円台地の上に築かれた王都アルバーナには、東、南東、南、南西、西の五ヶ所に出入り口がある。
その五ヶ所全てが下の平原と繋がっていて、いつもなら砂漠からやって来る商人たちでにぎわっているのだが、厳戒態勢が敷かれた今日ばかりは閑散としていた。
住民たちは避難し終わり、国王軍の兵士たちも城壁の守りを固め、誰もいない筈の出入り口。
数百段の長い階段を左右の塔門が守っているその先。
西門。
そこに、明らかにカタギの人々とは一線を画す者達の姿は有った。
「オイオイオイオイオイオイッ!! やれ大丈夫かい!! それ大丈夫かいッ!!
王女と海賊共は本当に来るんだろうね!? これじゃ反乱軍が先に到着しちまうよ。止める気あんのかいまったくッ!!」
下品な色に髪を染めたオバちゃんが口やかましく言う。
ミス・メリークリスマス。バロックワークスのエージェントだ。
「まぁ~~~~~だぁ~~~~~~きぃ~~~~~~てぇ~~~~」
「だあああッ!! 苛つくんだよお前のノロさはMr.4!! このバッ(バカ)!! このバッ(バカ)!!」
そのパートナーのMr.4が双眼鏡を覗きながらノロくさく返事を返す。
Mr.4は寸胴体型の巨漢で、背中には巨大な銃を背負っていた。
「そうカッカする必要はないんじゃなくて?
報告では彼らはレインベースで大幅に時間をロスしてるみたいですもの、“間に合わない”ってケースも十分に考えられてよ」
ミス・ダブルフィンガーが煙管から煙を吐き出しながら言った。
「何? そうなのかい」
「じゃあ反乱が先に始まっちゃったらあちし達はドゥーすればいいのう?」
ボンクレーがスワンダンスを踊りながら聞く。
「ドゥーしなくてもいいんじゃなくて? 戦争が始まってしまえばいくら王女といえども何もできないわ」
「……消せと言われた奴を、おれ達は消せばいい」
Mr.1が静かに首肯する。
Mr.1、ミス・ダブルフィンガー。
Mr.2・ボン・クレー。
Mr.4、ミス・メリークリスマス。
この五人にはアルバーナにて、王女と海賊達の抹殺命令が下っていた。
麦わらの船長はクロコダイルが討ち取ったが、まだ懸念事項である王女を始めとした不穏分子が残っていることは確かだ。
バロックワークス社最精鋭の力を持ってその者達の抹殺を図る。これが、彼らに新たに下された任務であった。
「まったく、それくらいも判断出来ねェのかオカマ野郎」
「黙んなさい!! ヨッッッポド、オカマ拳法を喰らいたいらしいわねいッ!! オオッ!?」
「止めなさいったらあなた達」
「あッ!! 腰ッ!! 痛ッ!! Mr.4マッサージ!!」
反乱軍の軍勢は目前だった。
国王軍は既にその姿を補足して警戒を募らせているはずだ。
あと数分でこの地は大混乱に陥り、砂の大地には多くの血が流れるだろう。
そうなれば、ここに集ったエージェント達の任務も終わる。後は悠々と殺し合う民を眺めていればよかった。
「きぃ~~~~~てぇ~~~~~~るぅ~~~~~ぞぉ~~~~~~」
その時、双眼鏡を覗いていたMr.4が間延びした声で言った。
「何ィ!? さっさと言わねェかい、このウスノロダルマ!!」
ミス・メリークリスマスが飛び上がり、Mr.4から双眼鏡を奪い取った。
そしてそれを覗きこみ、
「か、カルガモ……?」
困惑するように言った。
「カルガモ? 何なのミス・メリークリスマス?」
「数か増えてねェかい!? 六人いる!!」
彼らに伝えられたターゲットの数は、麦わらの一味と王女をを合わせて五人。
船長はクロコダイルが消したため、数としては四人でないとおかしいのだ。
「違うわ、ミス・メリークリスマス。ボスの話をちゃんと聞いていて?
