必ず助ける。
その約束だけは、何があっても破るわけにはいかなかった。
第二十一話 「約束」
『1号艦、北西正門前より報告。
エニエス・ロビーの海兵・役人達の収容完了』
『次いで報告。本島より逃亡中の巨人を含む海賊達約50名を正門に確認』
『後、一斉砲火による完全抹消完了。全員死亡。
現状、本島での生存は不可能と思われ、―――』
『―――エニエス・ロビー本島における生存者“0”。1号艦艦報告終了』
『こちら2号艦より報告。
島の南東、裁判所及び司法の塔、そして橋へ通じる地下通路、全ての破壊を確認。
残る攻撃対象は躊躇いの橋のみです』
電伝虫より海兵たちの無機質な声が響く。
ただ淡々と、強大な力によって全てを破壊した成果を伝えている。
全回線に向けて行われた報告を、躊躇いの橋の上より麦わらの一味の船員(クルー)達は聞いていた。
「こんなに簡単に……人って、死んでいいの?」
炎と黒煙に包まれるエニエス・ロビーを見つめながら呆然とナミが呟く。
苦闘と幸運の末、ルフィ、クレスを除く麦わらの一味はロビンを拘束より解放し、躊躇いの橋の上に集結することに成功していた。
ロビンの無事な姿に喜びを分かち合うも、一味は躊躇いの橋より見える光景に次第に口を閉じるしかなかった。
司法の塔で戦っているときは気が回らなかったが、距離を置いて見る島の現状は絶望そのものだ。
先ほどまでの喧騒が嘘のように空々しい。
赤い炎と黒い煙が立ち昇る光景は、レプリカが燃えているようで現実感がない。
だが、あの場所は間違いなく先ほどまでいた場所であり、人が生きていた場所であった。
「地図の上から人は見えない。
彼らはただ、感情もなく世界地図から小さな島を消すだけよ。
それが……バスターコール」
膝をついたロビンが目を伏せる。
拳を必死で握ることで自身の無力を攻めた。
今はまだその隣に誰よりも信頼できる姿はない。
「単純に考えても、おれ達の頭数と軍艦の数が同じくらいか。
いくら出航できても、ここを抜けるのは至難の業だな。
まァ、こうしてみればここにいるだけでも奇跡みたいなもんかもしれねェがな」
タバコの煙を吐き出しながら考えを巡らせるようにサンジが呟く。
状況は何処までも一味に不利だ。
破壊された島。
逃げ場のない海。
そして、未だ戦いの中にいる二人の仲間。
「おれ、思うんだ。
ルフィもクレスも、自分が戦わなきゃならない相手を分かってたのかなって」
悪魔の実の暴走により立つことすらできないチョッパーが呟く。
こうして一味が全員そろったのも、ルフィとクレスが的確に戦うべき相手を見定めたからでもあった。
「……ルッチは強ェ。
<武帝>に関しちゃ強いなんてもんじゃねェ、完全に別次元だ」
実際にどちらの強さも体験したフランキーが言う。
CP9史上最強と呼ばれるルッチ。
そのルッチすら上回る力を持つリベル。
どちらも最悪の相手だった。
「……あいつら、死なねェよな」
「バカか」
ウソップの呟きをゾロが切って捨てる。
世界を敵に回すことがどういうことかなど分かっていた筈だ。
だがそれでも、一味は海賊として世界に喧嘩を売った。
ならば、最後まで走り抜けるだけ。
それに、どんな絶望でも仲間と共に乗り越えられると信じたから、皆ルフィに魅かれ船に乗ったのだ。
今更それを疑うことなどない。
「なにをォ!」
ウソップもそのことに気が付いたのか、強気にゾロに言い返した。
しかし、刻一刻と状況は一味の不利に傾いていく。
いや、もう既に状況は極まったと言っていい。
海軍にとって今の一味は陸に上がった魚も同然だ。
策など必要なく、力で押しつぶせる。
その時、本島の破壊を完了したことにより、僅かに途絶えていた砲撃音が再び響いた。
近い。
着弾したのは躊躇いの橋。
