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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 流転 二
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:7cc8acbe 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/21 00:21
 大豆を蒸す鍋から、白い湯気が上がる。
外は寒風吹きすさんでいても、台所の中はまるで春。
板壁も土間も絶え間なく上がる蒸気にしっとりと濡れ、暖かい。

「そろそろ、次の鍋、行くよ」

「待って、今擂り(すり)終わる。
 はい、お仕舞い」

「擂ったやつはこっちに。
 冷(さ)ましていくから、右上から順番に広げてちょうだい」

 15人ほどの年齢も様々な女性達が、声を掛け合い作業を進めていく。
続きの板間も占領して作られていくのは、大量の味噌だ。
私も、自分の腕よりも太いすりこぎ棒を武器に奮闘中。
目の前のすり鉢には、釜揚げされた美味しそう敵が小山をなして私を待っていた。



 ――――― 戦国奇譚 流転 二―――――



 一晩水を吸わせた大豆を蒸し、それをすり鉢で潰す。
麹(こうじ)と塩を混ぜ、できるだけ空気を抜いて桶に入れる。
後は低温でしっかり寝かせ、完成は一年後。
味噌作りは、おおざっぱに言うとこんな感じになる。

 それでその大豆を擂る担当が、私と、同じ市からここに就職した鈴菜という少女と、他四人。
二人一組ですり役と抑え役を交代していくので、ずっと働き通しというわけではないし、休憩も挟める。
でも、こなす量が半端ではない。擂っても擂っても、新しい豆がエンドレスで運ばれてくる。
すり鉢も大きいから、豆が蒸され柔らかくなっているとはいえ、すりこぎは重い。
作業が続けば慣れてはくるが、気力はだんだん減っていき、そのうち愚痴の一つもこぼしたくなる。


「手がおもいー。肩もおもいー。
 豆、終らなーい」

「鈴菜(すずな)、おつかれ?」

「おつかれですともー」

「若いのにだらしないわねぇ。
 こんなのちゃっちゃとやっちゃいなさい、ちゃっちゃと!」

「志野(しの)さん、ひどーい。
 私の細腕はもう限界ですぅ。
 見てよ、ほんとに震えてるんだから。
 ひよしー、もぉだめ、こぉたいして、交代ぃ」

「日吉、甘やかすんじゃないよ。
 それだけ話せりゃ、まだまだ十分働けるはずだって。
 ほら、無駄口叩いてない。次が待ってるよ」

「はぁーい」


 水を吸って重い豆を鍋ごと運ぶ人に窘められては、愚痴も苦笑で引っ込めるしかない。
火の番役だって、煮汁を冷ます役だって、皆それぞれにたいへんだ。
私は、「怒られちゃった」と肩をすくめる少女と顔を見合わせて笑いあった。

 私を含めた新人が、この職場に入ってきてまだ半月ほど。
しかし仲間内で交わされる遠慮のない口調に、すでに耳が慣れてきている。
次々に舞い込む仕事が、同じ職場の人達の気持ちを近くしてくれているようだった。


 正面に座る相方の鈴菜が荒く潰し終わった豆を、私がヘラで隣の鉢へと移していく。
二つ目の鉢の方で別の女性達が、他の豆と擂り具合が均等になるように調整している。
私達が任されているのは最初の荒擂りなので、力は要るが繊細さは要らない。
そのせいもあって、おしゃべり好きの鈴菜は黙っていられないらしい。
怒られても彼女は全然懲りずに、またすぐ私に話しかけてくる。


「日吉がほんとにやりたかった仕事は、馬借だったっけ?」

「そうそう」

「じゃぁさぁ、この仕事は、どう?
 やっぱ失敗だったと思う?」

「面白いよ。 初めてのことばっかりで。
 それに馬借業って、募集があるのかどうかもわからなかったし。
 いつまでも市に居残るのも嫌だったから、仕事にありつけて良かったかな」

「えー? そう?
 けっこういろいろ大変じゃない?
 私、ちょこっと失敗だったかもって、思ってるんだけど」

「実は私、味噌を造るのも初めてなんだよね。
 麹作りの時なんか、なんであの微妙な温度が手でわかるのかとか感心しっぱなし。
 温度計とか時計とか……、便利な道具がなければ素人なんて役に立たないよ。
 出来る人は、経験積んで体で覚えてるっていうのかな? 本当にすごいでしょ?