Mr.プリンスって奴が複数いるって言ってたから二人増えても数は合うわ」
「何人増えようが標的は王女一人だ。何をうろたえている」
不動の姿勢だったMr.1が標的の接近に殺しの準備を始める。
「Mr.1……王女一人消せばそれでいいって?」
ミス・メリークリスマスが双眼鏡を外し、目視によって王女たちの姿を視認する。
「じゃあ、おめェ……どれが王女だか当ててみなよ」
遠方より砂埃を巻き上げながら現れた六つの人影。
彼らは全員がアラバスタ最速集団である超カルガモ部隊に乗り、その全員が同じマントで全身を覆っている。
これではどの人影が王女なのかまったく判断が付かなかった。
「あやふやじゃないッ!!」
おまけに彼らが乗る超カルガモとは豹をも凌ぐ脚力を持つとされ、逡巡の機会さえエージェントに与えない。
「やっちまいなMr.4!!」
鋭く言い放つミスメリークリスマスにMr.4が反応する。
Mr.4は背中に背負った巨大な銃をカルガモ達の中心へと打ち込んだ。
打ち込まれた弾丸は、まるで砲弾のよう重く、丸く、そして大きな縫い目がある。
それはまるで無理やりに砲丸投げの球を野球ボールに改造したような弾であった。
「近づくな!!」
カルガモに乗った一人が鋭く叫ぶ。
その者の予想は正しく、打ち込まれたボールは地面に転がると大きな爆発を起こした。
「避けた!! 早いわねい、あの鳥達!!」
カルガモ達は猛スピードで直進し、そこからまるで散弾のように三手に別れた。
別れた先にあるものは、南門、南西門、西門。
陽動か、別れてアルバーナ市内に突入するつもりのようだ。
「南門は反乱軍の真正面……!! となりゃ、あのどっちかかがビビか……? 行くよMr.4!! あの二人はあたしらに任せな!!」
南門に抜けた二人をMr.4のペアが追走する。
「必殺“火炎星”!!」
カルガモに乗った一人から、Mr.1に向け、パチンコによって弾が発射された。
高速で移動する最中においての正確で精密な射撃。弾は寸分狂うこと無くMr.1の顔へと迫る。
「コイツ等……!!」
Mr.1は迫る火炎弾を掌で受け止めなぎ払った。
だが、その隙をついて、二人、真っ直ぐと西門へと突入される。
「西門へ抜けた!! Mr.1、私たちは彼らを!!」
西門に抜けた二人をMr.1のペアが追走する。
「あァン?」
しばし呆然としていたボン・クレーに横合いから一匹のカルガモが強烈な頭突きを喰らわせる。
「ドゥッ!!」
無防備なボン・クレーは錐揉みして吹き飛んだ。
「さァ、私たちは南西門ね」
南西門に抜けた二人をボンクレーが追走する。
「逃がしゃしないわよォ~~~~う!!」
西門前にいたエージェント達は全て姿を消した。
逃げた海賊達を追いこみ、エージェントの内の誰かがその中にいる王女を抹殺すればバロックワークスの勝利である。
そうならば、反乱を止める術は完全に断たれ、アラバスタは問題なくクロコダイルの手に落ちる。
そう、今追いかけた人影の中に、
ビビがいたならだ。
誰もいなくなった西口近くの岩陰で、一匹のカルガモが砂の大地を踏みしめる。
気合を入れるように短く鳴いて、その姿を現した。
乗り手はそんなパートナーのカルガモをやさしく撫でる。
そして、意志の篭った目で反乱軍の迫る遠方を見つめた。
「行くわよ、カル―」
それは祖国を救うと誓った、王女ビビの姿であった。
────同時に、三手に別れた、四人と二匹が一斉に声を上げた。
「「「「「──── 残念、ハズレ ────」」」」」
第十六話 「それぞれの戦い」
ヒッコシクラブによってアルバーナに向かったビビ達だったが、真っ直ぐにアルバーナに向かうには大きな問題があった。
レインベースからアルバーナへ向かうには広大なサンドラ河を渡らなければならなかったのだ。
ヒッコシクラブは陸上のカニで、泳ぎは得意ではない。仕方なく泳ぐことになったのだが、約50㎞ほどあるサンドラ河を渡るには余りにも長すぎる。
だが、それでも天は彼らに味方する。かつてルフィが打ちのめし“弟子”にしたクンフージュゴン達が助けにやって来たのだ。
