レインベース内にある高級ホテルの一室。
そこにロビンとクレスに与えられた執務室があった。
「う、うわぁ……」
クレスの目の前にあるのはうず高く積まれた書類だ。
量が多すぎて執務用の机だけに止まらず、積み木のように、床にも直接積み立てられている。
書類は登録社員の個人情報、設備関係、経理関係、等々……見れば様々な種類の書類がある。
「これを処理しろって、新手のいじめか何かじゃないのか?」
クレスは新しい書類の山に触れようとして止めた。
なんか、触れた瞬間に崩れそうだ。これを積み上げた人間には間違いなく才能がある。
建築関係の仕事をお勧めしたいぐらいだ。
「もう……こぼさないの」
ロビンが正確無比に書類を捌きながらクレスをたしなめる。
その光景は何と言うか常軌を逸していた。
高速で複数の資料を読み取り、理解し、考査し、判断し、分別する。
そしてそこから、能力によって生みだした腕に読み終わった資料を手渡しファイリング。
まとめられた資料はそれぞれの棚に整頓され納められる。その間もロビンは資料を捌き続けている。
この工程がよどみなく、個人レベルではありえない速度で行われていた。
気付けば、いつの間にか書類の山が一つ消えていた。
一応クレスも手伝っているのだが、全体を占める割合としては微々たるものだ。
かと言ってクレスが特段遅いと言う訳では無い。平均よりも早いくらいだ。
ロビンの処理速度が圧倒的に早すぎるのだ。
それでも、クレスの頭の中にはサボるという考えは無い。
実際に手を休めたとしても問題は無いのだが、作業は止めない。
意地のようなものだ。ロビンだけに仕事をさせて自分は何もしない訳にはいかない。
「……たっく、クロコダイルもこれくらい自分でやれや」
投げやりに手を動かしながら、クレスはロビンが結んだ協定相手に対して悪態をついた。
──────バロック・ワークス。
クロコダイルがクレスとロビンを傘下に加えた事によって本格的に立ちあげた秘密犯罪会社だ。
立ち上げから幾ばくかの時を経て、その組織は大きな輪郭を現した。
社員は千人を越え、現在も増え続けている。将来的には倍以上には成るだろう。
主な仕事は諜報、暗殺、盗み、賞金稼ぎ。最終目的は理想国家の建国で、手柄をたてた者は後に建国される理想国家で高い地位が与えられる。
徹底した秘密主義が採られており、社員達は社長の正体はもちろん仲間の素性も知らされておらず、互いをコードネームで呼び合う。
そして、社員には与えられた任務のみをこなす事が求められる。
とは言ったものの、管理者である人間は当然その全容を把握する必要がある。
故に、組織に関しての情報を書類を確認し整理しているという訳だ。
「それにしても……よくも、まぁ、ここまでの人材を集められたものだな」
クレスの手元には一枚の社員に関する個人情報。
資料に添付された写真にはその男の顔写真がある。
口元をストイックに結んだ丸刈りの男だ。
それを見て、ため息をつく。
「 “殺し屋” ダズ・ボーネス……コイツまで傘下に入ってんだもんな」
“殺し屋のダズ” 西の海出身の賞金稼ぎだ。
同じく西の海出身のクレスとロビンは彼に関する噂はよく聞いた。
この男が Mr・1 つまりは、エリート社員であるオフィサー・エージェントのナンバーワンだ。
そのほかにも、聞いた事のある名前の人間がちらほらといる。
その、人脈が如実にクロコダイルの力を物語っていた。
クレスはMr・1となった男の資料を放るように隅に置き、その他の資料と共にロビンがまとめた個人情報用のファイルに挟みこもうとした。
「うおっ……!!」
だが、そのファイルを掴み取ろうした瞬間クレスの視界が塞がれた。
ロビンの能力によって出現した腕による目隠しだ。
そして、腕から個人情報が納められたファイルが抜き取られる。すると同時に目隠しも解かれた。
「ごめんなさい。でも、クレスがそのファイルを開けるのはまだダメ」
「どう言う事だ? なんかオレが見てもまずいものでもあんのか?」
クレスの立場はロビンだけの部下だ。
結果的には組織には敵対せずに追従するが、クレスが従うのはクロコダイルではなくロビンのみとなっている。
そのため、クロコダイルから釘を刺されたのかもしれない。
しかし、それをロビンは否定する。
「いいえ、違うわ。そうね……今はダメと言ったとこかしら。
もっとも、 “見てはいけない” じゃなくて “見ないでほしい” なんだけど」
「なんだそりゃ……クリスマスのサプライズプレゼントかなんかか?」
「ふふ……そうね、その考えは間違いじゃないわ」
「?」
楽しそうにロビンは笑う。
