きょろきょろとあたりを見回したいのをこらえる。妹がそれをして、注意を受けたからだ。ガイルがいるとはいえ、アタシ達は部外者。部外者に自分たちの陣地をあまり見てほしくないという心理が働くのだろう。
はっきり言って、そんなことをしても意味はないのだが。どうしようとアタシ達がガイルたちにとって、そしてサマンオサにとって今まで許していなかった行為を容認するのだから。
見るからに屈強そうな男たちが、武器の手入れをしていたり、深刻な顔をして話し合っていたり、こちらを見て訝しげな顔をして、ガイルを見て溜息をついたり。
何やらこちらを見てひそひそと話しているのも聞こえるし、なんとなく敵意も感じる。それに妹やクレシェッドは身をすくませていたが、アタシを含め他のメンバーは受け流している。
ガイルがキメラの翼を使いここまで来たのだが、「ガイルが返ってきた!」と大騒ぎになり、そしてアタシ達を見て「誰だこいつら?」となり、ガイルが「勇者」だと説明すると、これまた大騒ぎになった。
ちょっとしたらそれぞれ自分の持ち場とかに戻っていったけど。それ以降、これである。
「ここでちょっと待っててくれ」
ここでひときわ大きい建物の前に来ると、ガイルはアタシ達を置いて中に入っていった。
ガイルがいなくなったことで、ここの住人達からの視線がきつくなる。が、文句を直接言われるわけでもない。
部外者に頼らなければならない現状を理解はしていても、納得はできない。だからと言って、アタシ達に文句を言うのは筋違い。なので、敵意の中に迷いだのなんだのが混じっている。
「なんかここ、怖いね」
ここの住人たちに聞こえないようにだろう、小声で妹が呟いた。
「僕もです。ダーマでのやり取りとは違った雰囲気で……」
まあ、ダーマでの権力争いはものすごいだろうし、その渦中にいたクレシェッドはそういう方面では鍛えられているかもしれないが、ここのはそういうものでない、直接的で無骨なものだから、耐性はないだろう。
「まあ、今まで頑なに守ってきた自分たちのテリトリーに、事情が事情とはいえ部外者入れるわけだし」
「おまけにその部外者はただの部外者じゃねえしな」
アタシの言葉にフィーノが続き、さらにうんうんと頷いていたディクルも付け加える。
「それぞれの国から選ばれた、それなりの地位や役割を持ったメンバーだからな」
そう、何と言っても「勇者」パーティである。アリアハン、ロマリア、ダーマ、ポルトガと、実にバラエティに富んだメンバー編成であり、そこには各国の権力者の思惑がありまくりなのだ。否が応でも警戒するだろう。
クレシェッドだってそんなことは承知しているだろう。単に耐性がないから神経すり減ってるだけで。
妹が、地面に視線を落として、ぽつりと言った。
「「勇者」って、いろんな事情とか、思惑から、絶対に離れられないんだね」
その言葉に、全員の視線が妹に集中した。ここにいる全員、アタシを除いて「勇者に付随する事情や思惑」によってパーティ入りした奴ばっかだし。
いや、アタシも「勇者付随する事情や思惑」に無縁ってわけじゃないな。むしろ、ありまくりか。他のメンバーとは種類が違うだけで。
そんなことを思った時、勢いよくドアが開き、中からガイルが顔を出した。
「ここのボスに話はついたぜ。さ、中に入った入った」
「勇者に付随する事情や思惑」何ぞ感じさせない笑顔で、ガイルは手招きする。
それに従い、アタシ達は中に入った。そして、ガイルについて奥へ進むと、大きなテーブルといくつものイスが置かれた部屋に出た。その部屋のテーブルの向こう側に一人の人間が座り、それを守るようにたくましい男二人が立っている。
「はるばるようこそ、アリアハンの勇者さんたち。遠慮せずに座ってくんな」
「いえ、せっかくのご厚意ですが、遠慮します」