ビビ達は何とかサンドラ河を渡りきる。そして、渡りきった先で待ちうけていたのは、カル―率いるアラバスタ最速集団の<超カルガモ部隊>であった。
アラバスタの動物達の力を借りビビ達は、アルバーナへと急行した。
アルバーナを目前に、高速で移動するカルガモの上でゾロが待ち受けているであろうエージェントを惑わすための策を提案する。
それはビビを残し、それ以外の一味と砂漠で拾ったラクダ『マツゲ』をカルガモの上に載せて誰がビビか分からないようにマントで覆って入り口に向け走り抜けるというものだった。
そして、その策は見事に成功する。
一味は危険なエージェント達を引きつけ、ビビは反乱軍を説得するチャンスを得たのだ。
「ありがとう、みんな」
正面入り口の南門の先でビビは反乱軍を待ち受けた。
遠方に大地を埋め尽くすほどの大軍を確認する。その余りの数の多さに大地が震えていた。
「いいのよ、カル―、あなたまで付き合わなくて」
ビビは隣で歯を震わせながらも懸命に立つカル―に呼びかける。
怒れる大軍。その迫力は災害にも似ている。軍勢はまるで津波のようにビビの立つ場所へと押し寄せていた。
だが、カル―はその場を動こうとはしなかった。
「もう……踏みつけられても知らないんだから」
ビビは一度だけ大きく息を吸い、覚悟を決めた。
先陣を切ってやって来るであろう幼なじみのコーザを何としても説得しなくてはならない。
仲間達が命がけで作り上げたチャンスだ。説得を成功させなければ、両軍が激突し、全てが無に帰すのだ。
「お願い……リーダー……話を聞いて……!!」
ビビは両手を広げた。
その両腕は目の前の大軍に比べて余りにも小さい。
大津波を立った一杯のコップで受け止めるかのように、余りに無謀であった。
だが、それでもビビが引くことはなかった。無茶や無謀は始めから承知だ。僅かでも可能性があるなら諦める訳にはいかない。
「全体散るな!! 南門、中央一点突破!!」
鳴動する大地。
立ちこめる砂ぼこりを引きつれて、反乱軍は大地をかけた。
各々に武装し、ラクダや馬に乗って一丸となりアルバーナへと目指す。
轡、嘶き、蹄、地鳴り、風切り、鍔鳴り、装弾、怒号、雄叫び。
反乱軍の軍勢は無数に共振する憎しみの音を響かせる。
対するビビはただ一人。この音の大軍に対し、一人分の叫びを浴びせかけ、聞き渡らせなければならない。
だが、ビビはありったけの力で立ち向かう。
「止まりなさい!! 反乱軍!!」
振り絞るように、必死で、死に物狂いで、声を張り上げた。
ビビの叫びが反乱軍の軍勢が奏でる凶音と交差する。
「この戦いは仕組まれているの!!」
反応を待つこともなく、更にもう一声、死力を振り絞る。
────いつか、おれがこの国を潤してやる。だからお前は立派な王女になれ。
幼き日のビビがコーザと約束した言葉だ。
枯れていく国を見て、渇きに苦しむ人たちを見て、コーザは決断したのだろう。
コーザは約束を守りに来たのだ。たとえそれが、ビビを敵に回すことになろうとも。
バロックワークスによって作られたすれ違いは、決定的な間違いを生んだ。
「私の話を聞いて!! 戦いを止めて!!」
直ぐそこに、ビビは面影を残しながらも逞しく成長したコーザの姿を目にした。
届いて!! 戦わないで!!
ビビの叫びはその姿と共に目前に迫ったコーザに届くかと思われたが、────不意に着弾した砲弾が二人を引き裂いた。
砲撃によって巻き上がった砂煙はビビの姿をコーザから覆い隠していく。
南の塔門からの国王軍の砲撃だった。
これでは、ビビの声が届かない。
(何てバカな真似を国王軍……!!)
しかし、無力なビビは知らない。
バロックワークスの社員達は国王軍、反乱軍の両軍に潜んでたことを。
忍びこんだ社員が両軍の対決を決定づける為に、司令官の命令を無視して砲撃を行った事を。
「怯むな、突っ込め!! ただの砂埃だ!!」
「ダメよ皆!! 止まって!!」
「我らが国の為!! 国王を許すな!!」
「お願い!! 行かないで!!」
反乱軍は止まらない。
膨れ上がった全軍を維持するだけの持久力もなかった。