ロビンの考えは分からなかったが悪い事ではなさそうだった。
そして、引き出しから書状を取り出しロビンは言う。
「それではMr・ジョーカー、貴方に任務を与えます」
手元の作業を止め、ロビンはクレスを真っ直ぐに見た。
その姿はクレスが一瞬見とれるほど凛としていた。
「スパイダーズカフェにて指令状の手渡しをおこなって下さい」
「お安い御用だ。で、誰に渡すんだ?」
ロビンはゆっくりと間を取って、どこか懐かしむようにその名を呼んだ。
「Mr.2 ボン・クレー。会えばきっと分かるわ」
第一話 「再びのオカマ」
乾いた風が吹きすさぶ荒野にその店舗はあった。
町はずれにあるにも関わらず、薄汚れた様子は無く、むしろ清潔な印象を受ける。
たとえるなら、砂漠の中にあるオアシスとでもいうべきだろう。
スパイダーズカフェ────表向きのバロックワークスの本社だ。
そこの裏手に、一匹の巨大なワニが乗りつけるように停止した。
Fワニと呼ばれる、乗用の動物だ。凶悪な外見とは裏腹に性格は大人しく、陸上を高速で移動する。
「ワニは嫌いなんだけどな……」
そう言い、クレスはFワニの背中から飛び降りる。
グルル……と唸るFワニを宥め、スパイダーズカフェの入り口に向かう。
閉店を示す立て札がなされているが構わず、入り口のドアを開いた。
カランコロン……と鐘の音が鳴り来客を告げる。
「いらっしゃい……あら、珍しい、Mr.ジョーカー、お一人?」
誰もいない小奇麗な店内で店主が出迎えた。
黒ぶちのメガネをかけ、オシャレなバンダナを頭に被った女性だ。
「今日はオレだけだミス・ダブルフィンガー。
ん……ああ、ここでは店主のポーラだったけか?」
「フフフフ……そうよ。飲み物はカフェオレだったかしら?」
「砂糖大量でな」
クレスはカウンター席に腰かける。
そして、ポーラがカフェオレをカップに注ぐのをぼんやりと見ていた。
「今日はどうしたの? ミス・オールサンデーと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩? 心外な。今日はあいつから任務を頼まれたの」
クレスはロビンから託された指令状をプラプラとポーラに気だるげに見せる。
ポーラは「あら、失礼」とクレスにカフェオレを差し出した。
「調子はどう?」
「まぁまぁかな……相変わらず、特に派手な事も無く、地味で平凡だな。
と言っても、オレが実際に矢面に立つ場面なんてほとんど無いんだけどな」
クレスが実際に動く事は稀だった。
クレスの戦闘能力はバロックワークスという組織においても貴重だ。それゆえに使いどころは多い。
単独であっても大抵の任務はそつなくこなすだろう。
だからこそ、クレスはロビンの私兵になる事を望んだ。
そうすれば、クレスの主な仕事はロビンにのみ決定権が委ねられる。
それゆえに正式な任務に組み込みづらくなるのだ。
「そっちはどうだ?」
「お店はそこそこね。それなりに忙しくってよ」
「いや、そうじゃなくて本業の方だよ」
「フフフフ……」
ポーラの纏う雰囲気が変わる。
触れば傷だけでは済まない、鋭い棘のような印象を受けた。
「好調よ。少し、張り合いが足りないくらいね」
ミス・ダブルフィンガー。
“殺し屋” のパートナー。
当然、それに伴う実力の持ち主だ。
「そうか、それはなにより。まぁ、アンタらのペアに関しては心配するだけ無駄だな」
「これでも、時々大変なのよ?」
「何が?」
「Mr.1を宥めるのよ。
彼ほっとくと、賞金首のターゲットまで殺しそうになるもの」
ポーラは、やれやれ……と肩をすくめるように両手を上げる。
当然、ターゲットを慮っている訳では無い。
「まぁ、ご愁傷様。オレなら絶対にMr.1とは組みたくないけどな」
そう言い、クレスは手元のカップを口元に運ぶ。
うん、甘い。流石はポーラ。この砂糖を飲んでいるような甘さが素晴らしい。
「……いつも思うんだけど、砂糖水飲めば?」
「バカな……!! コーヒーの苦さを糖分が圧倒的に征服する快感にも似たこの味が分からないのか!!?」
「ミス・オールサンデーもよく心配してるけど、……死ぬわよ、そのうち、たぶん口内から」
「歯磨きは得意分野だ!! 虫歯になった事は無い!!」
「ま、まぁ……個人の嗜好はそれぞれだから別にいいのだけれど」
ポーラの言葉を気にすること無く、クレスはカップを口元に運び続ける。
実においしそうに飲むクレスにポーラは引きつった笑みを浮かべていた。
「そう言えば、どういった内容の任務なの?」
気を取り直すようにポーラは言う。
クレスがここにやって来た理由だ。
「単なる指令書の受け渡しだよ」
「さっきの書類かしら?
