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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 告解の行方
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:38a9396f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/31 19:51

 翌日、私は狭霧を朝も早くからいつもの二倍は丁寧に磨きあげた。
その甲斐あって彼女の毛並みは、朝の光を弾いて艶やかに輝いている。

 約束通りやって来た彼は、慣れた様子で狭霧に手を伸ばす。
馬首に触れ、しばらくぶりの外に躊躇う彼女を優しく励ます彼の声は途絶えない。

 彼に引かれ、ゆっくり外へと踏み出す狭霧。
足元に纏わりついて追いかける旭日。
私も皆の後に続けば、楽しい散歩の始まりだ。



 ――――― 戦国奇譚 告解の行方 ―――――



 私が初めて経験する、狭霧の散歩(引き馬)。

 一言で言うなら、彼は「優秀」だった。

 馬の扱いについて、私も最初はずぶの素人だったけど、すでに3ヶ月を越す同居生活の実績がある。
でもその自負は自惚れだったのだと、他人と比較してみてよくわかった。
彼の手際に比べ反省することは多く、自己満足の拙さが身に沁みる。

 まずは、手綱の掛け方からして違う。

 彼は狭霧を小屋から出すために一度、少し歩き慣れたところで次の掛け方へと、綱の結び方を手早く替えた。
来た当初の小屋に繋ぐための手法しか知らず、それ一種類で数か月通してしまった私は恥じ入るしかない。
自分の気のまわらなさに呆れもする。
早くそれに気がついていれば、狭霧の小屋での生活をもっと快適にしてやれたのにと思うと、とても悔しい。

 それから、外の物音に神経質になっている狭霧への対処もみごとだった。

 私だったら、彼女に完全にウェイト負けしているので、対抗するなど端から無理な話だ。
足を突っ張って立ち止まられても、怯えて後退りされても、きっと簡単に引きずられてしまったと思う。
それを物ともせず押しとどめ、落ち着くまで穏やかに声で宥めて、彼は巧みに誘導してみせた。
鼻を鳴らして怖がる狭霧に同調し、私のように不安や緊張を一緒に感じていたら先へは進めない。

 彼は、狭霧に近づきたがる旭日にも気を配った、堂々とした引き馬さばきを披露してくれた。 



 リード(引き紐)を託される飼い主の威風は羨ましく、油断すると嫉妬に呑まれそう。
見れば見るほど悔しくて、でも、目を背けるのはもったいない。
彼女を喜ばせてあげられるテクニックは、一つも見落としたくないからだ。
しっかり覚ようと、「次こそ私が!」と胸の内で繰り返しながら目を凝らす。
せっかくライバル認定した彼に、試合開始直後から白旗ではかっこ悪い。

 歩調、声かけ、触れる位置。駄々をあやすタイミング一つ見逃さないよう、追いかけ続けて半刻。
散歩コースは川までの通いなれた道なので、彼の一挙一動を見逃さずにいることが出来た。

 じっと見つめられていることに気がつかないはずはないのに、しかし相手もさる者。

 彼は素知らぬ顔で、狭霧を引いて行く。
そして辿りついた河原で、長めの綱に再び架け替え、石の間に埋まっていた杭につないだ。
ここでも私は、何度も来ていた川辺で見慣れたただの木の棒に、そんな役目があったことを初めて知る。

 おとなしくつながれた狭霧は、綱の長さをよく知っているかのように水を飲みに行く。

 木立のない場所に打たれた、馬を繋ぐための杭。
暑くなれば、何頭もの馬をここに連れてきて、順番に水浴びをさせていたのかもしれない。
一緒に来たのは、今は誰もいない馬房にかつて居た狭霧の仲間達だったのだろうか。

 私の知らない過去を、何気ないしぐさの中に何度、垣間見ただろう。
今はまだ遠い夏の日差しの中で水と戯れる狭霧を想像しながら、私は河原に腰を下ろした。



 羨ましかったり、楽しかったり、嫉妬したり、尊敬したり。短い散歩ながら心情は目まぐるしく変わった。
彼が隣に座ってきたのもわかったけれど、もう少しだけ頭が冷えるまで待ってもらおうと、膝を抱えこむ。
彼にも思うところがあったのかもしれない。しばらくどちらも無言で、母仔の姿を眺めていた。

