「船長!! 島が見えました!!」
海賊船は島へと近づく。
それに従い船内は爆発的に沸き立っていく。
武器を突き上げ歓喜の声を上げる。
観光なんてそんな生ぬるい目的では無い、
血の気の多い彼らが望むのはもっと自由で素敵で楽しい事だ。
むろんそれは“彼らにとって”との前程がつくのだが……
「野郎ども戦闘準備だ!!」
マ―ルックは看板で声を張り上げる。
そして、二ヤリ、と口元を曲げた。
周りでは部下達がマ―ルックの声に反応し歓声を上げた。
「今回はどうするのぅ?」
不気味な猫なで声でルラージュがマ―ルックに訪ねた。
彼もまた興奮を隠しきれないといった様子だった。
鏡で己の美貌を確かめ髪をかきあげる。
美しい女性であればさまになっていただろうが、残念ながらルラージュはオカマだった。
マ―ルックはそんなルラージュに一瞥をくれた後、
嫌そうに顔を歪めて、楽しそうに曲げ直した。
「焼き払う、今決めた」
「あらん? 前回と同じじゃない? “同じ事は飽きるので一回置く”じゃ無かったかしら?」
「止めだ、止め、そんなくだらんルールなんてな」
「また、曲げちゃったのねぇ……うふふふふふふふふふ」
「ぐにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
二人の笑いが船内に響いた。
ひどく楽しそうな、酒場で笑いあう人々のような笑い声だった。
しかし酒場の人間とは圧倒的にその笑いあうべき対象が違う。
「一発ブチかまそうじゃねェか。曲がりなりにも海賊なんだ。残酷に残虐になぁ!!!」
第十一話 「オカマとコイントス」
「か、海賊が来たぞ!!!」
この時代において幾度となく恐怖と共に叫ばれた言葉。
それは、何かのスイッチのように人々を混乱へと誘う。
マールック海賊団は接岸するなりいきなり砲撃を始めた。
次々と放たれる砲弾は活気ある港を一瞬で恐怖へと変える。
人々が逃げ惑うのを楽しむかのように次々と砲弾を放ち港を破壊していく。
そして誰もいなくなった港に正面から堂々と入港する。
砕かれた地面。
火のまわった残骸。
一瞬で廃墟と化した静寂の支配する空間。
そこをまるで己のために引かれた絨毯のように堂々と、海賊達は歓迎を受ける訳でもなく降り立った。
海賊達は飢えた獣のように目をギラつかせる。
だが彼らは同時に鎖のついた獣でもあった。
「今回の目標は“街を焼き払おう”だ。
奪え!! 殺せ!! 存分に暴れろ!! そして飽きたら焼き払え!!」
飼い主の命令。
マ―ルックは鎖を解き放つ。
鎖の無い獣たちは無秩序に自由に駆け回る。
前へ、
前へ、
街の方へ、
獲物の方へ、
海賊がやって来た。
この情報は一瞬で島中を駆け巡った。
同様は一瞬で広がり、人々は我先にと逃げ惑った。
しかし、ここには一つの問題があった。
逃げ場所には行き止まりがあったのだ。
四方を海で囲まれた隔絶した空間。
しかもそれほど大きな島では無い。
海賊達が迫り来れば逃げ道がない。
主だった港は島の正面に一つだけ。
小舟こそあるものの全員を乗せる事は不可能だ。
海軍に関しても今すぐやってくることはまず無い。
つまり、この地にいる人間の命は全て海賊達が握っていた。
「……来てしまったのか。まさか海賊船ごとやってくるとは、面倒な」
「そうみたいね……せいぜい仲間を増やす位だと思ってたのに」
クレスとロビンはベンサムと出会った喫茶店にいた。
カラン……と寂しげに扉に取り付けられた鈴が鳴る。
辺り一帯は昼間にあるまじき静寂が支配していた。
店長を含め店内の人々は海賊達を恐れ逃げ出してしまった為に店内には二人だけだった。
「これからどうするか……」
クレスはカフェオレを口元に運び思案する。
正直なところあまり良い案がある訳では無い。
大まかには二つ。
逃げるか、迎え撃つかだ。
「そう言えば、オカマさんはどうしたのかしら?」
ロビンがここにいないベンサムについて言った。
クレスとロビンはベンサムと待ち合わせをしていた。
海賊達に一方的に絡まれた日からログが貯まるまでの一週間、
一応の対策として最悪お互いの位置位は把握することにしていた。
待ち合わせの折、別に時間を指定していた訳では無いが、今になってはそれが悔やまれた。
「確かにいつもより遅いな。
まぁ、どこでどうしてようと今はほっとくしかないだろう。
アイツは目立つから心配しなくてもその内見つかんだろ。
もしかしたら、もう港に向かったかもしれないしな」
「それもそうね……それにオカマさんの強さなら、あまり心配する必要は無いわね」
「今は身の振り方を考えるのが先決だな」
「そうね」
そうしてロビンも誰もいなくなった喫茶店でクレスに倣いコーヒーを口元に運んだその時だった。
バン!!
