町は熱狂に包まれていた。
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
乱舞する歓声の中心には一人の男が不敵な笑みと共に立っていた。
がっしりとした体型に鉤手の男だ。顔には巨大な傷跡が走り。爬虫類のように温度の無い瞳をしていた。
“海賊”サ―・クロコダイル。<七武海>の一角を占める元賞金首にしてアラバスタの民衆の支持を一挙に受ける男だ。
その傍にはミイラのように干からびた海賊の船長が横たわっている。
かろうじて生きてはいるものの、その眼には数分前までに宿っていた暴力的な光は無く、今は完全に恐怖に挫け血走っていた。
名も知らぬゴミを見下し、クロコダイルは腕を掲げた。
その瞬間、砂塵が吹き荒れ、逃げ惑っていた海賊達を巻き上げる。
海賊達の悲鳴を呑み込むように吹き荒れる砂嵐。その後に立ちあがれる者は一人としていなかった。
この一瞬で町を襲っていた海賊達は一人残らず掃討された。
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
内乱中の国は海賊達にとって格好の的であった。
しかし、クロコダイルは国王軍よりも早く迅速にその全てを屠って来た。
そのため、アラバスタの民たちは狂喜に踊り、クロコダイルを<英雄>と称えた。
「クッハッハッハッハ!! 黙れ愚民ども!!」
止まぬ歓声。
だが、クロコダイルはそんな彼らをを見下し拒絶する。
「そう言ってアンタはいつもオレ達を助けてくれるんだ!!」
「素敵!!」
「クロコダイル万歳!!」
しかし、民は叫びクロコダイルの全てを称賛する。
内乱により国王の権威が失墜する今、アラバスタの民はクロコダイルという圧倒的なカリスマを持つ<英雄>の虜となっていた。
───砂漠の王!!
───アラバスタの守り神!!
───サ―・クロコダイル!!
その歓喜を背にして、クロコダイルは口角を釣り上げた。
第九話 「虚像」
───皆、お願い。あの男に騙されないで……!!
───あの男は英雄なんかじゃない!!
───クロコダイルはアラバスタを乗っ取ろうとしているの!!
───私はアイツの野望を暴いて見せるから!!
───パパ、コーザ。だから戦わないで……!!
<ゴーイングメリー号>は二本のマストに一杯の風を受け海を行く。
一味は指針に従い目指した<リトルガーデン>においてバロックワークスのエージェントからの妨害を退け。
突如航海士を襲った病を回避するために立ち寄った<ドラム王国>で前支配者を下し、船医を仲間に迎えた。
過酷な困難に見舞われたものの<麦わらの一味>はその困難を切り抜け、今は一直線にアラバスタ王国を目指していた。
「……全然釣れねェじゃねェか、ウソップ」
「それはな……ルフィ!! お前が餌を食っちまうからいけねェんだろうが!! 餌がなきゃ釣れるもんも釣れねェよ!!」
「お前だって食っただろ」
「オレは蓋の裏に付いていたヤツだけだ!!」
船は今極限状態にあった。主に食料面で。
食料は計算してアラバスタまでの間ちゃんともつ量が載せてあった筈だった。
しかし、アラバスタへの到着にあと何日かを残した状況でそれが尽きてしまったのだ。
仕方がないから釣り糸を垂らすことになったのだが、適当に釣りを行ったところで魚が釣れる訳でもなく、鳴り続ける腹を納めるために大食らいのルフィをはじめとした面々は餌にまで手を出してしまった。
催促するようにルフィの腹が鳴った。やるせない程に腹が減っていた。
「おい、サンジ。ホントにもうメシないのか?」
釣り糸を垂らすことに飽きてきたルフィが通りかかったサンジへと問いかける。
「ねェよ!! ほとんどお前が食ったんだろうが!!」
と言いつつ、女性陣のナミとビビの分はこっそりと隠してあった。
この船ではこれくらい知恵を回さなければレディ達に快適な食生活を提供できない。
「ルフィ諦めろって。
無いもんはしょうがねェ。今は当たりが来るまで待つしかねェだろうが」
「待つったって、おれは飽きたぞ」
「いいかルフィ。釣りってのは無心でやるもんだ」
「無心ってなんだよ」
