「商人の町」にある資料館の応接室で、アタシ達は待っていた。
強欲だったらしい商人の屋敷であったためか、家具などはいずれも豪華絢爛。
現在は趣味よく居心地の良い部屋なのだが、商人がまだこの屋敷の主だった頃は成金趣味丸出しの、悪趣味な部屋だったらしい。けばけばしくて落ち着くどころか、逆にストレスが溜まったとか。
『かなり工夫して置いてはいるが、ところどころに嫌味な雰囲気が漂っているな』
シグルドにとっては、現在でも若干ストレスが溜まるらしいが。
まあいいか、どうでも。
「この紅茶おいしいね。チョコレートみたいな匂いがするし」
すっかりリラックスしている妹が、嬉しそうに言った。コーヒーはダメでも、紅茶はいけるらしい。
いや、コーヒーと紅茶は全くの別物だけど。
「それにしても、ラッキーだったじゃねえか。すんなり話が進んでよ」
ソファーに座って足をぶらぶらさせながら笑った。
「全くです」
フィーノの行動をたしなめるように軽く頭をポンポン叩いて、クレシェッドも笑った。
「いやあ。やっぱコネクションって大事だな」
ディクルの言葉に、アタシはうんうん頷いた。どんな時にどんな繋がりが役に立つか、分からんもんである。
「クリストファー・コロンブスだっけ? 俺は知らねえけど」
パーティに加入したてのガイルは、若干寂しそうである。妹にろくに相手されないから、かもしれないが。
そう、オーブを譲ってもらえるように交渉に行こうと街中を歩いていた時に、この町に来ていたクリスさんと再会したのである。
いやあ、こんなところで会えるなんて、偶然って面白いですね、などと話しをしていたのだが、そのうち「アタシ達がなんでこの町にいるのか」という話題になったのである。
そこで、ここにオーブというものがあって、世界を救うにはそれが必要なんです、ということを言ったら、
「よし! そういうことなら任せてくれ! この町の議員は全員俺の知り合いなんだ。譲ってもらえるよう頼んでみよう」
と、非常に頼もしく、重要な事を引き受けてくれたのである。
こちらとしては断る理由などない。勇者パーティーであるとはいえ、身知らずの他人である。それよりも、この街との関わりが深く、信用できる人物であるクリスさんのほうがいいだろう。
アタシたちとしてもクリスさんのことは知っているし、何と言ってもエミリオが紹介してくれた人である。任せて大丈夫だろう。
そして、オーブがある資料館の応接室で待つことになったのだ。
ボリボリとクッキーを食べながら、今頃交渉してくれてんのかなー、などと考える。
そんなに時間がかかることはないだろう。「勇者」が必要としているのだから。
ここで下手に渋ってもいいことはない。下手をすれば「勇者」に手を貸さない「反逆者」扱いされてしまうことにもなりかねない。
ならさっさと渡してしまって、「勇者」の役に立ったのだとアピールした方がいいに決まってる。
クッキーを飲み込み、カップもからになった時、ドアがノックされた。
「皆様どうぞこちらへ。町の代表が、直接渡したいと申しております」
やっぱりあっという間だった。直接渡したいというのは、「勇者」と直接会って話をした、という箔付けだな。
そんなことはどうでもいいことだ。
にっこり笑って、ありがとうございますと答える。
そして、資料館の一番奥。最も貴重であるとされる品々が保管されている部屋に、アタシ達は通された。
そこには、この街の議員と思われる人たちと、クリスさんがいた。
アタシ達を見て、議員の中で一番偉いらしい人が、「おお!」と感動したように声を漏らした。
「貴方様がたが、「勇者御一行様」でいらっしゃいますか!」
なにかすごい言い回しというか、変というか、丁寧すぎのような気がする。
「勇者」相手に下手な真似をする訳にはいかないといったところか。
王様相手だと気を使うのはこっちの方なのだが、ここではむしろ逆らしい。
なんだか申し訳ない気がしてくるのは、アタシ自身は「勇者パーティー」の一員とはいえ、庶民感覚だからだろうか。
向こうは顔を真赤にして、「ようこそおいでくださいました」とか、「ろくなおもてなしが出来ず申し訳ありませんでした」とか、「「勇者様」にお会いできて光栄でございます」などなど。
いや、その、そんな固くならないでください。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりますから。
やんわりとそう言っても、
「いえいえ! 「勇者様」がたに失礼は出来ません!」
町を上げての歓迎パーティを開きますので、どうかご参加ください! とか言われ、
「お気持ちはありがたいのですが、私達には一刻も早く魔王を倒し世界を平和にするという使命がありますので、申し訳ありませんが辞退させていただきます」
と、慌てて返した。焦りは表面には出ないようにしたけども。
そして、目的のオーブを何とかもらい、惜しまれつつもその場を後にした。
「いやー、はっはっは! 大変だなあんたら!」
資料館から出たら出たで、「勇者様」が来られたぞー! とか騒いでたから、やっぱり慌てて逃げ出した。