 口を開いたのは、彼の方が先だった。 


「あいつが、綺麗になっていて驚いた」

「……」

「信じられなかったし、悔しかった。
 狭霧は俺の馬だったから」

「……」

「狭霧は俺が育てて仕込んだ馬だ。
 それを、よく知りもしないやつに突然預けてみろと言われた時、訳がわからなかった。
 あいつの死ぬのを看とるのは、俺だと思っていたんだ。
 まだ死んでいない狭霧を奪われるくらいなら、俺が殺すと思いつめた。
 あいつを殺して、俺も死ぬ。……あいつが死ぬ時が、俺の死ぬ時と決めていた」

「えっ?」


 前置きもなく語りだした彼の言葉をぼんやりと聞いていた私は、「死」という単語に顔を上げる。
 
 狭霧が彼の馬だというのは、彼の態度から見ても予測の内だった。
自分の物だと主張しようとしているのがあからさまで、見ていてわかり易かったからだ。
彼が、近くで見れば最初の頃の印象よりも随分若かったこともあって、その点はすぐに納得もいった。
張り合うような子供っぽさは私も同じように持っているから、逆に共感を覚えたほどだった。
ライバルとして不足はないと、先行きを楽しみに思っていたくらいなのに……。

 それなのに、「心中しようと思っていた」なんて台詞は不穏すぎる。

 眉をひそめた私に気づくことなく、彼は河原に投げ出した片足を叩き言葉を続ける。
内容は危うくても、うなだれたりはせず、頭を上げて話す彼の声は強い。
でもその目は、正面にいる狭霧たちを見ているようで、見ていない。
険しすぎる眼差しは、目前に広がる穏やかな光景に向けられるものではないように私には思える。


「あいつが痩せ細っていた頃を知っているか」

「……はい」

「毛が抜けて、骨が浮いて。ぼろぼろだった。
 本当の年よりも、ずっと老いた馬にしか見えなかったはずだ。
 今は、……違うな。
 毛も鬣も、昔みたいだ。あいつが一番元気だった頃と同じくらい綺麗だ。
 結局は言われるまま狭霧を手放したが、それが正しかったのだろうな。

 俺には何も出来なかった。
 どうやれば癒してやれるのか、俺にはわからなかった。
 ……出来たのは、あいつを死に追いやったことだけ。
 狭霧の歯を砕いたのは、俺だ」

「どうしてそんなことを」

「この足がわかるか?
 行軍中の奇襲でやられた。
 俺の足は、矢傷を受けて動かなくなった。
 矢を射られ、俺は狭霧から落ちたんだ。
 あの時、何よりも先に手綱を放さなければならかった。
 なのに俺は、それを握ったまま……」


 彼の言った光景を思い浮かべ、私は指先から血の気が引いていくのを感じる。

 馬に乗る時につける手綱には、今日のような引き馬の時にはつけないハミ(馬銜)がついているのが普通だ。
ハミは、環の付いた棒状の金具を中央で連結させ一本にした、馬を操るための道具。
外側にある二つの輪に手綱を繋ぎ、棒の部分を馬の口に銜えさせて使用する。
 
 馬には、前歯と奥歯の間に歯のはえない箇所がある。その隙間がハミを置く位置だ。
騎手が手綱を操ると、その強弱がハミを通して馬へと伝わる。
馬の口の感覚が繊細だからこそ細やかな動きも伝えられ、複雑な動作をさせることも可能になるのだ。

 そのハミは、概ね金物(かなもの)製だ。

 騎手が乱暴に扱えば、馬は大きな苦痛を受ける。
どんな勢いで彼が射落とされたのかはわからないが、その重みが狭霧を深く傷つけたことは想像に難くない。

 白くなった指先で、膝に爪を立てて痛ましさをこらえた。
両者共、生きている。穏やかに水を飲む、狭霧の健やかな姿は救いだった。


「……死に損なったなった俺を、助けたのはあいつだ。
 俺が手綱を放さなかったから、傷ついたのに。
 血泡を吹きながらも、あいつは俺を放り出しはしなかった。
 不手際で傷を負わせた愚かな主を、見捨てはしなかったんだ……。

