洞窟とは暗闇に閉ざされた、陰気な空間というイメージがある。実際暗くて、おまけにジメジメしていることも多い。
だが、この洞窟は違う。あちこちから溶岩が吹き出し、流れている。その溶岩によって洞窟内は明々と照らされ、おまけにとてつもなく熱い。暑いではなく熱い。
だが、熱いからといってバックレるわけにはいかない。熱さをこらえて、じっと待つ。
不意に、重苦しい足音が響き渡り、それと同時に洞窟が揺れた。
それはどんどんこちらに向かっているらしく、音が大きくなり、揺れも大きくなってくる。実に不快だ。
そして、それはある場所でピタリと止まった。
「愚かなり、シデンの三男よ」
口から熱気を吹き出しながら、八つの頭を持つ蛇が言い放つ。
「我が気づかぬとでも思うたか、痴れ者が。貴様らの行いは万死に値する」
生贄用のゆったりとした衣装が、蛇の息ではためく。
「シデン領とモリュウ領の人間は全て我が食い尽くしてくれようぞ。我に刃向かった当然の報いだ」
一歩踏み出したのか、またもや重苦しい振動と音が襲いかかってきた。
何も言わない生贄に対し、蛇は嗤う。
「己の愚鈍さを呪いながら苦しんで死ね! ジョニー・シデン!」
「イヤだね」
アタシがそう言うと同時に、
「フバーハ!」
「ストーム!」
「シルフ、頼む!」
フィーノの術と、ディクルの言葉で力を開放したシルフの力によって、炎は吹き散らされ、残りの炎もクレシェッドの魔力により展開された特殊な魔法壁によって阻まれた。
そしてアタシは、生贄用の衣装を脱ぎ捨てた。
それを見て、八つあるうちの一つの首が、こちらに向かて少し伸び、目を細めた。
「ほほう? やはり、シデンの三男坊ではなかったか」
どうやらジョニーではないと最初から見抜いていたらしい。わざとらしい語りは、こちらからの挑発のお返しのようだ。
そして、アタシは更に挑発的に返した。
「あんたが覗き見してたのは分かってたしね」
シグルドがすぐに気づいて教えてくれた。マスター、見られているぞ、と。
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監視されているというシグルドの言葉を聞いて、アタシはこそっとディクルに合図した。
シルフに結界を張ってもらってくれ、と。
ディクルは素早くそれを実行してくれた。
そして、ジョニーがおもいっきり伸びをした。
「あ~あ。見られてるとなると、リラックス出来やしねえなあ」
「見られてる自覚はあったんだね、やっぱり」
「なんか堅かったしな」
アタシのフィーノの言葉に、そりゃまあな、と疲れた笑顔で返してきた。
「やっこさん、覗きが趣味らしいからな。国中見られまくってるぜ」
「覗きが趣味だと……!? なんてうらやまし……ふしだらな!」
一瞬妹のほうを見て、ガイルは全員から白い目で見られることを言い放った。
さすがに途中で言い直そうとしたらしいが、時すでに遅しというか、完全にアウトであった。
妹の目が明らかに、「最低。不潔」と言っていて、それでいて口には出さず、完全に視界から閉めだした。
これはさすがにこたえたらしく、ガイルが色々と言い訳をしているが、妹はチラリと目を向けることもしない。
普段からなにか言っては毒を吐かれまくってしょげているが、今の状態から考えて、そのほうがガイルにとってははるかにマシだろう。
膝を抱えて自分の殻に閉じこもってしまったガイルは置いておいて、話を続ける。
「そんなにいつも見られているのでは、どうしようもありませんね」
「今みたいなことしてたら全部聞かれてて、で、襲われるってわけだ」
クレシェッドとディクルの言葉に、ジョニーとフェイトさんは沈痛な面持ちで頷いた。
「実際それで死んでいった者達が多くいます」
「忍の結界でも、限界があるしな」
「で、忍の結界なんてものがあるにもかかわらず、あんた達はあえてそれを使わないで話をしていたわけだ」
アタシの言葉に、ジョニーがしてやったりと言わんばかりに口の端を上げ、フェイトさんが申し訳無さそうに頭を下げた。
「あえて大っぴらにしてやりゃ、向こうもそのつもりでやってくるだろうからな」
「その方が、かえって戦いやすいかもしれないと思いまして」
自分の力に絶対の自信を持つ魔物の性格を利用してやろうというつもりらしい。
「まあ、ここまで挑発されたら、向こうもあえて乗ってくるでしょうね」
妹の言葉に、ジョニーが嬉しそうに頷き、ついでに楽器をかき鳴らした。うるさい。
じゃあ、挑発ついでに、囮も変えてちょっとびっくりさせてやろうか、ということになった。
いや、別にびっくりはしないだろうけど。ちゃんと、別の意味があるんだけど。
で、囮はやっぱり女だよね、とあたしが言うや、
「いや、ダメだ! リデアちゃんが囮なんでダメだ!」
ガイルがそう言って両手でバツを作って猛抗議してきた。
