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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 第二部 完 (中)
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:1e247df3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/31 23:55
 屋敷に帰れば、皆が襷(たすき)がけをし、準備万端で待っていた。
予想どおり、本日来客の知らせが届いたらしい。
「早く!」と急かされながら着替えて厨に入れば、「これ、日吉の分」と袖をあげる紐を手渡される。
ありがとうと手を伸ばし、しかしその親切な手の主、今日はここにはいるはずのない人に驚いた。

「え、奥方さま!?
 ……あの、姫様は?」

「嘉兵衛にお願いしてきました。
 私も旦那様のお役に立ちたいですもの。
 どうかお手伝いさせて下さいね」

 にっこりと、あいかわらず年を感じさせない可憐さで彼女は笑う。
が、あの這い這いしまくる一歳児(昨年八月誕生)を預けちゃったのかと、私は内心言葉に詰まった。
最近この働き者の奥方が厨に出て来られなかった理由は、彼女似の元気良すぎる娘のせいだったのだ。
幼児は驚くほどの闊達さで、コンパクトな体を生かしどこにでも潜り込むから、一時だって目が離せない。
それを嘉兵衛に預けちゃうとは、奥方はずいぶん大胆なことをする。

 急な来客でどこも人手不足だ。今日は子守に当てる余分な人員はない。
大刀自さまの助けを望むにも、彼女だって部屋の支度や花活けなどの仕事があって忙しいだろう。
嘉兵衛一人で大丈夫だろうか……?
強くたしなめることも出来ず、ただひたすら幼児を追いかける少年の姿が思い浮かび、私は視線を泳がせる。
しかし、厨の本来の主に手を取られ、こうまで頼まれれば嫌とは言えない。
「お願いします」と返せば、こちらまで明るくなるような笑顔を顔いっぱいに浮かべ彼女は頷いた。

 嘉兵衛に任された大役は心配だけど、私にもしなければいけない仕事がある。
今は彼を信じ、私も自分のやるべきことをやる時だ。
「さあ皆、頑張りましょう」と奥方が音頭をとり、「えい、えい、おー」と勇ましい鬨の声もあがる。
頼もしい助っ人の参入に沸いた厨房は、元気良くスタートを切った。



 ――――― 戦国奇譚 第二部 完 (下)―――――



「日吉、段取りはもう決めているの?」

「献立は聞いておられますか?」

「ええ。
 一の膳に、一汁三菜と飯、香の物(漬物)。
 三菜の内訳は、炊き合わせ、和え物、小鉢。
 追い膳(二の膳)は、一汁二菜。
 菜は、焼き物と蒸し物。汁は、すまし汁。
 最後に大平、でいいのよね?」

「はい。
 これをまずは二つの組に分けて作ろうと思います。
 先発は、事前に仕上げまで作っておいてもいい物。
 後手組みは、出す直前に仕上げる物、という形です」

「仕上げでわけるの?
 完成に時間がかかるものから先に、というのではなく?
 お正月や祝賀の御膳の時は、造り置きをするものだけど」

「そうですね、普段料理より品数が多いところは祝い膳などと同じです。
 でも……。
 お料理には、一番美味しい瞬間っていうのがあると思うんです。
 食材を吟味したり、調理法を工夫したりするのと同じように、『時』にも気を配りたい。
 出来る限り最高の状態で、お客様にお出ししたいんです。
 手間はかかると思いますが、今回はこの手順で。 お願いします」

「そういうことね。
 『厨での段取りよりも、食べる相手のことを考える』
 大事なことなのに、忘れかけていたみたい。
 道具を上手く使えるようになって、要領がよくなっても、本道を見失ったらダメよね。
 大平は素麺(そうめん)。
 長く置くと不味くなってしまうものもあるのだし、あなたの方が正しいわ。
 大事なことを思い出させてくれて、ありがとう日吉」
 
「いいえ、私こそ大きな口を叩いてすみません。
 奥方さまは、いつでもご家族のことを深く気遣っておいでです。
 毎日の食事にだって、私なんかよりずっと細やかに心を配られていて……、ごめんなさい」