そして町の外まで出て、それでもまだなんか大騒ぎだったからもっと離れた。
そして一息ついた時に、一緒に来ていたクリスさんが笑ったのである。
「他人ごとですかい」
「俺は一介の商人なんでなー」
色々と突っ込みたいが、やめておいた。意味が無いし。
「いやでも、ホントすごかったなあ」
感心してるのか呆れてるのか、ガイルが町のほうを見ながら言った。
「ま、「勇者様」が来たってのはビッグニュースだろうしな」
「勇者」オルテガの穴を有難がってるし、と疲れた口調でフィーノがこぼす。
そんなことをしていると、持っていたオーブが光りだした。
アタシは素早くオーブを地面に置き、クリスさんの腕を掴んで一緒に距離をとった。他のメンツも同じように距離をとっている。
「なんだ? 何が始まるんだ?」
不思議そうにしているクリスさんに説明するまもなく、オーブはいっそう強く輝きを放った。
とっさに目をつむり、腕で目をかばう。クリスさんが「うおおおおおおお!?」と悲鳴を上げている。
そして、光が収まったのを見計らって、アタシは見た。
そこにいたのは、丸々としたもぐらのような姿の精霊だった。
「俺は世界の理を守護するもの、その一つ。気高き母なる大地のしもべ。
大地の精霊、ノームだ」
のんびりとした口調だ。外見が丸くてぬいぐるみみたいで、おまけに間延びした口調だと、精霊としての威厳が感じられない。
格上の存在としての威圧感はめちゃくちゃあるのに、外見と口調が台無しにしているような気がする。
「精霊? 精霊だって!?」
クリスさんは慌てて後ろに下がった。いきなりこんな上位存在が現れたら、普通ビビるよな確かに。
「よー、お前ら。よく俺を見つけ出せたなー」
クリスさんのことなど気にしていないらしく、ノームはのんびりとした口調のまま話しだした。
「他の奴らから聞いてるぞー。結構頑張ってるらしいじゃねえか。でもだからって、そう簡単に俺の力は貸してやらねえぞ」
そう言うや、ぴょんと飛んでとある人物の前にドシン! と降り立った。
「お前、いっちょもんでやるからかかってこい!」
「俺!?」
ガイルが、自分を指さして驚愕の声を上げた。
「んじゃ、いくぞー」
「いきなりかよおおおおおお!?」
問答無用で戦闘開始。ガイルの声などなんのその。ノームは手に持ったシャベルをぶん回し、頭突きをかました。
ガイルはとっさに後ろに飛んで避けるが、その程度で避けきれるほど甘くはない。シャベルを振り下ろす!
「シャベルはあぶねえだろ、シャベルはあああああああ!」
確かに、シャベルってとっても危険だよな。あれを武器にしてるあたり、結構えげつないなノーム。
ノームの試練の相手はどうやらガイル一人らしいので、アタシ達はのんびり観戦することにした。
準備していたお弁当を広げ、お茶を人数分配る。お弁当は宿のおばちゃんに頼んで、台所を使わせてもらってアタシが作ったのだ。お茶はこの町の名物の茶っぱを買った。お茶と言っても紅茶だが。
そして弁当はバスケットに入った各種サンドイッチ詰め合わせである。フィーノ用のハンバーガーもある。
「クリスさんもどうぞ」
「いや、あんたらの仲間が、めちゃくちゃ大変な目にあってるんだが」
「仕方ありません。試練ですから」
きっぱり言い切って、「好きなの食べてくださいね。でもハンバーガーはフィーノ専用なんで置いといてください」というと、信じられないようなものを見る目で凝視してきた。
「そう、仕方ありません、試練ですから」
ボクも水の精霊様の試練を受けたんですよ、と朗らかにクレシェッドが言う。
「仕方ねえよ、試練だしな」
オレは火の精霊の試練受けたぜ、とハンバーガーを取り出しながらフィーノは言う。
「風の精霊は、全員が受けたよな」
どれにしようか迷いながら、ディクルが言う。
「オーブを持つ資格があるかどうか、精霊は試さないといけないんです。今回はそれがガイルさんだっただけです」
このお茶おいしいですよ、と妹は一点の曇もない笑顔で言い切った。
クリスさんはしばらくアタシたちとガイル達を交互に見て、引きつった顔で言い放った。
「鬼かあんたら」
『同意見だ』
アタシは何も聞こえない。
そんな心温まる会話をしながら、アタシ達はガイルの奮闘を応援していた。
時折、「助けてー!」とかいう声が聞こえたり、「オラオラ~! もいうっちょー!」とか言う声とともに轟音が轟いたりした。
しかしアタシ達は慌てず騒がず、爆風から弁当をガードしたり、なにか言いたそうなクリスさんに、アタシのおすすめのサンドイッチを笑顔で渡したり、「避けねえと危ねえぞ~」「アレは痛そうですねー」「結構身軽だなあ」などとガイルの奮闘を互いに評価し合うなど、有意義な時間を過ごした。
そんなこんなでそれなりの時間が経過し、アタシ達は食事を終え、そのままティータイムに入りまったりしていた時。
「よし! なかなかやるじゃねえか。お前に俺の力を貸してやる」
ガイルの実力はノームのお眼鏡にかなったらしく、黄色い光となってガイルの中に消えていった。
よし! これで4つ目のオーブゲット!
