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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:e74e48eb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/04 08:07
 私が前世の記憶を持って転生したのは極貧の農家。
家族には恵まれたけれどいろいろあって、旅芸人の傀儡子一座に五歳で就職。
しかし、芸事だけではなく副職も幾つか覚えさせてもらったというのに、事件に巻き込まれ一人リタイア。
一転、地方郷士を支える一族の村に、無職の居候としてお世話になる身となる。

 見知らぬ人ばかりの村で、ケガを負った状態からの再出発。
後継育成に燃える青年を励まし一番弟子に収まりどうにか立場を得るも、人攫いに遭ってまた白紙。
攫われた先では、戦の後の青空市で商売をしている故買商に買われ、短期の店員生活を経験。
それも商品が(私を除いて)全て売りつくされたところで解雇を言い渡され、再び無職になってしまう。

 生きて行くには働かないと! というわけで、人買市で自力で就職活動。
運よく期間限定の土建(山城の建設)の賄い(まかない)募集中で、仕事をゲット。
契約終了後は、古い知人のさらに知人である猿売りに同行し、再び旅芸人(密偵兼業)に戻る。
ところがまたもやこれも途中で頓挫(とんざ)して、今現在の私は武士の御子息の小姓見習い修行中。

 こうして並べると、十歳の少女の履歴にしては、なかなか素敵な波乱万丈具合だ。
なんというか職歴というよりは、冒険小説の副題の方が似合っていそうな感じもするが。
とはいえ転々としているのが歴然の経歴でも、私だってただ漠然と運命に流されていたわけではない。
多少なりとも心身ともに成長し、着実にレベルアップしてきているはずだ、……と思っている。



 ――――― 戦国奇譚 頭陀寺城 面接―――――
 


 過去を振り返れば、大波大波の連続だった。
でも、思い返せば真っ先に浮かんでくるのは、私を転がした事件事故よりも「良い出会い」。
転機が訪れるたびに、私はたくさんの人達と出会えてきた。
心に残る人の面影はどれも皆慕わしく、出来るならどの人にももう一度会いたいと強く思う。
「人」との出会いは、私の財産だ。
これに限って言えば、私はほんとに幸運ばかりつかんできたと胸を張って誇れる。

 そして今、私は再びスタート地点に立っている。
新しい土地。新しい仕事。新しい人間関係に、私は立ち向かう。
私の新しく生きる場所。そこは、基となった寺の名をとって、頭陀寺(ずだじ)と呼ばれる土地だった。



 浜名湖の河川調査から帰路一日。
帰ってきた私達は、堀と土塁(どるい)に囲まれた城屋敷に迎えられた。

 新しい場所で最初にすべきことは、脳内地図の作成だ。
芸事や商いに良さそうな場所、逃亡経路もついでにピックアップしてしまうのは経歴からの習い性。
私は手早く目を走らせ、周囲の特徴を確認する。

 一見何の変哲のない木立でも、目印を見つけられようになるのが肝心だ。
奇妙な形の枝があったらラッキーで、それがなければ全体の枝ぶりを把握するのでも良い。
方向音痴では生きていけない。お使いにもいけないし、ましてこの時代の旅人はやっていられない。
道を教えてくれる親切なお巡りさんのいる交番も、わかり易い標識も、目立つ看板もないからだ。
それどころか、方位磁石や地図を売っている店も、実をいえば見たことがなかったりする。
もしかしたらどこかにはあるかもしれないが、私のこれまでの知りあいの中には、地図携帯者はいなかった。

 ……と、閑話休題。まずは松下家の屋敷が有先だ。私は外側から順次観察していく。

 水の張ってない一重の空堀(からぼり)が、広い敷地を囲んでいる。
その内側の土塁は、現代の普通の家屋によくある塀(へい)と同じくらいの高さだろうか。
もっとも土塁はコンクリートブロックよりはるかに厚いので、威圧感はそれなり。
でも防御力としての実質を問われれば、この高さではそれほどあるとはいえないかもしれない。
しかし、城屋敷とただの屋敷の違いは、敵を迎撃する用意があるかないかの差に現れる。
「城」と呼ばれ区別されるのは、他者に示す意識が違うから。戦う意思が示されていれば「城」だ。