「謝らないで。
 あなたは何も悪いことは言っていないのよ。
 そう、今回はいろいろ珍しいお料理もあるのでしょう?」

「はい。
 ですが、基本はいつもと同じです」

「私も頑張るわね。
 では、最初は時間をおいた方が美味しくなるものから始めましょう。
 味がしっかり沁み込んだ方が良いものといえば、やはり煮物でしょうね。
 最初に『炊き合わせ』で、次に『和え物』。
 蒸し物と焼き物は、下準備まで終わらせておけばいいかしら。
 汁物は最後ね。
 日吉、炊き合わせ用の細工豆腐は初めにお願い。
 それから、ご飯なのだけれど、」

「ご飯も直前組です。
 昨夜しっかり磨いておきました。
 真っ白ですよ、楽しみにしてて下さい」

「ええ、もちろん。
 日吉が姫飯(ひめいい)を炊いてくれると聞いてから、私、待ち遠しくって。
 ……姫飯って、水飯(みずめし)とも、湯漬けとも違うのよね。
 ねぇ、ちょっとぐらいなら、私達にも残ると思う?」

「味見は料理人の義務です。御褒美です。
 少しずつでも皆で口にして、気に入ったのがあったらまた作ります」

「そうね、お客様は一度きりだけれど、日吉はずっとうちに居るのですもの」


 使用する包丁や道具などを仕分ければ、湯が沸いたと呼ぶ声。
奥方は作業に分かれる前、私の襷がけをチェックしてくれた。

 彼女は、袖をあげた紐の余った部分を邪魔にならないよう肩に回し、背中側に挟み直す。
これなら腕をたくさん動かしても、脇で擦れて緩んでしまうことはない。
小さくても的確な親切が嬉しくて、お礼を言えば、返されたのはサムズ・アップ。
ああ、こんなところにも私のうっかりの被害者が……とは思ったが。
しっとり系和装美人との組み合わせは意外に良い。ギャップ萌えかもしれない。眼福眼福。
私もテンション上げて持ち場へと向かう。


 土間ではなく上がり框(かまち)にポジションを取り、すり鉢に豆腐(とうふ)を入れる。
ここなら厨全体が見渡せるから、豆腐を擂りつつ周囲に目が配れる。
個人として任された作業もあるが、私は一応どのメニューにも少なからず関わるつもりだった。

 すり鉢の中で、どんどん豆腐が崩れていく。
大豆の生産が多いせいか、豆腐は戦国時代でもわりとポピュラーな食材だ。
でも、現代の豆腐とはちょっと違う。
作り方は寄せ豆腐なのだけれど、水分が木綿豆腐並みに少ないかんじで固い。
「雁もどき」の材料なので、その固めの豆腐に重しを乗せ、時間をかけてさらに水を抜いてある。
これを凍らせて、もっともっとぎりぎりまで水を抜くとあの高野豆腐が出来る。
高野豆腐は腐らないから保存食としても重宝されている。……と、閑話休題。

 大根や牛蒡(ごぼう)が、笊(ざる)の上で湯気をあげているのが私の目に入ってきた。
品種改良の進んでいない野菜は、おしなべて山菜並に灰汁が強い。
だから、米のとぎ汁や木灰などでの下茹でが必需。
ちょうどそれが終わったところらしい。

 私はすり鉢を抱えて、急ぎ煮物係のところへと向かう。
味付けの前に、やっておきたいことがあった。


「すみません。
 雁もどきに混ぜたいので、その茹であがった野菜、少しもらえますか?」

「いいよ、持ってきな。
 そうさね、幾ついる?」

「少しでいいんですけど、あの、全部貸してもらえますか?」

「はあ? 何を言ってるんだい。
 少しなのに、全部?
 欲張るんじゃないよ。
 全部持っていかれたら、こっちの煮物がなくなっちまうじゃないか」

「いえ、ほんとに少しだけ。
 こんなふうに端っこを削って、ちょっと貰いたいんです」

 
 私は笊の中から輪切りの大根を取りだし、切り口の角を薄く削ぐ。
これは、いわゆる「面取り」という作業。
角を取ることによって煮崩れを防ぎ、煮物を見目よく仕上げることができる。


