ある晴れた日の昼下がり、
俺はエルフ少女の師匠探しをしている。
何故だ?
何故こうなった?
俺は、確かに断ったはずなのに。
時間は二時間ほど、さかのぼる。
「良いじゃない。剣の師匠紹介してよ。減るものじゃないでしょ」
「俺の時間が減る。それにどうやってエルフを紹介しろって言うんだよ」
正直そこらへんの訓練所にエルフが現れたら驚かれることになる。
エルフをいきなり紹介できるほど信頼できる冒険者もそれほどいない。
大体、森で暮らしているエルフが毎日のように街に来るわけにはいかないだろう。
「何言ってるのよ。ケンイチの家、凄腕の鍛冶屋なんでしょ。強い冒険者の知り合いがたくさんいるはずよ」
「だけどさぁ、お前才能無さそうだし。紹介するの気が引けるんだよなぁ。アリスの知り合いのエルフによさそうな人、居ないのか?いちいち街まで来るの面倒だろ」
「エルフに剣の使い手なんかいるわけないじゃない。そもそも、うちの村には剣が一本も無かったのよ」
さすがに一本もないってことは無いだろうけど、やっぱ弓と魔法ってことか。
でも剣士を目指すお前が、居るわけないって断言すんなよ。
「ところで、昨日渡した剣はどうだった?切れ味とか試してみたか?」
こいつの師匠探しから、話を逸らそうと試みる。
このままだとお客さんに迷惑がかかることになる。
それに探すのは面倒臭い。
「ええ、当然よ。ばっちりだったわ。ケンイチが作ったとは思えないほどの切れ味よ。」
「怪我とかは無かったか?」
剣を使うときに間違って自分の足を斬ったりしてないだろうな。
昨日、何度も繰り返し忠告しておいたけど、
怪我していそうで怖い。
「怪我?げんこつの十発や二十発にひるむ私じゃないわよ。罰として倉庫に閉じ込められたけど、抜け出すのは簡単だったわ」
「は?げんこつ?」
「ええ、剣を持っていることがばれて、事情を話したら母様にげんこつを貰って倉庫に閉じ込められたの」
「どの事情?」
「一人で街に出かけた事情」
「お前、今一人だよな」
「ええ、一人だけど、どうかした?」
「お前、何か駄目じゃねぇ?つうか馬鹿だろ」
何で一人で出かけたことを叱られたのにまた出かけているんだ?
学習能力が無いのか?
馬鹿なのか?
「大丈夫よ、今日はこれがあるわ」
アリスは耳をピコピコと動かし、自慢げに麦わら帽子を見せる。
そういや、店に入ってくるときは、麦わら帽子を被っていた。
「それで耳を隠すのか?」
「そうよ。本当は隠したくないんだけど、周りの人がじろじろ見てくるからね。美しすぎるのも困るわ」
「いや、エルフだからだろ」
じろじろ見られるのも、美人なのもエルフだからだろ。
何でこいつ、こんなに偉そうなんだ。
そう考えているとき、
ガチャ
店のドアが開く。
アリスが帽子を被り、
入ってきた客を見て、
ビュンッと店の奥に飛び込む。
すさまじいスピードだった。
特に客を見てから、店の奥に飛び込むのは、まさに一瞬。
いや、店の奥に入るなよ。
「すいません。ここがオルトさんの店ですか?」
黒のロングヘアーの女の人が店に入ってくる。
手には見覚えのある剣。
昨日アリスに渡した剣。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件ですか?」
この人の用件は、なんとなく予想が付く。
アリスは、店の奥からこちらを伺っている。
必死でジェスチャーを送ってくる。
「追、い、出、し、て!」
とりあえず無視だ。
客の女の人を優先する。
「あの………店主はいらっしゃいませんか?」
「今は留守です。何か用があるなら承りますが」
嘘だ。
親父はいるけど、俺が対処したほうが良い。
「あ、そ、その、も、申し訳ありませんでした。」
「へ?」
女の人は、昨日アリスに渡した剣を差し出し、頭を下げる。
「その、どうお詫びをしたら良いのか。そのわ、悪気は、な、無かったんです。そのはずなんです。む、娘はその、ちょっと追い詰められていて、少し魔が差しただけなんです。だ、だから、今回の件はどうか、どうか…」
女の人は、ペコペコ頭を下げながら懇願する。
菓子折りのようなものを俺に渡す。
子供に謝るほどパニくってる。
アリスは何かごちゃごちゃとジェスチャーを送ってくるけどよくわからない。
「えと、何のことですか?」
「む、娘の盗んだ剣のことです…」
………信用されてねぇな、アリスって。
いや、突然幼い娘が二百万相当の剣を持って帰ってきたら当然かもしれない。
アリスは、自分は無実だ、ごまかしてくれとジェスチャーを送ってくる。
俺に、どうしろと?