 見慣れた構造でも、改めて一つずつ探れば感慨深い。
嘉兵衛の家はお武家さんだったのだなと、彼があまりにフレンドリー過ぎて忘れていたことを再認識した。

 しかし。 やっぱり物々しいのは形式、ハード(設備面)だけ、かもしれない。

 門前では、こちらの一行を気にする女性が行ったり来たり。
本家の奥方様が自ら迎えに出られ、足を洗う水を用意して労をねぎらう準備をして待ってくれていた。
「お帰りなさい」と何度も声をかけてくれるこの方、松下父の妹なのだそうだ。


 嘉兵衛と父は母屋に上がり、それ以外は屋敷には上がらず庭先で待機を言い渡され、待つこと暫し。
具足を解いたり、道具から泥を落としたりしていると、嘉兵衛達についていったはずの奥方だけが戻ってくる。
夕餉にはもう少し支度に時間がかかるからと、わざわざ白湯と握り飯をもってきてくれたらしい。
「疲れて帰ってきてお腹もすいているでしょうに、ごめんなさいね」とやさしい言葉付きだ。

 お盆を持った奥方は率先して働き、細やかに気を配ってくれる。
彼女は、顔は松下父とあまり似ていないが、使用人の一人一人に声をかけるマメな雰囲気が同じだった。
武家の奥方という格式ばったところの全くない、気さくな笑顔。人を和ませる明るい声音。
声をかけられれば皆嬉しそうに応えていて、彼女がとても慕われているのもよくわかる。

 だから、だからそういう方に―――、

「ああ、あなたが兵部(嘉兵衛の幼名)の言っていた、日吉ね!
 このたび嘉兵衛の傍付き(そばづき 小姓)になったと聞きました。
 ありがとう。
 あの子の母親代わりの一人として、とても嬉しく思います。
 
 ふふふ、あの子ったら、初めて兄上のお仕事に同行したというのにあなたのことばかり話すのよ。
 あんなに楽しそうにしているのを見るのは久しぶり。
 母上は自覚が足りないなどと怒って見せていたけど、きっと陰で喜んでいらっしゃるわ。

 嘉兵衛はいい子でしょう?
 私達は、ほんとにあの子が大事なの。
 兄の跡を継ぐのはあの子しかいないわ。
 今は亡きお義姉さまが残してくれた、たった一つの私達のたからもの。
 ……なのに。それが今年の初めから、陰った顔ばかりするようになって。
 母上も後悔していらしたのよ。よけいな仏心など、出すのではなかったって。

 それが。
 ああ、あんなに笑顔で帰ってきてくれて!

 元服したからとて、すぐに外回りの仕事に連れださなくてもと思ったけれど。
 ほんの数日で、見違えるように立派になっていて、とても驚いたわ。
 配下の者を守り導くこと……、それを知ったあの子の顔は、しっかりと男子の顔をしていました。
 ……幼かったあの子が、あんなに…………。きっとこれも、あなたのおかげなのね。
  
 日吉。
 どうかこれからもあの子を、嘉兵衛を頼みます。
 あの子の力になるよう、仕えてやって下さいね」

  ―――特別熱烈に一人だけ感謝を告げられたりすると、嫉妬の視線が痛い。

 話しているうちに気落ちが高ぶったのか、彼女の目尻には微かに涙まで浮かぶ。
私の視線の高さにあわせて膝をつき、先輩諸氏に背を向けて。
それこそ今にも手を取って抱きしめたいとでも言わんばかりに超至近距離で、震える華奢な肩。

 これって、家人にこぞって慕われているかわいい人妻の感謝、私独り占めっていう?