「ああもう何だい。
 角だけでいいなら、角だけって言いなよ。
 ああ、びっくりした」

「驚かせて、ごめんなさい。
 でもこうして角を取っておくと、崩れにくくなるんですよ」

「へえ、そういうもんなのかねぇ。
 じゃぁ、牛蒡も角を取るのかい?」
 
「いいえ。
 牛蒡は、こうして片方だけ斜めにします」

「片方だけ?
 斜め切りにせず真っ直ぐぶつ切りって注文を出したのは、お前さんじゃなかったっけ?」

「はい、私がお願いしました。
 出来あがってお皿に盛りつけする時に、こうすると見栄えがいいから」

「見栄え?」


 口で言うより、見せた方が早い。
私は皿に面取りした大根を一つ置き、そこに立てかけるように斜めにもう一つ添えて置く。
牛蒡の場所は、二つの大根の交わる地点の手前側。
ちょうど正月の門松に飾られる竹のように、上部が斜めに切られた牛蒡を二本ほど。
バランスを考え、長さがほんの少しだけ違うものを並べて立てた。

 
「前に牛蒡、後ろに大根。
 斜めに重ねたのとは反対側に雁もどきを添えます。
 これに、蕗(ふき)の煮つけを一番手前に横にして重ねて、出来上がり。
 黄色と、白と、黒と、青(翆)。
 どうですか?」

「……。
 はぁ。
 なんて言えばいいのやら。
 こういうのが都ふうって言うのかい?
 すごいねぇ。
 これだけなのに、何だか私らがいつも食べてる煮物が、お上品に見えるようだよ。
 不思議なもんだ。
 ねぇ、そう思わないかい?」

「ほんとにそうね。
 立てたり、重ねたり。
 それだけなのに、全然違って見えるわね」

「奥方さまっ!」


 同僚に声をかけたつもりなので、後ろから返事をしたのが奥方で、二人でちょっとびっくり。
でも、気さくな奥方は怒りもみせず、私の盛った皿を左右から眺めて頷く。


「これは、こちらが『前』になるのね。
 位置を変えると、あまり良いとは言えなくなるわ」

「はい。
 お客さまには、必ずこちら側が正面になるようにしてお出しします」

「魚は頭が付いているから左右も裏表もわかるけれど、前後ろがある煮物は初めてよ。
 でも、『時』の気配りに、『位置』の気配り。
 日吉の中には、気配りの引き出しがまだまだありそうね。
 座ってゆっくり聞きたいところだけれど、今はお料理を進めないと。
 さあさあ、日吉だけに任せずに、私達も手を動かしましょう。
 角を取ったり、先を切ったりするのなら、皆で手伝えるわ」


 日本人の美意識は、そのバックグラウンドに日本の豊かな自然があるのだと思う。
悠然と構える山々。田畑に囲まれた里の景色。清らかな水の流れ。鮮やかに彩りを変える四季。
どれも皆、心奪われずにはいられない美しさを秘めている。

 本物に触れることで、本物を見極める目は育まれる。

 そういう共通認識が確固たるものだから、初めて見る物でもはっきりと良し悪しが言えるようになるのだ。
日々の生け花や着物の色合わせ、刺繍、書(しょ)などで、その感性は常に磨かれ活かされていく。
盛りつけにおける「真行草」や「守破離」なんかを知らなくたって、良いものは良い。

 けれど……、本当は。
その日本人的美意識も、料理にまで波及するには、もう少し時が必要だったのかもしれない。

 あるいはお金持ちとか身分が高い人達の間では、盛り付け技術も進んでいることはあり得る。
でも、まだ下級武士や庶民は、「見た目の美しさ」よりやはり「量」が重視される。
豊かな時代ではないから、それに沿って生まれた価値基準がある。

