きつけられたMr.4は力なく倒れ、その愛犬の<犬銃>が苦しげに爆弾ボールを吐き出した。
「ふう~(バタリ)」
「ウソップ? ウソップ!? しっかりしろ!! ウソップ~~!!」
「…………」
「誰か医者を」
「ん?」
「医者ァ~~!!」
「お前だろ(ビシッ)」
「あ」
爆弾ボールは時を刻み、勝者を祝うかのように盛大に爆発した。
◆ ◆ ◆
────アルバーナ宮殿。
「正気ですかビビ様!? そんなことしたら……!!」
困惑するようにチャカが問い返した。
「ええ、私は正気。
だからもう一度言うわ。────この宮殿を爆破して」
ビビはサンジに助けられた後、真っ直ぐに宮殿を目指した。
その間にも戦火は広がり、徐々に集結しつつある反乱軍に押され、国王軍も戦線をどんどん後退させていった。
振り帰れば必ず誰かが倒れていて、手を差し伸べても意味がない。ビビは傷だらけの体で歯を食いしばり必死に走った。
そして宮殿に辿り着いたのがつい先ほどだ。ビビは失踪から二年ぶりの帰国を喜ぶ暇もなく、チャカに考え抜いた提案を持ちかけたのだ。
「そんなことしたらこの国は終わっちゃう? 違うでしょ。ここがアラバスタじゃない」
ビビはチャカに言い聞かせる。
「アラバスタ王国は今傷つけ合っている人達よ。彼らがいて初めて“国”なのよ!!」
チャカは反対しようとして言葉に詰まった。
「数秒間みんなの目を引くことができれば、私が何とかする……!!」
だが、当然兵士の間からは反対の声が上がった。
アラバスタ宮殿は四千年もの価値を持つアラバスタ王家の象徴であり、世界に誇る大遺産だ。
それを破壊するというのはその歴史に唾を吐くことと同義であった。
反乱を止めるならば別の手段がある筈だ。ビビ様も考え直されよ。チャカ様も判断を誤りなさるな。
だが、国王コブラの薫陶を受けた兵士たちはうすうすと感づいていた。
過去の栄光を守り抜くことと、未来へと繁栄を繋げること。王家に与えられるべき宿命をビビは捨て、国民を守り抜くという、王家に与えられた最大の使命の足がかりにしたのだ。
「ビビ様……」
チャカは見ないうちに成長し美しくなったビビの姿に、敬愛する国王コブラの姿が被った。
ネフェルタリ家の尊い血脈は綿々とビビへと受け継がれていたのだ。
────国とは人なのだ。
感銘を受けた王の言葉。おそらくコブラであっても今この瞬間においては同じ決断を下すのだろう。
チャカは理想的な姿勢でかしずいた。
「おっしゃる通りに」
それは、王家と運命を共にすることを誓った家臣の姿であった。
◆ ◆ ◆
────南ブロック、ポルカ通り。
トーシューズがぐりぐりと倒れたサンジを踏みにじる。
屈辱的な光景であったが、踏みつけられているサンジは強く出られないでいた。
「コノ……オカマッ!! あんまり調子に乗るんじゃ……」
相手の姿を見て、
「畜生!! 可愛い!!」
サンジは泣いた。
「が────っはっはっはっは!! 口ほどにもないってのはまさにアンタねい!!」
そこにいたのは、愛しのナミさん────の姿をしたボン・クレーであった。
別に男衆なら誰に変わろうが容赦なく蹴り倒す自信はあったが、幼いころから女性にはやさしくしろと叩きこまれて育てられ、自他共に認める女好きのサンジにとって、この姿のオカマを攻撃することなど出来なかった。
だが、事態はそれどころでもないのは十分承知だ。ビビの為に反乱を止めなければならない。
サンジは心を鬼にし、ナミの姿をしたオカマを攻撃しようとして、
「それにしてもこの国は暑過ぎて、いっそ服を脱いじゃいたいくらいね」
胸元をはだけさせたセクシーな姿に、愛の奴隷と化した。
「手伝う?」
サンジの目がハートに変わり、
「オカマチョップ!!」
「目がァ!!」
その隙をついたボン・クレーに目潰しを喰らいのたうち回った。
ボン・クレーはあざ笑うかのように追撃する。
「蹴爪先(ケリ・ボアント)!!」