 走れなくなれば、戦には行けない。
 戦場までついて行けない者など、足軽どころか飯炊きの役にも就けない。
 救ってどうする? こんな本物の役立たずになり果てた者を?
 お家の為にも何もならない、ただの厄介者でしかないのにっ」

 
 「厄介者」と吐き捨てられた語気は荒んでいた。

 彼の言葉はもう完全に私に向けた物ではなくなっているようだ。
隣で見上げる私ではなく、目ない敵に向かい彼は拳を振り上げる。

 感情の噴き上げるまま、彼の言葉は激しさを増していく。
抑えていた鬱屈をすべて吐き出そうとしているかのように、声も大きくなっていく。


「三河の石川といえば、蓮如以来この地に根を張り、固く守ってきた武士の一族だ。
 文安から100年、この土地を支えてきたのが我ら石川氏なんだ。
 その石川の惣領たる助十郎様は、先見の明然り、武力にも策略にも長ける素晴らしいお方。
 三河の盟主たる松平様との縁も深くあられる。

 助十郎様は、13歳で家督を相続し英名と名高かった先代の松平様よりお仕えしていた。
 当代、三郎様の覚えもめでたい。
 守山の陣の騒乱の後も、三郎様が松平を継がれることを固く信じ、お待ち申しあげていたからだ。
 その功もあって、三郎様は水野から、助十郎様の奥方の御姉妹である於大の方様を正妻に娶られた。
 ご嫡男竹千代様の誕生の時には、助十郎様が蟇目役(ひきめやく)を仰せつかることもできた。

 血縁(けちえん)連なるお方を主家に仰ぎ、確固たる絆を築けるは、これぞ臣として望外の喜び。
 竹千代様の御誕生を、我が一族がどれほど晴れがましく誇らしく思ったことか!

 それなのに、だ。

 水野の翻意は故(ゆえ)なきこととしても、あの悪逆たる戸田康光が!
 織田に与し、竹千代様を敵地にお連れするなど、許しがたい所業を働きよった莫迦者が!!

 あの不届き者によって、竹千代様は奪われ、護衛の忠臣の多くが亡くなられた。
 生き残った者も皆深い傷をおわされた。
 ……身に負う傷だけではない。
 竹千代様をお守りするというお役目を果たせなかった不名誉は、何よりも重い。
 帰って来られたとて、一族に汚名を着せたとなれば、死ぬより他に償う道などあるものか。
 堕ちた忠義を反す為には、死兵となり、討ち死にを本分(本命の望み)として、戦に向かう他はない。

 折よくもこのたびの戦は、卑怯にも竹千代様を奪った織田が相手。
 護衛を果たしきれず打ち取られた同胞の為にも、石川の名に塗られた汚名を我らは雪がねばならない。
 死兵となる覚悟をなされた俺の叔父上は、すでに休む間も惜しんで砦に詰められている。
 動ける者なら女も年寄も、幼子さえも元服を繰り上げ、一丸となっての参戦を決めたのだ。

 そう、この大事な時にっ!
 何をおいても駆けねばならないこの時にっ!
 走れぬから、足手まといになるからと、戦に行けぬなど男として生き恥以外の何物でもないっ!!