第一主柱より第二主柱にかかるアーチ部分が吹き飛んだ。
「橋を半分壊しやがったッ!」
「逃げ場を無くす気か……!」
一味は身構えた。
本島での殲滅任務を終えた海軍が続々と躊躇いの橋周辺に集結してくる。
完全に孤立した橋上を逃げ場なく取り囲む威容はまさしく黒鋼の檻だった。
『全艦、躊躇いの橋周辺に布陣。
第一主柱にロブ・ルッチ氏と麦わらのルフィを確認。
続いて、躊躇いの橋に海賊狩りのゾロ、ニコ・ロビンを含む海賊達を確認。
司法の塔にて、CP9を破った一味の主力と思われます』
電伝虫の報告は海兵たちに僅かなどよめきを投げかけた。
状況としては理解できていたが、報告として改めて聞けば驚異的なことだった。
エニエス・ロビーの不落神話は代々CP9が君臨していたからこそ成立したのだ。
その不落神話を崩した新米海賊(ルーキー)達。ここで取り逃がせば強大な悪となりえることは分かりきっていた。しかし、その快進撃もここに終わる。
「オイ! あそこを見ろ!!」
だが、この絶望的な状況でも一味の希望は消えない。
ウソップが第一主柱を指した。海軍の砲撃により外壁が崩れ、中の様子が確認できる。
そこには、ルッチと激闘を繰り広げるルフィの姿があった。
「ルフィ! ここだァ!!」
「ロビンちゃんは助け出した!!」
「後はお前とクレスだけだ!」
「勝てッ! 皆で帰るぞォ!!」
一味が次々に声援を送る。
ルフィは仲間達の姿に力強く笑い、頷いた。
「貴様が言った通り、全員生きていたか。
武帝殿の姿がない所を見ると、エル・クレスは未だ足止めに成功しているということか。大したものだ」
ルフィと対峙するルッチが声援を送る一味を見て嘆息し、すぐさまその表情を獰猛なものに変えた。
「しかし、数分後に同じ顔をしているか見ものだな。“悪”はこの世に栄えない」
そう、絶対的な強者のみが正義を名乗ることを許される。
正義とは強さであり、強さとは正しさなのだ。
「後はこっちの耐久力勝負だ。
ルフィとクレスが来るまで、持ちこたえられりゃおれ達の勝ちだ」
戦いを続けるルフィに背を向け、ゾロはそびえ立つ軍艦を睨みつけた。
軍艦は自らの巨大さを見せつけるように、躊躇いの橋ギリギリまで接近している。
どうやら砲撃してくる様子はない。
しかし、事態は更に深刻となりそうだった。
周囲を取り囲む軍艦よりいくつもの人影が現れ、一味を見下ろした。
それも並大抵の視線ではない。どれもが強靭で、強い意志を伺わせる。
まるで無数の銃線に晒されたようだ。
『少佐以下、出陣不要!
大佐及び中佐のみ、精鋭200名により速やかに始末せよ』
並び立つのは、海軍屈指の戦士たち。
海軍は精鋭による白兵戦にて一味を制圧するつもりだった。
「オウオウオウ! 大勢で取り囲んでくれやがって」
並び立つ海兵たちを前に、フランキーが拳を鳴らす。
「本部大佐って言ったら、あの“ケムリ野郎”と同じクラスじゃねェか!」
「おれ達にビビってる証拠だ。腹括れ」
高まる緊張に弱気なウソップをゾロが奮い立たせる。
ウソップは歯を食いしばり、仲間たちの姿を見た。
皆、怯むことなく海兵たちを睨み返している。そこでウソップはサンジの姿がないことに気が付いた。
「え? あれ!? サンジは? さっきまでそこに」
ウソップの言葉にゾロが周りを見渡す。
やはりサンジの姿はない。
「どこ行きやがったこんな大事な時に、あのバカコック!」
サンジの事だ、敵前逃亡などありえない。
何かの意図をもって姿を消したのだろうが、今の状況でサンジの不在はかなりの痛手だ。
「船から離れて! 傷つけられたら脱出できないわ!」
今にも飛び掛ってきそうな海兵たちを前に、ナミが指示を出す。
一味は脱出の為に護送船を一隻奪い取っていた。