なら、少し変ね。いつもならアンラッキーズを使ったりするのに。何か特別な書類?」
「いや、なんかオレが直接手渡す事に意味があるらしい」
「それ、誰に渡すの?」
「……Mr.2ボン・クレー」
「ああ、彼」
「ん? ……ああ、アンタは知ってるのか。
ミス・オールサンデーからは『会えば分かる』って、どんな奴か聞いてないんだよ」
「知ってるも何も、……一度見たら忘れられそうに無いタイプの人間ね」
「どんな奴なんだ?」
ポーラは口元に指を持っていき、少し言葉を選ぶように、
「オカマね、大柄の」
と言った。
「は?」
「だから、オカマよ、大柄の。これ以上は見ればわかるわ」
「大柄のオカマって……」
クレスの頭に思い浮かぶのは、突き抜けてテンションの高い男だ。
しかし、さすがにそれは無いだろうと考えを打ち消した。
「心当たりでもあるの?」
「あ、ああ、昔の知り合いにな……でも、まさかそんな筈は無いだろう」
と言いつつも、疑いは晴れない。
そんなまさかと思いつつも、やはり疑いは晴れない。
だが、そんな強烈な個性を持つ人間がそういる筈がないのだ。
そして何よりも、この会合はロビンがセッティングした。
ならばその可能性は……
────アン♪ ドゥ♪ オラァ~~~♪ (会いの手)
その時、店内に流れていたBGMの音楽が変わった。
緩やかな安らぎを与える独奏曲から、どこか珍妙な歌に変化する。
軽快なテンポの無性にドスの聞いた男声だ。
「うっ……あ、あれ、この歌どこかで聞いたような」
「ど、どうやら待ち人の到着のようね」
クレスが頭を抱え、ポーラが少し引き気味に入り口を見た。
所詮~~~ん この世は~~~男と~~女~♪
しかし~~~オカマは~~~男で~~~女~~♪
だから~~~最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』
オカマウェ~~イ♪ あー最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』
オォ~~~~~カマ~~~~ウェ~~~イ~~~~~~♪(ハモリ)
そして、勢いよく扉が開かれた。
「ごきげんようっ!!!」
扉から飛び出し、ポーズを決める大柄のオカマ。
確かに、一度見たら忘れられそうにないタイプの人間だ。
しかも、なんか強烈に見覚えがある。
「最近ドゥー? がっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
久っさしぶりねいポーラ!! 二か月ぶりかしら!!? 元気してた!!?
あちしはもちのロンロン絶っっっっ好調よん!!! 何故なら、それはもちろん………オカマだからようっ!!!
相変わらず暑っいわねい!! コスが汗でとろけそう!! でも、やっぱりダンスのレッスンっ!! って重要よねいっ!!!
とりあえず、タコパ頂戴!! タコパっ!!! タァーコォーパァー!!! あちしあれが無いとダメなのよう!!!
この世に男と女があるように、酒と月夜があるように、あちしにはタコパが必要なのようっ!!!
そう言えば、 ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!! 聞いてる!!? あちしがここに呼ばれた理由!!?
指令書の受け渡しらしいのようって、ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!!