 末端とはいえ石川の名を名乗り生きてきた者に、これ以上の恥辱はない!
 守るべき一族の女子供を戦場にやって、のうのうと男が郷に残ることが許されると思うものかっ!!
 いや、そんなやつはもはや一族ではない。石川の名折れ。石川の恥だ。
 名を名乗るもおこがましい、むしろ、死ね。死ねばいい。死ぬしかない。そうだろう? そう思うだろう?」

 
 ……返事なんて聞いていなさそうなのに、答えに困る問いかけはしないでほしい。

 男の人は、感情論にも理屈と解説が必要な生き物なのだと私は常々思っている。
きっと彼は頭の中で、憤りを何度も何度も考え組み立てて、醗(かも)してきたのに違いない。
感情的で罵声交じりで、贔屓(ひいき)入りまくりで、たぶん見方も片寄っているだろうと思う。
それでも、彼の話は説明的でわかりやすかった。
欲しかった情報の大部分がいっきに補完できて、共感は出来ないけれど、そこにはとても感心する。


 いうなれば、全ての発端は、やはりあの竹千代襲撃事件だったということだ。

 いいとこのお坊ちゃんだと思っていた竹千代は、本当に三河松平の直系だったらしい。
今川との密約があったかどうかまでは、彼の話からはわからない。
しかし、どちらにしろそれが失敗に終わったことだけは確実だ。
あの竹千代に「おじい様」と呼ばれていた戸田康光が、裏切り者だったわけだ。

 私たちを襲った後、竹千代が連れて行かれた先は、尾張の織田だと彼は言う。
ならば、やったのはたぶん吉法師のお父さんあたりではないかと思う。
織田の名を持つ城主は、尾張に何人もいる。
でも、こんな大それた策略を成功させられそうな、有能だと噂に上るほどの人は他にはいない。

 それから、私が預けられていたこの石川氏について。
彼らは、現在誘拐され中の竹千代の母方の「いとこ」のいる一族らしい。
 
 襲撃から生きて帰ってきた誰かが、私を助けてここに連れてきてくれたということなのだろうか。
それは死兵となることを覚悟したとかいう、彼の叔父さんなのかもしれない。
彼の力説する武士の生きざまによると、「死ぬこと」でしか守れない名誉もあるのだというのはわかる。
でもせっかく生き残れたのに、「死ぬこと」しか選択肢がないのは辛いことだろうと、私などは思ってしまう。
戦で人が死ぬのは好きじゃない。

 せめてあの時、「生きる」ことを誓わせた竹千代が無事でいてほしいと願う。
 私には祈ることぐらいしか出来ないけれど。


 情報収集的には満足できても、心持ちまですっきりとはいかなかった。
複雑な心情を抱きながら、私には少し扇動的にも聞こえる彼の言葉に動かず耳を傾ける。
たとえ肯きたいところがあっても、話の運びに賛成したいわけではないから私は固くなる。
だって、「生きていて」と祈りたいのに、「死ねばいい」なんて台詞を肯定するのはうっかりでも嫌だ。
私は沈黙を守り、聞くことだけに集中しようと膝を抱く手に力をこめる。

 落ち込んでいく私とは逆に、箍(たが)を外してしまったような彼は止まらない。

 しかし奔流となった言葉の勢いはそのままに、でも少しずつ、その色合いを変わり始める。


「士分の子として生まれれば、幼いころから武を仕込まれて育つ。
 いつかは戦で手柄を立てることを夢見、家の為、主家の為になれと育てられる。
 俺もそれだけを念じ、槍を握り、剣の腕を研いてきた。
 この手は鍬(くわ)を握る為にあるのでなければ、数珠(じゅず)を握るためにあるのでもない。
 足が前のように動かないとわかった後、出家(僧になること)を勧められたこともある。
 けれど、それを選べば多少はお家の為になるのだとしても、仏道は俺の生きる道だとは思えなかった。

 あいつも同じ。同じだったんだ。
 狭霧は小柄だが、戦馬になる為に育てられた。
 大きな音を立てられても畏れぬように、傷つけられても怯まぬように、俺が訓練し厳しく仕込んだ。
 深い傷を負ったせいで今はまだ周囲に神経質になってはいるけれど、本来のあいつは違う。
 雌馬ながらも勇ましく猛々しい、武士の相方を勤めるにふさわしい馬だった。

 俺達が、実際に戦場へ向かったのは三度。
 初陣こそ荷駄の護衛だったが、二度目は戦場間近まであいつは俺を運んでくれた。
 あの奇襲がなければ、狭霧は俺と共に、両手に余る戦場を駆け巡ったに違いない。