「いや、アタシがやるつもりなんだけど」
「え?」
あ、こいつならいいや、と露骨に表情に出したので、とりあえずぶん殴ろうとしたら、アタシより先に妹が脳天にかかと落としを決め、
「滅べ」
親指で首を掻き切る動作をした後、そのまま滑らかにその指を真下に向けた。
一連の流れが美しすぎる。アタシは一切反応できなかった。
今妹と戦ったら、アタシあっという間に負けるんじゃないだろうか。
いやはや、妹が日に日に立派になっていって、アタシはとても嬉しいです。
ちなみに男どもは、あのバカまたバカやってるぜ、とガイルを見て呆れ果て、クレシェッドはホイミすらガイルにかけてやろうとはしなかった。
ジョニーさんは大笑いし、フェイトさんは目をまんまるにしていた。
すんません。これがアタシたちの日常なんです。
そんな感じで、アタシ達はヤマタノオロチとの戦いに向けて、準備を始めたのである。
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「ふむ。やはり、そうでなくては面白く無いな」
「お手柔らかに」
アタシとヤマタノオロチが話している間に、ディクルは、風の結界をシルフに展開してもらう。フィーノもイフリートを呼び出し、全員に火の加護を付けてもらう。
そして、
「今だやっちまえ、ノーム!」
「まっかせとけ~」
今まで隠れて様子を見ていたガイルの言葉に従い、ノームが力を振るった。
巨大なヤマタノオロチの体が、いきなりひび割れた地面に沈み込み、そしてガッチリと捉えられた。
「精霊の加護。大した力だな。だが、この程度で封じられるとでも思ったのか?」
「一瞬でいいんですよ。ライデイン!」
片腹痛いと笑って油断しているところに、妹の魔法が炸裂する。
さすがにこれは聞いたか、苦しそうに八つの首がそれぞれ吠え、悶える。しかしそれにより大地の戒めも解けた。
「神聖魔法ライデイン。さすがの威力だな」
先程までの余裕を捨て、ヤマタノオロチはそれぞれの首でアタシ達を睥睨した。
「だがそれでも我の命を奪うにはまだ弱いわ! これ以上の力をつける前に食い殺してくれようぞ!」
そして、全ての首が炎を吐き出してきた。
シルフやイフリートの加護があっても、これはなかなかに辛い! アタシとフィーノ、クレシェッドの三人で氷の術を唱え、なんとか相殺する。
そしてディクルとガイルが攻撃を仕掛けるが、
「ち!」
「固い!?」
あの鱗があまりにも硬いためか、傷ひとつついていない。
「どうした? 痒くもないわ、そんなもの!」
二つの首が二人に迫るが、
「ヒャダイン!」
「アイスウォール!」
目のあたりを狙ったクレシェッドとフィーノの術により、一時的に動きが止まる。
「アブソリュート!」
そしてアタシも術を放つが、氷の柱で串刺しにしてやろうと思ったのにもかかわらず、氷の柱のほうが砕けてしまった。
だが、相手の気をそらすことには成功したらしく、全員がひとまず距離をおいて対峙することになる。
アタシたちの攻撃がことごとく効かないことに対して優越感を感じているらしく、ヤマタノオロチは動かなかった。
「ここで貴様らを惨たらしく食い殺してしまえば、人間どもはさぞ絶望するだろうな」
もはや勝利を確信しているらしく、実に楽しそうに嗤う。
だが、こちらとて、そう簡単にやられるつもりなどない。
「そうなってしまうことは、こちらとしても誠に遺憾であります。ヒミコ女王陛下」
妹の言葉に、ヤマタノオロチが目を見開き、八つの首全てが妹に向いた。
「気づかれていないとでも思っていたのですか? この国の人間を甘く見過ぎたようですね」
十六の目に睨まれても、妹は臆することなく言葉を続ける。
「彼らはとっくの昔に知っていましたよ? あなたの正体をね!」
全ての首が妹に向かって伸び、牙をむき出しにし、
「草薙の剣よ!」
他のことに関しては完全に意識の外になっているところに、ジョニーがこの国に古くから伝わる剣を振りかざし、その力を開放する。
アタシたちが待っていたのはこの瞬間だった。
ヤマタノオロチの正体は、女王ヒミコ。本物のヒミコを食い殺し、成り代わった。
それがすでにバレたいたと言えば、こいつは必ず意識をそちらに完全に向ける。
そしてそこへ、草薙の剣の力を使い、邪悪なる力による加護を消し去る。この剣の力をもってすれば、如何にヤマタノオロチであろうとも、その力をはねのけることは出来ない。
そのための囮交代だった。ジョニーはこの場にはいないと思わせるために。この瞬間のために、じっと息を潜めて待っていたと気づかれないために。
これはジョニーが自ら提案したことだった。
そしてジョニーはすかさず次の行動に移る。
洞窟の上部。ヤマタノオロチよりすら見下ろせる場所で、ジョニーは待っていた。
そして剣の力を開放すると同時に、そこから飛び降りる。