バレリーナの繊細な感情を表現する爪先がサンジに突き刺さる。
サンジは受け身もままならないままモロにその攻撃を受け、道中に転がされる。
「この野郎が……フザケやがって!!」
「マスカラブーメラン!!」
元のオカマの姿に戻ったボン・クレーを蹴り飛ばそうとするが、攻撃が当たる瞬間にナミになり、停止を余儀なくされた。
「キャッチしマスカラ!!」
「ぐっ!!」
ボンクレーが投げた鋭いマスカラにその身を傷つけられる。
サンジが睨めつけるも、そこにいるのはナミの姿をしたボン・クレーだ。
顔も、体も、声も、香り立つ甘いフェロモンまで全て同じナミの姿で、おちょくるようにボン・クレーはサンジを追い詰めていく。
「ア~~ンタと遊んでるのも面白イけど……王女を消すのが私たちの任務なのよねい。だから悪いけど……さっさと片付けさせてもらうわよ────う!!」
屈辱的な言葉もナミの姿と声であれば、サンジは強く出れない。
「回る、回る!! あちしは回る!! このトーシューズが情熱で燃え尽きるその日まで!!」
ボンクレーは高速で回転し、激しい感情を表現する。
そう、それは真夏の、焼けつくようなあの夕暮れ時のように……
「オカマ拳法!! “あの夏の日の回顧録(メモワール)”!!」
殺人ゴマのように迫るボンクレーをサンジは憎々しげに見て、ふと気付いた。
サンジの身体が跳躍する。
「ほほ肉(ジュ―)シュート!!」
反撃に転じると思っていなかったサンジの強烈な蹴りを頬に受け、ボンクレーが吹き飛び、白壁の民家に埋まった。
サンジは小さく笑みを浮かべた。
「見切ったぜ、マネマネの実……!!」
民家の扉が開き、ボンクレーが姿を見せ、聞き捨てならないと反論する。
「何を~~~~生意気なァ!! ア~~~~ンタごときがあちしの能力の何を見切ったてェ!?」
「お前、ナミさんの体のままじゃオカマ拳法が使えねェんだろ。
確かにおれからは攻撃できないが……お前が仕掛けてくる瞬間に必ずお前はオカマに戻る。右手で自分の頬に触ってな」
ボンクレーはわざとらしく笑い声を上げ、汗だくで目をキョロキョロさせる。
「え~~~~? ぜんぜん聞こえな――――い」
「図星じゃねェか」
「だから何だっツ────ノようっ!!
そうよ!! そうよ!! 日々レッスンを重ねたあちしのしなやかなバディーがなければオカマ拳法はあ────やつれなァ────いのようっ!!」
オカマ拳法はボン・クレーの肉体でなければ発揮できない。
マネマネの実はベンサムの姿を細胞から全て別人に造り変えてしまうのだ。鍛え抜いたしなやかな肉体を他人に望むことはできない。
「ならば見せてやるわよっ!! あちしのオカマ拳法、その“主役技(プリマ)”!!」
逆切れしたボン・クレーは肩口の白鳥の飾りをアタッチメントのように爪先に装備する。
サンジから見て、右がオスで左がメス。珍妙な外見とは裏腹に、とてつもない威力を秘めたボン・クレーの隠し玉だった。
「爆弾白鳥(ボンバルディエ)!!」
撓る首に、鋼の嘴。
サンジは己の勘に従い、転がるように避けた。
そして、サンジの代わりにその威力を引き受ける事となった石壁の破壊痕を見て戦慄する。
「穴のまわりに傷一つ入ってねェ……!!」
「一点に凝縮された本物のパワーって奴は無駄な破壊をしないものよう」
ボン・クレーの一撃はまさに大型ライフルのような一撃だ。まともに食らえば人体に風穴があく威力を秘めている。
焦げ目がつく程のスピードと、無駄なく凝縮されたしなやかな破壊力。
故に、至高。
オカマ拳法のトップスターとなりえる主役技であった。
「アン!!」
「く!!」
撓る首によって蹴りのリーチが段違いとなったボン・クレーにサンジは苦戦を強いられる。
ボン・クレーはサンジの間合いの外から散弾銃のように蹴りを乱射する。
「オラァ!!」
「首肉(コリエ)!!」
避けきれないと感じたサンジの蹴りが交差する。
サンジは白鳥の首筋を狙い、ボン・クレーの蹴りを反らした。
