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No.11290の一覧
[0] 【完結】幼なじみは悪魔の子 (ワンピース オリ主)  [くろくま](2012/05/21 00:49)
[1] 第一部 プロローグ 「異端児」 [くろくま](2010/03/27 22:21)
[2] 第一話 「母親」  [くろくま](2010/01/15 22:03)
[3] 第二話 「慈愛」 [くろくま](2010/01/15 22:06)
[4] 第三話 「訪問者」[くろくま](2009/11/16 22:22)
[5] 第四話 「悪魔の実」[くろくま](2009/10/31 10:08)
[6] 第五話 「日常」[くろくま](2009/10/31 10:15)
[7] 第六話 「別れ」[くろくま](2009/10/30 22:56)
[8] 第七話 「血筋」[くろくま](2009/09/10 19:51)
[9] 第八話 「秘密」[くろくま](2009/09/11 20:04)
[10] 第九話 「どうでもいい」[くろくま](2009/09/11 20:13)
[11] 第十話 「チェックメイト」[くろくま](2009/09/11 20:26)
[12] 第十一話 「最高手」[くろくま](2010/03/13 12:44)
[13] 第十二話 「悪魔の証明」[くろくま](2009/09/11 20:31)
[14] 第十三話 「お母さん」[くろくま](2009/09/11 20:40)
[15] 第十四話 「ハグワール・D・サウロ」[くろくま](2009/09/09 19:55)
[16] 最終話 「if」 第一部 完結[くろくま](2009/09/13 00:55)
[17] 第二部 プロローグ 「二人の行き先」[くろくま](2009/11/16 22:34)
[18] 第一話 「コーヒーと温もり」[くろくま](2009/11/16 22:37)
[19] 第二話 「老婆と小金」[くろくま](2009/11/16 22:47)
[20] 第三話 「遺跡と猛獣」[くろくま](2009/09/22 00:15)
[21] 第四話 「意地と酒」 《修正》[くろくま](2010/07/24 09:10)
[22] 第五話 「意地と賞金稼ぎ」 《修正》[くろくま](2010/07/24 09:06)
[23] 第六話 「意地と残酷な甘さ」 《修正》[くろくま](2010/07/24 09:02)
[24] 第七話 「羅針盤と父の足跡」[くろくま](2009/09/27 02:03)
[25] 第八話 「クジラと舟唄」 [くろくま](2009/10/02 00:50)
[26] 第九話 「選択と不確かな推測」[くろくま](2009/10/05 19:31)
[27] 第十話 「オカマと何かの縁」[くろくま](2009/12/20 00:51)
[28] 第十一話 「オカマとコイントス」[くろくま](2009/12/20 00:52)
[29] 第十二話 「オカマと鬨の声」[くろくま](2009/12/20 00:54)
[30] 第十三話 「オカマと友達」[くろくま](2009/12/20 00:57)
[31] 第十四話 「オカマと人の道」[くろくま](2009/12/20 01:02)
[32] 第十五話 「オカマと友情」[くろくま](2009/12/20 01:02)
[33] 最終話 「洞窟と水面」 第二部 完結[くろくま](2009/11/04 22:58)
[34] 第三部 プロローグ 「コードネーム」[くろくま](2010/01/11 11:13)
[35] 第一話 「再びのオカマ」[くろくま](2010/01/11 11:23)
[36] 第二話 「歯車」[くろくま](2010/01/11 11:29)
[37] 第三話 「あいまいな境界線」[くろくま](2010/01/11 11:46)
[38] 第四話 「裏切り者たち」[くろくま](2010/01/11 11:50)
[39] 第五話 「共同任務」[くろくま](2010/01/11 12:00)
[40] 第六話 「歓迎の町の開幕」[くろくま](2010/01/11 12:16)
[41] 第七話 「歓迎の町の邂逅」[くろくま](2010/01/21 23:38)
[42] 第八話 「旗」[くろくま](2010/02/21 22:04)
[43] 第九話 「虚像」[くろくま](2010/02/07 23:53)
[44] 第十話 「ユートピア」[くろくま](2010/05/30 00:25)
[45] 第十一話 「ようこそカジノへ」[くろくま](2010/04/08 21:09)
[46] 第十二話 「リベンジ」 《修正》[くろくま](2010/03/10 13:42)
[47] 第十三話 「07:00」[くろくま](2010/03/10 17:34)
[48] 第十四話 「困惑」[くろくま](2010/03/10 17:39)
[49] 第十五話 「決戦はアルバーナ」[くろくま](2010/03/10 17:29)
[50] 第十六話 「それぞれの戦い」[くろくま](2010/03/14 20:12)
[51] 第十七話 「男の意地と小さな友情」[くろくま](2010/03/14 20:40)
[52] 第十八話 「天候を操る女と鉄を斬る男」[くろくま](2010/03/27 21:45)
[53] 第十九話 「希望」[くろくま](2010/03/29 21:40)
[54] 第二十話 「馬鹿」[くろくま](2010/04/11 18:48)