「いえ、それは娘さんに差し上げたものですから」
「え?そ、そうなんですか。あ、いえ、だからと言って、このようなものを頂くわけにはいきません」
俺と女の人は、日本人っぽく譲り合いを始める。
アリスはさっきから俺へのジェスチャーで忙しそうだ。
半分以上わからんが。
「ねーねー、おねえちゃん。さっきからなにやっているの?」
いつの間にか、店のほうに来ていたリーラがきょとんとした顔でアリスに尋ねる。
ホントに何やってたんだろうな?
声を聴いて、女の人は、アリスのほうへ目をやる。
「アリスちゃん、何で此処にいるのかしら?」
女の人から凄い威圧感を感じる。
アリスはギギギィっと首を回して、
「いや、えっと、その、人違いです…」
「ちょっと、こっちにいらっしゃい」
首根っこを掴まれたアリスは店の奥に引きずられていく。
いや、あの、店の奥は立ち入り禁止なんですが。
売られていく子牛のように見つめてくるアリスを見送る。
「…がんばれ」
何か聞いちゃいけないような、叫び声とかいろいろを聞いた後、
さすがにうるさかったらしく、親父も店に来ていた。
アリスは疲れきった顔をしている。
「………助けなさいよ」
「いや、それは無理だろ」
「せっかく最近のアリスちゃんは村のお手伝いとかして、良い子になってくれたと思っていたのに、昨日の晩あれほど言ったのに、一人で街に行くなんて危険なことをどうしてしたの?」
「いつも言っているじゃない。私は強くなりたいの」
「マリーちゃんは、そんなこと気にしないわよ」
「駄目よ、私は気にするのよ!」
「すいません。マリーって誰ですか?」
KYのような気がするが、二人の会話に割り込む。
二人にしかわからない人物の話をされても困る。
おそらく、アリスの宿命のライバルと言う人だろう。
「母様、言わなくて良いからね」
「アリスちゃんの幼馴染で仲良かったんだけど、魔法の才能が豊富だから…」
「母様!」
アリスは母親の言うことを止めようとするが、それだけ言われればなんとなく理解した。
「母様、とにかく私は剣で強くなるの!ケンイチも手伝ってくれることになっているんだから」
確定事項?
手伝うなんて言ってないんだけど?
「そうなの、ケンイチくん?」
アリスの母親がいぶかしむ。
違います。
そこのエルフが勝手に言っているだけです。
俺には関係ありません。
「いえ、そういう訳じゃ…」
ギュッ
アリスが俺の服の裾を掴む。
泣いてる?
アリスの目には、涙がたまっていて今にもこぼれそうだ。
………女の涙は、反則だよな。
「は、はい。師匠探しぐらいは手伝おうかと思って」
「でも、危険よね」
そうですね。
子供一人が手伝ったところで、危険度は減りません。
俺の助けは、無意味です。
「心配いらん。わしが手伝う。まさかいつも愚痴ばっかり言う面倒臭さがりのケンイチが自分から人助けを申し出るとは………感動した。微力ながらもわしも力を貸そう」
え?
ちょっと待って。
何その言われかた、
俺ってそういう評価だったの?