ボン・クレーがニヤリと笑らう。やはり、間合いを制したボン・クレーが優位に立っていた。
「無~~~駄よ────う!!」
直撃し、サンジは大きく吹き飛ばされた。
肩口に喰らった。ミシミシと骨が軋んでいるのがわかる。
「勝負あったわねいっ!!」
ボン・クレーが太陽を背に飛ぶ。
描くのは、あの、冷たくもどこか温かい雪解けの日差し……
「オカマ拳法“あの冬の空の回顧録(メモワール)”!!」
緩やかに下降しながらも、ボン・クレーは猛禽のようにサンジに狙いを定める。
サンジは鷹のように爪先を突き出したボン・クレーを背面跳びのように飛び上がり避けた。
白鳥のアタッチメントによりリーチが伸びたボン・クレーは確かにサンジよりも間合いを制しやすい。だが、その分返りが遅く、一発目を凌げばチャンスはサンジに巡る。
「やるわねいっ!! でも残念!! これでドゥ―!!」
ボンクレーは左頬に触れ、その姿をナミに変えた。
これでもうサンジはボンクレーに手を出せない筈だった。
「おい、左頬になんかついてるぞ」
「え、本当ぅ? ……あ」
思わず左頬に触れてしまい、その姿が元のオカマへと戻った。
「肩ロース(バース・コート)!!」
ボン・クレーの肩にサンジの足が叩きこまれた。
たまらず地面を転がるボン・クレー。
その後ろに、ゆらりと、食材を逃がさぬ料理人の姿は有った。
「腰肉(ロンジュ)!!」
「後バラ肉(タンドロン)!!」
腰肉は叩き、後バラ肉は突き刺して。
次々と調理される食材のように、ボン・クレーはサンジの攻撃にさらされる。
だが、サンジが一流の料理人ならば、ボン・クレーは一流のオカマ、言うなれば躍る舞台のトップスターだ。
スポットライトを奪い取るかのように、ボン・クレーは反撃を開始する。
「腹肉(フランシュ)!!」
「アン!!」
お互いの腹部に、それぞれの攻撃がめり込んだ。
リーチで勝るボン・クレーにサンジは防御を捨てた。
その分、前に踏み込んだその分だけ、サンジの蹴りは深く食い込み、ボン・クレーの爪先は深く突き刺さった。
「もも肉(キュイソ―)!!」
「ドゥ!!」
「すね肉(ジャレ)!!」
「クラァアア!!」
軋みを上げる骨。断裂する筋肉。肌は裂け。血は全身から流れ出る。
サンジは仕込みを終えた食材を最高に仕上げるように。
ボン・クレーは舞台で迫真の演技で観客に迫るバレイスターのように。
観客のいない舞台で二人は躍る。
躍進、躍動。
縺れ転がり、それでも前へ、舞台は最高潮に沸き上がり、終焉の時を待ち受ける。
最高のファンタジスタ達は交差するその瞬間に己の全てをぶつけた。
「────仔牛肉ショット!!」
「爆弾白鳥アラベスク────!!」
会心の一撃。
燃え尽きるように、白く変わる世界。
最高の食材か、
至高の姿勢か、
観客が息をのんだように静まり返った戦場で、静かに着地の音だけが響いた。
「ガッ……」
サンジの口から苦悶と共に血が漏れた。
点滅する視界、砕けたように崩れ、サンジは膝をついた。
「あ、ああ……」
同時にボン・クレーの腹部がバチバチと破裂寸前の爆弾のように軋みを上げる。
滞留する衝撃。
それは、今この瞬間に炸裂する。
「ぎゃああああああああああああああああァ!!」
ボン・クレーの身体が乱回転しながら、石壁の滑らかな壁に突っ込んだ。
舞台の白鳥は、壇上から弾き飛ばされたのだ。
舞台の幕は下りる。
勝者は一流料理人のサンジであった。
「呆れたぜ……まだ息があんのか」
サンジが瓦礫の中から這出た後に、大の字で倒れたボン・クレーを見下ろした。
「んバ……バイったわ……あんたの勝ちよう……殺しなさい」
敗北を認め、潔くボン・クレーは死を望んだ。
「……どうした? ナミさんに姿を変えれば、おれはお前に止めをさせねェ」
「フフン……笑止。
あんたに敗れたあちしはどうせ組織に殺される運命なのよう」
「フン……お前の能力なら逃げる事も容易いだろうか」
