アタシ達は、ラーの鏡が捨てられたという洞窟の近くに、身を隠していた。普通ならお馬さんに頑張ってもらっても数日かかる距離なのだが、ルーラほどではないが、あっという間に着いてしまった。
風の精霊、シルフの力である。彼らに、風で運んでもらったのだ。
水の精霊ウンディーネに水の中を運んでもらったら、恐ろしいスピードで目的地に着いたので、風の精霊シルフなら、風であっという間にアタシ達を目的地まで連れて行ってくれるんじゃないかと思ったのだ。
結果として、成功した。シルフたちは嫌がることなく、むしろ嬉々として協力してくれた。
曰く、「久しぶりに力が使えて嬉しい」、「なんで私たちの方が早く契約したのに、ウンディーネの出番が先なの?」、「遠慮せずにどんどん呼んでください」である。
どうやら、かなりうずうずして出番を待っていたようである。精霊という高位の存在であるため、力を使うのに制約があるらしい。その制約なしで力をふるえる機会が、契約者による呼びかけであるようだ。
ともあれ、魔王軍にも気付かれず、アタシ達はこうして目的地まで時間もかからず来れたのである。
コングマンさんは明日処刑される予定だけあって、監視が半端なかった。ちなみに、ならどうやってコングマンさんの家の中に入れたかと言うと、「海賊団」がコングマンさんの家に通じる、秘密の通路を知っていたからである。
サマンオサは、かなり古い建造物がそのままずっと使われ続けている。はるか昔、それこそ天魔戦争時代からである。たびたび補修されてはいるが、昔の隠し通路などといったものはしっかり残っているのだ。
その中には、もはや王家ですら知らない物すらあり、サマンオサの暗部を担う「海賊団」のみがその存在を伝えているらしい。
それを使えば、コングマンさんの家に入るのも出るのも、連中に気付かれずに済むのだ。
そういった秘密の通路を使い、「海賊団」の皆さんは調べられるところは調べまくっている最中である。
その間に、アタシ達はラーの鏡を手に入れる。国王に化けた魔物の化けの皮をはがしてやるのだ。
洞窟への入り口にいる見張りは一見人間だが、シグルドが言うには魔物であるらしい。これを見る限り、城の兵隊の多くが魔物である可能性が高い。最悪、人間の兵士がいない可能性もある。その場合、本来の兵士たちは殺されているだろう。
「さーて、腕が鳴るぜえ!」
そう言って張り切っているのは、コングマンさんである。
いや、明日処刑される身であり、監視の中にいるのだから、下手に動かない方がいいのではないかと思うし、言ったのだが、
「こんな時にじっとしてられるかよ! これは俺たちの国の問題なんだぜ!」
と言って、決して譲らなかったのだ。
ま、言いたいことは分かる。国の存亡がかかっている時に、部外者であるアタシ達だけに任せておくわけにはいかないのだろう。
何より、コングマンさんは『戦士』だ。自分で「最強の武闘家」と名乗っている人物であり、その名に恥じない実力と心構えを持つ。そんな人が、こんな時にじっとしていられるわけがない。大人しくしていろ、と言う方が無理があるのだ。
それに関しては、ディクルとフィーノはよく分かるらしい。どちらも国のために戦いに身を置く戦士である。騎士と術師という違いはあれど、根底にあるものは同じだ。
アタシも戦いに身を置く者ではあるのだが、あいつらとは立ち位置が全く違う。一応、コングマンさんの在り方も、それ故の考え方も理解できるし、同じような状況になれば同じ行動をとるだろう。
しかし、アタシは「国のために戦う」何ぞということからは程遠い人間である。アタシが戦うのは全て「自分のため」でしかない。だから簡単に、「イヤになったらエスケープ」などと罪悪感も抱かず考えられるし、実行もできる。
だが、コングマンさんや、ディクル、フィーノのように、「何が何でも、自分を殺してでも国のために戦う」などということの本質を、アタシは根本的には理解していないし、多分できない。
