「これ! また見失っておるぞ!」
「ぎゃっ!」
杖が肩に振り下ろされた。寺で座禅してる気分である。
爺ちゃんに弟子入りした。
とはいえ、生活が変わるかと言えばそうでもない。
朝は体力作りと剣術の修業。昼からはいつも通りの勉強と、それが終われば爺ちゃんとの修業である。
勉強を欠かさないあたり、爺ちゃんらしい。
爺ちゃんとの修業だが、まずやるのは天術および魔法の基礎理論講座から。
術の理論をしっかり把握するかしないかは、術を発動速度や、威力に大きく影響を与えるとか。
エルフやハーフエルフは生まれつきそれを教えられることなく理解しているらしいが、アタシはそんなもんない。
魔法においても同様のことが言えるらしいが、魔法の基礎理論に重きを置かず、ただ使えるように練習するだけなのが多いらしい。実際、アタシも魔法の理論なんぞ習ったことはない。
「習うより慣れろ」精神なんだろうが、それでは真の魔法使いとは言えないと、爺ちゃんは嘆いていた。
天術の理論なんて解るのかと思われるかもしれないが、使えないだけで、理論そのものはかなり研究されているらしい。
天術は魔法の元のようなもの。研究されるのは当然だと言える。
爺ちゃんもしっかり天術の理論は学んでいるらしく、教え方には隙がない。
が、ついていくのは非常に大変だ。マンツーマンなので、遠慮なく解らないところは質問できるのだが。
魔法に関しては、アタシには必要ないと思われるかもしれない。しかし、自分が使わないから必要ないわけではない。敵だって魔法を使うし、味方だって使う。理論の理解は、それらへの対処において、決して無駄にならないのだ。
で、講義が終われば、次はマナへの干渉の修業に入る。
天術も魔法もマナを利用して行使する。逆に言えば、マナがなければそれらは使えない。
マナに対する理解、感応力、干渉力は、術の発動時間、威力に直結する。
で、何をするかというと、大気中のマナを感じ取り、そこに自分の意志を通すのである。
マナを介して自分の精神力を世界に発現させるのが、天術であり魔法である。これらを通じて、自らの意志を具現化させるとも言う。
そのためには、この修業は不可欠なんだそうな。
やっぱりやってる人は少ないらしいが。エルフやハーフエルフは練習しなくてもできるらしいし。
で、マナへの干渉に入る前に、そもそもマナを感じ取れなくてはならないのでそこからやっているのだが、これが難しい。
いきなり大気のマナを感じ取るのはいくらなんでも無理らしいので、爺ちゃんがマナに干渉して、アタシの周りだけマナを濃くし、その中でも特に濃い所を当てるということをしている。
が、ここだ! と思ったそばからすぐに見失ってしまうのである。
で、爺ちゃんからばしばし叩かれることになるのだ。
爺ちゃんに弟子入りしてから一週間、今だこんな失敗をしているアタシ。
これが遅いのかそうでないのかは知らないが、ちっとも成長してる実感がわかないのはへこむ。
爺ちゃん容赦ないしな。修業中は別人のように厳しい。
自分が魔法使いだから、そういうものに対する妥協は一切しないのだろう。
理論は頭で理解すればいいんだけど、感覚の問題はどうにもならん。
ちなみに、この一週間、術は一切使用していない。半端な状態で術を使うのは危険であると、使用を禁止されたからである。
これから考えると、シグルドは本当に術に関しては役に立ってなかったんだな。
シグルドがないと使えないという問題があるが、術について教えられないのはどうだろう。
爺ちゃんに会えてなかったら、天術はきちんと身につかず、結局使わない方がまし状態になったに違いない。
せっかく使えるんだから、きちんと身につけたいし。
ちなみに、シグルドにそのあたりのことを言うと、しばらく何も話さなかった。
子供か、お前は。
今は元に戻っているが。
「マナを感じ取ることはできるようになったんじゃから、あとはそれを持続できればいいんじゃがなあ」
それがうまくいかないから苦労してます。
『意外に、術とは奥深いものなのだな。勉強になる』
お前術の媒介になるソーディアンだろ。術の理論くらい理解してろ。
「じゃが、それさえできるようになれば、マナへの干渉は比較的早くできるようになるじゃろうて。ここが踏ん張りどころじゃな」
そう言って、爺ちゃんはアタシの頭にポンと手を乗せた。
不出来な弟子ですいません。
「今日はこれで終ろうかの。御苦労さんじゃ」
お、終わったー! この修業疲れるんだよ。剣振ってる方がまだマシなくらいに。
「じゃ、ご飯の支度するから」
よろよろと、やっとの思いで立ち上がる。
爺ちゃんが支えてくれた。ホントすいません。
いや、お腹すいたよ、本当に。
今日はガッツリいきたい気分だ。いっそカツ丼にでもしようか。
いや駄目だ。爺ちゃんは歳だし、そんなこってりしたもの食べさせちゃ駄目だ。
しかし肉が食べたい。ガッツリと。
そうだ! 冷しゃぶにしよう! すりおろした大根に、さっぱり風味のドレッシングをかければ、爺ちゃんでも食べられる!
