サマンオサの首都タワンティンの中央広場に、大きなギロチンが置かれている。それを、兵士たちに無理やり集められたサマンオサ国民たちが、陰鬱な表情で見つめている。
そんな中、城へ通じる大通りを、大勢の兵隊たちに守られながら歩いてくる老人がいた。
彼はサマンオサ国王、サパ・インカ・インティである。肩まである白髪を揺らし、時折あごひげを撫でている。眼光は鋭く、八十近い年齢であることを感じさせない。
国王はギロチンの近くに置かれた、彼のために用意されたであろう豪華な椅子に腰かけた。片肘をつき、周りの国民の様子など意に介さずギロチンを眺める。
そして、国王が通ってきた道を、別の男が歩いてきた。手には頑丈な手枷がはめられ、周りを兵士たちで固められ、逃げられないようにされている。
彼は、罪人だった。
ギロチンの横に立たされた罪人は、明らかな敵意を国王にぶつけていた。国王を殺気のこもった眼で睨みつけ、悔しそうに顔を歪ませる。
明らかな不敬だが、国王はそれを受けても平然としていた。なぜなら、罪人は今から死刑になるからだ。
「この男、マイティ・コングマンは、国王陛下に数々の無礼と不敬を犯し、ついには殺害しようとした大罪人である! よって、国王陛下の名のもとに、この大罪人を死刑に処す!」
ひときわ豪華な装備をした兵士の言葉に、広場に悲鳴と泣き声が響き渡った。
彼は、この国においては、英雄だった。希望だった。それが、これから処刑されるなど、人々は受け入れられない。
しかし、そんなことなど、国王も、それに従う兵士にも関係ない。騒ぎを鎮めるために、兵士たちが一斉に持っていた槍を思い切り地面に叩き付けた。
静まり返る広場。静寂の中、朗々と国王の声が響いた。
「刑を執行せよ」
その瞬間、罪人は暴れ始めた。手枷をされていても、男の力は凄まじかった。それを抑えようと兵士たちが飛びかかろうとした瞬間。
そう、全ての人間の目が、罪人に向き、他への注意がそれた瞬間。
国王に向かって、国王をすっぽり覆ってしまうほどの光の帯が一瞬で伸び、国王を覆い隠した。
その光が収まった時、そこにいたのは国王などではなかった。ぶくぶくと太った、醜い魔物がそこにいた。
悲鳴が上がる。人々は恐慌状態に陥った。
魔物が、自分の真の姿が暴かれたことを知り、兵士たちに罪人と、国民たちを殺すように命じる。
「イヤだね」
アタシは、ニヤリと笑って、重苦しい鎧を脱ぎ捨てた。
「あんたの部下なんざ、とっくの昔に全滅してんだよ!」
アタシの言葉を合図に、兵士に化けていた「海賊団」の皆さん、および仲間たちが鎧を脱ぎ捨てる。
フィーノは体格的に無理があったので国民たちの中に紛れこんでいた。クレシェッドも体力的に、重い鎧を装備できなかったので以下同文。
「貴様ら、謀ったなああああああ!」
怒り狂い、手に持つ成人男性以上の大きさの棍棒を振り回そうとしたところを、ディクルが大剣でその腕を叩き切った。
その棍棒は、広場に集まっていた国民たちにあたることなく、見えない壁でもあるかのように宙で静止し、落ちた。
それを見て、魔物が狼狽する。
「もう、てめえの思い通りにはさせねえ!」
ガイルが、拳を握りしめる。そして、一気に突っ込んだ。
「俺は、俺たちの国を取り戻す!」
「ガイルだ!」
「あいつ、今までどこに!?」
「陛下は!? 陛下はどうなったの!?」
混乱する国民たちの声が聞こえる。だが、アタシはそれに構わず突っ込んだ。
他のみんなも同じだ。剣が、魔法が、魔物を激しく攻め立てる。
国民たちが巻き込まれる心配はない。シルフに結界を張ってもらっているからだ。
混乱する国民たちを、「海賊団」の方々が避難誘導する。万が一があってはいけないし、全員がパニックになっているため、下手をすると暴徒化する恐れがあるからだ。
こちらはこちらで、他のことを気にする余裕などない。
不意を衝いての一撃でディクルが片腕を切り落としたが、それにもかかわらずこの魔物は強い。残った手で巨大な戦斧を振り回し、こちらの攻めをはね飛ばす。
最初に片腕とっといてよかった。片腕でこれでは、両腕があったらかなりまずかった。
「メラミ」
クレシェッドが魔法を発動させる。しかし、火の玉はクレシェッドのすぐ目の前で静止している。そのまま、クレシェッドは杖を振った。すると、メラミの火球が一気に十ほどに増える。
それらが一気に、魔物に襲いかかった。
ある物はらせんを描き、ある物は急激にカーブしたりして、不規則な動きをする。
アタシたちはタイミングを合わせて飛びのき、それが予想外だったらしい魔物は火球をよけきれず全弾くらう。
「エクスプロード!」
「レイジングミスト!」
そこにすかさず、フィーノとアタシが火炎系の術で畳み掛ける!