 でもだからって、この奥方の後ろから突き刺さる視線は厳し過ぎ。ギャップ、激し過ぎ。
羨まれるのはわかるけど、私が意図してやっていることではないのに。
泥まみれになってお仕事してきた先輩方を差し置いて、何もしてない新人が……という気持ちもわかるけど。

 けれど、その針の視線を感じても。
この奥方が嘉兵衛のことを案じていた気持ちも、嘘ではないとわかってしまうから素気なくなど出来ない。
嘉兵衛の叔母にあたるこの人は、早くに母を失くした彼を幼い頃から慈しんできたのだろう。
彼女の感謝を述べる目の中に滲む家族の情は、初めて見つめる私の心まで揺らすほど甘い。
働き者で愛情深い奥方の姿には、「理想の妻」「聖母(マドンナ)」というイメージすら湧く。

 でもまあ、そんな「妻=母=女性」だからこそ、だ。
この行動もその女の本能的なものからきているのだから、もっと先輩方には寛大に見てほしいと思わないでもない。

 『兄の古馴染みの部下より、甥っ子の初めての部下をちやほやしたいのは仕方ない』んだってこと。

 優しくしながら、歓待しながら、彼女は私を計り、願いを注いでいる。
「私達の大切な人を、裏切らないでね。支えてあげてね」という望みを、無言で私に訴えかけている。
権力も武力も持たない女性が身内のためを思ってするそれは、彼女達のせいいっぱいの援護射撃。
その矛先が信頼のある古い部下より、まだ実績の何もない新人である私に多く向けられるのは、当然のこと。

 家族を守るため、やわらかに微笑む奥方様。やさしささえも武器にする、したたかさは悪じゃない。

 私は守られているばかりのか弱い花よりも、嵐に耐えて咲くたんぽぽが好きだ。
愛する人を想いひたむきに戦う女性の姿には、心惹かれずにいられない。



 そしてそんな素敵な彼女は、といえば。
その後も、「日吉は小さいのだから、もっと食べないと」とか。
「あら裾がほつれているわ。嘉兵衛のお古をあげましょうね」とか。
「あの子は昔から兄上に似て思いつめやすいから心配で……」等々。
余談を交えながらお母さんぶり全開で私の世話をやき、誰かさんそっくりの口癖を披露し、私を楽しませてくれた。

 好意に率直なところも、松下の血なのかもしれない。
「真面目な人は、素直な人が多い」というのが私の経験則だ。
松下父の仕事に対する取り組み方もそうだし、こうして間近に接する彼らの言動もこれに通じる。

 そう、嘉兵衛と彼女。この二人は、ほんとに良く似ていた。
というか、嘉兵衛のあの行動は、この人を見て覚えたにちがいない。
嘉兵衛は少年なのに、私に対しずいぶん軟らかいしぐさをすると思ったことが何度もあった。
食に対する気遣いや、何かを尋ねた後ほんの少し間をおいてこちらを窺うところなど。
私の心をとらえたそのかわいらしい癖の数々が、元が彼女だとすれば違和感はない。

 似るのは家族だから。それは、彼らの普段の仲の良さを偲ばせる。

 私だって、本物の家族には全然及ばないかもしれないけれど、嘉兵衛のことは気にいっている。
彼が私に母がいない寂しさをほんの少しこぼしてくれたのは、まだ記憶も新しいつい先日のことだ。
でもこんなふうに、彼にもちゃんと母のような愛情を向けてくれている女性はいたのだ。
嘉兵衛の優しさは、寂しさから来たものではなく、注がれた愛情に培われたもの。
それを知ることができたのは嬉しかったし、安堵も感じて、私の気分はさらに良くなった。



 奥方との会話は心地よく弾む。
私は嘉兵衛を裏切る気はないから、彼女の向けてくる「願い」を苦にせず受け入れられる。
お母さんみたいな女性に甘やかされることも素直に楽しめる。

