「ところで、私に紹介してくれる師匠ってどんな人なの?」
信頼できることが最重要条件だろう。
こいつがエルフってことを忘れちゃいけない。
次が、あまり才能は無かったが、長く冒険者を続けていること。
アリスには、才能が無さそうだから、その気持ちがわかるやつのほうが良い。
たくさんの経験を持った人なら、弱いながらに戦う術を持っているだろう。
「そこの宿屋のオーウェンさんだ。子供が出来て引退したけど、十年冒険者をしていたベテランだな。」
「へー、結構強い人?」
いや、弱いです。
別名チンピラ。
「………経験豊富だからな。いろいろなことを教えてもらえるんじゃないか」
「ふーん」
冒険者をしていた頃は、チンピラとしか言いようが無かったけど、
今では、家庭を持ち、宿屋を継いで、立派にやっている。
もうチンピラとは呼べない。
オーウェンさんの宿屋の扉を開ける。
「いらっしゃ………って、ケンイチ君っすか。めずらしいっすね」
「こんちわ、オーウェンさん。あれ、アッシュさんも居るんだ。」
宿の中は、一階が食堂となっており、アッシュさんが食事中。
「おう、坊主か。久しぶりだな。こいつに何か用でもあるのか」
「うん。ちょっと弟子でも紹介しようかと思ってね」
俺の言葉に、オーウェンさんは少し狼狽する。
「は?俺にっすか。アッシュさんじゃなくて?」
当然だろう。
Bクラスの冒険者であるアッシュさんが居るのに、
Dクラスのまま引退して、六年になる自分に言われたのだから。
「ねぇ、ケンイチ。こっちの人より食事中の人のほうが強そうなんだけど」
俺の耳元でぼそぼそとつぶやく。
確かに、威圧感が違うよな。
でも、アッシュさんには一つ問題があるんだ。
「俺、自信無いっすから、アッシュさんにお願いするっすよ」
「まぁ、坊主の頼みなら聞いてやらんことも無いが」
あれ?
変な方向に進んでねぇ?
でも、アッシュさんに頼むのは無理だろう。
「いや、でも、修行を見てもらいたいの、こいつだから」
そう言って
麦わら帽子をかぶったアリスを指差す。
するとアッシュさんとオーウェンさんは納得した顔をする。
「そうか、せめてあと五、六歳あればな」
「へ?どういうこと」
アリスは怪訝な顔をして、
俺に聞く。
「つるぺたには興味ないんだって」
「はぁ!?そんな理由あるわけ無いじゃない!」
「すまねぇな。胸が無いんじゃあ、やる気が出ねぇんだ」
「な、何ですって!こ、こっちこそ、そんな師匠お断りよ!」
アリスは顔を真っ赤にして言い返す。
「そ、それに私は成長期なんだから」
いや、アリスの母親を見た限りでは将来に期待は出来ない。
現実を見ろ。
ところで胸の話は嘘である。
深刻な話にならないための、冗談だ。
アッシュさんが断ったのは違う理由。
ソニアさんのためだ。
ソニアさんは、過去に精神的なダメージを受けて人格を喪失した。
アッシュさんはその状態を何とかするために、
解決方法を探り続け、
その方法を見つけた。
高位の回復魔法と封印魔法の使い手である。
多くの魔道具をあわせて使いながら、
つらい記憶を封印し、精神を回復させた。
ソニアさんの精神は、今ではある程度回復している。
だけど子供を見ると、封印された記憶の影響で頭痛に苦しんでしまう。
だから、アッシュさんはソニアさんの近くに子供を近づけようとしない。
俺自身もアッシュさんの家に行くことは基本的に無い。
まぁ、そんなわけで、アリスが弟子入りするのは無理だ。
「か、帰りましょう、ケンイチ。此処に、もう用は無いわ」
「いや、お願いしている相手は、オーウェンさんの方だから。」
全くの素人の癖に、師匠えり好みすんなよ。
親父ならまだしも、俺が紹介できる人ってあんまり居ないんだぞ。
「俺なんかに任せても良いんすか?」
「はい。こいつ素人だし、エルフですから信頼できる人優先で」
「そういう理由っすか。とりあえず実力を見せてもらうことにするっす」
オーウェンさんは木刀を取り出し、アリスに渡し、
食堂で剣を振り回すわけにはいかないので、
場所を庭に移す。
ん?
オーウェンさん、アリスがエルフだってことにあまり驚いてないのか?
