ああ、幸せ! この国がめちゃくちゃ大変だということは分かって入るが、アタシは今、とても幸せだ!
「おかわり!」
カラになった茶碗を渡して催促すると、女中さんがちょっと呆れたような笑顔で、どうぞ、とすぐにご飯をよそって返してくれた。
「お前さん、よくもまあ、そんなに上手くハシが使えるなあ」
アタシが上手にハシを使えることが不思議でたまらないらしく、ジョニーはじっとこっちを見てくる。
そう、アタシ達は今、和食を食べているのだ!
夢にまで見た和食! 懐かしい味! この世界に生まれ落ちてからちっとも食べる機会がなくて、いつか食べてやるんだと野望を胸に抱き続けた、この和食!
ジパングばんざい!
「せめてスプーンとかねえのかよー」
ハシがうまく使えないフィーノがぶーたれる。他の連中も悪戦苦闘している。
「えっと、ここをこう持って……?」
「ああ! おちた……」
「だああああ! こんなもん使ってられるか!」
ガイルに至っては、ハシを放り出して素手で食べ始めた。
妹にはアタシがしっかり教えている。
「こう持って」
「こ、こう?」
「そうそう。んで、こう動かす」
「こう、かな?」
「そうそう」
妹はなんとか様になってきた。最初に比べて、スムーズに食べられるようになっている。
他の連中も一応教えてもらっていたのだが、普段がフォークとナイフなもんだから、なかなか慣れない。
男どもにまで教えるのは面倒だからほっといたのだが、まあ、あっちはジパングの方々が教えてくれるだろう。
ガイルがハシを投げ出したのを見て、さすがにダメだと思ったらしい。
つまり、アタシ達は今ジパングにいるのである。
ジパングの近くまではジョニーがキメラの翼を使って移動し、その後はすずの忍術で、こっそりジパングに入り込んだ。
何故こっそりかというと、この国に巣食っている魔物にバレたら面倒だからである。
そして、誰にも悟られないように、ジパング内における一部地域を収めている、モリュウの屋敷にやってきたのである。
そしてその主の名はフェイト・モリュウ。ジョニーの友人である。
テイルズ・オブ・デスティニーにも同じ名前の人物が登場するが、おそらくリンクする人物なのだろう。
そして、まず何はともあれ食事でも、ということになり、ありがたく頂いていたのである。
魚の塩やき、野菜などの天ぷら各種、里芋の煮物、ゴマ豆腐、各種お新香、そして白米!
うおおおおお! アタシ、ジパング大好き!
「おい、泣いてやがるぜ?」
「美味しさのあまり、ですかねえ?」
「美味しさで泣くっていうの、初めて見た」
「リデアちゃーん! この天ぷらっていうの、チョーうめーぜ!」
「やかましいんですよ、そのクソうるさい口閉じてくれませんか? 私は私で味わって食べてるんですから。あなたが騒ぐと折角の料理の味が落ちるじゃないですか」
うるさいガイルを笑顔で轟沈させたリデアは、なんか漢前ですね。うん、いいことだ。
『あれはさすがにいくらなんでも、ひどすぎると思うのだが……』
たぶん、あれくらい言っても、あいつが本気で傷つかないと見越しているんじゃなかろうか。ほら、漢前なリデアちゃん素敵だ! とか言って嬉しそうに感動してるし。て言うか、復活早いな、おい。
「そろそろ、話してもいいかな?」
そう切り出してきたのは、フェイトさんである。
「はい、どうぞ」
「とか言いつつ、ハシは止めねえんだなお前」
「失礼かと思うのですが」
「すいません、ジパング料理が気に入ったみたいで」
ジト目で見てくるフィーノに、オロオロしているクレシェッド、頭を下げるディクル。
だが、食べているのはアタシだけではない。妹とガイルもである。
ガイルは空気読んでないだけだろうが、妹は意図的に空気を読んでいないというか、自分のやりたいようにしているだけだろう。
「かまいませんよ。気に入って頂けたのなら何よりです」
「んじゃ、説明するぜ」
フェイトさんの後に続き、ジョニーが話しだした。
食べながら聞いた話を頭のなかで整理する。
この世界に魔王が現れた少し後、ジパングにもまた、魔物が現れた。
そいつは自らを「ヤマタノオロチ」と称し、とんでもない要求を突きつけてきた。
一年に一度、自らに一人の娘を生贄として差し出せ、というものである。
無論、そんな要求、飲めるはずがない。ジパングの有力者達は、力を合わせてヤマタノオロチを退治をすると決めた。