なんでも、Mr.ジョーカーっていうのが来てって──────ドウっっっっ!!!!!」
大柄のオカマは勢いよく店の壁を砕かんばかりに後ろに飛んだ。
そして、クレスの方を見て慄き、地震ように震えながら指さした。
「ク、ク、ク……!!!」
そして、壁にもたれた状態から、ぐわし!! とクレスに向かって猛烈に、猛烈に、猛烈に飛びかかる。
「クレスちゃ~~~~~~ん!!! お久しぶ……ぐごばっ!!」
クレスに抱きつこうとした瞬間、クレスが反射的に避け、ついでに足をかけた。
そんなつもりは毛頭も無かったのだが、生存本能的な何かが働いた。
「わ、悪い。思いっきり壁に突っ込んだな。というか突き抜けてるけど、大丈夫か?」
「てめェには血も涙もねェのかァ!!! ダチの抱擁を避けて足までかけるとはどういう了見じゃァ!!!」
「ま、まぁ、悪かったって。……お前でいいんだな?」
「そうようっ!! なによう、あちしの顔を忘れたっての!!?」
「そうか、お前か。……なるほど秘密にしたのはこういう事か」
まさかの偶然だった。
この男がMr.2ボンクレー。
性格から考えると、面白そうだから首を突っ込んだと言うとこだろうか?
確かにサプライズだ。ロビンが気を使ってくれたのだろう。
同じ組織に所属していたとしても組織形態の関係上、会う機会というのは少ない。
ぼんやりとそんな事をクレスは考え、友人に声をかけた。
「久しぶりだな。ベンサム」
「久しぶりねいっ!! クレスちゃん!! 会いたかっ……ぐぼえっ!!」
「すまん。つい、また避けてしまった」
跳ねあがり、クレスに噛みつくように叫ぶベンサム。
そしてそれを、ベンサムのテンションを受け流すように扱うクレス。
じゃれあうような二人に置いてきぼりのポーラが声をかけた。
「……Mr.ジョーカーの知り合いだったのね」
「そのようだよ。……悪いがさっきの名前は忘れてくれるか?」
「かまわなくてよ。こう言う組織ですもの、知っている必要も無いでしょうし」
「助かるよ」
ロビンがこの場所を選んだのも情報が漏れにくいからであろう。
ポーラのように知ってしまったとしても、“謎” がモットーのバロックワークス社内では必要以上に情報は広がらない。
「アン? もしかして、クレスちゃんがMr.ジョーカー?」
「ああ、そうなるな」
「なんてこと!! あちしびっくりようっ!! あれ? そう言えばロビ……ふがごっ!!」
(バカ野郎!! アイツの名前は出すな!!)
クレスは全力でベンサムの口を塞いだ。
いくら、社内が秘密主義だからと言って、隠しておくべきところは隠すものだ。
クレスの名前だけならまだ許容範囲だが、それにロビンの名前を加えれば一気に正体まで辿り着く可能性がある。
「分かった!! 分かったわよう!! だから、手を離しなさい!! あちしの顔がァ!!」
クレスの握力は指で壁に風穴をあけるほどである。
それが緊急のためにベンサムの口を全力で塞いでいるのだ。
塞ぐ人間より、塞がれた人間が必死になるのは当然である。
「殺す気かコラァ!! 文字通り口封じ寸前だったわようっ!!」
「わ、悪い……つい」
「……はぁ、分かーってるわようっ!! 今のはあちしも悪かったわ。相変わらず、あの子の事になると必死なのねい」
頬をさするベンサムにクレスはもう一度謝るとロビンについて語る。
「アイツは今、同じ組織にいるよ。というか、ミス・オールサンデーだ」
「……なるほどねい。
ジョーカーちゃんとサンデーちゃんについての噂はあちしも聞いてるわ」
「今日の事は融通をきかせてくれたみたいだな。
本来ならアンラッキーズ辺りを使うつもりだったんだろう」
「なるほどねい。
あちし、この組織にはしばらくだけどあんた達とは会った事が無かったしねい。
サンデーちゃんは元気? 相変わらず仲良くやってるみたいじゃない」
「ああ、アイツは元気だけどな……相変わらずってどういう事だ?」
「あら、知らないのう? あんた達の事は組織じゃ結構有名よう」
「そうなのか?」
クレスはいい加減に落ち着こうと、カウンター席に腰かける。
ベンサムもそれに倣った。そして、もう一度やかましくポーラにタコパフェを注文する。
「ほら、あんた達ボスを抜いたら一番偉いじゃない?
それにボスは顔すら見せないから実質的に組織を運営してるのはあんた達みたいなもんじゃないの」
「まぁ、正確にはミス・オールサンデーだけなんだけどな。で、具体的にはどんなんだ?」
「あちしのアンタに関する認識としては、サンデーちゃんの個人的な部下で強力なボディガードってとこかしら?