 もちろん好意を受け入れ共感を示すことで、彼女が安心できるよう勤めることも怠らない。
後はそういう私の気持ちが上手く伝わっていけば、奥方の笑顔は増し、声音はさらに甘やかになった。
川辺での嘉兵衛の様子を話題にすれば、人妻とも思えない少女のような初々しさで目を輝かせ聞いてくれる。
彼女の感性は敏感で、鮮やかに返ってくる反応は気持ちいい。
初対面だったことさえ忘れてしまいそうなほど喜んでもらえれば、悪い気もしない。

 しかし―――。奥方が絶好調なら、後ろは急降下。

 全てが自分に都合よくいくわけがないのが現実だ。
眼前には魅力的な人妻。けれどその後方には、好感度が下がりつつある今後の同僚が。

 奥方に癒されれば癒されるほど、後ろから「調子に乗るなよ」とブレーキをかけてくる気配も駄々漏れ。
その進行度合いがぴったり拮抗しているのは、気のせいだろうか。
どちらも自重しないからどんどん加速して、さながら私は寒流と暖流に挟まれ右往左往する魚の気分を味わう。
魚は泳ぐことはできても、潮の流れも海の温度も変えられない。己の無力さに眉も下がる。

 で、そんな激しい温度差を前後に感じて過ごした半刻弱の待ち時間。
「夕餉の支度ができましたよ」との知らせがようやく届き、お開きとなった。
ただの夕餉ではなく、仕事の無事終了を労ったささやかな宴会みたいなものを催してもらえるらしい。

 宴席への期待の声が耳に入るが、私はそれより差し迫った急務に頭を悩ませる。
ここからどうにかして、下がりまくった同僚達との友好値を巻き返さなくてはならない。
どちらとも上手くやるのは難しいのかもしれなくても、今後を考えれば同僚に嫌われたままは困る。
さすがに下人の席にまで奥方が同席するとは思えないから、彼らと直接話すチャンスもあるはずだ。

 お酒でも入れば皆の気持ちも多少はほぐれるかもしれない、そこで一発笑える宴会芸を……などと。
悪くなっている印象を改善する策を思案しながら、移動する人達の後を追いかけようとした、が――。

「日吉。
 あなたは、こっちよ。
 母上もあなたに会いたいのですって。
 ごめんなさいね、明日まで待てなくて。
 あなたの分の夕餉はちゃんととっておくから心配しないで。

 ああでも待って、顔を拭いてから行きましょう。
 髪も梳かして、結い直してからのほうがいいかしら?
 まずは身支度をしなおしてからね。
 ほら、早くいらっしゃい」

 ――『また何でお前だけ』って、そんな目で振り返られても、私のせいじゃないし。

 今度こそ、すでに遠慮の欠片もなくなっていた奥方にしっかり手を引かれ、私は逆方向へと引っ張られた。
夕餉を告げに来た人は、奥から別の伝言も一緒に携えて来ていたようだ。
悪いイメージが固着する前に別の印象で塗り替えたかったのに、また無理そう。
私は、私がいない席で悪口で盛り上がられる懸念を頭の片隅に、なす術もなくドナドナされていく。



 未練はあるけどどうにもならないなら気持ちを切り替える。
私は同僚については諦め、事前の情報収集に勤しむことにした。
櫛を借りて髪を梳きながら、この屋敷に住む人間の家族構成を尋ねれば、奥方はにこやかに答えてくれる。
この屋敷の敷地には、松下本家とその分家、それに使用人の家族が二家族ほど同居しているとのことだ。

 それで、ここからが大事なこと。
家の中で一番偉いのは、本家嫡流の大旦那様。(しかし年齢は松下父より下)
それからその奥方(松下父の妹)と、昨年の夏に生まれた一人娘。
次が分家筆頭になる松下父と、その嫡男の嘉兵衛。
そして、松下父と本家奥方さまのお母さんにあたる大刀自(とじ 奥を取り仕切る女性の尊称)さま。