胸元からタバコを取り出したサンジに、ボン・クレーは悲しげな顔で語り出した。
「そうはいかないのよう。
あちしは『Mr.2・ボン・クレー』あちしよりも強い奴はほとんどいないってワケ。……つまりはあちしを殺せる人間が限られるってこと」
「それが何だ?」
「……その、殺せる人間の方にあちしの友達(ダチ)がいるのよう」
独白するボン・クレーにサンジは口から煙を吐き出した。
「つまりは……そいつに、手を汚させたくないと」
「……そういうことよう」
ボン・クレー目を閉じると壊れかけた喉で叫び声を上げた。
「ダチを悲しませるぐれェならば!! あちしは死んだ方がましようッ!!」
ボン・クレー何を考えているか分からなかったが、サンジにはその言葉に偽りは感じられなかった。
冷めた目でサンジが問い返す。
「………つまりは、おれが代わりに手を汚せってんだな」
「敵であるあんたなら、別にあちしに躊躇する必要もないじゃナイ。あちしはこの国の崩壊に手を貸した張本人よう。気にすることは無いわ」
「てめェの事情はよくわかった………」
サンジはボン・クレーの傍まで歩み寄る。
咥えていたタバコを投げ捨てて、ボン・クレーの真横に立った。
岩盤を易々と砕くサンジならば一撃でボン・クレーに止めを刺すことができるだろう。
ボン・クレーは友を思い、目を閉じ、覚悟を決めた。
「ごめんねい……クレスちゃん、ロビンちゃん……!!」
サンジの止めを待ちうけるボン・クレー。
だが、覚悟していた衝撃はいつまでも感じられない。
ボン・クレーは固くつぶっていた瞼を開けた。
「いい勝負だった……」
光射すその先にいたのは、手を差し伸べるサンジ。
差し出された手は友を称えるように、労りをもっていた。
「もうそれ以上言葉はいらねェ筈だぜ」
手を差し伸べるサンジにボン・クレーは困惑する。
「何してるのよう!! あんたはあちしを……」
「オイオイ、お前はダチのおれに止めを刺させるつもりなのか?」
「!!」
サンジは倒れたボンクレーに対し、気楽に話しかけた。
「てめェが何を考えてるかは知らねぇが。
おれ達の目的はこの反乱を止める事と、てめェらバロックワークスをぶっ潰すことだ」
「あ、あんた……」
それはボン・クレーが今の立場から脱する唯一の方法だった。
「それにな、勝負ってのはもとより勝者が全てだ。敗者のお前におれがとやかく言われる理由なんてねェんだよ」
差しのべられた手。
労りと、称賛を示したその掌。
それは、まぎれもなく好敵手(ライバル)との友情の証であった。
ボン・クレーは目を見開き、おそるおそるその手を取り、掴むと同時に涙を流した。
「ありがドゥ~~~!!」
「泣くなオカマ野郎。レディの涙以外は受け付けねェんだよ」
サンジは熱い握手を交わした後、ボン・クレーからウソップの狙撃用のゴーグルを取り返し、止めを刺すことなく、その場を後にした。
当然ボン・クレーが演技をしている可能性もあったが、演技であってもあそこまで感情を込められるとはサンジには思えなかった。
「ありがドゥ~~~~!! コックちゃん!! ありがドゥ~~~~!!」
ボン・クレーも友からかけられた言葉に希望を賭けた。
そして立ち去るサンジを、土下座で感謝の意を示しながら見送った。
「うるせェんだよあのオカマ……チッ、こりゃ何本かイッたな」
南ブロック、ポルカ通り。
サンジVSMr.2・ボン・クレー
勝者サンジ。
戦利品『小さな友情』
あとがき
このシーンのウソップ戦闘と、セリフが大好きです。
ウソップがたまに魅せる男気がたまりません。
それと、何故かボンちゃんが出ると展開が熱くなりますね。
私事で申し訳ないのですがこの春からかなり忙しくなりそうで、この更新の後はスピードが落ちてしまうかもしれません。
なんとか週一を心がけますが、遅れてしまう場合もあるかもしれません。
これからも頑張りたいです。よろしくお願いします。