「む、無心ってのはな……何も考えないこと何じゃねぇのか」
「じゃぁ、ボーっとすんのか?」
「いや違うだろ」
「ぼー」
「いやだから違うって」
「ぼー」
「…………」
「ぼー」
「…………」
「ぼー」
「…………ぼー」
そして、完全に脱力する二人。
こんな二人が垂らす餌なしの針にはよほど飢えている魚でもかからないだろう。
「……気合入れてやろうかクソ野郎ども」
ガン、ガン!! バカ二人にサンジの踵が食い込んだ。
タンコブを作った二人は無言で釣り糸を垂らした。
「はぁ、せめて魚釣りとかに精通してるヤツがいればな」
「いや、いくらなんでも餌なしじゃ釣れねェだろうよ」
「じゃあ潜ってとって来てくれたらいいのに」
「……サンジ、おめェ何とかなんねェのか?」
煙草をふかし一服ていたサンジにウソップが問いかけた。
サンジは<能力者>では無いにも関わらず無類の強さを誇る人間だ。
「まぁ、出来ねェ事はねェだろうよ。オレでもそこで爆睡しているアホ剣士でもな」
ただ……。と言い、サンジは煙を吐き出した。
「この海の海流にのまれず。この海で泳ぐ魚に追い付ければの話だ。
普通の魚なんかはたぶん無理だろうな。海の中でも海王類が襲って来れば蹴り飛ばしてやれるが、追いかけるのなら無理だ。
オレは泳げねェ訳じゃねェが、魚よりも早く泳げる訳じゃねェし息も永遠には続かない。それに海に潜ったとしても常に獲物がいる訳じゃねェ」
体力の面などからも考えて、海に入ることは相当のリスクがあった。
知識の無い素人がただ適当に海に潜るというのは相当危険だ。
それに、自分達よりも遥かに遅い人間に追い付かれる程魚も愚かでは無い。
浅瀬ならば変わってくるのだろうが、遠洋での素潜りの漁というのは無意味と言っていい程に無謀だった。
残る方法は自らを餌として海王類や海獣をおびき寄せる方法なのだが、これも相当難しい。やろうと思う人間はまずいないだろう。
「それにオレは<コック>だ。食料を取るのは専門外だな」
「やっぱりそうか。狩りをするには待ち伏せや、後は専門的な道具を使うしかねェか。
そうなると考えモンだな。<食料調達員>ってのはこの船じゃ必要不可欠に思えて来たぜ。
<リトルガーデン>みたいに無人島に上陸する可能性もあるし、今回みたいに海の上で食料が尽きる可能性もあるしな」
「まぁ、そういうこった。
おれも食料が“食えるか”それとも“食えねェか”ぐらいなら分かるが、それがどこに生息してるとかは基本的なことしか分からねェよ」
話は終わりだ。無駄口叩いてないで釣れ。釣れなきゃお前らメシ抜きだ。とサンジはルフィとウソップを促す。
「決めた」
その時、黙って話を聞いていたルフィが口を開いた。
「仲間にしよう」
「はぁ?」 「ん?」
「メシとれるヤツ!! そいつ仲間にするぞ!!」
釣り竿を持ったままルフィは両手を上げ宣誓した。
が。
その次の瞬間ルフィのお腹が大きく鳴った。
どこまでも能天気なルフィにウソップとサンジはため息をついた。
◆ ◆ ◆
「アレは何?」
甲板から前方を眺めていたビビはその光景に驚く。
何も無い海から硫黄の匂いと共に無数の煙が上がっていた。
グランドラインは未知が多い。もしかしたら重大な危険を孕んでいるかもしれなかった。
「……ああ、大丈夫。
何でも無いわ。ただの蒸気」
ビビの疑問に航海士のナミが答えた。
「蒸気が海から?」
「ええ、ホットスポットよ」
「ホットスポットってなんだ?」
<ヒトヒトの実>を食べたことによって人間の能力を得たぬいぐるみのような青鼻のトナカイ。
新たに一味に加わったしゃべる動物。<船医>のトニー・トニー・チョッパーがナミに問いかけた。
「マグマの出来る場所のこと。この下には海底火山があるのよ」
「海底なのに火山なのか?」
「そうよ、火山なんてむしろ地上より海底の方がたくさんあるんだから。こうやって何千年何万年後にこの場所には新しい島が生まれるの」
「なんだかすごい場所みたいねここは……」
「そうよ」
そして<ゴーイングメリー号>は煙の中へと進んだ。
火山の熱によって引き起こる水蒸気の為、煙の中はかなり硫黄臭い。