 ちなみに、本家の御両親はすでに鬼籍に入られて久しい。
だから対外的には偉くはないのだけれど、最年長の大刀自さまが本家の主の次に敬われている。
他に覚えておくべき人は、大旦那様の御兄弟で養子や嫁入りで家を離れた方数名。
分家も松下父の家以外にもあるから、お客様として来られたら相応の順位で扱わなくてはいけない。

 聞いたことを忘れないよう頭に叩き込んでいれば、支度の時間も目指す部屋に辿りつくのもすぐだった。


「母上、連れてまいりました」

「入りなさい」


 奥方が呼びかければ、打てば響くように返事が返る。
しかし許可があっても、私は使用人。しかも新入り。いきなり部屋には入らないほうがいいだろう。
そう判断し、廊下に座って頭を下げていると、中に入った奥方にもう一度呼ばれた。


「入ってらっしゃい、日吉。
 そんなに遠くては、お話が聞こえないわ」

「私の耳は、まだ遠くありませんよ」

「お母様ったら。
 そんな意地悪はおっしゃらないで。
 日吉も、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。
 もうあなたも家族みたいなものなんですからね」


 奥方の招きにすかさず入った合いの手は、大刀自さまのものだろうか。
ピシャリと遮った声は良く通り、想像以上に若々しく張りがある。
私が思わず身をすくめると、宥めるような奥方の笑い声がこぼれる。
大刀自さまの言葉だけを聞けば厳しいが、奥方の返答には余裕がありそうだ。
部屋の空気にも嫌悪の気配を感じない。ならばこれも、家族らしい気安さの表れということなのだろう。

 分析終了。私はこの大刀自さまを「ツンデレ(仮)」と想定して、部屋に踏み込む。
こうして先に心構えしておけば、ちょっと精神防御力upだ。
気休め程度だけれど、これなら少し刺々しく言われてもその人の個性だと思える、かもしれない。
心の防御が必要だと、私の勘が告げている。

 そしてその用心は、早々役に立った。


「またずいぶん貧弱な。
 このような小者で、嘉兵衛殿の小姓が務まると本気で思うたのですか、あの子は。
 まったく……」

「お母様。
 兄上は、日吉が『武ではなく文で仕える』ことをお認めになられたんです。
 それに日吉まだ幼いだけでしょう?
 たくさん食べて、あの子と一緒に体を鍛えれば、そのうち大きくなりますわ」

「小姓は下男ではありませんよ。
 いついかなる時もお傍近くお仕えし、最後の楯となる者なのです。
 それがこのような細腕では、いつになればお役目を果たせるようになるのやら」

「それでも……、良いではありませんか。
 日吉が強くなるまで、戦になど行かなければいいのよ」

「またお前は、そのようなことを!」

「はいはい。
 申し訳ありません、お母様。
 まあ私達が何を言おうと、日吉のことは兄上がお決めになったこと。
 兄上とて何も考えずこの子を召し抱えられたのではないはずです。
 そうですよね、日吉」

「はい」

「では、その理由(わけ)とやらを申してみなさい。
 源左衛門殿(松下父)に『文で』と言われるくらいなのですから、口は達者なのでしょう。
 ですが、嘘は許しませんよ」


 大刀自さま、怖っ。
お婆ちゃんなのに眼光鋭く、口舌厳しく、隙がない。
歳の功をいかんなく発揮するその姿はかっこいいけど、めげそうだ。
なにもしていないが「ごめんなさい」と言いたくなる。貫禄が違う。

 でも、若輩(じゃくはい)にだって一分の意地はある。
松下父が私を雇ってくれる気になったのは本当のこと。
私はそのことに対して、後ろ暗いことは何一つしていない。
気迫負けするなんてらしくないと、私も腹を据えて声を出す。


