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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 第二部 完 (上)
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:a0eb3743 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/04 08:08
 1、わかりやすい明確な目標
 2、作業の的確な配分
 3、全体を統括する目標に向けた推進力のある指揮

 チーム作業を効率よく進めるために私が必要だと思うものはこの三つ。
それに加え、各自のモチベーションを高めることも重要だ。

 で、これらの条件を満たすのに必要なのが、指導する者への皆の信頼。
この点が、私の課題だった。



 ――――― 戦国奇譚 第二部 完 (上)―――――



 人望、信頼、求心力。

 私はどこにでもいる普通の小娘だ。
生まれてこのかた自分にカリスマがあると思ったことはない。
痩せっぽっちのちびすけで、世に言うおっ母さんのような貫禄とも無縁。
もしも事前に知っていたなら、「料理上手」と触れ込んで多少は根回しが出来たかもだけど、それも無し。
何の前提も無い状態で、いきなり私を頼ってくれと言ったところで無茶な話だろう。
客観的に見て、ここから説得一つで一発逆転するなんて、無理な要因の方が簡単に浮かぶ。

 ……しかし。
最近わかってきたことだけど、私は案外縛りプレイも嫌いじゃなかったらしい。

 だって、追い込まれることも楽しめなくちゃやってられないという事ばかりが、この身に降りかかる。
困ったことが起きるたび一々不幸に浸っていたら、生きていくのが嫌になってしまう。
戦国乱世を楽しく生きるには、「ちょっとマゾなのかも」くらいの感性で丁度いいのだ。
スリルや困難を快感に変換出来たら、きっと人生、倍は楽しく面白い。
マラソン(長距離走)に嵌まるのとたぶん一緒だ。
道を踏み外すまでいく気はないけれど、脳内麻薬を最大活用するくらいは許容範囲の内だろう。


 ということで、「難易度高めのゲームに挑戦」と思いながら問題解決の策を練る。
とりあえず今使えそうなのは、「妙なことも良く知っている」との評価を貰ったこと。
まずはこの評価を足掛かりに、皆の心を掴めるか試してみることにする。


「お客様は、僧侶ということでいいですか?」

「そう聞いたが」

「そうですか。ありがとうございます。
 でしたら、その方がいらっしゃるのは、正午(お昼)前の可能性が高いですね」

「何でわかるんだ?
 時間の連絡はまだ来てないぞ」

「仏教には、午(ひる)以降は食事を取ってはならないという戒律があるんです。
 薬膳や非時(非常食の略)として夕餉をとることもありますが、外では普通食べません。
 食事は、僧にとって修養であり修行の一つ。
 『体を養い、命を保つための』のものです。
 ですから、本来は美味しい不味いを言いたてたりしてはいけないんです。
 もちろん食材の品定めをするようなことも、あってはならないことです」

「だがな、そうは言っても、駿河ではその手の話がけっこうな人の口にのぼっている。
 それとも俺らの言うことが、嘘だとでも言いたいのか?」

「いいえ。お坊さんだって、人の子ですから。
 皆が皆、本物の御釈迦様みたいな聖人君子な方ばかりなわけないですし。
 美味しいものはやっぱり美味しいだろうし、綺麗なものを綺麗と感じるのは当たり前だと思います。
 でも、せっかくの御持て成しにケチつけるなんて、そっちの心根の方が品がないですよね」

「ああまったくそのとおりだ」


 大きな同意の声に笑いがこぼれる。
僅かに皆の表情がほころんだ。が、しかしすぐにまたあがった声に、場は引きしまる。

 
「でも、日吉の言うことが本当なら、その坊さん明日の昼には来ちゃうんだろ?
 間に合うのかい?」

「都の坊さんてのは、何を食べるんだい?
 やっぱり私達とは違うものを食べてんのかねぇ?」
 
「地域によって採れる物が違うから少しは違うでしょうけど、そんなに変わらないと思いますよ」

「そうはいっても……。ねぇ?」


 見合わせる彼らの顔は不安に暗い。

 客は外国から来るわけではなく、同じ日本国内から来る日本人だ。
そんなに大げさに考えるほど、大きな違いがあるとも思えないのに。
何だろう、噂話はよほどひどい口調だったのだろうかと考えて、私は自分の思い違いに気がつく。

 「旅行客って、国内旅行でしょ?」と考えていた私の尺度は、軽過ぎだってこと。

 そりゃそうだ、ここから京都は遥かに遠い。
彼の地は、隣国三河の向こうで長く敵対している尾張を隔てたさらにその、先。
敵国を越えなければ辿りつけない場所なのだから、一般人には想像もつかない遠い国なのだろう。
「旅? 何それ美味しいの?」と、冗談では無く本気で言うような人もいるのがこの時代だ。
遥か異郷の地に住む、違う言語(方言)を話す人々など、異国人扱いでもおかしくはない。