視界を完全に奪われ、そしてその煙を抜けた時。
「「うわァあああああああああああああああ!!!」」
ルフィとウソップの素っ頓狂な叫び声が響いた。
その声を聞きつけ、ビビ達がが釣りをしていた二人へと急ぐ。
そこには、グンと撓る釣り竿を持ったルフィとウソップの姿。
食糧難のこの船では獲物がかかったということは喜ばしい事なのだが、二人の顔は死体でも釣りあげたかのように強張っていた。
「……………」
そこには何故かバレリーナもどきの変態がいた。
「オカマが釣れたァ!!」
何故か釣れたバッチリメイクのオカマ。
オカマの方も自分の状況が分からないようで茫然としていた。
「クエェーッ!!」
オカマにしがみつかれていた超カルガモのカル―が嫌そうに鳴いた。
「カルーに何してんのよ!!」
「ぐへっ!!」 「ぐおっ!!」
ビビは相棒のカル―を餌にしていた二人をシバキ倒す。
カル―が早く取ってくれともう一度鳴く。
「シィ~~まったァ!! あちしったら何出会いがしらのカルガモに…………」
そんな事を言いながらオカマが海に落ちた。
「いやーホントにスワンスワン」
海に落ち、引き上がられたオカマは手刀をたて感謝の意を述べた。
その後はオネェ言葉でスープをねだったが食糧難の一味のブーイングを浴びる。
一味としてはバレリーナもどきの変態など助ける義理も無かったが、目の前で溺れているのをほっとくのも目覚めが悪いので助ける事にした。
「おめェ泳げねェんだな」
「そうよう、あちしは<能力者>なのよう」
「へぇ、どんな能力なんだ?」
興味が湧いたのかウソップが尋ねた。
<悪魔の実>とは世界中に散らばった海の秘宝だ。
一味にも二人能力者がいるのだが亜種多様々の能力は見て飽きるものではない。
「そうねい。じゃあ、あちしの迎えの船が来るまで慌ててもなんだしい。余興代わりに見せてあげるわ」
そう言うとオカマは近くにいたルフィの胸倉を片手で掴みあげると、その顔面に向かって強烈な掌底を喰らわせた。
その余りの衝撃にルフィが吹き飛び、後ろの船室の壁を突き破った。
色めき立つ一味。
様子をうかがっていたゾロがすかさず刀を構えた。
「待ーって、待ーって、待ーってよーう。余興だって言ったじゃなーいのようっ!!」
オカマがゾロに両手を掲げ制した。
“今吹き飛ばされたルフィの声”で。
「な……!?」
ゾロの顔が凍りついた。
「ジョーダンじゃないわよ―う!!」
そこにいたのは。
「は……? おれだ!!」
吹き飛ばされたルフィが無傷のまま起きあがってオカマを見て驚いた。
「がーっはっはっはっは!! びびった? びびった?」
そこにはもう一人のルフィがいた。
顔、身長、体格、声色に至るまですべてが鏡に映ったかのようにそっくりに“マネ”られていた。
「左手で触れればほら元通り。これがあちしの食べた<マネマネの実>の能力よ~~~う!!」
オカマは左手で頬に触れ、元の姿に戻る。
ウソップとナミは声を失い。チョッパーは小さな体で驚きを表す。ルフィは目が飛び出る程に驚き「スゲェェ!!」と声を上げている。
オカマはそのどさくさにまぎれ近くにいた一味の頬に触れていく。
「この右手で」
ウソップの姿で。
「顔にさえ触れれば」
ゾロの姿で。
「この通り誰のマネでも」
チョッパーの姿で。
「で~~~~~きるってわけよう!!」
ナミの姿で。
オカマは自らの服にそのままの姿で手をかけ。
「……体もね」
バッと本人の前で色っぽく服をはだけて見せる。
我関せずを決めたゾロ以外の、男衆が食い付いた。
「やめろ!!」
当然のごとくナミが鉄拳制裁をオカマに喰らわせる。
のぞき見た男衆もついでに殴られた。
「さて、残念だけどあちしの能力はこれ以上見せる訳には……」
「お前スゲェー!!」「もっとやれ!!」
「さーらーに!!」
ノリノリでオカマは続けた。
「メモリ機能付き!!」
オカマが顔に触れる。するとその瞬間か顔がルーレットのように変化する。
男に女。
子供に老人。
そこに性別や年齢の垣根など無い。
老若男女如何なる姿もオカマとっては分け隔てなく“マネ”る事が出来るのだ。
(………えっ?)