だから、「国のために戦う」というコングマンさんを止める権利はアタシにはないし、コングマンさんの行動を心の底から理解できるディクルやフィーノは、止めるなどということはしない。
権利がないのに言うんじゃない、と言われればそれまでなのだが、あの場合、誰かが一応言わなければならなかったことでもある。そして妹やクレシェッドでは、それは出来ない。クレシェッドはアタシと同じ判断はできたものの、『戦士』ではないが故にその言葉に、そういう人種に対する説得力が欠ける。
そして妹は、最初から反対しなかった。それは、コングマンさんの意思を尊重したからか。あるいは、妹もまた彼らとある意味で同じ立場の人間だからか。
妹は「勇者」として育てられた。「何が何でも、自分を殺してでも戦う」ことを叩きこまれてきた。妹の場合、「国」ではなく「世界」を背負えと言われ続けていたが、それもまた「国のため」だ。
コングマンさんたちと妹の違いは、それを肯定的に受け入れているか否かである。
コングマンさんにも、ディクルにも、フィーノにも、そういう自分に対する迷いも否定もない。一方で妹は、旅立ちの時にそれらを否定した。そういう生き方を強制されてきたことを拒否したのだ。
そういう意味では、妹はコングマンさんたちと同じ立場や目線で、モノを言うことはできないのだ。アタシとはまた違った意味で「権利がない」のである。
そしてレティは、同じ国の人間として、コングマンさんの行動を止めたくなかったのだろう、やはり反対しなかった。
本当なら、レティ自身も一緒に行きたかったのだろうが、彼女は「海賊団」の船長として、「海賊団」をまとめる仕事がある。今現在、「海賊団」の皆さんが動いている中、船長である彼女は勝手な行動は出来ない。アタシ達に何かあった場合、レティが「海賊団」に指示を出し、問題を解決しなければならないのだ。
だから、レティは「自分も行く」とは言わなかった。
とにかく、ラーの鏡奪還任務に、アタシ達「勇者」パーティにコングマンさんが加わった。
さらにガイルも一緒である。ガイルもまた、コングマンさんと同じなのだろう。
……それにしては、妹に何やら熱い視線を向けているが。
こいつまさか、妹と一緒に行動したいとか、カッコイイところ見せたいとか、そんな邪まな子持ち持って参加したんじゃなかろうな?
まあいい。コングマンさんの手前、ガイルに「来るな」とは言えないし、コングマンさんに鍛えられているだろうから、戦力としては頼りになるだろう。
いらんことしたら、その場で切り捨てるなり術で葬り去るなりすればいいし。レティにはちゃんと許可をもらっている。
ちなみに、アタシがそう言って許可を求め、レティが「いいよ、やっちまいな」と笑顔で許可し、ガイルが「俺の許可は!?」と叫んで、二人で「ない」と口をそろえて言い放ったら、しばらくいじけて床に座り込むという、微笑ましいエピソードがあったりする。
そして、よせばいいのに妹はガイルに励ましの言葉をかけ、ガイルがそれに感激して、
「やっぱり最高だよリデアちゃん! 俺の子供を産んでくれ! 最初は女の……」
とか言って妹の両手を握りしめて言いやがったもんだから、最後まで言わせずストーンブラストをくらわせてやった。
シグルドが、「魔力の無駄遣いを……」とか言うし、フィーノも「そんなことに術使うなよもったいねえ」と言い捨てるし、ディクルはなんだか呆れたような、バカを見るような、いや実際呆れてバカにしてる目でガイルを見て、クレシェッドが面倒臭そうに回復魔法ホイミをかける。
以前はベホマだったのに、今回はホイミであるあたり、クレシェッドの「いい加減にしろ」という苛立ちが見える。いちいちベホマという高位魔法を使って魔力消費するのは御免だが、放っておくのも何となく気が引ける、という感じだろうか?