 現代で言うなら、「地球の裏側からやって来る客」級に考えてもいい話だったらしい。

 私にとって、北は北海道から南は沖縄まで等しくまとめて全部で「日本」。
勢力争いしていたって、風習や方言が違っていたって、つまるところ「国内」の話でしかない。
大雑把だけど日本地図は書けるし、さらに適当でいいなら世界地図だってどうにか書ける。
世界視点で見るなら、日本は小さな島国だという感覚すら私の心の片隅に残っている。

 車も電車も飛行機も無い。移動手段の時代差は、身を持って知っていると思っていた。
けれど旅芸人をしていたから、旅(距離)に関する意識は前世寄りだったのかもしれない。
どうもその辺で、皆との認識がズレていたようだ。

 意外なところで、今まで見落としていた「物の見方」の違いに出会ってちょっとびっくり。
けれど、この「びっくり」は私の味方。マクロとミクロ。この視野の違いが、次の展開への良いヒントになる。


「お寺で食べるお料理は、精進料理と呼ばれるものです。
 かつて飛鳥に都を築かれた帝が、僧侶に「不殺生戒」の詔(みことのり)を出されました。
 東大寺にあの大仏を建立された帝も、僧の「殺生肉食」を強く戒めらました。
 その時より、この日の本の寺には、「肉を食べてはならない」という決まりがあります。
 それから僧院では、「不許葷酒入山門(葷酒山門に入るを許さず)」という所も多いですね。
 葷(くん)とは匂いの強い野菜の五種を指します。
 大蒜(にんにく)、葱(ねぎ)、薤(らっきょう) 、韮(にら)、野蒜(のびる)がダメってことです」

「肉は全くダメだっていうのかい?
 魚も? 貝も?」

「ダメです」

「お布施には良くても、食べるのはダメだぁ!?
 じゃあ何を出せって言うんだ。
 肉や魚よりも良いものって何だよ。
 そんな珍しい野菜なんざ、うちにゃぁないぞ!」

「待って下さい。
 どうか落ち着いて、大丈夫ですから。
 ええと、あのですね、私の好きな汁物に『須弥山汁』というのがあるんですよ」

「須弥山(しゅみせん)?」

「はい。嘉兵衛さま、御存じですか?」

「なんか、どこかで聞いたことがある気がするんだけど。
 須弥山、……山、山だよね」

「そうです。
 仏教の経典に書かれた、仏さまのおられるという尊い御山の名前です。
 高さ八万由旬(ゆじゅん)、世界の中心にあると言われています」

「八万由旬って?」

「えっ、んーたしか……五十六万キロ、とかそのくらいだったような。
 高さだから尺(0,3m)に直すと……、……げ、十八億?」

「十八、億? 十八億尺?  
 うぁ、すごいね。
 どんな高さか想像もつかないよ」

「ほんと、そうですね。
 私にもわかりません。
 アルプス一万尺だし、富士山だって一万三千ないですもん。
 ああそうそう、御堂で仏像を安置する御座所を須弥壇と言うのも、これからきてるんですよ」

「わかった、わかった。
 須弥山とかいう山は、頭がおかしくなるくらい高いってんだろ。
 そんな御大層な名前が付いてるってのは、もうよーくわかったからさ。
 で、その『須弥山汁』って言うのは何が入ってんだい?」


 立て続けに初めての知識や大きな数字を突き付けられ、目を白黒させ聞いていた人達が息を呑む。
さっきは意図せず集まった視線にたじろいだけれど、これは私が計算して集めたものだ。
さらにその集中を高めるように、私は無言で腕を前に差し伸ばす。

 ピンと張った糸のような空気。
 真っ直ぐ伸ばした指先を扇に見立て、次に出すのは腹の底から響かせる深い声。

 普段の子供らしい幼い声とは違い、能楽の謡いなどに使う声は世界を変える。
傀儡子座の太夫達に教えてもらったのは、街角の喧騒を神聖な神座に変える魔法だった。
日常と非日常。それを時に織り交ぜ、時に切り替えることによって、人の関心を引きつける技法だ。
ごく普通の台所を声音一つで即席の舞台に変え、私は決め手の手妻の仕込みと力を込める。