その手には邪悪を滅する剣。その切っ先は寸分違わず、ヤマタノオロチの体の中心に突き刺さった。
あたりに響き渡る魔物の悲鳴。苦痛と怒りと憎しみに彩られたその声は、あまりにも耳障りだった。
ジョニーは素早くそこから離れた。剣を突き刺したままで。
怒りに任せて、今度はジョニーを食い殺そうと八つの首が動き、
「ライデイン!」
その隙を見逃すはずもなく、妹はその力を解き放った。
剣に向かって。
先程よりも大きく響き渡る断末魔。憎々しげにアタシ達を睨みつける。
「おのれ……! おのれおのレオノレ……!」
『逃げるつもりだぞ、マスター!』
「逃げる隙を与えるな! 叩きこめえええええ!」
アタシたちが一斉に攻撃しようとした瞬間、ヤマタノオロチは今までよりも強力な炎を吐いてきた。
これを食らったらヤバすぎる! アタシ達は炎を防ぐ方に力を使わねばならず、その結果、ヤマタノオロチを逃がすことになってしまった。
アタシは舌打ちし、今までヤマタノオロチがいたところに走る。
そして、一番最初についたジョニーが、へえ、と関心した声を漏らした。
「旅の扉だ」
「なるほど」
万が一の時のために用意しておいたのだろう。本人は、これを使う時が来るなんて思ってもみなかっただろうが。
「ごめん姉さん! 仕留め切れなかった」
「リデアちゃんが悪いわけじゃないよ! 相手が強すぎたんだ」
ガイルの言葉は最もである。ヤマタノオロチがとてつもなく強かった。ライデインで倒せないほどに。
イシスでその威力を知っている身としては、はっきり言って驚愕ものである。
「とんでもない魔物です! 精霊の加護があってあれほどとは……!」
「早く追いかけようぜ! チャンスは今しかねえ!」
ヤマタノオロチの実力に危機感を抱いたクレシェッドとフィーノは、かなり焦っているようだ。
だが、ディクルが「落ち着け」と声をかけた。
「奴の行き先はわかってるだろ。こんな時のために、フェイトさんたちに宮殿を包囲してもらってたんじゃないか」
そう。ここで仕留め切れない可能性を十分考慮し、そのために戦力を二つに分けたのだ。
ここで仕留められれば言うことはないが、なんといっても相手は巨大な力を持った魔物。楽観的な考えを持つわけにはいかない。
そして、こちらが慌てて追いかけるほうが危険だ。
奴の逃げた先は女王ヒミコの宮殿。奴のテリトリーだ。
もともと、ジパングにおいて強力な力場らしく、だからこそあそこに宮殿が建てられたのだ。
そしておそらく、ヤマタノオロチはその力場を利用し、もともと巨大だった力を増幅させていたのだろう。
そして奴はそれを利用し、今の戦いでの傷を癒やそうとするはず。だからこそ、奴の行き先は簡単に割り出せる。
無論こちらとて、なんの手も打っていないわけではない。
水の精霊ウンディーネの力を借り、ヤマタノオロチが力場から力を得られないように細工しておいたのだ。
現在、一時的にではあるが、ウンディーネはクレシェッドから離れ、フェイトさんと共にいる。契約者になったわけではないので、体に宿っているわけではなく、ただそばにいるというだけだが。
依代となる人間がいなければ、精霊は動けない。そのため、今だけフェイトさんと共に行動してもらっているのだ。精霊と契約者、双方の意志がなければ不可能なことである。
「とりあえず、アタシたちもきちんと回復しよう」
アタシたちも今の戦いでかなり消耗している。このまま行くわけにはいかない。
「では、ここは僕が……。ベホマラー!」
アタシの提案に対し、クレシェッドがいきなりとんでもないことをしてくれた。
全員を暖かな光が包み込み、癒していく。
いやいや、回復してくれたことはいいんだけど、お前今何をした!?
「クレシェッド! あんた今ベホマラー使わなかった?」
ベホマラーって、そんなホイホイ使えるような魔法じゃないぞ! 一言で言うなら、超高等魔法である。
成長著しいのは妹だけではない。クレシェッドの成長も凄まじすぎる。最初会った頃と比べると魔力がまるで違うし。
「これからの戦いはますます厳しくなります。強力な魔法はしっかり使いこなせるようにあっておかないと、これから先、何があるか分かりませんから」
その通りなんだけど。あっさりと言うなお前。
ともあれ、これからが本当の戦いである。
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結局かなり間が開いてしまいました。申し訳ありません。
もっと定期的に投稿したいのですが、なかなか書けません。
なんと言うか、あまり難しく考えずに、ささっと書こうとした方がいいのかもしれません。
考えてると変に頭のなかでごちゃごちゃになったりしますし。
しかしちゃんと考えないと、変な文章になりますし、迷いますね。
とりあえず深く考えないで書いてみよう作戦で、今回は書いてみました。
これからもしっかり書いていくつもりです。