 まあさすがに、この量を最初に見せられた時は退いたけどね。
 でも、この量を作るのでなかったら、新人の私達は入れてもらえなかっただろうし。
 ……鈴菜は前にもお屋敷奉公していたんだよね?」

「うん。地元の豪氏のとこ。
 場所の差かなぁ? やっぱ私の知ってたのとは違うっていうか。
 芹(せり)ちゃんとか、清白(すずしろ)とかと、前に一緒にお勤めしてたのとはぜんぜん?
 こっちのがずぅっと重労働。
 夜、長いからまだいいけどさぁ。夏だったら寝る時間足りなくて、疲れがたまり過ぎてバテてたかも」

「たしかに、私も仕事量は多いと思う。
 それでもこれが今のお仕事だから」

「それはそうなんだけど。
 詐欺なのがちょっとねー?」

「さぎ?」

「うん、詐欺。
 日吉だって、そう思わない?
 だって、まだ半分しかないじゃん」

「半分……、まあね」
 

 鈴菜の女の子らしい高めの声音は耳に甘い。でも、選ぶ言葉が正直すぎる13歳だ。
何度教えてもすぐ忘れ、がしがしとすりこぎを叩きつけるように扱ってしまう不器用さんでもある。
大豆が跳ねても気にせずに無心に手を動かしているところは、小動物っぽい。

 髪にまで飛ばした大豆の欠片をとってやると、はにかんで笑った。
あどけない笑顔でいながら、彼女は「詐欺詐欺、半端、作りかけ」と節回しを付けて歌う。
彼女が一人でも楽しそうなので、私はその容赦なく揶揄されている「半分」について考えてみた。


 鈴菜の言う「作りかけ」が何を指しているかというと、それはこの私達の勤め先「=城」のことだった。


 私達は一月ほど前、三河の内陸の方の人買市で、就職先を探していた。
その市に私達がいる時に、めずらしく大々的な集団売買の募集が行われたのだ。

 相手から提示された条件は、来年の春までのお屋敷勤め。
住食完備で、任期の短さの割に払いが良い。
「上手い話には落とし穴が……」ということを警戒はしたが、説明を聞けば仕事量もそれなりにある。
大量の食材の仕込みなど、冬の間に終わらせたい仕事がかなりの数挙げられている。
他にも、仕事場が遠方であることから、期日までに歩ききれない幼い子供は最初から条件外など。
細々とした選別の条件もあり、「上手すぎる話」と言うほどではないと判断した。

 近場の仕事を強く望む者は断ったらしく、募集に応じたのは人数的にはぎりぎりだったと思う。
私にはよくわからなかったけれど、それなりに名のある家からの注文でもあったらしい。
市側は依頼をこなすため、支度金に多少の色を付けてまで必死に人をかき集めていた。

 私の望んでいた職からの求人はなく、待っていても来るかどうかもわからない。
求人の職場が美濃と尾張の境だったこともあって、私はこの募集に応じることに決めた。
この仕事が終わったら、一度くらい実家を見に行ってみてもいい。
津島は一座の巡回地だし、そこで待てば逢えるかもという考えも頭の隅にあった。
それに、馬借の仕事に就くのは、何も今すぐでなくてもいいし。

 私は支度金をもらい、当座の食糧や衣類用の布の予備などを個人で揃えるよう言われる。
この時、鈴菜と知り合った。彼女は同じ市で職を選んでいた娘達の一人だ。
彼女の家族はもう亡くなっていて、帰る場所ももうないと言う。
それでも、「新天地で恋人を見つけて、永久就職(結婚)!」と笑って夢を追える、明るい人だった。

 この新しい友人が出来たことが、あの人買市での私の一番の収穫だったかもしれない。

 旅支度はまとめ買いする方が安くなる為、一緒に買い物をすることから私達の関係は始まった。
実用とシンプルを重視する私と、「かわいいが正義」という感覚の彼女の意見は、まず重ならない。
けれど予算は厳しく、「安くて良い物が欲しい」と強く思う心は二人で一つ。
喧嘩しつつも妥協点を探り、掘り出し物を探して市を何周も駆け回って、私達は友人になっていった。

 鈴菜の他にも、同じ市からの同行者は10人前後いたと思う。
数字があいまいなのは、移動してすぐに他の買い入れ部隊も合流したから。
引率の一団(買い手側)を合わせると、集められた人達は60人を越えていたのではないだろうか。
そして人が揃うと、もう一度、詳しい職場情報の説明がおこなわれた。