しかし、その決定に待ったをかけた存在がいた。ジパングを治める女王、ヒミコである。
ジパングの頂点にある女王の言葉に、領主達は不満の声を上げた。戦うことも無く、ただあのような怪物なんぞに膝を折れというのか、と。
ヒミコは領主たちを必至に説得した。自分には分かる。あの怪物は倒せない。ジパング中の豪の者達を集めても、無残に殺されるだけだろうと。
ジパングを治める一族は、代々巨大な霊力を持つ。そして今代の女王ヒミコは、歴代の王の中でも特に強い力を持つという。
その力で、何度も国の危機を救ってきた。地震や洪水を言い当て、被害を最小限にとどめたなど、多くの実績を持つ。
そんな人物が必死にそう言って説得しているという事実に、ジパングの有力者達の多くは、戦う意志をなくしてしまった。
だが、全員がその意志をそがれたわけではない。このままおとなしく怪物の言いなりになる訳にはいかないと、一部の者達がヤマタノオロチの元へ赴き、戦いを挑んだ。
結果は惨敗。見せしめなのか、むごたらしい姿の遺体がヒミコの神殿の前に放り出されていた。生きているものは皆無であったという。
そして、結局はヤマタノオロチの要求通り、生贄を差し出さなくてはならなくなった。
ヤマタノオロチは、ヒミコを通して要求をしてくるという。
ふむ、ヤマタノオロチにヒミコ、か。この二つの名は、聞いたことがある。この世界でではなく、前世で、である。
ヤマタノオロチは古事記においては八俣遠呂智、日本書紀においては八岐大蛇と記されている、神話上の動物神である。八つの首と八つの尾を持つ巨大な蛇とされ、山の神、あるいは水の神とも考えられている。河川の氾濫の象徴であるという説もあった、と思う。
他にも、火山による火砕流を神格化した存在である、という考えもあった、ような気がする。
そしてヒミコ。魏志倭人伝などといった古代の文献には、卑弥呼、などといった表記がされている人物である。邪馬台国という国を統治した、とされているが、卑弥呼及び邪馬台国については諸説あり、ぶっちゃけて言えばよく分からん、という身も蓋もない感じだった気がする。
古事記などにおける天照大御神《アマテラスオオミカミ》とは、卑弥呼のことではないか、という説もある。日巫女《ヒミコ》で太陽に仕える巫女ということじゃないか、とか、日御子《ヒミコ》で太陽神の御子という意味ではないか、という説などがあったと思う。多分。
まあ、ともあれ要するに、ヤマタノオロチを退治してくれ、ということである。
「奴が定めた日時まで、後二日です」
「時間がないね」
ぬか漬けをご飯のお供にして食べながら、アタシは返事を返した。
「まだ食ってんのかよ! いい加減食べ終われよ!」
アタシ以外は、すでに全員食べ終わっている。だからどうした。
「ああいう時は、何言っても無駄だぞ」
「我が道を貫く人ですからねえ」
大人二人の意見に、フィーノはため息を付いた。
「いやあ、ジパングの飯マジで旨いわ。リデアちゃん! 結婚したらここに住もう!」
「断る」
この二人も十分マイペースだよね。
「で、ヤマタノオロチって、普段はどこにいるわけ?」
「ヒミコの神殿からすぐのところにある洞窟さ。ヤマタノオロチのせいか、中は溶岩で溢れかえってるがな」
「それまではただの洞窟だった、と?」
妹の言葉に、ジョニーとフェイトさんは頷いた。
「環境そのものを変えてしまうほどの力を持つ……。かなりの力を持った魔物ですね」
「普通に戦って勝てるか?」
「少なくとも、その洞窟で戦うべきじゃないな」
「んじゃさ、精霊に手伝ってもらって、周りの溶岩を抑えてもらうのは?」
ガイルの言葉に、その場にいた全員の視線が集中した。
それに驚いたらしく、ガイルは「え? なに? なに?」と目を白黒させている。
アタシはお茶漬けにしたご飯を一気にかきこみ、頷いた。
「まあ、アタシ達には精霊がついてくれてるからね。その力は有効活用しないとね」
「溶岩なら、火と地の精霊かな」
リデアの言葉に、今度はフィーノに視線が移った。
「フィーノくんと契約しているイフリートと、ガイルさんと契約しているノームですね」
「ディクル、風の精霊の力も借りて、熱さを遮断したりとか出来るんじゃない?」
アタシの言葉に、ディクルは自分にも話をふられるとは思っていなかったらしく、一瞬目を見開いた。そして黙って目をつむり、