[55] 第二十一話 「奇跡」[くろくま](2010/04/12 20:54)
[56] 最終話 「これから」 第三部 完結[くろくま](2010/05/14 21:18)
[57] 第四部 プロローグ 「密航者二人」[くろくま](2010/05/03 00:18)
[58] 第一話 「サルベージ」[くろくま](2010/05/10 23:34)
[59] 第二話 「嘲りの町」[くろくま](2010/05/20 21:07)
[60] 第三話 「幻想」[くろくま](2010/05/28 21:31)
[61] 第四話 「ロマン」[くろくま](2010/05/31 18:03)
[62] 第五話 「雲の上」[くろくま](2010/06/05 10:08)
[63] 第六話 「神の国 スカイピア」[くろくま](2010/06/15 17:29)
[64] 第七話 「序曲(オーバーチュア)」[くろくま](2010/06/24 20:49)
[65] 第八話 「海賊クレスVS空の主」[くろくま](2010/06/26 23:44)
[66] 第九話 「海賊クレスVS 戦士カマキリ」[くろくま](2010/06/30 22:42)
[67] 第十話 「海賊クレスVS神エネル」[くろくま](2010/07/06 05:51)
[68] 第十一話 「不思議洞窟の冒険」[くろくま](2010/07/08 21:18)
[69] 第十二話 「神曲(ディビ―ナコメイディア)」[くろくま](2010/07/17 22:02)
[70] 第十三話 「二重奏(デュエット)」[くろくま](2010/07/24 15:38)
[71] 第十四話 「島の歌声(ラブソング)」[くろくま](2010/08/07 19:39)
[72] 第十五話 「鐘を鳴らして」[くろくま](2010/08/10 12:32)
[73] 間話 「海兵たち」[くろくま](2010/08/10 17:43)
[74] 第十六話 「ゲーム」[くろくま](2010/08/26 05:17)
[75] 第十七話 「昂揚」[くろくま](2010/08/29 07:53)
[76] 第十八話 「偶然」[くろくま](2010/09/06 12:51)
[77] 第十九話 「奥義」[くろくま](2010/09/14 21:18)
[78] 最終話 「過去の足音」 第四部 完結[くろくま](2010/09/21 20:00)
[79] 第五部 プロローグ 「罪と罰」[くろくま](2010/09/30 18:16)
[80] 第一話 「理由」[くろくま](2010/10/06 19:55)
[81] 第二話 「水の都 ウォーターセブン」[くろくま](2010/10/11 19:42)
[82] 第三話 「憂さ晴らし」[くろくま](2010/10/26 20:51)
[83] 第四話 「異変」[くろくま](2010/10/26 20:57)
[84] 第五話 「背後」[くろくま](2010/11/06 09:48)
[85] 第六話 「エル・クレスVSロブ・ルッチ」[くろくま](2010/11/14 11:36)
[86] 第七話 「隠された真実」[くろくま](2010/11/29 03:09)
[87] 第八話 「対峙する二人」[くろくま](2010/12/20 22:29)
[88] 第九話 「甘い毒」[くろくま](2010/12/20 23:03)
[89] 第十話 「記憶の中」[くろくま](2011/01/03 02:35)
[90] 第十一話 「嵐の中で」[くろくま](2011/02/13 14:47)
[91] 第十二話 「仲間」[くろくま](2011/03/20 21:48)
[92] 第十三話 「生ける伝説」[くろくま](2011/05/04 00:27)
[93] 第十四話 「READY」[くろくま](2011/07/16 13:25)
[94] 第十五話 「BRAND NEW WORLD」[くろくま](2011/08/15 18:04)
[95] 第十六話 「開戦」[くろくま](2011/08/20 11:28)
[96] 第十七話 「師弟」[くろくま](2011/09/24 15:53)
[97] 第十八話 「時幻虚己(クロノ・クロック)」[くろくま](2011/11/13 16:20)
[98] 第十九話 「狭間」[くろくま](2011/12/25 06:18)
[99] 第二十話 「六王銃」[くろくま](2012/01/30 02:47)
[100] 第二十一話 「約束」[くろくま](2012/02/22 02:37)
[101] 第二十二話 「オハラの悪魔達」[くろくま](2012/04/08 17:34)
[102] 最終話 「幼なじみは悪魔の子」 第五部 完結[くろくま](2012/08/13 19:07)
[103] オリキャラ紹介 [くろくま](2012/05/21 00:53)
[104] 番外編 「クリスマスな話」[くろくま](2009/12/24 12:02)
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[11290] 第三話 「あいまいな境界線」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/11 11:46
 ゆらり、ゆらり、と波に揺られる。
 雲の流れは緩やかだ、もちろん風も緩やかでこの分だと時化る心配は当分無い。
 海は青々しく壮大でどこまでも広がる。浮かぶもの全てがちっぽけに思えるほどに。
 如何なる大きさの船も、強大な海王類も、巨大な海獣も、一匹もカメさえも……。