「え、でも…」
アリスの母親は、煮え切らない表情だ。
やはり不安なんだろう。
「ケンイチは面倒臭がり屋じゃが、責任感だけはある。約束は必ず守る男だ。アリスをきっと危険から守るじゃろう」
親父は、アリスの師匠についての話が長くなりそうなので、
アリスの母親を奥の客間のほうに案内する。
俺たち子供たちは、難しい話だと言うことで店のほうに残った。
「アリス、大丈夫か?」
さっきまで泣いていたし、
少し気になる。
「何のことかしら?さっきのは泣きまねよ。うまく騙されたようね」
いや、泣いてたじゃん。
目が赤く腫れているし。
顔がぐしゃぐしゃで、鼻までたれているし。
「洗面所はそっちだから」
アリスは、顔を見られないように、こそこそと洗面所に行き、
ためてあった水で、バシャバシャと顔を洗う。
「ありがと、泣きまねのせいで顔が汚れていたから、ちょうど良かったわ」
こいつ自分が泣いたこと絶対に認めない気か?
「まぁ、いろいろあったけど計算どおりね。ケンイチに師匠を紹介してもらうわ」
断ったはずだったんだけどなぁ。
はぁ、面倒臭ぇ。
「ねぇ、おにいちゃん。そのひとと、なかいいね。おともだち?」
さっきから黙ってアリスを観察していたリーラがつぶやく。
なんだ?
リーラがアリスを見る目にかすかな敵意を感じる。
普段のリーラは巧妙な技術で敵意を隠しているはずなのに。隠しきれないほどの敵意があるのか?
これと比べたら、俺を見るいつものリーラの目がまるで恋する乙女のように感じられる。
ありえないけど。
しかし何故アリスに敵意を?
理由はあるのか?
何なんだ?
………エルフの秘薬。
もしかして将来的に俺の製作素材の取引相手にしようとしているのがばれたのか?
我が妹ながら何という観察力。
リーラは相手を怒らせることで、俺の将来の取引相手をつぶす気ということだな。
我が妹ながら何という計画性。
だが、お兄ちゃんは負けない。
「そう、うん、お友達よ、お友達」
俺がリーラの目的を探っているうちに、アリスのほうが質問に答えていた。
しかし、アリスとの関係は友達で良いのか?
俺は今さっき、アリスのことを守るように任されたんだし、
アリスは、俺の剣の代金として素材を集めて来させることにしている。
ならば…
「いや、保護者とパシリだろ」
「誰がパシリよ!」
アリスのこぶしが俺の鼻にヒット。
あれ?
むしろ俺が怒らせていないか?
「お、おにいちゃん!ち、ち、はなぢがでてる!」
リーラは大慌てで、救急箱を持ってくる。
たかが鼻血ぐらいで大げさだなぁ。
そんなこんなで、騒いでいるとアリスの母親と親父が戻ってきた。
二人の話し合いによると
師匠は俺とアリスで探すこと。
アリスが街に来るときは、一人ではなく保護者と来ること。
最低限、耳は隠すこと。
という三つの条件でアリスは剣の修行をすることが認められた。
他にある細々とした条件は省略しておく。
ちなみに、親父がこの地域の顔役みたいなもので、優秀な冒険者たちに顔が聞くと言うのが母親を説得する材料となったらしい。
「ところで、おば…お姉さん。エルフなんだよね。その黒髪ってかつら?」
おばさんと呼んではいけない。
実年齢は不明だけど、
見た目は若いんだから。
決して、にらまれたからではない。
俺がそう聞くと、アリスの母親はかつらをとってみせる。
取ると、どうやってかわからないが隠れていた長い耳がピョコンっと飛び出した。
なるほど、見えないようにかつらの下で耳を折り曲げていたのか。
耳に骨が無いこと、忘れていたよ。
アリスとは変装のレベルが桁違いだ。
「そうよ、人前で耳をさらすようなエルフは普通いないわ」
あはははー良い天気ねーと笑いながらアリスは遠くを見ている。
アリスの母はジトッとした目でアリスを見ている。
「じゃあ、師匠探しにでも行くか」
あとがき
先ほど六話を投稿しようとして誤ってデータがすべて消えると言う悲劇を経験しました。
データのバックアップって大事ですね。
ショックでしばらく呆然としていましたけど、皆さんの感想のおかげで書き直す気力が得られました。
ありがとうございます。
本当は過去作の訂正と同時に新作を投稿するはずだったのですが、そのミスのせいで一時的に、訂正分のみの投稿になってしまって申し訳ありませんでした。