「……うん。いけそうだ。サマンオサの時も結界張ってくれたし、それくらいなんでもないとさ」
精霊から返事を得たのか、満面の笑みで答えた。
「ディクルならともかく、こいつと協力すんのかよ……」
フィーノがイヤそうにガイルをジト目で見ると、ガイルが、なんだよ失礼な! とか言って怒った。
「俺の何がそんなに不満?!」
「バカなとこ」
「精霊の力借りる提案したの俺だよ? 俺めっちゃ貢献してるよ?」
イジイジと床にのの字を書き始めるガイル。そういう若干ウザイところが、原因の一つではなかろうか。
「とはいえ、いきなり乗り込んでっていうのは愚策だね」
アタシの言葉に、今まで遊んでいた二人も真剣な表情でこちらを見てきた。
「なんとか、相手の虚を突きたいよね」
妹の言葉に、ジョニーがなんかノリノリで楽器を鳴らした。
「そういうことなら、この俺が囮になろうじゃねえか!」
その言葉に、全員が、ええ?! と声を上げた。
フェイトさんはジョニーの胸ぐらをつかんで、
「何考えてるんだお前は! そんなことしたらタダじゃ済まないぞ!」
「んなこた分かってる。だがな……」
ものすごい剣幕で怒鳴るフェイトさんに、ジョニーは今までの軽薄な笑みを投げ捨てた。
「俺達は、とんでもない化け物相手に、この国に関係ない奴らに戦えって言ってんだぜ?」
その言葉に、フェイトさんはジョニーさんをじっと見つめると、ゆっくりと手を離した。
「俺はジパングじゃそれなりの有力領主の一族だ。ふらふら遊び歩いてる頼りない三男坊だがな」
ジョニーは、この部屋の中にいる全員をゆっくり見て、
「この国の問題なんだ。この国の人間、それもそれなりの人間が命張るのが筋だろう?」
そう言ってニカッと笑った。
「そうだな。すまない、ジョニー」
フェイトさんもジョニーと同じように笑った。
「だが私とてモリュウ領の領主。最初から、この方々にだけ任せておくつもりだったなどと思われては困るな」
そうだろうとは思っていた。この屋敷だけでなく、この屋敷の外からも、かなりの熱気が伝わってくる。
「勇者パーティ」がヤマタノオロチ退治の先陣を切るという形にして、今まで為す術がないと諦めていた人たちの闘志に火をつけたのだろう。「勇者」には「神聖魔法」があり、その力がいかに強力かはすでに探りを入れてあるはず。また、「精霊」と契約していってることだってとっくに把握済みだったろうし。
つまり、なんにも考えず「勇者」頼みにするつもりは最初からなく、アタシ達はカンフル剤の役割も持っていたのだ。
無論、最前線で戦うのはアタシたちの役目だろう。それに対して文句をいうつもりはない。アタシ達はそういう存在なのだから。
「囮か……。それ、アタシがやっても良かったんだけど」
だって、男が囮って無理ないか?
アタシの言葉に反応したのは、妹だった。険しい表情で必至に言い募る。
「姉さんが囮なんて! ダメだよそんなの! そんなのディクルさんにやらせればいいんだよ!」
「イヤ何でそこでディクル?」
男が囮なのが無理があるんじゃないかっていう考えから、自分のほうがいいんじゃないかと思ったのに、そこでディクルにいってどうする。
しかもガイルじゃなくてディクル。それならこの人でいいんじゃない? とか言いながら、笑顔でガイルを指差すとかしそうに思っていたのだけれど。
当のディクルは引きつった笑みを浮かべている。
それを慰める男が二人。
「マジで大変だなお前も」
「あまり気を落とさないでくださいね」
「この慰めが、余計に悲しいな……」
フィーノとクレシェッドの言葉に、ディクルは大きくため息をついた。
その横で、リデアちゃんは俺が守るからねー! とか騒いでいるガイルに、うるさいですそんなのいりません、とバッサリ切る妹の姿があった。
ともあれ、囮はジョニー、アタシ達他フェイトさん達は、近くに潜んで敵を待つ、という布陣に決まった。
さて、二日後が楽しみである。
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ヤマタノオロチ、及びヒミコについては、ウィキペディアからそのまま引用しました。
実は、ヤマタノオロチに関して、火砕流を神格化した存在であるという説があることを知らなかったんです。
ヤマタノオロチって、川の氾濫とかの象徴のはずなのに、なんで溶岩あふれる洞窟にいて、火を吐くんだろう? とか、不思議に思ってました。