 だから、私がしたのはフライングだ。
客が遠来の僧侶で、皆が最初から自分達と価値観が違う相手だと思っているから出来たこと。
でもまあ受け入れられたので良しとするべきなのだろう。
姑息かもしれないが、私だって何も考えずに手を出したわけでもない。

 そう、野菜の皮を剥く時点で角を落とすことを勧めても、おそらく許可されることはないとわかっていた。
たくさん食べられること、少しでも大きいものであることが、「良いもの」という考え方がある。
その基準に従えば、「もったいない」と即座に断られるだろうと私は踏んだ。
それを回避するために、雁もどき用の野菜をわざと用意せずにおいたのだ。
すでにある価値観との衝突を避けようとすれば、小手先の策も必要になる。


 で、私がここまでするのは、「炊き合わせ」をランクアップさせる為だった。
私自身は田舎風のちょっと崩れた煮〆も気楽に食べられて好きだけど、今回は「お上品」を予定している。
それは、昨日集めた情報からの結論だ。

 私の知り得たことは、
「まずお客さんが、下っ端だとしても、この旅に同行を許される程度には認められたお坊さんだということ。
それから、詳しい宗派まではわからなかったけど、「西」の人だということ」の二点のみ。

 客がお武家さんでないなら、身分重視で形式が煩い武家風の本膳だと面倒が多い。
招く側が武士だし、全く考えてみないこともなかったが、相手の地位をどうみるのかでギブアップ。
その点、実質重視の精進懐石ならば、互いの上下関係を細かく追求しなくてすむ。
後は「西=京料理」も意識して、私の知る精進料理を参考にメニューを決めた。


 ―――現代と戦国時代。その差は四百年に及ぶ。

 醤油や砂糖のような調味料も、似たものはあるけれど現代と同じものは存在しはない。
野菜も違う。米の品種も違う。多国籍料理慣れた現代人とは、味覚じたいかなり違う。
違うことづくし。鑑みれば、本当に「前世知識」を使ってもいいのかと思わないでもない。
 
 でも、こういう古くから伝わる作法が現代まで連綿と受け継がれていることも、私は知っている。

 例えば、あのとんち勝負で有名な「一休さん」をご存じだろうか。
その一休宗純の百年忌は、1581年に大徳寺で行われた。
その時出されたお料理が、実は現代でもほぼ同じ様式で山開忌に出されているのだ。
「何とかフェア」で戦国時代のお料理を再現などと大々的にやるまでもない。
四百年以上、たぶんそれより前からある様式が、変えられることもなく現代まで作り続けられている。

 他者への持て成しの本質が、「相手への心遣い」であることは、今も昔も変わらない。

 山海の珍味を並べたてるのも、高級食材を惜しみなく使うのも、その心遣いの表しかたの一つ。
でも質素な料理でも、その人が食べたいだろうと思うものを用意するのも、心遣いだと思う。
古(いにしえ)の料理は、故人を偲んだ過去の人々と同じ思いを共有したいという願いを叶えてくれる。
私はわかり易い心遣いも好きだけど、そういう奥ゆかしい心遣いもかっこいいと思う。とっても「cool」だ。


 ということで、「cool」が今回のキーワード。

 暑い夏だからこそ、涼しさを望むのは人の性。
冷蔵庫なんてないから、望まれるままに冷たいものを出すのは難しい。
けれど、目に涼やかで、口あたりすっきり、長旅で疲れた体(胃)を優しく労る食事は作れる。
「豪華過ぎず、質素過ぎず、相応だけれどセンスの良いものを少量ずつ上品に」
これが、献立のコンセプトだ。

 そうして厳選した食材とメニュー。
一の膳の炊き合わせを例にとれば、大根のジアスターゼ、牛蒡の繊維は胃腸に良い事でよく知られている。
雁もどきも、大豆から豆腐へと加工することにより、たんぱく質の吸収力が高められた優良食品だ。 

