─────オハラは知りすぎた……
嘆くような五老星の声とともにスパンダインに一つの指令が下される。
─────攻撃の合図を出せ誰一人逃がしてはならん……!!
海軍本部の中将が指揮する軍艦10隻を招集する
無慈悲にて圧倒的な力を振るう権力の権化
正義の名の下に行われる制裁
“バスターコール”の合図であった。
第十三話 「お母さん」
ロビンの胸には何か靄にかかったようなひどくあいまいな予感があった。
大切なものが見つかりそうな予感。
手を伸ばせば届きそうな……そんな思いだ。
シルファーに引き取られてもその思いはあった。
幼き頃の温かな記憶とぬくもり。
大好きだったはずなのに何故か忘れてしまったその姿。
積み重ねる日々において埋没してしまいそうな感情。
でも、いつも忘れたことは無かった。
ロビンにとってそれは決して風化するものではない。
たとえどんなに離れても、
たとえどんなに時が経とうとも
ロビンは母のことを思い続けていた……
ロビンの前でオルビアが役人によって乱暴に連行される。
オルビアの艶やでやわらかい白髪にほっそりとした姿
その姿にロビンは心の奥底にある母の姿を一瞬思い描いた。
周りの喧騒はいつの間にか聞こえなくなった。
その姿を見た瞬間から、自分の心の奥が急かすのだ。
沸き立つような感情をロビンは抑えられなかった。
「お母さんですか……?」
よみがえる昔の記憶。
シルファーとクレスと共に見送ったその後ろ姿。
本当は行って欲しくなかった。
でも、母の夢を応援したくて我慢したのだ。
シルファーやクレスは優しいし、
クローバーや図書館の人達も大好きだ。
悪魔の実のせいで町の人間には嫌われてしまったけど、
皆がいたから幸せだった。
……でも、そこに母の姿は無かった。
考古学も頑張って勉強した。
母がいつか帰って来た時に、一緒に海に連れってもらうためだ。
「私の……お母さんですか!?」
ロビンの目から涙がこぼれ落ちる。
それでも、離れていく母の面影を必死で掴もうとした。
「いいえ、………ごめんなさいね。人違いだと……思いますよ……」
だが、無情にもオルビアの言葉はロビンを突き放す。
ロビンからはオルビアの背中しか見えない。
それでもロビンは諦めることができなかった。
「私!!!ロビンです……!!!
大きくなったけど……私を覚えてませんか!?
ずっと、ずっと帰りを待ってました!!!」
ロビンの言葉にオルビアは泣き崩れる。
声を出さないように必死で口元を押さえ、肩を震わせた。
どうしようもなく自分は罪深い人間だった。
「本当に…お母さんじゃないですか?」
ロビンはいつかの記憶を思い返す。
手をつなぐ仲の良い家族を見た時だ。
寂しそうなロビンを気遣ってか
クレスがロビンの右手を、
シルファーが左手を握ってくれた。
とてもうれしかった。
だから、本当はこんなこと考えてはいけないのだと思った。
……ロビンは誰よりも母に手を握ってほしかった。
「いつか…手をつないで一緒に歩いてほしいから………
私!!一生懸命勉強して考古学者になれたの!!!“歴史の本文”も読めるよ!!!」
ロビンの言葉に周りは動揺する。
だが、そんなことロビンには関係ない。
もうその姿を失いたくなくて流れ落ちる涙をぬぐおうともせず必死で呼びかける。
「だから一緒にいさせてお母さん!!!
もう……置いていかないでぐだざい!!!」
『“バスターコール”を発動する!!
一斉砲撃開始────考古学の島“オハラ”その全てを標的とする!!!』
絶え間なく響く砲撃音。
発射、着弾、爆発、破壊
その工程が雨のように降り注ぐ砲弾によって
悪夢のように行われる。
人々の怒号と悲鳴その全てを打ち消すかのように
圧倒的な力が蹂躙する。
『オハラに住む悪魔たちを抹殺せよ!!!絶対正義の名のもとに!!!』
敵味方の判別の無い攻撃はオハラにいる者全てに降り注いだ。
「畜生!!何だこりゃ!?おれ様を殺す気か!!