今は四方を海に囲まれている。船を壊されれば、逃げ出す術すら無くなってしまう。
「もう二度と捕まったりしないわ」
一味と共にロビンが構えを取る。
海兵たちの狙いはロビンの確保だ。
もう一度クレスに会う為、生きてこの場を脱出する為、誰が立ち塞がろうと絶対に挫けるつもりはなかった。
「うぅッ! おれ、動けねェよッ!!」
一人護送船の上でチョッパーは己の無力を噛みしめていた。
立ち上がろうとしても、体に力が入らない。
ただ、黙って仲間たちが戦うのを見ているしかなかった。
『―――全体構えッッ!!』
回線より、精悍な号令が響く。
その瞬間、海兵達から放たれる重圧が膨れ上がった。
一味も互いに背を預け集結し、重圧を跳ね除ける。
戦雲は渦を巻き、轟雷のように放たれた命令によって弾けた。
『―――かかれェエエッッ!! ニコ・ロビンを奪還せよッ!!』
◆ ◆ ◆
ひたひたと、穏やかな海に花弁が開くように足跡が広がっていく。
悠然と、誰にも阻まれることなく、<武帝>の異名を持つ海兵は歩を進めていた。
変わらぬ表情からは、何も読み取ることは出来ない。
いや、何も読み取らせるつもりはなかった。
ふと口元を柔和に歪めた。
そして、自嘲気味に鼻を鳴らした。
―――久方ぶりであろうか。
このような諦観に浸る自己への韜晦は。
戦陣に立ち、海を駆け、敵を討つ。
海兵たる己が身にはそれが全てだ。そこに容赦や呵責などがあってはならない。
将の揺らぎは兵士の死に直結する。
海兵であることを選んだあの瞬間より、この身は暴力の化身であり正義だ。
故に敗北を刻むことはない。
生涯において一度たりとも。
しかし、未だ懊悩するのだ。
―――これでよかったのかと。
もはや晩秋となりえた人生においても、その疑問は尽きはしない。
常に思い浮かび、瞼に張り付き離れない光景。
五十年前、あの時、あの瞬間。
艶やかで、鮮烈な、決して色褪せぬ過去。
果たして、あの選択は正しかったのか。
いや、答えなど既に出ている。
どうしようもなく正しかったのだ。故に過ちであった。
―――少将さん。
明朗で透き通るような声。
意地の悪い女だった。だがどうしようもなく気高く美しかった。
未だこの胸に灯り続ける感情は薄れども決して消えはしない。
今にして思えば、これは呪いの類だったのだろう。
彼女はその命を懸けて呪いをかけた。
無双と呼び声高き我が身に、深く突き刺さる、世界を愛し憎んだ彼女の願いをかなえる為の呪いを。
そして空虚な“玉座”と意味のない“帝位”を手に入れた。
そうして、揺るぐことなく日々を過ごし続け、巡り合った一つの悲劇。
二十年前、炎に包まれたオハラの地。
結末を予期しながら、結局何もせず終えた。
あの子たちはどう思っているのだろうか。
恨むのだろうか。
それとも、許すのだろうか。
生き延びる術を与え、中途半端な希望を授けた。そうして、無情に突き放した。
見捨てたと言い換えてもいい。
それが正しさだと断じた。それが限界だった。
そんな彼らが如何様に二十年を過ごし命を散らすのか、それが知りたかった。
故にこの地に赴き、彷徨い続けたあの子たちの結末を見届けたかった。
そして海兵であるが故に、芽吹こうとした意志を刈り取ろうとしている。
立ちはだかった己が身は何処までも峻嶮な壁であったのだろう。
清々しい海賊たちに支えられた不屈の意志を、その覚悟を知りながらも砕いた。
それは正しいのか。それとも過ちか。
だた、言えることは正義の為だということだけだ。
この身は海兵。
海軍本部少将、アウグスト・リベル。
そうであろう、そうであり続けた。故に―――
「―――幕を引こうか。覚悟したまえ、海賊共」
◆ ◆ ◆
海兵たちの誰一人として、この状況を予期していたわけではなかっただろう。