「旅行に行こう」


 バンチという、バロックワークスのオフィサーエージェント専用の送迎用カメの上でクレスは唐突に口を開いた。
 話しかけた相手は波に揺られながら本を読んでいた幼なじみだ。


「……どうしたの?」


 僅かの沈黙の後に、クレスの隣に座っていたロビンが答えた。
 余りに唐突過ぎて反応に困っていた。


「いや、そういえばオレ達、社員旅行に行ってなかっただろ?」

「たしかにそうだけど、どうしたのいきなり?」


 バロックワークスには社員旅行の制度があった。
 慰安が目的で、年に一度社員に対し催される。
 ちなみに秘密結社なので旅行券は個別に配られる。


「ほら、今回の任務は思ったよりも時間空いただろ? 
 早く帰ってもどうせ良い事なんて無いし、どうせならどこかの島でバカンスでも楽しもうと思ってさ」

「たしかに今回は予定よりもだいぶ早く終わったけど、どこかで遊ぶような資金なんて無いわよ?」


 ロビンの言う通りだ、任務に必要な経費としては必要最低限しか手元に無い。
 アラバスタへと帰れば別であるが、現在あるクレスとロビンの資金を加えたとしてもそう贅沢出来る訳では無い。


「あ、そこは全然大丈夫だぞ」


 クレスは腰元に下げた、使い古しのサイドバックに手を伸ばした。


「……え?」


 ロビンが驚くのは無理も無い。
 クレスが取り出したのは二枚の旅行券だ。


「いや、前々からこんな感じで時間が余った時のために用意しといたんだよ」


 ふっふっふ……とクレスはしたり顔で笑う。
 

「いったいどこから……? 来月のお小遣いはまだの筈よ?」

「いや、待って。何度も言うけど流石にもう小遣い制は止めてくれ」
 

 クレスの小遣いは一ヶ月、五万ベリーである。サラリーマン並だ。


「クレスが貯金をする筈が無いし……まさか組織のお金に手を出してないわよね?」

「……オレもそこまでは堕ちてないぞ」


 クレスはがっくりと肩を落とす。

 クレスはあまり貯金と言うものをしない。
 散財好きと言う訳でもないが、あれもこれもと欲しいもの (甘いもの) を買っているうちに無くなってしまうのだ。
 あまり渡すと甘いものを食べすぎるので、小遣いの金額設定はロビンが決めている。


「カジノで増やして買ったんだよ。暇な時間にコツコツとな。……こういうのははあんまり好きじゃ無いんだけどな」


 クレスがそう言いと、ロビンが小さくため息をついた。

 クレスは余り賭博で資金を稼ぐのを良しとしている訳ではない。カジノに行く時は単純に遊びとして割り切っている。
 だが、今回は至急に手元にまとまった金額が欲しかった。

 
「それで、どこに行くつもりなの?」


 クレスの示す行き先に期待してか、ロビンが表情をほころばせる。
 任務中には見せないやさしい笑顔だ。


「行ってからのお楽しみだ」


 クレスはもったいぶるようにそう言った。













第三話 「あいまいな境界線」














 羽のような粉雪が降っていた。
 地面を白く染める雪はサラサラとして、風が吹く度に軽やかに舞いあがった。
 望む風景はそのすべてが見事な雪化粧が施されている。

 クレスがカメの舵(?)を取りロビンを導いたのは、観光地となっている冬島だ。
 

「……雪を見るのは久しぶりね」

 
 グランドラインは極端に天候が変わることもあるため、常備していたコートに身を包み、かじかむ指を温めるようにロビンが息を吐いた。
 吐いた息は白く、ゆっくりと澄んだ空気に溶けていく。


「まぁ、最近はほとんどアラバスタだったからな」


 砂漠にも雪が降ることもある。
 地域によって差はあるが、日中や夏季は日差しが照りつけ厳しい暑さが続くが、その一方夜中は冷え込み冬季になると極端に寒くなる。
 その時に、空中に雲ができ、雨をもたらせば、それは雪となって降り注ぐ。

 しかし、アラバスタでその現象を見る事は無かった。
 もともとが、常夏の夏島だと言うこともあるが、それ以上に、雨を奪われた大地に雪が降る奇跡を望むことは出来ない。


「……綺麗」

「……そうだな」


 細かい氷の結晶が空気中でキラキラと光りを受け輝いていた。
 ダイヤモンドダストと言われる冬島独特の現象だ。
 その光が、島にやって来た二人を歓迎するように煌めいた。


 雪がうっすらと積もる道を歩く。
 歩くうちに雪かきをする人々とすれ違う。
 両脇には雪かき用の溝。人々の必死な様子からすると、どうやら定期的に雪かきをしないと道が埋もれてしまうようだ。
 前方には橋が見え、その下を雪が溶けだしたような乳白色の川流れていた。
 川は極寒の地の中凍ることなく悠々と流れる。それどころか川は寒さを寄せつけようともしなかった。


「川から湯気? もしかして温泉?」

「ああ、その通り。ここは温泉地として有名な島らしい」


 クレスの言う通り、この冬島は温泉を観光の肝としていた。


「でも不思議ね。こんなロケーションならもっと人がいてもいいと思うのに……」


 それはロビンの疑問。
 世界中を回って来たロビンから見ても、この島の情景は素晴らしい。
 観光地として十分にやっていけるだろう。しかし、周りにいる人間は余りいない。
 通りすぎるのは、ほとんどが島の人間だ。
 これならもっと観光客がいてもおかしくは無い。
 

「ああ、その理由ならたぶん近くに大規模なテーマパークを有した島があるからだろうな」

「……なるほど。その陰に隠れちゃったのね」

「まぁ、この島にとっては不幸なことかもしれないが、オレ達にとっては幸運だったな」

「そうね」


 おかげでこの地は知る人ぞ知る、絶好の穴場となっていた。






 しばらく風景を楽しみながら歩き、やがて目的地の旅館に辿り着く。
 旅館は簡素であったが、どこか趣を感じさせる温かみがあるものだった。
 成金のゴテゴテした豪奢な建物を嫌うクレスらしい選択だった。

 門をくぐれば、旅館の女将が出迎えた。
 初老にもかかわらずは張りのある肌をした恰幅のいい女性だった。
 女将は気持ちのいい笑顔を浮かべて二人を部屋へと案内した。

 
「お部屋はこちらです。
 それにしても今日この部屋をお取りになったとはお目が高いですね」

「ん? どう言うことだ?」

「あら、ご存じないのですか。
 ならこれは秘密にした方がよろしいかもしれませんね」 

 
 二人の案内された部屋は、畳の敷かれた和風の部屋だった。
 統一された木製の家具はどこか安らぎを与える。
 部屋には大きな窓があり、外の風景が一望出来る。
 そこから見えるのは雪化粧が為された庭園だ。それはとても美しい。