しゃぶしゃぶ鍋で熱いのを食べてもいいのだが、何となく冷しゃぶの方がさっぱりしてる気がする。
で、夕ご飯が出来ました。
冷しゃぶは薄くスライスした肉に、各種茹でた野菜。生のままで食べられるやつはそのままで。
そしてふわふわのパン。残ったドレッシングはこれでさらえる。
もちろん、アタシの分は肉多め。爺ちゃんは歳だから控えめ。
「ふむ。アデルはいい嫁さんになるんじゃないかの」
「ええー?ないない、それはない。アタシ、お嫁さんなんてガラじゃない」
『同感だ。旦那になる人物が哀れだ』
「ちょっとそこのソーディアン? 海水につけて錆びさせてやろうか?」
『悪かった』
「シグルドさんや。何言ったか知らんが、女の子に失礼なことは言っちゃいかんよ」
『こいつは女の子なんてタマじゃない』
「爺ちゃーん。塩持ってきて塩。すり込むから」
『悪かった私が悪かった! お願いだから塩を探さないでくれ!』
修業を受けながらも、こんな感じでさらに一カ月たった。
やっと、マナをしっかり感じ取れるようになった。
長かった!
「ふう、やったのお。これで次の段階に進めるぞい」
どうやら、かなり遅かったらしい。爺ちゃんは何も言わないが、見ていれば分かる。
『ふむ。一歩前進か。千里の道も一歩から、だ。とはいえ、なかなかに時間がかかったな、マスター』
「黙ってろ役立たず」
『うぐぅ……』
とたん、静かになる。お前には、術に関しては、何も言われたくないわ!
そんなアタシ達を見て、爺ちゃんはこほんと咳をした。
「何を言い合っとるかは知らんが、アデルや、そんなことを言ってはいかんぞい。
シグルドさんも、いちいちアデルに突っかかっていくようではいかんぞい」
「はあい」
『め、面目ない』
「では、次の段階に行こうかの。
アデルや、マナの流れに手を加えるんじゃ」
「いやいや、いきなりレベル上がりすぎだよ爺ちゃん!」
ようやくマナを感じ取ることが出来るようになっただけで、いきなりそんなことやれと言われても!
「いや、できる。ともかくやってみるんじゃ」
ぐう、やれと言われた以上、やるしかないわけで。
仕方なく、アタシはマナに干渉することにした。
今までは、爺ちゃんがアタシの周りのマナの濃度を上げてくれていたからやりやすかったが、今は普通の状態だ。
そう、さっきと比べて、マナの濃度は格段に薄く……。
待てい。何でアタシ、はっきりマナの濃度感じ取れてるんだ? さっきやっと、一段と濃い所を当てられるようになったのに……。
一段と濃い所?
待てよ、ただ単にマナの濃い部分を当てるだけなら、わざわざアタシの周りのマナの濃さを上げる必要はないのだ。濃くしたところに、また一段と濃くするなどという、二度手間をしなけらばならないのだから。
アタシは今まで、修業中ずっと濃いマナの中にいた。そのことに意味があるのではないか?
濃いマナの中にあって、その中からさらに濃いマナを探し出す。それは、マナの中に自分の意識を通すこと。だってそうだろう、感じるためにはつながらなくてはならないのだから。
何かを見るとする。コップでもいい。それを見ているアタシと、見られているコップには、一見何のつながりもない。しかし、そこには確実に、自分の意識というラインがつながっている。このラインがつながらなくては、物を見るなど不可能なのだ。
修業中、濃いマナの中、アタシは自分の意識をさらに濃いマナを見つけるために、常時張り巡らしていた。
そして、さらに濃いマナと意識がつながった瞬間、アタシはその濃いマナと自分との間の意識のラインを、マナの中に通したのだ。さらに濃いマナに自分の意志を通すという、それはれっきとしたマナに対する干渉だった。
知らない間に、マナというものに慣れさせられていたわけだ。
恐れ入る。知らない間に、二つの修業を同時にしていたのだ。
爺ちゃんは、明らかに意図的にこれを行った。
できる。できないはずがない。だってアタシは、もうマナに干渉できるんだから。
マナを感じ取る。鮮明に、マナの流れが感じ取れた。
爺ちゃんが手を加えている様子はない。こんなことまで分かるようになっているとは。
マナの流れに干渉する。それは、川の流れにちょっと手を加えるようなもの。流れる川に手を突っ込むとか、そんな感じだ。
本流は変わらないが、そこにちょっとした違う流れが出来る。ついでなので、ぐるぐるかき回してみたり、他の支流とくっつけてみたりした。
「上出来じゃ! 一度理解してしまえば、お前さんはあっさりやれるじゃろうと思っておったぞい!」
どうやら、アタシが修業の意味や、それによって行ってきた内容を悟ったことに気付いたんだろう。興奮した様子だ。
「もう少し意味が分かるには時間がかかるかと思ったんじゃが、お前さんは速かったのお」
『すまんが、話がさっぱり見えんのだが』
理解しているのはアタシと爺ちゃんだけだ。おいてけぼりをくったシグルドは、困惑した様子で説明を求めてくる。
「後で説明するから」
『む。その言葉、忘れるな』
すねるなよ。自分一人だけ解らないのが寂しいからって。
「術の基礎はあらかた説明したし、マナへの干渉もできるようになった。
明日からは、かなりハードになるからの」
今までもかなりハードでしたが。あなたからすればあんなのハードの域に入りませんかそうですか。
うん、順調だ。剣術の方もそれなり? になってきたし、術もマナへの干渉という大台を超えた。
まだまだひよっこだが、いける!
そして次の日の午後。
「メラ!」
「っぎゃああああ!」
必死になって避ける。
そう、魔法の乱舞を受ける羽目になったのだ。
ハードすぎだろ!