 それで私が担当したその雁もどき、だが。
貰った野菜の端っこと、細かく切った木耳(きくらげ)を混ぜあわせれば、タネ作りは完了。
後は丸めて揚げるだけ。油は貴重だから、あまり大きくは出来ない。
一緒に煮る大根の三分の二程度の球形にし、油に落として綺麗なきつね色に色づくまで待つ。
揚がったら煮物部隊にバトンタッチ。私は次の仕事へと向かう。


 次に作るのは、小鉢(坪)に入れる『ごま豆腐』。
ごま豆腐の最初の仕事も、まずは胡麻(ごま)をすり鉢に入れ、擂ることに始まる。

 「ごますり」と言えば「安易に人をおだてること」などと悪い印象がある言葉だ。
けど、実際の作業はこのイメージとは全く逆。
すり鉢の中で跳ねる胡麻を、散らかさないよう丁寧に、丹念に、繊細に。
擂り残しがないようよく見、耳をそばだて音を聞き、心を鎮め集中し、「ごますり」には細心の注意を払う。

 ごま豆腐の良し悪しは、胡麻(ごま)の擂り具合で決まると、私は断言したい。

 深い胡麻の風味、滑らかで濃厚な舌触り。
しっとりとしつつしつこく絡まない、あの独特な食感の全てが、一重に擂りの丁寧さにかかってくる。
最高の味を引き出したいなら、諂い(へつらい)など持ってのほかだ。
食材とは、真っ向からぶつかりあう真剣勝負。誠意をもって挑むことこそが、料理の神髄だ。

 ひたすら円を描き、まんべんなくたゆまなく、すりこぎを動かし続けること四半刻。
すり鉢の奏でる音が低音から高音に変わり、抵抗が減り、全体が均一にきめ細やかになったら手を止める。
水を加え、サラシ(布)に包んで絞る。
絞り落ちた漆黒の胡麻汁に、葛粉と塩と酒を入れ混ぜる。
この時注意しなければならないのが、葛粉をいきなりポチャリとやったりしないこと。
必ず笊、または布袋に入れて溶き、解け残りが固まったままなんて失態を犯してはならない。

 全部がよく混ざったことを確認したら、これを鍋に入れ、火にかける。
木ベラで常にかき混ぜていれば、わりとすぐに固まり始めるが、ここで焦ってはダメ。
ヘラが重くなってきても、腰を据えて、しっかり滑らかになるまで力いっぱい練る。
短い時間が勝負の分かれ目。負けるものかと根性で、練るべし、練るべし、練るべし。
そうして、炊きあがった物を水で濡らした型に流し込み、冷水で一刻。冷やして待てば完成だ。

 ごま豆腐の型には竹筒を利用。冷水は、井戸からくみ上げたばかりの水を使用した。
そうして一通り作業を終え、額の汗を拭い一息ついたら、こちらを見つめる幾つもの視線にあってぎょっとする。


「な、なんでしょうか?」

「日吉がね、鬼気迫る勢いで作業しているから、声がかけられなくて。
 もういいかしら? 話しても平気?」

「私そんな怖い顔してました?」

「ええ。
 顔じゃなくて、雰囲気だけどね。
 立ちふさがる者は切る! って感じだったわよ。
 槍を構えた時の、うちの旦那さまみたい。
 ふふ、可笑しいわねぇ。
 稽古の時の日吉は刀を握っていても、全然迫力出ないのに」

「っっ、す、すみません。ちょっと集中してしまいまして」

「いいわ、面白かったから。
 お母様も呼んできて、見せてあげたかったくらいだもの。
 きりっとして凛々しくて、私、見直しちゃったわ。
 日吉も、あんな顔も出来るのね」