「なるほど、こう言うことか」

「……綺麗なお庭ね」

「はい、今夜はここからの景色が一番かもしれません」


 クレスとロビンの二人は部屋で一息ついた後、女将の進めで温泉に入ることにした。


「じゃあ、また後で」

「ああ」


 当然、男湯と女湯で分かれているのでクレスとロビンは別々の入り口へと入った。
 脱衣所は閑散としていて、余り人はいない。
 服を脱ぎ荷物をロッカーに入れる。そして、腰にタオルを巻いてクレスは中に入った。
 

「……でけぇ」


 クレスの言葉が全てを現していた。
 それは湖のような巨大な温泉だった。
 温泉は緩やかな円形を描いており直径はだいたい五十メートルくらいある。
 湯気で隠れ、温泉の端が見えない。
 また、露天風呂になっているため、雪が降っているのが見えた。

 クレスは感嘆する。
 だが、同時にしまったと顔を歪めた。


「不味いな……ここまで広いとは思わなかった」


 クレスが思ったのはロビンの事だ。
 ロビンは悪魔の実の能力者だ。当然弱点として海に嫌われカナヅチとなってしまっている。
 通常の風呂くらいなら大丈夫なのだが、この広すぎる温泉は話が別だ。
 だが、手短かに済まそうと思って風呂に入った時、心配は安心に変わった。
 風呂は思ったよりも安全に配慮し設計されていて、子供でも溺れるなんてことは無さそうだった。


「……よかった」


 もしかしたら、ロビンが窮屈な思いをしているかもしれないと考えていたので、その心配が無くなりほっとする。
 心配事が無くなりクレスは安心して温泉を楽しむことが出来た。






「どうだった温泉?」


 先に上がり、旅館の浴衣に身を包んだクレスは後からやって来たロビンに声をかけた。
 
 クレスと同じく浴衣に身を包んだロビンの身体は温泉で温まった後でほんのりと上気している。
 時間からしてもゆっくりと温泉を楽しんだようだ。


「ゆっくりと温まったわ」

「そうか、よかった。
 これからなんだけどな、遊戯室があるらしいから行かないか?」

「いいわよ」

「よし、じゃあ、決まりだ」


 ビリヤード、卓球、ダーツ、各種ボードゲーム。
 遊戯施設は思ったよりも充実していて、クレスとロビンは時間を忘れ楽しんだ。
 勝負の結果に一喜一憂し、夢中になりながら楽しんでいると、気がつけばいつの間にか夕食の時間となっていた。
 二人はほんのりとかいた汗を再び温泉で流し、夕食は部屋に運ばれてくる為、自室へと戻った。
 
 夕食は海の幸を惜しげも無く使った豪華なもので、丁寧に味付けされていてとてもおいしかった。
 満足のまま夕食が終わり、しばらくした時に女将がやって来てクレスとロビンに向けて言った。


「温泉の方にはもう行かれましたか?」

「ああ、広くて驚いたけどなかなかよかったよ」

「ありがとうございます。
 大浴場の方に行かれたのでしたら、別の湯船などいかがでしょうか?」

「別とはどういうことかしら?」

「湯船の貸し切りサービスでございます。
 ご予約いただければ、無料で個室に案内させていただいております。
 夕食後は大浴場は家族連れで混み会いますので、こちらになさればゆっくりと出来るかと」

「へぇ、なかなかいいな。ロビンはどうだ?」

「いいんじゃないかしら?」

「では、決まりですね。案内いたします」


 女将が立ちあがり、クレスとロビンがそれに倣う。
 旅館の中を女将に先導され歩く。
 大浴場から、少しした所にその浴場はあった。


「女性の方はこちらの入り口となります。男性はあちらです」


 ロビンを先に女将は入り口に案内する。
 そして、ロビンが入り口に入るのを確認してから、女将はクレスに対して人懐っこい笑みを浮かべた。
 商売用では無い、本当の笑顔だ。その笑顔はどこにでもいそうなおばちゃんだった。


「ほんとはね、ここは有料の予約制なんだよ」

「は? ならどうして無料って言ってくれたんだ?」


 疑問をぶつけるクレス。
 女将はそれに、笑いながら答えた。
 

「サービスだよ!! サービス!! 今日と言う日の景気付けだよ!!
 ここの浴場作ったはいいんだけど最近じゃほとんど予約が入んないんだよ。
 心配しなくても、ちゃんと掃除はしてるよ。ただ、誰も使わないんじゃもったいないからね!!」


 女将はクレスに近付くと、無遠慮にばしばしと肩を叩いた。


「がんばんな!! あたしはアンタの味方だよ。
 全く、あんな綺麗な子連れてるなんて隅に置けないね!! このこのっ!!」


 そう言って、女将は親指を立てて 「グットラック」 と言い残し、カッコよく去って行った。
 クレスはその後ろ姿を呆気にとられてまま見送るしかなかった。


「がんばるって……何を?」


 クレスはその意味を直ぐに知ることとなる。



 予約制有料の筈の個室の脱衣場で、クレスはいつものように服を脱ぎ腰にタオルを巻いた。
 そこで温泉は個室だということを思いだしたが、まぁいいかとタオルを巻いたまま中へと入った。