 ゆっくりと四方を指し示しながら、謳いあげる。


「北は黄に 南は青く 東白 
  西くれないに そめいろの山
    これは須弥山を読みたる歌にて候

 ―――観世流三代の御歌です。
 須弥山汁の由来はこの歌からとられたのだと言われています」

「この歌から?」


 「はい」と頷きつつ、わかりますかと嘉兵衛に視線で問いかける。
もう何度も繰り返してきたやりとりだから、私に尋ねられると彼は条件反射で考えだす。
その後、首をひねる嘉兵衛が考え疲れて飽きる前に、ヒントを出すのもお約束。
でも今回は後ろでじりじりしている聴衆がいるので、シンキングタイムはいつもより短め。


「言葉遊びと見立てです。
 汁は水、水は平面、平野と見立て、方位をあてて、」

「平面、平野、方位、……南か。
 南。南は青い。
 みなみは、青い。
 み、な、み、は、あお、い……、あっ!
 わかった。日吉、青菜汁だ!」
 
「はい嘉兵衛さま、正解です」

「えっ、ええ?
 どういうことだ?
 俺にゃぁわかんねえぞ、日吉。
 嘉兵衛さま、笑ってないで教えて下さいよ」

「だから、『みな、みは、あおい』んだよ。
 汁の中身は、『皆(みんな)、実が、青い』。
 汁に入れる青い具といえば青菜だろう? 
 だから『青菜汁』となるんだよ」

「ああなるほど。
 実は青い、か、わかりましたよ。
 なるほどねぇって、ええっ、青菜汁!? それだけ?
 そんな須弥山だ何だってすごい名前が付いて、青菜だけっていうんですかい?
 嘘だろ、日吉?」

「嘘じゃありませんよ。
 青菜と豆腐を少し。それを細かく刻んで入れた汁椀をそう呼びます。
 他にも観世汁や、釈迦豆腐なんていうものもありますよ。
 僧侶は肉も魚も貝も食べられません。
 けど、代わりにこんなふうに「見立て」を凝らした料理がたくさんあるんです。

 ……例えば、そうですね。
 雁(がん)もどき、蜆(しじみ)もどき、鮎(あゆ)もどき。
 鰻(うなぎ)豆腐、かまぼこ豆腐、精進雲丹(うに)田楽、とか」

「擬き(もどき)って、お前……。
 な、何で出来てんだい?」

「鰻にかまぼこ?
 豆腐は豆腐だろ?」


 青菜は、椀物の中でも最もお手軽な具。
他に何も入れるものがない時や、いわゆる貧乏人のパートナーだ。
名前とはかけ離れた大穴の出現に、皆の驚きはひとしおだった。
自分達とは違うものを食べているのではないかと膨らませていた想像を、上手くひっくり返せたらしい。

 上げて落とすは話術の基本。
私のやった演出は、外連味たっぷりで正攻法とは程遠い。
けれどそれだけに、印象強く焼きつけることに成功したようだ。
不安や緊張の反動もあってか、いつものよそよそしさはどこへやら、尋ねてくる声は遠慮の欠片もない。
好奇心にあふれた目に詰め寄られながら、私は笑って詳細を加える。


「全部お豆腐料理です。
 雁もどきは、擂った豆腐に小さく切った野菜を入れ、丸い形にして油で揚げたもの。
 蜆もどきは、鍋で煎りながら細かくし、良く水をとばした後さらに揚げて蜆の身に似せたもの。
 鮎もどきは、豆腐を柱に切り、これも油で軽く揚げ、塩焼きの鮎のように 蓼酢(たです)をかけたもの。
 鰻豆腐は、海苔の上に小麦粉と擂り豆腐を混ぜたものを敷いて揚げ、山椒醤油をつけ焼いたもの。
 かまぼこ豆腐は、水を絞った豆腐に擂った胡桃を混ぜ、杉板に盛って蒸しあげたもの、です」
 

 一つずつ身振りを交えて説明すれば、想像したのか唾を呑む音まで聞こえる。
何度もあがる「ほうっ」というため息を賛辞のかわりに聞きながら、最後の仕上げ。


「食材は珍しいものでなくてもいい。
 普段食べているものでいい。
 それに、もう一手間(ひとてま)加えてやればいいんです。
 それだけで充分、珍しいものに劣らない品にすることが出来きます。
 
 毎日作っていただいている煮物も汁物も、とてもおいしいです。
 松下家の味噌も豆腐も、野菜も米も。
 誰に出しても、どこに出しても、恥ずかしくない立派なものだと思います。
 私は胸を張って自慢できます。そうですよね、嘉兵衛さま」