戦い、国王軍を倒す。
彼らに与えられた道はただ一つだった。
「────リーダー!!」
運命を決める二人はすれ違う。
コーザは馬を駆り、ビビの傍を通り過ぎてしまった。
手を伸ばしても届かない。必死で追い縋ろうとも、ビビの体は津波のように押し寄せる反乱軍の大軍にのまれてしまった。
唯一の希望は潰え、反乱軍と国王軍の両軍は全面衝突を起こした。
◆ ◆ ◆
戦いが始まった。
国王軍が城壁から覗く砲門を次々に反乱軍に向かって撃ち放つ。
数で圧倒する反乱軍は怯むことなく果敢に南門へと殺到する。
門へと続く長い階段を駆け上り、待ちうける国王軍と切り結んだ。
剣が、槍が、戦斧が、銃が、盾が、鉄槌が、
両軍ともに握りしめた武器をぶつけ合い、鉄と肉が躍り、赤い血が大地を染めた。
倒れるのは全てアラバスタの民。倒したのもまたアラバスタの民。
戦う者全ての思いは一つ。
────アラバスタを守るんだ。
真実を知る者には悪夢以外のなにものでもない戦いが幕を開けた。
◆ ◆ ◆
鋭い痛みに、ビビの朦朧としていた意識が覚醒する。
反乱軍の軍勢にのまれ、暫くの間意識を失っていたようだ。
「うッ……」
体のあちこちがボロボロだった。だが、思ったよりは酷くない。
ビビは自身を包む、乱れた羽毛の肌触りを感じた。
「カルー……あなた、私を庇って……」
カル―は怪我だらけの身でありながらもビビを心配するように鳴いた。
羽毛は血にまみれ、片翼は折れている。
カル―は軍勢からビビを己の身を呈して守ったのだ。
「ごめんね……カルー」
瀕死のカル―をそっと撫でて、ビビは戦いが始まったアルバーナ市内へと視線を向ける。
「……反乱は始まっちゃったのね」
悔しさで声が震えた。
始まってしまった戦いを思うと目の奥が熱くなった。
だが、ビビはそれをぐっと我慢する。
「でも、止めるわ……船でちゃんと学んだのよ。諦めの悪さなら……!!」
「────ビビ!!」
その時、聞きなれた声が聞こえ、見慣れた姿が見えた。
「こっちだ乗れ!!」
「ウソップさん!!」
そこにいたのは、エージェント達の陽動を請け負ったウソップの姿であった。
ウソップはどこかで馬を手に入れたのか、傷だらけのビビの傍にかけ寄り馬上から声をかけた。
「その鳥はもう駄目だ。早くしねェと反乱は酷くなる一方だぞ」
(その……鳥……?)
その時ビビは確かな違和感を感じた。
ウソップに取ってカル―は一緒に戦った事もある戦友でもある。
そして、情に厚いウソップが傷だらけで倒れたカル―を“その鳥”呼ばわりなど、ビビには考えられなかった。
ビビはわき上がる不安を抑えて問いかけた。
「証明してウソップさん」
「おいおい、おれを疑うのか?」
ウソップはため息をつきながら、スッと包帯の巻かれた腕を差し出した。
(違う……!!)
ビビが核心した瞬間、倒れ込んでいたカル―がビビを攫うように背に載せ走り出した。
カル―は必死に傷だらけの身体でウソップの姿をした誰かから逃げ、アルバーナ市内へと向かう。
「全員が同じ印を巻いていたと0ちゃんから報告があったんだけど……ドゥーしてバレたのかしらねい?」
不気味に独白し、ウソップだった男が、左頬に触れる。
すると、その姿がオカマへと変わった。
<マネマネの実>の能力者、Mr.2・ボン・クレーだ。
「でェ~~も~~ッ!! 逃~~~が~~~さ~~~ナイわよ~~~うッ!!」
ボン・クレーは猛烈な勢いで王女を乗せたカルガモを追走する。
アラバスタの命運をかけた命がけの追いかけっこが始まった。
◆ ◆ ◆
一味の『印』には二重の仕掛けがあった。
少しでも仲間が怪しいと感じたら、包帯を取ってその下に隠されたマーク『 × 』を見せあう。
それができなければ、相手は敵が化けた偽物。
それができて、左腕に『 × 』があれば、それが仲間の印だった。
◆ ◆ ◆
「カル―、無茶しないで!! あなたはもう走れるような体じゃ……!!」
カル―は息を切らし、小刻みに体を震わせるも、それでもビビを乗せ走る。
「逃ィ~~~がさないっつってんのよ~~~う!!