クレシェッドの放った火球と合わさり、三つの火炎の術が魔物を襲う。
だが、魔物はそれでも唸り声を上げ、猛然と火をまとったまま突進してきた。
狙いは、妹!
「ウォール!」
妹への進路をふさぐように、フィーノの術によってできた石の壁が立ちはだかる。
が、そんなもので止まるような可愛げのある奴じゃなかったらしい。そのままの勢いで突っ込み、石の壁をぶっ壊す!
しかし、その一瞬の隙に、妹はその場から動いていた。そして、隙を突いて斬りつけてからその場を離れる。
そうしている内に、魔物を焼いていた火が消える。悪臭が漂っているが、そんなものに構っている暇はない。
アタシたちの術によって焼け爛れていながらも、魔物は目をギラつかせ、
「俺を忘れるんじゃねえ!」
コングマンさんの一撃で、轟音を立てて地面に倒れ伏した!
大きな肉の塊なだけあって、倒れた時の衝撃はものすごい。地面がかなり揺れた。
コングマンさんの参戦に、避難している国民たちから歓声があがる。
国民たちに、完全に離れてもらっては困るのだ。彼らには、ちゃんと見てもらわなくてはならないことがある。
「おのれ勇者どもめ! 貴様ら、いつの間にこの国に入り込んだ!?」
起き上がりながら、魔物は忌々しげに唸る。
答えてやる義理はない。アタシたちはそれぞれ構える。
しかし、まだ立つかこいつ。凄まじいタフネス。
だが、ダメージは確実に与えていってるはず。
『マスター。おそらくこいつは、火に耐性があるのだろう。他の属性の術でたたみかけろ!』
「オッケー! フィーノ! クレシェッド! こいつ火に強いっぽいから、反対の術いくよ!」
アタシの言葉に、二人がそれぞれ了承の言葉を返す。
それに慌てた魔物が、狙いをクレシェッドに変えて突進する。先ほどのメラミの一斉攻撃で、かなり警戒されていたようだ。
だが、そんなことを許すはずがない!
「大人しくしてやがれ、この野郎が!」
突進する魔物に、コングマンさんのラリアットが決まった。凄まじい勢いだったのと、コングマンさんのパワーによって、魔物は一気に結界の端まで吹っ飛ばされる。
そして、アタシ、フィーノ、クレシェッドの術が一気に襲いかかった。
「インブレイスエンド!」
「ブリザード!」
「マヒャド!」
氷系術の一斉攻撃。さっきの火炎系攻撃には耐えられたようだが、今回は耐えられるか!?
