ケバンの街、俺がこれまでの八年間暮らしてきた街である。
この街の特徴は、街の中心に世界最大のダンジョンがあることである。
街の下には、現在攻略しているだけでも地下300メートル、距離にして17キロものダンジョンが広がっており、街の人々はこのダンジョンを攻略するために日々努力している。
ダンジョンの入り口は全部で7つあり、それぞれの近くに冒険者のギルドが設置してある。
ギルドには合計で3000人ほどの冒険者が登録されており、彼らは毎日のようにダンジョンに潜り、モンスターを退治し、財宝を探る。
街には、冒険者用の宿や食堂、雑貨店、武器屋などが数多くそろっていて万全のサポート体制が敷かれていて、
また、冒険者の発見したモンスターから取れるアイテムや洞窟内にある貴金属、特殊なアイテムを対象とした商人もたくさんいる。
街の住人のほとんどが間接的にダンジョンに関わっている。
この街は、ダンジョンを攻略するために作られた街なのである。
そして、俺の親父が経営している鍛冶屋も同じように関わっている。
「………熱い」
俺は、赤く熱せられた鋼をハンマーで、ガンッ、ガンッ、ガンッと叩きながらつぶやく。
熱く、そして重い。
俺はひたすら剣を作るために、鋼を叩く。
正直、八歳児にやらせる仕事じゃないだろ!
今の俺の腕力では、ハンマーを使い続けることは不可能に近い。
くそ!こうなるんだったら、あんなこと言わなきゃ良かった。
この世界本来の剣の作り方は、俺の今やっていることと全然違う。
本来なら、鋳型に金属を流し込んで、固まった後に、削って、剣を完成させる。
だが俺は、この方法に疑問を発してしまった。
親父に対して、熱せられた鋼をハンマーで鍛えたり、複数の鋼を混ぜたりしないのか?と聞いてしまったのである。
中途半端に日本刀の作り方を知っていたのが、運のつき。
親父は俺の知識にひどく興味を持ち、数年の研究の末、日本刀の作り方を解明してしまった。
それからだ。
俺が熱く熱せられた鋼を叩くのを繰り返すことになったのは!
従来の鋼の剣と比べて、日本刀は固い上に弾力性を持ち頑丈である。
さらに重さや力で叩き斬るのではなく、技と速さで切り裂く。
親父はこの作り方をいたく気に入り、俺も日本刀のような剣を作ることになり、
今現在、苦しんでいる。
俺はまだ八歳だぞ、八歳!
幼児虐待じゃないのか?
特訓をするなら、錬鉄のほうじゃなくて魔法のほうが良いよな。
ハンマーが持てるようになるまでは、魔法の特訓だけだったのに。
二年ほど前から、灼熱の地獄でハンマーを振るうことになっている。
正直、キツイ。
俺は、昔、親父に言われたようにマジックソードを作る魔法の才能、
正確には、アーティファクト製作の魔法の才能を持っている。
かなりレアではあるが人気はさほど無い。
魔法の使い手のほとんどが、攻撃魔法の才能の持ち主であり、人気も高い。
続いて回復魔法、身体強化魔法の使い手が多い。
この三種類の魔法の使い手で魔法使い全体の九割以上を占めている。
アーティファクトの製作は残りの数パーセントに入るかなりマイナーな魔法である。
他に召還魔法、封印魔法、結界魔法、呪術、などがマイナー魔法と言われている。
召還魔法の使い手は、田舎のほうでは魔物の味方だと言われ、罵られる。
封印魔法の使い手は、戦闘に向いていないため、仕事が極めて少ない。
結界魔法の使い手は、仕事はあるけど、戦闘に向いていない。
呪術の使い手は、民衆に迫害を受ける。
アーティファクトの製作の魔法は、鍛冶屋の人間からしたらのどから手が出るほど欲しい魔法であるが、地味だと言われる。
また、修行の困難さも人気の無い原因の一つと言える。
修行には時間がかかるため、一つの種類しか作れるようになれない。
剣、鎧、盾、靴、アクセサリー、城壁や屋敷などの建造物などのうちから習得できるのは一つのみ。
自分の作りたいものを作れる師匠なんて見つかるわけがないのだ。
これらの魔法に共通した弱点としてある、師匠が見つからないというのは大きすぎる欠点である。
やはり、攻撃、回復、身体強化の三大魔法に人気があり、マイナー魔法の才能しかないとわかったら、師匠探しの困難さから、魔法使いのへ道を諦めるような人もいるぐらいだ。
その点では、俺は幸運である。
俺の親父は、大陸を代表する剣の製作者であり、かなり高度な魔法付与をこなす。
そんな術者に指導してもらえるのだから、俺のマジックソードの製作に関する腕前は、めきめきと成長している。
俺は、赤ん坊の頃から理性が確立していたため、知識の吸収に一番適した時期に英才教育を高レベルな術者にしてもらったうえに、
別世界の知識を持っている。
一応前世では、地方ではあるけど国立の大学院の物理系の学部で勉強していたため、物作りに関する知識があった。
それがこの世界で剣を作るのにかなりのアドバンテージと言える。
今では、魔法を付与する精密さや複雑さ、コントロールでは親父にも負けない自信がある。
しかし、魔力量に関する才能は無かった。
いや、そもそも精密さを手に入れたのは、運と純然たる努力の結果であるから、俺に大した才能は無い。
だから俺が魔法を付与しようとすると出力が問題となってくる。
複雑な魔法工程が必要なマジックソードは作ることが出来る。
でも、単純な出力が重要なマジックソードは駄作が出来る。
例えるならセイバーのインビジブル・エアを作れるが
エクスカリバーは作れないという所だろうか。
別の例えをするならBLEACHの月牙天衝を使える剣は出力の問題で作れないが、無数の刃片を同時操作する千本桜なら将来的には作れるようになるだろう。
そんな風に、ひたすら鋼を叩きながら取りとめも無いことを考えている時、
工房の扉をノックする音が聞こえた。
「リーラか?入って良いぞ」
俺が声をかけると、扉が開きまだ六歳の妹が工房に入ってくる。
「おにいちゃん、おみずもってきたよ。えへへ」
リーラは水の入ったコップをお盆に載せている。
ちなみにリーラが水を持ってくるのは、今日これで十七回目だ。
水を持ってきてくれるのは、とてもありがたい、ありがたいんだけど、まとめて持ってきて欲しいと思うのは贅沢なんだろうか?