 脱衣所の先は広々とした空間だった。
 個室と言うからには、一般的な風呂のようなものを予想していたのだが、目の前にあるものは違っていた。
 この個室はどこか気品あふれる作りとなってる。細部まで凝られた作りは、どこぞの名家の浴槽だと言われても何も疑問に抱かないだろう。
 共通点を上げるとしたならば、浴槽が大きい事と露天風呂だということだろう。
 たしかに、大浴場に比べれば小さいのかもしれない。しかしそれを感じさせない程広い。
 大浴場を小さな湖としたなら、こちらはプールと言ったところだ。
 おそらくはこの地にもともとあったものを利用したのだろう。
 お湯は天然温泉なので無尽蔵に湧いて来るが、どう考えても個人サイズでは無い。


「えらく奮発してくれたな、女将さん」


 今日はもうすでに二度も風呂に入っているので、かけ湯をおこないそのまま、乳白色の湯船につかった。
 腰に巻いたタオルはマナー違反なので頭にのせた。
 身体がじわじわと指先まで温まっていく。やはり温泉は良いものだ。
 露天風呂なので見上げれば空が見える。雪は止み、綺麗な満月が見えた。


「……見透かされてたかな」

 
 ぽつりと呟き、クレスは今日一日笑顔を絶やさなかったロビンを思った。
 
 クレスがロビンを強引に旅に誘った理由は、ロビンを気にしてであった。
 ロビンはバロックワークスの副社長として今までに無い規模で、その両手を悪事で染めて来た。
 今まではいい。生きるために仕方がないと割り切ることも出来た。
 しかし、今回は違う。今回は自らの目的を持って、その両手を悪事で染めている。
 実際、ロビンは目の前で苦しむ人々を見て来たのだ。
 アラバスタという国を確かな意志を持って毒のように蝕んでいく片棒を担いでいる。
 その事で心を痛めながらも、日々の任務を冷徹にこなしていく。
 長年一緒に過ごしてきたクレスとしては、ロビンのそんな表情を見るのはとても辛いことだった。
 だから、多少強引でも何かガス抜きをさせようと考えた。


「……せめて、今だけでも楽しんでいてくれていたら嬉しいんだけどな」


 クレスは少し沈んだ気持ちを打ち消すように、顔に温かい湯をかけた。



 その時、
 ガラガラ……という風呂の入り口の開く音が聞こえた。
 
 疑問に思うクレス。
 どういうことだ……?
 ここは個室の筈だ。他に人が入ってくる訳が無い。
 それとも、女将さんの勘違いだろうか? いや、それは無い。
 ということは誰かが間違えてやってきたのかもしれない。入り口には予約制との看板があったが目に入らなかったのかもしれない。

 クレスは入って来た人物に目を向けた。しかし、立ち上る湯気に阻まれよく見えない。
 まぁいいか……とクレスは興味を無くした。
 一人でこの湯船を独り占めできる筈だったが、これだけ広い湯船だ、もう一人増えたくらいどうってことない。
 クレスはぼんやりと湯船の端にもたれる。

 すると今度は、かけ湯の音が聞こえた。
 お湯の流れる音はゆっくりで繊細な印象を受けた。

 次に、チャプリ……と湯につかる音が響く。音は滑らかでお湯の抵抗をほとんど感じさせない。
 そして、ゆっくりと温泉の中を進み、クレスの近くへと近づいてくる。

 
(……これは一言くらい言っといた方がいいかな?)


 一応は貸し切りと言われた湯船だ。
 独り占めするみたいで悪いが、もしかしたら相手も間違えて入って来ている可能性もある。
 クレスは立ちあがると、頭にのせたタオルを腰元に巻き直し、水音の方へと近づいた。これが彼の明暗を分けた。
 
 クレスが水音をたてる。すると相手の水音が止んだ。無人だと思っていたが人がいて驚いたのかもしれない。
 しかし、水音が止んだのは一瞬で、相手もこちらへと近づいて来た。 
 相変わらず、外気に触れた温泉が湯気を立ち昇らせているので視界が悪い。

 互いの距離が近づく。すると水蒸気の中に影のようなシルエットが浮かび上がった。
 その姿は一歩一歩近づくごとにゆっくりとその細部が見えて来た。
 身体のラインはスラリとして、手足も細く長い。
 しなやかでありながらも全体的に柔らかな丸みを帯びた体つきはまるで、よく知る女性のようだった。


 この時、クレスに猛烈な悪寒にも似た何かが駆け巡った。
 そんな筈は無い。
 ここは個人用でその上男湯の筈だから、そんな筈は無い。
 目の前のシルエットがだんだんと薄れていく。
 
 その時、クレスは見た。
 
 申し分程度にを片手でもったタオルで隠された、女性の象徴である膨らみを。


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや…………!!
 

 クレスは全力で目の前の光景を否定する。
 幻覚だ!! 幻覚!!
 落ち着け、今のは見間違いだ。おそらく疲れているのだ。
 今年でオレも28だ。そろそろ、無茶も出来なくなったのかもしれない。


 しかし、クレスの狼狽は露天風呂に吹き込んだ一陣の風が吹き飛ばした。
 靄のような湯気が消える。 

 そして……


「……えっ?」

「なっ!!?」 


 クレスは邂逅する。

 まず目に飛び込んだのは、湯船につかるために頭の上で一つにまとめられた湯気によって湿り気を帯びた黒髪だ。
 いつもは髪を降ろしているために見えないうなじがほんのりと上気した肌とあいまって余計に艶めかしい。
 その磁器のようなきめ細やかな肌も、どこか熱を帯びていて熟れたリンゴのようだった。
 前だけを申し分程度に隠したタオルは濡れて半透明になり、しっとりと上気した肌に張り付き余計にその色気を増長させる。
 たわわに実った二つの果実は細い腕によって押しつぶされ、柔らかくその形を歪めていた。
 また、濡れタオル越しからでもわかる、鳩尾から下腹部へと続くラインは絶妙に美しい。
 そして、半身になるような姿勢なので、無防備な後方が僅かに見える。
 肩甲骨に背中のラインは大人の色気を感じさせ、白桃のような臀部はほんのりとピンクに染まっている。
 あれはたしか互いに13の時だったか、うっかりと覗いてしまった時に見た、発達途中では無い。完璧ともいえる女性らしい体つきだ。
 歴史に名を残す彫刻家が人生を賭して作り上げた彫刻ような犯しがたい神聖さと共に、どうしようもない扇情的な質感が伴った、奇跡のような姿だった。