エニエス・ロビーへの海賊たちの進攻。
世界政府に対する宣戦布告。
CP9の敗北。
バスターコールによる救援要請。
何もかもが常識外れ。だが、許しがたき事実であった。
しかし、その海賊たちの悪行もここで終わる。
躊躇いの橋に追い詰めた海賊たちを、海軍本部大佐・中佐で構成された精鋭200名で包囲制圧する。
海賊たちの戦力は僅か5名。
200対5。
あまりにも絶対的な格差だ。戦いは一瞬で終わる。そう誰もが思っていた。
だが、現状はそうではなかった。
「オオォッ!!」
気合いと共に振るわれたゾロの刃が、相対す海兵を切り飛ばす。
獰猛な獣のように刃は次なる獲物を追い求めるも、鉄の噛み合う音と共に別の海兵の刃に止められた。
海軍本部の佐官クラス。この称号は伊達ではない。
巨大な海軍組織においてもこの称号得られるのはほんの一握りの強者のみだ。
触れるだけで吹き飛ばされるようなゾロの斬撃を正面より受け止め、お返しとばかりに一撃を加えようとしてくる。
ゾロは海兵の動きを察すると、刀に更なる力を籠め強引に押し切り、弾き飛ばした。
しかし、敵は一人ではない。
間髪入れず三方向より海兵たちがゾロへと躍りかかった。
「火の鳥星(ファイヤーバードスター)ッ!!」
しかし海兵達は飛来した巨大な火の鳥によって、火達磨となって吹き飛ばされた。
「よっしゃァ!」
自身の援護が上手くいったことに、ウソップが拳を握る。
しかし、そのウソップの背後には巨大な鉄の棍棒を振りかぶる海兵があった。
ウソップが背後の気配に気が付き、悲鳴を上げそうになったが、それよりも早く駆け抜けた雷撃が海兵を打ち抜いた。
「よそ見しないの!」
帯電状態の<天候棒>を持ち、ナミがウソップに注意を促す。
そんなナミも余裕があるわけではない。数の差は圧倒的だった。
「ウェポンズ左(レフト)ッ!!」
ナミの背後ではフランキーが内蔵された兵器を掃射していた。
無数の弾丸がバラ撒かれ、海兵たちを薙ぎ倒すも、中には弾丸の中を走り抜けフランキーに肉薄する者もいた。
「ストロング右(ライト)ッ!!」
だが、フランキーは逆に海兵に向けて飛び込むと鋼鉄の右拳で殴りつける。
海兵も合わせるように短剣を振るったが、フランキーの体は鉄。無情に弾かれた。
代わりにフランキーの拳は海兵の体をこの上なく打ち付けた。
その傍で花が舞う。
「三十輪咲き“ストラングル”」
海兵たちに突如腕が咲き誇り、容赦なく首の関節を極める。
倒れ伏す海兵たちの視線の先には、強い意志を宿したロビンの姿があった。
襲い掛かる海兵たちに決して引くことなく戦う一味の中で、最も猛威を振るっていたのはロビンだった。
ロビンの<ハナハナの実>は身体の一部を自在に咲かせる事ができる能力だ。
咲かせる場所を厭わないロビンの体は、完全な不意を打つことが可能となる。
外部から一定の力を加えることによって人の体は簡単に動きを変える。人体の構造を知り尽くしたロビンならばなおさらそれが容易い。
襲い掛かる海兵たちにとってロビンは厄介極まりなかった。
構えた銃口は悉くが逸らされ、味方を打つ始末。
接近戦を挑めば、足元を掴まれ重心を崩され、味方の動きを阻害する。
かと言え、二の足を踏めば容赦なく関節を極められた。
―――ルフィとクレスが来るまで、絶対に持ちこたえる。
苦難に立ち向かう一味の気持ちは一つ。
互いに助け合い、決して折れぬ心で戦い続ける。
海賊たちの姿に海兵たちは僅かに圧倒されつつあった。
佐官クラス200名と互角、いやそれ以上の乱闘を繰り広げる海賊達。
その船長はCP9史上最強と呼ばれるロブ・ルッチと真正面より張り合っており、配下の一人エル・クレスは彼の<武帝>と戦い、持ちこたえているという。