妹は疲れたように溜息をついていた。妹は優しいから、放っておくという行動をとれないのだろうが、溜息つくくらいなら最初から放っておきなさい、というアタシの言葉に苦笑いをしながら頷いた。
ともあれ、行動開始である。
「見張りはシグルドが調べたところ、あそこにいる三人と、離れたところに6人散らばってる。全部同時に倒さないと、こっちの行動がバレるから分かれるよ」
そして、シグルドが探知した場所を地図に書き込んでいく。
話し合いの結果、それぞれ一人一人、別行動をとることになった。
洞窟の前に陣取っている三人は、コングマンさんが一手に引き受けてくれた。
そして、各自それぞれ散っていく。
クレシェッドが一人で行動することに、妹は少々不安があったようだが、クレシェッドはアタシがそれぞれ単独行動をとると言った時、何の気負いも不安もなく、穏やかな顔でただ「分かりました」とだけ答えた。それが、クレシェッドの答えである。
クレシェッドは強くなった。短期間で、見違えるほどに。戦力的にもそうだが、精神的にもである。今のクレシェッドなら、問題ないだろう。シグルドも、敵の実力を大まかに計り、教えてくれたし。
そして、それぞれ散っていく。時間になったら、一斉に敵を倒すのだ。
連絡をする時間も隙も与えない。逃がしもしない。確実に仕留める。瞬殺のつもりでいかなくては。
アタシが担当する兵士に化けた魔物から身を隠し、時間を待つ。そして、時間になると同時に、アタシは一気に相手の目の前に飛び出した。
相手も驚いたことだろう。なにしろ、一瞬で目の前に女が現れたのだから。
相手がその驚きを露わにする時間を与えず、アタシは素早く首を斬り飛ばした。
はい終わり。呆気ないものである。まあ、こいつも、こんなところに誰か来るなんて思ってなかっただろうし。見張りなんて、一応の保険でしかないのだから、こいつらにとって。
そして、洞窟の前まで戻ってきたら、フィーノとクレシェッドが、コングマンさんが倒したであろう魔物の死体を見ていた。
「あ、お帰りなさい」
「うん、ただいまー」
クレシェッドがにっこり微笑んで迎えてくれたので、アタシも笑顔で応える。
「どうだった?」
「シグルドさんがおっしゃった通り、大した敵ではありませんでした」
ふむ、見たところ怪我をしている様子も、疲れている様子もない。魔力が乱れているというのもないようだ。
本当に、強くなったなクレシェッド。これで「劣等生」とかって、ボルネン家の連中の目は節穴かと思ってしまう。
「こっちも、大したことなかったぜー。あいつらさ、どうせ来やしねえって高括ってたから、見張りにも力入れてなかったんじゃねえの?」
「あー、そうかも」
納得してうんうんうなずくアタシ。そして、苦い顔になるコングマンさん。
フィーノの言葉通りだと、サマンオサの人間をあからさまにバカにしているというか、見下しているというか。なんにせよ、サマンオサ最強の戦士であるコングマンさんにとっては、面白い話ではない。
しかも、こうして行動に移せたのはアタシ達が来たからであり、敵のその考えもあながち間違いではないのである。それを分かっているが故に、余計に腹立たしいのだろう。
「お? やっぱりもう終わってたか」
そう言って帰ってきたのは、ディクルである。苦戦なんぞしなかったらしく、動きに乱れがない。文字通り、あっという間に終わらせたのだろう。
続いて、妹が返ってきた。
「あ、みんな無事だったんだ。よかった」
そう言って、ここにいない誰かを探してか、あたりを見回す。
「ガイルさんは、ま……」
「師匠! リデアちゃん! ただいま帰りまし……!」
妹の言葉を遮り、やかましく帰ってきたバカを、アタシは全力で殴りつけた。ちなみに、鳩尾である。
殴られた部分を抑え、地面に倒れこむガイル。
この男は……! 隠密行動だと言っとろうが! シグルドが言うにはもうこのあたりには見張りはいないようだが、念には念をいれなくてはならない。
そもそも、騒いだりするのは御法度だと、別行動する前、さらにはここに来る前に言っといただろうが!