座るのを勧めてくるここのボスらしき人物に、アタシは即座に拒否の意を示した。笑顔を作る必要もないので、ぶっきらぼうに見えたかもしれない。
せっかくの厚意を、と思っているのか、妹が「え?」とこちらを見つめてくる。が、他のメンバーはアタシの行動を不思議には思わなかったらしく、ボスらしき人物を見据えながらもまわりを警戒している。
そんなアタシ達の態度を見て、ボスらしき人物は威勢のいい笑い声をあげた。
「オッケーオッケー! そうじゃなきゃ。いくら事情が事情とはいえ、あっさり相手を信用するわけにもいかないしね」
ガイルはウソの付けないタイプらしい。アタシはガイルに本当にサマンオサの人間なのか、魔物が王に成り代わって暴虐を尽くしているのは本当か、しつこく聞きまくった。その結果、ガイルはウソをついていないという結論に至った。
が、ガイルがウソをついていなくても、他の人がウソをつくかもしれない。
それに、サマンオサの今までの外交などから考えて、よそ者をそう歓迎してはくれないだろうということは十分考えられる。実際、ここでは友好的な視線は受けていない。
目の前にいるボスを除いて。
そんなやり取りに、ガイルは「えええ?」と声を上げた。
「おいおい、あんだけ質問攻めにしといて、まだ信用してなかったのかよ?」
「ガイルはバカだからね、仕方がないさ」
ボスの言葉に、ガイルは「ひでえ!」と抗議の声を上げる。
「黙りな、このおバカ。世の中いろいろ複雑なんだよ」
ぴしゃりと言い捨てて、それにガイルがぶちぶち言っているのを無視し、ボスはにかっと男らしい笑みを浮かべた。
「アタシの名はレティ。この海賊団の船長さ」
アタシと同じくらいの年齢の女船長に、アタシも同じく笑みを浮かべて自己紹介した。
そう、ここはサマンオサ最南端に位置する海賊団のアジトである。
なんでサマンオサの危機の時にこんなところに来たかというと、この海賊団がサマンオサ公認の海賊団だからだ。
もっとも、海賊団というのは表向き、実際はサマンオサにおける諜報部隊であるらしい。ここで生まれ育った者は、専門の教育や訓練を受けてサマンオサの影となって動くことを義務付けられる、らしい。
なんで知ってるかというと、ガイルが喋った。聞きもしないのに。おかげで、他国のいらん裏知っちゃったじゃないか。妹にはそのことは誰であろうと他言無用ときっちり言っておいたが。
しかし、その諜報部隊をまとめる役を負っているのが、アタシと同じくらいの女だとは、ちょっと予想外だ。妹もそれは同じらしく、レティをじっと見つめている。
「さて、こっちの事情はある程度知ってるだろ?」
「ええ、そこのバカからちゃんと話は聞いてます」
アタシの答えに、ガイルが「おい!」と怒りの声を上げるが、アタシとレティの「黙れ」という言葉に、あっさり沈黙した。
「やべえ、あいつら、似たもん同士だ」
「アデルが二人いるみたいだな」
「世の女性というのは、とてもお強いですね」
男どもが何やら話しているが、放っておく。どうでもいいし。
そんなアタシ達を見て、レティは「なるほど」と感心したようにうなずいた。
「報告通り、「勇者」パーティであるにもかかわらず、リーダーは「勇者」じゃないわけだ」
なるほど。さすがにきっちり調べてあるらしい。
「かの腹黒王、ロマリア国王チェーザレ・ボルジアが「英雄」と呼んだ人物、「勇者」の姉、アデル。あんたとは、気が合いそうだ」
腹黒王て。なんてしっくりくるネーミング。あ、フィーノが震えてる。あれは怒ってるんじゃなく、笑いをこらえてる感じだな。
フィーノもレティの言葉に同意するわけだ。立場的に不可能だが、出来れば腹を抱えて大笑いしたいのだろう。
こいつの忠誠心って、どういうもんなんだろうか?