扉が勢いよく開いた。
取り付けられた鈴が悲鳴のように鳴った。
そして地面に落ち不規則に転がった後、踏みつけられて砕かれた。
「ひゃっはぁ!!」
「いたぞ!! 男と女だ!!」
武器を構えた海賊二人組。
通常なら逃げ惑い命乞いでもする状況だ。
しかし、クレスとロビンの反応はひどく薄いものだった。
クレスとロビンは眉ひとつ動かすことなくテーブルに座り続けていた。
二人は海賊達に一瞥だけくれると、また話し始める。
海賊達は始め恐怖のあまりに声が出ないのだと思っていたが違った。
二人は海賊たちなど全く意に反していなかった。
全く脅威と見ていなかった。
海賊達は二人に向けて怒りと共に武器を振り上げる。
彼らにとって二人は獲物だ。
ただ狩られるだけの獲物。
その獲物が捕食者を前にして無反応であることを許せるはずが無かった。
クレスは己に凶刃げ迫ろうとも全くの無反応だった。
カフェオレの入ったカップを置き、テーブルに置かれた角砂糖を入れようとした。
しかし、その手はロビンに止められる。四つ目だった。そろそろ砂糖の味しかしなくなる頃あいだ。
「ダメ」
「……分かった」
クレスは渋々とその手を引っ込め、ロビンが油断した瞬間に角砂糖を口の中に放り込んだ。
そしてロビンにしてやったりと意地の悪い笑顔を向けた。
それを見てロビンは無言でクレスのまだ半分ほどあるケーキを引いた。
クレスは真剣に頭を下げた。土下座ばりの勢いだった。
海賊達はそのやり取りを見ていた。
見ているしかなかった。
クレスとロビンに向けて振りおろした腕から全身にかけてが全く動かなかった。
見れば全身を複数の腕によって拘束されていた。
「がっ……ぐぎっ……なんだ…と……!!」
「悪魔…の実……船長ど……同じ……っ!!」
ゴギッと太い枝の折れるような音がして海賊達が崩れ落ちた。
ロビンの能力によって関節を極められたのだ。
再び静寂を取り戻した空間でロビンは倒した海賊達を見ながらクレスに訪ねた。
「逃げるか、戦うか、選択は二つに一つ。クレスはどっちがいいと思う?」
「まぁ、どっちを選んでもそれなりにリスクはあるよな。
大人しくしていて見逃してくれるならそれもいいんだけどな」
「そうね。逃げてもあまり結果は変わりないのかもしれないわね」
島はそれほど広く無い。逃げた所で海賊達がやってくればそこで終わりだ。
後は彼らの気分しだいと言ったところだ。
「海賊船に潜り込むってのも今回は無理そうだしな……」
「オカマさんの一件で私達は敵だとみなされている可能性は高いわね」
「……ベンサムのアホめ」
だが、ベンサムを責めるのも筋違いだと言うのも二人は分かっていた。
むしろほとんど関係無いだろう。
悪いのは間違いなく海賊たちなのだ。クレスとロビンの運が悪かっただけだった。
「船の方も心配ね。壊されてなければ良いのだけれど……」
「今回は正面の港に止めたのが仇になったか。
船には罠を仕掛けてあるけど、それも逆効果かもしれないな。逆上して船自体を壊されかねない」
「なら港に向かう?」
「……そうなれば確実に戦闘だな」
船が狙われる可能性は高い。
海賊達は正面の港に現れたのだ。港にある船ならば狙われてもおかしくは無い。
出来れば面倒事は起こしたく無かった。
しかし、自体は切迫し目的のためには多少の強引な手段を取らざるを得ない。
「マ―ルック海賊団船長“曲がり者のマ―ルック”懸賞金五千七百万ベリー。
結構な大物ね。相手にするのは骨が折れそう」
「まぁ、こうなったらしょうがないんだけどな」
クレスは懐からコインを取り出した。
共通通貨であるベリーだ。
「コイントス?」
「たまにはいいんじゃねぇか? 新しい試みで」
「そうね。表と裏はどうするの?」
「表ならとりあえず港に向かう。そこでどうするかは状況次第だな」
「裏は?」
「逃げてやり過ごす」
「後ろ向きね。それにカッコ悪いわ」
「それもそうだな、それじゃあ……」
クレスは二ヤリと笑った。
どこか悪戯を思いついた少年にも似た笑みだった。
「裏ならマ―ルックを討ち取りに行くってのはどうだ?」
ロビンはクレスの言葉に口元を緩めた。
「ハイリスクね。でも、一番てっとり早くて確実なのかしら?」
人々は皆逃げ惑い、港にいる者は海賊だけだ。目撃される心配は少ない。
それに船長を倒せば海賊達は島から出ていく可能性も高い。
だが、それはロビンの言うように危険な案でもあった。
マ―ルックの強さが未知数なのだ。争い無事でいられる可能性は分からないのだ。
クレスはコインを指の上に乗せた。
後は親指で弾くだけだ。
「まぁ、とりあえずはこれでやってみよう。
港に行けばベンサムとも合流して楽できるかもしれないしな」
「運命を知るのは神様だけ……ね」
「神様なんて関係ないだろ」
「どうして?」
「だって、コインを投げるのはオレだからだよ」
コインは宙を舞った。
クルクルと回り、回り続ける。
表か裏か、冗談の応酬のようなやり取りの結果が方針となる。
ロビンとクレスはコインの示す先を見守った。
コインはゆっくりと降下しクレスの腕の中に落ちた……
あとがき
次回からバトルですね。
ボンちゃんがかなり活躍しそうです。