「そうだな。
 いつもおいしいものを作ってもらっていると、僕も父も感謝している」

「そんな……、そんなもったいのうございます。
 嘉兵衛さまには、ただ御不自由をおかけせぬようにと……」

「こら、泣くようなことではないだろう。
 申し訳ありません、嘉兵衛さま」

「いや、こうして皆が客人について悩んでくれるのも我が家のためなのだろう?
 それをとても嬉しく思うし、ありがたいとも思う。
 父や叔父上が辱められるて辛いのは、僕も同じだ。
 どうか皆で力を合わせ、良いものを作ってほしい」

「はい。
 はい、嘉兵衛さまのお言葉しかと心得、かしこまりましてございます」


 一同深く頭を下げる。嘉兵衛の〆の言葉によって、皆の心は一つになった。

 私も、ちゃんとアドバイザーとしての地位を確保できたようだ。
すっかり遅くなってしまった今晩の食事を用意する人を横目に、明日の仕込みの相談を受ける。
胡麻(ごま)や大豆など、一晩水につけておかなければならないものは今から準備が必要だ。
豆腐を固めるために使う「にがり」を塩から抽出するのも、一晩がかりの仕事になる。

 皆と一緒にあれこれ道具を用意しながら、母屋に食事に向かう嘉兵衛に小さく手を振る。
嘉兵衛が親指を立てて「Good Luck」とかやっているのだけど、いつの間にあんな動作を覚えたのだろうか?
どうもうっかりすると、ぽろっとこの時代にはありえない言葉とかも話してしまうので気をつけなければ。
彼はある意味私の教え子のようなものだけど、あまり変なことを仕込むのはやっぱりダメだろう。
ただまあ私の紹介した豆腐料理は江戸期のレシピだったような気もするので、その天秤は微妙なところだ。




 ―――そして、明けて翌日。
朝から快晴を約束するような、雲一つないすっきりした空が広がる。

 その空の下、まだ薄暗いうちに起きだして私が向かったのは雑木林。
料理に使う豆腐の下準備は、ベテランさん達にお願いし、まる投げしてきてある。
肉や魚などが使えない料理に欠かせない「きのこ」の採取が、私の仕事だった。

 きのこはその名の通り、木のあるところに生えるものが多い。
山や森、民家近くの雑木林に海岸、時には家の裏にも生え、その生息地は意外に広い。

 しかし不思議なことに、魚や野菜の売り人はよく見かけるが、「きのこ売り」には会ったことがない。
皆、けっこう口にしていると思うのだけれど、商売にはなっていないようだ。
傀儡子一座にいた時もよく採ったが、売り物にはしなかった。
やはり時々間違い(毒きのこ)があり、博打みたいになってしまうからか。
まだ「栽培する」という考え方がないからだろうか。……まあそれはさておき。

 食べられるきのこの王様は、何と言ってもやはり松茸(まつたけ)になるだろう。
特に国産の天然ものともなれば、現代ではちょっとびっくりするような値段が付くこともある逸品だ。

 しかしこの時代では、実は松茸はそれほど珍しい部類には入らない。
なぜなら、松がどの地域にも、とてもたくさん植樹されているからだ。
松は油(松脂)の含有量が他の植物とは段違いなので、たいまつ(松明)として重用される。
戦などの際には、竹に並んで大量に徴収されるのだ。
それで整備された松林が多く、松茸の発見も(大物を狙わなければ)それほど難しくない。
それに松茸の生息場所には『良く似た毒キノコがない!』ことも重要だ。
毒にあたる心配をしなくてもいいという点でも、松茸は採集しやすいきのこだった。

 とはいえ、夏の暑い盛りに幻の松茸を追い求めても仕方がない。
私が狙うのは、もっと安全パイ。香りも味もいまいち、食感が全ての「木耳(きくらげ)」だ。
いや、夏に生えるきのこで美味しいものは他にもあるが、やはり毒に当たるのが怖い。
少量ならお腹を壊す程度ですむだろうとはいえ、他所から来た人に間違った物を出したら大変だし。
木耳なら毒を持つ仲間はいないので、その心配をせずにすむ。
それに、以前食べたのと同じ場所に生えているやつを知っているのも、私が利用を狙う訳だ。

 本当は、……欲を言えば椎茸(しいたけ)があればなぁとは思う。
精進料理のだしは、現代ではそのほとんどを椎茸と昆布でとる。
だけれど、椎茸は松茸以上の珍重品。
現代では食料品店で簡単に買えるものが、今は松茸以上に珍しい品なのだ。
倒木の切り株からさえ生える木耳と違い、椎茸は質の良い枯れ木(原木)にしか生えない。
でもこの時代、そんな丁度いい枯れ木があったら皆喜んですぐに使ってしまう。
柱になったり、壁になったり、薪にされたりしていたら椎茸の生えくる暇などあるはずもない。