「松下様には、私の連歌の才をお認めいただき、こうしてお仕えするしだいとなりました」

「そう。
 では、お前から仕官を願い出たわけではないということですか」

「……っ、はい」

「まぁ、そうだったの。

 でも「連歌」ができるなんて、すごいわねえ。
 歌といえばあれでしょう?
 昨年、旦那さまと兄上が法会(ほうえ)に呼ばれて行かれた……。
 上の方々の間では、ずいぶん重きを置かれているようだとも聞きましたわ。
 あちら(駿府)の方では、月ごとに歌会を開かれるお家もあるそうですし。

 さすが兄上ですね。
 きっと嘉兵衛の将来の役に立ちますわ」


 制約の複雑な「連歌」は元々お公家さんの社交の一つだったけれど、今は武家にも必須の教養科目。
場所(地域)によっては、才能がないと出世につまずくほど重要になっているところもあるそうだ。
奥方は現役の武士の妻だけあって、その辺の情報も耳にしているのだろう。
ありがたいほど上出来なフォローを入れてくれる。

 大刀自さまはまだちょっと訝しげだけれど、奥方の言葉で少し眉が開いた感じだろうか。
でも最初の返答の言葉選びで失敗して冷や汗もかいたし、まだ気は抜けない。


「確かに、何か才があるならば良いことです。
 何も取り柄がないなどという者よりも、ずっとよろしい。
 源左衛門殿の判断を、否定する気もありません。

 ですが、わたくしは刀自。
 自身の目と耳と心で、この家を守ることがわたくしの役目と心得ております。

 ……わたくしには、歌の良し悪しはわかりません。
 ですから、こう尋ねましょう。
 『お前はこれまで誰を師としてきたのか?』
 納得いく答えができたのなら、わたくしは日吉、お前を信じます。
 お前が何者でも、嘉兵衛に仕える者として、お前を認めましょう」


 まるで腹の底まで見透かそうというような視線が、真っ直ぐ私に突き刺さる。
自分の能力や仕事に自信を持ち、責任から逃げない人の持つ澄んだ目。
揺らがないその目は綺麗だ。綺麗で怖い。

 丸裸にでもされる心地で見つめ返して、そして、私はあることに気づいた。
気づいたことが勘違いではないかと、大刀自さまの言葉を反芻して、あわてて瞬く。
感動で、ちょっと泣きそう。いやもう、ちょっと涙出たかもしれない。

 だって、大刀自さまってば、さりげなく「お前が何者でも」って言っていた。

 最初から、私に投げかけられたのは厳しい言葉ばかり。
けれど思い返せば、その言葉のどこにも出自についての非難はなかった。
出自は人を雇い入れる時の判断の基礎になる情報だから、知らないなんてはずはない。
雇った時の事情までは知らなくても、最低限の情報は伝わっているはずなのだ。
ならば真っ先に、「猿売り(漂泊民)など素性怪しい者」と言って誹られていてもおかしくはなかった。
しかし彼女はそこには一切触れず、あくまで叩いたのは私の能力の有無。それだけ。


 ……戦国時代といえば、「下剋上」という言葉を思い浮かべる人もいると思う。
家柄がなくても、戦場では力(武力)があれば成り上がっていける。能力重視の時代を象徴する代名詞だ。
でもそれはあくまで戦(いくさ)の場、「戦い」に関する場だけの話。日常の世界には適応されない。
現実問題として、人を雇うなら縁故が必須なのだ。まずは血縁、次に同郷。
最低でも「○○村の出身」と出自がはっきりしていることが、ほとんどの就職口における前提条件となる。
学歴のように能力を他に保証する制度がないから、出身地や親の職業(家業)を能力値の基準とするからだ。

 下働きのさらに下働きのような日雇いでも構わない仕事ならまだしも、嫡子の傍近く仕える小姓という仕事。
それを与え、私を受け入れようとする松下家の人々が異質で、戸惑いの目で見てくる同僚の方が正常なのだ。