汗だくの俺にとってコップ一杯ではまったく足りないし、リーラにとっても面倒だろうと思う。
一度そのことを伝えたが、
「え、えと、その、リーラちから、ないから、これがせいいっぱいなの」
と答えてもらった。
でも本当の理由は違う。
用事が無ければ工房に入ってはいけないと言われているから無理やり用事を作っているのだろう。
リーラはいつも俺の後ろをとてとて、付いてくる。
工房で俺が鋼を鍛えているときにも、お手伝いしたいと言って、工房の中に入ろうとする。
おにいちゃん、おにいちゃんと舌足らずな声で呼んでくれる。
可愛い、可愛いんだけど騙されてはいけない。
こいつは親父の後継者の座を狙っている。
「リーラね、しょうらいは、けっこんして、おじいちゃんのおみせをつぐの」
この前、リーラは俺を見つめながらこんなことを言った。
リーラは俺が親父の後継者だと知っている。
俺がこの店を継ぐことを知っているはずなんだ。
そう考えたら、この発言の意味がわかる。
ライバル宣言だ!
以前から俺の後をとことこついて来ていたのだが、
それは俺をマークしているのだ。
積極的に工房に入って、俺の剣を見ようとするのもライバルに対する偵察。
油断してはいけない。
親父は娘におじいちゃんと言われたショックで気づかなかったが、リーラは中々の野心家である。
それに妹ってやつは兄を罵って虫けらのように扱うもんなんだ。
可愛い純真無垢な妹なんてありえない。
リーラは俺と血が繋がっていないことを知っているというのも、ライバル宣言の理由の一つかもしれない。
よそ者には譲らないと考えているのだろう。
唯一の救いはリーラにアーティファクト製作の才能が無いことだ。
リーラが連れてくる婿に負けないように、俺は努力しなければいけない。
「うわー、やっぱりおにいちゃんすごいねー。わたしと、にさいしか、かわらないのに、りっぱなけんをつくれるもん」
リーラは俺の作った剣を見ながらほめる。
だが、甘い。
俺はこの程度で、良い気になって。怠けたりしない。
「いや、まだまだだよ。親父には怒られっぱなしだし」
「えーすごいとおもうよー。おじいちゃん、おにいちゃんのことよくやっているってほめてたもん」
「気のせいだって、親父が俺のこと褒めるわけ無いだろ」
それは有り得ない事だ。
剣のことには、遠慮しない親父が言う訳が無い。
そう言えば、もう鋼を打ち始めてから五時間ほど経過している。
「リーラが来て、ちょうど良いし休憩でもするか」
「あ、ご、ごめんなさい。いいわすれてた。おじいちゃんがおでかけしちゃったから、おにいちゃんに、みせばんたのんでたよ」
この妹は、俺を休ませる気が無いようだ。
「おにいちゃん、わたし、かわろっか?つかれているんでしょ」
いくらなんでも、リーラに店番は無理だろう。
リーラの申し出に断り、店のほうに行く。
リーラと同じぐらいの女の子が一人いる。
「あ、おじゃましてます」
「あれ、リンちゃん?ごめんね、おにいちゃん、リーラ、おともだちによばれてるから、あそんでくるね。いってきまーす」
リンちゃんと呼ばれた子と一緒にリーラは遊びに行ってしまった。
店の中に客はいないので椅子に座って、本を読みながら店番をする。
家の店にはあまり客が来ない。
本を読み始めてから三十分ほどした頃、
店の扉が開き、
「こんにちわー、ちょっと剣を見たいんですけどー」
お客さんが入ってくる。
そのお客さんは………エルフ?
あとがき
今回は、説明ばかりで申し訳ありませんでした。
まとめて投稿したので五話のほうにあとがきは書いています。