「ク、クレス………っ!!?」


 クレスが久しぶりに聞いた、かわいらしい焦るような声だった。
 もし、彼女にもう少し余裕があれば違った反応を示したのかもしれない。
 しかし、いきなり何の準備も無くこのような目にあってしまった為にうまく対応出来ない。
 たじろき、相手の全身が震えた。その瞬間、確かな肉感を伴ったその奇跡のような身体が豊かな胸元を中心としてふるえる。
 

「うっ……!!」


 クレスは鼻を押さえた。鼻血が出そうだった。
 目の前の女性は全身を隠すように、乳白色の湯船に身体を沈めた。
 クレスも弾かれたように後ろを向き湯船に身体を沈めた。

 そう、それはよく知る女性だ。
 幼いころからずっと一緒に生きて来た、幼なじみのロビンだった。






 互いに背を向け数分の時が過ぎた。
 クレスはまだ顔が熱いのを自覚していた。鼻血は何とか食い止めた。
 そしてようやく、全ての鍵を握る女将の言葉の意味を悟った。
 女将バカヤロー!! 心の中で罵っても当然意味は無い。

 ロビンの方も動いた様子は無い。ずっと、隠れるように動かない。
 暫く続いた沈黙はロビンによって破られた。


「クレス……そっちいい?」


 ロビンが落ち着きを取り戻した声で言った。
 

「あ、ああ……かまわないぞ」


 クレスは未だ動揺したままだったが、落ち着きを取り戻そうと全力を尽くした。
 ロビンは先ほどとは違い、しっかりと身体を隠すようにタオルを巻いて、乳白色の湯船につかりながらクレスの隣に移動した。
 タオルを湯船につけるのはマナー違反だが、今だけはどう考えても例外だ。


「………………」


 そして無言のまま、クレスの隣に座った。
 その距離は手が触れ合う程近く、肩が触れない程遠い。


「……今回は攻撃しないんだな」


 いくばくか平常心を取り戻したクレスがなんとなく気まずい雰囲気を和ませるように言った。


「もう、そんな事しないわ。子供じゃないんだから……」

「たしかに、子供じゃ無かったな……」

「何か言ったかしら?」

「何でもありません!!」


 ロビンはため息をつく。
 その時に一緒に出た白い息は澄んだ夜空に消えていく。
 そして、ロビンは僅かな沈黙の後に言葉に為した。
 

「……ありがとう」


 儚い響きのそれは、クレスに届き直ぐに消えた。


「……何の事だ?」


 とぼけるようにクレスは言う。


「……今日の事よ。とても楽しかった。ありがとう」

「別に気にする事じゃない。でも、お前が楽しんでいたならそれでいい」

「……うん」


 湯船の水面が僅かに揺らいだ。
 ロビンが膝を抱くように座りなおしたのだ。
 その様子は昔に見た海岸で寂しそうに泣いていた姿に被った。
 クレスは思わず声に出していた。


「別にさ……お前だけが悪い訳じゃないから」

「えっ?」

「今回の……アラバスタの件はお前だけが悪い訳じゃないから」

「そんな事無い……あの土地の人々を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めたのは私よ」


 俯き、ロビンは言う。間接的に自分は何人もの命をその手で奪って来た。
 クレスの慰めは嬉しい。でも、そんなの何の意味も無い。
 現に今でも、アラバスタの人間を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めているのだ。


「ああ、それは正しい。……それがお前の “罪” なんだろう」

「だったらっ!!」


 叫ぶロビン。しかし、その叫びはクレスの目を見た瞬間に消えた。
 クレスの瞳はやさしい光を灯している。
 しかし、それでいてどこか悲しそうな、今にでも泣きだしそうな瞳だった。


「でも、オレにも “罪” はある。
 オレの罪はさ、ロビン……選択をお前の意志に委ねた事だよ。
 おそらくオレが止めろって言ったらお前はクロコダイルに接触しようなんて思わなかった筈だ。考えはしても、それを打ち消して止めた筈だ」


 事実その通りだっただろう。
 クレスが止めろと言えば事実ロビンは接触は止めた。
 

「オレはさ……甘い人間なんだよ。
 だから、誰にでもやさしく出来る訳じゃないし、当然やさしくする相手には順位をつける。
 どちらかを選べって言われたら、順位が下のものだったら、迷った上で結局オレは捨てると思う。今までそうして生きて来た」

「…………………」

「そしてオレは今もお前に止めろとは言わない。
 それはアラバスタの人間全員よりもお前の順位が上だからだ。
 お前と、お前の描いた夢が上だからだ。お前が望むならオレは構わない。
 こんな歪んだ人間なんだよ。だから、───────オレとお前は同罪だ」