 もしも独り立ちして商売を始めるなら、きのこで一山当てるのも楽しいかもしれない。
新しい機械など作らなくても、在るものですぐに始められそうなところが魅力的だ。
食材関連は生産のめどさえつけば需要は必ずあるから、商売を起こすのは難しくはないだろう―――。

 ―――と、そんなことを考えながら、きのこスポットを巡り、木耳を集める。
ついでに、早咲きの小菊や熊笹の葉も摘む。
山椒の青い実を取り、形の良い葉を何枚か選んで丁寧に懐紙に挟み懐に仕舞う。
後はどうするかと、ふと足元を見ればたんぽぽが群生している。
牛旁(ごぼう)代わりに、たんぽぽの根が使える。
少し掘っていくかと屈んだところで、人の気配に気がついた。


 木立の合間からのそりと現れたのは、松下家で働いている元吉だった。
彼は下働きの中ではかなり学があり、綺麗な字を書くので重宝されている人だ。
たしかあの河川調査の時にも同行していて、記録係をしていた。


「日吉」

「おはようございます、元吉さん」

「……」

「……」

 
 名を呼ばれたので立ち上がり挨拶を返したが、続かない。
彼はじっと見下ろすばかりで、何も言ってはくれない。
でも悠長に彼が話しだすまで待っていられる時間も今はない。
私は一言断ると、竹で作ったお手製スコップで作業を開始する。

 端から無造作にざくざく掘り返していく。
掘り上げたのは後で集めればいいやと放置していると、泥だらけの根を選り葉を落としてくれる手が現れた。
地面から視線を挙げれば、斜め前には、私と同じくしゃがみこんだ元吉の丸めた背。
髭根をむしりながら、彼はちらと一度だけこちらを見、ふいと顔をそむけ話しだす。


「この間……」

「?」

「半月ほど前だ。
 お前、うちのお染に茶を渡しただろう?」

「ああ、はい。熊笹の。
 ちょうど良かった、今また取ってきたところです。
 わけましょうか?」

「いや、いい。
 そうじゃなくて。
 お染が、眩暈(めまい)がしなくなったと……」

「そうなんですか、よかった。
 お染さんは細いし、色も白いし、貧血気味なんじゃないかと思ったんです。
 貧血には蓬(よもぎ)や柿の葉のお茶もいいですけど、時期がありますから。
 でも熊笹なら、一年中いつでも大丈夫なんですよ。
 匂いも、いつも飲んでいればそれほど気にならなくなるでしょうし。
 出来れば嫌いじゃなかったら、長く続けて下さいね」

「ああ。
 ……それでな、……。……すまなかったな」

「はい?」

「それだけだ」


 ほんとにそれだけらしく、元吉は膝についた泥を払うとあっという間に行ってしまう。
お礼を言いに来てくれたのは嬉しいけど、なんかすごくあっさりだ。
最後まで手伝ってくれないのかと、残った根っこをまとめて籠に突っ込もうとしたところで思わぬ物を発見した。

 一見「なめこ」のようなテラっとした外見に、鉄錆のようなこの匂い……これは! 「えのき茸」だ。

 現代のお店で売っているあの「えのき」とは色も姿も違うが、野生のそれに間違いない。
素晴らしい贈り物に思わず小躍りする私は、さっさと去っていった元吉の背中を想う。
私が採っていないものが入っている理由、犯人は一人しかいない。

 皆が客人の為にそれぞれの分野で準備をしている。
わざわざ私の籠になど入れずとも、これはそのまま厨に持って行けばいい。
そうすれば元吉は皆に褒められるし、感心されたり感謝されたりもしたはずだ。
私にだって一言いってくれれば、たくさんお礼を言っただろう。
なのにどれも選ばず黙って籠に入れていくなんて、なんてシャイな人なのだろうか。

 元吉の奥さんのお染さんに私がお茶を渡したのは、もう半月も前のこと。
奥方とお茶談議をしていた時に、たまたま傍にいた彼女の顔色が悪かったから勧めたにすぎない。
奥方の手前、彼女は受け取ってくれたけど、ちゃんと飲んでもらっているとは思ってさえいなかった。
でもそれだけのことが、巡り巡って今こうしてタイミングよく返ってくるなんて。

 こっそりこれを私に置いていってくれた元吉の気持ちを考える。
変わらなく見えていた態度の裏で、きっかけを探していたのは私だけではなかったのかもしれない。
願ってもない仲直りの品を手に、目を細める。これは幸先良さそうだ。







*あけましておめでとうございます
 本年もどうぞよろしくお願いします
 続きは今月中


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