オカマの気持ち悪さに少し引いていたビビだったが、オカマがある男に変身すると、その目を見張った。
どうして……? 疑問よりも衝撃が勝った。
その姿にはどうしようもなく見覚えがあったのだ。
意気投合したオカマとルフィ、ウソップ、チョッパーの三バカは手を取り踊りだしたりもしたが、不意に別れの瞬間は訪れた。
突然の別れに三バカは涙する。
「悲しむんじゃないわよう。旅に別れはつきもの!!」
オカマは三バカに背を向ける。
背中のコートに書かれた『オカマ道』が揺らめいていた。
そしてオカマは親指を立て、目頭を熱くしながら笑う。
「友情って奴ァは……付き合った時間とは関係ナッシング!!」
オカマはつま先で船の欄干を蹴り、自らの船に飛び乗った。
そして部下へと檄を飛ばす。
「さァ、行くのよお前達っ!! サンデーちゃんとジョーカーちゃんが待ってるわ!!」
「ハッ!! Mr.2・ボンクレー様!!」
オカマを乗せ白鳥船は瞬く間に遠ざかった。
その船影を茫然と見つめて、去り際に放たれた言葉に一味は言葉を失った。
『───Mr.2!!?』
今通り過ぎたオカマは敵であるバロックワークスのエージェントの一人だったのだ。
「ビビ!! お前顔知らなかったのか?」
「……ごめんなさい。私Mr.2とMr.1のペアにはあった事が無かったの。
能力も知らないし……噂には聞いてたのに……Mr.2は……」
ビビが自らの過ちに項垂れる。
「大柄のオカマでオカマ口調。白鳥のコートを愛用してて、背中には『オカマ道』と……」
「「「気付けよ」」」
後の祭りである。悔やんでも仕様が無い。
だが、ビビは重大なことに気付いていた。
「さっきあいつが見せたメモリーの中に父の顔があったわ。あいつ父の顔を使っていったい何を……」
ビビの声が沈む。
アラバスタを乗っ取ろうとしているバロックワークスが自由に国王コブラの顔を使えるとすれば、
「……相当、よからぬことが出来るよな」
ゾロが懸念を口にする。
国王の顔を自由に使える。これほどアラバスタの崩壊に有効な手段は無い。
「厄介な敵を取り逃がしちまったな」
「あいつ敵だったのか?」
腕を組むウソップに困惑するチョッパー。
「確かに厄介な敵ね。
あいつがもし私達を“敵”と認識しちゃって、さっきのメモリーでこの中の誰かに化けられたら、私達は仲間を信用できなくなる」
ナミの言葉にビビが息を飲んだ。
一味の結束は固い。しかし、あのオカマが能力を使えばいとも簡単にそれも崩壊するだろう。
正面から力で向かってくる相手には強いのだが、こういった絡め手は一味の不得手とするところだ。
一味はその事実に頭を抱えた。
「……そうか?」
だが、船長のルフィだけは違った。
それはただの楽観か。
それとも何も考えていないのか。
────しかし、それは確信でもあった。
「あのね、ルフィ……」
ナミが呆れたようにルフィに事の重大さを説明しようとするが、それはゾロに阻まれた。
「いや、コイツの言う通りだ。
確かにコイツの言うことには根拠はねェが、アイツにビビる必要は無いって点では正しい」
ゾロは鋭い目で笑みを作る。
「今アイツに会えた事をラッキーだと考えるべきだ。
───対策が打てるだろ?」
◆ ◆ ◆
アラバスタには巨大なサンドラ河が島を分断するように流れている。
アラバスタでは水路よりも陸路を行くのが一般的な為運河は余り発達はしておらず、王都からも遠方にあるために今は半ば放置された状態となっていた。
そのサントラ河のレインディナーズ側の岸に珍しく一艘の船が止まっていた。
「こんなもんアルバーナに運んでどうすんだよ?」
「オレが知るか。どうせ、ボスには壮大な考えがあるんだろうよ」
「たっく、秘密主義ってのも分かるが訳も分からず使われる側になってみろってんだ」
「分かってたってどうせ意味なんてねェよ」
「あァ?」