 私達の勤め先はお屋敷ではあるが、正しくは「城屋敷」だということ。
 しかも山中で、建設中、だったりする。

 従来の屋敷で新規に入れるなら、この人数を雇うのは縁故でもなければ不自然だ。
それが、建設が理由なら納得できる。
この時代は、建設重機なんてないから全て人海戦術。人は多ければ多いほどいい。
男衆は工事を請け負う立場から、知らされている者の方が多かったのだろう。
説明を聞いても、特に混乱は見受けられなかった。

 でも、女中として集められた私達はそうはいかない。
これでは、「お屋敷勤め」であっても、実質は「建設現場の飯場勤め」だ。
知らずにつれて来られれば、鈴菜でなくとも「詐欺だ」と言いたくもなる。
女性の数は全体の3分の1くらいなのだが、その中には不満の声をこぼす者も当然いる。
それに対し、作業員の建物は先に出来ているので、基本の仕事は変わらないと宥められた。

 で、結果、どうなったかと言うと……。
そのささやかな女性達の抗議がどう作用したのか、旅の待遇がやや良くなったのが儲けモノだった。


 山の木々が葉を落とすのは、平地よりも早い。
落葉樹が多いからか、細い道でも空が見えれば圧迫感は感じない。
焚き火の材料には事欠かず、頭数が多ければ、中には秋の山の味覚に詳しい者などもいる。
食事は持参が基本だが、あの不満解消の余波で現地徴収が割と自由にさせてもらえる。
「秋の味覚」三昧に、道案内と護衛付きの豪華な旅。そしてさらにこの旅には、おまけがつく。


 食事以外にも、この旅には、私の今までの旅にはなかった「面白いもの」があったのだ。


 私は最初、一緒の市から来た鈴菜達と行動を共にしていた。
その後、人が増えてきてからは、女性を中心にしたグループと交流を持つ。
現場に向かう人達の年代は幅広く、10~40代までさまざま。
こういう仕事だと一家揃っての参加もあるらしく、以外と夫婦者や子連れも多い。
ただ距離を歩けることが条件なので、子供でも最年少はやはり私らしい。でも、強行軍ではないし楽勝だ。

 移動は全体で纏まって行うが、実際に歩いていると気の合う者同士の小さな集団にわかれる。
親がすぐ傍にいたり、旦那がくっついていたり。
喧嘩や大きな揉め事が起こさないように、雇う側も目を光らせている。
それでも、若い女の子達が混ざるグループには、積極的な若者が何とかして近づいてこようと画策する。
特に年頃の鈴菜の傍に居れば、魚はまさに入れ食い状態。お客さんは引きも切らない。
入れ替わり立ち替わり誰かが訪れて、何かしらアピールしていくのが恒例になったりする。


「あ、あ、あ、もう、あきた。
 うざい。ワケわかんない、つまんない。
 なんで男って、あんな話ばっかりしたがるんだろ。
 私、関係ないじゃない」

「そう?」

「石を積む角度がなんだって言うの?
 挟む小石の種類とか、混ぜる土の色や粘りがどうとかこうとか!
 それのどーこが、面白いのよ?」

「えー?
 石接ぎ(いしつぎ)のコツなんか、普通は教えてもらえないよ。
 鈴菜だから特別サービス……じゃなくて、特別ご奉仕?
 えっと、秘密だけど教えてくれちゃうっていう感じ?」
 
「そんな秘密、い、り、ま、せ、ん。
 私はぁ、丈夫でっ、働き者でっ、浮気しない男がいいの。
 偉くなっても、お妾さんつくるような奴は絶対ヤだ。
 そこんところ押さえてくれてれば、それだけでいいんだから!
 ………。
 そりゃ、日吉と話してるの見てて……。
 んー……、頭がいいのもちょっとはいいかなって思うこともあったけど。
 でも、私に話しても意味ないし?
 私のする仕事じゃないし、教えてもらえたって、わかんないもん。
 繋(つなぎ)の城だと堀割がどうとか、伝(つたえ)の城だと高さと隠蔽がどうとか」