 クレスは自嘲するように笑った。
 その瞳は夜のように深い黒だ。見る者によってはどうしようもない不気味さを感じるだろう。
 しかし、ロビンにはやさしい色に見えた。

 クレスが言いたいことは分かる。
 自分達は同じような “罪” を共有しているのだ。
 だから、一人で悩むのは違う。そう言っている。隣には自分がいると。
 ………だからこれは甘えだ。


「私達の “罪” はどうしたら償えるのかしら」


 この言葉はまだ心のどこかでクレスに依存している証拠だろう。
 罪の償い方、その方法。答えの無い答えを与えてほしい。


「すまん……分からん」


 だが、クレスは手厳しい。


「……そうよね」


 だけど、クレスはやさしい。
 投げかけた質問には力の及ぶ範囲で全力でこたえる。


「罪ってさ、 “償う” もんじゃなくてさ “背負う” もんだと思うんだ」

「………背負う?」

「ああ、一生消える事の無いその重さを背負い続ける事。そしてその重さに応じて苦しみを味うものだと思う。
 感じる重さは人それぞれでさ、同じ重さでも重たく感じる奴もいれば軽く感じる奴もいるんじゃないのかな?」

「それならクレスの “罪” は重い?」

「さぁ、もしかしたらロビンよりも重いかもしれないし、軽いかもしれない」

「……そう」

 
 呟く、ロビンにクレスが問いかけた。
 意趣返しの少し意地悪な質問だった。


「じゃあ、ロビンの “罪” は重いか?」

「……もしかしたらクレスよりも重いかもしれないし、軽いかもしれないわね」

「……そっか」


 そして、再び沈黙が訪れた。
 昼間雪模様だった天気はすっかりと回復し、雲は少なくなっていた。
 カーテンのような雲が無くなり、月は澄んだ空気の中で微笑むような光を放っていた。
 その時、水面が再び動いた。
 クレスがやさしく、包み込むようにロビンの手に自分の手を重ねたのだ。


「じゃあさ、その重さを支えあわないか? 今までみたいに。……もしかしたら軽くなるかもしれないぞ?」


 ロビンの鼓動が高鳴った。
 もしかしたら、この言葉を欲していたのかもしれない。


「……クレスとなら……喜んで」


 そして二人は、肩が触れ合うほど近づいた。
 





 胸に安らぎが満ち溢れたこの時、ロビンはふと思った。
 自分達の関係とは何だろうかと。

 ロビンにとってのクレスとは、仲の良い家族であり、頼れる兄であり、手のかかる弟であり、大切な幼なじみだ。
 ……しかし、それだけでしか無い。
 他人が見れば自分達は “そういうもの” として見えるのだろう。
 しかし、実際は違うのだ。
 自分達はただの幼なじみ同士。それで十分だった。今までと同じ、何も変わらない。
 クレスと共に過ごした時間はロビンが生きてきた時間だと言っても良いだろう。
 この関係は変わらない。変えられない。


 だが、それでいいのか? 


 このことは今までも何度か考えたこともある。
 しかし、その度に何度もその考えを打ち消してきた。
 ロビンとクレス関係。クレスとロビンの距離。
 どこまでも近い筈なのに、薄氷一枚で触れ合えない絶対的な距離。


 二人の距離は肩が触れ合うほど近く、唇までは遠かった。
 













◆ ◆ ◆











 暫く並んで温泉につかっていたが、長湯で身体を壊さないように湯船から上がることにした。
 互いに後ろを向き立ちあがる。
 クレスは脱衣所へと向かう途中で、身体を洗っていないのを思い出した。
 ロビンがいる状況なので、まぁしょうがないと脱衣所に向かった。昼間も洗ったし大丈夫だろう。
 

「クレス……背中流してほしい?」


 なので、この言葉にはどうしようもなく動揺した。


「あ、あああ、あほォ!!」

「そう、……残念ね」


 本気なのかからかいなのか分からないロビンの言葉。
 平常心に戻った筈の心は一瞬で動揺する。
 一瞬想像してしまった。想像して気付いた。どう考えてもヤバい。
 倫理的だとか感情的だとか言う難しい事を彼方までブッ飛ばして、理性が果てる。
 だから、クレスは逃げるように脱衣所へと跳び込んだ。
 このままでは自分を保つ自信が無かった。

 速攻で服 (といっても浴衣だが) を身にまとい。
 大浴場の番台まで走り込み、冷たいコーヒー牛乳を大量に買い込んだ。
 その時、通りかかった女将に無性ににこやかにほほ笑まれたが、見て無いことにした。

 そしてまた全力で走り抜け個別温泉の近くのベンチに座りこみ、冷水をぶっかけるように体の内側からコーヒー牛乳で冷やしていった。
 

「これは……ヤバいだろ」


 熱い頬を自覚する。冷たいコーヒー牛乳の瓶で冷やしてみるが、なかなか治らなかった。





 クレスの周りに何本も空ビンが転がったところでロビンがやって来た。
 火照った肌が無性に色っぽかったが、クレスは極めて平静を装い、ロビンにコーヒー牛乳を差し出した。
 ロビンは湿った髪をかき上げ頬笑み、それを受け取った。
 いつものように会話を交わし、自室へと戻る。
 そうしているうちに気持ちもだんだんと落ち着いて来た。
 さっきまでの感情は気の迷いか何かだ。ロビンの事は好きだ。しかし、それは家族としてであって、決して “そういう” 関係では無い筈だ。
 そうだ。ロビンは大事な家族。これまでも、これからもずっとそうある筈なのだ。
 