アタシは笑顔で妹にサムズ・アップし、妹もまた同じく笑顔でサムズ・アップしていた。
「あいつら、やっぱり双子なんだよな」
「そっくりだな、あの笑顔」
「タイミングも同じでしたしね」
そんなこと言ってるあいつらも、みんな笑顔なのは言うまでもない。
「なんか変わったな、あんたら……。特にリデアちゃん」
どことなく疲れているような、呆れているような、複雑な調子でクリスさんがつぶやいている。そして、息をふうっと吐き出し、
「……お茶が、美味いな」
それだけ言うと、沈黙してしまった。
『私も今、お茶を飲みたい気分だ』
無理。諦めろ。
「俺に対するねぎらいの言葉は!?」
俺すげえ頑張ったんだよ!? と、若干ボロボロになりながら抗議してくるガイル。
「ひでえよ! 俺の分残ってねえし!」
空っぽになったバスケットを見て、腹が減ったと主張する。
「はいガイルさん。チキンと卵のサンドイッチと、サーモンとアボカドのサンドイッチとっておきましたよ。お茶もあります」
「ありがとうリデアちゃんマジ天使!」
妹の言葉に、ガイルは今までの不機嫌さを一気に捨て去り、上機嫌で妹が確保していたサンドイッチにかぶりついた。
リデアに礼を言い、賛美する言葉を口にしながらも、しっかり食事するガイルを、妹は天使の微笑みで見ている。
だがアタシは見た。ガイルがサンドイッチにかぶりつき、妹から視線を逸らしたその時、妹の笑顔の種類が変わったのを。
言葉にするなら、「はん。ちょろいぜ」という感じだろうか。
そしてアタシに向かってい、これまた種類の違う笑顔を向けてきた。サムズ・アップ付きである。
アタシもまた、同じく返した。
「やっぱり双子……」
「あくどいなこいつら」
「非常に強かというか……」
男三人がぼそぼそとしゃべっているが、アタシたちに特に害があるわけでもないので無視。
『私から見れば、全員同じ穴のムジナのような気もするが?』
やかましい。
「この二人が、世界の希望たる「勇者」と「英雄」……。世界大丈夫か?」
クリスさんが何やら不安そうにしているが、こちらも特に放っておいて問題ないだろう。
そんな非常にのどかな時間を過ごしていた時。
「ティータイム中に失礼するぜ」
知らない声が、アタシたちの中に割って入ってきた。
誰かが見ていることは分かっていたのだが、特に敵意はないので無視していたのだ。そんなこと気にしていても意味が無い。アタシ達はそういう立場なのだ。
だが、それがまさか声をかけてくるとは。あくまで観察という気配だったから、接触を図ってくるとは思っていなかった。だから、少しだけ驚いた。
その人物は、一言で言うと派手だった。
楽器を持ち、長いトサカのような飾りがついた帽子をかぶった、金髪の男。はっきり言って美形。そして先ほど聞いた声は、低音の、なかなかの美声だった。
この特徴を持った人物に、アタシは心あたりがある。
その男は皆が警戒する中、楽器の弦を弾き、
「じゃあ、まずは自己紹介からだな」
曲を奏でながら、おどけて言った。
「俺はジョニー。旅の吟遊詩人だ」
テイルズ・オブ・デスティニーにおいて、パーティキャラの一人。道化を演じる切れ者。
ジョニー・シデンが、そこにいた。
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長い間放置してしまい、申し訳ありません。
なるべく定期的に投稿できたらいいな、とおもっております。
あと何年かかろうとも、必ずやこの話を終わらせる所存です。