 大刀自さまの最後の一言から新たにわかった驚愕の事実。
それを前提に見直せば、それまでの暴言さえ違うものに見えてくる。
表面の情報(旅芸人)には重きを置かず、彼女は自身の目で、私の本質を計ろうとしている。
そんな彼女に比べれば、表層だけを見て、ツンデレなんて浅いレッテルを張った自分が恥ずかしい。
刀自として一本芯の通った年配の女性に対し、それはとても失礼なことだった。

 私の前にいるのはツンデレお婆ちゃんではなく、一家を陰ながら支えてきたすごい人なのだ。

 穴を掘って埋まりたい。でも内心羞恥に身悶えたって、対面はまだ終わったわけではない。
まだ私は、大刀自さまの質問に答えていない。私はもう一度、この会見の全体を振り返った。

 私のここまでの返答は、ほんの僅か。大刀自さまに信じてもらえるようなことを、口にした覚えはない。
最後の質問にしても、誰に師事したのかなんてよほどの有名人でなければ聞いたって意味がないことだろう。
なのに彼女は、確信を掴む者の目で、私を判断しようとしている。見極めようとしている。
私はそれを大刀自さまのはったりだとは思わない。
彼女が私に求めているものは、おそらく表面、言葉どおりのものではないのだ。
連歌の師匠の名を訊きたいだけではないはずだ。

 では、彼女が私の答えの中から見出そうとしている物とは何だろうか。

 『自身の目と耳と心で、この家を守る』それが大刀自さまの自負だ。
覚悟を感じさせる重い言葉には、それを守り通してきた者の誇りの響きがあった。
大言でもその場しのぎでもない、掛け値なしの本気をさらりと言える潔さ。
息子の決定を受け入れながら、その上で自らの役割を譲らないという気概。
揺らがぬ意志は、小さな老女の姿を大きく見せる。
 
 そしてそんな大刀自さまの横には、かすかに笑みを浮かべた奥方さま。
落ち着いた雰囲気で座っている彼女は、やわらかな物腰の優しい女性だ。
しかし、形は違えどこの人も、『家族を守る』ために心を尽くしている人だった。

 やり方も受ける印象も全然違うけれど、この二人の根幹を成すものはたぶん同じものだと思う。
か弱い女性を強くするほど真摯な、家族に向ける深い愛情こそが、この女性達の力の源なのだ。

 その生きざまに憧れすら感じるこの二人の女性を見つめ、私は考える。

 私ならば、相手に何を求めるだろうか?
 どんな証が示されれば、自分にとって大切な家族を託してもいいと思えるだろうか?

 それは彼女達の「愛情」と同じくらい、価値のあるものでなければならないはずだ。
僅かばかりの「知識」や「技術」では、信頼の対価になるとは思えない。
必要なのは、もっと違う何か。
私は自分の中を探して探って考えて、そして答えを一つだけ見つける。

 それは、誠意。心からの「誠意」に、私は価値を見出した。

 問われたのは、『誰を師としてきたのか?』。何の師かは、限定されなかった。
だから、私は正直に話すことにする。私の師は一人ではない。
私に大切なことを教えてくれたのは、私がこれまで出会ってきた全ての人達。
その中の誰か一人でも削ってしまったら、今の私には決してならない。

 私のたからもの。師として慕う人達。私の大切なものは、全部心の中にある。
嘘をつかず、偽らず、ありのままに心を開いて見せることが、この二人に差し出せる私の一番の誠意。



 納得いく答えを見つけて、私は口を開いた。始まりは決まっている。

「私は貧しい農家の次女として、この世に生を受けました。……」

 ……私の語る長い物語。
二人の女性は、一時も気を逸らすことなく、月が傾くことさえ忘れ、最後まで耳を傾けてくれていた。


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