何か言いたそうに、倒れこんだまま見上げてくるガイルに、アタシは冷たい視線を向けた。ガイルはそれを受けて、何か言うのはまずいと感じたか、黙り込む。
「ガイルよう、お前、もうちっと考えて行動しろよ」
「師匠!?」
師匠であるコングマンさんにまで呆れられ、ガイルはショックを受けたようだった。
クレシェッドが、溜息を吐いてガイルにホイミをかける。お前もいい奴だよな、クレシェッド。
「さて、さっさと鏡を見つけて帰ろうぜ」
コングマンさんはそう言うや、洞窟の中に入っていった。一連の行動に疲れたのだろう。
アタシ達も続いて中に入る。
中には、魔物がいなかった。代わりに、なんとなく神聖な力が、洞窟内に充満しているように思える。ユミルの森の結界とは違う、より高位の聖なる力。
みんなも感じ取れたのか、一様に足を止めた。
アタシ達の様子に気付いたシグルドが説明してくれた。
『ラーの鏡の力だ。あれは神の力が宿ったもの、故にそれ自体が聖なる力を常に発する。
魔物がより遠くに鏡を捨てられなかったのも、そもそも鏡を壊すことも出来なかったのも、並大抵の魔物では近づくことすらできんからだ』
だったらディザイアンたちがやればいいんじゃないだろうか? 魔物には毒でも、ハーフエルフである彼らなら、鏡の聖なる力で死んでしまうこともないだろうし。
それとも、サマンオサを乗っ取った時にはまだ、ディザイアンがいなかったか、あるいは、いてもまだ十分組織化されていなかったり、戦力として頼りない状態だったか。
ディザイアンが魔王軍と組んで、あるいは魔王軍として活動し始めたのは、さほど昔からではなさそうだ。
で、ラーの鏡なのだが、これはあっさり見つかった。拍子抜けするほど。
シグルドがあっという間に探し当てたのである。
シグルドもまた、天界の武器、伝説の剣ソーディアンである。魔物を探し当てたり、空間転移を察知したりできるのだから、神具であるラーの鏡を見つけることなど造作もないことだった。
「いや、ありがとシグルド」
アタシの言葉にシグルドは「どういたしまして」と、満更でもない様子で返してきた。
他のメンバーも口々に褒める。だが、シグルドのことをよく知らないコングマンさんやガイルは、この光景がよく分からないようだ。
そりゃそうだ。なんで剣にお礼言ったりしてるんだって話だ。
コングマンさんって、テイルズシリーズでも、ソーディアンが登場するディスティニーのパーティメンバーの一人なんだけど。仲間にするのは任意だし、他の任意のキャラクターのせいで影が薄いのだが。リメイク版では任意でなく、自動的に仲間になるけど。
そう言えば、ゲーム中ではソーディアンマスターの女性に惚れていたような。
いやいや、どうでもいいか。ゲームがどうとか関係ない。彼はゲームキャラクターではない。生きている人間だ。
でもつい、ソーディアンが登場するシリーズの人なのに、って思ってしまう。だめだね、こういう思い込み。
で、シグルドのことを説明したのだが。
「そりゃ大したもんじゃねえか、お嬢ちゃん。ま、俺様ほどじゃないがな!」
コングマンさんはそう言って豪快に笑った。それだけで済んでしまうあたり、大物だと思う。
「伝説の武器? ならお前みたいな貧相な女じゃなくて、リデアちゃんの方がっ!?」
失礼なことを言ったガイルには、峰打ちを叩きこんでおく。さすがに妹も、アタシに対するあからさまな言葉に対しては腹を立てたらしく、今まで見たこともないような冷たい目で、うずくまるガイルを見下ろしていた。
クレシェッドも同じく冷たい瞳で見降ろし、ホイミすらかけてやる気配がない。
フィーノは「バカだ」とつっけんどんに言い放ち、ディクルもそれに「まったくだ」と続ける。二人の目が、若干物騒な光を放っていたが、放っておいた。
「弟子がすまん」と頭を下げるコングマンさんが哀れだ。もしかしてこの人、「勇者」サイモンが何かしらする度に、こんな感じだったんじゃないだろうな?
ゲーム内では闘技場チャンピオンで、豪快で、俺様なところがあったのだが、変態バカ「勇者」のせいで、ここでは苦労人になってしまったようである。
所変われば品変わると言うか、リンクしていようとも、生まれ育ちが違えば当然人生そのものが変わるのだから、全く同じままではいられないのは当たり前だ。
……ちょっと、いやかなり哀れかもしれない。
ともあれ、ラーの鏡奪取完了。となれば、ここにいつまでもとどまる理由はない。さっさと帰って「海賊団」の情報をもとに、作戦を考えねば。
そして、アタシ達は来たときと同じく、シルフの力によって首都へと帰り、秘密の通路を使ってコングマンさんの家に入った。
とりあえず、一段落だ。さて、これからが正念場である。
魔王軍の思う通りに進むのは御免である。天界の神々の思惑通りに行くのも癪だが、これはもう割り切るしかない。
さあ、この国でのお前らの企み、きっちり潰してやるからな。