おれ達がまだ島の外に出てねぇだろうがよ!!!」
スパンダインは迷うことも無く撤退を選択する。
この際、オルビアやオハラの学者たちなどどうでもいい。
何よりも自分の命が先決だ。
部下がオルビアの娘だと言う子供を指して考古学者だと言う。
もうそんなことはどうでもいいのだ。
“バスターコール”は発動したのだ。
この島にいる限り生き残れはしない。
今は顔だけ覚えてほおっておけばいい。
スパンダインは政府の船に向けて走り出した。
スパンダインがいなくなったことによりオルビアは自由になった。
自分の娘に背中を見せつ続けるオルビアにロビンは近づく。
ロビンはオルビアの汚れてしまった手をその小さな手で握った。
「こうしたかった……ずっと……」
オルビアはこらえきれなくなった涙を流し、
ロビンをぎゅっと、やさしく抱きしめた。
「ロビン…!!!」
「………お母さん……!!!」
六年ぶりの母の胸はとても温かかった。
シルファーとクローバーは二人を離れた所から見つめていた。
やっと再会できた親子を祝福したい気持ちはあった。
でも、状況はそれを許さない。
「わしのせいじゃ……ロビン“歴史の本文”が読めると言うのは本当か?
わしがちゃんと目を光らせておけば………」
「ごめんなさい、オルビアあなたからロビンちゃんを預かっておいていて……」
もはや、責める必要も責める気もないが、
ロビンは禁止されていたことを犯してしまったのだ。
「ごめんなさい……どうしても私……」
「そんな事も出来るようになってるなんて……本当に驚いたわ
たくさん頑張って勉強したのね。
誰にでもできる事じゃない……すごいわロビン!!」
ロビンはオルビアに強く抱きつき泣いた。
悲しいからではない、
母に褒められたことがどうしようもなくうれしかったのだ。
ロビンはもう母から離れないようにオルビアを強く握った。
オレはサウロの手に乗って全知の樹へと急いでいた。
海軍の攻撃が始まったのだ。
どうしようもない不安に駆られる。
ロビンは、母さんは、オルビアさんは、クローバーは、図書館の皆は、
大丈夫なのか?
サウロは大きさに比例して足も速く
砲弾の降り注ぐ中を全速力で進み全知の樹へと到着した。
オレはサウロの手の中から外を見る。
そこにはオルビアさんとロビンの姿があって
二人はお互い涙を流しながら抱きしめ合っていた。
よかった……再会できたのか
うれしさにオレまで涙だ出そうになった。
「ロビン!!ここにおったか探したでよ!!」
「サウロ!!クレス!!」
ロビンが涙目でオレ達の名前を呼ぶ。
その手はやはりオルビアさんを握りしめていた。
「クレス君!!無事だったのね!!」
「えぇ、すいません。負けてしまいました……
それよりもロビンと会えたんですね。本当によかった」
オレはサウロから飛び降りロビンとオルビアさんへと近づいた。
そしてロビンの頭をやさしくなでる。
「よかったなロビン、お母さんに会えて……」
「……クレス…、うん、ありがとう!」
目に涙をためながらもロビンはうれしそうな笑顔を返してくれた。
「クレス!!」
オレは走って来た母さんに抱きしめられた。
「……こんなにボロボロになって……、心配したのよ……」
「……ごめん、心配かけた」
オレは母さんを抱きしめ返す。
砲撃の音は響き続ける……
この温もりが感じられるのはもしかしたら後少ししか無いのかも知れない……
でも、今だけは何も考えたく無かった。
母さんはオレを抱きしめる腕を緩める。
そして、オルビアさんと何かを確かめ合うように視線を合わせ、
お互いにうなずいた。
「サウロお願い……!!、この子達を必ず島から逃がしてあげて……!!」
「私からもお願いします。どうか、この子たちだけでも……」
オレは母さんとオルビアさんの言葉に猛烈に嫌な予感がした。
状況が許さないのは分かる。
だけど……オレにはその選択はありえない。
「“だけ”ってちょっと待て!
その言い草だと逃げるにはオレとロビンだけみたいじゃないか……!
母さんとオルビアさんはどうするんだよ!?」
「いやだよ!!お母さんもおばさまも一緒じゃなきゃやだよ……!!」
オレとロビンは互いに母親へと詰め寄った。
だが、母さんもオルビアさんもその決意を変えようとしなかった。
「お前さんたち……!!」
「私達はまだ……ここでやる事があるから」
「お母さん!!離れたくないよ!!やっと会えたのに!!私もここにいる!!」
「オレも嫌だ!!そんな事はしたくない……!!」
「……だめよクレス、言うことを聞いて。
貴方たちは生きなくちゃだめなの……」
「オレだって死にたいわけじゃない!!