妹は何だか渋い顔。陛下にはいろいろ、心の傷をえぐられたからな。いい感情がないんだろう。
アタシ? あの人はああなんだと思って、流すことにしてる。そもそも精神構造からしてたぶん別物なのだろうから、いちいち気にしてらんないし。
アタシは「くくく」とのどを鳴らして笑う。ああ、確かに気が合いそうだ。
向こうも、同じように笑っている。そして、テーブルの上に勢いよく飛び乗り、そして一気にこちらまで跳んできた。
「よろしく!」
晴れやかな笑顔で差し出された手に、アタシも笑顔で応じた。
「こちらこそ」
「さて、そろそろ、本題に入ってもらおうじゃねえか」
笑いの衝動は収まったらしく、フィーノが真面目な顔で言う。それに、「そうだね」と答え、レティは近くの椅子にドカッと座った。
「アタシらは、他国への救援要請のために、船を出した。ルーラじゃ連中にばれちまうからね」
「しかし、その船も見つかってしまったんですよね?」
クレシェッドの言葉に、レティは「ん」と応じる。
「そのあたりはガイルから聞いてるね」
そう、一通りのことは聞いている。
国王が魔王軍に拉致されたことを知っているのは、国の中でも一握り。その他の多くの国民は、突然国王が乱心したと思っているらしい。もし、一般国民にそのことを言えば、王の命はないと脅されている。知っている一握りにしても、おおっぴらに動けない。
かろうじて動けるのが、サマンオサの暗部に存在するこの「海賊団」。それでも、あまり派手な動きは出来ない。
国内にも腕の立つ人間はいるが、まずは国王の安否を確認しなければ動きようがない。
それに、人質は国王だけではない。
勇者サイモン。彼もまた、魔王軍によって捕らえられているという。
サイモンはオルテガが旅立つ前に捕らえられ、遠くの地に幽閉されてしまったらしい。国王を人質に捕らえ、逆らえなかったという。
サイモンがなぜオルテガの旅に同行できなかったかは分かった。それはどうしようもない。
魔王軍は、天魔戦争を有利に進めるため、確実に色々と手を打っているようだ。
「海賊団」は長い時間をかけて、陰で動き続けた。だが、事態は進展しない。むしろ、時間が経つにつれ、悪化していく。
そしてついに、「海賊団」の船長、レティは決断した。他国に救援を求めようと。
だが、国の暗部を担うとはいえ、レティの判断は国の方針を無視する重罪である。周りは当然止めたらしい。ガイルももちろん止めたそうだ。だが、彼女の意志は変わらなかった。
自分が罰せられるのを恐れ、これ以上手をこまねいているわけにはいかない。真に国のためを思うなら、たとえどのように扱われようと行動しなくてはならない。
船長の意志に、船員たちはついに折れた。そして、さほど大きくも小さくもない船で、他国への救援要請へと旅立った。
だが、その動きを察知したらしく、船は普通では考えられない数のモンスターに襲われ、それでも何としても救援のため、ガイルが隙をついて小舟で一人脱出。モンスターを引き付けておくため、船はしばらくとどまってモンスターと応戦したらしい。
で、無事脱出したものの、ガイルは途中で力尽き、ランシールまでたどり着いたということらしい。
ちなみに、サマンオサの暗部を担う「海賊団」とガイルがなぜ親しいかというと、父であるサイモンが、「海賊団」と親しい間柄だったかららしい。
ここらへん何でか聞いても、ガイルは首をかしげていた。知らんのかい、とフィーノと一緒に突っ込んでしまった。
また、ロクにルーラも使えない、船も出せない、そんな状況でどうやって情報を収集していたのかについては、ノーコメントだった。というか、ガイルは全く知らないらしい。
親しくても、ガイルは「海賊団」ではないため、何でも知っているわけではないようだ。
レティに聞いても無駄だろうし、特別聞きたくもないし。ガイルに聞いたのは、なんとなくの気まぐれだし、答えなんて返ってこないのなんか分かりきっていた。
「時間がないな」
ディクルの言葉に、レティは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「ああ、その通りさ。アタシらが動き回ったのがバレちまった。このままじゃ、国王陛下だけじゃなく、国民も危ない」
悠長にしていられない。今すぐにでも動き出さなければならない。
最悪、国王は見捨てる選択肢も考えなければならない。無論、サイモンも。
このボロボロの綱渡りの最中で、このガイルは変態発言をしていたわけである。もっと危機感持てよ。このことは後でレティに教えておこう。
「ポルトガあたりに助けてもらおうと思ってたんだけどね。こうなったらそれも難しい。
アタシら、本当に途方に暮れてたんだよ」
そして、レティは両手でアタシの手をしっかりと握り、アタシをじっと見つめてきた。
「だからあのバカが、「勇者」たちを連れてきたって言った時は、正直叫びたいほど嬉しかった。アタシらはまだ、運に見放されてない!」
そう言うや、レティは二人の男達、多分部下の人たちに、毅然と命令を下した。
「野郎ども全員に通達! アタシら「海賊団」はこれから本国へ強襲をかける! 時間との勝負だ、ぐずぐずしてんじゃないよ!」