麦わらの一味はただの新米海賊(ルーキー)ではないのか。
負けるとは思わない。だが、未だ勝利できない。
大多数の海兵が僅か数名それも今にも倒れそうな海賊たちに圧倒されるという光景がそこにはあった。
実際に戦う佐官クラスの人間はもちろんのこと、知らず、見守る下士官たちの手のひらには汗が滲み、指揮官たる中将たちも僅かな苛立ちを感じ始める。
大群において、焦りと言うのは恐怖と同質だ。
僅か数名から端を発したそれは、一瞬のうちに燃え広がり全体を覆う。
その時、不意に音が消えた。
それはありえない光景だった。
騒乱に包まれていた戦場に突如広がった静寂。
武器を振り上げた海兵の動きが止まり、隙をつこうとした海賊の動きも止まる。
コツリ、と硬質な足音が響いた。
そしてその場に居合わせた全員が圧倒的な存在感に視線を向けた。
丁寧に撫でつけた白髪交じりの灰色の髪。
皺を刻むも溌剌とした顔の左側には巨大な裂傷の跡がある。
一部の隙もない肉体は、永い年月を生きた大樹のように不動。
「何を恐れる、勇壮なる海兵達よ」
厳かに言を為し、男は羽織るコートを威風堂々と靡かせる。
「―――今こそ、“正義”を示せ」
今もなお語り継がれる、生ける伝説。
海軍本部少将<武帝>アウグスト・リベル。
次の瞬間、躊躇いの橋において万雷の如き喚声が沸き起こった。
海兵たちは皆声高に称える。己が正義を。そして<武帝>と名高き海兵を。
何を恐れることがあったのか。正義は我らにあり。我らには無双の武帝がいる。
一声において戦場を変える。それは、まるで英雄譚の一幕のようだった。
激励を受けた海兵たちは神風にでも吹かれたような勢いで海賊達に躍りかかかった。
「ウソ!? 海兵たちが一瞬で!」
「クレスはこんな怪物とやり合ってたのかよ……!?」
ナミとウソップが目の前の光景に戦慄する。
たった一人で国を落したと言われる伝説の海兵。その力は二人の予想を大きく超えていた。
「エル・クレスの野郎……!!」
今まで以上の手強さを見せる海兵達と戦いながら、フランキーがリベルの姿を見て歯噛みする。
こうしてリベルが現れたということは、クレスが敗北したということだ。
そのことが一味に投げかける影響は大きい筈だ。特にロビンにとっては。
激しさを増す戦場の中を気にも掛けずに、真っ直ぐにリベルは進んでいく。
如何なる理屈か、彼の進む先は人が割れ自然と道が出来た。
「マズいッ! アイツの狙いはロビンだ!!」
いち早くリベルの狙いに気が付いたゾロが叫ぶ。
ロビンの元に駆けつけようと走るも、目の前に海兵が現れ阻まれてしまう。
「邪魔をッ……!」
咄嗟に海兵を切り払うも、海兵達は数にモノを言わせてゾロを押しとどめた。
ほかの船員(クルー)達もロビンの元へと急ごうとしたが、海兵たちの猛攻の前に阻まれてしまっていた。
もとより拮抗していることだけでも驚異的なのだ。
ましてやこの状況。直ぐ傍にいる筈のロビンまでの道が果てしなく遠い。
「覚悟はいいかね、ロビン君」
一味の思いも虚しく、リベルはロビンの元へと辿り着いていた。
リベルとロビンを中心に戦場に空白ができる。リベルの放つ重圧が他者の介入を完全に拒んでいた。
「覚悟なら決めています」
「ならば、無駄な抵抗は止めたまえ。痛み無く君を送ろう」
「それは出来ません」
「ほう、何故かな?」
尋常ならざるリベルの姿を正面に据え、ロビンは凛とした様子で告げた。
「私が決めたのは、生きる覚悟だから」
ロビンが腕を交差させる。
甘い香りと共にロビンの<能力>が発現した。
リベルの肉体に無数の腕が咲き、動きを束縛するとともに関節を極めにかかった。
「ならば、その決意ごと私は打ち砕こう」
直後、リベルに咲いたロビンの腕の悉くが散り去った。
リベルの驚異的な体捌きにより消し飛ばされたのだ。