 俺の矢傷は、傷口が癒えた後もこの歪んだ足となって残った。
 命に別状がなくても、この足は武士の足としては二度と役には立たないものになった。
 あいつの歯も同じ。
 物が食えなくなった生き物は、死ぬしかない。それが生死の道理だ。
 だからこそ、痩せ衰え、病んで死んでいくあいつを見届けるのを、俺は己の務めと心に決めていた。

 俺みたいな武士を主にもったあいつに、報いてやる方法はそれしか残っていない。
 あいつを看とるのは俺。看取れなくても、せめて俺が弔ってやらなければ……と。
 それだけを思い、俺は恥を忍んで生きていた」


 彼の激しい言葉はしだいに静かなものになり、そして止まる。

 束の間の静寂が訪れる。

 狭霧の鬣を揺らした風が、川のせせらぎの音を運んでくる。
葦の枯れ枝をさやさやと鳴らして旭日を驚かせ、蹲る私の元へも届く。

 私は前髪をくすぐるその風に、こっそりため息を混ぜた。
昨日に至るまでほとんど喋らなかった相手の、深い話を聞いてしまった。


 これは、たぶん愚痴ではない。
 暴露しすぎの、長めの自己紹介でもない。
 独り言でもないし、もちろん相談でもないだろう。


 これは、「懺悔」。あるいは、「告解」だ。


 武士なんて人殺しも仕事の内だと思いがちだけれど、彼らにも殺生戒(せっしょうかい)は存在する。
「殺生戒=全ての生き物を殺してはいけない」なんて不可能事に聞こえても、これは大事な自戒なのだ。
思うままほしいままに殺すことを許していたら、それはただの無法者だ。人ではなく鬼だ。
人が人として集団で社会を形成するためには、自制しなければならない部分が必ず出てくる。
法整備が行きとどかない穴を埋めるのが、この時代の宗教観や倫理観だった。

 武士が、名誉や誇り、忠義に重きを置くのもそこから生まれた必然の理。
その宗教観に基づき生まれた身分差や、卑賤(ひせん)の意識の根も同じところにある。
獣や鳥を捕る猟師、魚や貝を採る漁師、蚕を殺し絹をつくる人達は、「殺戒の穢れを犯す者」と蔑み差別される。

 馬を殺す者も同罪だ。

 彼は、今こうして元気に生きている狭霧を「殺そう」としてしまった。
「死のう」「殺そう」と思っているだけでも、呪っているも同然。それを罪だと悔いているのだろう。
石川一族はお寺と懇意だという情報もあったし、「出家」なんて台詞も彼の言葉の中には混ざっていたし。
彼が本業以外の業(ごう 罪悪)に対して敏感であってもおかしくはない。
 ……それに、彼はなんだか極端から極端に走りやすそうな性格もしてそうだ。

 でも、何でそれを私に言うのかな、と。吐いたため息の理由は、それに尽きた。
親しくもなんともない、他人でしかない余所者の私を告解の相手に選ぶ理由がわからない。
狭霧の健康を取り戻したのが私だから?
彼が、狭霧に彼自身を重ねてみていたのだとすれば、その可能性もないではない。
でも、もう一つしっくりこなくて、私は首をひねる。

 黙ってしまった彼は、私の意見を待っているようだ。
言うだけ言って終わりだったわけではなく、まだ続きがあったらしい。
声に出して催促されなくても、微妙なプレッシャーを隣から感じる。


 彼が求めているのは何だろう。 断罪? 許し? それとも、励まし? まさか、お説教とか?