「それは、あの、恥ずかしいので……、もう許して下さい」

「あらあら。
 そうね、これもまたの機会にするわね。
 こちらの煮物もだいたい終わったので、日吉の見立てを聞こうと思ったの。
 少し、迷うこともあって」


 奥方の話を聞き、進められるまま煮物の鍋を覗き込む。
種類別に分けられており、どれも淡く色づき良く煮上がっている。
ふわりと上がる温かい湯気は美味しそうな匂いで、包まれると幸せな気分になってくる。

 でも、ちょっといつもは違う気もして、私は首をかしげた。
メインの調味料は、醤油はないので、代わりに薄垂(うすたれ)と呼ばれる味噌の一種が使われている。
香りはいつと変わらない。しかし、普段の煮物は、もっと色濃く仕上がっていたはずだ。


「さっき、日吉がお皿に盛って見せてくれたでしょう?
 あれを見て……。

 白い大根は、まるで雪をかぶった山。
 茶の牛蒡は、芽吹きを待つ里の木立。
 そして澄んだ緑の蕗は、一足先に春を告げる若葉のようだって。
 そこにあなたが作ってくれた、お月さま色の雁もどきを添えたらね。
 まるで早春の宵を掬い取って、お皿の上に持ってきたみたいでしょう?

 ……でね、そう思ったら、強く煮〆て黒くしてしまうのがもったいなくって」

「ありがとうございます。
 野菜の持つ色はとても綺麗だから、私も彩が残るのは良いと思います。
 奥方さまのおっしゃる言葉を聞いたら、本当に里山の景色に見えてきました」

「一緒ね、嬉しいわ。
 綺麗に煮ようと思って気を使ったの。……でもね。それで少し、味がね……。
 いつものよりも、薄垂をずいぶん少なくしてしまったから。
 お客様は日吉の言葉どおりなら大丈夫なのでしょうけれど、うちの旦那様たちは……。
 これじゃ、ものたりなさ過ぎるのじゃないかと思って」


 声音を下げた奥方の言い分はよくわかる。
当家の男連中は、暑い中でも半日は屋外で槍を振りまわし稽古をしている。
当然それに比例して、日々の塩分量は、オフィスワークの現代人より遥かに多く必要だ。
普段の食事は一汁一菜、プラス漬け物。どれもしっかりした濃い味付けのものばかり。
日ごろのあの食事に舌が慣れていれば、薄さが気にもなるだろう。

 でも、せっかく綺麗に煮あがっている。
薄垂をたして煮直したり、ましてや直接かけたりして黒くしてしまうのは、それこそもったいない。
代わりに塩だけたすのは、味が悪くなるから奥方もしなかったのだろうし……。


「味の薄さを補うには……、ですよね。
 そうだ、この煮るのに使った汁、これを使いましょう」

「汁を使うの?
 でも、盛りつけの皿は平皿だから、そんなにたくさんは入らないと思うわ。
 それに汁を入れたとしても、それだけで味を濃くできるとも思えないのだけれど」

「そのまま入れただけなら、そうなります。今の状態と変わりません。
 でも、葛粉を入れて、汁にとろみをつけてみたらどうでしょうか?
 そうしたら、食べる時に、具の一つ一つにたっぷり汁を絡められますよね?
 絡める量の調節は、個人の好みに合わせてでできますし」

「いい案だわ!
 煮物にあんかけするなんて、考えてみたこともなかったけど、いいと思うわ。
 試しに少し作ってみましょう。
 ちょっと、小鍋を一つこちらに頂戴」


 ごま豆腐に使っていたので、葛粉は手元にあった。
奥方は私に任せることなく自身で葛を煮汁で溶かし、手際よく葛あんを作り上げる。
本番と同じように皿に具を並べ、そうっと静かにあんを流し込む。


「いいわ、とてもいいわ。
 ねえ見て。
 さっき、ほら、日吉が里山の風景って言ったでしょ。
 こうしてあんがかかると、まるで春霞のように見えない?
 この月は山の端にかかって、きっともうすぐ夜が明けるの。
 日吉、日吉、私なんだか胸がいっぱいになってきたわ」

