静かな夜だった。
聞こえるのは静かな波の音と眠る同居人の寝息だけ。
よけいな騒音など何もない、
まるで、世界には自分達しかいないのではないかと思えるほどの静寂だ。
ロビンは読みかけの本に栞を挟み、音を立てないようにゆっくりと閉じた。
軽く背を伸ばす。
同じ体制のまま長時間いたために固まってしまった全身の筋肉をほぐす。
テーブルに置かれたコーヒーはすっかりと冷めてしまった。
時計を見れば既に深夜を回っていた。
ロビンはソファーで眠るクレスのもとへと近づく
近くにはずれ落ちた毛布。
ロビンはそれを拾う。
クレスの無防備で穏やかな寝顔を見て微笑む。
そしてそっとクレスに毛布をかけた。
「……ん……ああ、ありがとう。寝ちまってたのか……」
「ごめんなさい。起こしてしまったみたいね」
「……いや、いい。
もともと、浅い眠りだったみたいだし、その内起きただろうよ」
クレスは時計を見た。
時刻はもう深夜を回っている。
「本を読んでたのか?」
「ええ」
「夜更かしはほどほどにしとけよ」
クレスは一度おおきな欠伸を漏らすとソファーから立ちあがった。
「ちょっと、夜風にあたってくるわ」
外に出ようとするクレスにロビンがつづいた。
「私もいっしょにいいかしら?」
「そうか……、
それなら、せっかくだしコーヒーでも淹れ直すか」
「そうね、でも砂糖は控えなくちゃダメよ」
「うっ……せめて三つに」
「ダメ」
第一話 「コーヒーと温もり」
気持ちのいい夜だ。
ロビンはそう思った。
空には満月が浮かび風は柔らかい。
気候は涼しいのに風は冷たくは無い。
「ほらよ」
「ありがとう」
温かな湯気の立ちあがるマグカップをクレスから手渡される。
手のひらから伝わる熱が全身を温める。
クレスが隣に座った。
それはもう当たり前にすらなっていた。
コーヒーを一口飲む。
舌に伝わる苦みがちょうどいい。
クレスを見れば嫌がる子供のように顔を歪めていた。
結局砂糖は二つとなったのだ。
無糖派のロビンにはそれでも多いと思えてしまうのだがクレスは違ったようだ。
クレスは昔から思考や立ち振る舞いは大人ぽかったのに味覚は子供だった。
苦い物や辛い物が苦手らしい。
それを見てロビンは思わず笑ってしまう。
クレスから恨みがましい視線が送られるが表情は変えなかった。
ロビンは二人でいるこの時間が好きだった。
ずっとそうだった。
どんなに苦しくて辛い事があっても二人でいる時だけはそれを忘れられたのだ。
ひとしきりたわいない雑談を続けた後に、クレスがぽつりとつぶやいた。
「いい月だな」
「そうね……とても優しい感じがする」
柔らかな月の光をロビンはそう感じた。
貫くような無遠慮な光では無い。
全てを受け入れ、包み込むようだった。
「次の島で準備を整えたら、
いよいよグランドラインか……」
「不安?」
「まぁ……無いと言えばウソだわな」
グランドラインには前々から興味があった。
“西の海”でクレスと共に政府の目を逃れながらも考古学の研究を進めた。
船を手に入れるたびにわずかな足取りを追って“歴史の本文”を探し続けた。
いくつもの島、それも“西の海”中の島々を確認したと言ってもいい。
だが、見つけたのはたったの一つだった。
ロビンは今までにクレスと集めた情報をもとに、
自分達が探し続けているものはグランドラインにあるんじゃないのかと、半ば確信に近いものを抱いていた。
「ロビンはどうなんだよ?」
「そうね……不安はそんなに無いわね」
「へぇ……」
「だって……これからもクレスは一緒にいてくれるんでしょ?」
クレスの手を取り、どこか確信めいたような口調でロビンは言う。
月明かりがロビンの表情を照らし出す。
クレスは一瞬時間が止まったように硬直した。
「………当たり前だ」
そんなクレスの言葉に、
ロビンはこの上ないうれしさと頼もしさを感じる。
コーヒーを一口飲んだ。
今なんだか温かいのはコーヒーのせいだけじゃないだろう。
時はゆっくりと流れていく。
深夜遅くだと言うのに不思議と眠くは無かった。
このまま日が昇るまでずっとクレスと寄り添っているのも悪く無い。
そんな事を思った。
「………いろいろ……あったよな」
海に月影が揺らめく様子を見つめながらクレスがつぶやいた。
「……長いようで短い……そんな日々だった、そう、思えるわ」
「まぁ……ロクな道のりでは無かったわな」
「でも……辛いことだけじゃ無かった」
「………そう言ってくれると……助かる」
クレスは時々悔いるような表情をする。
ロビンにはその理由が想像できた。
オハラから逃げ出してから
クレスはいつも自分のことを考えていてくれているのだ。
自分が世界の残酷さを知って絶望しないように……
そして、それに染まってしまわないように……
でも、それは違う。
変わった……自分でもそう思う。
シルファーに包まれ、クレスに守られ、
そしてクローバーや図書館の皆に見守られていたころとは違う。
悪魔の実のせいで島の人間から避けられていたころよりも
深く暗い人の負の感情を見てきた。
そしてそれから逃れるための手段も覚えていった。
仕方がないことだった。
正直、褒められた方法では無い。
クレスも自分にその手段を取らせる事をひどく後悔していた。
でも、
クレスにいつまでも助けられているばかりなのは嫌だった。
かたくなに二人分の泥をかぶり続けていくクレスを見るのは嫌だった。
クレスと肩を並べたいから、
─────守られているだけなんて嫌だった。
「でも、……もし、一人だったなら耐えられなかったと思うわ」
今となってはあり得ない仮定だった。
どんな時でも隣にはクレスがいる。
それが、当り前だった。
「そうか………でも、一人じゃなかっただろ?」
「そうね、……ありがとう」
ロビンはクレスへと身を寄せ、寄りかかる。
クレスは黙ってロビンを受け入れた。
「……少し、昔の話でもするか……」
「そうね……夜は長いわ……」
二人は過去への扉をそっと開けた。
あとがき
チラ裏から移動させていただきました。
今回からこちらでがんばりたいと思います。
書いてて自分で糖度高っ!!と思ってしまいました。
どんなものでしょう?
次回から過去話です。
がんばりたいです。