「長く冒険者をやっていると、不思議なことは沢山あるっすからね」
赤ん坊が話せるようになる魔法剣だとか、
パーティ組んでいた仲間が魔物だったりとか、
平凡な夫婦の間に、魔法の天才が生まれたりとか、
色々あるんすよと呟く。
「まぁ、俺としてはケンイチ君が友達を連れて来たってほうが驚きっすけどね」
聞いての通り、俺には友達が少ないって言うか、いない。
いや、待て、これはしょうがないんだ。
精神年齢三十歳が子供と話し合う訳無いし。
俺、学校行って無いし。
決して協調性が無いとかそういう訳じゃない。
「それにしても可愛い子っすね。もしかして彼女さんだったりするんすか?リンのやつが知ったら怒りそうっすね」
「いや、ただのパシリだってば」
「パシリって言うな!」
突っかかってくるエルフは無視しておく。
ところで、リンというのは、オーウェンさんの娘で、リーラの親友の女の子。
黒髪を短いツインテールのようにしている可愛らしい子供。
リーラ曰く、頭も良いらしい。
だけど一つだけ問題がある。
どうやらリンは俺にホレているらしい。
以前、リーラと話しているときについ盗み聞きをしてしまったのだが、
ラブラブ大作戦と言って騒いでいたし、
その後に、リーラと一緒に俺をハイキングに誘ったり、
二人で作ったというお菓子やお弁当をご馳走してくれたことがある。
(味については黙秘する)
それでも俺は、気づいていない振りをしていたら
「お兄さんは、にぶすぎます」
とリンに直接言われてしまった。
だが、俺としてはたとえ身体が小さくなったからといって、六歳児に恋するなんて有り得ない。
十年早いといったところだろう。
それにあのときの俺には、剣を夕方までには完成させる必要があり、
リンの相手をしている暇が無かった。
「十年早い。それに、俺は今ちょっと忙しいんだ。その話は、後にしてくれ」
と伝えたところ
「そうですか、自分はまだ、みじゅく者だから、しゅぎょうにいそがしい。色恋にうつつをぬかしているひまなど、無いというのですね。十年ですか、わかりました。伝えておきます」
何かニュアンスが違う気がするけど、意思は伝わったはず。
それから、俺に対するアピールは減った。
まぁ、家にちょこちょこ遊びに来るけどさ。
目の前では、アリスとオーウェンさんが木刀で打ち合っている。
アリスが攻めに回っており、オーウェンさんは受けるだけのつもりのようだ。
アリスは果敢に木刀を打ち込んでいるが、上手くそらされている。
しかし―――
「下っ手糞だなぁ」
足さばきはめちゃくちゃ、さっきは自分の足に引っかかって転んだ。
普通に木刀をからぶる。明らかに剣先が届いてないから。
握力も足りない。一度、木刀がすっぽ抜けた。
うーん、掃除時間にほうきで遊ぶ小学生ぐらいの実力だと思ったんだけどなぁ。
それ以下である。
剣は渡さなかったほうが良かったかもしれない。
「疲れているようだし、これぐらいにしとくっすか」
その一言で十分ほど続いた打ち合いが終わる。
オーウェンさんは汗一つかいていないが、
アリスは、ぜーはー、ぜーはと息を荒く、流れる汗はまさに滝。
高校の剣道の授業を思い返すと、十分は長かったかもしれない。
「わ、私に見る目、が無、かった、よう、ね。この人、つ、強いわ」
息も絶え絶えである。
オーウェンさんは、確かに冒険者を目指そうとするほどには強かった。
確かに冒険者を十年続けられるほどには強かった。
しかし、冒険者の中では平凡でしかない。
アリスが強くなりたいというのなら、いずれ抜かなければいけない。
「やっぱりエルフだけあって、力が弱いっすね。それに基礎もまだまだっす。教えることが山ほどあるっすよ」
「オーウェンさん、こいつ弟子入りしても良いの?」
あれほどの醜態を見せたのだから、断られてもおかしくないと思う。
明らかに才能無いし。
修行しても、無駄かもしれないのに。
「ちょうど宿の仕事を手伝ってくれる人が欲しかったところっすから、仕事を手伝ってくれるんなら良いっすよ」
「やるわ!雑用ぐらいどうってことないわよ」
アリスの目が燃えている。
見るからにやる気いっぱいである。
疲れているんじゃ無かったのかよ。
今日は、いきなりだったという事でアリスの修行はあまりせずに、宿屋の手伝いをすることになった。
アリスは別にドジっ子というわけでは無かったらしく、皿洗いや掃除のほうは意外と手際よく済ませる。
村ではそのような雑用ばかりしていたらしい。
そして俺たちは、アリスの自主錬の方法だけ教わり帰宅している。
「ふふふ、これから私の最強伝説が始まるのね!」
「いや、有り得ないし」
あとがき
とりあえずこれでエルフっ娘の出番は一段落です。
次回は鍛冶屋の仕事についてと妹の話にしたいと思います。
ところで、妹視点の番外編を書こうか悩んでいるんですけど、どうですかね?
平仮名ばかりになって、読みづらそうだから少し抵抗があります。
昨日ようやく試験が終わり、夏休みになりましたから、投稿を積極的にしていけたら良いなぁと思います。