「素敵です。
 山が雪山だから、初春の朧月ですね。
 それならこっちの白酢和えは、雪をかぶった藪の見立てでしょうか。
 たんぽぽの根が小枝、木耳の枯葉。
 荒く混ぜてある白酢は、雪の吹きだまりの風情がありますね」
 
「待って、それなら。
 お染、あなた、たんぽぽの花を摘んできたって言ってたわよね」

「はい、これですけど。
 でも、綺麗に咲いてるのは見つからなくて」

「いいのよ、咲いてなくて。
 いいえ、咲ききってない方がいいってことよ。
 この三分咲きのものがちょうどいいわ……」

「あっ、これ、福寿草になるんですね!
 少し黄色が覗く様子が、雪の中で咲く福寿草そのままですよ。
 うわぁ、凄っ、可憐だ。完璧です」

「そうでしょ、そうでしょ。
 お染、良くやったわ」

「お染さん最高。
 すっごく気が利いてます」


 日本たんぽぽは西洋たんぽぽとは違い、一重の花だから楚々としている。
慎ましやかな黄色は、白酢和えの素朴な色合いを殺さずに引き立て合う。

 ちなみに、このたんぽぽも飾りではなく、ちゃんと食用だ。
日本の花食の歴史は古くて、多彩。
菊に始まり、すみれ、菜の花、蕗のとう、等々。たんぽぽも例外ではなくしっかり食べる。
木村屋の餡パンのヘソに入っている、桜の花の塩漬けとか。
素麺などの薬味によく使われている、茗荷(みょうが)とか。
花を食べるのは、そう珍しいことではないのだ。

 まさしく花を添えられ完成した二品。
私達は試作品を並べ、その出来を褒め合う。
褒め言葉が向けられるのは、奥方や私だけが対象ではない。
片手で火力調節の出来る便利なガス台なんてないのだから、火加減を調整した人の腕は称賛に値する。

 仕上がりはどちらも、私の想像以上の出来だ。
見た目涼しくということで、元から白の配色が多くなるような献立を選んではいた。
それが奥方や同僚達の手もあってより良いものになり、触発されアイデアは広がっていく。


「こんなに上手く二皿の季節が揃ったのだから、小鉢にも工夫が必要ですよね。
 ごま豆腐は四角く切ろうかと思ってたんですけど、それじゃ芸がないですし。
 杓文字で掬って、岩に見立ててみましょうか。
 それで、これを使って……」


 私は煮物に使わないのでよけられていた大根の葉を、一本手に取った。
小さな緑はむしって、中央の芯だけを残す。
この芯は、切り口を見ればわかるが円柱ではなく半円になっている。
その山型になっている部分に、芯がちぎれない程度に深い切れ目を、細かい間隔でいれていく。
全体の三分の一ほど入れられたら、水にさらす。
すると、切れ目を入れた方が先からくるりと丸まって―――。


「―――何に見えます?」

「まぁ、蕨(わらび)ね」

「ごま豆腐の岩にこれを添えて、煎り酒(醤油の代わり)をかけます。
 山葵(わさび)は、蕨の足元。煎り酒に浸からない位置に軽く置いて。
 どうでしょうか、雪解けの頃の川辺に見えますか?」

「見えるわ。
 濡れた岩の艶やかさまで、本物みたいよ。

 それじゃ、あとは香の物だけね。
 白瓜は味も歯触りもいい、今年の初物なの。
 浅漬けなのだけど、でも、さすがに真っ白ではないし。
 何かに見立てるにしても……、私には何も思いつかないわ。
 ここまできて、香の物だけ何もしないのはつまらないわよね。
 何か案はないの?」

「あります。
 すみません、紫蘇を何枚かもらえますか。
 それ、細かく刻んで、少し揉んで下さい。
 白瓜も同じように刻んで。
 それから、牛蒡の古漬けを少し下さい。
 これは味噌を落としてから、細切りにします」