 二人で自室へと続く通路を歩き、もっていた鍵で入り口の扉を開け、中へと入る。
 そして、二人は凍りついた。

 部屋にはサービスか布団が敷かれていた。
 そこまでは普通だろう。どこでもやっているサービスだ。
 だが、問題は……
 


 一つの布団に二つの枕が並べられていることだった。



 こういうことは今までもあった。
 クレスとロビン世話好きな世間の目は二人を “そういうもの” として認識する。
 昔は赤くなったりした事もあったが、最近は冷静に対処してきた。

 だが、今回は無理だった。
 先程あった風呂場での出来ごとが完全に尾を引いていた。
 クレスは動揺し、ロビンですら顔を赤くし俯いている。


「は、はははは……女将さんも困った人だな」

「そ、そうね」


 極めて平静である事をお互いに装った。


「ち、ちょっと、女将さんに話をつけてくるわ」

「い、いえ……わ、私がいくわ」


 その時、クレスとロビンは同時に動いた。
 互いに、互いが動くとは思ってはおらず、ロビンとクレスの身体がぶつかった。
 クレスの鍛え抜かれた身体は軽いロビンをよろめかせる。
 ロビンの身体が後ろに倒れる。クレスはとっさにロビンに腕を伸ばした。
 ロビンがとっさにその腕を掴んだが、今度はクレスの身体のバランスが揺らめく。

 

 ……そして、クレスはロビンを押し倒すように倒れてしまった。



 真っ白な清潔なシーツの上にロビンの風呂上がりで艶を増した黒髪が広がった。
 そのひと房がクレスに触れる。最上級のシルクのようになめらかな肌ざわりだった。
 近づく、クレスとロビンの顔。ロビンからはシャンプーと花のような良い臭いがする。許されるならこのまま埋もれてしまいたいほどに。
 クレスの心臓が爆発するように高鳴った。後少しでも近づけばロビンの瑞々しい唇に触れてしまいそうだった。
 身にまとった浴衣は着崩れ艶やかな肢体を晒す。ロビンはクレスの下で恥じらうように頬を染めた。
 その姿はどうしようもなく魅力的で、クレスの理性をどろどろと溶かしていく。


「……クレス」


 ただ名前を呼び、ロビンは艶っぽい目を閉じた。


「うっ、……あっ、……」


 その姿にクレスは慄いた。
 無意識のうちに引かれた二人の境界線。それがどんどんと曖昧になっていく。
 目の前のそれこそ赤ん坊の頃から一緒だった女性が目の前で全てを自分に委ねた。
 血が駆け巡り、目の前の景色が望楼としてくる。
 どうすればいい? 分からない。自分はどうすればいいのだ? 


 澄んだ空気を通して陰る事の無い見事な満月が光り輝く。
 その月光が二人の姿を照らし、影を作った。


 クレスは動かない。動けない。
 彼の理性は溶けていた。しかし、そんな中で彼をつなぎ止めていたのは忌まわしい記憶の中で交わした母との約束だ。






───────絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!






 “守る” とは何か? 長い人生の中でクレスはそれを “ロビンが笑顔でいる事” と定義づけた。
 アラバスタの件もそうだ。次々と消えていく夢への足跡にロビンが焦り、悔やむ顔をを見たく無かった。

 自分が今しようとしている行為は何か? それはロビンを “守る” 事が出来るのか?

 そもそも、自分はロビンにとっての何なのだ? 
 幼なじみだと言えばそれが一番端的に関係を表すだろう。
 隣に立ち、支えあえる。でも、それ以上は踏み込めない。
 自分は幼なじみ。そう、幼なじみ。これ以上でも以下でも無い。近くも遠い。そんな存在だ。

 だから……













「……すまん。重いだろ。今どくから待ってろ」

「えっ……」


 小さく驚いたロビンを無視するようにクレスは立ちあがる。
 そして後ろを向き、ロビンが着崩れた浴衣を直すのを待った。


「……悪かった」

「いいの……気にして無いわ」


 そして、クレスは境界線を引き直す。
 ……幼なじみとして。

 後ろを向くクレスにロビンは何も言わなかった。
 これが今までと同じ関係なのだ。どこまでも近い筈なのに薄氷一枚で触れ合えない。


 あんなに輝いていた月が陰る。
 雲は厚くクレスとロビンから月の光が失われていく。か細い一条の光だけを残して、やがて消えた。
 冷たい空はやがて雪をもたらした。


「……布団を取ってくる」

「ええ……行ってらっしゃい」


 クレスが入り口に手をかける。

 その時、暗い夜空が急に光り輝いた。
 淡く青い燐光が煌めく。続けて、赤、緑。
 遅れて、轟音が響いた。
 冬島の厚い雲に覆われた寒々しい夜に、熱くも鮮やかな巨大な花が咲いた。


「……花火か」

「……綺麗ね」


 冬島で見る花火。
 雪が舞い散る中で花開く夏の風物詩。
 それはとても幻想的で、美しい。
 二人は女将が言っていた言葉を思い出した。今日はこの島にとって特別な日なのかもしれない。


「……お布団はこれが終わってからにしたら?」

「そうだな……」


 クレスはロビンの隣へと座った。
 一つの布団の上に男女二人が肩を並べ座る。
 ロビンがクレスの手を握った。二人に許された距離。
 とどきそうな程近く、どうしようもなく遠い。

 そんな位置でクレスはぼんやりと鏡のような瞳で花火を眺めていた。













あとがき

今回は問題定義の回ですね。
クレスとロビンの距離が縮まる事があるのか? この作品の根幹的な問題です。
今回の話はフルメタルパニックの文章を参考にしました。
……やりすぎたかもしれません。
描写がおかしいなどのご意見がありましたらお願いします。

 



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