「……ッ!!」
腕に走った痛みに耐え、ロビンは更に能力を行使する。
一歩踏み出したリベルの脚を掴む。
―――動きを止められたのは一瞬だけだった。
躍動する肉体を縫いとめようとする。
―――力強さに負け、腕が散った。
構造的に絶対に動けない方向へ身体を曲げようとする。
―――リベルの肉体はほぼ不動であり、動かすことですら絶望的だった。
「二輪咲き!」
ならばと、ロビンはリベルの視界を防いだ。
リベルの動きが僅かに鈍る。
「百花繚乱……!!」
間髪入れず、海兵から武器を奪い取り、四方より投げつける。
同時に束ねて力を増した腕で全力で関節を極めにかかった。
飛来する刃にうごめく腕。
いくら伝説の海兵と言えど、視界を防がれた状況では対処しきれるものではない。
「鉄塊」
だが、いとも容易くリベルはロビンの企みを打ち破った。
鋼鉄の肉体の前では、刃も束ねた腕も無力だった。
咲き誇った腕の悉くがリベルに触れた一瞬の後に散っていく。
リベルの歩みは止められず、無情にもロビンの直ぐ傍に立った。
「はッ!」
それでもロビンは諦めなかった。
背後より咲かせた腕でリベルの腕を取ろうと足掻く。
「無駄だよ」
だがそれも、リベルが腕を振るうだけで消え失せた。
「幕を閉じようか、ロビン君。
クレス君と共に逝きなさい。この世に無い安息もあの世にはあるかのかもしれない」
「……私は何も諦めない」
冷徹に見下ろすリベルをロビンは未だ強い意志を持っていた。
刹那のうちに消え果てもおかしくはない命。しかし、その光は何処までも強い。
「どこに希望を抱く余地がある。
賢い君のことだ。分からぬ訳でもあるまい。
海賊たちは気勢を取り戻した海兵たちに敗れ去るだろう。
ルッチ君と戦う麦わら帽子の船長は息も絶え絶えだ。
バスターコールの包囲はネズミ一匹逃しはしない。
―――なにより、クレス君は私に敗北した」
「“全て”です」
戸惑うことなく、ロビンは言う。
「まだ、誰も負けていない。
仲間たちも、船長さんも、私も、クレスも! まだ、生きてる!」
「何を根拠に……」
眉をひそめるリベルにロビンは告げる。
決して枯れぬ花のように。
「私は仲間を、クレスを信じてる。
“必ず助ける”そう言ってくれたから……!!」
ロビンの言葉は一笑に伏すべきものの筈だ。
しかし、リベルにはそんな感情は湧かなかった。
ただ、眩しかった。
「揺るぎない強き意志。
そうか、……良き仲間を持ったのだね。
しかし是非もない。その淡い希望を抱いたまま逝きなさい」
リベルが腕を振るう。
その瞬間がロビンにはやけに鮮明に見えた。
間違いなくリベルの指先は自身の胸を貫き殺すのだろう。
海兵たちの包囲を潜り抜けた仲間たちが必死な顔でこちらに駆けよって来るのが分かる。
周りの喧騒が嘘のように静かで、遠くに見える空がとても綺麗。
だから、分かる。
自分は正しかったのだと。
リベルの指先が胸を貫く寸前、ロビンは笑みを浮かべた。
「……ほら、来てくれた」
神速を纏い、黒い影が飛び込んでくる。
影はまるで春風のようにそっとロビンを抱き寄せると刹那の内にその場を引いた。
僅かに遅れリベルの腕がロビンがいた場所を通過する。
リベルの目が見開かれた。
海兵たちが驚愕の表情を浮かべ、仲間たちが一瞬の後歓喜を爆発させる。
「“時幻虚己(クロノ・クロック)”、解除」
歪み、無限に圧縮された時が戻る。
気が付けばロビンは腕の中にいた。
誰よりも暖かく、誰よりも安らげる腕の中だった。
干草のような髪が揺れた。
「助けに来たぞ、ロビン」
全身ズタボロでひどい怪我なのだろう。
でも何でもなさそうに強がりながら言う愛しい姿に、ロビンは涙をこらえて微笑んだ。
「ええ、待っていたわ。クレス」