あんた達が実際に動くのは稀だけど、あんた達かなり強いじゃない。それで社員の中でも有名なのねい。後あちしが聞いたことあるのは……」
クレスはカップを口元に運ぶ。
「サンデーちゃんになめた口を聞いた社員を半殺しにしたり、
サンデーちゃんの極秘ファンクラブが一晩で血の海に沈んだり……」
「ぶぼっ!!」
クレスの口内からコーヒーが発射される。
「どこで聞いた!!?」
「わりと有名な話よう?」
「ま、まさかポーラも知ってたりするのか!!?」
「ええ、当然知っていてよ」
うっ……とクレスは表情を硬くする。
不埒な輩に制裁を加えた事が組織全体に広がっているとは知らなかった。
そう言えば心当たりがある。
社員に指示を出すロビンのそばに立っただけで、その社員が不自然に震えだしたりしていた。
あれにはそう言う理由があったのか。
まぁ、それによってロビンに変な虫がつかなくなるなら安いものなのかもしれない。
クレスをよそに、ベンサムもといMr.2ボン・クレーは頬づえをついて続けた。
「後は……ボスの座を狙ってるとかかしら?」
「ああ……」
その話についてはクレスもうすうすと感づいていた。
組織においてオフィサーエージェントに匹敵する圧倒的な強さを有するのに関わらず、組織には所属しない用心棒。
ボスの座────Mr.0の首を狙っている。そう言った噂が流れるのも当然だろう。
「その話に関してはデマだよ。オレはこの組織については敵対するつもりは無い」
クレスにとってはロビンがバロックワークスにい続ける限りそのつもりは無かった。
もっとも、確証は無いけどな……と心内で嘯く。
ロビンにとってはクロコダイルの野望などどうでもよく、自らの目的のために組織に所属しているだけだ。
「まぁ、あちしにしてみればドゥーでもいい事だけどねいっ!!!
あ!! ジョーカーちゃん乾杯しましょう!! か・ん・ぱ・い!!!
ポーラ!! タコパ早く!! 急いでお願いよーう!!」
「はい、お待たせ。……毎回思うけどこれおいしいの?」
「あったり前じゃないのよーうっ!! ジョーカーちゃんもそう思うでしょ!!?」
「ん? ああ。タコはともかくクリームは甘くておいしいよな」
「でしょ!! このタコとのアンバランスなあやふや感!! もう、たーまーんないっのよう!!」
「……あなた達間違いなく話噛み合って無くってよ」
クレスとボンクレーは互いにカフェオレとタコパフェの容器を掲げる。
杯で無いのが少々残念だった。
そして、ロビンがいないのがもっと残念だった。
しかし、再会を祝し声を上げる。
「「乾杯!!」」
この時ボンクレーが勢いよくぶつけ過ぎてパフェが飛び散ったのはご愛嬌である。
◆ ◆ ◆
「そろそろね……」
一人きりの執務室で資料の整理を終えたロビンが呟く。
目の前には一枚の書類。それをコーヒーで唇を濡らしながら眺める。
「目標の金額の確保は完了。購入ルートに流通ルートも問題なし」
仮面のような表情だった。
その瞳はガラス玉のようにただ無機質な輝きを放っている。
ロビンは執務室の窓の外を見る。
そこからは夕焼けに照らされる砂の王国が見えた。
赤い夕日は家路を急ぐ人々をやさしく、見守るように照らしている。
それを横目にロビンは窓を開け放った。
「日々の営みが過ぎ行き、やがて人はそれを過去と呼ぶ。それが重なり、紡がれ、歴史は彩られる」
カップを机に置く。
コーヒーはいつもより余計に苦く感じられた。
「時に起こる必然の改革も全ては人の織り成す営みより発生する。
考古学者とは観測者。過去に目を向け耳を向け、全身全霊でその営みを探る者」
その時、開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んだ。
夕暮れ時に起こる独特の生ぬるい湿気を含んだ風。
……どうやら今夜辺りから雨でも降るのかもしれない。
風を背中に受けながらロビンは小さく呟いた。
「……私はいつから歴史を作れるほど偉くなったのかしら?」
風が一枚の書類を靡かせる。
バロックワークス……いや、クロコダイルの野望の第一歩を担う重要な案件が記されている。
それはとある品物の購入リストだ。
品物の名はダンスパウダー。
通称────雨を呼ぶ粉。
この王国に破滅をもたらす、悪魔の一品である。
「オハラの悪魔達。……悪いのは私だけなのにね」
あとがき
いつもより遅れてしまいましたね。申し訳ないです。
アラバスタ編、次回くらいから原作過去偏です。
気合を入れたいところです。次回も頑張ります。