三人の術が干渉し合い、魔物を包み込み荒れ狂う。
そして術が収まった時、魔物は完全に凍りづけになっており、ぴくりとも動かなかった。
苦悶の表情は、子供どころか大人でも悲鳴を上げるほどのおぞましさだ。
『生命活動は完全に停止したようだ』
その言葉を聞き、アタシはシグルドを鞘に収めた。
それを見て、みんなも武器を収め、戦闘態勢を解いた。
こんな醜悪なオブジェ、とっとと壊すべきなのだろうが、今回それをするのは、アタシたちではない。
魔物が凍りづけになり、戦いが終わったことを悟った国民たちはざわめき始める。
だがそれも、すぐに収まった。
城から、数人の人間が歩いてくる。
先頭は女性。年齢は見た所、十代後半。シンプルながらも、見るものが見れば贅沢なものであると分かる衣装を身にまとい、腰には一振りの剣。王族であることの証であるティアラを身につけている。彼女が何者であるか、人々はある程度分かったことだろう。
その後ろを歩くのは、この国の重鎮たち。魔物に殺されることなく生き残っていた、数少ない者たちだ。
やがて彼女は魔物の前まで来て、立ち止まった。
そして、腰から剣を抜く。その剣を見て、人々は驚愕の声を上げた。
その剣は「ガイアの剣」。サマンオサの正当なる王位継承者のみが、それを手にすることを許されるものである。つまり、彼女はこの国の王となる人物なのだ。
「魔王の手先よ。我らが祖国の父たる陛下を殺し、勇者サイモンを幽閉したこと。そして、我が国民たちを虐げた罪、万死に値する」
そして、彼女は剣を振り上げ、高らかに言い放った。
「我、前サマンオサ国王陛下、サパ・インカ・インティの孫娘にして、新たなるサマンオサ国王、レティシア・インカ・インティの名のもとに、貴様を断罪する!」
そして、剣を振り下ろし、氷漬けの魔物を砕いた。
長年に渡り、国を荒らし続けた魔物の、あっけない最後だった。
レティシアは砕いた氷の破片を踏み潰し、国民たちをみた。
「親愛なる国民たちよ。我が名は、レティシア・インカ・インティ。サパ陛下の第四王子と、王室に深いつながりある家系の娘との間に生まれた」
今まで、サマンオサ王室にレティシアという王女は存在しなかった。彼女には王位継承権がなかったのだ。サマンオサ王室の暗部を一手に担うためである。
だが、それでも彼女はサマンオサ王室の血を引く存在である。そして、その王室に深いつながりがある家系もまた、やんごとない血筋だ。天魔戦争時代の、精霊との契約者の家系なのだから。
サマンオサ前国王、サパ・インカ・インティが「乱心」した直後、王室の者達は次々と殺されていった。故に、サマンオサは後継者がいなくなってしまったのだ。
だが、かろうじて生き残った王家の血筋の者がいた。それがレティシア・インカ・インティである。
サマンオサ王室の暗部を担う役目を負ったからこそ、彼女は魔物の手から逃れることが出来たのだ。
国王が魔物に殺され、偽物の国王が次代の国王の手によって討たれた今、この国の後継者は彼女である。
彼女がこの国の次代を担うという何よりの根拠は、彼女が手にしている剣である。
ガイアの剣。サマンオサの正当なる王位継承者のみが持つことを許される剣。
それは、かつて神によって、この国にもたらされた剣である。その剣は、自ら主を選ぶ。
シグルドのように意思を持っているわけではないが、国王になる資格のないものが触れることは、絶対にできないのだ。
王家と契約者の血を引き、「ガイアの剣」を持つことが出来る彼女は、間違い無くこの国の王なのだ。
「私の力が足りず、長く苦しめてしまったことを申し訳なく思う。
だが、我らは今、この国を取り戻したのだ!」
剣を振り上げる彼女に、国民たちは歓声を上げた。
「我、レティシア・インカ・インティは、今ここに、新たなサマンオサ国王となることを宣言する!」
レティシアの言葉に、国民たちは「サマンオサばんざい!」「レティシア女王陛下ばんざい!」と声を上げた。
その騒ぎの中、アタシたちはそっとその場を離れる。
向かうは、勇者サイモンを幽閉している、遠い牢獄だ。
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長い間、更新できず申し訳ありませんでした。
1年以上間が開いていますね。楽しみにしているとコメントしてくださった方ものいたのに。
この先更新が滞ることがまたあると思いますが、終わらないまま、ということはないようにします。
ゾーマを必ず倒してみせます!
簡単な題名をつけてみました。過去のものにつけるかどうかはちょっとわかりません。ネーミングセンスがないので……