「わからない話をそれだけ真面目に聞いて覚えていれば、充分だって。
 良かったね、志野さん」

「えっ、いきなり何で私にふるの?」

「この話、鈴菜にしたの志野さんの弟だよ」

「ぎゃー、日吉、ばらさないでぇ。
 あいつには話したらダメだからね!
 ぜぇったい、言わないでよ」

「はいはい」

「どうしよっかな?」

「志野さぁん、ゆるしてぇ」
 
 
 楽しそうに騒いでいれば人が寄ってくる。
女性が集まれば、恋愛談議やら旦那の批評やらと姦しく(かしましく)なる。
そしてそうなると、気にする視線をたくさん寄せてきても男は近づけなくなるものらしい。
ちらちらと覗き見て気もそぞろな若者達の様子は、また女たちの笑いを誘う。

 道中繰り広げられるこの「軽い恋の鞘あて」が、皆の気分を明るくしてくれる楽しいネタだった。


 笑顔は、円滑な人間関係を作ってくれる。そしてそれに付随して、もう一つ。
いや私の本命は、いっそこっちと言ってもいいかもしれないものがある。
それは、青年達が、意中の娘には気を惹こうとあっさり見せてくれちゃったりするカード。

 「築城関係の情報」は、私の前世からの趣味に的中、ド真ん中だったのだ。

 あまり女の子ウケするとは思えないが、青年達がしてくれる話は土木関係に偏ったものが多い。
その仕事に向かうからか知識自慢も多く、これが私にとっては実に美味しい。
実をいえば、彼らが仲間内でやっていることにも、私は混ぜてほしくて仕方ない。
情報交換をしたり、知識を比べあって派閥を作ったりしている姿を見ると、「私も入れて」と言いたくなる。
見栄を張ったり競争したりできる仲間がいるのが、羨ましい。

 興味を持ったものを知りたいと望む気持ちは、いつだって私の胸を狂おしく焦がす。

 戦国期を境に、これまで寺社に独占されていた建築技術は広がっていった。
それまでは、権力者の屋敷であっても寝殿造りなどの平屋なのだ。
奈良の大仏殿などの巨大建造物を造れる技術は昔からあるのに、それが利用されることはなかった。
関白、大臣と位を極めた人の家だって、屋根瓦さえ乗ってなかった。
鎌倉武士の屋敷に二階建てはない。

 「乱世」に生まれた「城」が、閉塞していた建築の世界を変える。

 より堅牢に、見てわかるほど荘厳に、そして誰よりも、高く、高く、高く!
寺院建築の高い技術は流用され、後世に名を残す「名城」の数々が生まれる。
城造りが盛んになることで大工や左官の育成が進み、時を経ればそれは一般にも降りて行く。

 職人達にあっただろう大きな意識の変遷。時代の波に揺さ振られた、技術の改革。
お城はお寺の子供のようなものだ。藍より生まれた青のように、鮮やかにこの時代を彩る華だ。
その現場に居ると考えるだけで胸が高鳴る。全て知りたい。何もかもが見たい、聞きたい、肌で感じたい。


 というか、聞けるチャンスは目の前で御開帳中。
 指をくわえて見ないふりなんて、そんな我慢できるか!!


 ……っと、本音がついこぼれてしまったが、私も最低限の理性まで手放すつもりはない。
鈴菜の言ではないけれど、普通の女性は関係のない仕事には興味を持たないものだ。
そもそも技術の習得には時間がかかるから、専門を浮気する職人もいない。
農家出身で傀儡子一座の前歴しかない私が、知ったようなことを口にすれば異端扱いされかねない。
それが嫌なら口にはチャック。黙って聞き耳を立てるに徹する方が吉。

 口が堅いことがわかれば、女だからどこで聞いていてもいじめられたりはしない。
でも女だから議論には混ぜてはもらえない。
時々どうしても我慢しきれずに質問してしまったら、その10倍ぐらい感謝する。
感心して褒め称えてごまかすのはちょっとずるいかもしれないが、それも生活の知恵だ。
突っ込みは、内心で。……これって密偵の真似ごと? と思うと以外に燃えたのは、秘密。

 言いたいこともいっぱいあったけど、それでも、入ってくる情報量は私を満足させた。
それに建築という技術面からだけではないアプローチにも気づけば、不満ばかりに目を向けてもいられない。

 観光名所としてではない、お城の「実用性」なんて、使っている「今」でなければわからない。

 台所の使いやすさを始めとした居住性。
そこで寝て起きて食べて仕事して、日々暮らして実感は、どんな専門書にも載っていない。
まして、これから私達によってつくられるのは、「幻の城」。
現代にはたぶん名前も残っているかどうかわからない、山の城。
情報を集めていく中でわかったことに、私をさらに喜ばせる。