待ちなサイっテバァ~~~~!! 食ってやるわお前達ィ~~~~ッ!!」
その後ろには爆走するオカマ。
傷ついているとはいえアラバスタ最速の超カルガモにぴったりとついてきている。やたら早い足だった。
カル―はボンクレーから必死に逃げようと走る。
だが、その道のりには終点が見え始めていた。
アルバーナへと入るには今ビビの正面にある南門が近道なのだが、現在戦いの最中にあるその道を進むことはできない。
だが、カル―は真っ直ぐに走りスピードを上げた。
「カルー、ダメよ!! このままじゃ階段で追い込まれるわ!! 下ろして!! 私、戦うから!!」
カル―は止まらない。
全力で走り、そして咆哮する。
「え!? ちょっとそっちは壁ッ!!」
驚くビビを背中に乗せたまま、カル―はそびえ立つアルバーナの天然の城壁を垂直に駆け上がった。
重力に引かれ落ちる前に、一歩。
痛む体が悲鳴を上げても、更に一歩。
走るために特化した掻き爪で岩肌を掴み、更にもう一歩。
それは命がけの奇跡か、はたまた隠れていた潜在能力の発揮か、とにかく超カルガモはアルバーナの岸壁を走り抜けていた。
「ナニあのカルガモ……このアルバーナの絶壁を」
ポカンとオカマがカルガモを見上げた。
だが、カル―は絶壁を走り抜き頂上が見えた瞬間、脚を踏み外してしまった。
「が────っはっはっはっは!! バカねい!! さァ、落ちてきてオカマ拳法の餌食に……」
だが、カル―は諦めなかった。退化した翼を広げ、バサバサと羽ばたいた。
ほんの僅かだが、カル―は空を飛んだ。
そしてガシリと絶壁の頂上を掴んだ。
「何ソレェええええ!!?」
「カ、カル―!! すごいわ、あなた今空を……!! ここまでくればさすがにMr.2も追っては……」
ビビは絶壁の下で地団太を踏んでいるであろうMr.2を見降ろすと、
「ナ~~~マイキなのようっ!! カルガモ!! 王女を渡しなさい!!」
オカマが絶壁を走って来ていた。
「オカマに不可能はないのよう!! オカマ拳法"血と汗と涙のルルヴェ"!!」
カル―は慌てて絶壁をよじ上って、その身を城壁の上へと乗り上げた。
早く後ろに迫るボン・クレーから逃げなくてはならない。
だが、そこで見た光景にカル―はビビと共に茫然と立ち尽くした。
ドサリ……
もう二度と立ち上がらないであろう人間が倒れた。
ピタリとビビの頬に飛びっ散った血液が付着する。ビビの視界が真っ白になった。
城壁の上は戦いの真っ只中であった。
国王軍の誰かが数で勝る反乱軍に刺され倒れ、反乱軍の誰かが質で勝る国王軍の兵士に斬り飛ばされた。
鈍い金属音と、肉を立つ不快な音が同時に聞こえる。
銃声がそこら中から聞こえて、砲撃音は続いて、悲鳴が聞こえて、怒声は響いて……。
「カルー……この戦場を抜けられる?
まだ、反乱軍は町の中心には届いてない筈……!!」
ビビは唇を噛みしめる。
茫然と立ち尽くしている場合では無いのだ。
この乱戦の中ではコーザを探すことは不可能に近い。
「チャカを探すのッ!! 宮殿に急いで!!」
ビビの声と同時に、背後からボン・クレーが飛び出した。
カル―は勇ましく、ビビを励ますように鳴いて、戦場を駆け抜ける。
戦う人々の間を縫って、カル―はその身を前へと進める。
その時、銃声が響き、踏み込んだカル―の脚がふらついた。
「流れ弾が!!」
カル―は地面を踏みしめる。ヨロついた体を強引に前に進めた。
そのまま歯を食いしばり、背中に乗るビビを町の中心へと運んでいく。
走り抜け、戦闘地域を抜け、カル―の脚が重くなり、限界が訪れ、道の中心に倒れ込んだ。
「カル―!!」
カル―は必死で立ち上がろうとするも、もうまともに動くことも出来なかった。
「やぁ~~~っっと、追い付いたわよ~~う!! が────っはっはっはっは!!」
後ろには迫るボン・クレー。
カル―は翼を必死に動かして、ビビに先に行けと伝える。
「うん……!! うん……!! わかってる……!!」
ビビはこんな状態になってまでも自身を運んだカル―を思い涙ぐんだ。
しかし、その間もボンクレーは確実に迫って来る。
「グエェ────ッ!!」
「────よくやったな。カル―隊長、男だぜ」
今まさに飛びかかろうというボンクレーに、新たな影が飛び込んで強烈な蹴り叩きこむ。
ボン・クレーは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。
「クェ……」
安心したように気を失ったカル―に<超カルガモ部隊>の隊員達が駆け寄った。
「サンジさん!!」
「反乱はまだ止まる。だろ? ビビちゃん」
サンジはかけていたダテメガネを折り畳むと地面に放り投げた。
「そのオカマ、おれが引き受けた。行け」
ビビは頷くと、カル―を超カルガモ部隊の隊員に任せた。
そして、仲間を信じ宮殿を目指す。
「アンタァ!! ジョ~~ダンじゃな~~いわようっ!! 死になサ~~~イ!!」
「取り合えずてめェにはウチの狙撃手の大切なゴーグル……返してもらおうか」
ボン・クレーのしなやかな蹴りにサンジの蹴りが交差する。
サンジの蹴りの威力にボン・クレーの顔つきが変わった。
「さァ~~ては、お前が噂のMr.プリンスねい……」
「いや……」
サンジは放り投げたダテメガネに視線を移して、ボン・クレーの言葉を否定した。
「おれの名前はサンジ。海の一流料理人だ」
そのサンジの言葉にボン・クレーも敵愾心を燃やす。
「コック!? あちしだって一流のオカマよう!! コックが裏組織に楯突くんじゃな~~いわよう!!」
「裏稼業ならお互い様だ。おれはコックで海賊だからな」
「目には目をって訳?」
「そういうこった。この国に手ェ出すな」
そして再び、互いの蹴りが交差した。
◆ ◆ ◆
────アルバーナ南東門。
不運にもラクダと組む羽目になり、ボン・クレーに不覚を取ったウソップはサンジの要請によりチョッパーの加勢に駆けつけていた。
ウソップとチョッパーが戦うこととなった相手は、Mr.4とミス・メリークリスマスのペア。
能力により地面を自由に進むことのできる、潜入のエキスパート達である。その力は一流で彼らこそが国王を秘密裏に誘拐した張本人であった。
イッキシ……!!