でも、二人を……!!クローバーや図書館の皆を置いてなんか行けない……!!」
気づけばオレは涙を流して訴えていた。
どうしても現実を認めたくなかった。
「だって母さんだぞ!!
こんな訳の分からないオレを息子として愛してくれた母さんだぞ!!
それが、こんなとこで突然オレ達を生かして自分は死ぬなんて言い出すなんて……っ!!
オレはただ母さんに甘えて、……まだ、何も返せてない
リベルから教わった“六式”だって母さんやロビンや皆を守るために使いたかったんだ……
それが……、それがこんなことがあっていいのかよっ!!」
「黙って言うことを聞かんかクレス!!」
「……クローバーっ!!」
「我々はもう既にに標的となって助からんのだ!!
ワシらはここで死ぬ。それはもはや揺るがない!!」
「まだ分からねぇだろうが!!」
「貴様だって分かっとるはずだ!!
海軍の艦隊がこの島を取り囲んどる!!
もはや逃げる術すらないのだ!!」
「っ!!」
そんなこと言われなくても分かってる……!!
だけど、諦める事なんてできないんだよ。
どうしてここの学者たちは逃げようとしないんだ!?
皆使命に動かされるような顔をして、迫りくる死に戸惑いすら無い。
「ロビン、クレス君…聞きなさい……。
オハラの学者なら皆知ってるの……
“歴史”は人の財産。
それは、あなた達が生きる未来をきっと照らしてくれる」
オルビアさんの言葉を母さんが受け継ぐ
「だけど過去から受け取った歴史は次の時代に引き渡さなくちゃ消えていくの
だから、ここにいる学者たちはたとえ逃げる手段があったしても、
ここでこうして、本を守り続けるわ。
オハラは歴史を暴きたいんじゃない、
過去の声を受け止めて守りたかっただけ」
────────私達の研究はここで終わりになるけれど、たとえこのオハラが滅びても……
「「あなた達の生きる未来を私たちが諦めるわけにはいかないっ!!!」」
……っ!!
オレは唇を血が出るほど噛みしめた。
オレだって今すべき事くらい分かる。
でも、それが正しいなんて絶対に思いたく無い
でも、……
「お願いクレス……ロビンちゃんを守ってあげて。
何があってもその手を放さないで………!!
あなた達さえ生きているならば、私達に後悔なんてないの」
母さんはいつの間にかロビンと同じように母さんを離すまいと
母さんを握っていたオレの手をやさしく引き離した。
「さぁ、行って!!サウロ!!」
母さんと同じように、すがりついていたロビンをオルビアさんが
引き離し、サウロへと引き渡す。
ロビンはオルビアさんと離れてしまうことに、必死で抵抗するが、
サウロの手を逃れることはできなかった。
オレはうつむき母さんの傍を離れた。
拳を限界まで握りしめて、
その拳で全力で自分の顔を殴った。
「!!」
母さんの息をのむ声が聞こえた。
口の中に広がる苦い鉄の味。
そしてにじむような鈍い痛み。
オレは自分の心を叩き直した。
弱いオレでは…もう、この選択しかないのだ。
オレは母さんに向き直り深く頭を下げた。
「いままで、本当に、本当に、ありがどうございまじだ………!!」
クソっ……
口が震えて声がまともに出せない。
今くらいカッコつけさせてくれ……
「当然じゃない……あなたは私の自慢の息子なんだから……
泣かないで前を向きなさい、男の子でしょう」
こんなオレに母さんはやさしく微笑みかけ、
涙を流すオレを強い瞳で見つめてくれた。
オレはサウロの手の中でぐずるロビンの横へと移動する。
そして、ロビンの身体を強く抱きしめた。
ロビンはオレの腕の中でも必死に抵抗する。
それをオレはただ強く留めていた。
「生きて!!!ロビン!!!クレス君!!!」
「絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!」
オレとロビンを見送る母さんとオルビアさんに
オレは何もしてあげることができなかった。
あとがき
ワンピースの原作を読んでこの話を書いているときに
自分の文章の稚拙さを強く認識しました。
私程度では、この壮大な世界を描きつづることはできないんだなぁと
半ば当然のように思っています。
このような駄文でよろしければもう少しだけこのシリアスにお付き合い下さい。
ありがとうございました。