 この時代に作られた城は数千に及ぶ。

 「城」とかどうかは、定義は攻撃能力の有無で決まる。
どんなに小さくても、狭間(さま、矢を射かける穴、小窓)があれば、それは城。
規模が大きく、立派な濠(ほり)や塀(へい)があっても防御しか出来なければただの屋敷とよばれる。
攻撃は最大の防御。戦乱の時代に、「城」が乱立する理由は明白だと思う。

 しかし、この時代に数多く建てられた城達は、この後100年を待たずにそのほとんどが失われてしまう。

 乱世が終われば、余計な軍事拠点はいらなくなる。特に山中に作られた、支城の衰退は早い。
将兵が移動する時に使われる、補給基地となる繋(つなぎ)の城。
狼煙(のろし)を上げるなど情報伝達の役割を貸せられた、伝令用の伝(つたえ)の城。
松本城や姫路城、熊本城など、長く慈しまれ見守られる城達のように生かされるものは何もない。
これらの実用性を極めた山城の多くは、礎さえ残さす木々に呑まれ消えて行く。

 一時を咲き誇った、乱世の徒花(あだばな)。

 でも私は彼らも愛さずにはいられない。
基礎づくりからその建築を見られるとあれば、男と偽って参加したいくらいだ。
 
 
 それから、情報収集は築城についてをメインにしていたが、それに関連して重要な話も聞くこともできた。

 私達の職場となった場所は、国境の山中という立地条件に、多量の食料の備える補給の城。
話してくれた事情通によると、この手の新城はここだけではなく、今この地域全体が築城ラッシュなのだそうだ。
それというのも、つい最頃、美濃と尾張の婚姻による協力関係が結ばれたかららしい。
この一年、尾張の織田は三河と駿河の連合軍に負け続けている。
傾いた国力を梃入れするためには、これが有効な政治戦略だと判断されたのだろう。

 美濃の有力者、斎藤家と縁を結んだのは、織田家の嫡男、……吉法師。あの少年が結婚する。

 祝福を直接は届けられないことを、私は残念に思う
こんなところから彼の無事を確認でき、とても嬉しい。でも、そう思う反面、少し寂しくもある。
妻を娶り、着実に足場を固めているだろう彼に対し、私はまだ自分の力に自信がない。
彼のもとに帰り、「役に立てる」と言はまだ言えない。
経験も、知識も、もっと学ぶことがある。今はまだ帰れない。
会いたいけれど、


 たぶん、戦国時代は始まったばかり。
私の知る武将、信長や秀吉、家康などが、世に名乗りを上げたとは未だ聞かない。
これからなのだと思う。これから、もっと、大きなうねりがくる。それには間にあわせてみせる。
その時に備えて、今は地力を、一つずつレベルを上げて行けばいい。

 それに……。そう、まだ時代が未明ならば、私もいつかどこかで。
後世に名を残すお城の築城を、目にする機会が来るかもしれない。
運が良ければ、その建築に関わることも出来るかもしれない。
建築途中を見たい建物は、いっぱいある。完成品だって気になるものがあれとかこれとか。
そう例えば、あの世に名高い安土城は、本物を生でぜひ見てみたい。
それから、屏風絵でしか見ることのできなかった聚楽第とか聚楽第とか、じゅらくだいとか……。
 
 ……、本音がまた駄々漏れしてしまったけど、夢見るくらいは許されるよね?



 現状確認をするつもりが、いつの間にか「あこがれの建造物について」に変わっていた。
趣味の世界を脳内展開して浸っていると、私の袖が正面から強く引かれる。
そのまま、すり鉢の中のどろどろの大豆の海に顔面ダイブしそうになり、慌て手差し出された手にしがみつく。
助けてくれたのは、引っぱった当人だ。