「末端のおれ達<ビリオンズ>ができる事なんてたかが知れてんだろうが」
「チッ……誰かフロンティアエージェントのナンバーズでも死なねェかねぇ」
「それなら、たしか何人かエージェントがやられたって噂だぜ」
「バーカ、ありゃオフィサーエージェントの話だろうが」
「え? どうしてだ? 繰り上がりで昇格するかも知れねェじゃねェか?」
「よく考えろ。オレ達やフロンティアエージェントの連中があんな化け物どもの変わりなんてなれるかよ」
「あ~納得」
「───おい、バカな事言ってねェで作業しろ」
男達は愚痴を漏らしながらも黙々と作業を続けた。
一般の運送船をを装った船には厳重に封をされたあるものが積まれていた。
その積み荷が何か男達は知らない。
その積み荷が何に使われるかも男達は知らない。
そして、その積み荷が何に使われるかを知ってはいけない。
完璧な秘密主義。
完全なる“謎”。
それが男達が所属する組織バロックワークスの社訓だった。
やがて作業も終わり、後はチェックを済ませて出港する手筈となっていた。
「……やっと終わった。
後はこれを向こう岸に運んで王宮に潜入した奴らに引き渡すだけか」
「めんどくせェ」
「オラ、休んでんじゃねェ。これから出港だ」
「そんな事言ってもよ。だりぃモンはだりぃんだよ」
「同じく~」
「早くしろ、時間内に終わんねェとヤべェだろうが」
「あー、何もしたくない」
「そうだ、そうだ」
「おい、いい加減にしろ」
仕切り役が苛立った声を上げ、ようやく男達は動き出した。
そして片方の男が仕切り役に聞こえないようにぼそりと呟いた。
「くっそ……こうやる気が出ないのは全てMr.ジョーカーのせいだ。
何が私兵だふざけやがって……よりにもよってオレ達の心のオアシスだったミス・オールサンデーのファンクラブまで潰さなくてよかったのによ」
「ん? お前もしかしてファンクラブのメンバーだったのか?」
「もしや、……お前もか!!」
「もちろんだ朋友よ!!」
そして互いに抱擁を交わした。無駄に熱い抱擁だった。
補足を入れると、ファンクラブなどの組織も秘密主義で互いの顔を知っている者は少ない。
「忘れもしないぜ。あの血に染まった暗黒の日を……!!」
「ああ、倒れた朋友の屍を乗り越えて一心不乱に逃げた屈辱を……!!」
「立ち向かおうとして怖すぎて二秒で断念した決断力(ファインプレー)を……!!」
ひとしきり涙を流し、男達は互いに笑いあった。
そこには同じ困難を乗り越えたものが浮かべる笑みがあった。
「こんなところで朋友に巡り合えるとは……神に感謝しよう」
「ああ、今宵の任務明けの酒は極上に違いない」
「ところで、貴公はどこに?」
「私はあのミステリアスな妖艶さにおもに胸に」
「かく言う私は、あの黄金律のような完璧なプロポーションにおもに太腿に」
口調も変わる。ノリノリだった。
ひとしきり熱く語り合い互いに男の笑みを浮かべた。
「ああ、あの母性の塊に抱かれる瞬間を何度夢見たことか」
「あっ、それならオレは膝で癒されたい」
「──────で、遺言はそれでいいのか?」
その声に、男達はギギギ……と壊れかけの機械のように後ろを振り向いた。
「確実に殲滅したと思ってたんだがな……」
そこには、バキボキと指を鳴らしながら、凍てつくような理不尽な怒りを目に宿して、死神──────Mr.ジョーカーが立っていた。
「三秒やる。神に祈れ」
……あの、ヒップラインも素晴らしい。
これが男達が最期に思ったことだった。
「責任者は?」
指先を赤く染めながらMr.ジョーカーは運送船に乗る部下達に問いかけた。
傍にはかろうじて生きているであろう男達が横たわっている。
「わ、私です」
仕切り役の男がおずおずと手を上げた。
先程の惨劇でその顔は青白く引きつっていた。
Mr.ジョーカーは腕を刀のように振るい、指先についた汚れを飛ばす。
「お前か」
Mr.ジョーカーは責任者の前までやって来ると運送船を指した。