風邪気味の<犬銃>がくしゃみと共に、その口から野球ボールが吐き出した。
ボールはチョッパーの頭上近くをスライス回転をかけながら通り過ぎ、地面に空いた穴からひょっこりと現れたMr.4が"四tバット"でフルスイング。
痛快な当たりで、地面にしゃがみこんだウソップの頭上へ迫り爆発する。
試合(ゲーム)はMr.4のペアが支配していた。
ミス・メリークリスマスは<モグモグの実>のモグラ人間。
Mr.4は<イヌイヌの実 モデル"ダックスフンド">を食べた銃<犬銃ラッスー>を飼いならす、怪力の四番バッターだ。
「大丈夫かウソップ!!」
「ぐ、ぐへ……な、なんとか大丈夫だ」
ウソップとチョッパーはMr.4ペアの縄張りに入り込んでいた。
縄張りの名は『モグラ塚四番街』。
地面には無数の穴が空いている。ミス・メリークリスマスが能力によって掘り抜いた地下通路だ。
Mr.4のペアはこの中を自由に移動して攻撃を仕掛けて来ていた。
「とっとくたばっちまいな、海賊共。どうせおめェらこの縄張りから出られりゃしねェーんだ」
モグラ人間のミス・メリークリスマスが地面から顔を出す。
ウソップが反撃しようとパチンコを引き絞るが、ミス・メリークリスマスは直ぐに地面の中に隠れてしまった。
その代わりに剛腕ピッチャーの<犬銃>が別の穴から現れ、爆弾ボールを吐き出した。
時速200km近くで迫る鉄造りのボールを受け止める事は難しく、ウソップとチョッパーは迫るボールを何とか回避しようする。
「カーブ!?」
カーブボールはウソップから僅かにそれ、後ろでバットを振りかぶったMr.4へと迫った。
Mr.4はバットを勢いよく振りミート。その快音にウソップは身が竦み目を閉じてしまった。
「上だウソップ!! フライだ!!」
チョッパーの声にウソップは空を見上げた。
ボールははるか上空へと舞い上がり、緩やかに落下してきた。
「四番バッターも打率十割とはいかねェか!! これなら目をつぶっても避けられるぜ!!」
安心するウソップ。
だが、フライのボールは強烈なスピンがかけられていた。
「ただの四番じゃMr.4は名乗れねェよ」
地面の中でミス・メリークリスマスは逃げるウソップへと迫ったボールにニヤリと笑う。
爆弾ボールはウソップの後方で爆発を起こした。
◆ ◆ ◆
────北ブロック、メディ議事堂表通り。
張りつめた空気の中に、鋭い金属音が交差する。
アルバーナ市内に逃げ込んだゾロとナミのコンビはMr.1とミス・ダブルフィンガーの殺し屋ペアと対峙していた。
だが、ゾロはナミと逸れてしまっていた。なぜならば、ナミを気にして戦える状況では無かったのだ。
「三刀流“牛針”!!」
「斬人(スパイダー)」
三本の刀を駆り、Mr.1にゾロは猛攻を仕掛けた。
対するMr.1は拳を合わせ、目を閉じ、静かに不動の構え。
交錯は一瞬。
ゾロが野牛のような突進と共に繰り出した刺突をMr.1は鋼の肉体で受け止める。
「チッ……」
ゾロが舌を打つ。
手ごたえは十分。だが、Mr.1はまったくの無傷だ。
「──つまりは、体も"刀"の硬度。鉄でも斬れなきゃお前は斬れないと……」
「そういうことだ。打撃斬撃はおれには効かん」
<スパスパの実>の全身刃物人間。
Mr.1は全身凶器の武道家だ。体中が鉄の硬度であるMr.1は剣士のゾロにとって手も足も出ない存在だった。
「成程まいった。鉄を斬れねェ今のおれじゃお前には勝てねェ」
「フン、ならばどうする。黙って殺されるか?」
「いや、おれはお前に同情するよ……」
ゾロは刀を鞘に納め、羽織っていた外套を脱ぎ棄てた。
そして、腕に巻かれたバンダナを頭にきつく巻き、気合を入れる。
「こう言う境地をおれは待っていた。そろそろもう一段階強くなりてェと思っていたところだ」
ゾロは飢えた狼のような獰猛な目で、悠然と立つMr.1に向き合う。