「これくらいでいいかい?」

「はい、ありがとうございます。
 先に古漬けをこうして斜めに並べて。
 牛蒡が半分隠れるくらいに、瓜と紫蘇をざっくり混ぜた漬けものを乗せると、」

「ああ、わかった。
 これなら私にもわかるよ、日吉。
 当てて見せようか、梅に雪、なんだろ?
 これ、雪をかぶった紅梅ですよね、奥方さま」

「紅梅に雪……、素敵。素敵ね。ああ、でも。
 刻んだ香の物をお客様の御膳に出すなんて、してもいいものなのかしら。
 こうして日吉が作ったのを見ると、でもそんなことどうでもよくなるくらい良くって。
 でも、でもね、どうしましょう。困ってしまうわ。
 このままお出しして、この美しい御膳の風情を楽しんでもらいたいとも思うし。
 でも、怒られてしまいそうな気もするし」


 牛蒡を持ってきてくれた女性は朗らかに美味しそうだと笑うが、奥方はうっとりとした眼差しで眉をよせる。

 各皿が仕上がるごとに、あんなにはしゃいでくれた奥方だ。
女性は、洋服に靴、髪飾りから小物類に至るまで、トータルでコーディネイトを楽しむもの。
奥方もセンスのいい人だ。早春の趣で揃えられた膳は、彼女のお眼鏡に叶ったのだとは思う。
しかし香の物には、「刻んだ物」より「刻んでない物」の方が格が上、という常識があった。
客はここの主人より身分が上の人間ではないけれど、一般的な約束ごとを無視はできない。
常識と美意識の狭間で揺れて、奥方は悩ましげなため息をこぼす。

 原因を作ったのは調子に乗った私だ。これは私がどうにかするべきなのだろう。
 

「あの、奥方さま。
 これは、えっと、そう、姫飯用の香の物です。
 こうして細かく刻んだのを、ご飯にかけて食べると美味しいんです。
 湯漬けの時は、正式な膳でも香の物の代わりに塩を置きますよね?
 それと同じです。

 これは瓜と紫蘇ですけど、大根の葉を刻んで塩揉みした物とか種類もあって。
 例えば、紫蘇を乾燥させておけば、日持ちする物も作れます。
 炒り胡麻と塩を入れれば、旅にも持っていけます。
 軽いし、少なくても味の足しになるから、戦の時にも。
 名前もあります。『ふりかけ』って言います」
 
「『ふりかけ』?
 ふりかけって、ご飯にふりかけるから、ふりかけなの?」


 無理があるかなと思いつつも一息に述べれば、奥方はきょとんとした顔で訊き返してくる。
正確な謂れは知らないけど、他に考えようもない名前なので、「そうです」と答えた。
真面目に答えた私に対し、しかし、「ふりかけ」のどこがツボにはまったのか奥方はクスクス笑い出す。
そうしてひとしきり笑った後、小皿を手にとってしみじみと眺めると、彼女は私に真っ直ぐ向き直って告げた。


「決めたわ。これは、このまま出しましょう。
 怒られたら、怒られた時ね。

 『奥を守る者こそ、本質を見極める目を持たなければならない』
 ―――大刀自さまの、お言葉よ。

 私は日吉を信じるわ。日吉を信じる自分の目を信じている。
 良いものを、良いと見極める、自分の目を。
 私は、この「ふりかけ」が、お客様にお出しするのにふさわしい品だと思うの」
 

 迷いを断ち切った奥方の鶴の一声により、一の膳の菜は揃う。

 紅梅に雪降りかかる、香の物。
 福寿草が根雪を割る、白酢和え。
 雪解けの小川に蕨萌える、小鉢。
 里山に朧月かかる春宵の、炊き合わせ。

 これに白く輝く白米と豆腐と青菜の味噌汁が付く。
一の膳は、冬から春にかけての季節を、丸ごと招き入れたかのような膳になるだろう。

 さあ、残るは二の膳だ。一の膳に見劣りするようなものにする気はない。
メニューを大きく変えずに趣向を凝らすにはどうすればいいか。私は厨を見渡した。


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