「悪いが任務の変更だ。
物資の運送は一端中止。お前達はこのまま元の所属に戻れ」
「……中止ですか?」
「ああ。
理由は聞くな。オレも知らん」
突然の任務の中止宣告。
通常なら理由ぐらいの通達ぐらいはある筈だ。しかし、組織形態上それも無い。
責任者の男は自らの労働が徒労となったことに憮然となったが、組織に所属して長いため諦めのように従うことしか出来ない事を知っていた。
「では、この船は?」
「アレはこっちで受け継ぐ。
今回の事はオレがボスに告げておこう。お前達は帰って休むと良い」
「は、はぁ」
話はこれで終わりらしく、Mr.ジョーカーは船に乗り込むと出港の準備を始めた。
納得がいかないままだったが、責任者の男はかろうじて生きている社員を連れ町に戻った。
一度だけ後ろを振り向いた時、Mr.ジョーカーが積み荷を見ながら何かを呟いていた。
◆ ◆ ◆
「とにかくしっかり締めとけ。今回の相手は謎が多すぎる。
あんな奴が敵にいると思えば迂闊に単独行動も取れないからな」
手首に布をほどけないように結びつけながらゾロが言った。
ゾロだけでは無く一味の全員がそれぞれの腕に布を巻いていた。
「……なるほど」
「確かにこれは効果的ね」
ナミとビビが互いに布を結び合いながら感心する。
「そんなに似ちまうのか? その……<マネマネの実>で変身されちまうと?」
Mr.2が船にやって来ていた時に唯一姿を見せなかったサンジがふと疑問に思った事を聞いた。
「そりゃもう“似る”なんて問題じゃねェ、“同じ”なんだ。
おしいなーお前、見るべきだったぜ。おれたちなんて思わず踊ったほどだ」
「おれァ、オカマにゃ興味ねェんだ」
それが一味がこうして布を巻いている理由だった。
Mr.2の<マネマネの実>の力は手で触れた相手に変身することができる事だ。
だからこうして、仲間を見失わないように『仲間の印』をつける事で混乱を防ごうとしていた。
「おれは何をすればいいんだ?」
途中で仲間になったチョッパーが自らの役割を問う。
「出来ることをやればいい。それ以上はやる必要はねェ。
勝てねェ敵からは逃げてよし!! 精いっぱいやればそれでよし!!」
「……お前それ自分に言ってねェか」
「クエッ!!」
微妙に弱気にウソップがチョッパーと自分を激励する。
チョッパーは小さな蹄をぐっと握り、サンジはカル―にも布を巻いた。
それぞれの思いを胸に船はアラバスタの港へと近づく。
ビビはこれから起こる戦いに思いを馳せた。
この先にどんな未来が待っているかは分からない。
バロックワークスは巨大な組織だ。
最終作戦の発動が秒読みの今、<七武海>であるクロコダイル始めとした組織の実力者であるオフィサーエージェントも集結し、戦いは苛烈さを増すだろう。
この組織の計画を暴き、戦争を止める。しかも味方はたった六人の少数海賊だけだ。
だが、それでも何故か大丈夫だと思えてしまう。
共に苦難を乗り越えたこの大切な仲間と一緒ならきっとどんなことでも出来る。……そんな気がした。
「よし、これから何が起こっても左腕のこれが─────」
「──────仲間の印だ」
ルフィ、
ゾロ、
ナミ、
ウソップ、
サンジ、
チョッパー、
そして、ビビとカル―。
ルフィの言葉に一味は円を組み左腕を突き出す。
「じゃあ、上陸するぞ!!」
ルフィがアラバスタを視界に入れ、頼もしい笑みを見せた。
「メシ屋へ!! ……あと、アラバスタ」
『ついでかよ!!』
一切の緊張感も無い、いつもの様子の仲間達を見つめながら、ビビは心強く『仲間の印』を見つめ、大切に手を添えた。
あとがき
アラバスタ本格始動ですね。今回は一味メインの話です。
書かせて頂いて思うのですが、ワンピースのキャラを書くのはとても楽しいです。
一人一人のキャラが生き生きとしていてこちらまでパワーが出てきますね。
次も頑張りたいです。