腰元から刀を二本抜いて、切っ先を揺らし、Mr.1を挑発する。
「おれがお前に勝った時……おれは鉄でも斬れる男になっているというわけだ」
Mr.1を踏み台にすると宣言するゾロに、Mr.1は鼻を鳴らして返す。
「意気込みに水を差すようで悪いが、おれは今まで剣士と名乗る者に一度も傷をつけられたことはない」
「ああ、よくわかった。だが、そういう思い出話はアルバムにでもしまっときな。
過去にどれだけの剣士と戦ってきたか知らねェが、おれとお前は今まで会ったことがねェんだからよ」
「口先だけは切れるようだな」
「そりゃどうも、タコ入道」
飛び込んで来たMr.1の大剣のようなカカト落としを、ゾロは刀を交差させ受け止めた。
「何分持つかだ」
「お前がな」
◆ ◆ ◆
────北ブロック、メディ議事堂裏通り。
ゾロと逸れ、裏路地に隠れたナミの肩口を鋭い棘が貫いた。
鋭い痛み。ナミは咄嗟に前へと転がり、追撃をかわす。
ナミの判断は正しく、先ほどまでナミが背を預けていた石壁をプスプスとまるで布に針を通すように、硬質の棘が貫いた。
棘は石壁をくりぬいて、そこにドアのような穴を空け、その向うからミス・ダブルフィンガーが現れる。
「フフフ……逃げても無駄よ、お譲ちゃん」
<トゲトゲの実>の棘人間。
ミス・ダブルフィンガーは全身から石壁をも軽く貫通するような硬質の棘を出すことができた。
「くっ……」
「あら、まさか私と戦う気?」
ナミは収納していた三節昆を取り出す。
ミス・ダブルフィンガーはそんなナミを笑った。
航海士としての腕は群を抜いて優れているものの、こと戦闘においてナミはただの小娘でしか無かった。
ミス・ダブルフィンガーも先程から逃げ回るナミを見て、その事に気が付いていた。
「なめないでほしいわね。勝算だってある!!」
ナミは組み立てた三節昆を構えた。
<天候棒(クリマタクト)>ナミがウソップに頼み込み作らせた、新兵器だ。
ウソップの言葉を信じるならば<天候棒>は“雲を呼び、雨を呼び、風を呼ぶ、天変地異の奇跡の棒”であるらしい。
言葉通りならば、航海士のナミに取ってこれほど心強い武器は無かった。
「まずは“晴れ”ッ!!」
突如、攻勢に出たナミにミス・ダブルフィンガーが身構えた。
ナミの持った天候棒は変形し綺麗な正三角形を作る。
「ファイン=テンポ!!」
ポン。
鳩が出た。
「アホかァ!!」
「……あ、あなた大丈夫?」
ナミが物凄い勢いで落ち込んだ。
余りの落ち込みっぷりに思わず敵が声をかける程だった。
だが、ナミは何とか気を取り直し、再び天候棒を変形させる。
仲間は信じるものだ。ウソップは戦えるようになりたいというナミの強い要望に答えてくれる筈だ。
ナミは説明書の中から使えそうな天候を選択する。今度は小銃のような形だ。
「クラウディ=テンポ!!」
ポン。
花が出た。
「勝てるかァ!!」
ナミは取り合えずこの戦いで死んだらウソップを呪うことを決めた。
訳のわからない宴会用の小道具のような武器を手に、ナミは泣きそうなほどピンチであった。
だが、そんなナミに付き合うほどミス・ダブルフィンガーは甘くはない。
「ダブルスティンガー」
ミス・ダブルフィンガーは容赦なく棘と化した両腕でナミをハチの巣にしようと襲いかかる。
ナミはそんなミス・ダブルフィンガーから逃げ回り、説明書を手にしながら打開策を考えるしかなかった。
◆ ◆ ◆
────南ブロック、ポルカ通り
「ムートンショット!!」
「白鳥アラベスク!!」
サンジの黒足とボンクレーのトーシューズがぶつかり合う。
役者は躍り、衝撃は舞台を揺らす。
互いの渾身の一撃は両者の間で拮抗を生み、炸裂するように解放された。
サンジとボンクレー双方の身体が吹き飛び、また、市街地を破壊していく。
「……この野郎……!!」