 いくらなんでもこんな小娘にそれはないよね、いくら彼が第一印象妖怪青年だって……。
と、ここまで考えて、「妖怪」の単語から思い浮かんだあるものによって、全てがすとんと腑に落ちる。

 いや、これは「あり」だ。対象が「私」なら、彼の求めは、何もおかしなことではない。
 
 私が連想したのは、正確には妖怪ではなく、「なまはげ」と呼ばれる鬼。
でもこれを例えに引き出せば、懺悔だろうと告解だろうと、断罪でも許しでも、何を求めるのも「あり」になる。

 「なまはげ」というのは、秋田の郷土芸能だ。
年末に、「悪い子はいねがー、泣く子はいねがー」と言いながら、鬼のお面をかぶった人が家々を回ってくる。
時事ニュースとしてよく取り上げられているから、知っている人も多いだろう。

 その「なまはげ」は、郷の外からやってくる。
 怠け者を罰し、良い子には祝福を与えてくれるのは、「余所から来た」鬼なのだ。

 これに近い伝説やお伽噺は、秋田に限らず日本各地にたくさんある。
彼らは鬼だったり神だったり、仙人、天狗、流浪の僧と、形態は一つではない。
けれど、「郷の外から来る異形の余所者」という共通点がある。共通しているのだから、認識も同じ。
「異形の余所者は、何かをもたらす者である」ことが一種の常識、暗黙の了解としてまかり通っているのだ。

 そうそして、私のような傀儡子の旅芸人もその例に当てはまる。

 傀儡子は、村々を訪ね歩く漂泊の民だ。定住の地を持たない永遠の余所者だ。
訪れた先で寿言(よごと)を贈り、祝いの舞を舞い、もてなしを受ける。
裁きこそしないけれど、村にはいられなくなった者を連れ出すこともある。
童形さえも異形の一種ととらえれば……、「なまはげ」が例として的を射ているのがわかると思う。

 彼が私を選んだのは、実に日本人らしい古い道理を持ちだした結果だった。

 中立であろう余所者に審判を託すのも、神社でおみくじを引いて吉凶を出すのもそうかわらない。
実際はその程度だとも思うけれど、納得さえ出来ればがぜんやる気が湧いてくる。
自分ですら忘れかけていた傀儡子一座の子としてのアイデンティティを、彼は私に求めてくれていた。
彼の求めが私にとっても嬉しいものだとわかった途端、調子のいいことに低調だったテンションも上がった。
張りきらずにはいられない。

 傀儡子の別称は、「祝言人(ほかいびと)」。
脳内検索をフル稼働させ、その名も持つ者の一人としてふさわしい言葉を探しだす。


 私は、背筋を伸ばし頭を上げ姿勢を正した。

 そして深呼吸して新しい空気を取り込んで、口火を切る。


「狭霧は、幸せです」

「……」

「ケガをして軍馬でなくなっても、狭霧は不幸ではなかった。
 傷ついても払い下げられることもなく、最後まで寄り添おうとしてくれる人が居たから。
 主を、大切な人を守れたことは、誇りであって憐れまれることではありません。
 狭霧はずっと変わらず、皆に胸を張って誇れる素晴らしい馬です」

「憐れむのではなく、誇れと?」

「はい。
 ……あなたが育てた馬です」

「……俺が…」

「私は、生きる気力を狭霧からもらいました。

 彼女の優しさに、私は救われた。
 彼女の温かさがあったから、私は寂しさから抜け出せた。
 私はそのお礼に、ちょっと手助けしただけです。
 
 狭霧は、健康です。
 彼女は死にません。病もありません。死の影は狭霧の上にはない。
 食べることについてはこれからも工夫が必要だけれど、それ以外は何の問題もありません。

 ハミを噛ませることができなくなったから、もう騎乗は無理かもしれない。
 でも、彼女は習ったことを忘れてはいませんでした。
 ここまで歩いてきた道のりの中で、傍で見ている私にも、よく馴らされた馬だというのはわかりました。
 狭霧が失ったのは、彼女のほんの一部分。
 彼女がこの先幸せになるための本質は、本当は少しも失われてないんです。
 
 旭日を見て下さい。 元気な仔でしょう?
 狭霧はいいお母さんです。
 田起こしの手伝いや荷駄の運びも、狭霧ならきっと立派に務めてくれると思います」

「……」

 
 一息に言い終えて、隣をそっと窺って見る。
えっと、これじゃぁダメだったのだろうか。
彼が、狭霧と彼自身を重ねている所があるようだったから持ち上げてみたのだけれど、反応が鈍い。