その言葉に、男たちは「へい!」と威勢よく返事し、部屋から出て行った。
「たった今からですか!? 国王陛下やサイモンさんの安否は?」
妹が信じられないと言わんばかりに目を見開いた。それにレティは「ふん」と鼻を鳴らした。
「ここまで来たらもう、後には引けないさ。バレちまってんだ。遅かれ早かれ、殺されるだろうよ。
いや、もう殺されてるかもね」
妹が「そんな……」と声をこぼし、黙り込む。そして、ガイルに視線を移した。
ガイルの父、勇者サイモンは魔王軍が捕らえている。
そもそも、魔王軍にとって、オルテガと並び称されるほどの「勇者」をいつまでも生かしておくメリットなんぞない。アタシだったら、さっさと殺しておく。
人々の希望を削るために殺すというのなら、オルテガ一人である程度目的は果たせている。そして、今現在、神々からの加護を持つ「勇者」がいるのである。それを殺せば、さらに魔王軍有利に戦況は傾くだろう。
「勇者」サイモンに、価値はないのだ。おそらく、とっくの昔に死んでいるだろう。
ガイルも、それは分かっているんだろう。それであの変態発言はどうかと思うが、こいつなりにああやってバカやってないと精神が落ち着かないのかもしれない。
精神安定のやり方が、激しく間違っているとは思うが。
「魔物は陛下の姿に変身している。その化けの皮をはがしてやりたい」
「方法は?」
レティの言葉に、アタシは尋ねる。レティの言葉が、その方法を確信しているものだったから。
「ラーの鏡さ。この国に昔から伝わる伝説の神具だよ。真実を映し出すと言われている」
「持っているんですか?」
「いいや」
クレシェッドの言葉に、レティは悔しそうに首を振った。
ラーの鏡は、魔物が国王に成り代わった際、とある洞窟に捨てられたしまったという。
神具であるため、魔物はラーの鏡を長時間持っていられず、やむなく自然の囲いの中にある洞窟に捨てたらしい。
拾いに行こうにも、その洞窟の入り口には見張りがおり、入れない。
「時間との勝負さ。アタシら「海賊団」は王城に突入する方と、洞窟に突入する方に分かれる。時間を合わせて、一気にやるよ。
国民に多大な被害が出るだろうけど、こうなった以上、割り切るしかない」
「ちなみに、ここからそこまで、どうやって行くんだ?」
「秘密の通路がある。旅の扉っていってね、それを使えば、首都の近くの祠に出られるよ」
ディクルの問いに、レティはそう答え、苛々した様子で頭をガリガリとかいた。
「当然、そこも見張られてるけどね」
抜かりねえな、魔王軍。が、レティの様子だと、他の道はないようだし……。
「ああ、あの水路が使えればね!」
テーブルを殴りつけ、レティは悔しそうに唸る。
「水路って?」
「昔、ご先祖様が水の精霊様の加護を得て、水の中でも活動できるようになったのさ。それを利用して、その水路から首都の川にたどり着くことが……」
「水の精霊って!」
レティの言葉を遮り、妹がクレシェッドを見た。クレシェッドも、静かに頷いた。
「な、なんだい? いきなり空気が変わったけど」
アタシ達がクレシェッドを見て、互いに「行ける!」とアイコンタクトを取り、ガッツポーズを取ったり、手を叩きあったりしているのを見て、レティは混乱した様子だった。
ガイルに助けを求めるように視線を移すも、ガイルだって分からないのだから首を振るしかない。
「おい、姉ちゃんよ! 心配しなくてもいいぜ! こいつ、水の精霊と契約してんだ!」
フィーノがそう言って指差したのは、言わずもがなクレシェッド。
レティとガイルが目を見開いて、クレシェッドを凝視する。
「はい、恐れ多いことですが、水の精霊、ウンディーネ様と契約させていただいております」
穏やかな表情で言い切ったクレシェッドを呆然とレティとガイルは見て、そして互いに見つめあって数秒。
「やったああああああ! これでいけるじゃねえか!」
「やった! やったよ! これなら上手くいくよ!」
二人して飛び跳ねたり叫んだりして大騒ぎ。部下であろう男たちが数人、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「船長! どうしやした!?」
「作戦変更! 野郎どもを集めな!」
レティの嬉しそうながらも殺気立った顔を見て、男たちは怯えながら返事を返して出て行った。
「見てなよ魔物! サマンオサの意地、見せてやろうじゃないか!」
そう言い放つレティの姿は、なるほどあの部下たちのリーダーの器だと思った。
なんにせよ、これからが本番である。アタシは、ニヤリと口の端を吊り上げ、
「あいつのああいうところが女らしくねえよな」
「あれがアデルなんだからいいじゃないか」
「あれがアデルさんの魅力です」
いらんことを言ったフィーノに拳骨をお見舞いしておいた。
「姉さん」
「ん?」
「頑張ろうね!」
レティの張り切り具合に引っ張られたのか、妹もやる気と闘気にあふれていた。
「もちろん」
妹と頷きあう横で、フィーノが「なんでオレだけ……」とか言っていたが、これは無視した。