「何ちゅう蹴りを……あちしのオカマ拳法に張り合うなんて……!!」
ボン・クレーを引き受ける事となったサンジは、オカマ拳法を扱うボン・クレーと壮絶な打ち合いを演じていた。
サンジの目算では実力は拮抗。もしくは己が少し上。ボン・クレーもまたサンジと同じように考えていた。
互いに傷だらけで、全身がボロボロ。
サンジは<赫足のゼフ>から教わった、コックの魂である腕を封印した脚技。
ボン・クレーはオカマ道を突き進み、レッスンで鍛え上げた爪先。
意地と技。脚と爪先。
両者の戦いは互いの生き様のぶつかり合いにも似ていた。
「もォ~~~分かったわよう!! こっからが本気!!」
「やってみろ」
ボンクレーはニヤリと笑い、そっと自身の右頬に触れた。
◆ ◆ ◆
「ウェあ!!」
隙をつき、路地裏に身をひそめていたコーザが国王軍の兵士に飛びかかり斬り倒した。
勝利の余韻に浸る暇もなく、コーザは身を翻しまた物陰に身をひそめる。
直後、そこを通り過ぎる弾丸。戦場においては一瞬の隙が命取りとなった。
「大丈夫か、コーザ」
同じく反乱軍の兵士がコーザと同じように身をひそめる。
兵士は銃撃が止んだ瞬間に国王軍へと向けて弾丸を撃ち込み、またその身を物陰に隠した。
「馬を何とか奪いたい」
「馬? お前何をするつもりだ」
「宮殿に向かい、コブラに降伏を要求する」
「バカ言え!! 宮殿にはぺルとチャカを含む国王軍の本隊があるんだぞ。
おれ達だってまだ集結しきっていない。お前一人が突っ走る必要なんてないんだ!!」
数において圧倒的に上回る反乱軍であったが国王軍の抵抗は思った以上に激しかった。
国王軍は数では劣るものの、反乱軍に比べ、武器の質も、錬度もずっと高い。それ加え、彼らは街の地形を巧みに使い防御を固めていた。
コーザ率いる反乱軍の第一軍だけではまだ拮抗状態を破りきれていない状況だった。
「……もう遅いくらいさ」
皮肉げに笑い、コーザはその身を躍らせた。
◆ ◆ ◆
戦場の狂乱が鳴動し、渦のように天まで昇り響き渡って行く。
戦地となったアルバーナから離れた岸壁の傍に、誘拐された国王コブラの姿はあった。
コブラは両手両足を縛りつけられ、声を出せないように口枷まで噛まされている。
捕らえられた国王に民の怒りを鎮める力は無く、ただ無力を実感しながら座り込むしかなかった。
「気分はどうだ?」
クレスは悔いるように固く目を閉じていたコブラに語りかけた。
その傍にはロビンの姿もあった。
コブラは現れた二人に言葉は無くとも厳しい視線を向けた。
「……聞かれるまでもねェか」
クレスはコブラに近付くと噛まされていた口枷を外す。
「貴様らは……!!」
「久しぶりだな……Mr.コブラ。
質問はしてもいいが特に答えるつもりはない」
クレスは更にナイフを取り出し、コブラの脚を縛っていたロープを断ち切った。
「立て。これから宮殿へと向かう」
「宮殿だと?」
クレスに続き、ロビンが無機質な声でコブラに告げる。
「クロコダイルがあなたに話があるわ。
もしかしたら、あなたの大切な王女様も来ているかもね」
コブラはうめき声にも似た声を上げる。
だが、クレスとロビンはコブラを完全に黙殺した。
「反抗は認めない。今はただ黙って宮殿へ向かえ」
二人は冷徹な仮面を被る。
それは夢のためへの道筋ではあったが、余りにも険しく、何処までも残酷であった。
「御覧の通り、反乱は起こった」
「わかるでしょ? ……大人しく言うことを聞きなさい」
クレスは強制的に立ち上がらせたコブラの腕をねじあげ、反攻の意志と、意味を奪い去る。
「……この国を救いたければ奇跡にでも祈るんだな」
そんな事を呟いた。
あとがき
今回も二本立てです。
開き直って原作を文章に起こしています。
こうなれば、どう削るかよりも、どう見せるかを考えて、皆さまが飽きないようにしていきたいです。