「日吉、しっかりして!
 何度も呼んだのに、ぼーっとしちゃって。
 もしかして、寝てたの?」
 
「え? あ? ごめん、何だっけ?」

「何だっけじゃないよ。
 ほら、すり終わったから、交代交代」

「あ、うん」

「疲れてるんじゃないの?
 休憩時間もふらふらしてるから、余計な仕事言いつけられちゃうんだよ」

「あー、それはいいの。 あちこち見て回りたいから。
 仕事があれば理由になるし」

「日吉のもの好き。
 でも、危ない真似はしないでよね。
 夕方になったら、すぐ戻って来ないとダメなんだからね」

「おお? 鈴菜がお姉さんみたいなこと言ってる」

「もとから日吉よりお姉さんです!
 あいつにも外で見かけたら目を配ってあげてって頼んでるけど。
 自覚が大事なんだから」
 
「ありがと、鈴菜。 気をつける」

「ふぅ。 わかればいいのよ、わかれば。
 でもわかってなさそうな気もするのよね。なんとなく。
 まっ、今日の午後は外行かないからいっか」

「あれ? なんか予定あったっけ?」

「志野さんの友達が、肩揉んでほしいんだって。
 それからあの腰痛体操だっけ? あれも教えてって」

「わかった。
 鈴菜も一緒だよね?」

「もちろん!」


 隣の板間に広げられた擂り大豆に、中腰で麹を混ぜて行く人の背を見やる。
家事だけではなく、外の仕事で使う「もっこ」の網などの補修も女性の仕事だ。
木を叩いて繊維を解し、紙を漉いて紙子という防寒具の一種を作ったりもする。
どの仕事の担当になっても、肩こりと無縁でいられる人はいない。

 だからこのちょっとした思いつきで私が始めたマッサージ業が、流行していたりする。

 私は転生して幼児期からやり直した。その時、幼い体に不便を感じたことは幾つもある。
しかし唯一、感激するほど良かった点が、肩こりの解消だった。幼児の肩は凝らないのだ。
肩こりから来る片頭痛も起きない。凝らないことがわかった時は、本気で小躍りしたくらい嬉しかった。
頭が痛くて、「中身を洗ったらすっきりするかも」と思ったことがある人ならわかると思う。
肩が重いと、「胸が着脱可能だったらいいのに」と両手で持ち上げて真剣に考えるほど辛い。
あれを思えば幼児の絶壁なんて少しも寂しくない。もうしばらく育たなくてもいいかと思っているくらいだ。

 ところがそれがここにきて、成長とは関係なく、連日の細々した作業のせいで持病に再会してしまった。

 肩こり、腰痛、貧血、冷え性、片頭痛は、女の敵。
現代では一大産業として発達し、良い薬や下着、健康器具が山ほどある。
けれど「既存の物しか知りません」では、情報化社会に生きる人間としては恥ずかしい。
マッサージにツボ押し、骨盤矯正、ヨガ、体操、岩盤浴他、知ろうと思えば知識はいくらでも手に入る。
効果がありそうなら、藁にもすがりたくなるのが人情というもの。
必要に迫られて学んだ数々は、充分再現できるほど細部まで良く覚えていた。

 それを最初は鈴菜に教え、二人だけでやっていた。
志野など知りあいの数人に施すことはあっても、大々的に宣伝したことはない。
しかし、女性の口コミの威力というのはいつの時代でもすごい。
気がつけば参加者が一人増え、二人増え。
私の手は小さく握力も足りないので、頼まれても女性以外は断っていのに客は今も増え続け……。
「旦那や恋人、親にやってあげたい」と請われ教えてもいるので、副業として本格的に開店できそうな勢いだ。

 仲良くなれるのはいいことと、私はこの流れを歓迎している。
人に親切にした分は、必ず巡り巡っていつか自分に返って来る。
困った時に助けてもらえるかもしれないし。
趣味の見学も、知り合いになっていれば甘く見みてもらえるかもしれない。
それにマッサージしながらのお喋りはリラックス効果も高められ、ネタの宝庫でもあって一石二鳥。
私の損になるようなことは何もない。

 どんな組織も、女性を味方につければ安泰(あんたい)間違いなし。
やりたいことを目いっぱいやるには、まずは周囲の環境から整備するのが大事。
建築も人間関係も、「大事なのは基礎だ!」と叫ぶ工事の現場監督に拍手喝采で賛同だ。
遠い空の下頑張っているだろう友人達に負けないように、私も出来ることから始めている。
  
 ―――こんな感じに、私は数え9歳の冬を越え、10歳の春を山中の城で迎えた。
けれど一たび転がり始めた運命は、私を長く一つ所に留めることなく、次の場所へと連れて行く。









 * 作者注 感想欄にあります。興味がありましたらどうぞ。
1、名前(吉法師)について。 2、作中時間。 3、前話の人買市について。


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