 狭霧を褒めている部分は、もちろん120パーセント本気の言葉。
でも彼を念頭に置いて、ちゃんと調整したつもりだ。
メインの「祝福」は、歌って踊っては省略しているが、言霊を意識し「祝い(ほかい)詞」を連ね隙はない。
彼が悔んでいた「死の呪い」に対しても、「清め(打ち消しの言葉)」をしっかり盛り込んだ。
形式も踏んでるし、ピントは外していないと思う。心も、こもっている。

 けれど、どうにも芳しくない。
なので、ここで終わりに出来るはずもなく、私は予備のネタをもう一つ振ってみることにした。


「……前に、一座の皆と共に旅していた時のことです。
 私は信濃で、片目と片足の不自由な武士に会いました。

 彼は、彼の仕える主人の気鬱を晴らすため、山道を歩き、一座を呼びに来たんです。
 彼の主は、信濃のお姫様。
 気鬱の理由は、一族が戦に負けた後に孕んだ子の行く末が気がかりだったからでした。
 片目の武士はそんなお姫様に忠義を尽くし、お心を慰めようと誠心誠意努めておられました。

 これは、その時公演を終えてから、私が座の太夫達に聞いた話です。
 その武士は、こう言ってお姫様を励まされていたそうです。

 『某(それがし)は、目を失おうと、足を失おうと、この志を欠くことはありません。
  ここに在らぬとて、真実失われてならぬ物は必ず残ります。
  御館様は、姫様をないがしろには決して致しませぬ。
  その御子は、諏訪の行く末を託される大事な希望となりましょう。
  どうか姫様、お身内の方を失くされた不幸ばかりを考えては下さるな。
  痛みにばかり目をとられ、手にあるものを粗末に扱ったりはなさいますな』

 それから、こうも言われたとか。
 『子が生まれ、その子が男の子なら、某の一命を賭して。
  必ずや、どこに出しても誉(ほまれ)となる立派な若武者に育て上げて見せましょうぞ』、と。

 お付きの者達も皆この武士に賛同して、揃って諏訪明神に誓いを立てられたとのことでした」

「その方の名は?」

「名前ですか?
 ……えぇと、やま、山……、ああ、山本様?
 たしか、山本様と呼ばれていたと思います。
 ごめんなさい。あやふやなのは、私が直接お名前を頂いたわけではないので」

「かまわない。いや、礼を言うのはこちらの方だ。

 ……そうか。信濃には、片目片足の忠義の士がいるのか。
 それが聞けただけでも、良かったと思う。
 足を痛めてから、郷の外に出る機会はなくなった。
 外の世界に出られなければ、もしかしたらと思っても、それを確かめる伝手がない。
 不具の武士など役には立たないと誹られても、悲しいかな反証一つ挙げられない。

 『目を失おうと、足を失おうと、志を欠くことはない』、か。
 いい言葉だ。この言葉を俺は座右の銘としたい。兜に刻もう。具足にもだ。
 そして、この言葉を言われた山本様を心の師として、生涯尊敬申し上げることにする。
 後継をお育てするというのも立派な仕事だ。俺も見習えるだろうか。

 例え多少の自由が失われても、全てが失われたわけではない。
 狭霧が覚えていたように、俺の中にも、俺がここまで培ってきた技術が残っているはずなんだ。

 山本様か……。叶わぬだろうが、ぜひ一度お会いしたいものだ」


 今度は上手く行ったらしい。
思い込みの激しそうなところは変わらないが、彼の表情は今までになく明るい。
無事に役目を果たせたようで、こちらの気も緩む。

 父のように、戦に行って帰って来られなかった人もいる。
生きて帰って来られた彼に悔いばかりを言われるのは、心苦しくやるせなかった。
前向きに浮上した彼の気持ちを聞けたことが、私自身も嬉しい。

 私は彼に見えないところでほっと息を吐く。
山本氏はもしかしたら甲斐の武田の人かもしれないが、感動に水を差してはいけないので今はまだ言わない。
後で聞かれたらちゃんと答えようと思いながら、私も彼に初めての笑みを向けた。
 


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